繁華街の一角に出来た黒山の人だかり。その中心部で一組の男女が闘いを繰り
広げていた。
男は背中に燃え上がるプロミネンスを意匠した刺繍を縫い込んだ学生服の青年、
草薙京。古来から伝わる一子相伝の武術、草薙流の使い手である。
そして、その相手はショートタンクトップにデニム製のカーゴパンツに身を包
んだブロンド美女、ブル・マリー。旧ソビエトが文化統合のために作り上げた
サンボから最も実戦的な部分を抽出した軍用格闘術コマンドサンボの使い手だっ
た。
闘いは京が自分の間合いギリギリから鋭い打撃を繰り出し、マリーがそれを捌
くと言う展開が続いている。
京は既に予選でに敗北していたテリーからサンボをマスターしていると聞き、
その関節技を警戒していた。
必要と在れば草薙流の炎の技を使い、マリーを懐へ入れない様にするつもりで
もいる。

だが、マリーはそんな京の思惑を超える行動に出た。一瞬、京へ背中を見せる
と鋭いローリングソバットを見せるマリー。
関節技ばかりに気を取られていた京は突然の蹴りに反応が遅れる。それでも京
は身を反らし回避行動に移った。京の鼻先を頑丈そうなコンバットブーツが掠
める。
あの勢いでこのごついブーツで蹴らたら、ただでは済まなかった。そんな思い
と同時に京の背筋に怖気が走る。
そんな京に対しマリーは先にはなったローリングソバットの回転を殺さず、水
面蹴りを繰り出した。
しかし、京はそれも一歩退いて何とかかわす。次の瞬間、マリーは撓めた全身
の筋肉を一気に解放し京の懐へと飛び込んだ。

組技へと移行するには半歩、遠い間合い。先程、マリーのローリングソバット
を見なければ京はそう安心していただろう。
だが、現実は眼前を掠めただけで自分を戦慄させるような蹴りを持つマリーは
持っている。そんなマリーが何の手だてもなく懐に飛び込んでくるはずがない。
相手の闘い方が見えない恐怖とも闘い始めた京はがむしゃらに左の拳を突き出
した。
京が突きだした左腕の手首をマリーは左手で掴みそのまま引き寄せる。それと
同時に京の鳩尾をマリーの右肘が深く鋭く抉った。
鳩尾を人体で最も硬いと言われる肘で突き上げられ肺を圧迫された京は一撃で
激しい呼吸困難に陥る。
更にマリーはその肘を支点にスナップを利かせた裏拳を正確に京の口の下へと
叩き込んだ。顎先から衝撃が脳へと駆け抜け、京の全神経を麻痺させ身体を制
御する能力を奪い去る。
全身から力が抜けマリーに寄りかかる京。マリーはその状態から右手を引き京
の腕に絡めるとそのまま京の背中に自分の背中を預け倒れ込んだ。

朦朧とする意識の中、京は落下する感覚を味わっていた。スローモーションの
様に徐々に近くなるアスファルト。
京はアスファルトとの激突に備え両腕で受け身を取ろうとしたが自由になるの
が右手しかないことに気付いた。
背中に感じるマリーの体重と左手を絡め取られた感触に焦る京。そして、京が
アスファルトに落着すると同時にマリーの肩固めが完成し京の左肩から鈍い音
が響き渡る。
苦痛のあまり、叫びそうになる京。だが、その声を京は必死に噛み殺す。
「肩が外れたのに我慢強いのね、ハンサムボーイ。それじゃ、これはどうかし
ら?」
マリーは歌う様にそう言うと巧みにポジションを変え、肩固めから羽根折り腕
固めに移行する。再び鈍い音が響き渡り、先に破壊された京の左肩に激痛が走
ると同時に左の肘があらぬ方向へと折れ曲がった。
「がぁぁぁっ!」
肘と肩、二カ所を一挙に襲った痛みに京は獣の咆哮の様な悲鳴をあげた。
「中々、良い声で鳴くじゃない」
マリーの軽く弾んだ声が京の耳を打つとマリーは京の左腕を解放した。

「骨のきしむ音…ゾクゾクするわ」
マリーは倒れた京を見下ろしながら陶然と独りごちる。
対する京はマリーの言葉など耳に入らないといった体で疼痛に耐えゆっくりと
立ち上がる。
その様子を見たマリーは足を肩幅に開き膝を曲げ腰を僅かに落とすと両手を構
えた。
「あらあら、まだやるつもりなの」
酷薄な笑みを浮かべたマリーが京へ告げる。
「まだ…左腕を…取られた…だけだ…この程度で…諦めたら…オロチと…闘え
る…わけがねぇ」
痛みに耐え、己を鼓舞しながら苦痛に歪んだ表情で途切れ途切れに言葉を紡ぎ
出す京。そんな京の表情にマリーは目を細めた。
「テリーの苦しむ顔も良いけど…貴方も中々なものね。私をもっと楽しませて
頂戴」

