◎ 2013年12月31日(火) 「大晦日の自主練習」
・ 午前中に、今泉コーチ・木村さんと3人で自主練習。大晦日にレスリング練習をするのは初めて。
・ 試合に向けて、私の弱点を修正・反復練習させてもらって、有意義な2時間を過ごせた。
・ いちばん力づけられたのは、スパー後の今泉さんの「やりにくいですね」という言葉。
・ レスリングを始めた頃に「(変則的で小さいのに力が強くて)やりにくいですね」と今泉さんに言われたことがあり、さらにそれから2年ほど経験を積んだ頃に「(技がかかりやすくなって)やりやすくなってしまいましたね」と言われたことがあった。それらを経ての、一巡した「やりにくいですね」。
・ レスリングを覚える過程で、一度は通過せざるをえなかった(?)「野生(元型)」の喪失を、ようやく少し回復(再構築)しつつあるように感じさせてくれて嬉しかった。
【2013年12月31日記】

◎ 2013年12月30日(月)「2013年極私的5大トピックス」
1. レスリング練習中の右足首骨折 3ヶ月松葉杖初体験。
2. 次男の就職内定(親業3分の2終了)。
3. 『本』連載「あるようにあり、なるようになる」第18回まで継続執筆。
4. 「あまちゃん」にはまる。順位は一位。
5. 55kg級挑戦のため減量中。
【2013年12月30日記】

◎ 2013年12月29日(日) 「体脂肪率8.6%」
・ 今年最後の体組成測定をジムで行う。
・ 体脂肪率が8.6%になっていた!まさに減量の成果。
・ BMIは21.0で、腹囲は70cm。腹囲は、レスリングを始める2〜3年前の一番太っていた時に90cmだったので、その時から20cmの減か。
・ もう今後、こういう数値を出すのは難しくなっていくだろうから、そういう意味で記念的な数字。あるいは、老化に対するあがきのような抵抗だな。

【2013年12月29日記】

◎ 2013年12月28日(土) 「年内最後のsk練習」
・ skレスリングクラスの年内最後の練習(17:00〜19:00、担当:人見コーチ)に参加。
・ 年内最後の練習ということで、また体験や新入会員の方を人見コーチがマンツーマンで指導する必要もあって、いつもの練習とは違う流れ。
・ 30分準備運動・マット運動・アップ等のあと、30分打ち込み、1時間スパーリングというメニュー。
・ 30分の打ち込みの間に、段々強度を上げていき、テイクダウン・寝技まで持っていって、スパーリングに備えるようにという人見コーチの指示。
・ スパーは、3連チャンまでの負け残りで回していく方式で、1分→2分→3分と長くしていく。私は全部で十何本かやった。
・ 総合格闘技をやっていて、その補強のためにレスリングも習いに来たという若者とスパーをしたとき、久しぶりに攻撃心(闘争本能)が蠢いて「フォールするぞ」という気持ちが自分を支配したのが新鮮だった。
・ シャワールームで、トレーニングの専門家である北さんが、私の裸になった身体を見て「きれいに絞れていますね」と褒めてくれた。背中も見せてくださいと言われて一回転したら、後の筋肉も褒められた!

【2013年12月29日記】

◎ 2013年12月28日(土) 「減量記録」
・ このところ55kgを下回っているので、食事量を増やしているが、それでも体重はそのまま推移。
・ 正月を乗り切って、計量日(試合前日)まで、このまま維持していこう。
・ スタート(11月第二週)から本日朝までの起床後朝食前の数字・グラフは、以下の通り。
60.0→59.5→58.2→58.0→57.9→57.4→58.0→57.9→57.8→58.2→57.3→57.0→57.4→57.1→57.1→56.7→57.0→57.0→57.1→56.3→56.5→56.4→56.7→56.5→56.2
→56.6→56.2→55.9→56.2→55.8→55.5→55.7→56.0→56.0→56.2→56.0→55.3→55.0→54.8→55.2→55.2→55.1→54.9→54.5→54.4→54.6→54.9→54.5→54.5→54.3→54.3→53.9→54.2

【2013年12月28日記】

◎ 2013年12月26日(木) 「足による守り」
・ ふだんは仕事があってなかなか参加できないが、授業も休みに入ったのでskレスリングクラス「6の日」夜練習(19:30〜21:30、担当:木村コーチ)に参加。
・ 4名と少人数ながら、若林次郎さんに打ち込み・組み手から相手を動かす練習・寝技の守り練習・スパーまで、すべての相手をしていただいて、とても充実した練習をすることができた。
・ 若林さんは、現在はパラエストラ東京でレスリング・グラップリング&MMA・カレッジレスリング練習会などを主宰なさっている元サンボ全日本王者です。
・ 10年以上前(2001年6月10日・Zepp Tokyo)のグラップリングの試合動画のようですが、若林さんが片足を取られた状態からアームロックでギブアップへとつなげる映像(動画の3分過ぎあたり)を見つけました。

・ 打ち込みでは、倒したあとにポイントを取る・フォールするところまで持っていくまでをきちんとやる。
・ 組み手から相手を動かす練習では(1)内側を取った相手の腕を落として上腕部をたぐる(2)相手の手首を制して横へ回りつつ首・頭を落とす(3)相手の脇をさしてunderhookからの"pull down or stretch out" という3タイプを練習。
・ 寝技では、ローリングに対する守りを集中的に練習。腰を切り腕を張ることよりも、足先(親指の付け根あたり)の踏ん張りを利用することと、身体を浮かせないことに留意して練習。
・ 足の力で守ることはとても有効。ただ、その際股裂きに入られやすくなる点が注意点。
・ 3分のスパー×4本のうち、低く入られて右足首をたぐり寄せられるように取られて、それを切ったり守りきれないシーンが何度も繰り返す。上の動画の2分辺りで、その若林さんの技の一端が垣間見える。
・ 切ったり守りきれないところは、もう少し何とかしたい課題であるが、逆に今日良かった点は、(若林さんがうまく受けてくれたからであるが)少しだけ技の連続性が出せたところだと思われる。
【2013年12月27日記】

◎ 2013年12月22日(日) 「揺らぐ自己認知」
・ skレスリングクラスの朝練習(8:30〜10:30、担当:野村コーチ)に参加。年内の日曜練習は、本日が最後。
・ 組み手を重視した打ち込みのあと、(すでに取ったところからのではなく)取りに行くところからの片足の攻防練習。
・ 「レスリングで一番しんどい体勢(守勢)」(野村コーチ言)の一つである、片足をとったあと潰されかかっているところからの対処を練習する。
・ 一つが、もぐり込んで上げてバックへ回るもの。もう一つが、引きつけて回り込んで肩でプレッシャーを加えるもの。
・ タックル後の相手のクラッチを切るのには「腰骨・骨盤を使う」という高田・野村両コーチのアドバイス表現は、とても的を射ていると思われるが、自分の身体内にそれが浸透するのには、まだまだ時間がかかりそう。
・ 寝技のスパーでは、富川さんの得意技にかかってやられてしまう。
・ 3分のスパーでは、カウンターでバックへ回ったりしてポイントがとれたシーンはあったが、自分から積極的に攻めることができていないのがダメ。
・ 幼稚園からこれまでの50年間、私は(さまざまな場面で)積極的で攻撃的なやつのほうに分類されてきたし、そう自認していたところもあるが、その自己認知は大いに揺らぎつつある。

・ 帰宅後は、青学レスリング部からも出場選手がいるので、天皇杯・レスリング全日本選手権をインターネット中継で観戦。
【2013年12月22日】


◎ 2013年12月20日(金) 「朝カル忘年会第7回」
・ 朝日カルチャーセンターの講座「哲学の読書会」常連受講生との忘年会(今年は8名出席、一次会と二次会を合わせて19:00〜23:00)。もう7年続いていて、この時期の恒例行事になっている。
・ 私は、7時開始を7時30分開始と誤解していて(スケジュール表にもそう書き込んでいて)、みんなの冷たい視線を浴びながら遅れて登場。
・ ひょっとすると、この一ヶ月半の減量の影響は、「身体」ではなく「頭」のほうに出ているのかもしれない。このところ、忘れ物や勘違いが続いているので。
・ 翌日、幹事の竹下さんが「議事録」を送信してくれたので、それを引用させていただくと、以下のような話題が出た。

(一次会)
・入不二先生初の遅刻……ではなくて開始時刻の勘違い
・減量について
・アントニオ猪木登場のいきさつ
・向井さんの新しい本
・舘野さんの海外旅行計画
・入不二先生のwiki上での愛情表現について
・言語表現と身体活動の関係
・ポール・マッカートニーとビートルズ
・現在の生々しさを凌駕する過去の美しさ
(二次会)
・入不二先生の弟さんについて
・兄弟関係について
・人生においてやり残してきたこと
・『子どもの難問』こぼれ話
・上司と部下の関係
等々

・ 以下、私が話したことの一部あるいは補足。
・ 身体活動(レスリング)と哲学の表現活動とは両立しないのでは?という話題が出た。私はどうも、「線引き」をその二つのあいだで行っているのでなくて、むしろ「身体活動(レスリング)+表現活動(本や論文書き)」と「ただ一人で徒然に思考すること」とのあいだで、より強く行っているようだ。前者は、相手が必要不可欠な表現行為・コミュニケーションであるが、後者はそれとは関係なく唯々湧き起こってくるものに身を任せること。その意味では、表現活動(言葉を使って作品を仕上げること)は、唯々思考すること(こちらの方がむしろ哲学?)よりも、レスリングをすることの方に近い感じがする。素材・道具が、肉体か言葉かというだけの違い。さらに私の場合、その身体活動(レスリング)と表現活動(言葉を使って作品を仕上げること)のあいだに、新たなループ(相互関係)が発生しつつある。
・ 身辺雑記(メモ)に見られる「妻記述」―たとえば、2013年9月2日(月)「岡田准一さんのCMを観ながら」の記述など―は「惚気(のろけ)」であって、(受講生たちはそうは言わなかったが)書くのが恥ずかしくないのか?という話題もあった。
・ なるほど「惚気」には違いない。それを書くことの「恥ずかしさ」「抑制の無さ」という点も、よく分かる。しかし、それを言うならば、(すでに2013年12月11日(水)に書いているが)私のレスリング活動自体(特に学生に混じって練習すること)とそれを書くことも同様。
・ つまり、「恥ずかしさ」が無いわけではないが(私にはそんな羞恥心や照れなどそもそも無いと思っている方もいるが、そうではなくて)、そういう「羞恥」「抑制」「結界」が自然と外れて「とにかく言いたくなってしまう・やりたくなってしまう」という<過剰な一瞬>のほうを、私は優先するし楽しみたいというのが「行動原理」のようだ。やはり、「あまちゃん」の名台詞をもう一度引用しよう。「楽しいからやってたんだべ。ダサいくらいなんだよ。我慢しろよ!」


・ 今週(15日〜21日)の減量状況(起床後朝食前)は、55.2→55.2→55.1→54.9→54.5→54.4→54.6で、いよいよ55kgを下回った。
・ しかも、就寝前と起床後の(つまり寝ている間の)差が、900gあったりとかして増えている。
【2013年12月21日記】

◎ 2013年12月19日(木) 「記念撮影2」
・ 明日の夜は忘年会なので、連日となるが、大学レスリング部の夜練(18:00〜20:00)に参加。
・ 猪口君に相手をしてもらって、打ち込みとその後3分スパーを連続2本。間をおいて、授業のため遅れて参加した仲上君とも3分スパーを連続2本。
・ その後は、1分スパーを仲上君と数本繰り返す。
・ 片足を取ったあと、相手の膝裏に頭をもぐり込ませて後ろに回ることを試みるが、私の反応が遅いため(あるいはもう片方の足への対処がないため)に、仲上君に元の状態を回復されてしまい、同じループが3度続く。
・ スパー終了後に、組み手争いを、踏み込んでプレッシャーをかけ続けることに注意してやらせてもらう。

