ルイズのバレンタイン

「ん、なかなか美味しいわね」
 初めて作ったとはいえ、上出来である。シエスタの助けの効果もあっただろうが、それでもこの美味しさは自画自賛したくなる。
 指に絡みつくねっとりとした黒い物体を舌で舐め、幸せそうにため息をつく。
「さすがわたしね。初めて作ったチョコがこんなに美味しいなんて」
 シエスタが作ったチョコレートが美味しかったのでなんとなく作ってみたのだが、予想以上の出来である。
「サイトにもあげようかしら」
 サイト、どんな反応するかしら。
 驚くかな。それとも、喜んでくれるかな。
 サイトの反応を想像して、一人で笑ってしまうルイズ。チョコを片手に一人で笑っているその姿は、まるで恋人にサプライズでプレゼントを渡す彼女のようだ。
 クスクスと一人で笑いながら、完成したチョコを手に取り、ルイズはサイトのいる自室を目指して歩き始めた。
 
 サイトはふと望郷の念に駆られ、久しぶりにノートパソコンを開いた。少々埃が積もっていたのは使っていない証拠である。
「久しぶりだなぁ」
 なんてことを呟いて、電源を起動させる。そして、なんとなくパソコンの画面の右下を見て、カーソルを合わせると、サイトはパソコンを閉じた。

 2月14日

 それが現れた日付である。
 泣きたくなった。
 悲しくなった。
 寂しくなった。
 苦しくなった。
 何故、こんな思いをしなければならないのだろう。
 何故、こんなに苦しまなければならないのだろう。
 こんなに苦しいのなら、バレンタインなんて消えてしまえばいい。
 そっとパソコンをしまい、サイトは泣いた。

 異世界にバレンタインという風習があるかどうかなど、どうでもいい。
 ただ、泣きたかった。寂しさを、紛らわせたかった。悲しさを紛らわせたかった。
 そんな風にして泣いていたものだから、部屋の主が帰ってきたのにも気がつかなかった。
 
 わたしが自分の部屋の前に来ると、中からサイトの声が聞こえてきた。
「畜生! 消えてなくなっちまえ!」
 叫んでいるサイト。わたしは、思わずその場に固まってしまった。
 何でサイトが叫んでいるのか、わからない。でも、聞こえてきた声は、明らかに強烈な拒絶の声。
 もしかしたら、わたしに向けての?
 そう思ったら、わたしの身体は動かなくなってしまった。
 怖い。サイトから拒絶されるのが、とてつもなく怖い。
 何だかんだ言いながらわたしの言うことを聞いてくれるサイトだけど、もしかしたら心の中ではわたしのことを恨んでいたのかもしれない。
 そんな……わたし……サイトに恨まれて……。
 涙が出てきた。涙があふれて、その場に蹲ってしまいたくなった。
 でも、こんなことをしていても何も解決しない。恨まれてるんだったら、その原因を解決してやる。
 涙を拭って、わたしは扉に手をかける。ドクンドクンと心臓が大きく脈打っているのがわかる。
 覚悟を決めて思い切り扉を開ける。バンッ、という大きな音と共に、わたしのベッドを思い切り叩いてるサイトの姿が見えた。
 ……馬鹿らしくなった。
 さっきまでの涙はなんだったんだろう。とりあえず、わたしのベッドを叩いているのは納得できない。納得できないからわたしは怒って、サイトに詰め寄る。
「サイト? いいかしら?」

「サイト? いいかしら?」
 その声を聞いた瞬間、サイトの動きはピタリと止まった。まるで氷を入れられたようなに冷たく、小刻みに震える背中。振り向くことすら出来ない、強烈なプレッシャー。
 サイトは、自らの行動を後悔した。
「こっち向きなさい」
 恐る恐る振り向くと、ルイズが立っていた。右手を腰に当て、左手に何かを持って。

「どうしてわたしのベッドを叩いてたのよ」
 先ほどの声から感じたほどではない怒りに、サイトは安堵した。怒ってはいるが、それ以上にサイトに疑問を持っているようだ。
 すなわち、サイトの行動への疑問である。
 部屋に入ったら、いきなり使い魔が叫んでベッドを叩いている。疑問を持つには十分すぎる光景である。
 どう説明しようか。まさか、元の世界のイベントを呪っているなんて言えないし。
 そんな風にサイトが困っていると、ふと、甘い匂いがサイトの鼻に漂ってきた。それは、元の世界でもよく嗅いだ匂い。この時期になると、街中ではそれが宣伝されている。
 そう、あの甘い、女の子が大好きなお菓子。チョコレートである。
 今日はバレンタイン。そしてルイズが持ってきたのはチョコレート。異世界だというのも忘れて、サイトは泣いた。
「ルイズ」
「なによ?」
「ありがとう!」
 言い終わるや否や、サイトはルイズに抱きつき、おいおいと声を上げて泣き始めた。わけがわからず、とりあえず何で泣いているのか事情を聞くルイズ。そしてサイトが説明をすると、ルイズは盛大にため息をついた。
「あんた、そんなことで騒いでたの?」
「ごめんなさい」
 冷静になって考えてみると、かなり恥ずかしかったらしい。サイトは耳まで真っ赤にしている。そして、説明を受けたルイズはというと。
「……」
 サイトと同じく顔を真っ赤に染めて、俯いていた。しかし、怒っているのではなく、それは恥ずかしさによるものだ。まさか、今日がサイトの世界で、恋人にチョコレートを贈る日など知らなかったのだ。
 そんな日にチョコレートをプレゼントする。これではまるで、恋人ではないか。
 こここ、恋人だなんて! サイトとわたしが恋人だなんて! 違うんだからね! わたしとサイトはご主人様と使い魔! それ以外のなにものでもないのよ!
 誰に言うでもなく内心で言い訳を始めるルイズ。いきなり恋人同士のイベントの日と知らされたので、テンパっているのである。
「まあいいわ」
 ため息をついてから、無言でサイトにチョコレートを差し出すルイズ。顔は明後日の方向を向いているが、その顔が真っ赤になっているのは明白である。
「あげるわよ。ご主人様からの労いのチョコよ。言っておくけど、労いのためなんだからね、それ以上でもそれ以下でもないんだから」
 きっかり五秒、サイトはポカーンとしていた。そして、満面の笑みで、こう言った。
「ありがとう」
 その言葉を聞いたルイズが、サイトに背を向ける。完全に表情が見えなくなったが、髪の間から僅かに見える耳は、真っ赤に赤い。先ほどよりも、さらにだ。
 そんなご主人様の様子を微笑ましく、しかし愛おしく見つめながら、サイトはチョコをぱくりと齧った。
2008年02月13日(水) 00:25:42 Modified by idiotic_dragon




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