◎ 2010年12月29日(水) 「それぞれの年末状況」
・ 長男(社会人2年目): 本日が仕事納め。年末の引っ越し(彼女とのルームシェアのため)準備で忙しい。
・ 次男:(大学2年生): A新聞社のバイト等で朝帰り多数。本日は、寝不足のまま、バスケの高校OB戦に出かける。
・ 三男(高校3年生): 年末年始とも、学校の自習室で受験勉強の追い込み。
・ 妻: オイコノモス(家政)を一手に担って、忙しく働き詰め。
・ 私: 試合を控えたアスリートの如く(*^_^*)、ストレッチ・筋トレ・ランニング等で、体調維持に励む。
・ NHK教育テレビ「Q〜わたしの思考探究〜」の12回の放映は、2巻本として書籍化が予定されているらしい。
・ 私の出演回は6回目なので、第1巻に収録されることになる。テープ起こしをしたゲラが、1月10日前後にもう届き、刊行時期は2011年2月末とか。何というスピード!
・ 来年度の講演等ですでに依頼されて決定しているのは、「無について」(ハイデガー・フォーラム、9月17日)と「<語りえぬもの>をめぐって」(東大・哲学会シンポジウム、11月13日12月4日)。二つの発表は、テーマ的にも時期的に接近しているので、同じようなことをしゃべることになりそう。
【2010年12月29日記】

◎ 2010年12月27日(月) 「追記」
・ ↓( 12月25日)の「タックル」の件に関しては、
http://ameblo.jp/wrestlewrestle/entry-10749572565....
に今泉コーチ側からの記述があります。
・ NHK教育テレビ「Q〜わたしの思考探究〜」の私の出演回は、
予定通りに
本放送
2011年2月12日(土)午後11時45分〜午前0時15分
再放送
2011年2月19日(土)午前10時30分〜午前11時00分
と決定した連絡がありました。
【2010年12月27日記】

◎ 2010年12月25日(土) 「今年最後の練習、のち忘年会」
・ 授業は休みに入ったので、今週3度目のレスリング練習参加。週3は今年の2月に習い始めてから初めて。そして、私にとっては本日が今年最後の練習日。参加者は3Fマット場にしては少なく、(最終的に)7名。コーチは、人見(指揮)・今泉のお二人。
・ これまで(私が参加した日には、ということ)やっていなかった準備運動として、二人組で互いに足首を持ち合って前転を繰り返していくマット運動(ちょっと「地獄車」風)を、アメリカ人の高校生(?)と初めてやる。
・ 「先生」ことトミカワさんと打ち込み。私が(two-on-one 風に)相手の腕を取ろうとしているとき、バックに回られやすい体勢になっていることを指摘される。相手の正面近くで身体が横向きになって、十分に相手の横へと回れていないことが原因か?
・ 打ち込み以降は、練習時間が終わるまでずっと、今泉コーチに個人指導をしていただく。試合のことを意識した練習をしましょうということで、技の組み立てや繋ぎを中心に繰り返して、さらに最後には「スタートダッシュ・タックル」への「開眼」へと導いてもらう。以下の箇条書きは、自分用の備忘録みたいなもの。
・ そういえば今年は、レスリングの練習をやったあとに、(帰宅して妻に)話し・(寝る前に)思い出し・(翌日に)書いて・(しばらく経って)読み返して再想起し・・・・と、楽しいことを「牛のように反芻する」という快楽のサイクルが確立した一年でもあった(最近は、夢の中でレスリングをやっていることもある)。

 1.片足タックル+相手が尻もち状態から → 片足を取ったその手で、相手の足(踵)を(自分の膝を立て・載せるようにして)リフトアップ → 体重を相手にかけながら(今泉さんはマットにつけた頭頂部を支点にしながらやっていた)相手の横へと回る → もう一方の手で相手の頭・首を押さえ込み、重心を落としてフォールへ。【相手が同じくらいの体格だったら、足を持ち上げた側の手と頭・首に回した手とをクラッチして、cradle へ移行することも可能では?と思った。】
 2.相手が腹ばい状態へと逃げたところから → アンクルホールドへ or (腰を浮かせてアンクルを逃れようとした場合に)太ももローリングへ or (腰を浮かせてアンクルを逃れようとした場合に)足を入れて股裂きへ。「枝分かれ」的な展開が可能。「太ももローリング」は、本日初めて習ったが使えそうな気がした。
 3.相手が腹ばい状態へと逃げたところから 「レッグホールド」で投げ捨て気味に2点をゲットするという展開も練習。
 4.がぶられた状態での防御練習。相手の腕・肘を取ることも重要だが、しっかりヘッドアップ・もう一方の手でバランスをとることも重要。手取りバック等の反撃もありだが、そのまま守りきってしまうのでもいいのでは、というアドバイス。がぶりの攻撃の方では、胸での体重のかけ方、相手の横(脇あたり)に頭でプレッシャーをかけての回り方を練習。
 5.タックルに関する私の「もやもや感」を伝えるために、高校時代まで私は短距離走が速くて、特にスタートダッシュがよかったという話を、今泉コーチに話す。そのときのスタートダッシュと似た感覚(気持ちよさ)が、タックルにあってもいいはずなのに、これまでそれを味わえていないこと、この(かつてのスタートダッシュ感覚とタックル感覚との)不一致感が、長谷川元コーチも指摘してくれた「瞬発力を生かせていない」ということの主観的な側面なのでは・・・・というような話。
 私の話を受けて、今泉コーチに指摘していただいたことは、「コロンブスの卵」のようなものなのだが、「クラウチング・スタートでは、ダッシュは一歩踏み出してからするものではない(つまり、いきなりダッシュ)。そのスタートダッシュのままのタックルをすればいい」ということだった。これまでの前足を一歩踏み込むようにして入っていたのをやめて、言われたとおりにやってみると、タックルの中に「かつてのスタートダッシュ感覚」が戻ってくるのがはっきりと感じられた。
 さらにそれに加えて、相手をわずかに持ち上げ(浮かせて)、両足を抱えるようにして自分の頭を支点に回すように背中から倒す(落とす)という動きへと連続させると、先日今泉コーチからいただいた動画の「弾丸タックル」のイメージに近づくことが、よく分かった。ここまでできるようになったら、とても気持ちいいだろうな。
 
・ 練習終了後、7時から大久保の駅近くの店で忘年会。忘年会からの参加者を含めて12名(木村・高田・嶋崎の各コーチも忘年会から参加)。男だらけのむさ苦しいクリスマス。
・ 制限時間をおおはばに過ぎても、「高田劇場」は続く。それは、「虚と実」が絶妙に折り畳まれ、綯い交ぜになった「追い込み・追い込まれ」の人生(裏街道)劇場。あまりに笑いすぎて、腹筋が痛くなった(これはトレーニングか?)。
・ 嶋崎コーチが、芸人の土田晃之に似ているという話が出たので、俳優の大森南朋に似ているという「持論」を私は披露。ご本人はあまり気に入らなかったかもしれないが、とても優れた俳優だし、大森南朋似というのは、いいと思うのだけど。
・ コーチをはじめ、練習仲間の皆さん、今年はたいへんお世話になりました。来年も、よろしくお願いします。よい新年をお迎えください。
【2010年12月26日記】

◎ 2010年12月22日(水) 「伝説の鬼コーチ・長谷川コーチ来訪」
・ 19日の日曜日に3Fのマット張り替えを手伝ったが、地下練習場のマットの方は、黄色のシートに張り替えられていた。一面黄色だと、目がちかちかするくらいに明るい。
・ 本日の練習は7名の参加者。
・ 以前、関さんから「水曜地下マット場の鬼コーチだった長谷川コーチ」「まるで「虎の穴」のようだった」という「昔話」をうかがって印象深く覚えていた、かつての水曜日コーチの長谷川さんが、本日来訪(ほんとうに久しぶりらしい)。
・ 「鬼コーチ」にしてはイケメンすぎると思ったが、私もスパーリングの相手をしてもらったり、がぶり返しの回転や片腕を取った場合の頭の位置の誤りについて、個人的に指導をしていただいた。その指導の的確さと「包容力」のような大きさを感じることができて、関さんの「昔話」が羨ましくなった。
・ まだ始めて一ヶ月ほどの若者(21歳)・マエダさんとスパーリングをしたときに、がぶりの状態から外無双をきめて押さえ込むことに初成功。
・ マエダさんとは、片足を取った(取られた)状態からの攻防の練習もした。いくら若くて元気があっても(彼はサンボと総合格闘技の練習にも出ているそうだ)、わずかではあっても経験に優る"52歳のおじさん"に、レスリングにおいては敵わないものなのだな、ということが確認できた。でも、すぐに追いつかれて追い抜かれてしまうだろうけど(若いことの強味)。
・ 本日は慣れるために、お互いシングレットのみの姿でのスパーリングを、人見コーチにお願いした。シングレットは、特に上半身が締め付けられている感じで、Tシャツの状態よりも疲れる感じがした。
・ 練習終了後、ロッカールームで、久しぶりに総合格闘技の安藤コーチと会う。安藤さんが裸のまま、「押忍!」と言って手を前で交差させる武道的な挨拶をしてきたので、私も思わず「押忍!」とやってしまう。このような挨拶は、私のような非体育会系の人間には、もしかしたら初めてのことかも。

・ 翌日、今泉コーチからメールをいただき、昨日の練習後に長谷川コーチと飲んだこと、その時に出た入不二評を伝えていただいたので、以下に引用させていただく。
・ 褒められているのが嬉しいだけでなく、本人も何となく感じていた「上手くいかなさ」(タックルの件)を一回の練習を見ただけで指摘していただいているところも嬉しかった。今年最後の水曜日練習で、このような過分なことばをいただけて、よい新年を迎えられそう!
・ 以下、今泉さんのメールにあった長谷川コーチによる入不二評の引用です。

・レスリングのセンスが非常によい。
・瞬発的な筋力が凄い(同年齢とは比較にならない)。
・日本人的なレスリングではなく、アメリカンスタイルっぽい。特に最後まで諦めずにガムシャラに行くところなど。
・タックルは瞬発力が生かせていない。考え方を変えさえすれば、弾丸タックルが出来そう(懐に入るというよりは勢いで相手を吹っ飛ばしてしまうタックル)。
・技術をよく考えながらやっているので飲み込みが早い。
・やはり一つのことを極めている人は違う。
・変に型にはまらないでやった方が強くなりそう。

【2010年12月23日記】

◎ 2010年12月20日(月) 「朝カル忘年会」
・ 朝日カルチャーセンター・新宿「哲学の読書会」メンバー有志11名による恒例の忘年会を、18:00〜21:00 新宿住友ビル50階「創作和食くう」にて行う。二次会は、京王プラザホテル「樹林」にて、10名で23時頃まで。
・ 話題になっていた内容で覚えているのは、「WikiLeaksは救いか恐怖か」「監視社会とGoogle」「出席者・大学生O君の就職活動や特有の幼さについて」「3人のN先生やT先生についての受講者・学生による評価やうわさ話」「着衣ありの格闘技となしの格闘技の比較」「入不二のwiki(ここ)の記述についての精神分析的な(?)コメント」等々。
・ 以下の写真は、二次会の「樹林」にて。

【2010年12月22日記】

◎ 2010年12月19日(日) 「レスリング練習/大学での収録予定日」
・ 午前中(10:30〜12:30)のレスリング練習に参加。15名ほどの参加者(嶋崎コーチ指揮・今泉コーチと木村コーチも参加)。
・ 準備運動の一つとして、「駅弁」と称された、「部活的な」雰囲気のある運動をやる。相手を前にぶら下げて歩いて(走って)行って、最後に相手をぶら下げたまま、何度もおじぎを繰り返す。首や背筋を鍛える運動。
・ 私は「駅弁」を、同年配のキムラさんとやる。私が抱える番になったときに、飛びついてぶら下がってきたキムラさんの重さに耐えられず、キムラさんを背中から落としてしまう。ごめんなさい、キムラさん m(_ _)m
・ 今日の収穫は、「飛行機投げ(fireman's carry)」のコツ(感覚)がちょっとだけ掴めた気がしたこと。
・ 嶋崎コーチの説明を受けた後、今泉コーチに集中的に技を受けていただいたことによって、「自分から入って行くのではない」「かつぐのではない」という点や「引き手の感じ」が、これまでよりは分かったような気がした。
・ スパーリングでは、サンビストのオノデラさんにフォールされまくりで、いい所なし。なんとか抵抗・反撃を試みたいくつかの場面の中に、下になっていた私が、ヘッドロックのように相手の首(頭部)に腕を回して、上になっていたオノデラさんを引き倒すようにして形勢逆転をしたシーンがあった。
・ そのとき、スパーリングを横で見ていた嶋崎コーチから、「首だけでやるのはダメですよ」というような声が飛んだと記憶しているのだが、これって「反則」っていうことだったのだろうか。あとで聞こうと思っていたのに、忘れてしまった。
← 【追記】今泉コーチからメールをいただいて、(首投げのように)腕を取っていれば問題ないけれど、ヘッドロック状態のみでの投げはレスリングでは反則であることを教えていただく。知らなかったとはいえ、ごめんなさい、オノデラさんm(_ _)m
・ 本日は、ちょっとだけ「後悔」したことがあった。
・ スパーリングのときに、今泉コーチから「あの人は、パンクラスの軽量級のチャンピオンで、年末の「戦極」の試合にも出る強い人ですよ。ブログ・ネタにやってみます?」と声をかけられたのだが、腰が引けてしまって(実際見てるだけで恐くて)、「いまケガをしたら、一月の試合に出られなくなってしまいますよ」と断ってしまった。しかし、練習後に疲れがとれて元気が戻ってきたときには、「でもちょっとだけでもやって(いや触って)みたかったな」と後悔した。
・ 練習後は、マットのシートの張り直しを、サンボの人たちといっしょに、みんなでやる。サンボの大久保コーチが足の指を巧みに使って、マットを署ルむようにして引き寄せる「技」が印象的。
・ 足の指を自由自在に使って、ものを署ルんだりする様子は、私の場合には、亡くなった父親(大正生まれ)のことを思い出す(子どもの頃、足の指でつねられて、もの凄く痛くて、泣いたこともあった)。

・ NHK教育テレビ「Q〜わたしの思考探究〜」の「考えること その先に何があるのか」の回(2月12日放映予定)での私の紹介映像では、レスリングの試合風景と大学での授業風景が使われる予定になっている。
・ 大学での授業風景の方は、1月8日(土)の演習の授業を撮ってもらうことになった。
・ この「お知らせ」を読んだ、ゼミ・演習のOB・OGの人たちへ。 今年は特に演習はこぢんまりとやっていて少人数なので、収録日時に14511教室に来ることができるならば、参加してくれてもいいですよ。連絡下さい。

・ 上記の「チャンピオン」とは、第2代フライ級キング・オブ・パンクラシストの清水清隆選手のことです。
・ ↓は、清水清隆選手の試合動画です。

【2010年12月19日記】

◎ 2010年12月17日(金) 「告知」
・ 上の方の「告知」欄に、今のところ分かっているNHK教育テレビ「Q〜わたしの思考探究」の放映日・テーマ・出演者を載せてみました。
・ 私の出演回は、今のところ第6回・2月12日(土)に決まりそうという連絡をもらっています。
・ 今後、分かり次第、更新します。
【2010年12月17日記】

◎ 2010年12月16日(木) 「予防接種/昨晩の練習」
・ 本日、インフルエンザの予防接種を受ける。うちには受験生(高校3年生)がいるし、私自身も欠場するわけにいかない試合があるので、インフルエンザにかかってはいけないと考えて。
・ 昨晩の練習は、参加者6名と少なめ。
・ 私と同レベルの方がいなかったので、打ち込みではずっと"若武者"オノデラさんに相手をしていただく。若くて強い人が相手だと、打ち込みであっても、疲れまくり。いつもの何倍も疲れて、途中何度か休ませてもらう。
・ 腰の方の調子は問題なくなったけれど、こんどは首を痛めている。さらに、(テーピングをしている)右手の二本の指に加えて、左手の指もつき指してしまう。いつもどこかが痛いままでやるというのが、常態になりつつある。
・ スパーリングで人見コーチに相手をしていただいたときのことだが、片足を取られた状態でどうしようもなくなった時に、無意識に返し技のようなものをやって、見ていた今泉コーチが驚いてくれる。
・ 今泉コーチによれば、「池松スペシャル」(今泉さんの命名)に似ているということだった。さらに、こうすると(逆けさ固め)フォールにまで持って行けますよ、とアドバイスをいただく。
・ これは無意識のうちに出た技だけれど、無意識に出た技は「得意技」になりやすいという話も、今泉コーチからうかがう。
・ 動画など観ていると、やってみたい技はいろいろあるので、不遜ながらも(また、できるようになるかどうかと別に)、機会があったら試してみたいなぁと思う。
・ この二三日、体重が56圓舛腓辰箸僚蠅泙罵遒舛討い襦これは58垉蕁淵螢潺奪函砲農錣Δ燭瓩砲蓮⇒遒舛垢。減量の勢いがついてしまって、進みすぎてしまったということ。来年は、55垉蕕膨戦しようかな。
【2010年12月16日記】

◎ 2010年12月12日(日) 「TV番組の収録」
・ 本日12時〜15時半頃まで、渋谷のNHKのスタジオで、「Q〜わたしの思考探究〜」の第?回「考えること その先に何があるのか?」の収録。無事終了。
・ 初体験で比較対象がないし、うまく行ったのかどうか、自分ではいまいち判定できないというのが、正直なところ。
・ でも、石川直樹さんとの対談がわりあいスムースに進んで、途中で止めてのやり直し(撮り直し)なしで一気に収録できたのは、スタッフによると、成功ということらしい。よかったよかった。
・ 放映時には15分くらいになる予定の最初のPart I では、45分間ノンストップで二人で話し続けたので、あとは編集の腕の見せ所というところか。
・ いちばん印象深かったのは、対談相手の石川直樹さんの佇まい。
・ これは雑談をしているときに、ご本人にも伝えたのだが、石川さんはまだ33歳の若さなのに、すでに老成の域に達したような静かさや落ち着きを醸し出していた。
・ 私が落ち着きのない「若僧」で、石川さんが悟りの境地に達している「高僧」のようにさえ感じられた。
・ おそらく、「旅」の中で潜り抜けてきたいくつもの極限状況の体験が、石川さんの人生の濃度と速度を飛躍的に高め、その結果、その年齢には相応しくないくらいの佇まいを彼に授けたのだろう。こういう方と対談する機会が持てて、よかった。
・ ところで、収録後、番組スタッフからの或る依頼があって、「大変なこと」になった! 
・ 私を紹介するVTRコーナーの中で、1月に出場予定のレスリング大会における私の試合映像を使いたいという依頼であった(番組の放映は2月になりそうなので、ちょうどいいタイミングで試合があるというわけ)。
・ ただでさえ、デビューの試合でたいへんなのに、さらに撮影・放映が加わるというのは、(使われるのはほんの十数秒程度でしょうがそれでも)プレッシャーです。
・ でも逆に言えば、またとない(あるいは普通にはない)機会でもあるわけで、イベント性が高まって、試合をする面白さが増すとも言えます。
・ そういう風に考えて、これから大会を主催する連盟に撮影・放映許可を求めなくてはいけないでしょうが、私個人としてはOKだと伝えました。
・ 試合そのもの以上に、シングレットの姿をさらすのが、恥ずかしいかも。
【2010年12月12日記】

◎ 2010年12月8日(水) 「練習再開」
・ ギックリ腰は完治したとは言えないけれど、間を開けすぎると身体が動きを忘れてしまいそうなので、夜のレスリング練習に参加(人見コーチ・今泉コーチを入れて8名の参加者)。
・ 練習開始前に「入不二さん、ゴメン」と同年配のシノハラさんに声をかけられる。残念ながら、やはり家族の署名がもらえず、いっしょの試合デビューは断念せざるをえないとのこと。
・ シノハラさんの話では、レスリングをやっているといっても、家族は、トレーニングをしているくらいのイメージで考えていて、試合に出るなんて寝耳に水の話だったらしい。
・ また、「入不二さんのところのように男の子が3人もいる家庭と、うちのように娘1人という家庭では、基本的な環境の違いがあるんですよ」とも言われる。なるほど、それはあるかもしれない。
・ 今泉コーチに相手をしてもらって、「差し合い」と「引き合い」の練習を(実は初めて)やる。とてもレスリングらしい所作で楽しい。プロレスラーがこのトレーニングをやっているところを、小学校のころ映像で観た記憶がまざまざと蘇る。
・ 今泉コーチには、寝技練習のときに、ローリング(ガッツレンジ)での腕の入れ方・絞り方を指導していただく。
・ 焦って回すことばかりに意識がいっているため、きちんと極めて絞ることができていないのと、肩に重心をかけて相手をコントロールすることができていない。
・ 「先生」ことトミカワさんに、打ち込みと2度のスパーリングで相手をしていただく。腰を気にしながらやっているせいなのか、うまく動けていない気がした。
・ それでも(偶然なのかもしれないけれど)、トミカワさんが投げ技に来たり、がぶりから首を極めて後へ放り投げようとした瞬間に、ちょっと位置をずらして相手のバランスを崩し逆転して、フォールないしニアフォールまで持って行けた場面があった。
・ トミカワさんは、当然やった!と思ったところで逆転されたので、苦笑いしながら「あれっ?」という声を発していた。
・ これまでの10ヶ月のスパーリングの中で、これに類するシーンがけっこうあった気がする。これは、相手がミスする場面に偶然に遭遇しているだけなのか、私がそういう所作が比較的得意なのか、まだよく分からない。
・ 腰の方は、なんとか悪化させることなく練習を終えられたが、その代わりまたつき指をしてしまう。前回やったつき指もまだ治っていなくて、まだグーが握れないのに、その隣の指をやってしまう。
【2010年12月9日記】

 2010年12月4日(土) 「番組HP」
・ 「Q〜わたしの思考探究〜」のホームページが公開されていました。→こちらです。
・ 第一回目の放送は2011年1月8日(土)で、モデルの冨永愛さんと哲学者で大阪大学学長の鷲田清一さん。テーマは「<新>自分とは何か?」
・ MCは、上田紀行さんと小池栄子さん。
【2010年12月4日記】

◎ 2010年12月2日(木) 「打ち合わせ」
・ 昨日は、朝起きて咳き込んだときに、(たったそれだけのことで!)ギックリ腰状態になってしまった。せっかくのレスリング練習日だったのに、お休みせざるをえなくなり、昨日・今日と二日連続で整骨院へ通う。
・ 本日の午後は、青山のカフェ・レジュにて、イースト・エンタテイメントの小池伊織さん・高橋恵理香さんのお二人と、12月12日(日)のテレビ収録(NHK教育テレビ「Q〜わたしの思考探究〜」)の打ち合わせ。
・ 他の回は「友達」「恋愛」「死」などがテーマになっているようだが、私の担当回は「考えるということ」そのもの・「哲学的思考」自体がテーマなので、特有の難しさがありそう。
・ いちおう、「哲学的思考は何の役に立つのか?」という問いをサンプルにして、私だったらどんな風に考えるかを、お二人にお示しする。
・ 私なりのコンセプト(ポイント)は、<その問い自体がどのような問いなのかを問うこと>、そして、<そのように問うプロセスがすでに哲学的思考の(小さな)遂行的サンプルになるようにすること>。
・ 対談相手の石川直樹さんの写真集『NEW DIMENSION』をいただく。
・ この種の仕事の一番の面白さは、この仕事をしなければ、お会いして対話することのなかったような方と出会えて、お話ができることだろう。
・ 石川直樹さんのエッセイ集を読んで、写真集を観賞させていただくことで、お話しするのがいっそう楽しみになる。
【2010年12月2日記】

◎ 2010年11月30日(火) 「出演予定の番組について」
・ 私が出演予定になっている、NHK教育テレビの新番組の情報を見つけました。→pdf「平成22年度後半期の国内放送番組の編成について」
・ それによると、以下のように発表されています。
Q〜わたしの思考探究〜」(1月〜3月)〔「ミューズの微笑み」の後続〕 土 後11:45〜前0:15 「自分とは何か」「死といかに向き合うか」 など誰もが抱く哲学的な問い(Q)を投げかけるタレントに対して、日本を代表する賢者が珠玉の答を授けてゆく若者向けトーク番組。古今の偉人・哲人も悩んだ永遠のテーマと向き合い、考えることの楽しさを極める。
・ 私の回は、(最初の予定とは変わって)「哲学的思考は何の役に立つか?」みたいなテーマで、トークのお相手は、写真家・冒険家・作家の石川直樹さんだそうです。いま、石川氏のエッセイ集を読んでいます。
・ 今週の木曜日に、番組制作会社イースト・エンタテイメントのディレクターの方と、打ち合わせの予定。
・ 私の回の番組収録は、12月12日(日)。放映は、おそらく1月末か2月の回ではないでしょうか。
【2010年11月30日記】

◎ 2010年11月28日(日) 「レスリング・ライフの拡大か?」
・ 午前中(10:30〜12:30)のレスリング練習に参加(10余名で、嶋崎コーチ指揮、木村コーチも参加)。
・ 木村コーチから、特にがぶられた状態でのディフェンスを指導していただく。
・ こういう場面で守りきれるようになるならば、地味ではあっても、そうとうの自信につながるだろうなということが、とてもよく分かる。
・ でも実際には、引き落とそうとする相手にちゃんとついて回って行くこと自体が一苦労だし、さらに、回る際にバランスをとるためについている私の右手がへなちょこで、すぐに潰されそうになる。
・ さらにさらに、がぶられた状態からの脱出・反撃(反り返りつつ潜り抜けたり、腕を大きく一挙に相手の腰に回してバックを取ったり)も指導していただくが、なかなかうまくできない。
・ 嶋崎コーチからも、相手について回っていくときに膝を上げる側の足が逆である点を、修正していただく。
・ 理解やイメージの方は明確になってきていても、身体の現実がそれについて行かないという「ギャップ」に、このところよく遭遇する気がする。
・ それは、必ずしも悪いことばかりではないのかも。というのも、「理解やイメージ」がある程度明確になっていなければ、そもそも「ギャップ」を感じることもないだろうし、その「ギャップ」を埋めようとする力が牽引力になって、身体の現実の方が後からついて来るといくこともあるかもしれないから。もちろん、年齢のせいで「ギャップ」が大きくなっているという側面も、否定できないが。

・ 今泉コーチのご紹介で、最近、青山学院大学レスリング部監督で青山学院の職員である太田浩史さんとメールで連絡をとって、お会いしましょうということになっている。太田監督は、パンクラスの試合にも出場経験のあるプロの格闘家でもある。太田監督からは、(私のは素人の趣味的なレスリング修業なのに)「これをご縁に是非、協力させていただきます」という、嬉しく優しいお言葉をいただいた。
・ さらに、太田監督の教え子で、青山学院大学レスリング部のコーチをつとめている長谷川恒平選手(今回のアジア大会・グレコローマンスタイル55kg級で金メダル)に機会があれば紹介したいとまで、言っていただいている(楽しみ!)。
・ なんだか私の「レスリング・ライフ」は職場内にも飛び火して、拡大しそうな勢いである。
【2010年11月28日記】

◎ 2010年11月24日(水) 「アドバイス」
・ 午後からの会議が一つだけだったので、いつもより早めにスポーツ会館に行くことができて、レスリング練習の前にストレッチと筋トレができた。
・ 以前は、2時間の練習についていくだけで精一杯だったので、練習前はなるべく疲れないように心がけていたけれども、最近は筋トレまでする余裕がでてきたということ。
・ 今泉コーチに「全日本マスターズレスリング選手権大会」の申込書と費用を提出。シノハラさんは、(心配していたとおり)奥さんからの署名がもらえなくて、出場できないかもしれないらしい。私は、いっしょに出ましょうよと強くプッシュしてみる。
・ 先日の「全国社会人オープン選手権」の段別の試合で初勝利を収めて入賞したキムラさんを、みんなで誉め讃える。(私は途中退席のため観られなかったのだが)人見コーチの話によると、波動で倒したかのように相手を背中から倒して3点奪ったそうだし、ローリングもきめたそうだ。
・ 本日も、そのキムラさんとずっと打ち込みを続けてやって、スパーリングでも(立ち技のみと寝技ありで)2度対戦。私は(主観的には)動きがいい気がしたし、ポイントも何度か奪えて優勢だったように思う。「がぶり返し」(gator role, cement mixer)も一度きまった。
・ 練習終了後に、人見コーチから「入不二さん、(試合)いけますよ!」と激励された後、(スパーリングで、がぶり状態になることがよくあるので)「がぶってから外無双に行くというのが、入不二さんにはいいのでは?うまくいくとフォールまで持って行けますし」というアドバイスを受けて、やり方を教えていただき、私もやってみる。これはぜひマスターしたい。
・ マット運動のネックスプリングのときに、まだ不完全でありつつも何度も試していたら、首を捻挫のように痛めてしまった。翌日(25日)の午前中、近所の整骨院へ行ってマッサージ治療を受ける。
【2010年11月25日記】

◎ 2010年11月23日(火) 「会食」
・ 面接はすべて無事終了。緊張しすぎの子もいれば、ホンワカな雰囲気を醸し出している子も。短い時間なので解像度は高くはならないけれども、その子の「全体像」がぼんやりと見える感じ。
・ 本日の夜は、長男とその彼女と妻と私で、フランス料理の店で会食予定。その彼女とは、初めて会うことになる。これも一種の面接か?(どちらがどちらを?)
【2010年11月23日記】

◎ 2010年11月23日(火) 「休日出勤」
・ 本日は、面接官の仕事が当たっているため、休日だけれども出勤。受ける方も大変でしょうが、する方も大変。これから出かけます。
・ 朝起きて体重を計ったら(下着着用)57.5圓任△辰拭もう目標(シングレットを着用してリミット58圈砲謀達している。
【2010年11月23日記】

◎ 2010年11月20日(土) 「忙しい土曜日」
・ 午前9時半〜11時半すぎまで、「全国社会人オープン選手権」(東京・スポーツ会館)を観戦。午後は授業があるため、知り合い達の第一試合のみを観戦して途中退席。
・ 午後1時〜6時すぎまで、院ゼミ・学部ゼミ・演習と3連チャン。さすがに疲れた。

・ ふだん強いなぁと感じている人が、より強い人に完敗するところを見ると、強さの奥行きの果てしなさをかいま見た気がして、ため息が出ると同時に恐ろしさも湧いてくる。
・ その奥行きのずっと向こうの一番奥の方に、オリンピックの金メダリストが鎮座していることになるのだろう。
・ 自分も体感できる身近な強さの延長線上に(上の上の上の・・・・上の方に)、金メダリスト級の未知の強さを位置づけてみることは、「金メダリストなのだから強いのだろう」と一般的に思うことや、テレビ等で観戦してその妙技に感心することとは、ずいぶんと違うように思う。パースペクティブの内にとにかく入り込んで、その中に自分を置くことで初めて、「遠さ」(強さの奥行きの果てしなさ)に目まいを覚えることができる。

・ 私は心理学については門外漢なので、心理学科の院生の研究発表に対して、好き勝手なことを言わせてもらっている。
・ たとえば今日は、「愛着」に関する発表があって、次のような質問・コメントをさせていただだいた。
・ 愛着にとって、「一対一」関係は本質的なのかどうか。たとえば、3人の仲良しトリオにおける愛着関係は、「一対一」の愛着関係が3つ合わさるのとは違うのではないか。
・ 最初の(母子の)愛着関係は、選択の余地のない「強制的」なもので、青年期における恋人・親友などの愛着関係は「選択的」であると対比される。しかし、恋人間・友人間・夫婦間などのその後の愛着関係であっても、むしろ始めの愛着関係と同様に、「受動性」(能動性の失効)こそが本質的なのではないか。つまり、「選択」という能動的な関わりは効いてこない(あるいは有耶無耶になってしまう)くらいに時間が経つことによって、その中で醸成してくるのを待つしかないという「受動性」(能動性の失効)こそが、愛着関係の中心部にはあるのではないか。
・ 心理学では、「愛着」と「情動」との関係が主要な研究テーマになっているらしい。もちろん「情動」は「受動」であるわけだし、上記のような「時間の経過における受動性(能動性の失効)」という視点もあってもいいのでは?