・ 私が参加できる大学レスリング部の練習は、年内は今日で最後。
・ 国際レスリング連盟(FILA)は12月17日に、リオデジャネイロ・オリンピックへ向けての新階級と新ルールを発表し、男子フリースタイルの新階級は「57kg級・65kg級・74kg級・86kg級・97kg級・125kg級」となった。
・ 55kg級はなくなる。その影響は、私の出るような試合にも波及する可能性があって、その場合には、55kg級で戦える機会はこんどの試合が最後ということもありうる。5kgの減量もこれが最初で最後かもしれない。
・ ということで、55kgの身体を記念撮影して残しておこうということに。仲上君がスマホで撮ってくれた。
・ 「55歳」で「55kg」という数字の符合に拘ったし、何と言っても55というぞろ目の数字の並びがイイ。

【2013年12月19日記】

◎ 2013年12月18日(水) 「記念撮影」
・ 大学レスリング部の朝練(7:00〜9:00)に参加。
・ アップのときの、1分40秒ダッシュ→1分ダッシュ→40秒ダッシュの連続が新鮮だった。というのも、ランニングはすることはあっても、ダッシュを繰り返すという運動は久しぶりな感じがしたから。
・ 打ち込み7分のあとは、すぐに3分のスパーリング。仲上君と、3分2ラウンドの連続を2回やることはできたが、有効な攻撃はできず。
・ 境君がアドバイスしてくれて、片足を取って相手が尻もちをついた状態から、下がって自分の肩を引き戻し、さらに相手の足を持ち上げて、頭を突っ込んで上げる・・・という動作を習う。頭を差し込むことが難しい。相手の足を持ち上げた状態を維持するのに、自分の足を立てて挟み込むやり方のほうが、まだやりやすい。
・ スパー後は、寝技のスパーと片足を取ったところからの攻防ドリル。何人かで回していく方式だが、私は高木君が残っているときに入って相手をしてもらう。
・ ローリング(ガッツレンジ)のかけ始めは両腕による絞りがきついのに、回した後に(回せたことに安心するから?)締め付けが緩むので、そのスキに自分の身体を回転させて相手に乗っかってフォール状態になれる、ということが2回あった。
・ 最後に、スパーの中での反省点を踏まえて、仲上君と技術練習。(1)組み手において相手の肘をコントロールして崩せているのに、崩しただけで終わって、その次の一歩が踏みさせていない点と(2)two-on-oneにおける足の運び(ステップ)がうまくない点を確認・修正。

・ 本日、青山学院大学レスリング部用のシングレット(試合着)を太田監督から受け取ったので、その場で着用して新主将の松田君が記念撮影してくれる。
・ その写真と共に、レスリング部HPのニュース欄に「入不二副部長先生 全日本マスターズ選手権出場のお知らせ 」として掲載していただいたので、その文章も引用させてもらいます。
 

>(引用始め)
入不二副部長先生が昨年、惜しくも負けはいたしましたが、素晴らしいファイトで感動させていただき
逆に勇気をもいただきました、全日本マスターズ選手権が2014年1月に行われます。あれから、早1年がたとうとしております。

今年、1年間学生たちと一緒に汗を流し、一生懸命練習されて参りました。

青山学院大学の教授で哲学者でありレスリング部副部長であり、レスラーである、50歳から始められた
レスリング、みなさまも、入不二先生の一生懸命な闘いを観戦に、試合会場にお越しいただき、応援くださいますよう、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 ニューシングレット、完成いたしました。(青山学院大学レスリング部公式シングレットと同じです)今年の練習の成果として、筋骨隆々なボデイーが証明しています。
とても、50歳を超えた体には見えません。皆様の応援の程、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 試合日時:2014年1月12日(日)
 試合会場:東京・オリンピック記念総合センター
>(引用終わり)
【2013年12月18日記】

◎ 2013年12月17日(火) 「「海戦」版の議論(1)/レスリング本打ち合わせ」
・ 新たな体裁となった講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2014年1月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第18回「海戦」版の議論(1)。
・ 今回から、古代的な議論(アリストテレスやディオドロス・クロノス)を離れて、現代の運命論(リチャード・テイラーの議論)の考察へ。テイラーの議論は、4回にわたって検討する。
・ 小見出しは、「海戦」版の論証1 / 「海戦」版の論証2 / いくつかの前提 / 問題点。
・ 上野修さんの新著『哲学者たちのワンダーランド―様相の十七世紀』についてのエッセイ「哲学史のワンダーランド」も掲載されている。
  

・ 授業前に、蔦珈琲店にて、中川和夫さん(ぷねうま舎)とレスリング本の打ち合わせ。
・ 『本』の連載が終わるまでは、まだ書き始めることはできないが、定期的にお会いして話をすることでアイデアを出し合う機会になっている。
・ 今回の話の中で、(技などの絵を描いてもらう)イラストレーターという話がでたので、私のほうから一つ「提案」。
・ イラストレーターをやってもらう方と密接に連携して仕事をするためにも、レスリング体験してもらうのはいかがでしょうというもの。ダメかな?
【2013年12月17日記】

◎ 2013年12月16日(月) 「義顕を抱く霜さん/山口大赴任後1年の頃」

・ 1995年2月6日の写真。私の三男(義顕 よしあきら・2歳)を抱く霜栄氏。
・ 私が山口大へ赴任後、東京から遊びに来てくれたときのもの。その三男は、この16年後に霜さんの授業を駿台で受けることになる。今はその三男も成人して大学生。


・ 1994年11月11日(山口大へ赴任して1年の頃)。
・ 36歳の誕生日に研究室で撮った写真。あたりまえだけど若いネ!
【2013年12月17日記】

◎ 2013年12月14日(土)・15日(日) 「sk忘年会/sk朝練」
・ 土曜日は夕方まで授業(演習)の後、夜は新宿でskアカデミー・レスリングクラスの忘年会。
・ いちばん場を盛り上げた話は、やはり高田コーチの「運転手の仕事のおそろしい(?)話」とマスターズ大会出場宣言だろう。
・ 私に関することでは、当然ながら減量のことが話題になる。なぜ、そんなに早く(一ヶ月強で)しかも特別な無理をせずに5kg落とせたのか。
・ 妻が「栄養士」のような役割と「トレーナー」のような役割の両方を兼ねてくれているからだろう、という話をする。減量に合わせて食事のことを考えてくれて、しかも私が「日和って」多く食べようとすると「ダメよ」とブレーキをかける。
・ あとは、この間有酸素運動をふだんより多めにすることを心がけている(縄跳びや8F研究室まで階段で昇る等を加えて)。また、代謝が年齢の割にイイこと、いったん始めてしまうとのめり込みやすい性格なども、影響しているのかも。
・ 大学レスリング部での練習のことも話題になる。今では、私にとって大学での練習とskでの練習は、どちらも欠かせない両輪であり、(同じレスリング練習でありながら)違った性格を持っているという話をする。
・ 高水準の人たちの中に紛れ込んで、レベルの高い人たちに個人指導に近い形で教えてもらうという経験は、なかなか得ることの出来ない贅沢なものであり、何ものにも代えがたい(青学の教員になったことを感謝!)。
・ しかし同時に、私と近い水準の相手とガチガチにぶつかったり縺れたりする展開や、あるいはぎりぎりの勝負をするという経験は、skでしか得られない(大学生とは差がありすぎるので)。

・ 日曜日はskの朝練習(8:30〜10:30)(担当:野村コーチ)に参加。
・ 本日は、打ち込みからその後のスタンドスパーまで、組み手を重視してからのタックルに焦点を合わせた練習。
・ 金曜日に仲上君に指摘された点が、野村コーチからも注意点として挙げられていて、私にとってはいい復習的な練習の機会になった。
・ 本日のスパーでは、2回とも似たような「膠着状態」的な展開になって、双方ともほとんど技に入れない状態のまま、3分がすぎてしまう。
・ 先述の「近い水準の相手とガチガチに・・・・」という場面の中にも、異なる二方向があるような気がする。
・ 一つは、そのガチ具合がむしろ展開を阻害してしまって、両者とも固まってしまう方向へと収束する場合。
・ もう一つは、その均衡を脱して動き出し、よく分からないゴチャゴチャな展開のなかでこそ、優劣の交代が繰り返されフォールを取ったり取られたりという方向へと進む場合。
・ そして、レベル差のある大学生とやるときには、このどちらにもならない(起こりえない)。
・ ほんとうは、その「どちらにもならない(起こりえない)」所から学び得たものを、前二者という極端に陥らない<中間>で実現できるようになれば、自分なりのレスリングが展開できたことになるのだろう。
・ それが、なかなか難しい。

【2013年12月15日記】

◎ 2013年12月13日(金) 「欲求サイクル/減量現状」
・ 先週に引き続き、相模原キャンパス(淵野辺)での午前・午後の授業後で疲れ気味ではあるが、大学レスリング部の夜練(18:00〜20:00)に参加させてもらう。
・ もちろん試合が近いからというのもあるが、このところレスリングをしたいという欲求が、他の諸事情に打ち勝つ感じ。
・ このレスリング欲求は、実際に練習の中で満たされつつあるときには、「きつい」「あと1分はもう動けない」・・・などの身体側からの拒否感に取って代われつつ、その拒否反応の静まりと共に再燃し、というサイクルを描く。
・ 本日の練習では、各種ランニング・アップ・マット運動・イラン体操・柔軟運動・打ち込み3本までは同じであったが、その後は、3分スパー→1分スパーという逆の順序であった。
・ 打ち込みは石川君に相手をしてもらい、3分スパー・1分スパーは、石川君と仲上君との3人の組になって回していく方式で。
・ スパー終了後、仲上君と(ほぼ連続で)20分間ほど、組み手争いから技に入ってテイクダウンするところまでを、軽いスパー気味に続ける。
・ 組み手争いで足を使えていない点や、組み手争いの連続感の無さ(ぶつぶつ・バラバラな感じ)を仲上君に指摘される。一度だけ、グッドタイミングでタックルに入れたのが収穫で、「ああこういう感じなんだ」と強く思う。
・ 最後に、寝技の打ち込みをさせてもらって練習を終了。

・ 今週前半(月・火・水)は56kg前後でしばらくウロウロするのかなと思ったが、後半(木・金・土)になって、55.3kg→55.0kg→54.8kgと推移。いやちょっと早すぎるので、少し戻すか。
・ 学生たちにも、減量の調子どうですかと聞かれて、もう目標値に達してしまったと伝えると、みんな「早すぎ」という反応。
・ ロッカールームで、境君からは「減量のための減量ではなく、試合のための減量ですからね。これからが大切です」と、真っ当なことを言われる。
・ もちろんその通り。ただ今回の減量は、大学生だった頃の「体形復古」の試みという、それ自体的な目標でもあった。
・ それ自体的に追求することで、結果的にその階級に到達できればいいな、というのが今回の心持ちだった。
・ というか、私はやっていると本来の目的(試合)を忘れて「視野狭窄的」になって、細かい数字の推移の面白さに捕らわれてしまう傾向がある。
【2013年12月14日記】

◎ 2013年12月12日(木) 「メモ:体脂肪率と体重の推移」
・ 11月始め〜12月12日の体脂肪率の推移は、15.8%→13.8%→11.3%で順調に減少。試合前には一桁台へ行けそう。
・ 今週の体重推移(起床後朝食前)も、56.0kg→56.0kg→56.2kg→56.0kg→55.3kgと堅調。
・ 昨晩就寝前の測定も56.0kgだったので、寝ている間に700g減少している計算になる。
・ ジムでのトレーニング後には、55.05kgというこの二ヶ月の最高記録が出る。
【2013年12月12日記】

