◆小説三巻第三章「ほんとうに起こったこと」

「鳴海さん! ようやくインタビューがまとまりましたよ!」
「決まってます。柚森史緒さんへのインタビューですよ。
 ちゃーんと聞き出してきましたよ、『エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』からお嬢様を救ったナイトの物語! いやいや、感動しました!」
「それでですね、鳴海さん」
「そ・れ・で・ですねぇー、鳴海さん」
「鳴海さんが史緒さんを助けたのは事実みたいですけど、問題は『エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』です。あれ、どこまで本当なんです?」
「どうと言いますとですね―――」
「ありますよ! 私の調べでは、ピアノメーカーであるベヒシュタイン社が開設されたのは一八五五年のことですよ?」
「ですよね。なのに『エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』が地中海から引き上げられたのはベートーヴェンが死んだ一八二七年、
 ベヒシュタイン社が開設される二十八年も前にそのピアノが地中海に沈んでるわけありません!」
「だからおかしいって言ってるんじゃありませんかっ」
「どこにです?」
「あの、鳴海さん。言いたいことはわかるんですけどね」
「いえ、そのですね、それを言っちゃおしまいじゃありません?
 ほら、探偵小説の怪奇とロマンと冒険がしょっぱなからなくなっちゃうっていうか」
「し、知るかって、それが名探偵の言うことですか!
 探偵小説の登場人物は必ずそれらしくふるまって、そうでないふりをして読者をバカにしてはいけないと決まってるんですよ!」
「えーと、聞いた覚えがあります」
「なら史緒さんの話はどういうことになるんです?」
「何ってですね、いったいどういうことなんです?
 ピアノの話が全部でっち上げだとすると、どこでどう間違えば史緒さんの経験したことが本当になるんですか?」
「えーと、それは遠回しに史緒さんのことを『バカ』と言ってるんですね?」
「でも『バカ』を意味してるじゃないですか。さっき信じるのはバカって言ったじゃないですか」
「それは遠回しに私が育ちが悪いと言ってるんですか?」
「失礼ですね。私が手放しで信じるのは他人事で聞いて楽しめる場合に関してだけです。それ以外はちゃんと疑ってかかりますよ」
「ちょっと待ってください。柚森の大奥様のピアノの話が全部ウソだとするとおかしいことがでてきますよ」
「そうです。史緒さんは屋敷の音楽室に向かう時から不吉な気配に怯え、
 ピアノを見た瞬間、天板に首を挟まれるイメージをはっきり頭に浮かべたと言ってました。
 『エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』の話を聞く前にそんなイメージを持つのはおかしいです。
 それとも大奥様は史緒さんが天板を下ろすよう頼んだのを聞いて、即興で因縁話を作り出したんですか?」
「―――ええ、私もそれが一番引っかかるんですが。年齢もありますし、たまたまボケが来ていたという解釈もありますが」
「お茶、苦いですね」
「またまじめな顔してくだらないこと考えてません?」
「うーん、これはこれで冒険だった気がしますが」
「また偏った意見ですね。いちがいにそうとは言えないですよ」
「何だかもの悲しいですね」
「わ、ちょっと待ってください! 私まだお茶飲み終わってないんですよ!」
「知るか、って、まだお茶熱いんですよ! 飲みにくいんですよ!」
2006年06月25日(日) 23:16:25 Modified by hiyono_serifu




スマートフォン版で見る