(補足:mixiのコメント欄より)
・ 研究発表の中で、青年期のアタッチメントの特徴として、恋愛や友人関係などへと「複数化」するという指摘があったので、その点に含まれている「数をどうカウントするか」という問題点を指摘するために、「トリオ」のアタッチメントという例を私が持ち出したわけです。しかも、「数をどうカウントするか」の問題であると同時に、(個的)対象へのアタッチメントなのか、関係(自体)へのアタッチメントなのか、という問題も含まれています。

・ 母子間のアタッチメントの関係をその後に模倣・反復するというのは、この分野の常識であることくらいは、私も知っていました。ただ、私の言った「受動性」(能動性の失効)というのは、最初がそうだったからそれが繰り返されるというのではなくて、そもそも(一時的な恋愛感情などとは区別される)「愛着」自体が含んでいる構造だからこそ、最初だけでなく青年期も成年期も「そう」であるしかないだろう、というようなポイントでした。
【2010年11月20日記、21日追記】

◎ 2010年11月17日(水) 「誓約書」
・ 午後からの会議4種類のあと、夜はレスリング練習参加。始めの頃は13名ほどで、最後まで残っていたのは7名(途中で他の格闘技の選手も混ざって技の研究をしていた)。
・ 本日は、打ち込みも寝技練習も技研もスパーリングも、ほとんどキムラさんと。
・ いくつかのポイントを意識しながら練習したけれども、その中で私の一番ダメな点だと思ったのが、タックルでテイクダウンした後、スムースに寝技に移行できない点。
・ タックルでかけた手が次の寝技のために生かされていないし、相手へとかける体重の移動もうまくいってなくて、テイクダウンと寝技のあいだが「不連続」で、ばたついている感がある。
・ 本日、今泉コーチより、一月に出場予定の「第10回全日本マスターズレスリング選手権大会」の案内と参加申込書をいただく。いよいよ、という感じ。
・ その参加申込書の中に「誓約書」があって、保証人による署名と捺印が必要である。
・ 誓約書の中の一文として、「私は大会で如何なる事故(負傷、死亡、後遺障害など)が生じても、全て自己の責任とし主催者および関係者に責任を追及したり異議申し立てをしないことを誓約します。」という一項がある。
・ 多くの場合、保証人は家族(とくに妻)になってもらうわけだが[マスターズの大会なので、35歳以上などの規定あり]、この誓約書の一文がネックになって、奥さんが署名をしてくれないということが実際にあるらしいし、私も実例を一つ何週間か前に同年配のご本人から聞いた。
・ 「死亡」ということばが入っているし、「そんな危ないものに、若くもないうちの夫が出場することに同意するわけにはいきません!」ということなのだろう。
・ 同年配のシノハラさんも、この大会でデビューを予定しているのだが、この誓約書の件を聞いて、「うちも妻に署名・捺印してもらえない可能性がある」と心配していた。
・ うちは、大丈夫なんだけどね。
・ なにしろ、高校生の息子がキックボクシングを始めるときに、まわりの知り合いや友人は「そんな危ないこと、本人がやりたがるのはわかるけど、親が認めるなんて信じられない!」という派が大多数だったのに、妻も(もちろん私も)試合を楽しみにしていたくらいだから。べつに妻が「格闘技ファン」というわけではないのですが。
【2010年11月18日記】

◎ 2010年11月14日(日) 「組み手」
・ 日曜午前中(10:30〜12:30)のレスリング練習に参加。本日の参加者は15名(指揮は人見コーチ)。
・ 「セカンド・ステージ」の最初の日にしては情けないけれど、なぜだかよく分からないが、今日はいつもより疲れやすくて、早く息が上がってしまうし、何度も大の字になって休まざるをえなかった。
・ 木・金・土の仕事の疲れが抜けていないためだろうか・・・・。帰宅したあとの午後も、いつもより疲労度が大きくて、妻といっしょに買い物兼散歩に出たけれど、歩きながらくらくら・がくかくする感じ。
・ それでも、「収穫」もないわけではなくて、一つは、やはりネックスプリングが、まだ不格好ながらもできるようになっていることを再確認できたこと。もう一つは、キムラさんとのスパーリングにおいて、初めて「がぶり返し」(gator role, cement mixer)をきれにきめることができて、フォールにまで持ち込めたこと。
・ そして、本日の最大の「収穫」は、キムラ・コーチからの「組み手」に関する指導。
・ 立ち技のみのスパーリングのときに、キムラ・コーチから「やりましょう」と声をかけていただく。終了後に、そのスパー内で思い知らされた私の欠点―「組み手」―について、レクチャーしてもらう。
・ 手を不用意に伸ばして組み行くのではなく、自分の安定した構えをそのままにして踏み込んで接近し、手首を取る・肘を取る・・・・という仕方で有利な組み手を作ること。
・ 相手が内側の組み手をとろうとする瞬間に、反撃の機会が開けていること。
・ がっちり一つの組み手を維持するのではなくて、次の・さらに一連の「展開」の中で考えること(チェスのように!)。
・ しかも、「展開」には、左右だけではなく上下の展開もある。
・ 重要な要素がもりだくさんで、すぐには覚えられないし、できるようになるのはさらに難しいが、でもまずは意識だけはしておきたいと思った。
・ 「セカンド・ステージ」も、前途多難かつ課題山積だということが分かった初日であった。
【2010年11月14日記】

◎ 2010年11月11日(木) 「52歳、セカンド・ステージ宣言」
・ 昨日の教授会の始まる前のこと。心理学科の先生から試合に向けての減量状況を尋ねられたのを、他学科の先生が横で聞いていて、「先日、相模原キャンパスでお会いしたときに、ずいぶんお痩せになったと思ったけれど、(病気かもしれないので)触れてはいけないのかと思って言い出せなくて・・・・。入不二先生はレスラーだったのですね!」と言われる。きっと、以前より痩せた私の顔を見て、言いたいけど触れてはいけないのでは・・・・と思っている人が他にもいるのだろう。このあたりが、50歳代の減量特有の事情か。
・ 昨日夜のレスリング練習は、狭い地下マット場に13人。コーチも4名(人見・今泉・高田・木村の各コーチ)参加。
・ 打ち込みと、攻防のみ本気でやってタックルは受けるという練習をやりながら再認識したのは、体重が同程度で背が私より大きい人(大型トラック運転手のキムラさんとか「先生」ことトミカワさんとか)に対しては、低い姿勢で下から斜め上へと力を加えて潜り込むように押し上げてていくと、かなり効果的ということ。
・ スパーリングでも試してみたが、場外に押し出して1点をとるのに有効そうだ。
・ 13人もいたので、打ち込み等のときは混雑気味。特に、木村コーチと"若武者"オノデラさんの打ち込みは、もうスパーリングに近い感じの迫力で、よけるのも大変。
・ 初心者が二人いたので、人見コーチはそちらの指導にあたり、打ち込み以降は、タカダ大先生の指導による、片足タックルで片足をクラッチした・された状態からの攻防と寝技の攻防の練習。
・ 自分の右足を片足タックルでクラッチされた状態(相手の顔は外向き)で、「相手が両足に持ち換えてくるのを防ぐためと、もう一つ自分のバランスをとるためにも、相手の右肘を自分の左手で押さえつける」というタカダ大先生の指導ポイントを試してみたら、(あ〜ら不思議!)これがものすごく効果を発揮。これをやっていなかった前とは格段に進歩。キムラさん相手に完全に守りきることができて、さらに右手で首根っこを押さえつけながら相手のクラッチも切って、バックにまわってポイントも奪えた。
・ 一方、寝技の攻防では、「先生」ことトミカワさんに経験の差を思い知らされる。私が攻めのときには、トミカワさんは巧に足を使って(絡みつかせたりしながら)私に何もさせず、私が守りのときには、まだやられたことのなかった技で表返されてしまった。
・ この日のもっとも印象的な「ド迫力シーン」は、木村コーチと"大巨人"オノデラさんのスパーリングで、木村コーチがオノデラさんを首投げで豪快に投げたシーン。オノデラさんの身体がマットに叩きつけられた破裂音が、地下マット場に響きわたる。
・ 練習後に、タカダ大先生から直々に、私の動きがとてもよくなって、ぶれることなく相手に正対できていることをほめられる。さらに、人見コーチからも、「この間(先週が祝日でお休みだったので)、どこかで練習してきたんですか?動きが変わりましたよ」とまで言われる。先日は、今泉コーチからメールで、上達ぶりが印象的というお言葉をいただいていたので、たしかに進歩しているのだろう。
・ ちょっと照れくさくて、レスリングシューズをぴったりしたものに変えたし、体重も1圓曚浜遒舛討い襪里如△茲動けているのだと思う・・・・と応答。
・ でも、ちょうどいい機会である。
・ 昨日で51歳は終わり、本日から52歳。レスリングシューズも新しいものに変えたし、スパーリング・試合用にマウスピースも注文で作ったし、シングレットを着用して練習もするようになったし、コーチ陣からも「進歩」を認めてもらった。
・ そこで、これまでの10ヶ月で、初心者としての最初のステージを終えたものと(無理やり)見なして、私はセカンド・ステージに入ったのだと宣言しちゃおう。その方が、1月の試合に向けて、景気づけにもなるし。

・ ちょうど、今泉さんのブログを見たら、スポーツ会館の総合格闘技の安藤コーチが、コメント欄で(練習後にいっしょに食事をしたときの)タカダ大先生の発言を伝えてくれていたので、引用させてもらいます。(^_^)v
彼(引用者註:タカダ大先生)は「吃堝鵑気鵑亙命佑陵佑剖くなってます。何年もレスリングをやっている若い選手ともう普通に戦っています。やっぱり考えながら練習している人は強くなる。」と言っていました。
高田さん、安藤さん、どうもありがとうございますm(_ _)m
【2010年11月11日記】

◎ 2010年11月8日(月) 「タンゴ観劇」
・ 夕刻より、渋谷 Bunkamura シアターコクーン「タンゴ」(原作:S.ムロジェック、演出:長塚圭史、主演:森山未來)を観に行く。
・ 劇場で中島義道さんと遭遇。中島さんは、パンフレットに文章を寄稿しているので、シアターコクーンによる招待客。
・ 歴史状況と家族状況が重ね描きされたような、あるいは、1960年代的な時代枠組みと現代的な「きれそう」で「家族内閉的」な青年像が一つになったような感じに仕上がっていて、そこがコミカルな味わいにも繋がっている。
・ もっとも驚いたのは、演出家・長塚圭史氏の舞台での役割。中島さんと立ち話したときに、中島氏は「あれは、自己意識を表しているんですかね」と、私は「幽霊のようですね」と話す。あと、どうして最後はああ終わるのか・・・という話も少々。
【2010年11月9日記】

◎ 2010年11月7日(日) 「午前:レスリング練習、午後:科学基礎論学会ワークショップ拝聴」
・ 祝日や学会が重なっていたために間があいてしまって、2週間ぶりのレスリング練習参加。今泉コーチの指揮のもと、12名の参加者。
・ まだ右手中指のつき指が完全に治っていなくて、グーが握れないことを話したところ、今泉コーチが人差し指と薬指を添え木にするような形でテーピングをしてくれた。おかげで、特に気にせずに練習できて、痛くもならなかった。テーピングの効果というのを、初めて実感。
・ 今泉さんお話によると、山本"KID"徳郁選手のお父さん・山本郁榮氏(元・レスリング日本代表)が、テーピングを日本に導入した最初の人だそうだ。
・ 本日今泉コーチから受けた指導で、とても有益だったのは、立ち技と寝技を<つなぐ技術>のレクチャと練習である。
・ 立ち技・寝技は、それぞれをピックアップして練習することは多いけれども、両者をつなぐ<あいだの技>というのを取りあげて練習することは少ない。しかし、そこが極めて重要であるというのが、今泉コーチの持論。
・ 具体的には、タックルで尻もちをつかせた状態や、タックルを切られた状態から始めて、そこからバックを取って寝技へ移る前までを反復練習。
・ 私にとってとくに啓発的だったのは、切られた状態のときに腕をより深く回してロックするやり方と、そこから腕を引くのではなく自分が前進するという動き方。また、「横へ回り込む」という動作は、色々な場面で頻出する基本動作だなぁ、ということも再確認できた。
・ 本日、打ち込みと差し合いとスパーリングで何度もお相手していただいたのは、サンボ20年・レスリング10年選手のオノデラさん(オノデラさんも3人いる!他の二人は、"大巨人"オノデラさん・"若武者"オノデラさん)。
・ お聞きしたところオノデラさんは53圈複毅記垉蕕料手)で、差し合いの練習中に場外へ押し出せたときには、ああやっぱり6圓任盻鼎せ笋諒が有利だと思った。
・ しかし、スパーリングではそんなに甘くなくて、私が片足タックルに入った後、いつのまにか形勢逆転されてフォールされてしまう。準備運動のときのオノデラさんのブリッジ等を見ていて、小さいけど凄そうな方だと思っていたのだが、やはりそうだった。
・ でも、私もやられっぱなしではなくて、バックにまわって腕を取って攻めることはできたので、今日の所はまあまあか。
・ 「先生」(トミカワさん)ともスパーリング。一本背負いできれいに投げられてしまったが、なんとかフォールされることは阻止する。私も一度タックルに入ることに成功するが、最後のあたりは膠着状態。今泉コーチからは、「好勝負」という声をもらう。
・ スパーリングの後、「先生」から「入不二さんのタックルは低くて、切れない」と言われて、「足が短いからですよ」と答える。
・ そうか、私のように足が短いという短所も、レスリング内では「低空タックル」として生かせるかもしれない。もっと速さがついてくれば、「高速低空タックル」として得意技にできるかも!
・ そうそう、始めの方のマット運動のときに、今までできなかった「ネックスプリング」(前転後の跳ね起き)が、まだ不完全ながらも2回だけ成功して、立つことができた。もしかしたら、できるようになるかもしれない。
・ 不思議なのは、練習したから成功したわけではない点。2週間前にはできなくて、その後練習どころか全くやってないのに、今日は5回中2回成功。
・ ただ、頭の中(イメージの中)では、できているシーンを思い浮かべつつ、できるようになりたいなぁ、とは思っていた。そのイメージトレーニング(?)が身体化(具現化)するということは、果たしてあるのだろうか?

・ 練習で疲れていたが、永井さんが提題者の一人のこともあるし、自宅から近めの日大文理学部で開催ということもあるので、(会員ではないけれども)科学基礎論学会のワークショップ「「私」の科学と「私」の形而上学」を聴きに行く。
・ オーガナイザ:水本正晴氏(北見工業大学)、提題者:鬼界彰夫氏(筑波大学)「人間的世界と人称概念としての「私」」、永井均氏(日本大学)「「私」と<私>」、渡辺恒夫氏(東邦大学)「5歳にして私の自覚から化身教義へ」。
・ 結局のところ、3つの発表が別々にあるという感じで(三者三様?同床異夢?)、ワークショップとしては物足りなさが残った。
・ フロアからの質問の中には、お年寄りによる昔ながらの旧態依然とした発言(というか放言に近い)もあって、「科学基礎論学会」であっても、こういう風景が見られるんだと思って、逆に新鮮だった。
・ 一方、「パーソン」というカタカナで質問したために、鬼界さんの方から窘められる感じで終わってしまった気がしたが、あの若い質問者の問題意識は有効だったのでは?つまり、「パーソン」にどの程度関係するのかという基準によって、3人のあいだの関係性を見極めようという問題意識は、使えるものだったのでは?
・ ワークショップの中身とは関係ないけれども、司会者が「極右」(きょく・う)のことを「ごく・う」と読んでいて(私の聞き間違いだろうか?)、妙に耳障りだった。
【2010年11月7日記】

◎ 2010年11月4日(木) 「減量への意識」
・ 1月に試合デビューするためには、(58團螢潺奪箸粒級だとすると)57埖罎泙蚤僚鼎鰺遒箸気覆てはいけないので、体重のことを意識し始めた。
・ まずは勉強のつもりで、佐々木 豊 著『格闘家に学ぶ体脂肪コントロール―なぜ格闘家は3時間で3kg体重を落とせるのか? 』(ベースボールマガジン社)を読んでみた。
・ 明解でまともな内容で、とてもいい本だった。ずぶの素人にもよく分かったのは、大ざっぱに言うと、減量には「二つの段階」があるということ。基礎代謝を上げて脂肪を燃焼させるふだんの(長期の)段階と、水抜きをする直前の段階。
・ プロの格闘家ではないし、(試合に向けて減量するというのは)そもそも最初の体験だし、仕事に支障が出ても困るので、できれば「水抜き」という直前の段階をやらずに、それまでの段階で穏やかに目標をクリアしておきたい。
・ そう思って、ここ2週間、間食をやめて(私は甘味大好き人間で、よく夕食後にお菓子や果物を食す習慣あり)、ストレッチや有酸素運動の頻度を少々上げてみたら、60堊宛紊ら59堊宛紊悗噺採漫
・ これだったら、直前の減量を経ずとも、57埖罎愡っていくのも可能なのではないかと思い始めているところ。
・ ただ、あいだに正月を挟むところが「鬼門」であって、恐ろしい。
【2010年11月4日記】

◎ 2010年10月31日(日) 「黒田亘先生」
・ 東大の哲学会へ、シンポジウム「黒田哲学再考」を聴きに行く。
・ 提題者は、戸田山和久氏(名古屋大学)・土屋俊氏(千葉大学)・野家啓一氏(東北大学)。司会は、一ノ瀬正樹氏(東京大学)。
・ それぞれの提題は、戸田山氏「志向性の自然化プログラムとしての黒田哲学」、土屋氏「『行為と規範』再読」、野家氏「見るものと見られるものー黒田哲学と大森哲学ー」。
・ 戸田山さんと野家さんはいつも通りのお二人らしい話であったが、土屋さんだけはいつもと(あるいはかつてと)違う感じがした。
・ 帰りがけに、伊佐敷くんと二人で本郷三丁目で夕食。
・ 指導教官であった黒田亘先生が亡くなったとき、私と伊佐敷くんは共に修士課程の院生(私が一学年上)。
・ 修士課程の院生は、正式には「弟子」のうちに入らないらしいことを、伊佐敷くんとの会話で確認。だから(?)、最後の頃に黒田先生の自宅でやっていたというゼミも、私と伊佐敷くんは呼ばれていない。
・ 当時、哲学科主任の渡邊二郎先生から、学生・院生たちはお見舞いに行かないようにとお達しが出ていたので、私も伊佐敷くんも入院後の黒田先生には会わずじまいになった。「禁」を無視して、お見舞いに行けばよかった。
・ ということで、黒田亘先生の正真正銘の「最後の教え子」は、伊佐敷隆弘氏(宮崎大学)ということになる。
【2010年11月1日記】

◎ 2010年10月27日(水) 「つき指」
・ 午後から会議3種類のあと、夜はレスリング練習。本日はコーチ2人を含む6名の参加。
・ 腰の具合も悪くならず、久しぶりにいい調子で練習に参加できて、気持ちよく動けていた。
・ なのに(或いはだからこそ)、崩し・いなしだけは本気で攻防しながら、打ち込み(タックルは受ける)という中間的な練習を人見コーチとやっている最中に、右手中指の第2関節をつき指。ふだんの1.5倍ほどに腫れてしまって、曲げられなくなる。
・ そのまま続けてやってみたが、投げ技の練習のときに受け身をとって右手でマットを叩いたときに、同箇所を痛打。その後の練習ができなくなって見学(T_T)。
・ せっかくいい調子だったのに、結局スパーリングもできず「不完全燃焼」で終えることになってしまう。
・ 「若武者」オノデラさんと同年配のシノハラさんのスパーリングを見学しているときに、オノデラさんがシノハラさんを軽くあしらいながら、「笑み」を浮かべているのを目撃する。それは、(今日はいない)タカダ大先生がよく見せる不敵な笑みを彷彿とさせた。
・ その不敵な笑みは、タカダ大先生がオノデラさんとのスパーリングの最中によく見せるものなので、今日はそれが、まるでオノデラさんに乗り移っているかのようであった。
・ レスリングシューズのつま先部分が、0.5僂曚彪箚屬あってわずかに大きめのものを私が着用していたので、やはり素早い動きのためには完全にピッタリの方がいい、というアドバイスを受ける。
・ 黒のレスリングシューズが欲しいと思っていたこともあるので(現在は青)、帰宅後「アディダス・コンバットスピード3」というシューズをイーレッスルにて注文。


【2010年10月28日記】

◎ 2010年10月26日(火) 「嶋崎コーチのタックルCM動画」
・ 嶋崎寿雄コーチ(スポーツ会館レスリングスクール)が、ゲータレードのCMのタックルシーンで出演したことがあるという話は聞いていたが、そのCM動画がこれ(今泉さんから教えていただく)。
・ 嶋崎コーチのタックルシーンは、一番最後に出てきます。受けている選手もスポーツ会館コーチだった方(田中さん)だそうです。
・ 短いシーンですが、きれいなタックルです。水しぶきがさらに格好良さを演出しています。

【2010年10月26日記】

◎ 2010年10月25日(月) 「日経の読書欄」
・ 昨日2010年10月24日(日)の日本経済新聞・20面「読書」欄に、''永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>の哲学を哲学する』(講談社)'の紹介・書評を見つけました。
・ この少ない字数で、「永井問題」をみごとにまとめているという印象を持ちました。
・ ただ、私と青山さんには言及しているのに、上野さんへの言及が一つもないのは、ひどくない?
・ 以下、その部分の画像です。

【2010年10月25日記】

 2010年10月24日(日) 「観戦と減量話」
・ 10時半から、秋季の大田区レスリング大会(於:洗足区民センター体育室)を観戦。
・ スポーツ会館からは、今泉・人見両コーチ・「先生」・キムラさんの4人が出場し、私とシノハラさんが見学と応援。
・ 6人で集まっていると、豊島区の大会のときとは違って(cf.2010年9月20日(月))、「仲間がいる」という感じがして気持ちが和む。
・ さすがにコーチ陣は強くて、人見コーチが55垉蕕罵ゾ ∈泉コーチが66垉蕕韮屋漫
・ この大会では、60垉蕕僚仂貅圓錬果召靴いなくて、一試合がそのまま決勝。私の今朝の体重がぴったり60圈焚蔀綯緲僉砲之徇未皀僖垢任そうだし、最悪で3位入賞なので、こういうときにデビューすべきだったのかなと思う。
・ 試合結果以上に、みなさん減量をきっちり成功させているのが、凄いと思う。「先生」は、教師の仕事をしながら7圓慮採未箸いΔ里論┐垢る!
・ 大会終了後、この6人で遅めの昼食。当然、試合と減量の話が中心。その中でも一番面白かったのが、今泉コーチの「減量の原理的不要説」。
・ 減量は、同程度の体格の人とやるため(=体格的に上の人とやらないため)にあるのだから、そもそも全員が減量しなければ、減量なんて必要ないわけですよ、と今泉コーチ。原理的には減量は不要であるという理屈。
・ これは、ちょっと「囚人のジレンマ」の状況に似ている、と思う。
・ お互いを信頼して(つまり、だれも減量しないと信じて)みんなで一斉に減量をやめれば、「いい結果」になる(減量に苦しまずに済む)にもかかわらず、だれかが抜け駆けして(自分だけ減量して、下の階級で優位に戦って)、うまいことやるのではないか?という不信が働く。一方、減量がいまのように制度化すると、誰もがそうするので、「不信」はなくなる。その代わりに、みんな苦しむことになる。むむむ・・・・。
・ 食事をしながら、「体重を落とす」系の話ばかりを、(女性のダイエット話ではなくて)青年+おじさんたちがしている姿は、第三者の眼で見るとかなり異様かもしれない。
・ しかし、私も「減量」に対して前向きの気持ちになって、帰宅の途につく。帰宅後、6〜7劵薀鵐縫鵐亜
【2010年10月24日記】

◎ 2010年10月20日(水) 「ハードル高そう」
・ 本日は会議が一つだけで、早めにスポーツ会館に着くことができたので、トレーニング室でストレッチをしたあと、マシンで筋トレを少々してから、地下マット場へ向かう。
・ 練習参加者は、7名(コーチ3名を含む)+1名見学(10月から始めた新人で、肋軟骨損傷のため見学のみ)。ローリング(ガッツレンジ)で痛めたそうで、初心者はみんな同じ道をたどるのだなぁ。
・ その新人に話しかけられた小学校の先生の青年(通称「先生」)も、「肋骨なんて何度やったか分かりませんよ」と答えていた。
・ 打ち込みのときに、タカダ大先生にも相手をしていただく。実は、打ち込みの相手をしてもらうのは、これが初めてで、ちょっと感動と緊張。
・ 予想通り、タカダ大先生の身体は、ゴムまりのように柔軟かつ鉛のように重いというような感触。持ち時間を使い切らないうちに、私がバテてしまってリタイア。せっかくの機会なのに、残念。
・ そのタカダ大先生による、寝技練習でのローリング(ガッツレンジ)指導が、興味深かった。タカダ大先生の指導では、「極(き)める」やり方がよく出てくる。
・ ローリング(ガッツレンジ)は、通常、両腕を潜り込ませてクラッチしてから絞って回す・・・・という仕方であるのに対して、タカダ大先生指導のローリングは、片腕を相手の肋骨の下に潜り込ませるだけで極まってしまって、相手が痛くて回らざるを得ないので、もう一方の手は補助的にクラッチするだけでよいというタイプ。
・ 片腕を直角に(前腕部が自分の身体と平行になるように)曲げたときの内側の三角形のスペースに、相手の肋骨のわりと下の方の部分が引っかかる感じになって「極(き)まる」のだが、この感覚は自分で身につけるしかないらしい。何度も試してみたが、よく分からない。
・ にもかかわらず、小学校の先生の青年(「先生」)と攻守を変えながら練習していたときに、一度だけ「極(き)まった」。でも偶然だったので、感覚としてはまったく掴めていない。この「感覚」を感じ取ることは、これからの課題の一つである。
・ スパーリングの相手もしてもらった「先生」も、また人見コーチも、大田区の大会に出場するための減量に苦しんでいる最中で、たいへんそう。
・ 私がいま出ることを考えているのは、1月に行われる「全日本マスターズ選手権」(国立オリンピック記念青少年総合センター)という大会の「フレッシュマンズの部」。
・ でも、本日今泉コーチに確認してみてよ〜く分かったのだが、「フレッシュマンズ」といっても「フレッシュマンズ」ではない!
・ 私はちょっと誤解していて、たとえば「始めて1年未満の人向け」の「フレッシュマン」の部門なのかと思っていた。そうではなくて、社会人になってから始めた人(つまり大学以前からやっていたのではない人)が皆、規定上は「フレッシュマン」。
・ ということは、20歳の社会人がレスリングを習い始めて、10年やって30歳になったとして、そういう「ベテラン」も「フレッシュマンズ」部門に出場できるということ。
・ しかも、「フレッシュマンズ」部門は、体重区分はあっても年齢区分はないので、50歳以上で経験1年未満の私が、30歳や40歳の「ベテラン」と対戦する可能性があるということになる。
・ 一方、「マスターズの部」は、年齢区分はあるけれど、51〜55歳のクラスでも、世界レスリング選手権大会の元・金メダリストの方が出場して優勝していたりするレベル。
・ しかも、私が今のままの体重(60圈泯鵜圈砲能个茲Δ箸垢襪函■僑貝垉蕕砲覆辰討なり不利(70埃紊らいの人も減量して出たりするので)。下はリミット58垉蕕覆里韮貝圓曚匹慮採未必要。その下の55垉蕕蓮⇒想的ではあるけど、そこまでの減量は無理。
・ これが、他の大会だったら体重区分が違うので(55垉蕕亮,錬僑悪垉蕕覆里如法△修里泙泙梁僚鼎能个討癲不利の度合いが小さい。こんなに体重のことを意識するなんて、生まれて初めてだ・・・・。
・ めちゃめちゃハードル高いじゃん!最初に出る試合としては、選択を間違ったかな?
【2010年10月21日記】

◎ 2010年10月18日(月) 「途中経過」
・ イースト・エンタテイメント(テレビ番組制作会社)の岡亨さんより、電話をいただく。
・ このあいだのカフェ・レジュでの打ち合わせのときにも思ったことだが、テレビ関係の人というのは、私の知っている書籍関係の人たち(ex.編集者たち)とは違った、独特の妙な「速度臭」を発している。活気があるとも、慌ただしいとも言える。
・ 電話の向こうの息づかいとしゃべり方からも、それが伝わってくる。「やはり、今回は見送らせて・・・・」という電話だろうと思ったが、違った。
・ テレビ局(NHK教育テレビ)の人が、私の『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)をすでに読んでくれていたそうで、「時間」の話だけでなく「足の裏の影」の話も入れて欲しいという要望があったとのこと。当初の「時間」の話一本ではなくなるけれど、それでOKしてもらえるかという内容の電話だった。
・ 「時間」+αのテーマについて、或る脚本家かつ演出家かつ俳優の方(予定)とのトークが核となり、さらにMCのお二人を入れて4人で話すという構成の30分番組。来年1月〜3月の12回放映のうちの、どこかの一回。
・ 私としては、あの本で書いたような話ができるならば何の問題もないので、出演を承諾する。
・ 内容の詳細・収録日・放映日等については、また後日会って打ち合わせということになる。
・ 以上、この件に関する途中経過報告です。
【2010年10月19日記】

◎ 2010年10月17日(日) 「練習再開」
・ ギックリ腰状態は完璧に治ったとは言えないが、どの程度大丈夫かの様子見も含めて、午前中(10:30〜12:30)レスリング練習に参加。本日の参加者は(コーチ3名を入れて)15名。
・ 全部のメニューをやり終えても腰は大丈夫だったので、まずは一安心。しかし、2週間あいだが空くと、スタミナ切れがいつもより早い感じがする(と言っても、いつもだって大したことはないが)。
・ 3分のスパーリングの前半では、フォールを2つ奪えているのに、後半では「ガス欠」のようになって、1回押し出され、2度バックを取られてポイントを奪われる。前半と後半の落差が大きい。
・ 本日は、キムラコーチが指揮を執っていて、私は途中で「入不二さん、ちょっとこちらへ」と3度ほど呼ばれて、「個人指導」を受ける \(@⌒∇⌒@)/ワーイ。
・ 個人指導の内容は、(1)バービーの体勢の修正、(2)飛行機投げと一本背負いのやり方の修正、(3)手取バックの指導と、(その応用としての)相手が立ち上がってきたタイミングを利用するための腕の取り方の指導。
・ (1) 次の攻撃へすぐ移れるような体勢になっていない点、腰を落としたときの重心のかけ方について、指導を受ける。
・ (2) 飛行機投げ: 相手の脇へ入り込む位置をもっと下にすることで、担がず回転運動に巻き込むことができる(これもまた「重心」の問題だなぁ)。
      一本背負い: かける腕は外側からでよくて小指に力を入れる。背負いの体勢に入るよりも前に、巻く側の腕で相手の腕をきっちり固定する。固めるのが一瞬先で、そのあと相手の足の間の空間に入り込む。
・ (3) がぶり状態からバックへ回るために、相手の腕を取ってそこを支点にするように、低く大回りする(そうしないと相手の腕で回るのを阻止されるので)。
      相手が立ってこようとした場合には、(手取バックから)相手の片腕を両手で制する状態へ移行し、立ち上がるタイミングを利用すると、攻撃のチャンスとなる。
・ バービーと(3)の動きを組み合わせた「シャドー(1人練習)」ができることも教わる。
・ キムラコーチは、その野太い声とごつい風貌に反して(?)、指導は分かりやすく合理的で、とてもためになった。
・ 休憩しているときに、同年配(48歳)のキムラさんとおしゃべりする。疲労や痛み等について、同年配ならではの「お互いに通じる部分」がある。
・ さらに共通点が見つかったのは、昔のプロレス・ファンだったこと(最近のプロレスは観ていない点も同じ)。
・ プロレス・ファンだった少年時代には、アマチュアレスリングの動きが分からなかったし面白くなかったが、今では両者がつながっていることが分かる・・・という方向の話にもなって、共感。
【2010年10月17日記】

◎ 2010年10月16日(土) 「犬2 ―夢―」
・ 一昨日の「続き」なのか、夢の中で犬に襲われるシーンが出てくる。
・ 襲いかかられて腿あたりを噛みつかれていて、剥き出しになった犬の歯がよく見える。私は犬の上顎と下顎を握ってこじ開け、それぞれを左右逆方向に力を加えて、ねじ切ろうとしている。ついに、犬の顔がちぎれる・・・・という夢)。
・ そのシーンで私は大声で叫ぶのだが、実際にも声が出ていて、その自分の声で目が覚める。
・ 自分の中の「邪悪なもの」に対面したような感じで、寝覚めが悪い。
【2010年10月16日記】

◎ 2010年10月15日(金) 「友人・知人のブログで」
・ 友人・知人のブログ・HPで、共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)に言及してくれているものを、いくつか見つけました。
・ 以下にメモしておきます(新しいもの順で)。
・ 飯倉洋一さん(大阪大学)の「忘却散人ブログ」の2010年10月15日
(一部引用)
この人たちの文章や、討論を読んでいると、考えることの快楽が伝わってくる。もう愉しいを越えて、「キテル」って感じなんだよね。本人たちはそう思っていないのだろうか?それ、知りたい。
・ 森岡正博さん(大阪府立大学)の「感じない男ブログ」の2010年10月14日
・ 稲葉振一郎さん(明治学院大学)の「インタラクティヴ読書ノート別館の別館」の2010-10-132010-10-08
【2010年10月15日記】

◎ 2010年10月14日(木) 「犬」
・ 先週痛めた腰がまだ完全には治っていないので、昨日のレスリング練習はお休みして、大事を取る。
・ 比較的軽い「ギックリ腰」状態。或る姿勢で座っていた後に立ち上がろうとすると、痛くて完全には腰を伸ばせない感じ。しかし、歩いたリ走ったりするのに支障はない。
・ これまでにやったもっとも酷い「ギックリ腰」のときには、そもそも歩くことができなかったので、それと比べれば軽症。
・ レスリング練習を休んだ代わりに、大学から帰宅後・夕食前に、自宅周辺を5劼曚描る。この数日は毎日5劼困珍っているが、それは腰には問題なし。
・ そのジョギング中、すれ違い際に、散歩中の中型犬が突然唸って飛びかかってくる。間一髪でよけてかわすが、飼い主は無言で引き寄せるだけ。
・ こういうシーン(それまで大人しくしていた犬が、突然敵意を顕わにして、襲いかかろうとする場面)を、昔からよく経験する。こちらからは、何もしていないにもかかわず。
・ そういえば、動物園に行ったときに、虎とかヒョウとかが、それまでは寛いでいたのに急に私の方に近づいてきて、牙や爪を剝いて檻越しに威嚇を繰り返すという場面も何度かあった。
・ 私は、何か変な「オーラ」でも出しているのか?
・ 共著『<私>の哲学を哲学する』(講談社)が発売されて、一週間ほど。献本した方々からの受け取りの連絡が数件。
【2010年10月14日(木)】

◎ 2010年10月6日(水) 「腰を痛める」
・ 土日と昨日の仕事の疲れが抜けていない感じであるが、夜のレスリング練習に参加。本日は、9名(新人1人)。
・ 今日の一番の収穫は、相手の片足に両腕を回した状態からの攻防のドリルにおいて、攻め側のときに、若武者・オノデラさんを時間制限内に倒してバックを奪うことができたこと。これまで何もできないまま切られるだけだったのに(またそれが当然であるほどのレベル差があるのに)、少しは進歩。その様子を横で見ていたタカダ大先生の笑顔に、励まされる。
・ このところ「好敵手」になりつつある大型トラック運転手のキムラさんは、なかなか眼光鋭くてイイ目をしていると思う。組み手の攻防の際に、お互いの額あたりをこすりつけながら見合った状態になることがあるので、それがよく分かる。これほど間近で「見つめ合う」ことなんて、恋人同士の見つめ合い以外では、なかなかないことではないだろうか。
・ この間近で見合ったときの相手の顔の表情や雰囲気を観察するのが、私はけっこう好きだ(そんな余裕があるレベルではないだろ!と叱られそうだけど)。
・ そのキムラさんと、「相手の片足に両腕を回した状態からの攻防のドリル」をしているときのこと。私が守り側のときに、うまく小手を入れて体を開きながら思いっきり力任せにキムラさんを振って、相手の腕を振り解くことができた。
・ しかし、その「思いっきり振った」ときに、腰を痛めてしまう。ちょうど、ギックリ腰のときの感じに似ている。疲れが抜けていなかったことも、影響しているかもしれない(なんとなく腰が重かったし)。
・ それでも、部分的に練習を抜けたりしてしばらく休んだ後、キムラさんと一本だけスパーリングをやってみる。しかし、バックに回られてポイントを取られてばかりで、いいところなし。
・ 帰りがけの夜道で思ったことだが、腰を痛めても、いいところなしでも、また直後は息があがって動けなくなっても、スパーリングまでやって練習を終えた後の感じは、とても清々しく爽快感がある。
・ 他の仕方では満たすことができない何か(動物的生の水準の身体欲求?)が、レスリングにおける独特の身体使用によって満たされることで、そう感じるのかもしれないな、と思う。

・ ちなみに、私が所属する心理学科の同窓会報に教員メッセージの原稿を頼まれて、そのお題が「人生について」で、150字以内。なんとも大きなテーマで、twitter的な字数であることか。
・ 以下が、私が提出した文章。上記の「動物的生」と関係する。
人生には、それを「下」へ超えるものと「上」へ超えるものが、必要である。「下」とは「動物的な生」たとえば「内なる哺乳類性」であり、「上」とは「天使的な生」たとえば「内なる超・人間性」である。私の場合は、レスリングの実践が前者を、哲学的な思考が後者を提供してくれる。両者の間に挟まれて「人の生」がある。(149字)
【2010年10月7日記】