◎ 2013年12月11日(水) 「恥ずかしいくらいなんだよ。我慢しろよ!」
・ 大学レスリング部の朝練(7:00〜9:00)に参加。
・ 各種ランニング・アップ・マット運動・イラン体操(最後はサーキット)・柔軟運動のあと、打ち込み3本。その後すぐに、何人かで回していく3分スパーリング。仲上君・猪口君・高木君に相手をしてもらう。
・ 3分スパーの後は、片足を取ったところからの攻防ドリルと寝技のスパー。
・ 片足を取られたあとの切り方について、練習に参加していた長谷川恒平コーチ(ロンドンオリンピック日本代表選手)が直接アドバイスしてくれる。なんという贅沢。
・ 長谷川コーチは、技術以前にそのフィジカルな強さで、学生たちを圧倒していた。久しぶりに、上の上の上の・・・方をかいま見た。ひとの身体は、見るだけでは完全には分からない、こんな力の差異を含んでいるのかと思うと、恐ろしささえ感じる。
・ 練習の最後に、仲上君に相手をしてもらって、軽いスパー風にやりながら、私にできる攻め方のパターンをいくつか確認させてもらう。
・ 長谷川コーチのような人を頂点として、それに連なる玄人集団(大学生たち)の中に、私のような「あまちゃん」(玄人でない、甘々な奴)が、おっとりと趣味的に参加していることは、冷静に見れば(いやわざわざそうしなくとも)、かなり奇異な光景であり、ふと我に返ると(?)、「恥ずかしさ」を感じることもある。それは、子どもが大人たちのパーティに(無知と好奇心によって)潜入したのはいいけれど、あまりにも場違いである自分の姿に気づく瞬間にやってくる羞恥心に似ている。
・ そんなこと始めっから分かっていたことである。「楽しいからやっているんだろ。恥ずかしいくらいなんだよ。我慢しろよ!」と自分に言ってやりたい。
・ 朝ドラ「あまちゃん」の名台詞の一つである、(アキがユイに向かって言う)「楽しいからやってたんだべ。ダサいくらいなんだよ。我慢しろよ!」が思い出される。
【2013年12月11日記】

◎ 2013年12月5・7・8日(木・土・日) 「教え子/納会/sk朝練習」
・ 5日(木)の午後〜夕刻に、渋谷「羽當」にて、駿台時代の教え子である長谷君と、久しぶりにお茶。仕事で忙殺される中で、フィクション・ノンフィクションともに書き続けているという話が聞けたことが嬉しかった。
・ 私の20代後半から30代前半のアイデンティティーは、東大哲学科の大学院生(やOD)である以上に駿台予備学校講師であった(そのくらい駿台で教えることには魅力(魔力)があった)。
・ 当時はまだ、受験生に対して「兄貴」的な関係でありうる年齢だったこともあり、授業を離れて個人的に話に来る学生も多く、長谷君もその中の一人であった。彼とはその関係が、受験終了後も大学卒業後も続き、もう20年以上になる。
・ ちなみに、(身体のメインテナンスのために通い続けている)KIZUカイロプラクティックの木津先生を紹介してくれたのは、長谷君である。

・ 7日(土)の夜は、赤坂「龍城」にて、大学レスリング部の納会に出席。
・ サプライズゲストで、アントニオ猪木が会場に来訪。
・ 私は、授業の後に駆けつけたので遅刻で、ちょうど猪木氏が店を去ろうとする直前に遭遇。生で見るのに間に合っただけでも、よしとしよう(ほんとうは、3年前に購入した『アントニオ猪木全記録』というぶ厚い写真集を持参していて、あわよくばそれにサインをもらおうと思っていたのだが(^^))
・ 卒業生の石井君、私の専属コーチ・3年生の仲上君、4年生の菊池君と鈴木君とは、隣の席で飲み食いしながら、レスリング以外の話もたくさんできて楽しかった。
・ 特に、菊池君の恋愛相談には、私も久しぶりに熱く語った(「門は叩き続けなければいけない。しかし強く叩きすぎて壊してはいけない」等の名言・迷言?も出る)。練習で観察しながらいつも感心していた鈴木君のレスリングの特徴を、私のことばで彼自身に伝えることもできて満足(その我が儘な足技の一端を伝授してくれるそうだ!)

・ 8日(日)の朝(8:30〜10:30)は、skのレスリング練習に参加(担当:野村コーチ)。
・ このところ大学でもskでも、最初のランニングのときに「後ろ向きのスキップ」をやるけれども、以前はあまりやってなかったという印象がある。
・ 打ち込みを3本のあと、二種類(頭外・頭内)の片足を取った状態からの攻防の練習と、その後にドリル練習。
・ 寝技の打ち込みとスパーは、大きくて骨太な北さんと。押さえ込もうとしても、起き上がられてしまう。
・ 本日の3分スパーでの収穫は、(1)両足を畳みながらじわじわフォールへ持って行けた点(しかしその後、同じような態勢で足を4の字にしながら逆にフォールして仕返しされたが)、(2)四つに組んだ状態から、ラテラルドロップ気味に投げ(倒し)を仕掛けられたところを、うまく体重を移動して逆に覆い被さって、相手の上半身を固めてフォールできた点。(3)さらに、最後にあと10秒あることを確認したうえで、ローシングル気味に片足を取りに行って、最後で力を抜いていた(?)相手を倒して終了できたこと。
・ 写真は、練習後の集合写真と、小野寺さんと組み手争い(腕の取り合い)をしているところ。
 
【2013年12月8日記】

◎ 2013年12月6日(金) 「軽い」
・ 金曜日は午前も午後も相模原キャンパス(淵野辺)で授業がある日なので、その後(夜)はぐったりで、自宅で休息というのが通常。
・ しかし、試合まであと一ヶ月ほどなので、なるべく練習をしたい気持ちが打ち勝って、18:10からの大学レスリング部の夜練に参加させてもらう。
・ マットを周回しながらの準備運動から始まり、アップ・マット運動・柔軟運動。
・ 走ったりジャンプしたり、あるいはストレッチをしたりの運動は、ジムや自宅などの通常の環境でもできるが、マット運動(前転・後転・開脚前転・開脚後転・伸膝前転・伸膝後転・倒立前転・後転倒立・ヘッドスプリング・ネックスプリング・ハンドスプリング・受け身・側転・バック転など)だけは、相応の環境がないと自宅やジムではできない運動で、しかもかなり重要な種目だと思うので、できる機会を大切にしたい。
・ 打ち込み3本を石川君に相手をしてもらい、その後の1分スパーリングを高木君・猪口君・仲上君に相手をしてもらって数本。3分スパーリングは、仲上君と連続で2本。
・ 1分スパーで、片足をとってテイクダウンして、きちんとバックを取るところまで行ったのは本日の成果。大学生相手のスパーでは、初めてのまともに取れたポイントかもしれない。
・ 学生たちから、(Tシャツ着替え中の)裸の上半身を「絞れてる」「きれてる」と驚かれ、(スパーリング後には)いつもより動きがいいと言われる。減量で体脂肪を削ぎ落としているからだろうし、実際に身体が軽く感じられて、動きやすい。
・ ちなみに、(先月始め60からスタートして先月末に56.2まで減らした)体重の今週の推移(起床後朝食前の数値)は、日:56.6→月:56.2→火:55.9→水:56.2→木:55.8→金:55.5→土:55.7。いよいよ、55キロ台に突入。
・ 仲上君からは、「まだ一ヶ月も前なのに、(落とすペースが)早すぎませんか」と言われるが、彼らの減量のように短期間で急激に落とすことはできないので、できるだけ体脂肪コントロールのみでじわじわと落として、最後に少しだけドライアウトすればいいという状態を目指したい。
・ 目標の55キロを下回るという数値は、おそらく自分の大学生のときの体重であって、それ以降(増えるばかりで)一度も復活したことのなかった数値だと思われる。その意味で、懐古的な数値。
・ スパーリング後は、仲上君に指導してもらいながら、四つに組んだ状態からの仕掛けと、がぶり状態からの頭の付け方(相手の脇への深い入れ方)を練習させてもらう。スパーリング中にこちらがやりたいと思っている動きを、そのまま仲上君に実現されてしまっているということを伝える。
・ 帰宅後、体重を測定したら、練習後で夕食前なのに(朝の55.5から)56.2に増えている。十分歩いている日だし、授業でカロリーも消費している日だし、お昼はおにぎり二つだけなのに、どういうメカニズムなのだろう?帰宅後、練習前のエネルギー補給のために肉まんを一個・バナナを一本食しているが、そのせい?よく分からない。更に、就寝前に計ると56.3。翌日(土曜日)の朝には55.7になっているわけだから、寝ている間に0.6キロは落ちている計算になる。
【2013年12月7日記】

◎ 2013年12月4日(水) 「認知では遅すぎる」
・ 大学レスリング部の朝練(7:00〜9:00)に参加。
・ アップ・マット運動・柔軟運動のあとは、マッサージ→寝技のスパーからのスタート。その後は、複数人のあいだで回していく3分スパーリングへ。その後、フリーとグレコに分かれて、フリーはハイクラッチor片足に入ったところからの攻防ドリル。
・ 今日は、寝技・スパーリング・攻防ドリルでも、回していく中に加えてもらって、仲上君の他に、石川君・高木君・鈴木君・松田君にも相手をしてもらう。
・ スパーリング3本のなかで、ほんの一・二回だがあっ入れるという瞬間があって、まわりからも「飛行機入れます!」と声がかかる。しかし、そう認知しただけで、次の一歩が出ず、すぐにその瞬間は消えてしまう。
・ 偶然に訪れる瞬間を認知して、それから行動に移るのでは遅い。その瞬間を崩し等で自ら生み出し、自分でたぐり寄せているからこそ、その瞬間を逃さずに利用できるのだろう。
・ その点の反省も踏まえて、最後に仲上君に相手をしてもらって、飛行機投げ(fireman's carry)に入る瞬間を捉える練習をさせてもらう。
【2013年12月4日記】
・ 青山学院大学のクリスマスツリー点火祭の写真です。

【2013年12月4日追記】
◎ 2013年12月2日(月) 「シングレット2」
・ 先日以下のように書いた、青山学院大学レスリング部「御用達」のシングレットの製品見積書が、太田監督経由で届いた。
・ 楽しみなので、画像をアップしてしまいます。「実力にそぐわないだろ!」という非難はご勘弁を。
・ なお、バック(ヒップの部分)はデザインでは楕円形のようになっているが、大学生と同じ仕様で、楕円のデザインはなくなるとのこと。

・ 青山学院大学レスリング部のシングレット(試合着)を手に入れることを太田監督に相談して、注文・購入をお願いする。
・ そんなのを着用することは「恐れ多い」という気持ちもあるけれども、記念的な意味合いでも手に入れておきたいと思った次第。お願いしたのはニュータイプなので、青学のロゴと自分の名前(IRIFUJI)が入る。「恐れ多い」とか言いながらも、ちょっと楽しみ (^_^)


