最終更新:ID:MllSoL+7ag 2012年01月01日(日) 11:00:39履歴
「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」
何匹、ザイゴートやオウガテイルを倒したのか。
三桁に達した辺りで数える余裕が失せたので分からない。
ただ、解るのは二人で辛くもあの地獄から逃げられた事と、左手を使えないというのは重大な欠陥だったという事だろうか。
普段両手で構えているのであまり気にも留めていなかったが、片手で神機を振るのは重量と“片手で振った経験”があまりない事もあり、膨大な負担となる。
急に動かなくなってオウガテイルごときの尻尾で一撃受けた時は本当――驚いた。
「こっちの民家です!」
先行した少年がドアを開き、手早い安全確認を済ませて隊長を引っ張り入れると閉めた。
「悪いな・・・俺が足手纏いになっているようだ・・・」
「その怪我で神機振り回せば誰だって疲れますよ。 それより顔色悪くなってますよ? ザイゴートを優先的に始末しましたし、今なら十分休めます」
「――――ああ」
テーブルの椅子に座る。いつ奇襲が来るかも分からない状況では寝る事もままならない。
体勢的にも椅子に座るのが無難と言えた。
「――――まずいな」
休んだ途端――視界がグニャリと歪む。
血を流しすぎたのだろう。季節的には外気は温かい筈なのに、寒空に放り出されたような寒さが全身に回る。
――――死ぬな。
漠然と自分の死が見えてきた。
例えアラガミに喰われなくても、後一時間程度の出血死を迎える命だと。
そう戦場で培った戦術眼が客観的に正しい答えを導き出した。
――絶対死ぬな。生きる事から逃げるな。――これは・・・命令だ!
ふと自分の言った言葉が頭を回る。考えてみれば、なんて難しい命令なのだろう。
下手な作戦を遂行するよりも、如何なる状況でも死なない方がずっと難しい。
命の危機に晒された、今だからこそわかる。
――覚悟ができてないのは俺の方だったな
尊敬しているとあるヘビースモーカーが言った言葉。
あの時は全くだと責め立てたものだが、今、同じミスをしてしまったのだから、もう責められない。
だから―――
「隊長! “あの”アラガミが来ました!」
何とは言わない。神機を掴んでドアを蹴破る。
空に浮かんでいたのは――予想通り、アイテールだ。
「――――――知っているか?」
一秒にも満たない高速変形で銃形態に変える。
そのまま右手から手放された神機が地面に落ちた。
「お前は・・・どう足掻いたところで“アラガミ”・・・・・・神なんだ」
獲物を前にしたアイテールが雄叫びを上げる。
同じアラガミなら歓喜と取れるかもしれない声も、人間にとっては耳障りな雑音でしかない。
不敵に笑ってみせると胸ポケットから一つの錠剤を取り出して飲み込んだ。
「であるなら――お前は俺を喰らうことなど出来ない。俺は人間で――そして・・・神を喰らう者(ゴッドイーター)だからな!!!」
血が脈動。体力が吸い取られ、偏食因子の糧となり、騒ぎ立つ。
力が溢れ、オーラとなって体から、再び手に取った神機へと伝わる。
神を喰らう者が・・・神に喰われる? そんな可能性など有りはしない。
如何なる状況にあってもこちらが“喰う側”であり、神は喰う側になり得ない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
アラガミに負けない咆哮が大気を揺らす。アイテールは無数の球体を生成し、彼の命を狩ろうとするも、唯の一つとして当たらない。
「きしゃああああ!!!」
アイテールの悲鳴が木霊する。彼は止める事無く引き金を引く。
何度も。
何度も。
何度も。
躊躇い間断無く。一遍の情けすら許さず撃つ。
弾が切れた瞬間(とき)には走り出していた。
近づいてくると察したアイテールがスカートを上げる。
パラパラと粉のようなものを少年は遠めに見た気がした。
粉は毒粉として撒かれ、下に居た者を死に至らしめる。
しかし。いない。
走って来た彼は、もういなかった。
「ぬあああああああッ!!!」
アイテールが頭上の危機を察して音源を見る。
そこには神を喰らうべく口を開けた神機(ゴッドイーター)が急降下して――――。
それが、生きてアイテールが見た最後の光景だった。
飛ぶ力を失った神は地に伏っし、コアを奪って隊長(彼)は戻ってくる。寸前で肩膝をついた。
咄嗟に神機を杖にしなければ倒れていただろう。
「ごっ・・・・・・!」
口から血を吐いた。強制解放剤が未だ彼を責め苛んでいたのだ。
ただでさえ疲労困憊の状態で無理な神機開放(バースト)をした挙句、神機開放を終えた事で体の付加が押し寄せた。
「隊長――!!」
「まだだ!」
近づこうとした足を止める。アイテールではない。何かに警戒している隊長。
自らの背後。家屋の真上に少年は振り返った。
「神が好きなこと・・・知っているか?」
未だに余裕が失われていない声。しかし、傍で見続けていた少年には分かった。
自らを犠牲にしてでも、隊長は自身を逃がそうとしている事を。
涙を零して首を振る。絶対思い通りにさせてやらない。必ず――二人で帰ってみせる!!