 2010年10月5日(火)「打ち合わせ」
・ 新年から始まる某局の新番組の中の「時間」をテーマにした回への出演依頼があり、昨日番組制作会社のスタッフと会って打ち合わせ。
・ 私の話を聞いて、「う〜ん、難しいですね」と2人のスタッフが黙り込むシーンが印象的。私がしたいような抽象的な話で、ほんとうに局の方からOKが出るのだろうか・・・・。もし出ることになった場合には、告知させていただきます。
・ ようやく講談社のHPにも、『<私>の哲学を哲学する』(講談社)の紹介ページが出ました。内容紹介のところには、オビ記載の文章が載っています。

(付記: mixiのコメント欄より)
・ 上に書いた「「う〜ん、難しいですね」と2人のスタッフが黙り込むシーン・・・」において、二人のスタッフは心の中で、実は
<こんな話テレビにうまく乗っかるだろうか・・・・>と不安に思ってしまって、どうしたものか戸惑って、黙り込んだのだと推測されます。したがって、まだ、「出ない」可能性も大いにあると思います。
・ 打ち合わせのスタッフの一人は、かなりディープなプロレス・ファンのこともあって、「時間」に関する私の話より、レスリング練習に関する私の話の方に興味を持たれたようで、そっちの関係で番組を作りたいなぁ、とつぶやいていました。
【2010年10月5日記+5日・6日追記】

◎ 2010年10月2日(土)・3日(日) 「レスリング・コーチ陣と飲み会+翌日の練習」
・ 土曜の午後は、ゼミを2コマ分と演習の授業を午後6時すぎまで。その後、新大久保に向かって、レスリング・コーチ陣5人と会員4人(シノハラさん・コサカさん・キムラさん・私)での飲み会に参加。
・ さらに場所を変えて、レスリング・コーチ陣4人と会員2人(私を入れて)で二次会を、11時半まで。
・ 帰宅後、今泉コーチから、「滅茶苦茶で荒れた飲み会で・・・・ご勘弁を」という主旨のメールをいただく。
・ いやいや、「滅茶苦茶」で「荒れた」というのは、その通りでしょうが(^_^;)、私自身も、その「滅茶苦茶」「荒れ」の対岸にいたのではなくて、その一要因としてシンクロしていた感じで、端的に楽しみました。
・ (体育会系であると同時に知性派でもある今泉コーチと、笑顔のかわいい爽やかな好青年の人見コーチ以外の)3人のコーチが特に、それぞれに違った仕方ではあっても、「破天荒」「規格外」という感じで、私もそういう「逸脱」タイプが嫌いではないので、シンクロする部分があったのだと思う。
・ どのように「破天荒」「規格外」「逸脱」かは、あまりにもアブナい内容だったり、ブラックな要素を含んでいるので、残念ながらここには書けないけれど、備忘録的に私の目に映った限りでの3人のキャラクターをメモとして残しておこうと思う。
・ (自らも公言しているように)天才的な能力を持ちつつ(持て余しつつ?)、どこか自堕落な雰囲気を醸し出していて(演出?)、地道な努力が似合いそうにない、かつ小学生の時と変わらないまま大人になったのではないかと思われるのが、シマザキ・コーチ。きつい練習を課す中でも、柔らかいほっとするような「隙間」が入り込んでくる瞬間があるのは、そんなシマザキ・コーチのキャラクターゆえではないかと、私は思っている。
・ フィジカルな凄さは、これまでにも「同じ二本足の生物とは思えない」と書いているけれど、そういう凄さとは別の ontological な「凄み」のオーラを発していることは、すでに気づいていたが、本日は、その「凄み」のオーラが、たいへんな人生模様(経験)と結びついていることを知る。単に「凄い」だけでなく「凄味のある」のが、タカダ・コーチ。コーチと練習生という関係でなくて、知らない人として横にいたら、怖くて近寄れないかも。しかし、そういうタカダ・コーチの奥さんの方が、もっと「凄い」かもしれない。
・ 「空手バカ一代」という漫画がかつてあったけれど、おそらく「レスリング・バカ」という称号がもっとも似合うのが、キムラ・コーチ。その称号は、そのジャンルへの「ひたむきさ」や「愛」や「執念」等々が尋常ではないくらいに含まれていること、しかも、それらが溢れ出していることが、本人以上に第三者に(暑苦しいほどに?)見えるということを表しているだろう。そんなキムラ・コーチから、「入不二さんのブログを読んでいると、レスリングへの愛を感じる」と言われてしまった!!私も「バカ」の素質が十分あるということか・・・。
・ 二次会に参加したもう一人の会員は、大型トラック運転手のキムラさんで、彼から「日曜日も来てくださいよう」と帰り際に言われたので、「じゃ、明日行きますよ」と約束してしまう。
・ 帰宅したのが12時半で眠りについたのが午前2時頃なのに、練習に参加して大丈夫か?という内なる声はあったが、約束なので、日曜日10時半〜12時半のレスリング練習に久しぶりに参加。
・ 参加者は12名(?)で、初めて会う方も多数。久しぶりに、同年配(48歳)のキムラさん<キムラ姓は3人いる>と、打ち込みをやる。「ブログ読んでますよ」と言われて、大いに照れる。
・ もう一人のキムラさんとスパーリングをしたときに、一瞬、鼓膜でも破れたのかと思うくらい、大きな音が耳の奧でして(耳鳴り?)、びっくりするが、そのまま続行。おそらく、昨晩の疲れ+寝不足+風邪気味のせいで、体調がよくなかったのだろう。
・ 日曜クラスでは、スパーリングが(2分ではなくて)3分で回されるし、スパーリング後には、「足首を抱えた相手が足を後へ引っぱるのに抗しつつ腕立て伏せ」という補強運動もあって、疲労度が大きい。
【2010年10月3日記】

◎ 2010年9月29日(水) 「ほのぼのと練習」
・ 午後から会議3種類。夜(7時〜9時)はレスリングの練習。
・ 本日は4名で、これまでの最少人数かもしれない。
・ 32歳のキムラさん・同年配(49歳か50歳)のシノハラさん・そして私という比較的「弱小熟年」メンバーで、あとは人見コーチ(28歳)のみだったので、いつもより「まったり」「ほのぼの」とした感じの練習風景となる。
・ 準備運動が終わった後、打ち込みに入る前に、「レスリング的な身のこなし」ということで、3つの動きを習い練習する。
・ それは、(1)腹時計 (2)スイッチ(のシャドー) (3)ブリッジのまま回転(シノハラさんは「首時計」と命名)の3つ。
・ 私などは、「腹時計」と言われると「腹腹時計」という爆弾教程本(?)のことを思い出してしまうが、もちろん関係ない。(両足を浮かせて座った状態で)お尻を支点にして回転を始め、お腹を支点に変えて足を後ろに伸ばして回転し、もう一度最初のお尻を支点にした状態へと回転して戻り・・・・というのを繰り返して、体を時計のように回し続けるのが「腹時計」。
・ 「スイッチ(のシャドー)」は、がぶられた状態から相手の脇をすりぬける動き(体勢転換)を、左右の脚を交互に出し戻しする仕方で一人練習用の形にしたもの。
・ 「首時計」は、前ブリッジから(顔の向きを固定したまま)脚を前から横へ、さらに後ろへと移動させていって、ハイブリッジ(後ブリッジ)へと移行し、そのままさらに脚を後→横→前へと移動させてもとの前ブリッジに戻り、これを繰り返す。結局、ブリッジしたまま、頭(首)を中心とする円を足が描くことになる。
・ どれもまだちゃんとできるところまではいかないが、もっと練習したら、次第にできそうな感じはあった。私はこういう「レスラーっぽい動作」が好きで、身につけたいと思っているので、これからも練習に取り入れてくださいとコーチにお願いする。
・ 投げの練習では、「飛行機投げ」「背負い投げ(一本背負い)」「巻き投げ」「首投げ」の4種類を一通り習う。自分では、キムラさん相手に「背負い投げ(一本背負い)」、人見コーチを相手に「首投げ」を繰り返す。
・ スパーリングでは、人数が少ないので総当たりのリーグ戦みたいな感じ。久しぶりに人見コーチにも相手をしていただく。
・ スパーリング後、人見コーチからほめられる。「よく動けているし、もう試合に出られますよ。これだったら、このあいだの大会に出ていたら決勝まで残って、僕と対戦になっていましたよ!」。なんとも嬉しいお言葉。
・ クールダウン・黙想後にも、「入不二さん、次の10月の大会いかがですか」と人見コーチから言われたので、(まだ公言せず密かに目標にしている段階だったのだが)「来年1月の大会でデビューしようと思っています」と言ってしまう。
【2010年9月30日記】

◎ 2010年9月27日(月) 「守・破・離(2)」
・ 今泉コーチがご自身のブログの2010ー09−27で、2010年9月22日の「邪(乱)・守・破・離」に言及してくれています。
・ その中で、「無知」という私の言い方に違和感を示されていて、いわゆる「無知」とは違うと私も思ったので、コメント欄で、「怖いもの知らず」という感じに近いです、と書きました。
・ 以下、今泉コーチの後半の文章です。
ただ、始めの段階というのは必ずしも「無知」でもないかなあという気がします。というのは、まるっきりの初心者の人にとにかく私を倒してみて下さい、というと確かに滅茶苦茶な動きではあるんですが、その人なりの動きをしてくるんですね。で、その中にその人の癖というか得意技に繋がりそうな何かが隠れていたりすることがあります。私の場合、小学生の頃からプロレスのバックドロップが大好きでそれは誰にでもかけられそうな気がしていたんです。で、実際に柔道でやってみると返し技として結構決まりました。
初心者の人でもこれは出来そうと思ったり、こんな感じで動いた方がやりやすいと思ったことは結果的にそれが自分の得意な動きになってくることが多いです。それはやはり「邪」の時に現出していることが多いです。
「守」の段階に来るとその前に持っていたイメージや癖を思い出せなくなることが多いのですが、私はそれを忘れないようにすることが重要かと思います。「守るべき」型を身に付けたとき、「邪」の時の感覚を思い出すと「守」に付け加えることが出来ることがあるのです。つまりそれによって「破」が生まれてくるというのが私なりの経験論です。

・ バックドロップ好きのところが、面白いです。私もバックドロップは好きな技です。小学校時代に教室の後ろで試していたのは、足4の字固めとかコブラツイストとかでしたが(体育館では柔らかいマットを後ろに置いて、バックドロップもやったなぁ・・・・)。
・ 興味深かったのは、(今泉コーチのブログを読む前に)mixi内でコメントとして書いていたことが、今泉コーチの発言と呼応することです。
・ 以下、mixi内での私の発言です。マイミクへの応答として書かれているので、これだけでは意味不明な箇所もあるかもしれませんが・・・・。

・ 【邪(乱)について】ここで念頭においているのは、(劇画的? or 戯画的?になりますが)そこそこケンカが強い「不良」「ガキ大将」が、正式にボクシングの技術を習い始めると、それまでのようにはケンカがうまくできなくなるというようなケースです。
・ だから、「子ども」とはいっても、無邪気なまだ力のない子どもではなくて、粗野な力はあるけど、自己流に力を使っているだけの、洗練されていない子ども状態でしょう。
・ 邪(乱)に含まれている、洗練されていない粗野な力(原初の<力>)が、単に消え去るのではなくて、「守・破・離」を経た先で、もっと大きな力になって戻って来るといいなぁ、などと夢想しています。
・ 「邪(乱)止まり」にならずに、「守」を経てその先へと進ませるためには、大人(指導者)の力量も問われると思います。
・ 「邪(乱)」の力を完全には殺さずに、でもそこに留まっていてはダメだよということも、心底分からせないといけない・・・・というような力量です。
・ 「邪」と「無邪気」も、そう遠くはないのかもしれない。邪(乱)→守→破→離と経た後になって、もう一度「邪」をふり返ると、「無邪気だった」と見えるような気がする。
【2010年9月27日記】

◎ 2010年9月22日(水) 「邪(乱)・守・破・離」
・ 午後からの会議のあと、夜はレスリングの練習。
・ 本日の参加者は少なくて、6名(うち一人は最後のスパーリングはやらずに早退)。
・ スパーリング時に残っていたのは、私と同等レベルの人がいなくて、経験者や強い人たちだけ。
・ 小学校の先生の青年や今泉コーチとスパーリングをして、メタメタにやられて、何度もフォールされて、おまけに最後は立ち上がれない。
・ 今泉コーチからは、「型ができてきたら、やりやすくなっちゃいましたね」と笑顔で言われる。
・ つまり、「まだ型すら整っていなかった最初の時の方が、力まかせで変則的でやりにくかったのに対して、少しレスリングの形になってきた今の方が容易にあしらえる」ということ。う〜ん、なるほどと思わされる。
・ いわゆる「守(しゅ)破(は)離(り)」というのがあるが、おそらく「守」の前には、(私の勝手な造語であるが)「邪(じゃ)」とか「乱(らん)」とでも言うような(「守」以前の)「無知(無秩序)状態」があって、そこから「守」の状態へと移行しつつあるのが、今の私ということだろう。「邪(乱)」から「守」への移行には、ある種の「喪失」が伴っているのだろう。
・ 原初的な<力>は、「邪(乱)」から「守」へ移行することでいったん減衰する。しかし、その「喪失」を経ないと、次の段階にも行けないのだろう。
・ 本日、勉強になったのは、「次の展開」と「鉄則」ということ。
・ "若武者"オノデラさんに「股裂き」を試したときに、腰を浮かされて防がれてしまう。「次の展開」を知らない私は、それでも「股裂き」に拘って結局タイムアップ。相手の方が腰をあげているのは「不利」なのだから、その「不利」を利用して、レッグロックからの表返しやローリングといった「次の展開」へと移行すべきだと教えられる。
・ 教師の青年に「股裂き」を試したときに、私が左手を相手の頭の上あたりについてしまって、その腕をとられて防がれてしまう。「股裂き」にいくときには、取られる位置にけっして手をついてはいけない(相手の背中などに置く)のは、「股裂き」の鉄則ですと教えられる。
【2010年9月23日記】

◎ 2010年9月20日(月) 「観戦」
・ 「勉強」のため、豊島区のレスリング大会(雑司が谷体育館)を午後から観戦に行きました。
・ 55垉蕕如併笋習っている)人見コーチが出場していて、優勝しました。連続ローリングで圧倒していました。
・ スポーツ会館の他のコーチは来てなくて、人見コーチは少し寂しそうでした。私がその雄姿を観ることができてよかった!
・ 以下がこの大会の案内(豊島区レスリング協会掲示板より)。

1、主催 特定非営利活動法人 豊島区体育協会
2、共催 豊島区教育委員会
3、主管 豊島区レスリング協会
4、日時 平成22年9月20日(祝 月)午前9時30分〜午後5時
5、会場 豊島区雑司ヶ谷体育館(いつもの体育室ではなく競技場です)(広い方)
6、計量 会場にて午前9時30分〜10時00分(+2Kg可)
7、試合開始 午前11時(開会式10時30分〜)
8、競技上の規定及び方法
(1)ルール FILAルール(一部豊島区レスリング協会のルールを適用)で行う。
  ア、試合方法はトーナメント 敗者復活戦方式にする。但し、3位決定戦を行う。
    参加人数が3名以下の時は、リーグ戦又は参考試合を行う。
  イ、着衣は通常のシングレット(赤、青)を着用すること。
    レスリングシューズを使用。白の靴下を着用、白のハンカチを所持のこと。
(2)競技種目 フリースタイル個人戦
(3)試合時間 2分3ピリオド(ハーフタイム30秒)
(4)クラス 50〜55Kg級 60Kg級 66Kg級 74Kg級 84Kg級
   96Kg級 120Kg級 の7階級とする
9、表彰 各クラスとも第3位まで賞状及びメダルを授与する。
     各クラスの優勝者の中から最優秀選手を審査し、豊島区民体育大会
     豊島区長杯(大カップ)を授与する。
     尚、受賞者は翌年の区民体育大会総合開会式において区長杯を
     豊島区長へ返還すること。
10、参加申し込み 試合当日計量前に受付ます。
   参加料 ひとり1000円(保険料を含みます)
   組み合わせ抽選は当日計量後に行います。
   参加選手は健康保険証を持参してください。

【2010年9月20日】

◎ 2010年9月18日(土) 「早退」
・ 夕方から土曜日クラスのレスリング練習に参加するが、半分だけやって早退。
・ 打ち込みの後、がぶりからバックへ回るドリルをしている最中に、相手の指が私の右目を擦るような感じになって、コンタクトが外れてしまう。(使い捨てのコンタクトなので)すぐに新しいのに換えれば問題なかったのだが、予備を補充するのを忘れていて、持っているはずだった換えがない (T_T)。
・ 相手の方がご自分の予備を提供してもいいと言ってくれたが、私のコンタクトは度が強すぎて(相手の人の3倍!)、ダメ。また、あまりにド近眼すぎて、左を外して裸眼でやるという選択肢もダメ。
・ いずれにしても、いつもと違うよく見えない状態でやるとケガをする危険もあるし、仕方なく後半の練習をあきらめて帰宅。
・ 1時間しか参加できなくてスパーリングをまったくやっていないので、不完全燃焼だけれども、それでも体の疲労は半端じゃなくて、土曜ドラマ『チャンス』を観ながら寝てしまう。
・ 今日は「股裂き」を復習で試してみるつもりだったのに・・・・。代わりに家で、ストレッチ中だった高3の三男をつかまえて練習台にして、形だけ試してみる(三男「おいおい、俺は明日模擬試験なんだぜ!」)。
【2010年9月18日記】

◎ 2010年9月17日(金) 「ササハラズ・レッグシーザーズ」
・ 先日の「股裂き」という技について調べていたら、この技の「生みの親」である笹原正三氏についての、以下のような紹介ページを見つけたので、自分用のメモとして残しておきます。
・ JOC / 選手インタビュー / Japanese Olympian Spirits / 笹原正三
・ その中に、「股裂き」について以下のような記述があります。
メルボルンに私は“必殺技”を持っていきました。英語で「ササハラズ・レッグシーザーズ(Sasahara's Leg Scissors)」と命名されて有名になった「股裂き」です。
東京世界選手権で、実はトルコのバイラムというヘルシンキオリンピックの金メダリストに、寝技で背面から片脚を入れる技を仕掛けられ、股関節が外れると思うぐらい苦しみました。それで私はこれを徹底分析、片脚を入れてからテコの原理を応用した技を使って決める、新技を開発しました。
3ヵ月かかりましたが“本番”では絶大な威力を発揮し、私の金メダル捕りの武器として活躍してくれました。
【2010年9月17日記】

◎ 2010年9月15日(水) 「門外不出」
・ 午後から会議が2つ。
・ 2008年度の私の演習生で、現在心理学科副手をやっている加藤美沙さんから、新海誠『秒速5センチメートル』について論じた紀要論文(by 太田裕一氏)がありますよと教えられていたが、そのコピーをいただく。お返しに、まだ読んでいないというのでノベライズ本の『小説・秒速5センチメートル』(メディアファクトリー)を貸すことを約束する。
・ ノベライズ本では、第1話・第2話・第3話で「視点」を変えていること、明里との思い出を引きずっている話ではないのではないか等を、ネタバレにならない程度に加藤さんに話す。

・ 夜のレスリング練習は、8名(1名早退)。
・ 今泉さんから、NPO全国少年レスリング連盟創立20周年記念の監修:NPO全国レスリング連盟、編著:今泉朝雄『日本少年レスリングの歴史と未来』をいただく。ハードカバーの立派な本で、資料価値も大きく、レスリング関係者の座談会も面白そう。お返しに、私のインタビュー記事が載っている『談』No.88を練習後に謹呈する。
・ 本日のメニュー: 
1. ランニング(左回り・右回り・後ろ向き・横向き(高と低)・踵をお尻につけながら・腿をあげながら・踵を前後で手でさわりながら)、柔軟運動(屈伸・伸脚(浅・深)・股割・前屈・開脚横屈・開脚前屈・足首回し・腰を捻るストレッチ/そこから脚を折り畳んでのストレッチ・肩入れ/両腕のストレッチ・正座して後ろへ寝るストレッチ・前ブリッジで首をほぐす/膝を外して前ブリッジ・三点倒立・ハイブリッジ・(後転途中のような姿勢で)肩まわりをほぐすストレッチ)、マット運動(前転・後転・開脚前転・開脚後転・伸膝前転・伸膝後転・倒立前転・後転倒立・前回り受け身・抜き・膝つき歩き・バタフライ前進)、二人組でジャンプ運動2種類、二人組で(足を上下させる)腹筋運動。ここまでが準備運動。
2.打ち込み(5分ずつ3人と)
3.ドリル(30秒間連続のタックル、がぶりからの攻防、投げ技)
4.立ち技のみのスパーリング(1分間で回していく)
5.寝技(ガッツレンチのみ)のスパーリング
6.技研(私は"大巨人"オノデラさんに「股裂き」の指導をお願いする)
7.寝技(ガッツレンチ以外)のスパーリング
8.スパーリング(2分間で回していく)
9.サーキット(ジャンプ・バタ足・バービー・腕立て・背筋・腹筋・(腕立て状態で)足を前後のランダムな繰り返し)
10.クールダウンと黙想
・ "大巨人"オノデラさんに「股裂き」の指導を受けるのは、これで2回目(2010年7月21日(水)参照)。オノデラさんは大型知性派レスラーで、技を素人へ説明するのがうまい。「(笹原正三先生より直伝の)門外不出の技」だと言いながらも、ポイントを分けて丁寧に教えてくれる。
・ (1) 相手の左足へのレッグロックを見せかけの「餌」にして、右腿をあげさせて、自分の右足首を忍び込ませる。
  (2) 自分の右足首は深く入れないようにして、左足で隙間のないように深くロックするのがこつ。この段階がうまく行くと、すでに相手の右大腿部は極まった状態。
  (3) 重心を落とし、反り返った状態で腹→胸→顎と「起き上がり小法師」のような感じで、相手に対して対角線上に斜め前に倒れ込む。
  (4) さらに、斜め前に倒れ込む動作に、最後に右回転する捻りを加える。ここが、オノデラ流の「股裂き」の最大のポイント。
  (5) その際、右腕で相手の顔・顎を絞り込むように捻って、フォールへ持っていく。
・ (3)から(4)の体の動きを身につけるために、一人シャドーで「反り返った倒れ込み+回転運動の付加」の動きを繰り返してみる。
・ その後、寝技のスパーリングで試してみるが、一回だけうまくきまる。
・ 「股裂き」は、どうも名前が正確でないような気がするのだが・・・・。というのも、この技は、相手の腰が極められてしまって激痛が走るので、腹ばいになっていられずに表返ってしまう、という技なのだから。「股裂き」というより「腰砕き」という感じ。プロレスの「股裂き」とは全然違うので念のため。
・ スパーリングでは、キムラさん(32歳)とやるときに、前々回の反省点を念頭において、その改善を試みる。相手に前進を許さずに掬うようにしてひっくり返して押さえ込むこと(pancake?)と、タックルに入って片足を取ることができた。結果、一回のスパーリングで二つのフォールを奪うことに成功。
・ キムラさんはリベンジを求めて、もう一回さらにスパーリングを求めてきたが、私の方はバテててしまって応戦できず。「また来週にしましょう」と言って「勝ち逃げ」。

ジャンプの写真(今泉さんからの頂きもの)

【2010年3月16日記】

◎ 2010年9月12日(日) 「朝陽祭」
・ 三男・義顕が通う都立・新宿高校の文化祭「朝陽祭」に、お昼頃出かける。
・ 3年D組のダンス"DANCING with HIGH SCHOOL MUSICAL"を観るために20分以上並ぶ。
・ ダンス終了後、「バラ会」の手伝いで、既に朝から来ていた妻・裕子と偶然に会って、いっしょにPTAカフェでお茶。
・ 「バラ会」の展示室を覗いたあと、写真部の展示、古本市などをまわり、最後に大体育館でチアリーディング部の発表を観て帰宅。
・ 昨日のレスリング練習の疲れが残っているところに出かけたので、さらに疲れが増した感じで、帰宅後冷房をつけっぱなしで寝てしまう。そのせいか、起きたら頭が痛い。
【2010年9月12日記】

◎ 2010年9月11日(土) 「嬉しかった一言2」
・ 永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の再校中。
・ もう何度も読み返していることになるのに、(私のはともかくとして)永井・上野・青山の原稿は、何度読んでも面白く、思考が刺激される。
・ そんな論文やお互いの討論が、これだけの量・数入っているのは、けっこう「贅沢な」本と言えるのではないだろうか。
・ 自分も著者の一人であるという点を差し引いて考えても、出版されるのが楽しみ。

・ 夕方から、レスリングの土曜クラスに参加(8名の参加者)。土曜クラスに参加できるのは、後期の授業が始まらない来週まで。
・ 人見コーチは、昨日のスパーリングのときに足首を捻って負傷したそうで、骨折しているかもしれないとのこと。それなのに、コーチ業を休めないとは大変。
・ 9月8日(水)と同様の「ジャンプ運動」(9月8日の写真参照)を、本日もやる。
・ 本日の「嬉しかった一言」:1分間のジャンプ運動(左右跳び+開閉跳び)が終わった後、パートナーだったコサカさん(37歳)から「スゴーイ!」と言われ、人見コーチからは「入不二さん、体力がついてきたんじゃないですか」と声をかけられる。
・ というのも、速度が落ちずに(比較的)速いままのジャンプで、何とか1分間やりきったから。51歳でも、体力は向上するのであ〜る!
・ 本日のメニュー: 準備運動(ランニング(左回り・右回り・後ろ向き・横向き<高と低>)・柔軟運動・三点倒立・ブリッジ・マット運動・先述のジャンプ運動)、(打ち込み前の)くぐり運動と回転運動、打ち込み(5分ずつ3人と)、タックルのドリル、がぶり返しのドリル、がぶられた状態からのスイッチのドリル、片足を取った(取られた)状態からポイントを取る(防ぐ)ドリル、立ち技のみのスパーリング、寝技のみのスパーリング、全部ありのスパーリング、最後にクールダウンと黙想。全部で2時間強。
・ 本日、個人的な課題としては、(スパーリングで)自分から先手でタックルに入れないのを、少しでも修正できないかという点があった(9月8日(水)の身辺雑記(メモ)を参照)。
・ もちろん、そう簡単にはいかないのだが、一つだけうまく行ったことがある。それは・・・・。
・ 寝技での膠着状態のあと、スパーリング再開で向かい合って立った瞬間をねらって(組み手争いをせずに)タックルに入ってみたところ、二人の相手に対して成功。二人とも、油断していたのだろう。
・ こういう「瞬間」を他の時にも「作り出し」たり、「見い出し」たりできるといいのだろうが、なかなか難しい。
・ 更なる問題点は、タックルが成功し相手を倒した後。倒れても相手はうまく腹ばいになるのだから、そこからさらに素早く表返さないといけないのに、それがなかなかうまく行かない。寝技の能力を向上させないと。
【2010年9月11日記】

◎ 2010年9月8日(水) 「嬉しかった一言」
・ 本日夜のレスリング練習は、(台風の影響で少ないかも・・・と思いきや)11名の参加者。一人は、体験参加の空手家。いかにも武道家風の顔の方で、投げ技も鍛えたいのでレスリングかサンボをやることを考えていると語っていた。
・ 練習が始まる前にお喋りしていて、37歳の"ボディビルダー"コサカさんは、眼科医師で鶴見大学でも教えている方であることを知る。広い意味での「同業者」。
・ 組み手争いのときに負傷したのか、右手薬指の関節周辺が痛くて、指が十分に曲げられなくなっている。右手で拳が握れない状態。
・ 9月・10月は試合が続くそうなので、スパーリングも試合形式に近づけて、「2分のスパーリングー30秒のインターバルー2分のスパーリング」で回すことになる。
・ 私も、大型トラック運転手のキムラさんと2ピリオド。やはり、連チャンのスパーリングはきつい。
・ 連チャンでできるように体力を温存しようと思って始めたところ、キムラさんの方は、それに付き合ってはくれず、がぶられてもどんどん前進してくるという積極さで、圧倒される。
・ ポイントは取ったり取られたりだったが、私の方は自分から先にタックルに入っていくことができず、どうしても相手が入ってくるところを待って切るような展開になる。なんとか修正したい点である。
・ 2ピリオド目は、明らかに二人とも動きが鈍くなっていて、私もせっかくバックを取ったのに、そのまま休むかのように動けなくなっている。
・ このあたりは、翌日(9日)に、今泉さんから動画をいただいたので、何度も見て確認できた。
・ この日の最後のスパーリングとして、"大巨人"オノデラさんに、30秒ずつ6人で回すという形式で挑む。シノハラさん・イリフジ・キムラさん・イマイズミコーチ・キムラコーチ・ヒトミコーチという順番で、インターバルなしで対戦。
・ 前半こそ、準備運動であるかのように軽くあしらっていたが、最後の方は、あのオノデラさんでも疲れてくるのが分かった。
・ ロッカールームで、自衛隊体育学校出身の高田コーチと、お互いに裸のまま鏡の前で話しているときに言われたのが、本日の「嬉しかった一言」。
・ 私の裸を見ながら「入不二さんは、最初の頃見たときより、体つきがゴツクなってきましたねぇ。」と一言。
・ 「凄い人」に、こう言われると、何だか嬉しい。少しでもレスラー的な身体に近づけたらいいな。

・ 以下は、今泉さんからいただいた準備運動中の画像で、二人一組になり、寝ころんだ相手の閉じた脚の左右を「横飛びジャンプ」する運動。この後には、相手が足を開閉するのに合わせて、こちらも足を開閉しながらジャンプする運動が続く。
 
【2010年9月9日記, 9月10日追記】

◎ 2010年9月7日(火) 「装幀のカラーコピーが届く」
・ 永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の装幀のカラーコピーが、速達で届く。
・ タイトルは、前半の「<私>の哲学」と後半の「を哲学する」のあいだに一字分のスペースを設けていて、
・ タイトル・デザイン上は、前半の「<私>の哲学」の文字色やポイントや配置が、後半の「を哲学する」とは変えてあって、その部分の独立性が強くなっている。
・ ちなみに、オビの表側の「宣伝文」は、以下のようになっています。
(やや大きめのポイント・2行で) 注目の哲学者4人による本気のコラボレーション!!!
(小さめのポイント・5行で) <私>は他の多くの「私」とは違う、唯一無二の独在的な<私>である。 ―― 多くの人々を魅了してきた永井均氏の哲学は、では、どのような問題であり、そしてどのような哲学的可能性やひろがりを持っているのか?スリリングに思考する!
・ オビの裏側は、永井さん執筆の序章「問題の基本構造の解説」からの抜粋になっています。

・ 以下、戯れ言ですが・・・・
・ 昨日の「哲学の読書会」後のお茶会で、何人かの受講生から言われたこと:
・ 「哲学の先生って、変な人や嫌な人や神経症的な感じのする人が多いのに、入不二先生は、ずいぶん健康的でまともですよね!」
・ 私の応答:
・ 「哲学をするくらいでおかしくなっちゃうのは、もともと頭の作りが脆弱なのでしょう」「私の場合は、哲学をすることで、むしろ若い頃にあった病的なところや病弱さは治ってしまった(あるいは隠せるようになった)」
【2010年9月7日記】

◎ 2010年9月6日(月) 「発売日訂正」
・ 永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の発売予定日は、校正が遅れていて、10月4日に変更になりました。
・ 本日はこれから、朝日カルチャーセンター・新宿での「哲学の読書会」今期最終日です。
【2010年9月6日記】

◎ 2010年9月4日(土) 「レスリング的」
・ 夕刻より、レスリング土曜日クラスの練習に参加。本日は、最初は9名だったが、負傷(?)したためか一人早退して、8名(私以外は、10代・20代・30代前半ばかり)。
・ 練習開始前に、トレーニングルームの方でストレッチをしていると、大型トラック運転手のキムラさんが、マシンで筋トレをしていた。
・ 私もいっしょに筋トレをやりたいところだが、練習のための体力を温存しておかないとついて行けなくなりそうなので、ストレッチだけでやめておく。
・ 準備運動のときに、手足を着いて、前後・左右・回転という動きを指示されるままに繰り返すトレーニングをやる。
・ このトレーニングにも「四つ足の動物性」が現れている。アマラとカマラではないが、もし生まれたときから、「四つ足」で歩いたり走ったり普通にできるように育てられたとしたら、どういうレスリング選手に育つだろうか。あるいは、100m走も四つ足で自由自在に走れたら、記録はどう変わるのだろうか?(それとも、「四つ足」禁止というルールができるかな?)
・ 打ち込みの前に、動きを身体に馴染ませるために、二人一組になって次のような反復練習を行う。
・ (1)構えた相手の右脇・左脇・股下を潜り抜ける動作の反復。 
・ (2)四つんばいになった相手のまわりを、がぶり(front headlock+sprawling)からバックを取る要領で、右回転左回転する反復。
・ (3)がぶられた状態(front headlock+sprawling)から、「スイッチ」と呼ばれる体勢転換(右足を前へ突き出して「四つんばい→座り」の体勢転換をして、反り返りながら相手の脇を潜る。その際、右手で相手の右腿を取りながらバックへ回る)を反復。
・ (3)のような「切り返し」方は、とてもレスリング的なものに感じられる。なぜだろう?
・ 相手から離れるのではなく、より相手のふところに深く入り込むという(素人考えでは避けたくなりそうな)動作によって事態を転換させるところ。相手の脇の下の「空間(隙間)」をうまく利用しているところ。その際に、あの基本形である「反り返り」が生かされていること。自分の右腕を絡めた相手の右腿のところが支点となりつつ、回転運動が生じること。等々が、「レスリング的」と感じる要因なのかもしれない。
・ 二つの身体のきわめて高い密着性から生じるバランスやコントロールの問題、身体近傍が作り出す空間への意識、360°的な(線よりも円的な)攻防等々に、私は「レスリング的」なものを感じているようだ。
・ 打ち込みのときと「がぶりからバックへ」「がぶり返し」(gator role, cement mixer)の練習をするときに、小学校の先生をしている青年に相手をしてもらう。
・ 寝技のスパーリングで守り側のときに、いつもより激しく手足を動かして逃げ回ってみた。おかげで、いつもよりはポイントを取られずに済む。
・ 高校生モリ君とのスパーリングのときには、2分間で2度のフォールを奪うことができたけれども、どうも力でねじ伏せているだけのような気がする。しかも、私の方は、続けて連チャンではスパーリングができないくらいに、疲れ切っている。こんな状態では、まだまだ試合はむりそうだ。
・ またもやクタクタに疲れ切って帰宅して、夕食もままならず、その後も何もできない。ようやく翌日夕方になって(ということは24時間たって)、いちおう普通程度に回復。
【2010年9月5日記】

◎ 2010年9月3日(金) 「『談』最新号 no.88 web版」
・ 私のインタビュー記事が載っている『談』最新号 no.88(特集:リアルはどこで生まれるか)の web版が、ここにアップされています。
・ インタビュー記事は、雑誌でないと読めませんが、編集長による editor's note before(リアルの中の時間、時間の中のリアル)とafter(「リアル」、濃密な真空状態を生きること)の両方が、web版でも読めます。
・ 本日午後は、昭和堂の大石泉さんと「樹林」でお会いして、色々と雑談。
【2010年9月3日記】