【2013年12月2日記】

◎ 2013年12月1日(日) 「10年ぶりに練習すると・・・」
・ skアカデミーのレスリング朝練習(8:30〜10:30)に参加(担当は野村コーチ)。
・ 打ち込み後の練習では、タックルでテイクダウンした後の状態から、フォールまで持っていく所作とその防御の仕方の両方を、集中的に練習。
・ 「腹ばいになって逃れようとする相手の足を上げることによって、上半身の動きを制限してフォールへと接近」という所作は、レスリング行為の基本形の一つなのだろうが、きわめて「理に適っている」動きだと思う。
・ この場合「理に適っている」というのは、<身体の構造上の摂理に沿った処し方である>という意味。下半身が上がると上半身を起こすことが困難になるのは、身体的な必然である。
・ スパーリングで試そうと思っていたことがあったが、実際その場になると、半分いや1/3くらいしか実行できない。想像上の動きと実際にできる動きの間のどうしようもないギャップは、根本的な課題であり続けるし、失意と発憤の両方をもたらしてくれる。
・ 野村コーチの同志社大学レスリング部時代の後輩(写真向かって後列左)が、東京への転勤に伴い練習に参加。
・ 10年ぶりのレスリング練習ということで、アップの段階で「もう十分」、スパー終了後には「気持ち悪い」という発言があって、そうか大学時代にやっていても、10年ブランクがあるとそうなるんだというのが新鮮であった。
・ 自分自身がレスリングを始めた頃、よく「アップだけでもう十分」、練習終了後は「疲れた」ではなく、「気分が悪くて帰宅するのがやっと」と感じていたことを思い出した。

【2013年12月1日記】

◎ 2013年12月1日(日) 「あまちゃんシナリオ」
・ ずいぶんと前に予約していた『「あまちゃん」完全シナリオ集 第1部』(宮藤官九郎、KADOKAWA)と『「あまちゃん」完全シナリオ集 第2部』(宮藤官九郎、KADOKAWA)がようやく手に入る。
・ シナリオの電子版もある→[http://bookwalker.jp/series/10398/]ようなので、興味ある方はどうぞ。
・ 『あまちゃんファンブック2 おら、やっぱり「あまちゃん」が大好きだ!』(扶桑社)も読んでいるところなので、まだまだ私の中でも「あまちゃん」は終わらない。

【2013年12月1日記】

◎ 2013年11月30日(土) 「この一ヶ月の減量推移」
・ 以下は、起床後・朝食前測定の値で、実際には、一日に2回3回状況を変えて測定しています。
一週60→59.5→58.2→58.0 
二週57.9→57.4→58.0→57.9→57.8→58.2→57.3  
三週57.0→57.4→57.1→57.1→56.7→57.0→57.0 
四週57.1→56.3→56.5→56.4→56.7→56.5→56.2
【2013年11月30日記】

◎ 2013年11月29日(金) 「駿台・東進・代ゼミ」
・ 午前・午後と相模原キャンパス(淵野辺)で授業をした後、夜は旧友2名+初対面のより若い世代の2名との5人での飲み会。
・ 旧友とは、霜栄氏(駿台)と福崎伍郎氏(東進)。20年以上も前に、霜・福崎・私の三人は駿台で出会い、いっしょに仕事をしたり飲み会をしたりの間柄で、今も何年かに一度は三人で会うことが続いている。
・ 加えて、福崎さんの関西時代の教え子で、かつ霜さんのファンでもあるという代ゼミ現代文科講師の船口さん、そして福崎さんと船口さんの教え子であり、かつ「ゴスロリ講師(?)」として鮮烈なデビューを果たした駿台現代文科の新人講師・鈴木嬢。
・ 何時間にも及ぶ「おしゃべり」のうち、紅一点の鈴木さんの喋りがその八割近くを占めていたのではないかと思われるほどで、鈴木さんはその「逸材ぶり」を発揮していた。「レスリングのシングレットを<鮫肌状態>にして、相手が痛くて触れないようにするのはどうですか?」発言には、驚かされた。
・ 美味しいお店「味膳 横井」での会食であったが、私は減量中ということもあり、揚げ物などを除いて他の4人のコース料理より少なめにしてもらった。
・ それでも、この何週間か忘れていた「満腹感」。(減量に)大丈夫かなと思われたこともあり、帰りは霜さんと一緒に、池尻大橋から三軒茶屋まで歩く。
・ 霜さんとこの前会ったのが、足首の骨折で松葉づえ状態だったり、治りかけの状態のときだったので、霜さんは私がふつうに早足で歩いている姿に驚き、試合に出るつもりであることにさらに驚いていた。「治るものなのだなぁ〜」という感慨。
・ 翌朝の体重は56.2キログラムだったので、減量開始時の今月中の目標・60→56台は、十分に達成したようだ。
【2013年11月30日記】

◎ 2013年11月27日(水) 「シングレット」
・ 大学レスリング部の朝練(7:00〜9:00)に参加。
・ アップでは、境君とペアになって、馬跳び+股くぐり、ジャンプ+ブリッジ、大の字ステップ。そのあとイラン体操。
・ 仲上君に相手をしてもらって、打ち込み3本、1分スパーを数本と3分スパーを2本。3分スパー2本目の終わり40秒くらいがきつくて、構えが崩れて身体が棒立ちになってきてしまう。一回だけ、崩してうまくタックルに入れた場面があったことが収穫。概して、距離が遠く十分入り込んでいないところからの仕掛けになってしまっているのが改善点。
・ スパーリング終了後は、補強運動に加わって、腹筋と体幹トレーニング。

・ 青山学院大学レスリング部のシングレット(試合着)を手に入れることを太田監督に相談して、注文・購入をお願いする。
・ そんなのを着用することは「恐れ多い」という気持ちもあるけれども、記念的な意味合いでも手に入れておきたいと思った次第。お願いしたのはニュータイプなので、青学のロゴと自分の名前(IRIFUJI)が入る。「恐れ多い」とか言いながらも、ちょっと楽しみ (^_^)
【2013年11月27日記】

・ 『子どもの難問』(野矢茂樹編、中央公論新社)は、もう増刷が決定したようです。担当の編集者の方(松本さん)から、連絡をいただきました。凄いね!
【2013年11月27日追記】

◎ 2013年11月24日(日) 「連日のレスリング練習」
・ 23日(土)の午前中(9:30〜12:00)は、コーチである薮井さんにお誘い頂いて、セント・メリーズ・インターナショナルスクール(St. Mary's International School)のレスリング部の練習に参加。
・ その学校環境の素晴らしさは、10月13日(日)にマスターズレスリング交流合宿の練習会で行ったときに体験済みだが、本日は英語で指導をする薮井コーチの格好良さを堪能(9時半前までは、部屋の照明を落として、大スクリーンにレスリング動画を映しながら、薮井コーチが解説。聞くところによると、練習の終わりに部屋を暗くして、選手たちに目を瞑らせて「これまでやって来たことを思い起こせ・・・」的なことを薮井コーチが語る(もちろん英語で)クールダウン(?)もあるそうだ)。
・ 練習メニューは、体力を使う高校生向けのものが多いので、私は出たり入ったりで休みつつやらせてもらった。
・ 最後に中学生ともスパーリングを2本やらせてもらう。幼稚園から12年生(高校3年生)までを対象とする男子校なので、中学生の部員もいる。
・ レスリングで対戦してみると、中学生と高校生の身体の違いというのが、直接感じ取れる。
・ 「違い」という表現では捉えきれないくらいの、子ども身体と大人身体の「断絶」みたいなものが、中学生と高校生のあいだに飛び越えられてしまうのだなぁということを実感。


・ 24日(日)の午前中(8:30〜10:30)は、skアカデミーのレスリング練習に参加(担当は野村コーチ)。
・ 昨日の練習で、再び腰が少々悪化していたので、気になりながらの練習。練習中はいいが、帰宅後に痛くなる。
・ 技術練習では、腕取り(two-on-one)とその防御の練習。寝技では、ネルソン・腕がため等のフォールまで持っていく技中心。
・ 最後の3分スパーは、いつものように富川さん・小野寺さんと。やろうと決めていた技には自分からは入れず、後手後手に回る。その結果、守りきれずにバックに回られる場面と、守りきってカウンターで押さえ込める場面の両方あり。いずれにしても、積極的に攻めることができていないという不満足な出来。
・ しばらくぶりに、高田コーチにお会いすることができた。マスターズ大会への出場も考えているそうなので、是非出て下さい!とお願いした。

【2013年11月24日記】

◎ 2013年11月20日(水) 「減量の途中経過」
・ このところ体調が良くなかったので、レスリングの練習は一週間ぶり。大学レスリング部の朝練(7時〜9時)に参加させてもらう。
・ いつものように仲上君に相手をしてもらって、打ち込み二本のあと、1分スパーを数本、3分スパーを二本。3分スパーの二本目は、最後はふらふら。体調を崩していたせいなのか、バテるのが早い気がした。
・ スパー後には、飛行機投げ(fireman's carry)の練習を仲上君の指導で。特に引き手の引っかけ方と脇を締める点に留意。倒したあとの被さり方も指導してもらう。
・ 11月6日から減量を始めて、ちょうど2週間経過。あいだで風邪をひき、腰を痛めて体調を崩したけれども、減量自体は順調のようで、現況は以下の通り。
・ 11月6日朝:59.5圈、 11月20日朝:57.1圈憤貂鯑ジムでトレーニングしたあとは、56.75圈法F辰北詰することなく、お菓子断ちをして、食事と生活リズムを整えることで減っているだけなので、リセット感があって気持ちがいい。
【2013年11月20日記】

◎ 2013年11月16日(土) 「過去の深さ」
・ ここのところ体調不良が続く。喉が痛く鼻水が止まらないという風邪の症状と共に、腰の痛みが再悪化。
・ せっかく「減量宣言」して、その態勢に入ったところだったのに、これでは代謝を上げるための運動ができない。それよりも体調を元に戻すことが先決なので、明日のレスリング練習は残念ながらお休みすることにする。

・ 早いもので、また一ヶ月のサイクルが・・・・。講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年12月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第17回「過去の深さ」。
・ 前々回・前回、「未来」が運命論的であるという考察をしたのに対して、今回は「過去」が、その確定性・変更不可能性を超えて、さらにそれ以上の運命論駆動力を持つことを考察する。
・ 小見出しは、「五分前世界創造説」「想起過去と想起逸脱過去」「想起阻却過去」「無力さの深まり」。
  
【2013年10月18日記】


◎ 2013年11月14日(木) 「心理学科の同僚との会話より」
・ 昨日教授会のブレイクタイムにおける心理学科の同僚との会話より。
・ 私も二篇執筆している『子どもの難問〜哲学者の先生、教えてください』(野矢茂樹編、中央公論新社)を心理学科の同僚には謹呈済みで、それを読んでくれた隣席のO先生(臨床心理学)との会話。

O先生: 扱われている問いがカウンセリングでクライアントが語ることと被るし、ただ単に回答するのではない関係を作っていくところも似ているし、参考になります。
入不二: 両者(カウンセリングと哲学)は、「臨床的(clinical)」という意味合いで共通点があるかもしれない。【哲学は、いわゆる理論構築や専門的な議論・考察をするだけでは十分に「哲学」にはならなくて、その抽象性がいま生きていること自体へと反響したり、その現場からダイレクトに立ち上がってくる素朴な問いも巻き込むことでしか、「哲学」たりえないから。この本は、そういう意味では「臨床的(clinical)」。】
O先生: なるほど。でも、入不二先生は、(心理学と)いっしょにされるのが嫌なんでしょ?
<この二人の会話を聞いていた、前の席のY先生が、飲んでいたお茶を吹いた!>
入不二: Y先生、何で吹いているんですか!

