ガブリエル・ドロ・キド



三男の上で左手を伸ばして眠るキド(2009年)

名前の由来

ガブリエル: まだ掌にのるほどのちっちゃな子猫の時に、三男が拾ってきたのですが、母猫の愛情を受けていない捨て猫でした。そのため、「噛み方」の制御ができないのです。親のもとで育っていると、母親とのじゃれ合いの中で身に付くようなのですが。今でも、気にくわないと「ガブリ」と噛むのです。そこで、「ガブリエル」。

ドロ: 上記と同じ理由で、食うのに困らない今でも、いやしく食い意地が張っていて、うっかりしていると食卓から食べ物をうばって逃げて、「うっ〜」と唸っています。
泥棒猫なのです。そこで「ドロ」。

キド: 拾ってきたのは、山口市の「木戸神社」。あの木戸孝允由来の神社です。山口では、「きど〜」なんて呼ぶことが憚れる、明治の偉人です。だから「キド」。

5歳(2006年現在)体重は6




ぶれたキドの写真・・・怖い・・・



◎ 2013年1月22日(火) 「キドが亡くなった」
・ キドは、まだ生後一ヶ月くらいの頃に山口の木戸神社に捨てられていた。木戸神社で遊んでいた小学校二年生の三男の後に、必死で鳴きながら着いてきて(生き延びる術はこれしかないと思ったのだろう)、三男が家に連れ帰り飼うことになった。
・ 幼くして親から引き離されたことも関係しているだろうが病弱で、うちの家族のなかでは一番病院通いをしたやつだった。
・ そのため、何でも食べられるわけではないし色々とケアも必要で、すべて妻が面倒を見ていた。息子たち以上に手がかかった息子と言えるかもしれない。
・ それでも野生に溢れたきかん坊で、山口では外に出ては、ヘビに猫パンチを食らわしたり獲物を捕って「どうだ」と言わんばかりに見せに来るし、油断すると私たちの食べ物を強奪するし、気にくわないとけっこう強力に噛みつく。そのくせ甘えん坊でもあり、夜は息子たちのふとんの中でいっしょに寝ていたし、私の膝の上にのって撫でられるのがお気に入りだった。

・ キドの転機は(私たち家族の転機でもあったが)、やはり山口を去り東京に戻ってきたときだろう。
・ 山口から空港に連れて行くために入れたカゴを食い破り、初めて東京の自宅に到着したときには、カーテンの中に隠れて出てこなくなり(変化した現実を見たくない!という感じ)、キドにとってあまりに大きな環境の変化だったのだろう。
・ それでも、次第に新居に馴染み、3階建ての家なので縦方向の運動(階段の上り下り)が日常的にできることは、キドにとっては好都合だったようだ。時には脱走して散策し、時には他の猫と決闘し、近所の人にも馴染みになって「キドちゃん」と呼ばれて可愛がられていて、だんだん東京の猫になっていった。
・ 何の根拠もないが、キドが私たち家族に「幸運」を届けに来たような気がしている。山口での生活、そして東京への異動、東京での新しい生活、そのすべてがキドと共にあり、キドこそがこの「流れ」を主導してくれていたようにも感じる。

・ 昨年の夏ぐらいから、めっきり弱ってしまって、昨年終わりの12月25日には、次のように書いていた。
> 2012年12月25日(火) 「老体予想」より
・ 飼い猫のキドが、この夏の暑さに参って以降、めっきり弱ってきている。12歳を越えて(人間で言えば80歳過ぎくらいか?)、腎不全を患っていて薬で進行を遅らせている状態。
・ 甲高い声を出す機会が減り、わずかに小さな声で甘えるように鳴くだけ。じっとしている時間が増え、歩く姿もとぼとぼとして躍動感が無くなり、しょっちゅうトイレに行って長時間座っている。
・ キドの身体を撫でても、あの反発するような筋肉の張りや力の漲りが感じられない。
・ 元気な頃は、キドの方からじゃれて飛びかかってきたり、私の方から仕掛けて「プロレスごっこ」みたいなことをしていたが、今はそんなことをしようものなら壊れてしまいそうで、ただ撫でるばかり。
・ 身体全体に広がる不快感や不全感を受け入れて何とか付き合いつつも、なんでこんなに動けないのだろうと、キド自身も感じているのかもしれない。


・ 獣医さんにも診せていたが、腎不全・心臓の不整脈・腫瘍・腹水等々で、もう手の施しようのない状態だったので、最後はもう食事制限もやめて、好きなマグロの缶詰をあげたりしていた。
・ しかし、それさえ食べられない状態になり、ここ一週間は、坂を転げ落ちるように日ごとに生命の炎が、か細くなってなっていった。一時期7kgほどあった体重は半分以下になり、骨骨しい身体になって、声も出せなくなり、歩けなくなった。
・ 昨晩は、長男も会社帰りに駆けつけ、次男・三男3人がそろって、キドをタオルでくるんで抱っこして、記念撮影をした。
・ この何日かは、まだ息があるのかどうか時々確かめる状態が続き、わずかに息をしつつ三男のベッドで横になっているのを私が確認したのが最後、その1時間後くらいに見に行くと、ベッドから降りて(落ちて)横たわり、もう息がなかった。
・ キドがうちの子になってくれて、いっしょに過ごしてくれたおかげで、私たち家族は楽しく豊かな12年間を過ごすことができた。キド、どうもありがとう。安らかに眠ってください。合掌。

