◆小説二巻第四章「家に帰る道」

「うふー、このエビのぷりぷり感とぴりぴり感が」
「どうかしました、鳴海さん?」
「今さら何言ってるんです?」
「ち、千景さん! 性懲りもなくノックなしに入って来ましたね!」
「聞いてませんっ」
「そ、それより何ですか! 用もなく新聞部に来ていいのは部員だけですよ!」
「領収書いりますか?」
「あげませんよ」
「あげないって言ったじゃありませんか!」
「お母さんに作ってもらったんじゃありません。これは鳴海さんの手作りですっ」
「どこかの小娘って誰ですか」
「その指には何か私の人格に対する最大級の侮辱がこめられている気がします」
「楽しそうですね、鳴海さん?
 話を聞いてると千景さんにピアノ弾いてあげたみたいですね、私が頼んでも弾いてくれなかったですよね?」
「ふーん、そうですか。千景さんって鳴海さんのタイプですからねー、たいぷ」
「ふーん、じゃあどんなのなんです?」
「二人は親友だったからこそ言葉はいらなかった、と『番長の王国』では説明されてますよ?」
「あの、共犯じゃなくちゃダメなんですか?」
「でも鋼鉄番長さん殺害の容疑者は三人しかいないんですよ?
 三つの解決を示すと言っておいて、いきなり二人まとめて犯人にしちゃうのはもったいなくありません?」
「死亡推定時刻は二十五日の午後十時から十一時ですから、その間に鋼鉄番長さんは小屋に帰ってきて水を飲んだんですね?」
「二大番長の部下の人達が小屋を見張っていたでしょうから、鋼鉄番長さんの死はすぐわかりましたよね、
 お亡くなりになるとすかさず密室を作るためにメンバーが集まってきたんですか?」
「でも警察の調べでは戸にも敷居にも何の仕掛けもありませんでしたよ? 釘や接着剤とか余計なものを使っていれば一発でバレたはずです」
「窓?」
「えーと、それは窓枠が歪んじゃってたせいで――」
「(あ)」
「そのために二十人もの頭数が必要だったんですね!」
「そういう基準はどうかと思いますが」
「真実はひとつですし、大抵それって面白くないものですよ?」
「密室を開くという前提もおかしくなっちゃいません?」
「それは昨日も言ってましたけど、左右田工業が勢力を広げる時に謀略の部分は稲葉さんが担当しておられましたし、
 戦いの時も鋼鉄番長さんはアメリカ陸軍流格闘術に任せた単独中央突破ですよ。考えなしの熱血さんとしか思えないじゃないですか」
「えーとそれは物語としてドラマティックだから………」
「な、鳴海さん、その仮説は危険です! 熱い番長時代を根本からひっくり返します!」
「な、鳴海さん、一応筋は通ってますけど、それは恐ろしい仮説です。本当に稲葉弘志さんを死なせちゃうくらい恐ろしい仮説です」
「で、でもバッチの形なんて偶然かもしれません!
 十文字は珍しい形じゃありませんし、キリスト教徒じゃなくても十字架のアクセサリーを持つ人はいます!」
「な、鳴海さん、そりゃ宗教は人それぞれですから鋼鉄番長さんがキリスト教徒でもかまいませんけど、
 どうして隠れキリシタンみたいに十字架をバッチにカモフラージュするんですか。いくら四十五年前でも信仰の自由は認められてましたよ?」
「じゃ、じゃあなぜ番長を目指したんですか! 信仰を隠さなきゃならないようなことを敬虔なクリスチャンが敢えてするなんておかしいです!」
「なら稲葉さんとの出会いの場面はどうなんです? 鳴海さんはあれを策謀いっぱいの出会いと証明したじゃないですか!」
「で、ではですね、二大番長で落ち着いていた全国を乱しちゃう急激な勢力の拡大はどうなんです?
 『家族』が欲しいだけなら全国規模まで行くことはありませんし、平和を乱すのも望んではいなかったですよね?」
「そんな人、ひとりしかいませんよ」
「ティーセットを新しくする頃合いですかねー」
「なんてこと言うんですか、失礼ですね」
「鳴海さん、千景さんとはこれで済むんですか?」
「でも鳴海さんのタイプじゃ――」
「百歩譲って鳴海さんがそうでも千景さんの方が――」
「どうしてこう、いざという時の自分のかっこよさに自覚がないんでしょうかねー。
 千景さんだってきっと鳴海さんの魅力がわかったはずですし、もしかしたら………」
「わからなくていいですっ、ほんと、誰に対しても鈍感なんですからっ」
2006年06月25日(日) 23:12:49 Modified by hiyono_serifu




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