・ う〜ん、何だか「把握されてしまっている」なぁ(^^)。さすが、カウンセラー。
【2013年11月14日記】

◎ 2013年11月13日(水) 「G.馬場の言葉(?)を思い出す」
・ このあいだの日曜日のレスリング練習で、腰を痛めている(正確に言うと、その一週間前にすでに痛めていた腰の状態を悪化させている)。
・ 昨日が、ちょうどkizuカイロプラクティックに通院する日だったので、木津先生に腰の状態(右回旋が一番痛いとか)を伝えて、施術をしてもらう。「あ〜ら不思議」ということばが相応しいほど、施術後はその痛みが消える。
・ その後、再び痛みは戻ってはくるが、木津先生に指示されたエクササイズをすることにより、悪化を免れている感じ。
・ 微妙な腰の状態ではあったけれども、練習できる貴重な機会をなるべく逃したくないので、水曜日・朝(7時〜9時)の大学レスリング部の練習に参加する。
・ 腰の痛みのため思いっきり走れないので、アップのためのボール当て鬼ごっこは先週と同様に見学しながら身体を動かす。
・ 打ち込み3本を仲上君とやって、何とか腰も大丈夫そうだったので、そのあと1分スパーを仲上君・境君と合わせて5本、3分×2のスパーを再び仲上君と。スパー後は、ローシングルからの展開を練習させてもらう。
・ 先輩が後輩のスパーを見ながら飛ばしていた言葉で、「取られた(しまった)と思って緩むから、その後の大量失点につながる。すぐに立て直して身体を張らないと・・・」というのがあった。自分自身にも当てはまるなぁと思って聞いていた。
・ スパーでも技術練習でも、動き回っているときには、痛めている腰を意識することはなく、特に痛みを感じる場面もなかった。しかし、練習後、荷物を抱えながら大学キャンパス内をてくてく歩いていると、再び腰の痛みが戻ってきて、歩き方もぎこちなくなる。
・ レスリングの動きはできても、その後のふつうの歩きのほうが痛い。
・ かつて晩年のG.馬場が言っていた(と記憶しているが定かではない)「リングに上がるとプロレスの動きはできても、日常の動作が長年の身体酷使の結果つらい」という言葉を思い出した。
・ その言葉を聞いた時には、「そんな逆転したようなこと(激しい動きの方ができて、日常的な動きの方が困難)って、あるのか?」と怪訝に思ったものだが、今日の自分の状態を考えると、その「逆転」もおおいに分かる気がした。
【2013年11月13日記】

◎ 2013年11月10日(日) 「FFCマスターズ合同練習会/或るアンビバレンス」
・ FFC(フィギュア・フォー・クラブ)主催のマスターズ合同練習会に参加。skからは私一人のみ。
・ 合同練習は午後1時から4時までの3時間。その後、5時半から9時半まで懇親会に出席。
・ 1月のマスターズ大会に向けた企画であるが、社会人だけでなく防衛大学校レスリング部の学生たちも多数参加。
・ 写真の(主に)後方が防大の学生たち。

・ 今回の企画でとても良かったと思うのは、「練習試合」という形式があったこと。いわば、スパーリング以上で、公式試合未満というべき方式。
・ 形式的な第三者(レフェリー)無しで、戦う者同士の自主性や暗黙の了解の中で柔軟に行うスパーリングと違って、レフェリーもセコンドもありでマット一面全体を使って試合同様に進行する点では試合に近い。
・ しかし、本当の試合のように厳密な計量があるわけではないし、練習という全体の枠組みの中で比較的気楽に参加できるという点で、公式試合よりも日常的でハードルが低い。それらの点でとても良い方式だと思った。
・ 当の私は、防衛大の学生と練習試合をして、タックルの失敗などもあり何度もバックに回られてローリングをきめられてしまった。しかし、その後に行ったスパーリングでは、同じ学生とやってフォールまで持って行けたので、まだ「戦える余地」はあるはず。
・ 練習試合とスパーリングのあいだには、寝技の技術練習と寝技のスパーリングがあり、防大の勝目監督の指導による腕取り(腕固め)とネルソンとその組み合わせの練習。
・ 懇親会は、もっと大勢が参加するのかと思ったが、結局FFCの監督・コーチ2人と会員の方と私の5人。しかし、レスリング全般のことやクラブ運営に関することなど4時間にわたってお話を聞くことができた。

・ 最近折に触れて思う「レスリング競技における或る両義性・相反性(アンビバレンス)」というのがある。
・ たとえば、レスリング部の学生たちは、他のジャンルのスポーツと違って自分たちのやっている競技が「マイナー」であることを、どこか諦念と不満足と悲哀の入り交じった色調で語ることがある。
・ しかしその色調は、誰もができるのではない過酷なジャンルの中心にいることや、それを可能にしているエリート身体を保持していることへの自負心や恍惚感の、屈折した表現でもあると思う。「マイナー」であること「分かりづらい」ことによってこそ、そのエリート性やプライドが強化されるという、更なる循環もあるかもしれない。
・ このような両義性・相反性は、形を変えてではあるが、かつて過酷なレスリング競技の中心地帯で生き残ってきて、今は指導者や管理者になっている人たちの中にも残存しているように思う。
・ たとえば、素人の社会人(私もその一人)がこの競技に関わることに対する「無意識的な態度」に、その両義性・相反性を見て取れる。
・ この競技が広く普及することへの喜びや展望が語られると同時に、しかし、気楽な関わり方を(表面上は認めても結局は)許さず、自分たちがかつて経験してきたことの縮小版的な過酷性を求める、という心性があるように思われる。
・ もちろん、どの競技においても高水準の場で頑張ったアスリートには、多かれ少なかれ存在する心性かもしれないが、レスリングというジャンルには、それが宿命的にまとわりついているように感じられる。

・ 今日11月11日で55歳である。目指している減量目標値も55である。
【2013年11月11日記】

・哲学科の後輩、今村 健一郎 さん(埼玉大学)のコメントより:
 空手やボクシングなどの打撃系の格技と違って、レスリングは彼我の距離がほぼゼロであるため、傍から見て分かりにくいのではないかという気がします。打撃系の場合、未経験者でも対戦者間で何が起こっているのかは比較的見易い(「当たって倒れた」とか「パンチをよけた」など)ですが、レスリングのような組技系だと、未経験者には密着状態の中でどのような応酬が対戦者間にあるのかが見えにくいような気がします。
 つまり、「やった者にしか分からない」という秘教的な部分がレスリングには多い。このことが、言われている両義性・相反性と関わっているような気がするのですが。
 それと、レスリング部の副部長をやっている人はもはや「素人」とは言えないのでは(笑)

今村さんのコメントへの、私の応答より:
まさにその通りです!その分かりにくさは、両義性・相反性と一体のものだと思います。その「秘教性」は、どこか哲学に似てないかい?という気もします。私は、まったくの素人ではないけど、本格的にやっているわけではないという、だからこそ分かることもある「自由な」立場にいるわけです(^^)
【2013年11月11日 追記】

◎ 2013年11月6日(水) 「朝練/減量宣言」
・ 朝7時〜9時の大学レスリング部の練習に参加。一日おきでの参加は初めてかな。
・ 一昨日の練習以後、腰が痛くて思い切り走れないので、アップ時のボール当て鬼ごっこは敬遠。
・ 仲上君と打ち込み3本・スパー2本、その後境君にもスパーの相手をしてもらう。
・ 境君と大野君から、片足を取って相手を尻もちつかせた後の肩による力の加え方について、指導を受ける。「上から下へ」ではなく「下から上へ」、そのためにも頭を上げる(頭よりもお尻の位置を下げる)のでないとダメ。
・ スパー後は、片足を取ったところからの攻防を、仲上君・澤田君・猪口君・小宮山君と。
・ 松田君の指導を受けながら、引いてから前進する動きを練習し、一回だけだがイイ感触があったのが収穫。

・ 1月12日に行われる「第13回全日本マスターズレスリング選手権大会」のお知らせがメールで届く。
・ あと二ヶ月なので、減量態勢に入ることにする。
・ 昨年までの試合では、それほど減量しなくても済む階級を選んでいたけれども、私の体格では一つ下の階級(55垉蕁砲本来なので、今回は減量においても「挑戦」してみることにする。
・ 現在は60埃紊覆里如△修遼寨茲粒級でエントリーするためには5圓慮採未鬚靴覆てはならない。
・ この年齢で、仕事もこなしながらの(あいだに正月も入るし)5圓慮採未呂韻辰海Ε蓮璽疋襪高い。
・ しかも、数年前のようにブヨブヨした身体からの−5圓任呂覆、それなりにシェイプアップされている身体からの−5圓覆里任覆さら難しそう。
・ 失敗したら、そもそも試合に出られない(失格)というおそれがあるけれども、とりあえずトライしてみよう。
【2013年11月6日記】

◎ 2013年11月5日(火) 「家系図」
・ 先日、次男が一人で旅行を兼ねて、大分に住んでいる80歳を越えた私の母親を訪ね、何泊かした。
・ そのしばらく前に、彼は「ルーツ」に興味を持ったようで、私の父方の実家であるお寺も訪ねるつもりであることも語っていた。
・ 身辺雑記(メモ)の2013年9月16日(月)「記憶の伝播」では、「おもしろかったのは、次男が、大学卒業までに(春に卒業予定)その「お寺」を訪ねてみようかな、と言い出したこと。記憶は伝播するが、しかしその流れを変えてしまうのも、記憶の薄れた次世代だろう」と私は書いている。
・ 次男は、実際にお寺を訪ねたが、誰にも会えなかったそうである。それは残念だったが、祖母(私の母親)の所から、16年前に他界した祖父(私の父親)がライフワークにしていた「家系図」を譲り受けて持ち帰った。
・ 写真は、その最初の部分と、曾祖父(私の祖父)ー祖父(私の父親)ー私の部分。
・ 私の母親にとっては、唾棄すべき確執をもたらした「入不二・男系」の家系図など、もう見たくもなかったのかもしれない。「ここにあると捨ててしまうだろうから」ということで、次男はもらって帰ってきたそうだ。
・ その私の母親も、孫が訪ねてきたことはたいそう嬉しかったようで、次男の帰京後に電話をしてみたところ、その声は私がこれまで聞いたことのないほど華やいだものだった。「孫の力」おそるべし。

【2013年11月5日記】

◎ 2013年11月4日(月) 「型(パターン)/誕生日会」
・ 授業のない祭日で、昨日skのレスリング練習に参加できなかったこともあるので、大学レスリング部の練習(9時〜11時)に参加させてもらう。
・ アップでの、(二人組での)相手の前転をジャンプ/自分の前転を相手がジャンプの連続と、連続馬跳びがきつかった。
・ 仲上君に相手をしてもらってのスパーでは、今日は何とか3分2ピリオドの連続を2回行うことができたが、最後はぼろ雑巾のよう。
・ スパーの後に、片足からの攻防ドリルに私も混ぜてもらうが、私は一人としてカウントできるほど守れないしテイクダウンもできない。
・ スパーを見ての松田君のアドバイスを受けて、仲上君とローシングルの反復練習。特に、踵を取ったあとの頭部の使い方を中心に練習。
・ アドバイスをくれた松田君の試合を何試合も見せてもらっているが、タックルからアンクルへと繋いで短時間でテクニカルフォールをとる「型(パターン)」がきまると美しい。
・ 松田君自身は「それしかできませんから」と照れるが、その「型(パターン)」を試合の中で実際に反復して使えることが凄いことだと思う。
・ その「型(パターン)」に嵌ることを、その場その場で多様に変化する動きと全身の力によって拒もうとする不服従の相手を、その「型(パターン)」の中へと落とし込んでいく様は、瞬間的な芸術作品のようでもある。
・ 単純そうに見える「型(パターン)」の中には、そこから逸脱しようとするものと、それを力と技によって封じ込めようとするものとの<せめぎ合い>が感じ取れて、そのシーンを目にしたときには溜息が出る。

・ 夜は、妻の実家に集まって、義父と私の合同誕生日会(私の誕生日は11日だが)。
・ 大学の友人と出かけている三男を除き、長男と嫁、次男も彼女を連れてきて、(義父・義母・妻・私を入れて)8人での夕食会。
・ 次男の彼女は、(私の自宅は訪問しているが)長男夫妻や義父義母とは初対面。
・ 娘がいなかった私にとっては、息子たちが嫁さんや彼女を連れてきてくれるのが、とても楽しい。
・ 写真は、義父と私に買ってきてもらった誕生日ケーキ。

【2013年11月5日記】

◎ 2013年11月2日(土) 「『子どもの難問』見本届く』
・ 私も執筆している『子どもの難問 ―哲学者の先生、教えてください』(野矢茂樹編著、中央公論新社)が届く。
・ 11月10日発売で、8日頃から書店に並び始める予定とのこと。
・ 帯の文章は、以下の通り。

いまこそ立ち止まって考えよう!
この本は子どもたちにも読んでもらいたい。
だが、本書を本当に味わうなら、折に触れて繰り返し読んでもらいたい。
大人になっても。
そしてもう子どもではなくなってしまったあなたにも。
四谷大塚発行「Dream Navi」好評連載が本になりました!