◎ 2010年9月1日(水) 「100堋供
・ 本日のレスリング練習は8名。
・ 早めに地下マット場に行って、まだ一人で準備をしているときに、巨体のアメリカ人が笑顔で入ってきた。しばらく英語でおしゃべり。
・ 3年半ほど前からヘッドハンティングの仕事で日本に住んでいるそうで、レスリングができる場所がなかなか見つけられなくて、木口道場も候補だったけれど町田方面で遠いので、本日スポーツ会館に来てみた。これが最初とのこと。
・ インディアナ大学でレスリングをやっていて、レスリング歴は13年、ブランクが4年という27歳の青年。
・ このスクールは何人くらいの参加者がいるのか、自分と同じ体格の者はいるかなどを聞かれたので、分かる範囲でお答えした。体重をたずねてみたところ、100圓歪兇┐討い襪箸いΔ里世ら、当然聞きたい質問だろう。
・ 本日は、“大巨人”オノデラさんが参加していたので、「釣り合いがとれる」お相手がいてラッキーだったのではないか。それでも、身長こそオノデラさんの方が上まわっているが、体重は10圈腺横悪團▲瓮螢人の青年の方が重そうだ。
・ 重量級だが、しかし動きが速く俊敏で、かつ、いくつかの得意技を組み合わせて使っているようで、オノデラさんも苦戦。二人は何度もスパーリングを繰り返していた。ゴジラvsキングギドラみたい。
・ スパーリングではなくてドリルではあるが、そのアメリカ人青年とやる機会が、私にも回ってきてしまう。タックルとがぶり(front headlock+sprawling)からバックへと回る反復練習。 )゜O゜( ヒィィ。本気で首を捻られたら、壊れちゃうよ!
・ 始める前に、"Remember I'm both a freshman and a fifty-one-year-old man. Please don't be serious." と言うと、"OK, OK."と言ってニヤニヤしていた。
・ なんとかケガをすることなく終えることができて、100圓鯆兇┐覽霏里髻△海鵑覆北着した形で実感できたことは、これはこれで貴重な体験である。
・ 「技研(わざけん)」の時間に、"大巨人”オノデラさんが、個人的に一対一で「崩し」についての指導をしてくれる。
・ 1)"two-on-one"から相手の足を刈るように崩すことで、相手の脇下に空間を作って、潜り込むようにタックルなどに入る。
・ 2)波打つように前後に小刻みに崩しつつ、その中の自分で決めておいたどこかのポイントで、大きく崩す。
・ 3)相手を押した後、円を描くように自分が移動することによって、相手の足を踏み出させておいて、その足を取りに行く。
・ それぞれに、「空間(隙間)の利用」「強弱リズム」「回転運動の力」という興味深いポイントが入っているなぁと思う。
・ 投げ技としては、「巻き投げ(Arm Spin)」を習う。柔道の一本背負いとは違って、相手の体躯の外(脇)に身体を出して、自分の首に相手の腕を巻き付けるようにして、前回り受け身のような回転運動をする。難しい。
・ 投げた後の体勢が不利なので、マット際でやる捨て身的な技だというのが、人見コーチのことば。
・ 30代のキムラさんは、週2回・3回練習に参加していて、しかも翌日仕事のために4時起きだという。その体力に感服。
・ そのキムラさんとも、スパーリングをやりたかったのだけれど、キムラさんは、別の人とのスパーリング中に、相手の反則チョークが頸動脈に入ってしまって、少々嘔吐。本日はキムラさんとのスパーリングは諦める。
・ 練習終了後のロッカールームでは、浴場へと向かう100堋兇離▲瓮螢人青年を眺めながら、他の格闘技の選手も「あの人はレスリング?強そうだなぁ」と感嘆の声をあげていた。
【2010年9月2日記】

◎ 2010年8月30日(月) 「ことばでする「レスリング」」
・ レスリングを始めるにあたって、スポーツ会館のレスリングスクールを選んでよかったと思うことの一つとして、今泉朝雄さんがコーチとしていてくれたことがある。
・ レスリングの指導を受けられるだけでなく、レスリングについてことばを使ってレスリング的にやり取りをすることができる方と出会えたことは、私にとって予想外の幸運であった。
・ 昨日の今泉さんのブログで、私のレスリング考的なメモをまた取りあげてくれて、「バランス」「レスリング的な身体」についての考察を展開してくれている。
・ 今泉さんと私は、レスリングにおいては指導者と初心者の関係であっても、ことばでする「レスリング」においては、スタイルは違ってもスイングする「いい試合」ができそうなお相手である(生意気言ってすみませんm(_ _)m)。
・ 次のような箇所は、さらなる考察意欲がそそられる、とても興味深い指摘である。引用します。
 ここに書いてあることがレスリングの「絶対的実力差」だと思います。これはもうどんな技を持っているとか駆け引きがどうとかいう問題ではなく、二足歩行を出来るか出来ないか、というくらいの違いといっても良いかもしれません。
このレスリング的な身体(レスリング的「体幹バランス」ともいえようか)はおそらく体の「裏側の筋肉」に支えられているように思います。具体的には首の後ろの筋肉、広背筋、僧帽筋、背筋、腰、ハムストリングスなどです。絶えず前傾姿勢なのですから当たり前ですね。レスリングの一流選手というのはみんな肩から背中にかけての異様な盛り上がり方をしていると言ってよいと思います。
大事な点は、こういう根っこの生えた人達の組み手というのは以外に「柔らかい」んですね。ガチガチに組んでくるようなことは全然ありません。なので知らない人は「この人弱いんじゃないか」なんて思ったりします。ところがこういう人は何をやっても崩れず、技をかけても全て切られてしまいます。殆ど笑いながら…。力を入れずに自信に満ちて組み手が出来る、これこそ本当の「レスリング力」を持っている人なのだと思います。

・ 日常的な、あるいは人間的なあまりに人間的な「直立」の姿勢に大きく反する、「不自然な低い前傾姿勢」。その「不自然さ」さえも、柔らかい強靱さに変えてしまう、レスリング的なエリート身体の有り様・・・・。
・ それは、なぜか人間(二足歩行)と動物(四足歩行)の<中間地点>を思わせる。
・ あるいは、人間(二足歩行)の側から、動物(四足歩行)の側の超人間的なバランスへと、ぎりぎり迫ろうとしているかのようにも見える。
・ 言い換えれば、動物(四足歩行)に戻れるならば、その方が戦闘能力は上がるはずのところで、しかしぎりぎり人間(二足歩行)に留まりながら、動物(四足歩行)的な身体能力を復活させようとしている。
・ これは、私が前(2010年4月28日(水))に書いた「古層へのアクセス」ということとも、呼応する。 
・ 「極端な前傾姿勢」と「尋常ではない裏側の筋肉による支え」、つまり「前と後」という対(つい)のイメージは、さらに、「折り畳み」と「反り」、「丸め込むこと」と「反り返ること」という「対(つい)」のイメージへも発展していく。
・ たとえば、頭と足が接近することの危険性や cradle(揺りかご状態)にするという攻め方は、前者に対応するだろう。後者の「反り返り」は、準備運動の身体的動き(ex.抜きやブリッジ)やタックルの姿勢や各種の技の中のあちこちに登場する「基本形」だと言っても過言ではないのでは?
・ さらに言えば、「内側へと丸まること」と「外側へと反り返ること」という「基本形」は、まだ「人間」には成りきれていない幼児や赤ちゃんにおいてこそ、もっともよく見られる動作形ではないだろうか。
【2010年8月30日記】

◎ 2010年8月30日(月)『談』No.88「リアルはどこで生まれるか」8月31日発売
雑誌『談』編集長によるBlogより

あれっ、私の肩書き三重に間違っている。

青山大学 → 青山学院大学
文学部 → 教育人間科学部
哲学科 → 心理学科

(追記)
早くも、編集長のブログに「チラシの誤植」訂正が出ていました。
佐藤編集長、ありがとうございます。

「青山大学文学部哲学科教授」という間違え方って、
実際にはないけど、ありそうな名称で、(昨日の「オープンキャンパス」の話ではないけど)「詐欺師的」な感じのする肩書きですね。
特集の「リアル」にかけて、わざとやっているかのようにも見えて面白い(^_^)v
【2010年8月30日記・追記】

◎ 2010年8月28日(土) 「オープンキャンパス」
・ 今日は一日、大学のオープンキャンパスの仕事。私の担当は心理学科の「個別相談」。
・ 高2か高3の娘とそのお母さんという2人組で相談に来るケースが、圧倒的に多い。
・ 私と話した後、何組かの娘と母親が「心理学って、思った以上に面白そうね」とお互いに言いながら教室を出て行く。その後ろ姿を見ながら、私はちょっと複雑な気持ちになる。
・ もちろん、心理学科所属の教員としては、そう思ってもらえるように説明しているわけだし、それが成功しているのだとは言える。
・ しかし、なんだか「八百屋」の私が、隣の「魚屋」の宣伝をしているようで、妙な感じである。
・ 素人の私の説明でも面白さが伝わるくらいに、心理学は圧倒的に面白い分野なのか、それとも私の説明が詐欺師的に上手wなのか・・・・。
・ いずれにしても、本職の哲学の方で似たようなことをやったとしても、こういう「母と娘の風景」には出会えないような気がする。
・ オープンキャンパスの終了後、学科の合同研究室で、遠藤先生差し入れの H醇Bagen-Dazs のアイスクリームをいただきながら、尋ねてきた卒業生の秋山君(東工大院生)と1時間ほどおしゃべり。
・ 秋山君は、明後日イタリアへ留学に発つ。前途有望な若者に幸あれ!
・ お喋り相手の妻が、友人のお母さん方との飲み会に出かけているので、夜は自宅で一人寂しくDVD観賞(新海誠監督の『秒速5センチメートル』)。
【2010年8月28日記】

◎ 2010年8月27日(金) 「博士論文審査」
・ 本日午後3時〜5時、東大(本郷)の哲学研究室にて、博士論文の審査(口頭試問)の副査を務める(主査は一ノ瀬正樹さん、もう一人の副査は野矢茂樹さん)。
・ 質疑応答の中身は、かなり突っ込んだものとなって興味深いものだったけれども、ここに書くのは控えておこう。
・ 哲学研究室に入ること自体がかなり久しぶりだし、「奥の間(教官室)」に足を踏み入れるのなんて、20年ぶりくらい(自分の修士論文の口頭試問のとき以来)か。
・ 哲学研究室には、歴代の哲学教授の写真が、(蔵前国技館の優勝力士の写真のようにw)飾られている。
・ 私の指導教官だった故・黒田亘先生の写真だけが、なぜか笑顔の写真である。その右隣は故・渡邊二郎先生、さらにその右隣は「空席」になっていて写真がない。
・ 故・坂部恵先生は、ここに写真を飾るのを拒否なさったとのこと。もう物理的にスペースもなさそうだし、この慣習も終息ということかな。
・ 口頭試問終了後は、博士論文提出者もいっしょに、4人で本郷三丁目のお店で夕食。
【2010年8月27日記】

◎ 2010年8月25日(水) 「スパーリング相手負傷」
・ 「めためたによれよれ」状態からは、筋肉痛は治ったけれども、二箇所(前に脱臼した右肘が再度痛くなっているのと左膝の打撲後の違和感)は治りきらないまま、夜のレスリング練習に参加。
・ 本日のレスリング練習は、人見・高田両コーチを入れて9名の参加。途中まで、見学者が1人(なぜか途中で帰ってしまった)。
・ ランニングの一環でやる「片足跳びランニング」(けんけんで走る)が、地味ながらきつくて、長い距離を走れない。
・ ジャンプ系の準備運動もきつい。相手が寝て足を閉じているところを左右ジャンプ、続けて相手が寝て足を開閉させるのに合わせて、こちらも足を閉開させながらジャンプ。どんどん失速していって、平均すると1秒2回のペースもクリアできていない。
・ 打ち込みと寝技のスパーリングの後に、「Two-on-one」(別名:Russian Tie)の集中練習。「Two-on-one」という名称は、相手の<片方>の腕を自分の<両方>の手でつかんで接触してホールドするからだろう。
・ ポイントとしては、(1)相手の手首を取って回すように返してホールド (2)相手にプレッシャーを与えながら二の腕を抱える (3)取った相手の腕を伸ばしつつ、自分の身体に密着させる (4)頭で相手にプレッシャーを与えつつ、引くよりもまず押すこと (5)その後の展開は色々あり(以下の動画参照)。

・ 自衛隊体育学校出身の高田コーチからは、取った相手の腕を単に伸ばすのではなくて、身体を密着させて横からの力を加えて、相手の肘横の筋を伸ばすように引くやり方を習う(この練習をやっているときに、さらに右肘を悪くするのではないかとヒヤヒヤだった)。
・ 今日のスパーリングで良かった点は、キムラさんとの立ち技のみのスパーリングで、タックルがまともに入ってポイントを取れたこと。崩しで相手の頭を下げさせておいて、戻る直前をねらって素早く突っ込んだのが、成功のポイントだったように思う。
・ 高校生のモリ君とのスパーリングでは、2度フォールを奪うが、その過程をあまりよく覚えていない。どちらのフォールも、タックルを切った後、相手を押し潰し気味にして、うつぶせになった相手の横に回って腕を取って表返した感じ。
・ その表返すときに、モリ君が「痛っ」と叫んで、いったんスパーリングを中断。脱臼ではないようだが、左肩を痛めた様子。それでもスパーリングを最後まで続けた後、モリ君はスポーツ会館内の整骨院へ行って、湿布をしてもらって戻ってきた。大事には至っていない様子で、よかった。
・ 私の方も、痛い箇所をより悪くすることはなく、なんとか練習を終えることができて、一安心。しかし、まだ痛いことに変わりはない。
・ ジムなどで一人でトレーニングする場合には、意図的にセーブしたり気をつけたりすることが可能だが、相手がいて激しく取っ組み合う場合には、そういうことは難しく、ある程度のケガはやむをえないところがある(やれやれ)。しかしそれでも、取っ組み合う快楽の方が優っていることもまた事実である。
【2010年8月26日記】

◎ 2010年8月21日(土) 「めためたによれよれ」
・ 夕方、土曜日クラスのレスリング練習(参加者8名)に参加するが、めためたによれよれになって、ふらつきながらようやく帰宅。
・ 帰宅後の夕食で、箸をあげるのにも腕が痛くてだるい。夕食後は、知らないうちに眠りに落ちてしまう(そういえば、帰宅途中の電車内でも、眠りこけて乗り過ごしそうになった)。
・ 左膝・左肋骨横・右肘・・・は打撲や摩擦でまたまた痣になっているし、全身が筋肉痛で覆われている。
・ これほどの疲労状態になったのは、2月に始めたとき以来の気がする。どうして今日はこんなに疲れるのだろう?
・ 水曜日の夜にレスリング練習、木曜日に霜さんと夜中まで7時間半のおしゃべり、金曜日にストレッチ・筋トレ・ランニングを合わせて2時間強やっているので、オーバーワークだったのかもしれない。
・ 特に、いつもよりも多くの時間をかけてやった寝技のドリルがきつかった。一人の相手と攻撃30秒・防御30秒を交代でやり、次にそれを相手を変えながら5セット繰り返していく。
・ しかも、防御側でポイントを取られた場合と、攻撃側でポイントを取れなかった場合を失点ポイントと数え、「罰ゲーム」として、「失点ポイント×腕立て伏せ10回」が課せられるという方式。
・ 恥ずかしいことに、私だけは完遂することができず、途中でリタイアして休ませてもらう。そんなのは私だけで、他の参加者はみんな、ヘトヘトになりながらもこなしていた。
・ 寝技のあとは、両足タックルの防御(切り)・片足タックルに入られた状態からの防御(脇に小手ざし/取られた足を相手の外側に移行/取られた足を後ろに蹴るようにして切る/相手の頭を押さえつけて下げる等々)・がぶりからバックへという3種類のドリルを、同様に相手を変えて繰り返していく練習。
・ がぶり(front headlock+sprawling)のやり方として、腕をクラッチするのではないやり方も習う。右手で相手の顎を捻り、右肩で相手の右肩を押し、左手で相手の右肘を強く引くという「3点方式」。私のように腕が短い者には、こちらの方がやりやすいかも。
・ スパーリング後は、座って休むのさえつらくて、大の字になっていた(これは、私だけではなかったが)。これも、初回の練習時以来かもしれない。
・ ほぼ一日経った今(22日)も、まだ全身の疲労と痛みはとれない。
【2010年8月22日記】

◎ 2010年8月21日(土) 「オンライン書店のbk1(ビーケーワン)では」
・ オンライン書店のbk1(ビーケーワン)では、もう永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の予約が始まっているようです。
・ まだ、再校が終わっていない段階なのですが、早いですね。
・ 値段もページ数も、ISBNもぜんぶついています。さらに、紹介文まで。

税込価格(予価): \2,310 (本体 : \2,200)
ページ数:378頁
ISBN : 978-4-06-216556-3
デカルトやウィトゲンシュタインに触発されつつ、永井均が独自に切り開いた「私」の哲学。他者、倫理といった今日的な課題に関わる大問題を徹底的に哲学する。
【2010年8月21日記】

◎ 2010年8月19日(木) 「7時間半のおしゃべり」
・ 久しぶりに霜さんと、夕方6時から午前1時半まで、「ムーミンパパ」と「うさぎ洞」で食事をしながら、おしゃべり(10時以降は妻も参加)。午前2時頃、RX-8で霜さんを自宅まで送る。
・ 霜さんもジムに通いトレーニングを続けていて、シェイプアップできていることが見た目にも分かる。予備校の夏期講習のせいで疲労困憊していてもおかしくない時期なのに、とても元気で体調がよさそう。
・ 二人が同じように身体を鍛えることに取り組んでいるのは、別に申し合わせたことではない。とはいえ、単なる偶然でもないだろう。50歳過ぎの身体が発する「声」に素直に耳を傾けた結果として、同様の行動が生じているのであろう。
・ そんなこともあって、今回のおしゃべりの半分は、トレーニングやスポーツの話。この1年ほどで、自分の身体感覚にどのような進歩・改善が生じたかという事例(ex.体幹バランスなど)が、ことごとく一致していて興味深い。
・ 霜さんだけでなく、現在の駿台の各科の看板講師たちの中には、私がかつて予備校で教えていた頃からの友人・知人が多い。私は予備校の外側から、しかし内側をよく知る者として、彼らのその後を20年近くを見つめてきたことになる。
・ そんな文脈の中で考えると、霜さんの「例外性」に改めて思い至る。
・ それは、20年30年の長期間にわたり人気講師であり続けるだけでなく(これ自体至難の業であるのだが)、「科」という組織を束ね率いる「管理職」としての才覚も開花させた、という点である。
・ 予備校で超人気講師となることができる「才能」と、組織を活性化し生かし人間関係を良きものにしていく「才覚」とは、かなりの度合いで「相容れない」ものであることが予想されるし、実際にそうである。
・ しかし、私のよく知る予備校講師たちの中では、霜さんだけが「例外的」であって、その両者を、しかもかなり高いレベルで実現している。
・ おそらく、昔から霜さんを知っている周囲の人たちからは、若き頃の「アウトサイダー」「不良」が、その後「優等生」「良きリーダー」へと変貌したのだと思われても仕方がないくらいに、霜さんの現在の「管理職的活躍・成功」は意外なものに映るだろう。
・ しかし、真相はそうではない(つまり、「変貌」ではない。むしろ「展開」「拡大」である)と私は考えていて、私なりの「解釈」をいくつか霜さんに提示した。
・ これは、一般化すると「権力論」「組織論」にもつながっていくような話で、今回のおしゃべりのもう半分は、こうした話であった。
【2010年8月20日記】

◎ 2010年8月18日(水) 「意外な接点」
・ 午後から人事関係の会議。RX-8で大学に行くのは久しぶり(ふだんは大学の駐車場が一杯だけれど、夏休み中だから空いているだろうと思って)。
・ 夜はレスリング練習。本日の参加者は、コーチを入れて7名。
・ Tシャツの下に、シングレットを着て練習してみる。ピッタリと体全体が締め付けられるような感じで、たしかに慣れる必要がありそう。
・ マットの除菌をするためのモップが壊れていたので、ウオーミング‐アップとして、みんなで順番に「雑巾掛け」。「雑巾掛け」の動きは、他の四つんばい型の運動に通じるものがある。
・ いつものイラン体操の後に、足を揃えて前後ジャンプ・左右ジャンプを反復し続ける運動が追加される。「前後」「前後」・・・・「左右」・・・・「前後」「左右」・・・・とずっと言い続けながらやっているコーチが一番大変そう。
・ このところ感じられることの一つとして、体幹バランスの改善がある。マット運動でもスパーリング中でも、すべての動きにおいて、始めた頃よりも「ゆれ」「ふらつき」「くずれ」等が減っている感じがする。
・ 打ち込みのときに、シノハラさん相手に、あることを試してみる。それは・・・・。
・ 私とケンカ四つの左構えであるシノハラさんの左足を片足タックルで取りに行こうとすると、前回のスパーリングで防御されて潰されてしまうことが多かったので、それをフェイントにして左足を引かせておいて、逆の右足へ片足タックルへ行くという動作。打ち込みではあるが、シノハラさんは、右足への攻撃の方が弱くて、なかなか効果的であることが分かった。
・ 打ち込みの後は、「崩し」の練習を集中的にやる。ロックアップ (lockup)状態から、左手甲で相手の上腕三頭筋あたりを押し上げつつ、同時に相手の頭を斜め下方向に引くことによって崩して、相手の脇をくぐるようにして体勢を換える動作を習う。
・ 本日のスパーリング後に注意された事項は、がぶり状態からバックへ回るときのやり方。私は、がぶり状態で相手の顎に右手をかけたまま、すばやく右回りでバックへ回ろうとしていたが、それだと右腕を取られて回されてしまう危険が大。
・ 改善(1): 急いでバックへ回るのではなく、しっかりと頭を相手の横に付け、さらに左手で相手の右足を取ったりしながら、着実にバックに回る。
・ 改善(2): がぶり状態の右手を外して、相手の右肩・右腕の方に移動させてから、バックに回る。
・ 改善(3): がぶり状態で相手へ右回りさせる力をかけながら、自分は左回りでバックに回ろうとするというのは、どうだろう?
・ 今泉さんの話では、日本人は寝技での防御が淡泊な傾向があるとのこと。海外の選手と対戦することで、しつこくいやらしく防御することの必要性を感じることが多いらしい。
・ 私もその点で、日本人的である。最初の頃、三度にわたって肋骨を負傷したせいもあって、ローリングに持って行かれようとすると、頑張らずに諦めてしまいがちである。
・ ロッカールームで、高校生のモリ君と話したときに、意外な接点が見つかる。
・ 私が1995年9月〜1996年8月の一年間、スタンフォード大学の客員研究員として、家族5人で Palo Alto に滞在していたのに対して、モリ君は、お父さんのシリコンバレーでの仕事で1996年から10年間、(Palo Altoの隣町の)Menlo Park に住んでいたという。Menlo Park は、私が当時お世話になった Hegg さん宅もあり、何度も訪れている。あの辺は、ほんとうに素晴らしいところだよねぇ〜と二人で意気投合。
・ 帰りがけに、総合格闘技のコーチの安藤さんといっしょになったので、駅までの道をおしゃべり。柔道では、何年かに一度あの古賀稔彦選手のように、中量級ながら無差別級でも通用する選手がでる(古賀選手は、1990年に体重無差別の全日本選手権で決勝まで進み二位)ことなどからも分かるように、大きい選手に対応するために柔道技も研究してみるといいですよ、というアドバイスを受ける。
・ スパーリング中に、左耳下から首の左半分を引っかかれたせいで、けっこう長く太めの傷になっている。まるで殺傷沙汰でもあったか、あるいは縊死に失敗してロープ跡が残っているかのようになっている。帰りの電車の中で、前にいた人に傷をジロジロ見られた。
【2010年8月19日記】

◎ 2010年8月13日(金) 「準備運動の画像3枚」
・ 今泉さんから、水曜日のレスリング練習時に撮影した準備運動の最中の画像と、高校生のモリ君とのスパーリングの動画をいただく。
・ 以下、1枚目がストレッチ中、2枚目がスクワット中、3枚目はマット運動で、「抜き」という胸を張り反り返った状態で後転する運動中。
・ 最近、私も「抜き」が何とかできるようになっている。
  

・ 動画の方に関しては、以下のような感じ。
・ バックを取られて、回されて、いいところなし。最後に返して上になるシーンもあるが、そこまで。
・ 動画は途中から始まってしまっているから、分かりにくいのですが、最初にちょっと映っているシーンは、「「がぶり返し」を試してみたのだが、ロックがしっかりしていなくて汗で滑って、自分だけが回ってしまって、墓穴を掘る」と先日日記で書いたシーン。
・ スパーリングの最中には、一部しか聞こえていないけれど、周りから飛ぶアドバイスの声が有益であることが、改めて分かる。
・ アメリカンスクールの高校生が何人も参加していたので、時々英語のかけ声が入る。
【2010年8月13日記】

◎ 2010年8月11日(水) 「シングレット購入」
・ 夜のレスリング練習時に、e-wrestleより購入のシングレット(レスリングの試合着)を、今泉さんに持ってきていただく。
・ 以下の画像が購入した「アディダス・レスポンス02(後期モデル)」。
 
・ まだ試合に出るわけではないので必要ないといえばないのだけれど、土曜日の練習時に人見コーチから、「これから先出るつもりがあるならシングレットを身につけて練習して、慣れておいた方がいいです」と言われたので、購入に踏み切る。
・ レスリングの試合着は、風評のとおり、あまり格好いいものとは言えないし(とはいえ昔よりは改善されているようだが)、様(さま)になるのが難しいユニフォームである。
・ 帰宅後試着して鏡を見ながら、「一線を越えて、「あちらの世界」にもう一歩足を踏み入れてしまったようだ・・・・」と思う。
・ 本日のレスリング練習は、12名と多くて、地下マット場が狭い。
・ アメリカンスクールに通う高校生たちが何人もいっしょに参加していたので、ときどき英語が交じるちょっとだけインターナショナルな雰囲気。
・ アメリカンスクールの卒業生によると、「打ち込み」は、"shot"に相当するらしいが、ずいぶんと違う概念のような気がしてならない。
・ このところのスパーリングで、バックに回られた後の対処がまずいことが、露呈している。すぐに腹ばいになって防御すべきところで、四つんばいから反撃をしようとして、墓穴を掘っている。
・ 今日のスパーリングの中で、「がぶり返し」を試してみたのだが、ロックがしっかりしていなくて汗で滑って、自分だけが回ってしまって、墓穴を掘る。
・ 寝技の練習時に、以前人見コーチからかけられた、ふわっと浮くように表返される技について、質問する。
・ 腹ばいになっている相手の右足首をリフトアップしつつ、さらに相手の左手を引き寄せながら、自分の左足先端で相手の大腿部あたりを押し出すようにすると、力を使わずに相手が表返る。
・ 特に名前がないらしいので、とりあえず「藁にもすがる返し」とその場で命名。
・ このところあまりなかったのに、帰宅後全身(時に上半身全体)が痛くなっていて、寝返りを打つのにも痛い。
【2010年8月12日記】

◎ 2010年8月11日(水) 「「打ち込み」という概念2」
・ 雑誌『談』に掲載予定のインタビュー原稿の修正加筆を終わり、佐藤真編集長に送信。
・ 結局、原稿用紙で50枚ほどのインタビュー原稿となる。佐藤編集長の話では、このインタビューが掲載される『談』No.88の発行は、8月30日(月)予定。

・ レスリング指導者の今泉朝雄さんが、ご自身のブログで「打ち込み」という概念について、(2010年8月5日(木)に書いた私の疑問を引き受けて)検討を加えてくれています。
・ 特に、柔道の「打ち込み」概念と比較して、レスリングの「打ち込み」概念がそれとどのように違うのかが、分かりやすく説明されていて、私のように「体でやる」場面でさえも「概念的なこと」が気になる人間にとっては、参考になります。
・ 以下、引用です。
 まず、レスリングでは柔道のような同じ動作の反復を徹底して行うことがあまりありません。やるのは始めのアップ代わりの打ち込みのとき、初心者の人が技のかたちを覚えるとき、上級者が入るスピードを付けるときくらいでしょうか。レスリングはタックルが主になるのでそもそも反復がしにくいという技術的な理由もあると思いますが、それよりも動きの中でかける練習を重視するから反復練習が少ないといえます。私も柔道から来たすぐの頃は柔道的に反復の打ち込みをしていました。しかし少しずつ技を覚えてくると指導者の人から「動きながらかけろっ」といわれるようになります。相手もそれなりにスパーリングに近い感じで動き出し、そこに崩しを入れてかけるということが行われるようになります。
 そして練習が進んでいくと受け手の「受けの手加減」のレベルで練習方法を変化させていきます。殆ど防御せずに入らせるとか、動きさえも止めて入る形だけを研究するとか、逆に受けを強くするとか、です。さらにどんどん実践的になっていくと相手も殆ど受けなくなってきます。それどころか崩してきたりタックルも仕掛けてきたりします。こうなると殆どスパーリングなんですね。ですから、打ち込みといいながら気が付いたらスパーリングだった、ということは当たり前のように起こるのです。
 興味深いのは、そういう手加減のレベルというのもお互い「あうんの呼吸」で決めていることです。一方がわりと軽めに受けているのに、相手がガチンコで攻めることは殆どありません。たまにその辺の呼吸が分からずガンガン来る人もいますが。
こういう実践を前提とした一連の連続的な技術練習の流れを全体として「打ち込み」と称してしまっているのです。これがレスリング的「打ち込み」の不鮮明さだと私は考えております。
・ 私も感じていたとおり、レスリングの「打ち込み」概念は、大きな幅を持っていることが、今泉さんの解説でよく分かります。

・ ただ、概念として「不鮮明」であることは、この場合必ずしも悪いことばかりではなくて、その融通無碍さによって、ある重要なことが伝えられている可能性はあると思います。
・ つまり、今泉さんもふれている「あうんの呼吸」や「レベルに応じての変化」や「連続的な流れ」などの、概念で区切りにくいものをぜんぶ飲み込んで、その概念の「曖昧さ」によって、レスリング行為の「ふところの深さ」や「幅の大きさ」という重要なことが伝えられている、という可能性です。
・ これは、あくまで日本語の「打ち込み」という概念の特徴にすぎないのかもしれません。英語名称では一括りにせずに、「英語ではそれなりに練習方法で名称は分かれているらしい」ので。
・ ところで、最近やった技の名称で、英語と日本語の違いが興味深かったものをメモ。
 「飛行機投げ」 → "Fireman's carry" / 「アンクル・ホールド」 → "Cross-Ankle Turn" / 「がぶり返し」 → "gator role" or "cement mixer" (gator は alligator か? ) / 「脇くぐり」 → "Duck under"
・ ワニやアヒルが登場するのも面白い。準備運動の中にも、「ワニ歩き」や「アヒル歩き」があるし。
【2010年8月11日記】

◎ 2010年8月7日(土) 「今週はもう一日レスリング練習」
・ 午前・午後と、汗をかきながら、雑誌『談』に掲載予定のインタビュー原稿の修正加筆。1/3程度まで終わる。

・ 夕方から、土曜日クラスのレスリング練習に参加。土曜日クラスは初めてだが(ふだんの土曜日は午後6時まで授業があるので)、担当コーチは水曜日と同じ人見コーチ。
・ 水曜日は地下マット場なので、3Fの大きなマット場で練習するのは、日曜日クラスに参加していた最初の頃以来で、久しぶり。
・ 本日は7名の参加で、私がすでに会っている方は3名。
・ 準備運動の中で、これまでやったことがなかった二つとして、(1)片足でジャンプしながら斜め前に大きく踏み出し、もう一方の足でバランスよく着地して、それを交互に繰り返して前進していく運動(動きの中でバランスをとるのが難しいが、たしかにレスリング向きの準備運動という感じがする)。(2)二人組みになって、一方の人が繰り返す「左右の移動+突然のバービー」という動きを、他方が鏡像のように真似ていく運動(もちろん、真似る側の方が大変)。
・ スポーツ会館でサンボをやっていて、レスリングも習うことで強味にしたいという方と、両足タックル・片足タックル・ハイクラッチの打ち込み練習と寝技練習を、人見コーチに指導してもらいながらやる。
・ 人見コーチとのスパーリングの最中に、私の右ふくらはぎが痙って「痛てててて」となってしまい、急きょスパーリングがマッサージへと変わる(手のかかる初心者)。
・ 夏場の練習では、2時間でTシャツを4枚取り替えるほど、汗びっしょりになる。
・ 練習終了後、(次の夜の時間帯がサンボのクラスなので)サンボコーチの大久保さん(アキレス腱固めの達人として有名)も交じって、しばらくトレーニング談義。
・ その中で、大久保さんが紹介していたトレーニング(味の素ナショナルトレーニングセンターでやっていたというもの)が興味深いもので、それを人見コーチにやらせていた。
・ そのトレーニングは、後ろに進む「うさぎ跳び」と、左右に進む「うさぎ跳び」。かなりきつそう。人見コーチが、水曜クラスに取り入れてみようか・・・・と(爽やかに微笑みつつ)言っていたので、恐怖.... )゜O゜( ヒィィ。
・ ロッカールームで、高校生のモリ君に「週何回やっているの?」と聞いたところ、水・金・土をスポーツ会館で、日は別のところで練習しているので、週4回という答。こんな過酷な練習をそんなペースでできるというのは、やはり、高校生は凄い。
・ 帰宅後、コーチの今泉さんから、8月4日(水)のシノハラさんとのスパーリングの動画ファイルが届く。
・ 私もシノハラさんも共に決め手に欠くのと、最後の方は疲れて動きが鈍くなってきているのが、50歳初心者対決という感じのする動画であった。
【2010年8月8日記】

◎ 2010年8月6日(金) 「久しぶりに駿台講師たちについて語る」
・ 久しぶりに、研究社編集部の佐藤陽二さんとお会いして話しをする。
・ 大学正門前で待ち合わせて、南青山の「ありそ亭」で昼食をとりながら、その後は「カフェ・レジュ」で珈琲を飲みながら、(私たちの共通の知り合いである)駿台英語科講師たちについての話を中心に、私たち自身の近況などについてもお喋りをする。
・ 佐藤陽二さんは、故・伊藤和夫先生がもっとも信頼していた担当編集者の一人であり、その後も大手予備校の多くの英語科講師を担当することで、予備校業界(特にその英語科)の推移を観察してきた「生き証人」であり、そのフィールドを深く考察できる「評論家」でもある。そして、私は、予備校で教えることからは遠ざかっているとはいえ、佐藤さんの鋭い観察や考察に対して、高い水準で応答することのできる数少ない聴き手の一人である。
・ 駿台の変容や、かつての駿台超人気講師だった"あの人"の「今」についてや、現役駿台講師の参考書についての論評や、エミール「前史」に当たること等々(ここには具体的には書けない話ばかり)、そういう私たち二人の間でしかできない話をして、猛暑の午後のひとときを楽しく過ごした。