・ 若き日のキド

【2013年1月22日記】

◎ 2013年1月23日(水) 「昨晩はしんみり、今朝は練習」
・ 連日になるが長男には会社帰りに寄ってもらって全員集合し、昨晩遅くキドを荼毘に付した。お骨にしてもらって壺に収まっているので、しばらくは家の中でいっしょに過ごし、暖かくなったら自宅の庭に葬るつもり。
・ キドの「拾い親」は三男であるが、昨日夕方、彼は大学から帰って来るやいなや、息絶えて冷たく硬くなったキドがベッドに横たわっている自分の部屋にすぐに入って戸を閉めてしまって、しばらく出てこなかった。おそらく、泣いていたのだろう。なんと言っても「拾い親」だし、下の写真のように仲良しだったから。

三男の上で左手を伸ばして眠るキド(2009年)
(略)
【2013年1月23日記】

◎ 2013年1月24日(木) 「キド関連・補遺」
・ キド関係の補遺として、少し書き加えておきます。
・ 山口時代にキドを飼い始める前、まだ川崎の生田に住んでいた頃(大学院生・オーバードクターの頃)から飼っていたのが、カイロスという名の雌犬(雑種)だった。ちなみに、その前(19歳で今の妻と住み始めた頃)はトラという名の虎猫を、さらにその前にはニルヴァーナという名のシャム猫を(短い間)飼っていた。
・ カイロスという名は、もちろん「クロノス」と対になる「祝祭的な時」を表すギリシア語に由来している。
・ 彼女は、とても気の優しいおっとりとした女の子で、後に子どもも3匹出産した。まだ長男が幼かったので、いっしょに遊んでいるとお姉さんのようだった。
・ 写真は、カイロスとその子どものうちの一匹を抱く幼き頃の長男。横に少し写っているのは、妻のお母さん。
 
・ 彼女(カイロス)は、私が山口大学へ就職がきまったとき、川崎から山口へいっしょに引っ越して、その後山口の地で亡くなった。1995〜1996年に私たち家族がカリフォルニア州パロアルトに住んでいた(私がスタンフォード大学に客員研究員として滞在していた)一年間は、川崎の妻の実家に預けられていた。
・ キドとカイロスはすれ違いだったが、私たち家族の中では、カイロスがお姉さん、キドが弟のような関係が(時を跨いで)感じられていて、実際にいっしょに過ごしていたら、さらに面白かっただろうな、きっといい姉弟の関係になっただろうな、という思いがある。
・ キドのフルネームは、「ガブリエル・ドロ・キド」。その由来(?)については、ガブリエル・ドロ・キドのページに記してあるが、我ながらいいネーミングだったと思う。そういえば、「若き日のキド」の写真をプロフィール写真としても使っていたことがあって、それを見た哲学関係の友人が「ウィトゲンシュタインの写真と「家族的類似性」ありという説あり」と書いてくれたこともあった。
・ まだ、家の中を歩いていると、ふとキドがすり寄ってくる気配だとか、ベッドの上に横になっているという「空目」とかがあって、いなくなったというより、まだいるという感じの方が強い。
【2013年1月24日記】

◎ 2016年10月15日(土) 「キド拾い記」
・  画像は、まだ小学校2年生だった三男が、5月に山口市の木戸神社でキドを拾ってきたときのことを記した、彼の文章と絵。
・ 偶然見つかったので、画像として残しておきたい。

【2016年10月15日記】
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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


著書


2017『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(ぷねうま舎)


2017 『現代哲学ラボ 第4号: 永井均の無内包の現実性とは?[Kindle版](哲楽編集部・編)


2016 『現代哲学ラボ 第1号: 入不二基義のあるようにありなるようになるとは? 』[Kindle版](哲楽編集部・編)


(カバー+オビ 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


(カバー+オビ 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(表紙 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


2013『子どもの難問』(野矢茂樹編著、中央公論新社)<私の執筆は二編>


2013『英語で読む哲学』(編著、研究社)


2012『哲学の挑戦』西日本哲学会・編、春風社)


2011『Q〜わたしの思考探究〜 (共著、NHK出版)


2010『<私>の哲学を哲学する』(共著、講談社)


(カバー 帯なし)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)

↑(帯をとると上のようになります)


(カバー+帯)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)



2009 ちくま学芸文庫版『相対主義の極北』(筑摩書房)



2007 『哲学の誤読 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)



2007 『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)



2006 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版, シリーズ・哲学のエッセンス )






2002 『時間は実在するか』(講談社現代新書)




2001  『相対主義の極北』(春秋社)



1993  『<思考する>英文読解』(駿台文庫・絶版)

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