【2013年11月2日記】

◎ 2013年11月1日(金) 「食事会とカラオケ」
・ いつもレスリング練習の相手をしてもらっているお礼を兼ねて、レスリング部の仲上君・石川君・河本君を夕食に誘い、その後カラオケを3時間。
・ 来年度のレスリング部新入生には、女子選手も2人入ってくる予定であることや、オリンピック問題以降に変わった新ルールへの(実際にそれで戦った者としての)不満や、高校時代にカレッジルール(フォークスタイル)で戦ったときの話などを興味深く聞かせてもらった。
・ メジャーな一般論のほうが実は虚偽的で、そういう風に明示的に語られない逆のことが真実だったりするという、レスリング以外の話もする。
・ たとえば、「何十年も夫婦をやっていると、若い頃の好きという気持ちなんてなくなっていく」というのが前者。「ほんとうに好きなものは変わらないし、むしろどんどん好きになっていく」方が後者。
・ しかも、子どもとして親を見る視点からは、そういう親の男女の情愛の構図は(構造的に?)見えにくくなっているし、20代前半の若者としては、前者のような「一見大人の事情が分かっている風」に流れがちであることも加わって、「メジャな一般論」が流布していくという図式がある、というお話。親の方も「俺はお前の母さんがもの凄く好きなんだ」と息子に語ったりしないしね(私は、それらしきこと言うけど)。
・ カラオケで感心したのは、彼らが私に合わせて(?)、1980年代にヒットした曲を選んで私を楽しませてくれようとするところ。
・ ちなみに、彼ら3人は、私の三男と同じ年。
・ 写真は、河本君とのツーショット。

【2013年11月2日記】

◎ 2013年10月27日(日) 「「がぶり返し」という命名/真理の再生シンポジウム」
・ 午前中は、skアカデミーでレスリングの朝練習(8:30〜10:30、担当:野村コーチ)、午後は東大・本郷での哲学会シンポジウム「真理の再生」を聴きに行く。

・ 本日は参加者が少なめで、打ち込みからそのあとの技術練習も、ずっと富川さんに相手をしてもらう。
・ 両足タックルの打ち込みでは、胸で当たる・後ろ足を引きつけ前進・足への手の巻き付け方・頭を高い位置に保ち頭で崩す、という点を一つ一つ意識しながらやる。
・ その後で、さらに組み手争いを加えて、内側をとって(inside control)から、上記の点を連続させたタックルに入る練習へ。こうすると、難易度が格段に増す。
・ もう一つの技術練習として、今日は「がぶり返し」の横回転と縦回転の2パターン。「縦回転」のほうは、なかなか練習する機会がなかったので、本日は嬉しい機会。
・ 以前から思っていたことだが、「がぶり返し」という命名の仕方は、「X返し」という他の日本語表現と比べると、逸脱的な使い方ではないだろうか。
・ というのも、「X返し」という表現の「X」の位置には、通常は、返すことが生じるために先立つ対抗活動が来るか(ほほえみ返し・恩返し)、返す動作の対象が来るか(ちゃぶ台返し)、副詞的な修飾要素が来るか(倍返し・つばめ返し)ではないだろうか。
・ しかし、「がぶり返し」という技の名前は、このどれでもない。「がぶり返し」は、「がぶる+(がぶった相手の身体を)ひっくり返す」という二種類の動作の連続を表現している。つまり、「がぶり返し」は、相手のがぶりに対してがぶり返すことを表さない。日本語は難しい。
・ 寝技とその後のスパーリングでは、中学生女子の宮崎さんともお手合わせ。身体が大きくなってきているだけでなく、「芯棒」が通ってきたようなしっかりした感じが出てきている。これって、いわゆる「体幹」ということなのだろうか。


・ 哲学会のシンポジウム「真理の再生」は、提題者が渡辺邦夫さん(茨城大学)・岡本賢吾さん(首都大学東京)・田島正樹さん(千葉大学)で、司会者が今井知正さん(東京大学)。
・ それぞれに相違のある三氏の提題に、通底するものを感じた。たとえば、渡辺氏の「(それなしには言説・活動が遂行できない)背景」、田島氏の「(反実在論的な発見を成り立たせる)文脈」、岡本氏の「インプリシットな(真の主語としての?)状況」。
・ 田島氏の強調する「(真理における)非対称性」がきわめて重要であることは異論のないところ。そう(非対称)なのに、そうでなく見えるようにもなる(対称化も同時に起こる)ことに、さらなる問題性がある。
・ 引用された「我々は、真っ直ぐなものによって、当の真っ直ぐなものも、曲がったものも認識するのである」(アリストテレス『デ・アニマ』第1巻第5章 411a5)にも、「真理は真理自身と虚偽との規範です」(スピノザ『エチカ』第II部定理43備考)にも、その両方がいっぺんに生じていることが読み取れると思う。
・ その問題は、岡本氏の発表における「インプリシットな状況やさらには使用」と「(二次的なものに過ぎない)エクスプリシットな指標詞」との関係のところにも出現しそうに思われた。
・ あと、反実在論的な真理観(反実在論的な真理のあり方)と、反実在論自体の真理性(反実在論が真理であること)との関係は、どうなっているのだろう?
【2013年10月27日記】

◎ 2013年10月23日(水) 「教わること多し」
・ 大学レスリング部の朝練(7:00〜9:00)に参加。
・ 本日は、仲上君がケガで欠席のため、打ち込みとスパーを高木君と境君に、技術練習を石川君に相手をしてもらう。
・ アップやマット運動のとき、今日は身体の調子がなかなか良好(ダッシュやジャンプが比較的軽快)と感じていたにもかかわらず、3分スパーを連続ではできず情けない。
・ 境君からは、構えに関してと、両足を取れたあとの処理に関して(両足を刈る方法、もっと上半身側を支点にする等)指導を受ける。
・ 石川君相手に、左右の頭外・頭内の片足タックルを練習。ハイクラッチ式に片足を取るときのやり方がまずかったので、実演を含めて指導してもらう。
・ 最初に取る手を深く入れて引きつけ過ぎているので体の向き変えがしづらくなっている点、もう一方の手を深く巻きつけるまで最初の手を離さない点など。
・ 最後の補強は、レスラー式腕立て伏せ前後60回とV字腹筋100回(はじめはこれを3セットやるとか言っていた)。
・ 今日は、午後3時からの会議が一つだけでラッキー。
【2013年10月23日記】

◎ 2013年10月20日(日) 「収穫と痛恨」
・ 今日も雨の中、skアカデミーでレスリングの朝練習(8:30〜10:30、担当:野村コーチ)
・ ジョグ・体操・マット運動・アップ(今日はジャンプ・馬跳び)・柔軟運動のあと、打ち込みへ。
・ ふつうの打ち込みのあと、組み手を加えて、守り側の強度を高めていく打ち込みへと移行。
・ 技術練習として、片足タックルに入られた状態からの守りと反撃、片足タックルを取ったところからテイクダウンまで。
・ 前者として、1/4ネルソンからフォールまで。後者は、頭内側タイプと頭外側タイプのそれぞれにおいて何種類かの倒し方を試す。
・ 続いて、寝技の打ち込みとスパー。スパーでは、アンクルが崩れたあと、しかしそのままほぼ裏返すことに成功してポイントという場面と、足折りたたみ式の股裂きに成功してフォールという場面が、本日の収穫。
・ 最後のスパーリングでは、先週(練習会)と同じく富川さん・小野寺さんに相手をしてもらう。よかった点(立っている状態の中でバックに回れた点や一本背負いを耐えて反撃できた点)もあったが、富川さんにきれいにフォールされてしまった点が、本日の痛恨。
・ 本日の補強は、腹筋(パートナーは紅一点の中学生女子)。

【2013年10月20日】

◎ 2013年10月18日(金) 「連載第16回」
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年11月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第16回「二つの時間原理(2)」。
・ 今回は、
(1)「純粋可能性」の錯覚について述べて、未来が運命論的であることを確認する。
(2)「なるようになる」という表現に、時間原理Iと時間原理IIの交錯を読み取る。
(3)時間原理Iと時間原理IIの関係を「シーソー関係」として、未来の「無」と現実の時間推移と言語(論理)の三者関係を「ジャンケン関係」としてまとめる。
  
【2013年10月18日記】

◎ 2013年10月16日(水) 「台風にも負けず」
・ 台風による暴風雨の中、朝6時過ぎに車で大学へ出発。朝7時からの大学レスリング部朝練、10時からの大学院入試の判定会議のため。
・ その段階では、朝練は8時からに、会議も開始時間が遅れる連絡が入ることを知らないまま、大学に到着。
・ そのためマット場に一番乗り。写真は朝7時のマット場。7時半過ぎに一年生達が(マットの掃除のために)集まってくるまで、一人で身体を動かしたり、ストレッチしたりして待つ。

・ 学生たちは、8時〜9時がサッカー練習で9時からマット練習というメニューだが、私は10時の会議に間に合うように早退しなければならないこともあって(この時点ではまだ会議が11時半始まりになることを知らず)、8時〜9時半のあいだ、「専属コーチ」仲上君にマンツーマンで相手をしてもらう。それぞれアップをした後、打ち込み→1分スパーを数本→3分スパーを(休みを入れて)3本→寝技の打ち込み→寝技のドリルというメニュー。
・ 知っている限りの寝技をじっくりと試してみる時間というのが、ふだんの練習の中ではそれほど多く取れないので、今日はその意味でも貴重な機会であった。
・ 私やそれに近いレベルのスパーリングや試合の中では、テイクダウン等によってポイントを取ること自体がそもそも困難で、逆に言えば、それができれば勝てるので、立ち技やポイントを取るための寝技(ローリングが主流)の練習が多くなりがちである。
・ それはそれで当然の成り行きなのだが、フォールという最終目標(レスリング本来の終局)に至るような寝技にじっくり取り組む機会が、どうしても少なくなる傾向がある。
・ ずっと手前の段階ですら満足にできていない私が言うのもおこがましいが、それでもレスリングの本質は、テイクダウン後のコントロールやフォールの技術の中にあるように思う。その意味では、現行のオリンピックスタイルのレスリングよりも、アメリカのフォークスタイル(カレッジスタイル)のレスリングの方が、その本質をより多く保存しているのでは?
【2013年10月16日記】