「それはな・・・」
闇に紛れるように鎮座する雷獣王の咆哮。
家屋の屋根が人外の発声量に震えた。
「人間に試練を与える事、だ」
隊長は、もう一度、強制解放剤を飲み込んだ。
二人が現場である街に足を踏み入れた時、異様な静けさで覆われていた。
周りにアラガミの反応がないのを確認すると待機命令を出してヘリから歩いていく。
――――正直、生存確率は皆無だ。
先程。二名の神機使いの腕輪に付属するビーコンが消失したのを確認した。
アリサは声すら出さず、俯いていた。
人は極度の絶望に晒されると精神崩壊を防ぐため、喋る事、見る事、聞く事を止め、現実を拒絶する事が稀にある。
今のアリサは――正にその極致だ。
「――――ふぅ」
タバコが不味い。気紛れに吸ったのにこうまで不味いと邪魔なだけだ。
路傍に放り投げて瓦礫の山を登っていく。
「おいアリサ、転ぶなよ」
返事は返ってこないが、なんとか登れているようなので大丈夫だろう。
登りきった先は――壮観だった。
「こりゃまた、ずいぶん派手にやったもんだなあ」
眼前に広がるのはアラガミの大群・・・それも、全て一匹残らず倒されていた。
ぴくりとアリサが反応を示す。その方向を見てみると、血が点々と続いていた。
誰の血痕かは不明だが・・・どちらかのものなのは間違いない。
「いくぞ」
血痕を辿るとアラガミの数も次第に増えていく。中には接触禁忌種のアイテールなんて大物も倒れてコアを抜かれていたのには驚いた。
だが――。
「ここはヒデェもんだぜ」
家屋が消し炭になって倒壊し、辺り一面に暴れ回った後が残されている。
この凶暴さ。そして惨状を見渡す限りではヴァジュラ種の“どちらか”だ。
「っ 見るな!」
慌ててアリサを健在な家屋に押し込む。
家屋の庭には、電気に焼かれ、真っ黒の死体があった。腕輪も原型を留めていない。
「――クソッ!!!」
焦げた芝生を殴る。近くに落ちた旧型神機(スナイパー)から第一部隊隊長でないのはわかるが、仲間が一人死んだ事に変わりはない。
リンドウは神機だけ回収し、アリサの元に戻った。
「アリサ!? おい!」
居ない。ドアは開かれて姿は何処にも無かった。
急いで辺りを探し、アリサの背中が見えたので走って追う。
「ったく先に――――!」
言葉を失った。アリサを隠すのも間に合わない。
リンドウも、現実逃避に奔りかけた。
目の前にあったのは倒れた“ディアウス・ピター”の額に刺さった蒼い大剣(神機)と、壁に凭れるように倒れている第一部隊隊長の姿だった。
「リーダぁッ!!!」
悲痛な声と共にアリサが駆け寄る。
リンドウは現実を租借するかのように見つめていた。
「う・・・」
「リーダー!?」
必死に何度も揺すると反応した。
目が見えていないのか、焦点が合わず、アリサの頬を涙が伝った。
「・・・お前・・・いきて・・・たん・・・だな・・・はっ・・・ぐぅっ・・・よか・・・た」
先程の少年が無事であったと思っているのだろうか。
「どうして! どうして自分の心配しないんですか! ボロボロじゃないですかぁ・・・!!!」
無事なところを探せないくらいあちこちが傷だらけで、黒地の服が紅く染まっていた。
「ああ・・・くそ・・・眠いな・・・。おい、無事なら・・・早くこの街を出ろ・・・ここ・・・偏食場・・・からな。
うろちょろしてると・・・また・・・ぞ」
耳すら聞こえていないのだろう。全然噛み合わない。
「リンドウさん!!!」
「あ、ああっ!! おい、聞こえるか! すぐこっちに来い! 隊長を発見した! さっさと来てくれ! 頼む!」
正気に戻ったリンドウがすぐ指示を飛ばす。
アリサは肩を揺すっていた手で冷たくなりつつある手を握った。
――――光が、視界を――否。二人を覆った。
見えてくるのは見慣れた・・・目の前の隊長の部屋。
いつも。
いつも。
いつも。
いつも。
悩んで悩んで悩みぬいて。
皆の成長を喜んで。でも段々と自分の立ち位置が分からなくなって。
いつか自分自身を押し込める事に慣れてしまっていた。
皆強くなって、自分より優秀な前リーダーが居る。極東支部――
なら――彼の居場所は・・・?