・ ようやく本日、雑誌『談』に掲載予定のインタビュー原稿が届いた。これから一週間以内に校正をしなくてはいけない。原稿用紙で言うと、45枚程度か。
【2010年8月6日記】

◎ 2010年8月5日(木) 「「打ち込み」という概念」
・ 友人から、レスリングの練習メモに出てくる「打ち込み」って何?と聞かれた。
・ そういえば、私自身も、本当のところはよく分かっていない気がする。
・ というのも、「打ち込み」という概念の「幅」が、とても広く感じるからである。
・ つまり、「スパーリング(Sparring)」(実戦形式の模擬戦)にかなり接近したハードな「打ち込み」もあれば、ゆっくりとワンステップごとに「技」を確認しつつやるようなソフトな「打ち込み」もあって、まるで、暴力革命による即時体制転覆を説く者と、議会制民主主義による漸次的移行を説く者とを、一つのワード(「左翼」)で括るような感じである。
・ しかしそれでも、その広い「幅」の中には、ある共通性が貫いているのも確かである。
・ それは、攻撃側と防御側という役割を、申し合わせで固定しておいて、一方が技をかける練習を行い、もう一方は、基本的にはその技を受ける(防御を試みて外すこともある。その攻防がハードになっていくとスパーリングに接近して行く)。
・ しかも、基本的には一つの技を仕掛けて、ポイントを奪える状態まで持って行く。そこまでを「一区切り」として、次に攻撃側と防御側の役割を交代する(あるいは、時間を決めておいて、一方の役割を反復する)。
・ つまり、複相としての(或いは流動体としての)実戦行為の中から、単相のみを切り出して、反復練習する場が「打ち込み」である。
・ この「役割固定」や「単相」という点が、実戦に近い形で戦うスパーリングとの境目であろう。また、申し合わせ的ではあっても「技を実際に使ってみる」という点が、技のかけ方を研究・考察する場面(通称「技研(わざけん)」?)との境目であろう。
・ ところで、このような広い概念としての「打ち込み」は英語で何というのだろう?
【2010年8月6日記】

◎ 2010年8月4日(水) 「レスリング練習のメモ」
・ 30歳くらいのラグビーをやっている方が、体験で参加していたが、タックルの突進力がすごい。本日は、人見コーチをいれて8人での練習。
・ これまで不覚にも気づかずにいたのだが、私のレスリングシューズには、ちゃんと「紐どめ」がついていたことが分かった。レスリングの試合では、シューズの紐が解けると「1点減点」になるので、試合では「紐どめ」をしないといけないことになっている。
・ 今日は、打ち込みもスパーリングも、同年配・同期のシノハラさん(49歳)とやる。聞いてみたところ、やはりシノハラさんは、私より体重で10圓曚鼻⊃板垢韮隠悪兌綢腓い。スパーリングで疲れてくると、この体重差が効いてくる感じがする。
・ 50歳前後という「高齢」かつ初心者は、シノハラさんと私の二人だけで、汗のかき方やへたばり方が似ている。途中で何度もいっしょに休んで雑談。
・ シノハラさんとのスパーリングは、今泉コーチのデジカメで動画撮影してもらって、後で再生しながら、人見コーチから悪い点を指摘してもらう。1)「崩し」をしないままにタックルに入ろうとしている点。 2)片足をとることに成功したのに、その後すぐに攻めきれず、バックに回られてしまっている点。
・ シノハラさんとのスパーリングの動画は、今泉さんからいただけるようなので、また何度も再生してチェックしてみたいと思う。
・ 本日は、ドリルとして、両足タックルを切る動作の反復練習(Shoot Sprawl drills)、顔を内側に向けた片足タックルの攻撃側と防御側の反復練習、顔を外側に向けた片足タックルの反復練習をやる。
・ 顔を内側に向けた片足タックルでは、取った相手の足を両足で挟みつけることの有効性や、片足から両足タックルに移行する流れを、体感できた。
・ 顔を外側に向けた片足タックルでは、片足をとった両腕を、足首の方にスライドさせるようにしつつ、かつ自分の外側の足を引きつつ、相手を引き倒す。そのとき、倒される側は、引き回されるような感じがする。倒される側の軌跡は、円弧を描くような感じである。
・ 寝技練習では、ローリング(ガッツレンチ)、アンクル・クロス・ホールド、股裂きの復習。
・ 高校1年生のモリ君は、週単位で強くなっているように見えるし、肩・胸あたりにきれいに筋肉がついてきていて、かっこいいレスラー体形へと向けて歩みつつある。やはり、高校生は素晴らしい。
【2010年8月5日記」

◎ 2010年8月4日(水) 「雑誌『談』No.88(2010年)インタビュー・ポートレイト」
・ 雑誌『談』No.88(2010年)インタビュー・ポートレイト用の写真を7枚、Profileにアップしました。このうちの一枚が、雑誌で使用されます。
・ インタビュー記事の原稿直しは、まだこれからなので、『談』No.88の発売は、(当初は8月末という予定だったけれど)9月なのではないでしょうか。
【2010年8月4日記】

◎ 2010年8月3日(火) 「まだ夏休みにならない」
・ 先週の火曜日から本日の夜まで、前期定期試験の監督が続く。試験の採点も残っているので、まだ夏休みは始まらない。よって、まだ本の執筆も始められない。
・ その合間をぬって、7月31日(土)は、変則的に「飲み」なしのカフェ・レジュでの「夜哲の会」(写真参照)。
・ 8月2日(月)は、朝日カルチャーセンター「哲学の読書会」。終了後の樹林での「お茶会」では、受講者の中に、同業者(大学教員、ただし他分野)がいることが分かって、少し驚く。

【2010年8月3日記】

◎ 2010年7月29日(水) 「前期最後の教授会とレスリング練習」
・ 午後から会議が4種類。学科の会議の方は、夏休み中も開かれる可能性があるが、学部教授会と研究科教授会は、今日が前期の最終回。
・ 同僚の薬師神玲子先生の「薬」は、ほんとうは(戸籍名では)「藥」という旧字体であることを初めて知る。でも、特に求められない限りは、ご自身でも「薬」の方を使うそうだ。

・ 夜のレスリング練習は、「体験」の人(といっても、柔道をやっていたりで、ごつい感じの人たち)が、2人(3人?)参加して、全部で10名。
・ 同年配(49歳)のシノハラさんも来ていたので、久しぶりにスパーリングで対戦。ほぼ同時期に始めているが、私が少しだけ先輩で一日の長があるせいか、フォールまで持っていくことができた。しかし、体重が私より10圓曚表鼎い呂困如潰されそうになる。
・ シノハラさんとのスパーリングについて、人見コーチより後でアドバイスをいただいたのは、「相手のバックに回った後、相手が四つんばい状態なんだから、すぐにローリングに持っていった方がいい」という点。
・ どうも、「一拍おいてしまって、すぐに次の攻めが出ない」という悪い点が、これまでも何度かあった気がする。疲れてスタミナが無くなってくるせいもあるのだが、優位な体勢になっただけで、ちょっと安心してしまうという悪い癖も関係している気がする。
・ 技の練習では、相手が片足タックルにきたところをレッグロックでひっくり返すやり方を習う。その他、ローリング・アンクルホールド・股裂き、そして飛行機投げを復習する。
・ 脱臼後の右肘は、練習前は、もう痛みはなくなっていたので完治したと思っていたが、結局練習を終えてみると、また痛くなっている。マットに何度も擦れることによって、痛くなったようだ。
・ 本日は、関さんにも今泉さんにも会えず、残念。
【2010年7月29日記】

◎ 2010年7月25日(日) 「伊佐敷本の合評会」
・ 午前中の仕事で、久しぶりに大島保彦氏と会って、仕事のあいまに色々と雑談(霜栄氏とはすれ違いで会えず残念)。
・ 午後2時から6時まで、学士会館において、著者本人にも宮崎から来ていただいて、伊佐敷隆弘著『時間様相の形而上学 現在・過去・未来とは何か』(勁草書房)の合評会を行う。
・ 植村恒一郎氏と壁谷彰慶氏がレジュメを作成しての代表質問者で、私が形式的に司会をつとめる。いつものcogito研究会とは出席者が違って(本の性格上か?)、いちばん活躍していた塩谷賢氏の他、永井均氏・青山拓央氏・伊佐敷氏の教え子・担当編集者の土井美智子さんが出席。
・ 種々の質問を貫いて、タイトルに含まれる「形而上学」の意味合いが問題になり続けていたように思う。
・ 意味論と存在論のあいだの「幅」の中で揺れ動くかのように見える伊佐敷氏の立論について(特に「物個体」に即して)、私自身も質問をする。また、伊佐敷氏独特の抑制された考察から溢れ出してしまう箇所として、「瞬間」「時間経過」「現実性」の部分について、私の関心からの指摘をさせてもらう。
・ 合評会終了後は、いつもの中華料理店で夕食。その後、伊佐敷氏・伊佐敷氏の教え子・永井氏・塩谷氏・壁谷氏と私の6人で、山の上ホテルのロービーで珈琲を飲みながら、哲学談義。
・ 中華料理店のトイレで手を洗ったときに、左手薬指の指輪が落ちて、カチーンという音がする。指まで脂肪が落ちて細くなるのかなぁ。
・ 私のレスリング練習(スパーリング)の動画を見てもらった後の、塩谷賢氏のコメントが面白かった。
・ 一つは、(レスリング体験によって、かつては不連続性を強調して論じたアマチュアレスリングとプロレスの間に、連続性の通路が見えた気がする、という私のことばに対して)「それは、哲学から神学への通路になるかもしれない」という塩谷氏のコメント。
・ もう一つは、(二つの肉体の密着度が他の格闘技より強いせいもあってか、別個の独立の身体の攻防というよりも、共同身体というような第3のものが生じて、そこにやり取りが生じているかのように感じる、という私のことばに対して)「相手に身体をあずけつつバランス・優位を保つような共存が、柔道などとずいぶん違うように感じる。戦士的共同」という塩谷氏のコメント。
【2010年7月26日記】

◎ 2010年7月21日(水) 「二週間ぶりの練習」
・ 右肘脱臼後の痛みが完治していないけれども、レスリングの練習に参加。本日はなんと13名。
・ 人見コーチから、7月7日(水)のモリ君との2分間のスパーリングの動画ファイルをいただく。いい記念になる。帰宅後繰り返し再生してみたが、結局、どこで肘を痛めたのかは、(推測はできるが)よく分からない。
・ 準備運動中に、嬉しい発見あり。ランニング中にジャンプをする運動において、これまで届かなかった天井の低く張り出した部分(写真参照)に、今日は指の先で触れることができた。ジャンプ力というのも、50歳過ぎても回復可能なのだなぁ。
・ 打ち込みの最中に、だんだん右肘の痛みが増してきたので、その後のスパーリングは、見学にする。本日は、凄い人どうしの対戦もいくつかあって、見ているだけでも面白くて興奮した。
・ かなり強い人と打ち込みをやったときに、がぶり気味に首を極められて、すくい投げ風に何度も転がされる。そのため、首が痛くなる。後で、どう対処すればよかったのか尋ねてみたところ、脇を締める点・顔を上げておく点を指摘される。
・ 寝技では、「股裂き」を練習する。笹原正三先生よりの直伝「股裂き」を得意とするオノデラさん(通称・大巨人さん)から、手ほどきを受ける。
・ オノデラ流の「股裂き」では、右足を深く入れず、踝くらいまでの浅さでも隙間を作らなければOKという点、前反りで倒れ込むようにした後さらに、回転(ひねり)を入れることで相手の苦痛を大きくするという点、これら二点を教えていただく。
・ 久しぶりに同年配の関さんとも会えて、雑談も楽しい。以下の写真は、また関さんからのいただきもの。
・ スポーツ会館の総合格闘技クラス“SKアブソリュート”のコーチである安藤喜友さんと、(今泉さんのブログのコメント上ではお話していたが)初めてお会いしてお話しする。
・ これまでの私の友人・知人関係の中にはいなかったタイプの人(格闘家)と、このところ出会うことが多くなっていて、これもまた楽しみの一つである。

高校生のモリ君と打ち込み(ヤーガードをつけているのが私)

「股裂き」練習の時間

オノデラさんと「股裂き」の練習1

オノデラさんと「股裂き」の練習2
【2010年7月22日記】

◎ 2010年7月19日(月) 「今年の夏」
・ 今日から、朝日カルチャーセンター(新宿)の2010年7月期「哲学の読書会―『転校生とブラック・ジャック』を読む」が、始まる。担当の神宮司英子さんからの連絡では、今のところ受講者は20名ほど→30名弱。
・ 読書会形式でやるためには、これ以上人数は増えない方が好ましい。かといって、受講者が少なすぎると、講座として成立しない。その中間の適切な人数でこれまで続いてきたのは、なんとも幸運であったが、今後はどうなるか・・・・。
・ 大学の授業は明日で終わるが、これから試験と採点が8月初旬まで続く。しかも、9月の第3週には後期の授業が始まってしまうので、以前のように、本を執筆する時間を十分にとることができない。
・ それでも、共著『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の方は、初校のゲラ直しも終わりに近づいたので、『運命論の透明化(仮称)』(講談社メチエ)の原稿執筆をリスタートしないといけない。二つの本の執筆を平行してできないので、こちらの執筆はずっと停止状態だった。
・ 本の執筆の他に、この夏にやるべき仕事としては、雑誌『談』のインタビュー記事原稿の校正、研究会・本の合評会、オープンキャンパスの仕事、博士論文の審査、・・・・等々。
・ できれば、その合間を縫って、レスリング練習に参加できる日を、ふだんより増やせるといいのだけれど。
・ デビュー50周年記念企画『アントニオ猪木全記録 (大型本)』(オープンハウス )を注文。届くのが楽しみ。

【2010年7月19日記】

◎ 2010年7月14日(水) 「我慢して欠席」
・ 本日は午後から、会議が3つ。
・ 先週脱臼した右肘内側の痛みがまだとれない。曲げ伸ばしは痛くないのだが、表面を触るとまだ痛いし、腕を揺らすと痛みと違和感がある。
・ 悪化させて長期出られなくなることは避けたいので、ここは我慢して(T_T)、本日の夜のレスリング練習を欠席することに決める。
・ 最初はスパーリングだけ見学にしようとも思ったが、打ち込みでも何でもやっているうちに熱くなって、痛いのを忘れてやりすぎてしまい、帰宅後さらに痛めているのに気づくということもあったことを思い出して、自重する。
・ その代わり、夜はジムに行って補強運動をしてこようと思う。
【2010年7月14日記】

◎ 2010年7月10日(土) 「ゴムの伸び縮み」
・ レスリング指導者の今泉朝雄さんが、ご自身のブログ「レスリング技術の考え方」の2010-07-09で、私の2010年3月21日身辺雑記(メモ)内のレスリング考に言及してくれています。
・ 今泉さんは、私が使用した「ゴムの伸び縮みの比喩」と「コミュニケーションという視点」を取り上げてくれて、考察を加えています。
・ 「ゴムの伸び縮み」のイメージは、レスラーどうしの<関係性>や両者が作り出す<場>の比喩として使ったわけですが、さらに付け加えると、レスリングの場合には、単体としての肉体の動きの特徴もまた、かなり「ゴム的」であると思う。
・ 素早く低い体勢になったり、潜り込んで侵入したり、そうかと思うと急に反り返ったり、位置を変えたり回転したり、ある部分を伸ばしたり引き寄せたり・・・。まるで、ゴム状の運動体がその大きさや形状を変えつつ、ある最適状態へと向けて変化と適応を繰り返しているかのようにも見える。(特にレスリングの試合の動画をたくさん見た後には、そのような「残像」が残る気がする)。
・ 「コミュニケーションという視点」に関して、今泉さんは、次のように書いている。
 また、闘っているにもかかわらず、相手を怪我をさせないように気遣ったり、打ち込みに近いスパーリングの時に巧く相手に合わせながら組み手を展開させていったり、結構自分勝手なことをしないでお互いが「良いレスリング」を出来るように無意識レベルで努力したりしているんですね。中には、先輩に対してはこういうレスリングはしてはいけない、なんていうこともあるでしょう。あまりに自分勝手なレスリングをする人が練習を嫌がられたりすることもあります。
 だから、スパーリングをしても、何か凄くお互いの動きがスイングしてやりたいレスリングが出来ているという状況が起こる、いわばお互いのレスリングが共鳴しているかのような不思議な状況が起こることがたまにあります。プロレスでもないのにです。そういう時というのは勝ち負けに関係なく「今日はレスリングをやったなあ」なんて感じになります。

・ ここには、重要な指摘が含まれていると思う。それは、コミュニケーションが、「二者のあいだの水平的なやりとり関係」のように見えながら、実は「第三項を経由しつつ行われる垂直的な共同作業」だという点である。
・ この場面では、「第三項」の位置には、「良いレスリング」という「理念的な何か」が来ていて、それが無意識のレベルで作動していることが「垂直的な共同作業」に当たる。二人のコミュニケーションであっても、二人だけでは完結しないのである。そこには、二人以外の何ものかが、目に見えない形で立ち会っている。今泉さんは、「(・・・)単に相手を倒すだけではない別の何らかのやり取りが存在しているようにも思います」とも書いている。
・ そして、コミュニケーションを「二者の意思疎通」としてでなく、「三者共同の創造作業」としてみると、レスリングとプロレスの強い連続性の一つが、浮かび上がってくる気がする。
【2010年7月10日記】

◎ 2010年7月7日(水) 「いい調子、のち、また負傷」
・ 本日のレスリング(7名)では、「飛行機投げ」の練習をする。技の英語名は "Fireman's Carry"。消防士が肩に救助人を担ぐような格好に由来する名前。
・ そういえば、Fisherman's Suplex"という名前もあるように、欧米は「ヒト・タイプ」の命名なのに対して、日本では「原爆固め」のような「非ヒト・タイプ」の命名になる傾向があるのだろうか?
・ 「飛行機投げ」を習いながら、とても興味深かったのが、以下の二点。
・ (1)複数の技への「枝分かれ」「分岐」という視点。途中までがまったく同じ入り方で、相手の状況に応じて、「ハイクラッチ」に進むか、「飛行機投げ」へと進むか、あるいは横に回り込むか・・・・という異なる方向が複数可能である。他の分岐線へと移行する可能性を胚胎していた技としての「飛行機投げ」(あるいはハイクラッチ等々)という見方は、とても面白いと思った。おそらく、このような「分岐線」が、ネットワークのように、諸々の技のあいだを無数に走っているのだろう。
・ (2)人見コーチの得意とする「カマキリ型」の手の引っかけ方。レスリングでは、よく手の小指と薬指を使って引っかけることが強調される。それをさらに、「飛行機投げ」で肘を上げずに・脇を締めるようにして、内側からの組み手でやろうとすると、たしかに相手の上腕にかける手は、「カマキリ型」になる。この手首の返し方や引っかけ方や引き方は、一朝一夕には身につきそうもないが、細かい部分にも拘る日本人らしい発想という気もする。(以下にはり付ける動画では、つかみ方は「カマキリ型」ではない。)
・ 膝をつけずに両手両足で踏ん張った相手を、三点がマットに着いた状態へと崩す技を何種類か、人見コーチと自衛隊体育学校出身のタカダさんから教わる。
・ (1)右足で相手の左足をロックして、頭を相手の脇あたりを押しつけつつ、そこを支点にして、相手の左手を引いて潰す方式。
・ (2)「股さき」に入って、相手の左手を内側から引いて潰して、フォールへと移行する方式。
・ (3)そのまま踏ん張るならば、腰から持ち上げてひっくり返すことが可能になり、それを避けようとすれば相手は膝をマットにつかざるを得ないという「ディレンマ状態」を作り出す方式。
・ (4)交尾的な態勢から、相手に対して前へ力をかけると、反作用で相手は後ろへ力を返すので、それを利用して後ろへ引き倒す方式。
・ (1)と(2)が堅実な方式であるが、考え方として興味深いと思ったのが(3)と(4)。そこに含まれる「駆け引き」「力のやりとり」が、コミュニケーションの原形のようである。
・ 本日は、「動画 day」でもあった。練習開始前に、今泉さんから、7月3日・4日に山形で行われた全日本社会人選手権のマスターズ部門(35歳以上40歳以下・66垉蕁砲韮屋未砲覆辰燭桓身の試合を2試合、録画したビデオで見せていただく。また、人見コーチがビデオを持ってきていて、初心者の私・同年配のシノハラさん・高校1年生のモリくんのスパーリングを録画して、見せてくれる。こういう「座学」も、いい練習だと思う。
・ 自分のスパーリングの動画を見た感想は、「まずいところは諸点あるけれども、基本的にはよく動けているじゃん」と思ったのが正直なところ。
・ 高校1年生のモリくんとのスパーリングでは、一つフォールを奪われ、一つフォールを取り返す。
・ 今泉さんから、動きが安定してきた点を褒められて、これだったら試合にも出られますと言ってもらえた。先日書いた「進歩しているのかな?」も、私の錯覚ではないらしい。
・ ここまでは、よかったのだが、モリくんとのスパーリングを終えた後、右手の肘の内側の骨が妙に飛び出しているのに気づく。あれっ?脱臼か。
・ いつやったのかは分からないが、私ががぶっているところを、モリくんに肘をとられて返されたときかもしれない。
・ スポーツ会館にいたカイロプラクティックの先生がマット場まで来てくれて、ずれた骨の位置を直してアイシングしてくれたので、そのまま帰宅。
・ モリくんは、礼儀正しい高校生で、済みませんと謝っていたが、もちろん謝る必要なんて全然ない。反則をしたわけでもなく、正当な攻防の中で起こったことなのだから、仕方がないこと。
・ で、翌日(7月8日)、またいつもの整形外科医院へレントゲンを撮りに行く。骨折までは行ってなかったようで、周囲の組織の破壊と内出血は残っていてまだ痛いけれども、一安心。
 
【2010年7月8日記】

◎ 2010年7月2日(金) 「増田さん・石川さんと夕食」
・ このところ、レスリング練習の疲労が蓄積している。一週間かかってようやく回復すると、次の練習日というサイクルが続いている。
・ バーベル・ダンベルのウェイトをいつもより落とさないと挙げられないくらいに筋肉痛が残っているし、ジムでのトレーニング中に眠気が襲ってくるほど疲労している。
・ そもそも、ジムへ行く回数を減らさないと、次のレスリング練習までに疲労が回復しない。これが、50歳過ぎの身体の「現実」か。
・ 20代・30代の社会人の練習生の中には、この過酷な練習を週3回以上こなしている人もいるわけで、私がそれをやったら、仕事がまったくできなくなるだろう。

・ 金曜日の夜に、新宿三丁目のイタリア料理店「トラットリア ブリッコラ」で、筑摩書房の増田健史さん・立教大学の石川巧さんと三人で、終電近くまで夕食。
・ 石川さんが、『「いい文章」ってなんだ? ─入試作文・小論文の歴史』(ちくま新書)を出したところなので、その「慰労会」に私も便乗させてもらう。
・ 私が石川さんに伝えた上記新著へのコメントは、以下の4点ほど。
 1)いつもながら、大量の資料踏破に基づく実証精神は見事。2)前半の歴史的な視点と、後半の行政的・実践的な視点とが、分断されているように感じる。3)前半は、賞味期限切れの「文化左翼的」な視点を脱していない。4)後半は、今後石川さんが「国語教育行政」や「試験制度関連の行政」へと、実践的にコミットしていく決意表明ともとれる。
・ 増田・石川両人の「文学談義」も面白く、私もところどころ加わって、最近話題になった小説についての感想などを互いにぶつけ合う。
・ 最後に、これから先石川さんは「図書館」に関する本が書きたいこと、私は「レスリング」に関する本が書きたいことを、それぞれ宣言して12時半頃お開き。
【2010年7月4日記】

◎ 2010年6月30日(水) 「進歩しているのかな?」
・ 本日のレスリング練習は、(人見コーチ以外では)8名の参加。久しぶりに「大巨人」さんも、途中から参加。
・ 準備運動での「反復横跳び」が、50歳を越えたおじさんにとっては、かなりハード。一分間・60回 → 30秒インターバル → 一分間・70回 → 30秒インターバル → 一分間・80回、という風に目標数値を上げていく方式。
・ 打ち込みでは、意識して、相手の右足を取るパターンの片足タックルと、左足を取るパターンの片足タックルの両方を練習してみる。
・ 本日は、基本的な押さえ込みとして、「けさ固め」と「(ネルソンからひっくり返した後の)上四方固め」を教わって、練習する。
・ 「けさ固め」は、小学校時代にケンカで取っ組み合いになったときによく使っていた技で(そのくらい基本的な技だということ)、懐かしい。小学生に戻ったような気分で取り組む。
・ 相手の頭の下(首のあたり)でなく、もっと上の方を締め上げ、相手の頭を引きつけないと、ブリッジで返されてしまうことが、人見コーチに返されてみてよく分かった。相手の動きの方向に応じての、体重移動も重要であることも。
・ スパーリングでは、10年の経験をもつキムラさんをフォールすることに成功。
・ しかも、習ったばかりの、ネルソンからひっくり返した後の上四方固めというパターンでフォール。
・ 「大巨人」さんにも、一度だけスパーリングの相手をしていただく。
・ もちろん転がされてばかりではあったが、しばらく前にスパーリングをしたときとは明らかに違う感覚が、私にあった。
・ それは、(もちろん大きいのだけれど)「大巨人」が、前ほどは巨大には感じられなかったという変化である。
・ 先週の高校一年生を相手にした初フォールといい、今日の10年経験者を相手にしたフォールといい、或いは、相手の大きさに対する感じ方の変化といい、もしかしたら、私が少し進歩しているという証拠なのだろうか?
・ そうだといいのだが。
【2010年7月1日記】

◎ 2010年6月26日(土) 「『<私>の哲学を哲学する』」
・ 講談社の上田哲之さんから、初校ゲラが届く。
・ 367ページなので、けっこう厚めの本になりそうだが、活字の組み方は、読みやすい感じに仕上がっている。
・ 上田さんが考えているタイトル(仮称)は、『<私>の哲学を哲学する』とのこと。
・ これ、けっこういい!というのが私の第一印象。
・ 「哲学」を重ねて使っているところが、『<私>を哲学する』よりもインパクトがあるし、永井均氏の<私>論をみんなで論じているという中身にも合っている。
【2010年6月26日記】

◎ 2010年6月23日(水) 「初めてのフォール」
・ 午前・午後と、会議が5種類続く。
・ 自分が受けたと思っている「負」を、次世代へも適用することを「フェアネス」だと言い張る人がいて、驚く(単なる「恨み」じゃん)。私は、会議では極力発言しないことをモットーにしているが、それでも黙っていられずに、「そういう負の連鎖を断ち切ることの方に、フェアネスの精神は発揮されるべきだろ」という趣旨の反論をしてしまう。

・ 本日のレスリング練習の参加者は9名。ほぼ一緒の頃に始めた同年配の方に、一ヶ月ぶりにお会いする。その方は、あまりに練習の疲労が残ってしまって、一ヶ月参加できなかったそうだ。私からは、同年配の同期がいてくれると心強いので、適当に休みを入れながらでも、いっしょに続けましょうよ、という話をする。
・ 以下の写真(すべて関さんに送っていただいたもの)は、準備運動で「バタフライ」(腕の力だけで前進するもの)をやっているところ。これは、私は得意な方。ぜんぜん苦じゃない。

・ 本日から、打ち込みとスパーリングのときに、イヤーガードを着用。しかし、微妙。激しくやり合っていると、ずれてしまうし、熱気が籠もる感じで暑い。たしかに耳は保護されるが、それでもわいた方の耳は、しだいに熱を帯びてくる。人見コーチたちからは、病院に行って「血を抜く」話を聞かされるが、どうしたものか。
・ 打ち込みとスパーリングでは、中学からレスリング経験のある高校一年生のモリくんに、何度か相手をしてもらう。以下の写真は、打ち込み中のもの。

・ 関さんに打ち込みのお相手をしてもらったときに、片足タックルからの動きを褒められる。「そんなに動けるんだから、もっと横に回る動きなどを使ったほうがいい」というアドバイスを受ける。
・ そう言われて、小学校時代のことを思い出す。私が身体は小さいのにケンカが強い方だったのは、ひとえに「すばしっこさ」故であった。体の大きい子や上級生を動きで翻弄したときには、独特の快感があった。そうか、子どもの頃の長所・利点だったものを思い出せばいいんだ、と気づかされる。
・ (6月2日で書いた)自衛隊体育学校出身のタカダさんが参加していたので、全員に「がぶり(返し)」と「腰骨あたりでやるローリング」を指導してくれる。
・ 前回やった「がぶり」とは違って、頸動脈のあたりを極める「えぐい」タイプ。浅く相手の首横にさした右手と、相手の腕を伸ばし気味に極めた左手とを、下でロックして締めて、相手の声が変わるところまで首を極める(右へ回るようにすると極まる)。そのまま、相手の脇下のスペースができた部分へ頭を入れるようにして、ブリッジしてローリングする。やられる側になったときは、一瞬くらっとした。
・ 私はタカダさんに質問した。「そのまま極まってしまって、落ちることはないんですか?」「落ちたら、そのまま転がせばいい」というお答え。えぐい。
・ 以下の写真は、その「がぶり」の指導を受けているところ。

・ 寝技練習のときに、(私の好きな)アンクルホールドの復習を、今泉さんがチェックしてくれる。相手にのせる私の左足の位置、相手の足首を挟む右脇の締め方をアドバイスしていただく。
・ 本日の練習における「私の個人的な」ハイライトは、高校一年生のモリくんとのスパーリング。
・ 彼は、身長は170僂らいで体重が55圓らいか。16歳だとまだ身体が発展途上で、大人になりきっていない感じが、組み合うとよく分かる。まだ、身体全体の力感では、私の方が上まわっている感じがした。
・ それでも、若くて元気だし、初心者ではない相手なので、気を引き締めて対戦。
・ 相手のタックルを切って、バックに回った後、相手をけさ固めのような感じで90度傾斜の状態にまでもっていくことができて、さらに右手で相手の左手を伸ばし、押さえ込むような仕方で、フォール。
・ これが、スパーリングでの初めてのフォール勝ち。記念すべき日(は大げさか)。
・ そういえば、本日6月23日は、高校3年の三男の18歳の誕生日でもある。
【2010年6月24日記】

◎ 2010年6月21日(月) 「雑誌『談』のインタビューを受ける」
・ 一ヶ月ほど前に、雑誌『談』編集長の佐藤真氏よりメールをいただいて、『談』88号(2010年08月末発行予定)掲載予定のインタビュー依頼があった。
・ 「リアルはどこで生まれるか」という特集を企画していて、現代社会における「リアル」について、「時間」を手がかりに考察しようという企画であると説明されていた。
・ 私は、現代社会の変化とか、新たなメディアの出現によって、「リアル」や「時間」がどうこうなると思っていない(あるいは、そういう次元の「リアル」や「時間」には興味がない)ので、インタビューを受けるのが相応しいとは思えず、その旨の返信をした。しかし、私が話したいような形而上学的な話でもOKということになったので、インタビューを受けることにした。
・ それでも、インタビュー形式の仕事は受けたことがないし、現代思想的・社会学的なお話は私にはできないし、するつもりもないので、大丈夫だろうかと心配だった。
・ 本日、夕刻6時から8時まで山の上ホテルの会議室でインタビュー。その後、カメラマンの人もいっしょに4人で、別館1Fのワイン&レストラン アビアントーで、夕食。
・ 今さらなにを言うか、と私を知っている人には思われてしまうだろうが、自分の「おしゃべり」ぶりに自分でも驚くほど、何かが降りてきたのではないかというくらいに、しゃべりが止まらない。「大丈夫」を通り越して、2時間をほとんど独占して、しゃべりまくる。
・ でも、誌面ではちゃんと、あいだにインタビューアーの言葉が入るように、構成されるだろう。
・ 内容としては、「謎としての時間は、主観的な時間でも客観的な時間でもないことが重要」という話から始めて、「「無内包の現実・現在」と「時を計ることの裏面としての時間推移」との矛盾的な組み合わせによってこそ、時間はリアルである(実在する)」という話へと進む。
・ もちろん、この意味での「リアル(実在)」は、感じられる・体験される何かであるどころか、まったく逆で、われわれの側から迫ることが決定的に挫折するものであり、われわれの認識が跳ね返されてしまうものであり、決定的な矛盾を抱えた「狂った」ものである。
・ にもかかわらず、そういう「狂った」時間は、まともなものであるような顔をして、われわれの身近に寄り添い、われわれを貫いている。
・ 現実の現実性は、「空っぽ」であるがゆえに決定的に重く、「狂った」リアルは、もっとも遠くかつもっとも近いという、不可能なあり方でわれわれを襲う。
・ そんな話をした後の夕食の席では、こんどはレスリングや他の格闘技やスポーツの話になり、またまたおしゃべりぶりを発揮。
・ これから、原稿があがってきて、修正加筆の仕事が続く予定。
・ 興味のある方は、8月に発行予定の『談』88号をご一読ください。
【2010年6月21日〜22日記】

◎ 2010年6月20日(日) 「今泉さんが、私のレスリング考に言及してくれています」
・ レスリングの指導者の今泉朝雄さんが、ご自身のブログ「レスリング技術の考え方」で、私が書いた「レスリング考」的な文章にコメントしてくれています。
・ それは、「入不二さんのブログから考える」という記事で、冒頭は以下の引用(>から>まで)のように始まっていて、その後で、私の文章を引用して考察を加えてくれています。
・ 今泉さんはレスリング初心者の指導に定評があると同時に、私のような「ことば人間」にとっては、レスリングを語る楽しみも共有できる方です。今泉さんのブログを読んでいただくと、それが分かると思います。
私のいるクラブに入不二基義さんという方が練習に来られています。この方、実は大学の先生で哲学者として有名な方です。 こちらが入不二さんのブログです。 50歳を過ぎてからはじめられ、数ヶ月で結構形になってきました。勿論お忙しい方ですから練習は週1回しかできないのですが、パワーもあり技のかけ方も思いっきりが良いです。まさに生涯レスリングの鏡のような方です。(・・・・)

・ 特に以下に引用する今泉さんの考察は、「我が意を得たり」という感じです。他の格闘技とレスリングの対照のきわめて重要なポイントだと、私も思います。
入不二さんが言われる「特殊化し洗練されていく」というのは、その技術が「仕留める(ダメージを与えて動けなくする)」ということに繋がるということではないでしょうか。 それに比べるとレスリングというのはダメージを与えないで動けなくするだけです。