◎ 2013年10月15日(火) 「台風が近づく中」
・ 台風26号が接近する中、「あまちゃん」二周目の131回を見終わる。
・ 131回は、私の中でベストいくつかに入る回。
・ アキのレコーディングにおいて、天野春子と鈴鹿ひろ美の「因縁」が顕わにされ、同時に緩解していくという特別な一回。
・ スタジオのガラスを隔てて見つめ合う小泉今日子と薬師丸ひろ子の目の演技には、息をのむ。(天野春子を指さしての)鈴鹿ひろ美の戯けるような「あ〜私だ」も、「私のせいで表舞台に出られなかったのよね。ごめんなさいね」という謝罪も、そして二人の表情だけの演技も、すべてが強烈なカタルシスをもたらしてくれる。
・ 鈴鹿ひろ美の表情からは、すべて分かっていたけど封印していた・・・という「覚悟的な苦み」も感じられて、素っ頓狂でめんどくさいだけの「大女優」ではないことも伝わってくる。
・ 131回は、私にとっての「あまちゃん」の真の主役は小泉今日子と薬師丸ひろ子の二人である、と改めて感じさせてくれる。
・ 試写会のエンディングシーンを観ると、これで最終回でもいいんじゃないかとまで思ってしまう。

【2013年10月15日記】


◎ 2013年10月14日(月) 「あまちゃん2周目・126回まで」
・ 「あまちゃん」二周目も126回(21週)まで。この辺まで来ると、「巻き込まれ感」がどんどん増す。もう次が分かっていて、その次がその通りにやって来ることで、さらにのめり込んでいる。
・ そういえば、アキちゃんは8歳までは(世田谷のマンションに越してくる前は)団地住まいだったんだね。
・ 本気取りで4つとるというところまで設定があるのに、ユイちゃんが実際に潜るシーンが(アキちゃんのようには)無かったのは、なぜなのだろう。練習シーンすら無かった。小さな違和感として残っている点である。
【2013年10月15日記】

◎ 2013年10月13日(日) 「第3回マスターズレスリング交流合宿の練習会に参加」
・ 今年で3回目になる「マスターズレスリング交流合宿」。(土曜日は仕事なので)日曜日9時〜12時の練習会のみに参加。
・ 今年の指導者は、ロサンゼルスオリンピック金メダリストの宮原厚次氏。会場は、skのメンバーでもある薮井さんがレスリング部のコーチ・監督をつとめるセント・メリーズ・インターナショナル・スクール(St. Mary's International School)。
・ 写真で分かるように、レスリングマットが三面あって、さらにもう一面敷ける広さが残っている。その空いている所には、壁に収納してある観客席が(試合などの場合に)引き出される仕組みらしい。
・ この部屋以外にも運動用の多目的ルームがあったり、トレーニングルームがあったり、別の階にはバスケット場もあるし、運動施設の一部だけを見ても、この学校の素晴らしさが分かる。このような学校環境は、高邁な理念と潤沢な資金があって初めて可能になる類のものであろう。
・ 学校の中を(ほんの一部だが)歩いてみて、スタンフォード大学滞在中に息子たちを通わせていたDuveneck Elementary School(Palo Alto)の雰囲気が思い出された。


・ だいたい1/3がアップや柔軟運動など、1/3が技術練習、1/3がスパーリングというメニュー。
・ アップの時に、つま先立ち・踵立ちを繰り返したが、これは右足首骨折後にやっていたリハビリと共通。リハビリとトレーニングは、同一事の両局面という気がする。
・ その他にも、(縄無しの縄跳びのように)両足を揃えての前後・左右や捻りを加えたジャンプを反復するというアップも。
・ 技術練習を数種類やったが、その練習の中で私なりに気づく点があったのは、特に two-on-one, Collar Tie からのunderhook, 横崩し的な首投げ, ガッツレンジの防御の練習の時。
・ 自分の右半身と左半身の動きや力の差異がとても気になった。two-on-oneやunderhookは左右の両方を練習するけれども、左右の効果(効き具合)の差が大きくあって、どちら側も同じようにできたら「武器力」が倍増するのにな、と思わされた。もっと若かったら、この左右差の矯正に本気で取り組みたいところだが。そういえば、うちの次男は高校時代(バスケットボール部)に、左右差矯正のために左手で箸を使ったりしていた。
・ 組み手で相手より内側を取るときにも、(相手の組み方とは独立に)自分の左右でやりやすさの違いが大きくある。内側を取って引きつけることを重視すると、ふだんやっている技のかけ方とは逆の方がいいのかもしれないと、迷ったりもする。でも、それはそれでやりにくさがあるし・・・。
・ 「マスターズの年齢になってくると腰の回転が鈍くなるので、腰の回転を使う投げ技より、体重移動で崩す投げ技のほうがオススメ」という指導には、なるほどと思わされた。
・ ガッツレンジの防御で、身体を"張って"マットにペッタと貼り付く感覚が(初めて?)分かったような気がした。その状態にして、マットを擦るように動くと、たしかに胴体に回して組んだ相手の手・指は、マットと胴体で挟まれてねじ切られるような力が加わり、痛くて自らクラッチを外さざるを得ない。しかし、その貼り付き状態では、頭も下がらざるを得ないので、こんどはネルソンにかかりやすい状態なのでは?
・ スパーリングでは、いつものパートナーであるskの小野寺さん・富川さん以外にも、高田道場やFFC所属の方にも相手をしていただいた。私とほぼ同年配の高田道場所属の方は、週三回練習をしているそうで凄い(強くなるはずだ)。
【2013年10月13日記】

◎ 2013年10月12日(土) 「写真追加」
・ 大学院入試の業務後、夕方の授業まで時間の余裕があったので、久しぶりに表参道周辺(北青山・神宮前・南青山)を散歩。
・ 先週日曜日の湘南高校52期大同窓会で撮影した写真が、次第に手に入りつつあるので、2枚追加。
・ 3年(33組)のときの担任・安田先生(数学担当)といっしょの写真。二枚目は、一年から三年まで同級だった清宮さん(岩波書店)もいっしょ。
 
【2013年10月12日記】

◎ 2013年10月9日(水) 「朝からバテる」
・ 朝7時から9時まで、大学レスリング部の朝練に参加。
・ マットの周囲をジョグしながら股関節等をほぐした後、レスリング場全体を使ったダッシュ、さらにサーキットを加味してのダッシュの往復。マット運動は、ネック・ヘッド・ハンドスプリングまでは大丈夫だが、バック転・バック宙になるとついて行けない。
・ 打ち込み2本→1分スパー→3分スパーというメニュー。仲上君・境君・高木君に相手をしてもらうが、今日はバテるのが早い。3分のスパーでまともに動けたのは前半のみ(日曜日の疲れが残っているのかなぁ)。スパーが激しくなってくると、呼気・吸気がちゃんとできていないのに気づいて、意識的に呼気する場面がある。
・ スパー後に、仲上君に相手をしてもらって、今日の悪いところを反省。タックルで片足を取れても、抱えられて返される場面が多いので、それを防ぐ練習。あと、がぶり落としたあと、バックへ回るまでの動き。

・ 今日は、午後に会議があり、これから夕方5時からまた会議がある。
【2013年10月9日記】

◎ 2013年10月6日(日) 「大人げない/湘南高校大同窓会」
・ 本日は、湘南高校学年全体の大同窓会があるため、skレスリング練習(担当:野村コーチ)は途中まで参加。
・ 打ち込みのあとは、組み手争いを加えた打ち込みに移行し、防御反応の練習として、攻守を決めての太もも叩き→膝叩きをやって、回数で負けた方が罰ゲーム(腕立て伏せ)。
・ 私が、叩きに来た小野寺さんをタックル切りで潰して、下になった小野寺さんの左右の腿・膝のあたりを連続的にパチパチと叩いた。(ルールの盲点をついていて)反則ではないが、大人げないと周囲は失笑・苦笑。
・ 午後の同窓会出席に間に合わせるため、寝技の練習とスパーリングはせずに早退させてもらう。

・ 55歳を記念しての(?)湘南高校52期生の学年全体の同窓会が、横浜国際ホテルにて行われる。170名を超える参加者で、3年の時の担任だった安田先生(82歳)もご出席。
・ 5年前の2008年9月14日(日)の学年全体の同窓会に二次会から出席しているので、高3(33組)の時の同級生たちの多くとは、それほどの「時間的な距離感」は感じなかった。
・ むしろ途中の「シャッフルタイム」で、高1(16組)の時の同級生たちと一つのテーブルを囲んで話をしたときが、今回一番新鮮かつ感慨深かった。
・ 湘南高校に入学したときの昂揚感や誇らしさが、高1のときの同級生といっしょに話すことで沸々と蘇ってきた(高3のときにはもうそういう昂揚感や誇らしさは無くなっていたのだろう)。
・ 高校時代には(たぶん)話したことがなかったであろう同窓生からも、話しかけられた。私程度の名前の知られ方でも、「有名人」であるかのように言われて、著書を読みましたとか、出演したテレビを観ましたとか言われて恐縮する。
・ 出席した同窓生の中には、(業界ニュースによると)朝日新聞社の取締役に今年就任して次期社長の座を争っていると言われている人とか、岩波書店の雑誌『世界』の初代女性編集長になった人とか、著名な精神科医の人とか、活躍している人は数え上げたら切りがない。
・ 二次会では、33組のメンバー10人ほどでテーブルを囲んで、昔話や近況に加えて、それぞれの息子・娘たちの話にもなる。
・ 33組の中には、同級生どうしで結婚したカップルもいて(中学も同じ)、彼ら夫婦と席が近かったので、「振り返ると不思議だよね」という話にもなる。
・ 私の場合は、妻と小学校・中学校といっしょで19歳でいっしょに住み始めているので、「つき合い歴50年」になるわけで、彼らの「つきあいの長さ」が実感できる。
・ その川崎夫妻(の旦那のほう)によると、「今思うと、まだつき合っていない頃の出会いにおいて、すでに予感・予兆めいたものがあった」と言う。
・ 私もまったく同じで、小学校1年生で席が隣になったときに、自分はこの子と結婚したいという強い欲求とインスピレーションがあったことを語る。
・ 次に会うのは、60歳の大台になったとき。

・ 下の二次会の写真で、私の左隣と前が川崎夫妻。私の右隣で話しかけているのが佐藤君。

【2013年10月7日記】

◎ 2013年10月2日(水) 「早起き/赤ちゃんとおばちゃんの同居」
・ 朝7時〜9時の大学レスリング部の練習に参加。
・ 若者たちのように起きてすぐ激しい運動に対応できるわけではなく、早めに起きる必要があって、4時半に起床。
・ アップ・マット運動・柔軟の後、ふつうの打ち込みを二本、そのあと30秒間交代で攻め続ける・受け続けるという打ち込みを反復。
・ 3分のスパーを10本。そのうち私は仲上君に二本、猪口君に一本、相手をしてもらう。
・ スパー後に、仲上君に指導してもらいつつ、組み手から腕をたぐったり、肘を取ったりしたあとに、タックルに入る或いはバックに回るという練習を反復。

・ 練習終了後、総研ビルの入口のところで、レスリング部の菊池君・鈴木君・吉川君・仲上君に遭遇。いい機会なので、私の個人研究室に寄ってもらう。
・ 主将の鈴木君が、書架にあった『大学デビューのための哲学』(霜栄・大島保彦との共著、はるか書房、1992年)に興味を示したので、一冊進呈。私のプロレス論も掲載されているし。

・ 「あまちゃん」のオンデマンド視聴は、第8週・48回まで進む。
・ 天野アキちゃん(能年玲奈さん)の不思議な魅力の一つとして、「赤ちゃんとおばちゃんの同居」という点があるような気がしてきた。
・ 当然そのあいだの「少女」なのに、両極へのはみ出しやブレを含みつつ少女であるという、特異なキャラクター。
・ 年齢にそぐわない「幼さ」がかいま見えたかと思うと、おばちゃんパワー的な押しの強さも見せてくれる。
・ 「あまちゃん」の話は女三代記であるが、その主人公・天野アキ自体の中に、幼女・少女・おばちゃんが重なっている。