マリーの言葉に弾かれ京は次々と攻撃を繰り出す。右の拳を振るい、左右の蹴
りを放つ度に京の左肩は悲鳴を上げた。
「さっきの言葉、偽りはないみたいね」
左腕に重傷を抱えているとは思えない程、鋭く激しい攻撃を捌きながらマリー
は笑みを浮かべる。
「でも、無理はしない方が良いわよ」
京の放った右の後ろ回し蹴りを伸びきった瞬間にマリーはその足を抱え、足首
を捻りあげた。その瞬間、ベルトがちぎれる様な音が二人の鼓膜を打つ。
「ぐぅぅぅっ!」
アキレス腱を切られた京が苦痛の呻きをあげる。マリーはその声と腱が千切れ
るに満足すると京の右足を手放した。
マリーに支えられることで与えられていたバランスを失い崩れ落ちる京。
「降参?それともまだ続ける?」
愉悦の笑みを浮かべながらマリーは京の問いかける。その言葉に京は再びゆっ
くりと立ち上がった。

右足と左腕を苛む痛みに耐え炎をイメージする京。
「くらいィ…やがれ」」
立ち上がると同時に叫び声を上げて草薙流の奥義、裏百八式・大蛇薙を繰り出
す京。しかし、右足を負傷し満足な踏み込みが出来ずその盛大な炎はマリーに
届くことなく消え失せた。
負傷した身体で大技を放った京はバランスを崩しマリーに向かいたたらを踏む。
「そうよね、ギャラリーが居るんだから少しは派手な技、見せておかないと…
それじゃ、ショーの真似事でも始めさせて貰うわ」
そう言いながらマリーは京の顎を垂直踵蹴りで打ち砕く。
口から血と唾液が入り交じった体液を迸らせつつ伸び上がる京。そこへマリー
の膝蹴りが京の腹部を捉える。
胃と肝臓を同時に抉られた京は身体をくの字に折り曲げ前傾する。マリーはそ
んな京の背後に回り込むとその腰に両腕を回した。

「最後は気持ち良く落としてあげる、マリー・ダイナマイトタイフーン!」
かけ声と共にマリーはジャーマンスープレックスで二度、京をアスファルトに
叩き付ける。激しい背中からの衝撃で肺が押しつぶされ酸欠状態に陥る京。
しかし、マリーの京へ対する責め苦はまだ続く。マリーは京へスリーパーホー
ルドを決めるとそのまま回転を始めた。
マリーのスイングスリーパーで頸動脈と神経の集中する頸部を圧迫された京は、
関節技により破壊された左肩と肘、右足首、蹴りによって砕かれた顎の痛みが
和らぎ始めていた。
それは脳への血流が阻害され神経が麻痺してきた証だった。そんな京にマリー
は何事か呟く。しかし、京はその言葉を理解する前にマリーの豊かで形の良い
双丘を枕に眠る様に意識を失った。

京が気が付くと目の前に白い天井が広がっていた。左腕と右足、顎しっかりと
ギプスで固められている。
「あら、草薙さん、目を覚ましたのね」
たまたま、そばで作業をしていた若い看護師が京に声をかけてくる。
「貴方が寝てる間ににお見舞いが来ていたわ」
そう言うとその看護師はサイドテーブルに置いてあった花束を差し出し、京は
無事な右手でそれを受け取る。
「それを持ってきた人、金髪の美人だったわよ。外人の彼女だなんてすみに置
けないわね〜、それじゃお大事に」
作業を終えた看護師はそう告げると立去っていった。

訝しげに京はその花束を眺めていると二つ折りにされたメッセージカードが添
えられている事に気付いた。
花束をベッドに置き、京はそのカードを不器用に開く。そこには「貴方もペッ
トにしてあげるわ」と書かれていた。
それを見た瞬間、マリーがスイングスリーパー中に自分へと囁いた言葉を思い
出す。それと同時に京は自分の中で熱く滾るものを感じた。
それは様々な苦痛を味わった後に、眠る様に落とされるあの瞬間の快楽をもう
一度、味わいたいと言う思いと既にマリーのペットと化しているであろうテリー
への激しい嫉妬心だった。

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