「超どん引きですっ!!!」
「あ、アリサっ!?」
気が付けば。この真っ白な世界でリーダーたる少年の胸倉を掴んでいた。
「居場所が無い? 冗談にしても悪辣です! そんなの、ずっとあるに決まってるじゃないですか!!!」
悩み抜いた問題があっさり否定されて面食らう少年。
アリサは涙ながらに。全部の想いを託すように捲くし立てる。
「リーダーはいつでも、どこでだって! 私達の中心です! 最初からずっとこれからも! それが分からなかったのは、リーダーが見ようとしなかったからですよ・・・ッ!!!」
「――――――ああ。 ・・・・・・そうだったのか」
気づいた。回りに、近くに居るアナグラの連中。
皆が皆、よく慕ってくれて傍に居てくれた。大切な――仲間達。
――――その中心にはいつも・・・いつだって俺が居たんだ。
「後悔しないよう生きてるつもりだったんだがな」
少女の目尻を指で拭う。せっかくの愛らしい顔が台無しだった。
泣かせてるのが自分だとすると、この後を想像するのが怖い。
「だったら・・・居て・・・下さい!!! ずっと“ここ”に!!!」
「人の心を読むなよ・・・まったく」
やれやれと愚痴る。柔らかい頬を撫でた。
「ありがとう。今まで――さよなら」
「いや! いやです! ぜったいいや! そんなさよなら聞きたくありません!」
返事は返されることなく、少年の姿は消え、真っ白な世界が消失していった。
「リーダー!!!」
「・・・・・・?」
まだ、息はある助かる。助けられる。
そうでないと――私の力は、本当に、何の役にも立たない。
だってそうではないか? 今、大切な人が危機に瀕している時に――こんな・・・!
「・・・・・・ああ・・・眠いな」
「だ、駄目です! こんなところで寝ないで下さい! 風邪引きます!!!」
コクリコクリと舟をこぎ始める少年に必死でそう告げる。
そうだ。今寝かしてはいけない。
リーダーは明日、アナグラに戻って皆に謝って回らないと――忙しくて風邪で倒れている場合なんかじゃない。
「や、やること・・・まだ・・・ありますから・・・い、いっぱいあるんです! だ、だから――!」
急に糸が切れたように、少年の首が倒れた。起き上がる気配はない。
ヘリの音が空から聞こえてきた。
「――――リーダー? ほら、迎えがきましたよ。早く乗らないと置いていかれて――」
「アリサ――」
必死で何度も引っ張ろうとするアリサをリンドウが止めた。
「リンドウさん・・・・・・」
「もう、休ませてやれ。連戦で疲れてるんだろう」
「だ、だめ・・・だって・・・」
今寝かしてしまったら―――それは―――きっと。
アリサは何度も何度も。少年の体を揺する。リンドウも痛ましくて見ていられなかった。
まるで死んだ親に子供が必死で呼びかけるようで―――激しい後悔と絶望が押し寄せてくるのだ。
「いやあああああああっ!!!」
―――2071年に起きた。極東支部を揺るがす大事件。それは誰の心にも深い傷を残し、歴史の闇へ消えていくのだった――――。
END
何匹、ザイゴートやオウガテイルを倒したのか。
三桁に達した辺りで数える余裕が失せたので分からない。
ただ、解るのは二人で辛くもあの地獄から逃げられた事と、左手を使えないというのは重大な欠陥だったという事だろうか。
普段両手で構えているのであまり気にも留めていなかったが、片手で神機を振るのは重量と“片手で振った経験”があまりない事もあり、膨大な負担となる。
急に動かなくなってオウガテイルごときの尻尾で一撃受けた時は本当――驚いた。
「こっちの民家です!」
先行した少年がドアを開き、手早い安全確認を済ませて隊長を引っ張り入れると閉めた。
「悪いな・・・俺が足手纏いになっているようだ・・・」
「その怪我で神機振り回せば誰だって疲れますよ。 それより顔色悪くなってますよ? ザイゴートを優先的に始末しましたし、今なら十分休めます」
「――――ああ」
テーブルの椅子に座る。いつ奇襲が来るかも分からない状況では寝る事もままならない。