・ 私流にもっと大げさに言えば、(仮想的にではあっても)相手の「死や破壊」を本質的に含む格闘技と、むしろ相手の「死や破壊」を排除し、「生かしつつ統御する」ことを本質とする格闘技という対照が、あるように思います。
・ そして、これがレスリングの特徴の一つであるとすれば、それは「レスリング」と「プロレス」を連続させる一つの蝶番になっているようにも思います。
・ 私は、かつて書いたプロレス論(「ほんとうの本物」の問題としてのプロレス ープロレスの哲学的考察ー『足裏影』に再々録)では、「レスリング」と「プロレス」の異質性を強調しましたが、「レスリング」の本質的な部分と「プロレス」の原形的な部分には、むしろ連続性があるという立論ができるだろうと、今は思っています。
【2010年6月20日記】


◎ 2010年6月19日(土) 「耳がわく」
・ ここ何回かのレスリングの練習で、右の耳介部分を痛めている。
・「耳がわく」とか「カリフラワー耳(cauliflower ear)」と呼ばれる症状があることは、知っていた。アントニオ猪木の耳が思い浮かぶ。 
・ 以下の説明参照。
>(http://kotobank.jp/より引用)
 耳介血腫により変形した耳の通称で、柔道、相撲、レスリング、ボクシングなど、組み技、打撃系の技を使うスポーツ選手に多い耳の変形。耳を打ち付けたり、強く擦られたりした結果、耳介の軟骨膜と軟骨の間がはがれ、その付近のリンパ管や血管が損傷して皮下出血を起こし、そのまま放置することで、耳介血腫ができて耳たぶが変形する、といわれる。「ぎょうざ耳」ともいう。

・ しかし、それは本格的にやる人の話であって、私のように週一回程度、趣味的にやる者に生じることだとは、思っていなかった。
・ でも、「初期症状」のようだ。なりやすさには個人差があるようなので、私は「とても耳がわきやすい」タイプということか。
・ 以下、見苦しいが(見たくないだろうが)、記録の一環なので、正常な左耳と痛めている右耳の写真を比較対照しておく。
 

・ マットマン・ウルトラソフトというイヤー・ガードを購入して、打ち込みとスパーリングのときには装着しようと思う。


・ ちょっと不思議なのは、この耳の状態に対しての「気持ち」。
・ 「耳がわく」ことに、何もいいことがない(それどころか治療対象である)ことは分かっているのに、(この程度でおさまってくれるならという条件付きだが)ちょっと嬉しい。
・ 思いっきり誇張して言うと、その「嬉しさ」は、まるで「聖痕(stigmata)」を自らの身体に発見した信者におとずれる「法悦」に似ている。
・ この場合、キリストの受難への自己同一化ではなく、レスリング的主体への自己同一化である。
・ こんな「傷」に、非レスラーからレスラーへの移行の痕跡を求めることは、あまりにも安易であることは分かっていても、「信者」は象徴的な意味を読み取ってしまう。
【2010年6月19日記】

◎ 2010年6月16日(水) 「対照的な昼と夜(ランチ会とレスリング)」
・ 久しぶりに会議のない水曜日なので、午後1時から3時まで、心理学科の「若手」の先生方(小俣先生・薬師神先生・坂上先生・繁桝先生)と、レ・クリスタリーヌ (LES CRISTALLINES)で、ランチ会。
 
・ 心理学科の教員構成は男性6・女性5でほぼ同数に近く、ランチ会のメンバーは男性2・女性3。女性が多いおかげで、こういうお店でのランチ会も楽しくできるし、おしゃべりが盛り上がる。
・ 心理臨床家らしいなと思ったのは、私のしゃべり方について指摘されたとき。私は自分が一番言いたいポイントのところに来ると、かなり早口で多弁になるらしく、意図が見抜きやすいらしい。
・ フランス料理のお店らしく、「マダム」「マドモアゼル」「ムッシュ」の世界。フランス人のおじさんは、わざと「マドモアゼル」と「マダム」を取り違えたりして、フランス人っぽく女性陣を楽しませていた。
・ オードブルの盛り合わせだけでも、ランチとしては十分なくらいのボリュームで、私はメインに「オーストラリア産牛もも肉のステーキ・黒コショウのソース」を食す。デザートは、フランス風シュークリーム チョコレートソース添え。


・ 夜は一転して「男の世界」。本日のレスリング練習は、コーチを入れて6人の参加。
・ この「男の世界」というのは、ホモ・セクシャルでもなくホモ・ソーシャルでもなく、「ホモ・フィジカル」(造語?)とでも呼びたいような世界。
・ 私よりも年配であると思われる方で、始めた頃日曜日の練習でお会いしたことのある方が、久しぶりに参加していて、打ち込みやスパーリングのお相手をお願いする。アメリカンスクールの高校1年生も参加。
・ いろいろな「崩し」方を習ったのと、「がぶり」の練習を繰り返したのが、本日のメイン。最後には自分で申し出て、前回習った「アンクルホールド」の復習をさせてもらう。相手の足を交差させる位置をもう少し上にすることで、改善。
・ 頭部・顔面部を相手に密着させプレッシャーをかけて、攻撃の道具として使用するというのが、なかなか身につかず、気づくとおろそかになっている。
・ 15日の「笑っていいとも」のテレフォンショッキングで、コロッケが話していた恐竜(ティラノザウルス)の歩き方の特徴を思い出す。ティラノザウルスは、頭の方から振り出すような仕方で歩くのが特徴で、コロッケはそのものまねをやっていた。
・ レスリングでの頭部・顔面部で相手を押すしぐさをシャドーでやると、ティラノザウルスの頭部の動きに似ているのではないか。哺乳類だけでなく、爬虫類的な動きも入っているということか。
・ 頭部・顔面部を相手に押しつけることを意識的にやったせいか、耳が折れ曲がったり擦れたりして、痛い。帰宅後に鏡で見ると、赤くなって少々腫れている。このまま続けると、例の「カリフラワー状態」「耳がわく」という状態へ進むのだろうか?それを避けるためには、イヤーガードをつけるべきか。その他、鼻骨のあたりも赤くなっているし痛い。
・ あちこち内出血して痣になっているのはいつも通りだが、本日一番ショックだったのが、わざわざソフトのコンタクトレンズに変えたにもかかわず、それでもコンタクトがずれてしまったこと。
・ (ハードは長年使っていても)ソフトの装着自体が初めてであり、しかもソフトでずれた経験がないので、とてもあわてた。ずれてもハードほど違和感がないため、そのままスパーリングを途中でやめずに、最後まで続けたが、その後、ずれたコンタクトが目のどこにあるのか見つからずに、四苦八苦。
・ 先ほどの「ホモ・フィジカル」と関係するが、「がぶり」の練習中、相手のあごにかけている手に、相手の髭の感触を鋭く感じて、新鮮かつ驚き。自分の髭やその剃り跡を触知することはあっても、他人のものを触る機会などふつうはない。子どもの頃、父親の髭の剃り跡を触らせてもらったことがあるくらいか?
・ 夜の時間帯であるために、朝剃った髭が伸びてきていて、ジャリジャリする感じがはっきり手に伝わってきて、この人の髭は、私よりも固いということまで感じ取れる。
・ 最近、スパーリングの最中に思うのは、始めた頃よりも相手の足が遠く感じられるということ。自分の前面と相手の足とのあいだに、広大な空間が開けているように感じられて、タックルに入れない。
・ おそらく、「闇雲な段階」を少しだけ脱して、相手との距離を意識するようになっていることが、このような「症状」を生んでいるのではないだろうか。
【2010年6月17日記】

◎ 2010年6月15日(火) 「+DESIGNING」と「大阪府立北野高等学校・図書ニュース」
・ 編集者の綾女欣伸さんから、連絡をいただく。デザイナー向け雑誌「+DESIGNING」(毎日コミュニケーションズ)より、拙著『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)の表紙画像の転載依頼がある。
・ 「+DESIGNING vol.21」(2010年6月27日発行予定)で、「松田行正氏が、自身の作品および他のデザイナーの作品のなかから優れていると感じるものを厳選し、それらをもとにデザインの学び方を解説する」という特集があるそうで、その中で使用される予定。
・ これは楽しみな企画だ。「足裏影」の装幀と本文組をご担当いただいた松田行正さんご本人から、あの表紙のことを語っていただけるとは!!

・ 大阪の北野高校の図書ニュース第1号(大阪府立北野高等学校図書館 2010.4.23 発行)を、ネットで見つける。
・ 高校生対象のものだが、なかなか「志の高い」読書案内になっていて、鷲田清一氏の『わかりやすいはわかりにくい?――臨床哲学講座』(ちくま新書)のところでは、「・・・・、大阪大学の学長に就任して以来、多忙のためか、めぼしい著作がない。・・・・」と手厳しく述べながら、「今まで数々の著作で展開してきた著者の思想がコンパクトにわかりやすく語られている」と勧めている。
・ 私の『哲学の誤読――入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)も取りあげられている。『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)へも言及してくれて、名古屋大学等で出題されたことが書かれている。
・ この「読書案内」を執筆した先生(?)は、永井ファンなのかもしれない。
・ というのも、永井均氏の『転校生とブラック・ジャック』を挙げるときに、4月発行の図書ニュースなのに、5月に出版されることになる「岩波現代文庫」版を挙げているから。
【2010年6月15日記】

◎ 2010年6月14日(月) 「コンタクトレンズ」
・ 私は、高校生のとき以来のコンタクトレンズ(ハード)の使用者であるから、もう35年以上になる。
・ その間、一度もトラブルはなく(近視の進行はあるが)、比較的快適にハードのレンズを使い続けてきた。
・ しかし2月にレスリングを始めて以来、レスリングをするためには、ハードのレンズではまずいことを思い知らされた。(cf.2010年5月19日(水)「今日は調子がいまいち」)
・ 打撃系ではなく組み技系だから、大丈夫だろうと思っていたのが、大間違い。
・ タックル等で顔を相手に押しつけるときに擦れて、外れたりずれたりするし、組み手争いで相手の手が顔に当たって、外れたりずれたりする。
・ これまでのところ、落ちたときにはすぐに見つかったからよかったものの、今後どうなるか分からないし、気にしていたら組み合いに集中できない。
・ ソフトのレンズを装着して練習している人に聞いてみると、ソフトの場合には、そういうことはなくて大丈夫だという。
・ そこで、本日思い切って、ソフトのコンタクトレンズを新しく作りに行ってきた。同じコンタクトレンズでも、これほど大きさや外し方が違うと、別物のようである。
・ 長年ハードに慣れていることもあるし、また経済性を考えても、ふだんは今まで通りハードを使用し、レスリングのときだけソフトを使用するというように、併用を考えている。
・ それにしても、レスリングを始めるにあたって、それなりに考えたうえで始めたつもりではあったが、想定外のことが、(4回の骨折も含めて)色々と起こる。
・ 逆に考えると、もしあらかじめ「骨折を何度かしますよ」「コンタクトレンズもソフトに変えなくてはダメですよ」「練習後の疲労が回復するのに1週間かかったりしますよ」等々と、言われて知っていたら、始めることを躊躇していたかも。
・ (体を少し絞ることに成功して)いい気になって甘く考えていて、「知らぬが仏」だったからこそ、始めることができた(飛び込むことができた)とも言える。
・ そして、いったんレスリングの快楽を少しでも知ってしまえば、後はもう、骨折をしようが、他の面倒が起ころうが、やめる気になんてならない。この「順序」が大切なのだろう。
【2010年6月14日記】

◎ 2010年6月11日(金) 「一昨日のレスリング練習メモ補足(引用篇)」
・ 関さんのブログの練習日記から、私に関する部分を、引用させていただく。

【タイトル:入不二教授】

何人かとスパーリングした後に哲学者で大学教授の入不二さんと2分間スパー。
この人のファイティングスピリットは侮れない。

【タイトル:冷汗!】

 今日の何人かとのスパーでも私の必殺パターンであるタックルの誘いから潰し、がぶり返しか裏投げから首固めを出していくが、何とこの入不二教授は回転の最中に切り替えしてくる。  
 切り替えし合戦の大好きな私は再度固めていくが、かなりヤバカッタ。いくら相手の運動能力が高くてもそう簡単には取らせられない意地がある。
 哲学者ゆえに単純なことにも深い意味を見出していくようで、次は同じパターンでは読まれそうだ。志映館で水橋先生にとことん叩き込まれた技術をもう一度思い出していかねば。

【2010年6月11日記】

◎ 2010年6月10日(木) 「昨日のレスリング練習メモ」
・ 右膝に、若干の不安を抱えながらの練習参加だった。さすがに、タックル後相手を肩に抱えて、右膝をついたうえで回転気味に落とすのは、痛くてできなかったけれど、それ以外は大丈夫だった。「ほんとうにケガしてるの?」と声をかけられたほどに、動けた。
・ 本日の「部活みたい」は、超古典的な「馬跳び」。円になって、前の人を飛び越して、屈んで、また順番が来たら前の人を飛び越して・・・・というのを繰り返していく「あれ」。
・ ペアになって、相手の股をくぐり背後から馬跳び・・・・というのを繰り返すやつと、相手に大の字になってもらって、両足の間→手と足の間→頭と手の間→・・・・というステップを繰り返すやつも、準備運動でやる。
・ ブリッジ練習も、ある程度さまになってきたことが、次の(関さんからいただいた)写真で分かる。緑のTシャツで、お腹がちょっと見えているのが私。以下の写真はすべて関さんからのいただきもの。

・ タックルをして相手を肩に抱えるという動作の繰り返しを、人見・今泉両コーチに指導していただく。スクワットをするような「力」ではないんだ!ということを、体感できたのがとても新鮮だった。相手の重心よりも低く入れば、ひょいと持ち上がってしまう感覚が分かったことは、一つの哲学的なアイデアを得たときの爽快感に似ている。
・ 何度も何度も納得させられるのは、「首から背中にかけての反り返るような動き」は、レスリングの動作のエッセンスの一つだなぁということ。この「反り返り」って、まだ歩く前の赤ちゃんがやる基本動作の中に、すでに含まれている。
・ 納得させられてはいても、実際にできているかというと、まだダメ。たとえば、次の写真。片足タックルに入って、横へと回ろうとしている最中だけれど、顔が下を向いてしまっている。もっと顔が上を向いていないとダメ。

・ 寝技の練習では、待望の(!)アンクルホールドを初めて教わる。自分の左肩で相手の尾てい骨あたりを押さえてコントロール→左手で相手の腿、右手で脛・足首をとってその足を浮かせ→脇で足首をロック→相手のもう一方の足の外側に移動→ロックした側の足ともう一方の足を交差させる→交差した両足をロック→回転。う〜ん、ことばで描写するのは難しいが、最後の回転のところで、頭を支点にして側転するというタイプが好きなので、今後身につけていきたい。
・ もう一つ、両手を相手の両足脛あたりの下に入れて、自分の手をバッテン型に交差させてロックしたうえで回転するというタイプも習うが、自分の手の方が痛い。
・ スパーリングでは、幸運な瞬間が二度あった。次の二枚の写真のように、相手のバックに回って上から攻められる状態になっている。しかも、お二人とも(経験だけでなく)体格上も敵うはずのない大きな相手だからこそ、幸運な瞬間である。しかし、この後が続かないところが、初心者の悲しいところ。


・ 後者の写真の関さんは胸板がぶ厚く、重量感がもの凄くて、組んでしまうとそれだけでスタミナを奪われてしまうし、つかまれただけで(練習後気づいたのだが)右上腕部内側は内出血していたほどである。その大きさは、次の写真で見るとよく分かる。

・ 次のは、人見コーチ・今泉コーチと談笑している写真。口を使っているときだけは、私も「一人前」。いや、ことばだけだったら、私はけっこう強い(笑)。

【2010年6月10日記】

◎ 2010年6月9日(水) 「再び整形外科医院へ」
・ 骨折した右膝の痛みがまだ残っているのと、痛みが下の方にも移動して、踝のあたりも痛くなっているので、午前中のうちに整形外科医院へ行く。今日は早めに行ったので、1時間程度の待ちで済む。
・ もう一度レントゲン撮影をして、2週間前と比べてみると、治って来てはいるけれど、まだ骨の写真には「みだれ」が残っているとのこと。でも、順調に治って行っているから大丈夫でしょうと言われ、一安心。
・ 下に移動している痛みに関しては、皮下出血(内出血)の量がかなり多かったために、重力によってその内出血が下へと移動していくときに周辺組織を壊して、それが痛みになっている、とのこと。そういえば、青黒くなった部分が、今は右足の踵の横あたりに移動して残っている。こっちの痛みに関しては、時間の経過を待つしかないと言われる。
・ ベッドに横になっての触診の際に、下から医院長先生の目を正視することになる。その目は、鋭くかつ慈愛に満ちていて、ただ者ではないことが感じられる目であった。この病院が混んでいる理由も分かる気がした。
・ ということで、レスリングの練習に参加しても大丈夫そうなので、急な仕事が入らない限り、午後からの会議・2つが終了後、夜の練習に参加する予定。
【2010年6月9日記】
 
◎ 2010年6月7日(月) 「その世界特有の中心を味わうこと」
・ 全身に疲れが残っているので、整骨院に行って30分のマッサージ治療を受ける。整体師の方が総合格闘技の経験者なので、レスリング談義をしながら全身を解してもらう。
・ 話をしている中で、自分がレスリングの練習に参加する中で「何がしたいのか」が、少しだけ明確になる気がした。
・ もちろん、しばらく続けることができたら、いつかは試合にも出てみたいという気持ちや、試合ができる程度には強くなってみたいという思いはある。
・ しかし実は、そういう「具体的な目標」ではなくて、ある意味ではもっと身近で、ある意味ではもっと些細で、ある意味ではもっと漠然とした欲望が、自分を突き動かしていることに気づく。
・ たとえば、「ブリッジ」。前ブリッジもハイブリッジも、首だけでできる程度にはなったし、頭頂部からおでこに近づいたあたりでできるようになった。また、三点倒立からのハイブリッジへの移行もかなりスムーズにできるようになった。
・ しかし、ハイブリッジから前ブリッジへ、前ブリッジからハイブリッジへという往復運動や、首を支点にした回転運動などは、できない。
・ こういう動きを、レスリング経験者たちは当たり前のように準備運動でやっている。こういう「レスラーらしい動き」が、できるようになりたい。
・ あるいは、マット運動における「反り」や「抜き」。最初の頃よりは、少しだけ進歩した感はあるが、これらを完璧な形でできるようになりたい。
・ 同様のことは、スパーリングなどにおける実践的な動きについても言える気がする。
・ いつも驚嘆するのは、レスラー特有の「低い動き」。タックルはもちろんのこと、すべての動きにおいて、あの不自然なくらいの「低さ」が貫通している(始めっから四つ足であったら楽だろうと思うくらいに)。
・ 私の足腰では、まだその「低さ」に短い時間しか耐えられない。あのような不自然な「低さ」を、自然にできるような足腰を獲得したい。
・ 「試合に出てみたい」「強くなりたい」という欲望ではなくて、「レスリング特有の世界から見えるものを、自分も見てみたい」「レスリング特有の旨味を、その基本部分だけも味わい尽くしたい」「レスラー的な身体を、内側から感受したい」等の欲望の方が、今の私を突き動かしている。
・ 51歳で始めたのだから、どんなに進歩したとしても高が知れている。いやそれどころか、何年続けられるのかさえ、おぼつかない。しかし、その世界特有の中心を体験することは、進歩やレベルの大小・高低とは別に、可能なのではないかと思う。
・ ふり返ってみると、私が哲学を、しかも非哲学科の学生(つまり、「哲学のプロ」を目指すのではない学生)に対して教えるとき、この「その世界特有の中心を味わうこと」を一番重視している気がする。
・ 時間には限りがあるのだから、多くの分野・領域を極めることは、誰にもできはしない。しかし、限られた時間の中であっても、複数の世界の、その世界特有の中心部分を、鷲づかみにして味わうことは、それなりの方法と努力でできるのではないだろうか。
・ 哲学において、私は「その世界特有の中心部分」を「アマチュア」の人たちに、ある程度は伝えることに成功していると思う。それのレスリングにおける「対応物」を、私は享受する側になりたいと強く思っている。
【2010年6月7日記】

◎ 2010年6月5日(土) 「レスリング練習風景の写真をいただく」
・ 演習の授業に、他学部の大学院生が参加することになって、なかなかいい組み合わせの4名になる。本日も、質疑応答や議論が活発すぎて、1ページも進まないという好ましき(?)状態。
・ 先日の日記に記したレスリングの「先輩」のSさんより、地下マット場での練習風景の写真を送っていただく。Sさんのコメントも引用して、記録として残しておきたい。
・ 次の写真は、先日の日記に書いた「両足首にひも状のものをつけて取り合いをするというゲーム的なトレーニング」中のもの。私の右足首からひも状のものが伸びているのが見える。

・ 以下は、この写真についているSさんのコメントの引用。

先日、日曜にA大学教授で51才でスポーツ会館に入りレスリングを始めたIさんの話を聞いた。Iさんのブログを見ると私が10年前にここで始めた頃とオーバーラップ。
どうしても会いたくて水曜夜の時間帯に約2年ぶりに来てみた。柔軟運動の際もかなりの運動能力を見せてくれたが入会して4ヶ月目でかなり体を痛めた模様。
私も同じ経験をしてきただけにアドバイス。

・ 次の写真は、練習の始めの方のマット運動中のもので、前回り受け身をやっているところ。
・ 私はどこにいるかというと、向こうの壁のところで立っている人の、向かって左から3番目。
・ 上の写真とTシャツが違うのは、途中で汗びっしょりになって、着替えるから。
・ となりの人見コーチと私は、体格的にはほぼ同じであることが、写真で見るとよく分かる。

【2010年6月5日記】

 2010年6月2日(水) 「同じ二本足の生物とは思えない」
・ 右膝外側の亀裂骨折は、まだ完全には治っていないが、夜のレスリング練習に参加。
・ 走ったり、ジャンプしたりは問題ないが、右膝をマットについたり・擦ったりすると痛みが走るので、スパーは立ち技のみの一回だけにして(しかも攻めなしで受けてもらって)、あとは見学させてもらう。
・ 今日の「部活みたい」は、イラン体操のあとの“circuit training”。足踏み→バービー→腕立て→背筋→腹筋→ジャンプ→・・・・を、あいだを置かずに繰り返す。高校の体育の授業を思い出す。
・ 初心者用の練習として、人見コーチと、両足首にひも状のものをつけて取り合いをするというゲーム的なトレーニングもやる(こういうの、けっこう好き)。何度も取られてしまう中、一回だけフェイントで取ることに成功。
・ 今日は、新しい出会いが一つ。私より一つ年上の方で、リフォーム会社の経営者の方。その方は、42歳からレスリングを始めて10年続けた後、1年のブランクを経て、このまえの日曜日から再開したとのこと。
・ すでに私のこのwikiを見つけて読んでくれていて、50歳過ぎてレスリングを始めたというその決意を褒められ、激励をうける。また、ご自身が10年前に始めた頃の状況なども、聞かせていただく。
・ いろいろ話しているうちに、お互いの子どもが同じ都立・新宿高校に通っていることが判明する(ただし、高3と高2で学年は別だが)。
・ 今日見た「すごいもの」は、以前に自衛隊体育学校でレスリングをやっていたという方の、バランス(崩れなさ)の凄さ。
・ いつものメンバーの中でいちばん若くて強いと思われる人が、タックルを決め(たかのように見え)ても、切るのではなくて重心を移動させるかのようにするだけで、自らは安定したままで、相手のバランスの方が崩れてしまう。
・ うまくことばで説明できないが、その凄さを次のように表現したい。
・ 見かけはもちろん二本足で立っているのだが、そのあまりの崩れなさは、同じ二本足の生物とは思えない。見えない三本目や四本目が生えているのではないか、と言いたくなってしまう。(最近流行の)「体幹バランス」が、尋常ではないのだと思われる。
・ あの怪物的なバランス(崩れなさ)の、何十分の一でもいいから、身につけてみたいものだ。

<以下、マイミクの「たまに、この人「足の裏に意思がある」の?って思う人います。」へのコメントとして>
・ もちろん、足の安定感も、いわゆる「根が生えたような」という感じです。
・ しかしそれ以上に印象的なのが、 腰まわりといいますか、 trunk of the body とか core of the body とかの柔軟な重量感、動きの中での不変感です。
【2010年6月3日(帰宅後)記、追記あり】

◎ 2010年6月1日(火) 「昨日の講演会の写真」
・(写真1)冒頭で、私が通った頃の湘南高校の写真を示しているところ。
・(写真2)前半で、「ガキとオヤジ」が紡ぎ出す閉鎖空間について語っているところ。
・(写真3)講演後の質疑応答。

(写真1)

(写真2)

(写真3)
【2010年6月1日記】

◎ 2010年5月31日(月) 「湘南高校で講演会」
・ 今日も、太陽は昇りました(註:5月29日の日記での「幸運な一致」という話に対して、マイミクのTomoさんが、『論考』の「太陽は明日も昇るだろうというのは一つの仮説である」(6.36311)を引用してコメントしていたので)。
・ 最後の質問タイムでは、才気を感じさせる質問を後輩たちがぶつけてきてくれて、湘南高校生なかなかやるじゃん!と思って、嬉しくなった。
・ 講演時間は60分(最大延長70分)という時間制限があったので、はじめから「ガキとオヤジと、子どもと大人」をめぐる話の全体を扱うつもりはなく、かなり短くコンパクトにしておいた。おおよそ、次のような流れ。
・ (1)「ガキとオヤジ」が紡ぎ出す閉鎖空間を、私が嫌悪し・貶し・叩く。
・ (2)そういう攻撃的な私は、「大人」になれない「子ども」の段階であって、「ガキ」へと転落する恐れもある。そういうことを見て取る「大人」の視点(「許し」とは違う「赦し」が可能な視点)の登場。
・ (3)そういう「大人」の高次の善なる視点(「赦し」)は、実は(1)のような「悪(意)」との近しい関係を内包してこそ、実効的なものになる。
・ (1)→(2)、(2)→(3)の二度の「転回」があるような構成。
・ 実例の中に、私の知り合いの予備校講師たちの発言がイニシャルで登場するのだが、駿台に通っている湘南生も少なくないようで、誰だか分かってしまっている雰囲気があった。
・ 英語が得意だという質問者の一人は、「受験英語」を上手く教える予備校講師とそれをありがたがる学生とが作る「閉鎖空間」について指摘し、その「オヤジ/ガキ」性を批判しつつ、英語はそのように勉強するものではないと思うが、いかがでしょうか、という趣旨の質問をした。
・ びっくりした。というのも、この話の原資料(mixi内日記)において、すでにこれと類似したやり取りが行われていたからである。時間制限のため割愛した部分に含まれるやりとりの中では、新たに「若者/老人」という軸(視点)を設定して、私は「老人」の視点をとって、「英語教育問題」に熱くなる「若者」に対して、そんなのどっちでもいい(どちらでも大した違いはない)というスタンスをとった。どちらでもいいので、選ぶほどの問題ではなく、どちらであってもできる範囲で楽しむというのが「老人」。選択肢に重大な意味を見出し、問題化することに熱くなるのが「若者」。そして、「老人」の方が「子ども」に近い遊び方ができる。
・ この質問が出たことによって、そういう「若者/老人」の話を、少しだけだったが付け加えることができた。

・ 朝、湘南高校の加藤充洋教頭先生から電話がかかってきた。加藤充洋さんは、湘南高校の1年上の先輩である。
・ 生徒に配る私のプロフィール内に、このwikiの「2010年3月10日 東大合格発表の日」と「2010年4月30日 部活みたい」と、学生が画いた私の似顔絵を掲載したいという話だった。配布されたものを見ると、「50歳を過ぎて、レスリングにチャレンジをしているそうです」というキャプションまで入っている。
・ 加藤先輩は、講演が始まる前の時間で、新しくなった湘南高校の校舎や図書館や部室などを案内してくれた。文芸部の部室も見せてもらった。私の頃とは、場所は変わっていたが、その「汚さ」「雰囲気」は、たいして変わっていなかった。本棚には、「湘南文芸」のバックナンバーらしきものが並んでいた。
・ とても充実した一日だった。
【2010年5月31日記】

 2010年5月29日(土) 「夜哲の会」
・ 午後からゼミと演習の授業。夜は、今年度最初の夜哲の会。金の蔵Jr. 表参道で一次会、cafe les jeuxで11時過ぎまで二次会。
・ 参加者は、卒業生2名・ゼミ生(4年生)2名・演習生(3年生)2名で、私を入れて7人。
・ 今年の「新人」の女性は二人とも、哲学的な議論のセンスがよくて、かなり核心をついた所にまで議論を進めることができるので、私の満足度も高い。
・ 本日の演習では、私が学生Eと学生Gを(不用意に)接近させた形で話をしていたところに、「新人」二人とゼミ生の三人がそれぞれに疑義を呈して議論が始まり、最終的には学生H・学生E・先生・学生C・学生Gたちのあいだに「ズレ」の連鎖を見て取るところまで、議論を進めることができた。
・ 二次会で、ゼミ生の一人が、こんどガウチャーの教会で「(聖書のことばに基づく)説教」を初めて担当するという話題になった。
・ 卒業生である先輩二人は、自らの体験に基づき、プレゼンテーションの「極意」を伝授していた。たしかに二人とも、コミュニケーション能力が高いやつらで、自らもそれに気づいているので、そのアドバイスはかなり的を射たものだった。
・ そして最後に、「で、先生は、授業等でどのような工夫をなさっているのですか?」と話をふられた。
・ いちおう、私は授業などのしゃべりが上手いということになっている教員なので、何らかの「極意」みたいな話を聞き出すことを期待していたのかも。
・ しかし、私には「極意」や「工夫」なんて何もないので、正直にこう答えた。
・ 「私にとっては、授業をしたり講演でしゃべることは、カラオケと似ている。自分が気持ちよく満足できるように歌う(しゃべる)ことを、一番重視していて、とりあえず聴き手のことはあまり眼中にない。そう、自己満足です。でも、私が気持ちよくできたと思うときには、どうも聞き手の満足度も高いようだという幸運な一致がある(そういう一致の法則?があることは、予備校で教えていたときに気づかされた)。」
・ 「極意」を期待した卒業生・学生たちは、拍子抜けだったようでもあり、逆に「極意」を超えた自在の域だと思ったようでもある。
・ しかし、この「幸運な一致」がいつまでも続く保証なんてない。「でもまだ、明日はだいじょうぶだろう(明日は、湘南高校での講演会)」と思っているのは、根拠もなく「明日はまだ死んでいないだろう」といつまでも思い続けるのに似ている。

【2010年5月30日記】

◎ 2010年5月28日(金) 「入不二家の遺伝子?」
・ 社会人2年目の長男も、格闘技を始めるつもりらしい。着衣の総合格闘技が有力な選択肢とか。彼は小学生の頃、私といっしょに空手を習っていたことがある。
・ 妻曰く「入不二家の男たちの本性は、やっぱり、肉体系・格闘系なのね」。妻の念頭にあるのは、私の父親から私へ、そして3人の息子たちへという三代の系譜。
・ もう亡くなって15年ほど経つ父・弘道は、若い頃に剣道をやり、中学生だった私にも剣道をやらせた。いつも背筋が伸びた姿勢のよさと、足の指を手の指同様に自在に使える様子は、父が若い頃剣道をやっていたからなのかなと、私は子ども心に思っていた。
・ 父・弘道は、つねに気迫や気概のオーラのようなものを強く発している人だった。その父親の姿は、テレビの時代劇に登場するような「寄らば斬るぞ」的な侍に似ているなぁと、子どもの頃の私は思っていた。
・ 父・弘道はエンジニアだったが、その機械への偏愛のようなものは、私には受け継がれず、IT企業に勤める冒頭の長男に「隔世遺伝」している気がする。彼がいちばん「じいさん」に似ているのかもしれない(長男は、昨日 iPad を手に入れて、いじり回していた)。

<以下、マイミクからの「武道と言えば、相撲というのはどうなのだろうと、実は先生の格闘技日記を読み始めてから、ちょっと思っています」というコメントに応答して>
・ 相撲は、レスリングと同様、種々の格闘技や武道の中に位置づけようとするとき、特異な位置価をもつジャンルではないかと思われます。
・ 着衣あり・着衣なしという軸と、相手(敵)の死・負傷・戦闘不能を、仮想的な目的として内包するかしないかという軸とで、格闘技や武道を分類したとします。
・ その中で、{着衣なし∧仮想的にさえ目的としていない}ものは、ほとんどなくて、おそらく相撲とレスリングくらいなのではないでしょうか。
・ この両者が、その起源からして、「神事」すなわち「神への供物」という意味合いを持っていたことと、この位置価は大いに関係があるでしょうね。
【2010年5月28日〜29日記、29日追記】

◎ 2010年5月26日(水) 「骨折という診断だった」
・ 午前中、整形外科へ。院長先生の診察の日は混んでいるので、2時間待たされる。
・ 順番待ちのときに、女性の理学療法士の問診・触診で、半月板かなぁと言われて、少々ビビる。
・ レントゲン撮影をして、院長による診察。結局、膝の太い方の骨にひびが入っていて、皮下出血をともなう骨折という診断。
・ 半月板や靱帯の損傷や、水がたまっているよりは、骨折でよかった、というのが正直なところ。
・ 電気治療後に、男性の理学療法士の方から、無理な運動を戒められるが、レスリングをやる限りは「無理」は避けられないよ、と思う。
・ 筋トレやランニング等のトレーニングならば、無理をしないように自分でコントロールできるけれど、相手と取っ組み合っている最中に「程々にやる」というのは、なかなか困難。
【2010年5月26日記】

◎ 2010年5月25日(火) 「まだ痛い」
・ 一週間前に打撲した右膝外側の痛みが、まだ治らない。
・ 当初の腫れはなくなり、黒ずんだ変色は、(打撲の場合によくあるように)だんだん下へと移動して、ふくらはぎ横あたりに残っている程度に回復した。
・ しかし、もともとの膝横の痛みがとれない。そっとさするだけでも痛みが走る。一週間くらいでは、治らないものなのか。あるいは、医者に行って診てもらった方がいいのか・・・・。
・ 膝の曲げ伸ばし自体はできるけれども、このままだと、今週のレスリング練習はお休みせざるを得ないのかな。私は右構えなので、タックルでとられる方の足だしなぁ。
【2010年5月25日記】

◎ 2010年5月24日(月) 「講演会の準備」
・ 5月22日(土): 午後は院ゼミと演習。夜は大学院の新入生歓迎会。マザーリーフ青山オーバルビル店で。教員による挨拶では、大学院生時代のことと現在のレスリングの練習体験を例にして、「形に嵌められ、形を脱する」という話をする。
・ 5月23日(日): 講演会(母校・湘南高校での「キャリア教育講演会」/「告知」参照)の準備のため、一日中パソコンの前で、配付資料とPowerPointのファイル作成。
・ 5月24日(月): 配付資料の作成の方は終わり、湘南高校教頭宛に郵送と添付ファイルで送信。教頭先生は、湘南高校の1年上の先輩。
【2010年5月24日記】