体勢的にも椅子に座るのが無難と言えた。
「――――まずいな」
休んだ途端――視界がグニャリと歪む。
血を流しすぎたのだろう。季節的には外気は温かい筈なのに、寒空に放り出されたような寒さが全身に回る。
――――死ぬな。
漠然と自分の死が見えてきた。
例えアラガミに喰われなくても、後一時間程度の出血死を迎える命だと。
そう戦場で培った戦術眼が客観的に正しい答えを導き出した。
――絶対死ぬな。生きる事から逃げるな。――これは・・・命令だ!
ふと自分の言った言葉が頭を回る。考えてみれば、なんて難しい命令なのだろう。
下手な作戦を遂行するよりも、如何なる状況でも死なない方がずっと難しい。
命の危機に晒された、今だからこそわかる。
――覚悟ができてないのは俺の方だったな
尊敬しているとあるヘビースモーカーが言った言葉。
あの時は全くだと責め立てたものだが、今、同じミスをしてしまったのだから、もう責められない。
だから―――
「隊長! “あの”アラガミが来ました!」
何とは言わない。神機を掴んでドアを蹴破る。
空に浮かんでいたのは――予想通り、アイテールだ。
「――――――知っているか?」
一秒にも満たない高速変形で銃形態に変える。
そのまま右手から手放された神機が地面に落ちた。
「お前は・・・どう足掻いたところで“アラガミ”・・・・・・神なんだ」
獲物を前にしたアイテールが雄叫びを上げる。
同じアラガミなら歓喜と取れるかもしれない声も、人間にとっては耳障りな雑音でしかない。
不敵に笑ってみせると胸ポケットから一つの錠剤を取り出して飲み込んだ。
「であるなら――お前は俺を喰らうことなど出来ない。俺は人間で――そして・・・神を喰らう者(ゴッドイーター)だからな!!!」
血が脈動。体力が吸い取られ、偏食因子の糧となり、騒ぎ立つ。
力が溢れ、オーラとなって体から、再び手に取った神機へと伝わる。
神を喰らう者が・・・神に喰われる? そんな可能性など有りはしない。
如何なる状況にあってもこちらが“喰う側”であり、神は喰う側になり得ない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
アラガミに負けない咆哮が大気を揺らす。アイテールは無数の球体を生成し、彼の命を狩ろうとするも、唯の一つとして当たらない。
「きしゃああああ!!!」
アイテールの悲鳴が木霊する。彼は止める事無く引き金を引く。
何度も。
何度も。
何度も。
躊躇い間断無く。一遍の情けすら許さず撃つ。
弾が切れた瞬間(とき)には走り出していた。
近づいてくると察したアイテールがスカートを上げる。
パラパラと粉のようなものを少年は遠めに見た気がした。
粉は毒粉として撒かれ、下に居た者を死に至らしめる。
しかし。いない。
走って来た彼は、もういなかった。
「ぬあああああああッ!!!」
アイテールが頭上の危機を察して音源を見る。
そこには神を喰らうべく口を開けた神機(ゴッドイーター)が急降下して――――。
それが、生きてアイテールが見た最後の光景だった。
飛ぶ力を失った神は地に伏っし、コアを奪って隊長(彼)は戻ってくる。寸前で肩膝をついた。
咄嗟に神機を杖にしなければ倒れていただろう。
「ごっ・・・・・・!」
口から血を吐いた。強制解放剤が未だ彼を責め苛んでいたのだ。
ただでさえ疲労困憊の状態で無理な神機開放(バースト)をした挙句、神機開放を終えた事で体の付加が押し寄せた。
「隊長――!!」
「まだだ!」
近づこうとした足を止める。アイテールではない。何かに警戒している隊長。
自らの背後。家屋の真上に少年は振り返った。
「神が好きなこと・・・知っているか?」
未だに余裕が失われていない声。しかし、傍で見続けていた少年には分かった。
自らを犠牲にしてでも、隊長は自身を逃がそうとしている事を。
涙を零して首を振る。絶対思い通りにさせてやらない。必ず――二人で帰ってみせる!!
「それはな・・・」
闇に紛れるように鎮座する雷獣王の咆哮。
家屋の屋根が人外の発声量に震えた。
「人間に試練を与える事、だ」
隊長は、もう一度、強制解放剤を飲み込んだ。
二人が現場である街に足を踏み入れた時、異様な静けさで覆われていた。
周りにアラガミの反応がないのを確認すると待機命令を出してヘリから歩いていく。
――――正直、生存確率は皆無だ。
先程。二名の神機使いの腕輪に付属するビーコンが消失したのを確認した。
アリサは声すら出さず、俯いていた。
人は極度の絶望に晒されると精神崩壊を防ぐため、喋る事、見る事、聞く事を止め、現実を拒絶する事が稀にある。
今のアリサは――正にその極致だ。
「――――ふぅ」
タバコが不味い。気紛れに吸ったのにこうまで不味いと邪魔なだけだ。
路傍に放り投げて瓦礫の山を登っていく。
「おいアリサ、転ぶなよ」
返事は返ってこないが、なんとか登れているようなので大丈夫だろう。
登りきった先は――壮観だった。
「こりゃまた、ずいぶん派手にやったもんだなあ」
眼前に広がるのはアラガミの大群・・・それも、全て一匹残らず倒されていた。
ぴくりとアリサが反応を示す。その方向を見てみると、血が点々と続いていた。
誰の血痕かは不明だが・・・どちらかのものなのは間違いない。
「いくぞ」
血痕を辿るとアラガミの数も次第に増えていく。中には接触禁忌種のアイテールなんて大物も倒れてコアを抜かれていたのには驚いた。
だが――。
「ここはヒデェもんだぜ」
家屋が消し炭になって倒壊し、辺り一面に暴れ回った後が残されている。
この凶暴さ。そして惨状を見渡す限りではヴァジュラ種の“どちらか”だ。
「っ 見るな!」
慌ててアリサを健在な家屋に押し込む。
家屋の庭には、電気に焼かれ、真っ黒の死体があった。腕輪も原型を留めていない。
「――クソッ!!!」
焦げた芝生を殴る。近くに落ちた旧型神機(スナイパー)から第一部隊隊長でないのはわかるが、仲間が一人死んだ事に変わりはない。
リンドウは神機だけ回収し、アリサの元に戻った。
「アリサ!? おい!」
居ない。ドアは開かれて姿は何処にも無かった。
急いで辺りを探し、アリサの背中が見えたので走って追う。
「ったく先に――――!」
言葉を失った。アリサを隠すのも間に合わない。
リンドウも、現実逃避に奔りかけた。
目の前にあったのは倒れた“ディアウス・ピター”の額に刺さった蒼い大剣(神機)と、壁に凭れるように倒れている第一部隊隊長の姿だった。
「リーダぁッ!!!」
悲痛な声と共にアリサが駆け寄る。
リンドウは現実を租借するかのように見つめていた。
「う・・・」
「リーダー!?」
必死に何度も揺すると反応した。
目が見えていないのか、焦点が合わず、アリサの頬を涙が伝った。
「・・・お前・・・いきて・・・たん・・・だな・・・はっ・・・ぐぅっ・・・よか・・・た」
先程の少年が無事であったと思っているのだろうか。
「どうして! どうして自分の心配しないんですか! ボロボロじゃないですかぁ・・・!!!」
無事なところを探せないくらいあちこちが傷だらけで、黒地の服が紅く染まっていた。
「ああ・・・くそ・・・眠いな・・・。おい、無事なら・・・早くこの街を出ろ・・・ここ・・・偏食場・・・からな。
うろちょろしてると・・・また・・・ぞ」
耳すら聞こえていないのだろう。全然噛み合わない。
「リンドウさん!!!」
「あ、ああっ!! おい、聞こえるか! すぐこっちに来い! 隊長を発見した! さっさと来てくれ! 頼む!」
正気に戻ったリンドウがすぐ指示を飛ばす。
アリサは肩を揺すっていた手で冷たくなりつつある手を握った。
――――光が、視界を――否。二人を覆った。
見えてくるのは見慣れた・・・目の前の隊長の部屋。
いつも。
いつも。
いつも。
いつも。
悩んで悩んで悩みぬいて。
皆の成長を喜んで。でも段々と自分の立ち位置が分からなくなって。
いつか自分自身を押し込める事に慣れてしまっていた。
皆強くなって、自分より優秀な前リーダーが居る。極東支部――
なら――彼の居場所は・・・?