◎ 2010年5月21日(金) 「闇雲な視点」
・ 先日の右膝の打撲は、腫れは少しずつひいているが、変色した範囲が拡大して、はいているズボンが触れても痛いという状況。
・ しかし、練習中のいつ・どういう状況で、右膝外側をそれほど強く打ったのかが分からない。たたきつけることはあるとしても、下はマットなわけだし、ニースリーブも着用しているし、ここまで痛めるだろうか?
・ あと考えられるのは、取っ組み合っている最中に、相手の膝か肘が強く当たったという可能性か。そうだとしても、まったくその覚えがない。
・ 以前の肋骨の骨折のときもそうだが、どういう状況でどうなったのかが、まったく分からない(覚えていない)。これは、スパーリング最中の自分の状況(相手と自分の位置関係や攻防の推移など)が、まったく見えていないということを意味する。
・ そう思ってふり返ると、ただ目の前に迫ってくる肉体に闇雲に対処しているだけで、そもそも「当事者の視点」も、ましてや「客観的な視点」も、まったく確立されていないということが分かる。
・ 統一されたレスリング主体の視点を持つことにも至らず、ましてや第三者的な冷静な目で二つの肉体の運動推移を眺めることもできない。あるのは、「闇雲な視点」のみ。だから、負傷状況の記憶もないのではないだろうか。
・ おそらく、この「闇雲な視点」状況から「レスリング主体としての視点」の獲得に至るためには、この「ばらばらの未熟な身体」が、「レスリングする肉体」へと組み換えられて統一されていく必要があるのだろう。また、「当事者の視点」と「客観的な視点」とのあいだの往復を学習することも、「闇雲な視点」から脱していくために有効だろう。

<以下、マイミクとのやり取り>
猫蔵さん:
・ まさに、そういう意味での「オールラウンダー廻」の推薦だったのですが、実践となると道は険しそうですねw
・  どんなスポーツでも、取っ組み合いに慣れていない状態で突然他人と組むと、組んだ瞬間にパンッと意識が遠くなったりするんですよね。
・ 私は現役時代、それを「脳のキャパオーバー」と呼んで(実際にどうなのかは知りませんが)、それを避けるために、唸り声的なかけ声とか呼吸法を意識的に発して、頭の中の“夢中メーター”が振り切らないようにすることで、冷静な視座を保っていましたね。←なんか変な説明。ニュアンスが伝わるといいのですがw

irifuji:
・ 「オールラウンダー廻」は、単行本を2巻までは読みました。廻の、一見格闘技向きではないように見えて、相手の技をコピーする能力の高さの片鱗を見せるところなどが印象的です。よくある少年格闘技漫画にない、リアルさや静けさがいいですね。
・ 数ある格闘技の中でも、レスリングは、相手との密着度がきわめて高いので、それ自体が「非日常的な」体験です。日常のコミュニケーションではもちろん、相手の肉体の物質性を、これほど感じ取ることはできないし、打撃系競技の密着度くらいでは、相手の肉体の存在感とか密度とか力感とかを、これほど感じ取ることはできないでしょう。
・ 唯一それに近い形で、相手の肉体の重みや質感を感じ取る機会といえば、やはり性行為でしょう。でも、私は女性としかセックスの経験がないので、やはり別次元の体験です。
・  レスリングは、よく「性的に揶揄」されることの多い競技だと思いますが、それも、レスリングとセックスとの本質的な類似性に基づいているのでしょう。
【2010年5月21日記、22日追記】

◎ 2010年5月19日(水) 「今日は調子がいまいち」
・ 午後からは広報委員会の会議で、会議後は夕方まで事務仕事。夜は7時から9時過ぎまでレスリングの練習に参加。
・ 疲れが残っているせいなのか、いつもより早くバテてしまう。調子がいまいち。何度か途中で休ませてもらっていると、「いりふじさん、お休みっすか〜」と声をかけられる。
・ 打ち込みの最中に、コンタクトがはずれる。前にも一度ずれたことがある。打撃系じゃなくても、ほんとうはコンタクトはダメだなぁ、とは思うが、私のようなド近眼では外してやるわけにもいかない。
・ 人見コーチに片足タックルのドリルの相手をしてもらったおかげで、悪い点が明確になって、ドリルの終わり頃にはだいぶ修正ができた。しかし、週一回程度の練習では、また忘れて次回は元に戻ってしまうだろう。シャドーで一人練習をすることで、少しは忘れないようにできるだろうか。
・ 修正点メモ: 顔が外に流れる傾向→相手に密着。(ワン・ツーの)ツーのタイミングで横につくときに、足が相手の内側に残ってしまう→両膝をついて肩を回転させるようにして横へ。スリーのタイミングでけり出す足は、相手から遠い方の足で。
・ 調子が悪いせいか、あるいは崩しがうまく行かないせいか、スパーリングでなかなか自分の方から penetrate できなくて、歯がゆい。初めて、アンクルホールドをかけられて回される。
・ 練習後おしゃべりをしているときに、3Dのモデリングを使って、レスリングや他の格闘技の技を解説してた動画を(たまたま)見つけた話をする。今泉さんが言ってた「当事者視点」の動画も、この方法で実現できるのではないかと提案。
・ 全日本社会人レスリング選手権大会の案内を、今泉さんからいただく。とにかく1年くらいは続けてみてから、試合に出ることを考えてみますと応えると、「試合後にいりふじさんが、どのような分析を書くのかが楽しみ」と言われる。
・ 本日またもや負傷。右膝(の外側)を打撲して、帰りがけにはボールが入っているかのように腫れてしまって、足を引きずらないと歩けなくなる。帰宅してアイシングをするが、明日がどうなることやら。
【2010年5月20日記】

◎ 2010年5月15日(土) 「忘れたころにもう一校」
・ 研究室に島根大学からの封書が届いていた。
・ 拙文「無関係という関係」(『足裏影』所収)を小論文の入試で使用した連絡と、同問題文の大学のHP上への掲載許可を求める文書。
・ 先日名古屋大学から「挨拶文」が来て、終わったと思っていた入試出題関連の連絡が、忘れていたころにもう一校加わった。
・ ちなみに、島根大学の小論文の出題文章は二つあって、一題目が私の文章で、二題目は村上春樹と河合隼雄の対談文。
【2010年5月15日記】

◎ 2010年5月15日(土) 「うれしい波及効果」
・ 私が50過ぎにしてレスリングを始めた波及効果として、私の日記を読んで、マイミクの大学生である?さんが、格闘技を再びやりたくなって始めるということが起こりました。
・ こういうのは、とても嬉しいことです。?さんの日記「格闘技熱、再燃」とコメントを、私の日記内にも残しておきたくなったので、ご本人の了解を得て、mixi内の日記に再掲してあります
【2010年5月15日記】

◎ 2010年5月12日(水) 「練習後メモ」
・ 打ち込みで High Crouch の練習を20歳の青年としていて、最初の踏み込みが大きすぎる(深すぎる)のではないかと指摘してくれたので直してみると、次の動作がしやすくなって、その後のつながりがスムーズにできた。
・ 今日は、この青年が私の先生であった。寝技では、相手の下に手を入れるための隙間を作るのに、膝頭を相手に当てながら浮き上がらせるやり方を教わる(まだマスターできてはいないけれど)。
・ 職業がら「教える側」の役割をすることが多いので、こういう風に「教えられる側」になって、その教えをもとに少しでも進歩する体験をすることは、嬉しいし、重要なことのように思う。
・ 今日の練習には、かなりのイケメン好青年が参加していた。イギリス人と日本人の両親を持つ24歳で、高校時代をアメリカンスクールで過ごし、そこでレスリングをやっていたそうである。
・ その甘いマスクの青年は、独特のレスリングスタイルで動いていた。「巻き」の技を多用する感じ。私も、打ち込みの時に、何だかよく分からない技で投げ飛ばされた。
・ その美青年に片足タックルをかけて右足を脇に抱え、左足を刈ろうとしたけど、あまりに足が長くて、私の短い足では届かなかった。爽やかな笑顔で微笑み返されてしまった。
・ 他にも、ラグビー選手が参加していた。レスリングは初心者でも、その身体の頑丈さやパワーは、見ただけで分かるほど凄い。レスリング経験者をそのパワーで追い込む場面も見られたが、結局は経験者には通用せず、ころがされる。当たり前か。
・ 今日は、今泉さんのショートレクチャーが途中ではいる。個々の技を全体像の中で(あるいは流れの中に)位置づけることの重要性が、特に強調されていた。
・ 私のよく知っている分野の言葉へと置き換えれば、レスリングに対して、要素還元主義的な見方ではなくて、全体論的(ホーリスティック)な見方をすべきということかな。
・ 今泉さんが柔道とレスリングを比較しながら説明していたので、或るイメージが浮かんできた。柔道の動きが「線」「線の組み合わせとしての折れ線」であるのに対して、レスリングの動きは「曲線」「ぐにゃぐにゃしたカーブ」というイメージ。
・ 同年配で同じような初心者の人とのスパーリングのときだけは、相手をタックルで倒せたし、相手のタックルは切れたし、こちらが相手をコントロールできている感じがあった。
・ もっと「この感じ」を多くの相手に対して持てるようになれば、強くなれるのだろうな、と思った。
・ 練習後体重を量ったら、58.5圓世辰拭これまでの最軽量。レスリング練習後で相当汗をかいた後の数値だとはいえ、昨年の7月・8月の最重量時期と比べると、10坩幣綢僚鼎落ちていることになる。高校生・大学生の頃の体重へと限りなく接近している。
【2010年5月13日記】

◎ 2010年5月8日(土) 「講義・原稿・懸垂」
・ 午後から授業を二コマ。本日は心理学科教員によるオムニバス講義の担当回。「「ものさし」の恍惚と不安」を題材にしゃべる。その後のゼミでは、諸岡君のこの一週間の考察をいっしょに検討し、英語の勉強も少々。
・ 青山拓央さんと永井均さんから、共著用の原稿が届く。凄い原稿が集まった哲学書ができそう。あとは、上野修さんの原稿のみ。
・ (ジムではできるけど)家でも懸垂をやりたいと考えて、注文していた器具が届く。うちのドアでも使えるかどうかが心配だったが、まったく問題ない。
・ 懸垂だけでなく、ぶら下がって足を引き上げる腹筋下部用のトレーニングにも使える。
・ 私がぶら下がって懸垂と腹筋をやっていると、キドが「にゃー」となきながら寄ってくる。
【2010年5月8日記】

◎ 2010年5月4日(火・祝) 「原稿「無内包の現実」を書き終える」
・ この連休明けに、講談社の上田哲之さんに提出しなければいけない原稿(「無内包の現実」)を書き終えて、メンバーに送信。
・ 永井均・入不二基義・上野修・青山拓央 共著『<私>を哲学する(仮題)』(講談社)の原稿が、これで全部出そろうことになる。
・ 整理すると、

序章 永井均 「問題の基本構造の解説」
第I部 入不二基義セクション
 (0)入不二基義 語句解説「内包」
 (1)入不二基義 「<私>とクオリア ―マイナス内包・無内包・もう一つのゾンビ―」
 (2)永井均との討論
第II部 上野修セクション
 (0)上野修 語句解説「真理条件」「大文字の他者」
 (1)上野修 「現実指標としての〈私〉─永井均『私・今・そして神』講談社現代新書、2004を中心に─」
 (2)永井均との討論
第III部 青山拓央セクション
 (0)青山拓央 語句解説「様相」「指標」
 (1)青山拓央 「様相と指標の累進 ─永井均著『なぜ意識は実在しないのか』検討─」
 (2)永井均との討論、およびフロアとの質疑応答
第IV部 Afterthought
 (1)永井均 「聖家族――ゾンビ一家の神学的構成」
 (2)入不二基義 「無内包の現実」
 (3)上野修 「存在の耐えられない軽さーラカン、デイヴィッドソン、永井均」
 (4)青山拓央 「命題と《現実》」
あとがき 上野修

こんな構成かな。
【2010年5月4日記】

◎ 2010年5月3日(月・祝) 「全日本選抜レスリング選手権大会(明治乳業杯)観戦」
・ 明治乳業杯・全日本選抜レスリング選手権大会の大会3日目を、最初の試合からプレーオフまで全試合を観戦。
・ 3日目は、男子フリースタイル55・60kg級、男子グレコローマン55・74kg級、女子55・63・72kg級。
・ いい席が空いていたと思って座っていたところ、そこは、山本聖子選手の一家・応援団が集まっている場所で、取り囲まれて観戦することになった。あの有名な格闘一家ではないか!(山本"KID"徳郁をご存知の方も多いのでは?)山本聖子選手の試合では、いっしょに拍手しないわけにはいかないくらいに、一家の真ん中に入り込んでしまっていた。女子63垠莨 憤膨干VS山本聖子)でフォール負けしたときには、しばらく重々しい空気が立ちこめて居づらかったけれど、初観戦としては貴重なオマケだった。
・ 男子では、55垉蕕療鮓疑憤豼手(自衛隊)と稲葉泰弘選手(警視庁)の試合(決勝では湯元選手、プレーオフでは稲葉選手の勝利)に特に引きつけられた。女子では、吉田沙保里選手の圧倒的な強さが印象的だった。
・ 国内最高レベルの試合を生で観戦して興奮したので、帰りがけにジムで2時間ほどウェイトとランニングをしてから帰宅。
【2010年5月3日記】

・ ルールのことで今回初めて知ったのは、「チャレンジ」という異議申し立てとビデオ映像判定があること。
・ セコンドが、青あるいは赤のスポンジ状の立方体を投げ込んで、ポイント等に異議申し立てをするのが「チャレンジ」。
・ それを受けて、審判団が巻き戻したビデオ映像を見て、異議申し立てを受け入れたり、却下したりする。
【2010年5月4日追記】
会場(代々木競技場第2体育館)はこんな感じ↓


◎ 2010年4月30日(金) 「部活みたい」
・ レスリングの練習メニューについて妻に話したら、「まるで部活みたい」と言われた。特に、始めにやる準備運動やマット運動のところ。
・ 一番最初にマット上を円を描きながらランニングするが、ただ走るだけでなく、低い姿勢になって手でマットに触れながら走る、膝上げ(もも上げ)しながら走る、踵をお尻につけながら走る、横向きで走る、さらに横向きの低い姿勢で走る、後ろ向きで走る、サイドクロス、左右の踵を前後で触りながら走る、ジャンプしながら走る、ダッシュする、前の人の肩に触れるまで追いかける、等々。
・ マット運動は好きなのに、できないものがあって悔しい(中高生の頃はできていたのに、今はできなくなっているものもある)。前転・後転・開脚前転・開脚後転・伸膝前転・伸膝後転・側転・倒立前転・後転倒立・肩抜き前転・肩抜き後転・ハンドスプリング・ネックスプリング・ヘッドスプリング、前方反り、等々。続いて、バタフライ前進・アヒル歩き・ワニ歩き・カニ歩き・エビ・四つ足前進・四つ足後進・膝歩き、等々。
・ 思い出してメモしてみると、けっこうあるな。毎日じゃないところが違うけれど、たしかに中学や高校の部活を思わせる。
【2010年4月30日記】

◎ 2010年4月28日(水) 「二つの古層へのアクセス」
・ 肋骨の骨折の痛みもなくなり、手首の軟骨損傷もほぼ完治したもよう。「完全体」でレスリングの練習に参加できるのは、ひさしぶり(というか初回以来?)。
・ しかし練習後、さらに翌日になって、あちこちケガをしていることに気づく(ずっと、こういう状態が続くのかなぁ・・・・)。
・ 右前腕部の手首に近い内側は赤黒い痣状態になっていて、ちょっとさわっただけで痛い(スパーでの腕の取り合いのときに強くつかまれてできた?スパーのときにはかなり強い力でつかまれるので)。
・ 右腰骨のあたりと右肩のあたりは打撲で痛い(半身をぶつけ合ったりに押し合ったときか、あるいは寝技のときか?)。
・ 左足首の捻挫(タックルを切る練習をしていたときか?)。捻挫は、練習中は気にならずふつうに動いていたが、翌日になって歩くのに支障があることに気づく。
・ レスリングの練習をしていると、自分の中の「二つの古層」に気づかされる。
・ 一つの古層は、小学校低学年の頃の自分の行動。N君をヘッドロックからけさ固めにして、頭を地面でこすりつけて泣かせたことや、プロレス技を友達にかけたり危険なことばかりする子どもだったので、親が呼び出されて注意されたこと等々。
・ 「そっち」の方の私は、その後「発現」の機会はあまりなかったわけであるが、無くなったわけではなく眠っていただけなのかもしれない、と思わされる。
・ もう一つの古層は、レスリングの内に潜在している「動物性(哺乳類性)」みたいなもの。
・ レスリングの中には、2足歩行的であることと4つ足的であることの両方のエッセンスが凝縮されているように思う。「倒して表返しにして押さえ込む」という闘いのベクトルの中に、それが現れているだけではなく、練習メニューの中に「四つ足の動物状態」を意識させtる動きがなんと多いことか!
・ レスリングの中にある「古層」としての「動物性(哺乳類性)」は、合理的な技術や技能にも、また物理的な身体の能力にも還元できないもののように思われる。合理的な技術や技能は「人間的な知性」の水準にあり、物理的な身体は「もの」の水準にあるが、「動物性(哺乳類性)」はその中間に位置している。それは、人間が試みる技術の体系化の内に回収することはできないし、単なる身体の大きさや重さの問題にも収まらない、実際の流動的な力のやりとりや瞬発的な変化への対応の中でのみ現れてくるような能力の水準である。
・ たとえば、柔道のような競技の方が、レスリングよりも、「合理的な技術や技能」や「物理的な身体の能力」の領域が占める割合が相対的に大きいのではないか。つまり、レスリングは、そのどちらでもない「動物性(哺乳類性)」が占める割合が大きいことを、その特徴としているのではないか。レスリングの練習をしていると、そんな「古層」にアクセスしているような感じする。
・ 練習後帰宅して、愛猫のキドを引っ繰り返したり、押さえ込んだりして遊んでいると、そしてキドが俊敏に応戦してくるのを見ていると、同じ哺乳類なのだなぁと感じる。
【2010年4月29日記】

◎ 2010年4月21日(水) 「昼は会議、夜はレスリング」
・ 午後から学部広報委員会の第一回目の会議。夜はレスリングの練習。
・ まだ右肋骨の骨折が完治していないので、準備運動・マット運動・打ち込み・技研(わざけん)にだけ参加して、スパーリングは見学。スパー無しは少し物足りないけれど、完治するまでは我慢。
・ 2週間前に会った初心者の方は48歳で、19歳の息子さんがいるそうなので、まさに私と同年配であって心強い(しかし長年の柔道経験者なので、やはり「最下層」は私のようだ)。今日は、高校時代からのレスリング経験者である20歳の青年が参加していたので、あたかも親父と息子で取っ組み合いをやっているような年齢差。
・ 手と足と頭部の三点セットを使って相手を崩す技が、新鮮。その中でも特に、「頭部」の使用は「なるほど」と思わされる。(タックルの時もそうだが)頭部を使って、こんなに相手にプレッシャーを与えたりコントロールできるのか!
・ 今泉朝雄さんは、ものすごく低い姿勢から相手の踵あたりを取りに行くローシングルのタックルを得意技にしているので、そのことをたずねてみたところ、日本のレスラーは使い手が少なく、アメリカのレスラーがよく使う技であるということを教えてもらう。これもまた、文化差の一例なのか(構え方自体にも、日本・アメリカ・ロシアで差があるそうだし)。
【2010年4月22日(21日深夜)記】

◎ 2010年4月19日(月) 「もう二巡目も終わる」
・ 新学期が始まったと思ったら、もうそろそろ二巡目も終わる。
・ 今年度は、(心理学科なのに)哲学で卒論を書こうとしている4年生がいるし、さらに演習の授業には、来年哲学で卒論を書きたいという3年生が出席している。なかなか頼もしい。
・ 今年度は、どの講義の第1回・第2回も、しゃべりが絶好調(という気がする)。しかも、授業をしても疲れない。体力が回復したことが、いい方向に作用しているのだろうか。
・ 元気なのはいいのだが、レスリングを始めて以降、けがが絶えない。もうさすがに恥ずかしいのでいちいち書かなかったけれど、結局肋骨を3回(左2回・右1回)骨折しているし(現在3回目中)、左手首の軟骨損傷はいまだに完治していなくて、左手で移動式黒板の上げ下ろしをすると痛みが走る。練習中に膝を打撲して痣になるので、ニースリーブを着用することにした。
・ 現在、共著『<私>を哲学する(仮題)』(講談社)用のafterthought「無内包の現実」を執筆中。
【2010年4月19日記】

◎ 2010年4月11日(日) 「こういう本も作れるかも」
・ 7日の日記でふれた、レスリングの指導者で大学教員の方(今泉朝雄さん・専門は教育学)が、このwikiに私が書いた「レスリング考」的なメモを見つけて読んでくれて、メールをもらった。
・ 何しろ初心者の戯れ言なので恥ずかしかったが、今泉さんは、私が書いたいくつかの点(レスリングの原始性・スパーリングの先行性・ゴムの「場」の比喩・性的な隠喩問題など)を大変興味深いと言ってくれて、自らも考察を深めたい旨がメールに書いてあった。
・ これからレスリングの練習を、細々とではあれ続けていこうと思っている私にとっては、今泉さんのような「言葉を持った」指導者が、身近にいるというのはありがたいことである。
・ さらに、次のような夢想をした。
・ 今泉さんと私で、たとえば往復書簡や対談の形態で、レスリングを50歳過ぎの(!)初心者が学んでいく過程をルポしつつ、教育や哲学などの観点からレスリングについて論じ合うという本が、共著で作れそうだ。「レスリングを思考する」みたいな。
・ こういう企画に興味のある編集者はいませんか?
・ レスリングついでに、レスリングの技の凄さが伝わってくる動画を一つはり付けておきます。

【2010年4月11日記】

◎ 2010年4月7日(水) 「"大巨人"とスパーリング」
・ 今日のレスリング練習で、同年代の初心者(とはいえ柔道経験者のようだが)が加わってくれたおかげで、私が「最底辺」「最下層」ではなくなる。
・ まだ始めて2ヶ月しか経っていなくとも、私にはできて初心者にはできないこともあって、低レベルなところで優越感を味わう(三点倒立からのハイブリッジへの移行とか)。
・ トレーナーの先生から、「動きがレスラーっぽくなって、様になってきましたね」と言われて、にんまり。
・ 本日最後のスパーリングを、もともとバレーボール選手でレスリングに転向したという早大レスリング部出身の「大巨人」とやる羽目に。まるで、アンドレ・ザ・ジャイアントに挑む、山本小鉄か星野勘太郎かというくらいの「体格差」。
・ 何度もフォールされて弄ばれて、おかげで、またあちこちが痣だらけになる。でも、取っ組み合いは楽しい。
・ 指導者の一人で、大学教員の方がいて、私のプロレス論や哲学随想を読んで下さっているそうで、恐縮する。こんどはレスリングについて書いてください、と励まされる。
【2010年4月7日記】

◎ 2010年4月6日(火) 「桜見散歩」
・ 9日から前期の授業が開始するので、忙しくなる前に、妻といっしょに桜を見ながら2時間半ほど散歩。
・ いつものランニングコースを逆回りで歩いてみる。豪徳寺から北沢川緑道に入って、池尻のあたりで烏山川緑道へ旋回して、三軒茶屋へ向かう。

・ 茶沢通り沿いにある「食工房 茶番」で、昼食。一階の無垢一枚板のカウンター席だったので、料理の様子もよく見える(地下には個室もある)。私は牛スジ味噌煮込み定食を食す。

【2010年4月6日記】

◎ 2010年4月4日(日)「パーティ出席」
・ 昼間は、準備中の共著『<私>を哲学する(仮題)』(講談社)に載せる「内包」の語句解説原稿を、集中的に執筆。工夫したのは、辞書的な解説にならないようにすることと、本論につながるような解説にするという点。
・ 夕方から夜は、「都立戸山高校バスケットボール部OBの成人を祝う会」に妻といっしょに出席。次男・惟道をはじめとするバスケ部OBたちが成人を迎えた記念として、保護者が主催した同窓会的なパーティ。顧問だった遠藤先生・渡邊先生・平野先生もご出席。
・ 私がまったく知らない「体育会系部活動の熱く濃い仲間関係」というやつを、次男は知っているんだなぁという思いで見ていた。
【2010年4月5日記】

◎ 2010年3月31日(水)「レスリングのコーチとの会話」
・ 生まれて初めて、「イラン体操」なるものを準備運動のときにやる。帰宅後、動画を探してみたが見つからない。

・ 本日は少人数だったので、コーチといろいろお話しをしながら練習できた。「なぜレスリングを始めたのですか?」という問いに、私は次の三点を答えたことになる。

1) 筋トレとランニングを半年続けたら、体形も体力もかなり回復することができて、50歳過ぎてもやればできるといい気になって、もっとハイレベルなことに挑戦したくなった。

2) 高校生の息子がキックボクシングをやっていて、彼の試合を観戦して血が騒ぎ、自分も格闘技がやりたくなった。息子と同じ系統ではつまらないので、正反対の組み技系の格闘技で、その中でも最も基本的で根源的なレスリングを選んだ。

3)(若い先生には分からないでしょうが、と前置きをして)
 こういう50歳過ぎての肉体的な挑戦は、実は老化現象の一形態なのですよ。老化とセットになった無駄な抵抗。絶対に勝つことはできないと分かっている闘い(だって老化は止められないから)を、引き伸ばして引き伸ばして、負けをできるだけ遅くしようと抵抗している。そんな感じの、自分の身体と対話しつつ少しずつ負けていく闘いの場として、一番過酷だと言われているレスリングを選んでみたのです。

・ 私の方からは、聞いてみたかったことを一つ聞いてみた。それは、「レスリングには、関節技がないのに、「極める」というのはありますよね。その境目はどうなっているのですか?」

・ 予想したとおり、かなり境界は微妙のようだ。ローリングのために肋骨を極めるとか(私が骨折した原因か?)、がぶりの中で自分の肩の骨を相手に押しつけるとか、自分の腰の骨を押しつけるとか、痛くて我慢できず相手がコントロールされてしまう状態は、疑似関節技のよう。しかも、タップがない分だけ、余計にきついかも。
【2010年4月1日 帰宅後記】 

◎ 2010年3月31日(水) 「次男帰国」
・ オックスフォードでの語学研修ホームステイから、次男が帰国して報告に来る。やはり2週間程度というのは短いので、こんどは1年行きたいそうだ。
・ 授業は、下の写真のような感じでプレゼンをやっていたらしい。背中が映っているのが、次男。
・ 今日はこれから、レスリングスクールの夜間練習に参加してくる予定。

【2010年3月31日記】

◎ 2010年3月29日(月) 「卒パと朝カル」
・ 心理学科の卒業パーティ。担当教員だったので、お昼頃に会場に行っていちおう点検して、いっしょに円陣まで組む。4年生の答辞が、演習生だった秋山豪君。彼なら、これほどウィットもあり堂々としたスピーチができることも不思議ではない。
↓ 写真の左が秋山君。右は演習生だった小谷野さん。

・ 夜は、朝日カルチャー講座「哲学の読書会」の今期の最終回。とにかく、私的言語の議論を徹底的にやったという感じで時間延長。お茶会では、新垣結衣と綾瀬はるかの差異あるいは家族的類似をたどりつつ、「天使」の相貌を見るという話を熱く語りすぎて、受講生の中には失笑していた者も・・・・。
・ 高校生・大学生・社会人と、年齢的に幅のある人たちと同時に接していて、このごろ強く感じていること: 高校3年生(これから大学生)の幼さと、大学生(1年生でも4年生でも)の成熟との大きなギャップ。なだらかに成長するのではないということか。
 *この点については、3月27日の日記「駿台藤沢校で講演」のmixiヴァージョンで付いたコメントのやりとりとも関係している。
 *高校生一般ではなくて、都内の一流私立一貫校の高校生特有の(その中でも受験勉強的には優秀な高校生の、という限定がつくかも)幼さ、と言うべきかもしれない。
【2010年3月30日 帰宅後記】

◎ 2010年3月28日(日) 「田島本の合評会」
・ cogito 研究会の定例会(午後2時〜6時)。今回は田島正樹著『神学・政治論』(勁草書房)の合評会。中真生・今野諒子・荒武裕一郎・小池翔一・私・植村恒一郎の6人のコメンテーターが発表・質問し、著者の田島正樹氏と議論するという形式。
・ 私のコメント原稿をpdfでアップしておきます。 → 田島正樹著『神学・政治論』へのコメント
・ 私は仕事が入っていたので、いったん途中退席させてもらって、夕食会に再び参加。
・ 夕食会の席では、上記のコメント原稿で書けなかった点を田島さんと話す。たとえば、
・ 1)ヨブの反転に相当するものは、信仰の場面だけでなく、言語習得においても生じていること。つまり、象徴界への参入には、単に「遅れ」「トラウマ」だけはなくて、それを反転させ突破しようとするような主体の立ち上がりが含まれていること。しかしながら、今回の田島さんは、そのヨブの反転を、言語一般の問題として展開していないという点。
・ 2)解釈者・読み手がテキストに自分が書き込まれていることを見出すことの裏面には、テキスト作者が、読者に対して「自分が書き込まれていることを見出す」ように書くということがある(戦略的にそのように書くということもある)。この両者(作者と解釈者)の関係もまた、「非対称的」なのではないかという点。これは、「転移」という問題につながるが、田島教育論的には、その「転移」の解除まで本の中に忍び込ませているのかどうかという点、
などなど。
【2010年3月29日 帰宅後記】

◎ 2010年3月27日(土) 「駿台藤沢校で講演」
・ 駿台藤沢校の「春の湘南高校DAY」というイベントで、講演(湘南高校生に語る 哲学・はじめの一歩)をやってきました。自分の高校時代の話を少し加えたところがいつもと違うだけで、あとは哲学の話で突っ走る。
・ 最後に、私の文章を使用した入試問題を見てもらって、「ほら今日したような話が、入試問題としても出ているでしょ。哲学の話だから受験には関係ないと思ったかもしれないけれど、そうでもないのです」という話をして終わる。
・ 現役の高校生よりも、その横でいっしょに聴いているお母さん方の反応(うなずき方のポイント等)が、素晴らしい。
・ 今回の講演とはまったく独立に別件で、5月31日(月)に、こんどは湘南高校からの依頼で、場所も湘南高校の中の多目的ホールで、「キャリア教育講演会」というのをやることになる(どうせ哲学の話しかできないけれど)。このところ、湘南高校関係が続く。
【2010年3月28日 帰宅後 記】

◎ 2010年3月22日(月) 「レスリング・トレーニング雑考へのコメントに対する私の応答部分(抜粋)」
・ <以下は、「レスリング・トレーニング雑考」への皇帝戦士さんからのコメント@mixiに対して応えた、私のコメント部分からの抜粋>

・ ルールによって確定した試合という目的があって、それを目指し模倣するものとしてスパーリングが位置づけられるというのが、ふつうの考え方の順序かもしれません。
・ しかし、私はむしろ逆の側面を強調したいと思いますね。境界の曖昧な判然としないスパーリング的なもの(取っ組み合い)がまずあって、それをルール等で整形していった先に、試合が生まれるのだという風にです。そして、スパーリングは、自分から生まれ出たものを、さらに模倣しつつ吟味もする。
・ この両者のあいだを、行きつ戻りつする(できる)ことによってこそ、「ルールがある」ということの意味がはっきりするし、また「ルールを修正する」ということも起こるのだと思います。
・ 一般的に言って、ルールという存在は、単に明文化できる顕在的な水準のみでは考えられないということだと思います。
・ レスリングが含み持っている「性的な隠喩」は、これ自体とても面白いテーマだと思います。レスリング行為の中に卑猥性を見いだして、揶揄したりすることはふつうに行われるわけですし、どこか動物的な(さらに昆虫的な)交尾状況を彷彿させる要素だって確かにあるわけです。人間的コミュニケーションの水準の「えっち」だけでないところにまで、その隠喩は届いてしまっているかも、と思います。

・ 「第1講」としてトレーナーが言うのは、人間が二足歩行の動物であることとレスリングとの関連です。佐山サトルの発言(「人間は絶対立ち技から始めるはず」)も、この点に関係しますね。
・ 二本足で立っている動物だからこそ、その状況を崩すことで(ここだけを純化させるのが、相撲だとも言えますね)、相手をコントロールしやすくする。さらに、倒れた状態でも可能な自由な動きを封じることによって、完全に相手を制する。しかも傷つけずに生かしたままでコントロールする(この点は、打撃や関節技がないことと関係あるかも)。基本的には、この二段階がすべてでしょう。
・ 二つの焦点を持つ組んず解れつの流動体は、垂直のものを水平に、動いているものを静止した状態へというベクトルに導かれて、収束していくわけです。
【2010年3月23日記】

◎ 2010年3月21日(日) 「レスリング・トレーニング雑考」
・ 本日のグラウンドの練習で、「股さき」を習って何度も試す。相手の太ももの深い位置で自分の両足をロックして、自分の膝を開きつつ、起き上がり小法師のように腰・腹・胸と落としていくように体を移動させると、相手は腰への激痛に耐えられず自然に表返る。何だかとても合理的。身体はそういう構造になっているのだという納得。

・ 昨日、レスリング経験者の石川さんと話していて意見が一致したことの一つは、私のことばで言えば「レスリングの原始性」という点であった。

・ 他の格闘技は、それぞれある部分を肥大化させて、偏らせて、磨きをかけていく(すなわちジャンルとして特殊化し洗練されていく)のに対して、レスリングはむしろ逆で、もっとも基本的な体の力や動きや構造というコアだけを残して、それだけを競おうとしている。いわば、取っ組み合いの原形保存。だからこそ、ある意味でもっともナチュラルな格闘技であり、ある意味でもっとも地味な競技であり、もっとも過酷なスポーツでもある。

・ 今日もスパーリングをやっていて思うのは、たしかにそれは肉体どうしのコミュニケーションであるが、ふつうの意味での、独立した者同士の「対話」「会話」というのとは違う。

・ むしろ、二つの肉体の力関係によって作られる「場」のようなものをめぐっていて、その「場」をゴムのように引っぱったり伸ばしたりしているような感じで、それは、一つの問題をめぐってああでもないこうでもないと二人でやりとりしている感じに近い。

・ そのようなレスリングの「原始性」や「独特のコミュニケーション」は、どこか哲学に似ているような気がする。

・ レスリングだけではない。バーベルやダンベルによる筋力トレーニングも、「他の競技や健康のため」という外在的な目的を削ぎ落とし、「筋肉それ自身を明晰化し、身体に潜在する可能性自体を拡大するため」というように無目的化、あるいは目的の内在化が生じると(好きな人はそうなっていくと思うが)、哲学に似通ってくる気がする。

・ スパーリング後に、相手の方から、(技はないけど)身体の力がもの凄く強いと褒められた。別の方からも同じことを言われことがあるので、そうなのかもしれないと思った。若い頃始めていれば、もっとものになったのかも。
【2010年3月21日記】

◎ 2010年3月20日(土) 「北山晴一先生 退任記念講演会」
・ 今日は、「北山晴一先生 退任記念講演会」に出席するため、立教大学に出かけてきます。交流会でのスピーチを、仰せ付かっています。