「超どん引きですっ!!!」
「あ、アリサっ!?」
気が付けば。この真っ白な世界でリーダーたる少年の胸倉を掴んでいた。
「居場所が無い? 冗談にしても悪辣です! そんなの、ずっとあるに決まってるじゃないですか!!!」
悩み抜いた問題があっさり否定されて面食らう少年。
アリサは涙ながらに。全部の想いを託すように捲くし立てる。
「リーダーはいつでも、どこでだって! 私達の中心です! 最初からずっとこれからも! それが分からなかったのは、リーダーが見ようとしなかったからですよ・・・ッ!!!」
「――――――ああ。 ・・・・・・そうだったのか」
気づいた。回りに、近くに居るアナグラの連中。
皆が皆、よく慕ってくれて傍に居てくれた。大切な――仲間達。
――――その中心にはいつも・・・いつだって俺が居たんだ。
「後悔しないよう生きてるつもりだったんだがな」
少女の目尻を指で拭う。せっかくの愛らしい顔が台無しだった。
泣かせてるのが自分だとすると、この後を想像するのが怖い。
「だったら・・・居て・・・下さい!!! ずっと“ここ”に!!!」
「人の心を読むなよ・・・まったく」
やれやれと愚痴る。柔らかい頬を撫でた。
「ありがとう。今まで――さよなら」
「いや! いやです! ぜったいいや! そんなさよなら聞きたくありません!」
返事は返されることなく、少年の姿は消え、真っ白な世界が消失していった。
「リーダー!!!」
「・・・・・・?」
まだ、息はある助かる。助けられる。
そうでないと――私の力は、本当に、何の役にも立たない。
だってそうではないか? 今、大切な人が危機に瀕している時に――こんな・・・!
「・・・・・・ああ・・・眠いな」
「だ、駄目です! こんなところで寝ないで下さい! 風邪引きます!!!」
コクリコクリと舟をこぎ始める少年に必死でそう告げる。
そうだ。今寝かしてはいけない。
リーダーは明日、アナグラに戻って皆に謝って回らないと――忙しくて風邪で倒れている場合なんかじゃない。
「や、やること・・・まだ・・・ありますから・・・い、いっぱいあるんです! だ、だから――!」
急に糸が切れたように、少年の首が倒れた。起き上がる気配はない。
ヘリの音が空から聞こえてきた。
「――――リーダー? ほら、迎えがきましたよ。早く乗らないと置いていかれて――」
「アリサ――」
必死で何度も引っ張ろうとするアリサをリンドウが止めた。
「リンドウさん・・・・・・」
「もう、休ませてやれ。連戦で疲れてるんだろう」
「だ、だめ・・・だって・・・」
今寝かしてしまったら―――それは―――きっと。
アリサは何度も何度も。少年の体を揺する。リンドウも痛ましくて見ていられなかった。
まるで死んだ親に子供が必死で呼びかけるようで―――激しい後悔と絶望が押し寄せてくるのだ。
「いやあああああああっ!!!」
―――2071年に起きた。極東支部を揺るがす大事件。それは誰の心にも深い傷を残し、歴史の闇へ消えていくのだった――――。
END
このページへのコメント
感動しました、読んでいくうちに目の前が真っ暗になりました。
お 近い日に読んでる人がいたか
この内容は後の話、つまりゴッドイーター2につながってるかもしれませんね。
少しこの内容ではアリサは立ち直れそうに無さそうですが…
それにしてもこのお話は感動しました。やっぱりこれほどの良き存在を失うとなると第三者からみてもつらいですよね…(;つД`)
此の後日みたいな話が読みたいですね
なにこれつらい・・・