第吃堯俗世間と認識論〜比較文明学の行方
第局堯Ъ匆颯妊競ぅ鵑箸浪燭、
なぜ、いま社会デザインなのか
第敬堯Ц鯲会
2010年3月20日(土)
13 : 00 〜18:00(受付12 : 30 〜)
立教大学大学院北山晴一ゼミ院生・修了生有志一同
北山晴一先生が2010年3月末日をもちまして、立教大学を定年退職されます。先生のこれまでのご指導に感謝し、記念講演会を開催いたします。ご多忙中のこととは存じますが、皆様のご参加を賜りたくご案内申し上げます。
なお、講演後には交流会も予定しております。
会費:1000円
場所:立教大学池袋キャンパス
太刀川記念館3階多目的ホール

・ 北山晴一先生には、1999年に岡山で行われた林原フォーラム「時間と時」という三泊四日のシンポジウムで初めてお会いして以来、特に山口大学時間学研究所の活動で色々と助けていただいた。
・ その林原フォーラムについての手記が、山口大学広報誌 YU-Information No.47に掲載されて残っています。「「時間と時」に参加して」という文章です。

(帰宅後追記)
・ スピーチでは、上記の「林原フォーラム」での北山先生との出会いについてしゃべる。「否定しても肯定しても抜け出せないニヒリズムの袋小路に、北山モード論は陥っていないのか」と迫った当時41歳の若僧の私に対して、55歳だった北山先生は、発言内容によってではなく、発言行為・しぐさの<格好良さ(品位)>で応じたというエピソードを紹介する。これもまた本日の講演のテーマである「身体性」に他ならない・・・・と話をつなげる。
・ 交流会では、話しかけてくれた石川寛さん(ICU社会科学研究所助手・政治思想)が、レスリングの経験者だったため、私は初心者として色々質問をすることができたし、「肉体」系の話で大いに盛り上がる。彼は、トライアスロンやボディビルの実践者でもあり、身体論という自らのテーマを、その実践者の視点から論じようとしている。今後がとても楽しみである。
【2010年3月20日記・21日追記】

◎ 2010年3月19日(金) 「さらにもう一校追加」
・ もうそろそろ飽きてきたが(なんて言ってはいけないけれど)、日本著作権教育研究会を介しての連絡で、東京都市大学(旧:武蔵工業大学)の入試問題(国語)として、『相対主義の極北』の文章が使用されたことを知る。「足の裏の影」のところ。
・ 今回の設問の中には、「そうこうするうちに、次男と三男も「ある」とか「ない」と叫びながら、話に割って入ろうとして騒々しくなった」という一文に線が引いてあって、その一文が本文中でどのような機能を担っているかを問う設問があった。中心的な内容を担っていないこの箇所でも、いや担っていないからこそ、問題が作れるんだというのが、ちょっと新鮮。
・ 解答は、「「足の裏の影」の問題を提起する導入部を終え、問題点の分析へとつなぐ機能」という選択肢だろう。なるほど、その通りだ。
・ ちなみに、この一文を書いたとき、筆者の頭の片隅にあったのはどういうことか?「長男だけ登場させるのでは、この文章を読めるようになったときに文句を言うかもしれないので、次男と三男も登場させておこう」だったことを、よく覚えている。
【2010年3月19日記】

◎ 2010年3月15日(月) 「朝カル3」
・ 朝日カルチャー講座「哲学の読書会」の今期3回目。「私的言語」の話題にはいる佳境であった。
・ 「私的言語とは、かくかくしかじかであり・・・」と確定した仕方でそう単純に提示できない。そのこと自体が、まさに「私的言語」の問題なので、テキストに即してネガティヴに4点取り出すことから話を始める。
  1)共同体から孤立した個人が問題なのではない。いやもっと言えば、孤立している必要などまったくなくて、ふつうに共同体に属していてふつうに言語を使っている状態で考えた方がいい。
  2)たしかにある種の「内面性」が問題なのだが、だからといって、「内面」をすでに分かったもの・確立したもの・安定したものとして考えるべきではない(ex.近代的個人の確立とか、直接的で非言語的な心の内とか・・・、そういう「思想」や「神話」は棚上げにしておいた方がいい)。
  3)「嘘をつく」という言葉の働きとの決定的な差異が重要。
  4)(誤解されやすい点であるが)クオリア問題との決定的な差異が重要。「クオリアの逆転」の問題は、「私的言語」の問題とは違う。
・ それらをすり抜けながら、「私的言語」を設定しようとしたときに生じるプロセス自体が、まさに「私的言語」の問題である。
・ どのように設定しようとしても、「私的言語」の設定という初動に、「われわれ」は成功できないということが、当の「われわれ」の側に分かってしまうというプロセスの中で、理解されていることとは何なのか。
・ さらに、「われわれ」の側ではなく、想定される私的言語者「自身」の側が、実は「われわれ」の根底的なあり方に一致してしまうという仕方で、実は「われわれ」が、ある意味で「私的言語者」なのではないかと、問題が回帰してくること。
・ これらの話をして、質問を受けて、2時間が終わる。
【2010年3月16日記】

◎ 2010年3月14日(日)「オックスフォードでのホームステイ」
・ 本日、大学生の次男が成田から、英国に旅立った。オックスフォード大学の近くの家庭にホームステイしての、二週間ほどの語学研修である。
・ いまではGoogle Map の street view があるため、滞在先になるお宅や周辺環境まで見ることができる。オックスフォード大学の横を走るBanbery Roadを、1卮召曚彬未愎覆鵑如Hermes Road の方へ入っていくあたり。閑静な住宅街である。
・ 彼は、(私のスタンフォード大学での海外研修のため)小学校一年生のときにカリフォルニア州 Palo Alto に一年間滞在して以来、その Palo Alto 時代の友人宅に招かれて二度アメリカに遊びに行っているので、今回が四度目の海外旅行ということになる。
・ 私も、大学2年生のときにケンブリッジ大学の近くで一ヶ月間ホームステイをしたことがあるが、その時はまったく初めての海外であった。
【2010年3月14日記】

◎ 2010年3月12日(金) 「もう一校追加」
・ 昨日は、辻正二先生(山口大学・時間学研究所所長)と、2日前にも(心理学科の納会で)行ったポンテベッキオでランチ。
・ 第2回の日本時間学会の会場として青山は使えないかとの打診を受けるが、動いてもらえる院生等の「実働部隊」が私にはいないわけで、雑務を一人で抱える破目になりかねないのでお断りする。一方、パネラーならば依頼されればやってもいいかなと思っていたが、こちらはすでに決定済みのようで、話題にもならず。

・ 本日、日本著作権教育研究会を介しての連絡で、神戸学院大学の入試問題(国語)として、『相対主義の極北』の文章が使用されたことを知る。
・ こういう事後連絡に関して、大学間でずいぶん差があるようだ。今年度の龍谷大学や成蹊大学の対応は、とても早かった。昨年度では、立教大学の対応はとても丁寧で好感をもった。一方、早稲田大学と名古屋大学からは、まだ何の事後連絡も来ていない。「赤本」の教学社から、二次使用の許可を求める方が先に来ることで、知ったくらいである。
(以下追記)
・ 私は、入試でも模試でも、自分の文章が使われることは、単純に嬉しいし、大いに歓迎というスタンスです。とにかく、大量の受験生に真剣に読んでもらえるのですから。だから、使用許可を求める書類にすぐに押印して、返送しています。
・ しかも、かつて予備校で教えていた経験があって、かつ『哲学の誤読 −入試現代文で哲学する!』のような本を書いた者としては、「説明・解説する主体の側」ではなく「説明・解説される素材の側」に立てることは、感慨深く快感でもあります。
・ だから、「勝手に使ってけしからん」という意味で書いたのではなくて、「こちらは使ってくれて嬉しいのだから、ちゃんと教えてくれよ」という意味です。今回は、他の経路で分かったからいいのですが、教えてくれないと分からないままかもしれないですから。
【2010年3月12日記】

◎ 2010年3月10日(水) 「東大合格発表の日」
・ 昨日は、午後から3種類の会議のあと、夜はポンテベッキオで心理学科の納会。仁科貞文先生の定年と緒方恵さんの退職を祝う。

・ 今日は、東大(前期)の合格発表の日。30年ほど前の合格発表の日、私も午後1時すぎに東大本郷の掲示板の前に立っていた。
・ 高校卒業後、大学へ行かず(行けず)同棲生活をしていた私は、彼女だけを働かせて、自分は一日中まったく何もせず公園のベンチなどで寝ころんで過ごすような、自堕落な生活へと陥っていった。
・ この状態から抜け出すため、まずは大学へ行こうと思い直し、一年後の受験を目指して予備校(駿台)に通った。このとき出会った年下の二人の友人に牽引されて、久しぶりに勉強に打ち込んだ。ブランクがあるためしばらくはきつかったが、10月には全国で二桁の順位を出せるところまで回復した。二人の友人をはじめ周囲の19歳にとって、女と同棲中の風変わりな年上の受験生は、興味を引く存在のようだった。
・ 東大合格発表の日、私は彼女といっしょに出かけた。合格している自信があったからいっしょに出かけたのだが、使い慣れているはずの新宿駅でホームを間違えそうになるくらいに、緊張していて心ここにあらずという状態だった。
・ 当時は受験番号だけでなく、名前もいっしょに張り出されていた。二人の友人のうちの一人は、同じ文三を受験していて、名前が同じく「い」で始まるので、自分と私の名前を私よりも早く見つけて、歓喜のあまり抱きついてきた。もう一人の友人は、文一を受験していたが、知らないあいだに去っていて不合格だったことが分かった。今では、前者の友人は某国立大学の言語学の教授に、後者の友人はその後法学から医学に転身して、某私立大学の環境医学・疫学の教授になって、それぞれ活躍している。
・ あの合格があったからこそ、その後、私と彼女の同棲生活も、新しい段階へと進むことができた。
【2010年3月10日記】

◎ 2010年3月8日(月) 「『<私>を哲学する(仮題)』(講談社)の途中経過」
・ 序章(永井均)・第1章(入不二基義の論文+討論)・第2章(上野修の論文+討論)・第3章(青山拓央の論文+討論)+質疑応答の原稿はすでに提出済み。
・ 入不二・上野・青山は、それぞれ各論文の重要語句である「内包」「大文字の他者と真理条件」「指標と様相」の語句解説を追加で書くことになる。
・ そのため、討論を受けての afterthoughtの原稿(永井・入不二・上野・青山・司会の古荘真敬による)は、締め切りを4月末に変更。
【2010年3月8日記】

◎ 2010年3月6日(土)「’93 駿台での最終講義の思い出」
・ 昨日は長男、あすは妻の誕生日。
・ 湘南高校生のための講演準備のため、高校時代の写真を探していたところ、1993年に駿台を去るときの最終講義の写真が出てきた。
以下のコメントと共に、’93 駿台での最終講義の思い出のページに載せておきます。

 1993年、山口大学に赴任することが決まったため、大学院生のあいだ教えていた駿台を去ることになった。
最終授業は3号館の東大クラス(文1α)で行われ、最後に友人の霜栄氏がかけつけてくれて、盛大なセレモニーとなった。
霜さんは、自分の授業を少し早く切り上げて、他校舎から学生達も引き連れてやって来てくれたので、後で学務課からお叱りをうけることになる。

 もちろん、ふだんの授業で、霜さんはこのクラスを教えていたし、私は、霜さんが連れてきた別の校舎の学生たちを教えていた。
学生たちにとっては、ふだんから霜+入不二の連動を楽しんでいたうえで、この日のセレモニーがあった。
 霜さんとは、衛星放送の授業(「英文・現代文同時読解講座」)で、お互いの科目を交代して(霜さんが英語を、私が現代文を)
教えて、互いに絡むという「遊び」もやった。こういうことが、「仕事」として成立するよき時代であった。

 以下の写真を見ると、300名という大教室の雰囲気が伝わってくる。
この受講生の中には、その後東大哲学科に進んで、哲学研究者になっている中真生さん(神戸夙川学院大学准教授)もいたのだった。

【2010年3月6日記】

◎ 2010年3月2日(火)「門脇俊介さんの通夜」
・ 昨日・月曜日は、整形外科通院と車検に出していた車の引き取りと朝日カルチャーセンター「哲学の読書会」。
・ 本日・火曜日は、研究科教授会と門脇俊介氏の通夜出席。門脇さんとは、東大哲学科の野球チームでいっしょに練習や試合をした思い出がある。「野球での所作も敏捷で美しいのは、高校時代まで剣道をやっていたからだろうか」と当時思った記憶がある。ご冥福をお祈りします。
・ ここに、門脇さんの2006年3月の写真が掲載されています。
【2010年3月2日記】
 
◎ 2010年2月28日(日) 「練習メモ」
・ 準備運動: いまだに前転の繰り返し後にめまいがする。側転の方はだいじょうぶなのに。首を支点にしての跳ねるような前転など、この先できるようになるのだろうか。
・ 前回の技の復習: 低く入る・頭を下げない・左足をもっと踏み込む・小指で刈るように
・ タックルを切った後の練習: 体重を相手の背中にかけ、右手で頭・左手で胴をコントロール、完全に切った後にバックへ。
・ 差し合いの練習: 力の入れ方にメリハリをつけ、抜くところを抜くべしという注意は、全般的に言えること。
・ ローリングの練習: ロックした腕の輪を小さくして密着(ほんとうは肋骨を極めるらしい)、腕で持ち上げるのではなく脚力で回転。守りでは、左の力が弱く踏ん張れない。
・ スパーリング: 途中何度か抜けて休憩して見ていたときに、上級者も上級者のレベルで息があがって、スパーリング後は大の字になるのだということが分かる。安心すべきか、恐れるべきか。そのときの先生のひとこと、「こんなに体に悪いスポーツはない」が、印象的。
・ 補強運動: 腹筋は100回やっても全然だいじょうぶなのは、いつもの筋トレの成果。
【2010年2月28日記】

◎ 2010年2月27日(土) 「名古屋大でも」
・ 本日は、大学院の面接試験と判定会議と臨時分科会。
・ 駿台予備学校の知り合いの職員・小澤尚登さんからメールをいただいて、名古屋大学の入試でも、「「ものさし」の恍惚と不安」(『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収)が使われていたことを知る。さすが名古屋大だけあって、「「ものさし」の恍惚と不安」の中でも一番難しい箇所を選んで、記述を含む問題に仕上げている。「時の流れ」を謎として感じたことがない人にとっては、特に難しい文章だろう。
・ 興味ある方は、名古屋大学・国語の問題、駿台による「問題分析」も参照してみてください。そのうち、他予備校の概評・分析も出るだろうから、読んでみるつもり。
【2010年2月27日記】

◎ 2010年2月24日(水) 「3校目」
・ 本日は、大学院入試一次判定会議と修士論文発表会。
・ こんどは、成蹊大学・法学部の「AOマルデス入試(The Multi Dimensional Entrance Examination for Seikei University)」の「資料読解力・文章表現力審査」の文章として、「「ものさし」の恍惚と不安」(『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収)が出題された旨の報告が届く。
・ 「国語(現代文)」の入試ではないので、龍谷大よりも長い範囲(「時計で時を計る」箇所まで含めている)を出題しているのが、特徴。成蹊大の法学部というと、あの人の出題では?と思い当たる人がいるのだが。【2010年2月24日記】

◎ 2010年2月22日(月) 「昨日に続き」
・ 早稲田大学のスポーツ科学部の国語入試問題で、「一回性と反復」(『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収)が使用されていることを、「赤本」の教学社から著作物使用願が来て知る。昨年10月の駿台全国模試で、友人の霜栄氏がこのまったく同じ文章で出題しているので、いわゆる「的中!」ということになりますね(駿台はこういうことを重視しないけれども)。しかも、同じ箇所を同じように問題にしているので、両方受けた受験生がいるとすると、得したかも。
・ 予備校(東進)の「講評」では、この問題について、難易度を「標準」としたうえで、「本文は「一回性」という難解な内容を丁寧に説明する、非常に良心的な文章である。設問では問一の「常住不変」という言葉が少し難しいものの、選択肢問題であるため正答を選ぶことは可能であろう」と述べている。私が褒められたような気がする(^_^)v【2010年2月22日記】

◎ 2010年2月21日(日) 「入試関連」
・ 先週の土日から続いていた入試業務も、本日で無事終了。しかし明日からの週は、大学院の入試業務。
・ 龍谷大学・入試部より、2010年度国語の入学試験問題として「「ものさし」の恍惚と不安」(『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収)を使用した旨の連絡が、著作物使用許可願いと問題現物とともに、研究室に届く。帰宅途中の電車内で、問題を解いてみる。選択肢もなかなか興味深く、拙文を使ってもらって感謝である。【2010年2月21日記】

◎ 2010年2月15日(月) 「朝カル」
・ 朝日カルチャーセンターの今期「哲学の読書会」スタート。
・ 常連の方に加えて新規参加者もいるが、最初からかなり「濃い」ムード。2時間で2ページも進まないほど発言が続き、読書会らしくていい感じ。
・ 終了後のお茶会も、いつもの数人ではなく11人になったので、場所を「樹林」に変える。参加者の年齢が様々なので、大企業で人事や新人教育を担当している方と、これから就職活動をするような大学生とのあいだでの雑談もあって、なかなか有益で興味深い会話が交わされていた。こういうのも、こういう場ならではの、おもしろい現象だと思う。【2010年2月16日記】

◎ 2010年2月12日(金) 「けが3/解説原稿終了」
・ 筋肉痛は徐々に治まってきたのに、一箇所だけ(左胸と脇腹の中間あたり)、特定の動きとともに痛みが走る。全身の筋肉痛の内に埋没していたのが、他の箇所の痛みが背景へ退き、クローズドアップされた感じ。我慢して筋トレをやったら、その痛みがひどくなった。
・ もしかしたら・・・と思って、(次男・三男と同じ)整形外科クリニックへ行って来た。レントゲン写真を撮った結果、(わずかとはいえ)第八番目の肋骨の骨折と診断された。心当たりはあって、レスリングのスパーリングの最中に、ぶつかったか捻ったかで「痛っ!」という場面があった。やれやれ、息子たち2人に加えて親父もか、という状態。でも、ほっとけば、4週間ほどでくっつくでしょうということで、一安心。

・ 本日、文庫版・永井均著『転校生とブラック・ジャック ― 独在性をめぐるセミナー ―』の解説原稿(「哲学の交響曲」)を、岩波書店の編集者・中西沢子さんに提出。規定枚数が少ない点に、苦労した(他の文庫だと、もっと解説が長く書ける)。文庫版『転ブラ』は、新学期に合わせて、4月か5月に出ると聞いています。

・ この土日は、連日入試業務で休みなし。肋骨の骨折したところが、前より痛くなっていて、しんどい。
【2010年2月12日記、14日追記】

◎ 2010年2月9日(火)「翌々日」
・ だいぶ筋肉痛もやわらいだので、トレーニングジムに行ってみる。しかし、いつものウェイトが上がらず、10垳困靴覆韻譴个覆蕕覆い曚鼻筋肉が疲労しているのが分かる。走る方には影響はなく、いつもどおり1時間走る。
 また、裸になって点検してみると、何カ所かが痣になっている。なんだか、高校生の部活みたいだなぁ。

・ こんなことばかり連日書いていると、永井さんが、「俺の本の解説原稿は、書いているのか?」と心配するかもしれないですが、大丈夫、もうすぐお見せできそうです。
【2010年2月9日記】

◎ 2010年2月8日(月)「翌日」
 全身、隈無く筋肉痛。
(「部分的な」筋肉痛は、これまで何度も経験がありますが、これほど全身を覆っている「全体的な」筋肉痛は、初めてです。
 ふだんの筋トレが、いかに局所的なものに留まっているかが、分かります。 )
【2010年2月8日記】

◎ 2010年2月7日(日)「夜哲の会/レスリング」
・ 昨日夜は、演習のメンバー+αで飲み会「夜哲の会」を、青学近くの「居酒屋 一番星」で。これから卒業する4年生たちは、もっと大学生でいたいと言いながらも、新たな世界へ踏み出そうとする「構え」が頼もしく感じられて、おじさんもそのエネルギーを分けてもらった感じ。

・ 今日は、一つの記念日となるだろう。いろいろ悩み考えた末に、レスリング・スクールにも通うことにして、本日申し込みをして練習に初参加。
・ 51歳で、まったく初めての競技で、しかも地味ながら最もきついスポーツとも言われるレスリングを始めることは、無謀とも思ったが、「えいやっ」という感じで、とにかく始めてみることにした。どうしてもついて行けなければ、やめればいいだけだから。
・ 2時間強ほどの練習に参加した後、体に力が入らずヨレヨレになって、何とか家にたどり着いた。予想はしていたけれども、全身がワナワナしている感じ。特に、ふだん筋トレしていない首周りや手首は、捻挫しているわけでもないのに動かせない。
・ レスリングマットの柔らかい少し沈むような感触と、ふつうのシューズよりずっと固定感が大きいレスリング用のシューズの新鮮さから、スタート。前転・後転を繰り返して進んでいく準備運動の所で、めまいに襲われてふらついて、最初から不安になる。そういえば、マット上で前転・後転を何度も何度も繰り返すなどというのは、高校生以来ではないか?一つ収穫だったのは、「三点倒立」をして足を閉じたり開いたりする運動が、ちゃんとできることが分かったこと。
・ まったくの初心者なので、一人だけ別になって、両足タックルの入り方とタックルの切り方と前後の受け身とを、先生と一対一で繰り返す。これだけで、もうハァハァ状態。
・ ここがレスリングの面白さだが、初心者でもそれなりにスパーリングをやらせてもらえる。しかし、これがきつい。私よりも10歳ほどは上だと思われる年輩の方にお相手をお願いしたが、もちろんベテランの方で、弄ばれてお話にならないという状態。何もできないものだから、私はヒールホールドを極めようとしたり、腕の逆関節を取ろうとしたりして、叱られる。「反則」というのが、追い詰められて何もできないからこそ出てしまうことを、身を以て知る。インターバルでは、座って休みを取るのもきつくて、大の字になってしまう。
・ 先が思いやられるが、筋トレとランニングを一回減らしてでも、週一のペースで続けてみようと思う。
【2010年2月7日記】

◎ 2010年2月2日(火)「けが2」
・ 大学生の次男が今朝、スノーボード旅行から帰ってきて、足首を痛めたということで、昨日三男が行ったのと同じ整形外科へ。いやはや、これまた骨折していたという診断。外科医の先生も、兄弟の連日の来院で、苦笑しているのでは?

・ ところで、私は、トレッドミル上で1時間ランニングをするとき、音楽を聴いたりテレビ番組を観ながらやるのが好きではない。走るときは、ただ走ることのみに集中したい。こう言うとよく、「1時間もマシーン上で走っているだけだと、あきませんか?」と聞かれる。

 でも、全然そうではないのですよ。

 走っているあいだ中、「今日は右のふくらはぎあたりがいつもより張っている感じがする」とか、「あっ、今日は20分を越えたあたりが、このあいだより楽だ」とか、最近は少々ランニングフォームを維持することも気にしながら、自分の身体や走りのことを意識しているせいか、一時間はけっして長くない。むしろ、リラックスしてただもの思いに耽っているときの楽しさと、似ている気がする。

 「グランド○○周!」とか叫んで、生徒を威圧するだけではなくて、こういう自分の体と対話するような技術の習得や、走ることに含まれる豊穣な経験の伝達を、高校の「体育」の授業でやって欲しかった。
その点、私達の高校時代の「体育」の授業ってダメだったと思う。もっと大人になる将来まで運動を続けるという視点や、自分の身体と意識的に向き合う要素など、改良の余地がありすぎる、もっと端的に言えば「知性のない」体育だった。

 プロになれるのは、どの分野でも一握りだけど、たとえプロにはなれなくとも、その競技(分野)を、末永く楽しめるように習得していく(学んでいく)というのが、肝要なのではないか。 いまの中学・高校の「体育」の授業は、もっと進歩しているのかな?
【2010年2月2日記】

◎ 2010年2月1日(月)「けが」 
・ 昨日のキックボクシングの試合で、三男は左足の小指を複雑脱臼していて、今日は整形外科に行くために高校を欠席する。第1試合中に負傷したそうで、小指が横を向いてひん曲がっていて靱帯断裂だとか(考えるだけで痛い!)。そのままの状態で、第2試合もやって勝ったのだから恐れ入る。整形外科で、上下左右に脱臼しているのを、もとに戻す治療をしたそうだが、そうとう痛かったらしい。
・ それで思い出したのが、かつて私が、空手を習っていたころ(大学院生+駿台講師だったころ)のこと。稽古の最中、先生の拳と私の拳がもろにぶつかって、私の左の拳が骨折。文字通り、相手の拳で自分の拳が砕かれたという経験だった。チョークを持つ右手でなかったのが、不幸中の幸いという話を、予備校の授業でしたことも思い出した。
・ それ以来、格闘技に手をだしていないのだが、このところ体が少しまともな状態に戻ったのと、三男のキックボクシングの試合を観たことの影響もあって、また格闘系のことをやりたいという気持ちが少し頭をもたげてきている。
【2010年2月1日記】

◎ 2010年1月31日(日)「新年会2とキックボクシングの試合観戦」
・ 昨晩は、新宿にて新年会の第2弾。石川巧・霜栄と私の3人で会うのは久しぶりで、そこに立教大博士課程の院生・住友直子さんも参加。石川さんの本がちくま新書(増田健史氏の担当)とひつじ書房で今年中に出る予定のようなので、楽しみ。
・ 「自分が日々向上しつつあると感じられることをやっているか、やっていないか、それが分かれ目」「頭を使う仕事をしている人ほど、ちゃんと感性と身体を鍛えておかなくてはいけない」という霜さんの発言に、(私はこのところの経験を踏まえて)納得するところあり。
・ 大森のゴールドジムサウス東京アネックスへ、高2の三男(義顕)のキックボクシングの試合・KAMINARIMON東京大森大会(デビュー3・4戦目)を妻と観戦しに行く。
・ 今日の義顕は、風邪で体調不良であるにもかかわらず、2試合を戦うというし、しかも前回のCクラスからBクラスのルールへ昇格しての試合なので、どうなることやらと思っていた。しかし結果は、最初の試合がドロー (1-1)、二試合目は判定勝ち(3-0)。特に、ドローになった方のシルバーウルフ所属の選手との試合は、なかなか伯仲したいい試合で、観ていて楽しむことができた。下の写真は、その最初の試合のワンシーン。「赤」の方が義顕。【2010年1月31日記】
・ <追記> スクランブル渋谷のインストラクターの増田博正さんが、本日の義顕の試合にもコメントをしてくれています。→ 増田博正さんのブログ
 

◎ 2010年1月29日(金)「6ヶ月経過」
・ 今日で定期試験とその監督の仕事が終わる。あとは採点あるのみ。明日は卒論発表会で、午前〜夕方まで学科の仕事、夜は飲み会。明後日は三男のキックボクシングの試合を観に行く予定。
・ 昨年夏にトレーニングを再開してから、ちょうど6ヶ月が経過したことになる。50歳をすぎていても、やった分だけ肉体(能力)は向上していくのだということが、数字で分かってとても面白い。
 筋トレのウェイトはじわじわと重くなって、たとえばレッグプレスで言うと、6ヶ月前に60圈10〜15回×3セット)くらいで始めたのが、現状では110圈10〜15回×3セット)。アブドミナルクランチ(腹筋)だと、20圓濃呂瓩燭里今は45圈
 走る方も、最初は時速8劼任癸隠以も走ると息があがっていたのが、時速10劼任佞弔Δ烹瓜間走ることができる段階に到達できた。
 体重は、何の食事制限もしていないのに、8圓曚標此
 まだまだ向上できそう。
【2010年1月29日記】

◎ 2010年1月25日(月)「新年会」
 今日の夜は、駿台講師時代の旧友たちと集まって、新年会。現在も数学科・現代文科のNo.1講師であり続けている小林隆章氏と霜栄氏、大学教員になった桑田孝泰氏(東海大学教育研究所教授・代数学)、甲斐基文氏(東京薬科大学教授・フランス言語学)と5人で。【2010年1月25日記】

・ 子どもっぽいままのポジティヴさが持つ、エネルギーと危うさ。
・ 同じ場所に再び戻ったとしても、そのあいだに経過した時間によって、スタンス自体が変わってしまっていいはずなのに、なぜ、もう一度同じように繰り返そうとするのだろう。
等々・・・・を思う。 【2010年1月26日帰宅後追記】

◎ 2010年1月13日(水)「大学から自宅までランニング」
 午前中は大学院関係の業務で、午後は会議が二つ。仕事が終わって夕刻、大学から自宅までランニングで帰ってみることにチャレンジ。青山通りを下って渋谷に出て、246を進んだあと、池尻大橋のあたりで目黒川緑道に入る。北沢川緑道と烏山川緑道の分岐点から烏山川緑道の方を選び、三宿・三茶をへて、いつもの走り慣れたコースへと接続。ちょうど一時間で自宅に到着。一番きつかったのは、渋谷の「谷」を越えての上り坂(渋谷はほんとうに「すり鉢状」だなぁ)。【2010年1月13日記】

◎ 2010年1月11日(月)「次男・成人式」
 次男・惟道の成人式の日なので、自宅ソファでいっしょに記念写真。

 その次男は夕刻より、中学時代の友人たちとの飲み会のため三軒茶屋へ出かけ、高2の三男は沖縄への修学旅行中だし、会社員の長男は彼女の所からまだ帰ってこないし、妻も友人宅での新年会に出かけている。今晩はひとり静かに夕食ということになる。
明日の授業の準備を終えたら、「愛のむきだし(Love Exposure)」(園子温監督)のDVDでも観るか。
【2010年1月11日記】

◎ 2010年1月9日(土)「北青山散歩」
 土曜日最後の授業(演習)のため、午後から研究室へ。時間があったので、久しぶりに北青山の辺りを一時間ほど散歩。ここ数年間でのお店の移り変わりを実感。
 大好きだった「PARIYA 北青山店」は2008年に閉店して、今は「mastermind japan THE CONTEMPORARY FIX」になっている。
 青学が常青寮跡地に建てたサテライトスタジオ(青山学院アスタジオ)を眺めつつ、LAS CHICASへ向かう。ちょっと寛いでいこうと思ったのに、席が空いてなくて断念残念。研究室へ戻って、授業の準備。【2010年1月9日記】
PARIYA →→→ mastermind japan 

LAS CHICAS

◎ 2010年1月7日(木)「任務完了と新店」
・ 下記の1)隠密的外部監査的仕事: 依頼主に私の研究室へ来ていただいて、報告書(評価書)を提出し、任務完了。
・ 骨董通りよりも一本表参道寄りの細い路地にある「だるまや」で昼食。同じ通りに、「赤坂ふーちん(福清)青山店」がオープンしていることを知る。今度寄ってみよう。【2010年1月7日記】
 

◎ 2010年1月4日(月)「3月までの仕事」
 ジムに行って、今年最初のトレーニングをぜんぶで3時間ほど。12月29日時点と体重が変わらなかったのは、この間の「抵抗」が成功したからか。 
 仕事始めということで、3月末までの重要な仕事を列挙してみると・・・・。

1)隠密的外部監査的仕事:もうすぐ締め切り。 
2)立教大での講演会の起こし原稿の修正加筆:1月25日締め切り 
3)岩波書店・現代文庫に入る永井さんの『転校生とブラック・ジャック』の解説原稿:2月28日締め切り 
4)駿台・藤沢校で湘南高校生と保護者対象に講演会:3月27日(土)午後の予定 
5)共著『<私>を哲学する(仮題)』(講談社)の最終原稿(Afterthought)の締め切り:3月末日 

その他に、1月〜2月は、試験・レポートの採点・成績評価、そして入試業務や卒業関係の行事。
朝日カルチャーセンターの「哲学の読書会」も始まる。

さらに、このあいまをぬって『運命論の透明化(仮題)』(講談社選書メチエ)の原稿を、少しでも進めねばならないが、無理か?
【2010年1月4日記】

◎ 2010年1月3日(日)「キュートで不思議な感じの女性とお茶」 
 今日の午後は、キュートで不思議な感じの女性と会って、5時間近く話しをしてきました。ハンガリー人の父親と日本人の母親を持ち、しゃべるのは日本語も十分うまいけれど、それよりも英語の方が自然で、しかし読むのは英語よりも日本語の方が得意で、12歳まではロシア語も使っていて、中・高はオーストラリアで、カンボジアで小学生に英語を1年間教えた経験があって・・・・という、インターナショナルな女性でした。そして何より、哲学が大好きなので、私と会って話してみたいということに(妻の友人を介して)なった次第。ついでに、帰国子女枠で青山学院大学に入って、私が赴任した年に卒業しているというつながりもありました。これから哲学の研究者を目指して、大学院に入り直そうと考えているということだったので、直接海外の大学院に行くことを考えた方がいいのでは、という話をしました。【2010年1月4日記】

◎ 2010年1月2日(土)「年賀状の文面」 
 明けましておめでとうございます。昨日は午後から妻の実家に年始の挨拶に出かけて、夜帰宅。本日は、箱根駅伝を途中からテレビ観戦(柏原君の区間新が凄いのはもちろんだが、青山学院大が往路9位に入るというのもえらい)。ジムの休みとおせち料理の食べ過ぎによる「リバウンド」を避けるため、30日・31日・1日・2日と連日数キロずつ走り続けて抵抗を試みている。
 以下、私の年賀状の文面。
 「二〇〇九年は、一月に文庫版『相対主義の極北』、四月に『足の裏に影はあるか?ないか?哲学随想』を上梓することができました。その他、『思想』や『時間学研究』に論文を掲載し、いくつかのシンポジウムや講演を行いました。Book 1st京都店でのBook Fair など、初めての経験もたくさんあった一年でした。八月以降は、「肉体改造」に励み、ある程度の成果をあげることができて、継続中です。」
【2010年1月2日記】

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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


著書


2017『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(ぷねうま舎)


2017 『現代哲学ラボ 第4号: 永井均の無内包の現実性とは?[Kindle版](哲楽編集部・編)


2016 『現代哲学ラボ 第1号: 入不二基義のあるようにありなるようになるとは? 』[Kindle版](哲楽編集部・編)


(カバー+オビ 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


(カバー+オビ 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(表紙 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


2013『子どもの難問』(野矢茂樹編著、中央公論新社)<私の執筆は二編>


2013『英語で読む哲学』(編著、研究社)


2012『哲学の挑戦』西日本哲学会・編、春風社)


2011『Q〜わたしの思考探究〜 (共著、NHK出版)


2010『<私>の哲学を哲学する』(共著、講談社)


(カバー 帯なし)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)

↑(帯をとると上のようになります)


(カバー+帯)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)



2009 ちくま学芸文庫版『相対主義の極北』(筑摩書房)



2007 『哲学の誤読 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)



2007 『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)



2006 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版, シリーズ・哲学のエッセンス )






2002 『時間は実在するか』(講談社現代新書)




2001  『相対主義の極北』(春秋社)



1993  『<思考する>英文読解』(駿台文庫・絶版)

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