・ オンデマンドは、妻といっしょに視聴している。彼女は、私の上記発言を「無邪気かつ図々しい」と言い換えた。ネガティヴにではあるが、私の感じているのと同じことを言っている。
・ 能年玲奈自身は、そのような天野アキのキャラクターとも違って、インタビュー等を見るかぎり「天然でゆるく・ゆっくり」である。
・ しかしさらに、以前のバラエティ動画を観てみると、その能年玲奈とはぜんぜん違うので、「天然でゆるく・ゆっくり」もまた、意識的に作っているだろうとも言われている。
・ 恐るべし。女優という存在。
【2013年10月2日記】

◎ 2013年9月29日(日) 「肩甲骨をつかむ」
・ 朝8:30〜10:30のskレスリング練習に参加(担当:野村コーチ)。今日は、比較的多人数。
・ ジョグしながらの踵あげ・もも上げ・腰きり・サイドステップ等のあと、準備体操、マット運動、ワニ・カニ・クマ歩き、その他アップをして、柔軟とブリッジ。
・ 打ち込みを二本やって、(1)四つに組んだ状態からの攻防(差し合い・いなし合い)の技術練習とドリルと、(2)がぶりからしっかり落とす点とそこからバックへ回る技術練習とドリル。
・ 四つに組んだ状態において、相手の肩甲骨をさした側の手でつかんでコントロールするのが難しい。うまく相手を動かして、その動きを逆利用できたときには、平成9年の貴乃花以来の決まり手だと言われる、先日(9/22)白鵬が使った「呼び戻し」的な感覚がある。
・ がぶりでは、肩での相手への体重のかけ方、相手の顎への手の引っかけ方、相手の腕の引き方の三点に注意しながら互いに確認し合い、さらにバックへ回ったり・がぶり返し等でポイントを取るところまでを繰り返す。
・ そのあと、寝技(打ち込みとドリル)→スパーリング→補強(腕立て伏せ4種類)。
・ 写真は、宝瑠ちゃんが私にヘッドロックをかけたところを、私がそのまま持ち上げたショット。爺さんと孫娘的な関係。

【2013年9月29日記】

◎ 2013年9月28日(土) 「あまちゃん最終回(第156話)」
・ 未来(光)へと進むアキとユイ。あの店で「この子、昔うちでバイトしてた」と熱く語り続ける甲斐さん(アキちゃんももう「昔」なんだよ!)。8500万年前の骨の再出現。色々な時間が重なっている。私は第1回から見直すループに入ります。

・ 155話・夏ばっぱのスピーチシーンで、足を組んで聴いているのは良くないと思うけどなぁ、栗原ちゃん。朝の放送で「繰り返します」って読んでいるけど、鈴鹿さん、そこは(※繰り返します)という( )内の注なので、読まなくてもいいのでは?鈴鹿さんらしくて、いいと思うけど。
・ 154話・鈴鹿さんが喋っているシーンの最後あたりで、ほんの何秒かだけ画面左に映る人ー柱(?)を握りしめるように隠れて観ている人ーは誰なのかなぁ?もうすぐ最終回なのに、まだ伏線あり?ミズタクが結婚式にいないのも、最後のサプライズと関係あるのだろうか。 
→ 「隠れている人」は、単に映り込んでしまっただけだったということでしょうか。/ミズタクの結婚式不在は「恐竜の骨」に繋がったわけですが、「(超)サプライズ」とは鈴鹿さんの海女アナウンスだった。
・ 私としては、「ユイちゃんが東京へ」という終わりにならないことを願っていた(予想していた)ので、よかった。もし「ユイちゃんが上野駅に降り立つ」ようなシーンで終わってしまったら、ふつうの「地方→東京」図式で終わることになってしまうから。クドカンは、そんな風にしないと思っていた(願っていた)。
【2013年9月28日記】

◎ 2013年9月26日(木) 「写真の追加」
・ 9月13日に参加した、日本時間学会の会員研修プログラム・SEIKOミュージアムの見学会での写真を、山口大学副学長秘書の平田博子さんが送って下さったので、追加で3枚載せておきます。
・ 一枚目は、私が優れた反射神経を発揮して(?)、「最高記録9.50(9.58に一番近い記録)」を出したときの写真。9月13日の「身辺雑記(メモ)」参照。
・ 二枚目は、SEIKOミュージアムの職員の方との質疑応答シーン。4年ぶりに(青学でのシンポジウムでご一緒して以来)お会いした橋元淳一郎さんも奧に写っています。
・ その二枚目に写っている私の左腕の時計は、友人の故・川村達彦君の形見に頂いたオリエント社の時計。セイコーと関係があるので、この日に身につけてみた。
・ 三枚目は、SEIKOミュージアム1Fで、辻正二先生たちと並んで。

【2013年9月26日記】

◎ 2013年9月25日(水) 「打ち合わせ/朝練/クドカン凄い」
・ 昨日(24日)は、ぷねうま舎の中川和夫さんと、蔦珈琲店にてレスリング本の打ち合わせ等。私の『本』(講談社)の連載についてもコメントを頂く。
・ 蔦珈琲店は、今では貴重になった煙草が吸える喫茶店。
・ (レスリングを始めて以後)私は基本煙草を吸わなくなっているが、別に禁煙をしているわけではないので、喫煙者といっしょのときは(そして頂ける場合は)吸う。そのとき何本吸ってもその時のみで、「喫煙者」に逆戻りはしない。この状態を、「喫煙からも禁煙からも自由」と私は称している。

・ 大学レスリング部の朝練マット練習が、一時間早まって7時からになったので、私はどうしても間に合わなくて、7時半くらいになってしまう。
・ それでも、自分なりにアップをした後、仲上君が打ち込みの相手をしてくれて、その後は1分スパーリングを、マット内に居残った者に次々当たっていくという形式で。
・ 組み手争いの時に私は足が動いていないということを指摘されて、スパー後に、意識して足を動かしながら、仲上君と組み手の練習。
・ 上半身と下半身が連動しないという、自分の身体のダメさ加減は自覚はしているのだが、なかなか治らない。
・ 最初のほうの寝技スパー中(私はアップ中)、平嶋君が面白い技をかけようとしているのを目撃。相手の足を裏4の字のように折り畳みながら、自分の足でロックして、あたかも自分の足でアンクル・ホールド状態を作ってそのままローリングしようとしていた。あの技は何?(平嶋君、今度機会があったら教えてください。)

・ 朝練があったので、早あまも本あまも観られなかったが、練習後に4度ほど視聴。
・ 以下、ツイートした内容だが、こちらにもメモしておきたい。いつもそうだが、今回(153回)はクドカンの凄さを特に痛感。
・ 鈴鹿ひろみさんの(薬師丸ひろ子さんの)潮騒のメモリーが聴けて、涙が出てきてしまった。しかも「♪三代前からマーメイド、親譲りのマーメイド♪ 」と歌詞を変えてくるとは。もう感服するしかない。
・ 153話でもう一つさらに凄いのは、若春子の「亡霊(まぼろし)」が鈴鹿ひろ美の歌声を聴いて消えゆくときに、ナレーションが春子からアキに変わっているところ。感服につぐ感服。
・ 「三途の川のマーメイド」を「三代前からマーメイド」に変えたことと、若春子がもう現れなくなることとが絡んでいるということか。「三途の川のマーメイド」は、夏ばっぱかと(震災で亡くなるのかと)いう心配は裏切られて、若春子こそが「三途の川のマーメイド」だったのね。
【2013年9月25日記】

◎ 2013年9月22日(日) 「プロレス論」
・ 2012年の修士論文で「プロレスの社会学的考察――『スポーツと文明化/興奮の探求』より――」(斎藤文彦・早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)をネットで発見。
・ 目次を見ると、私がかつて書いたプロレス論も、その第一章の第5節で先行研究の一つとして検討されている。
・ 大学院生の頃に書いたときには、当時の指導教官や哲学科の先輩から「黒歴史」扱いを受けた(よって、当時は業績表には載せなかった)文章が、「先行研究」として扱われているのが個人的には感慨深い。
・ しかも、その修士論文の研究指導教員のところには、あのリー・トンプソン氏の名前が!
・ 彼は、「プロレスの社会学的分析」の草分け的な存在であり、私も上記拙論の中で、批判的考察を加えた論文「プロレスのフレーム分析」の筆者である。今は早稲田大学で教えているんだ。
・ PDFで106ページある大部の論文なので、時間を見つけてゆっくりと読んでみたい。
・ 執筆予定の私のレスリング本(『哲学者、51歳でレスリングをはじめる』(仮題、ぷねうま舎)の中では、かつての自分のプロレス論にも触れ、かつその論に修正を施す予定もあるので。
【2013年9月22日記】

◎ 2013年9月22日(日) 「ムカデ歩き?」
・ 朝8:30〜10:30のskレスリング練習に参加(担当:野村コーチ)。
・ いつものようにアップ・マット運動・柔軟運動のあと、3本交代の打ち込みを2セット。
・ 技術練習では、相手の横に回り込んで取るタイプの片足タックルとその防御の練習。
・ 足を取ったあと頭を上げ・付けるという点はこれまでも意識していたが、今日はさらに、肩で相手の大腿部にプレッシャーをかける点も意識して練習。
・ また、組み手を意識しながら(攻撃側は)相手の足へとタッチし、(防御側は)それを切るという打ち込み式の練習と、さらにそれのみでやるスパーも。
・ 寝技では、結果的に(相手も私も)アンクルのみを反復練習。脇で挟んで相手の足首をきちんと極める点に注意して練習。
・ 同じ体格の小野寺さんは膝を痛めていてスパーができなかったため、マッチョ須藤さんや野村コーチとのスパー。やられるばかりで、こちらは何もできずに終わる。
・ 写真は、スパー後の足の補強運動(ムカデ歩き?)と集合写真。マッチョ須藤さんのみ「負荷」付き。
・ その補強運動のせいか、練習後に骨折した側の足首が痛くなって、最寄り駅から自宅までタクシーを利用。
 
【2013年9月22日記】

◎ 2013年9月20日(金) 「脇あま」
・ 早あま〜ミニ・ネコ〜本あま〜朝いちプレミアムトーク(能年玲奈)を続けて全部観たので、朝からテレビ疲れ。
・ (天野アキではなく)能年玲奈は、若い頃の大竹しのぶと大いに共通性があることに思い至る。

・ 17:00〜19:00は、大学レスリング部の練習に参加。
・ アップでは、鬼ごっこと相撲を足したようなゲームをやる。そう言うと遊びのように聞こえるが、やってみてけっこう危険度が高いことに気づいたので、私はほどほどにしておく。
・ 私が入っている側のチームは当然不利でm(_ _)m、負けてしまって罰ゲーム。変形の腕立て伏せ(掌を横向きにして、重心を前に持ってくる腕立て伏せ)を1分30秒続けるという罰ゲーム。
・ 打ち込み5分×2、1分スパー×20、3分スパー×10。そのうち、私は1分スパーを数本。3分スパーを3本やらせてもらう。
・ いつものように、ほとんどを仲上君に相手をしてもらう(スパー後の組み手の練習も含めて)が、今日は初めて小宮山君と一度やって、最後には境君にも相手をしてもらう。
・ 小宮山君は、青学レスリング部ではただ一人の「一般入学(非・スポーツ推薦)」の学生で、大学に入ってレスリングを始めたという貴重な存在。しかも、6月の東日本学生レスリング春季新人選手権Bグループで、初勝利と3位入賞を果たしている。
・ スパーをしてみて分かったのは、私でもまだ勝負ができそうなくらいの強さだということ。しかし、そのスタミナや粘りは、さすが伸び盛りの若者だけあって、すでに私には太刀打ちできない。
・ 今日指摘されたのは、私の脇の甘さ。スパーの最中サイドステップで動いているときに、私はその動きの中で(腕も上下して)脇が空くので、そのリズムを見計らって簡単にタックルに入れます!と言われてしまった。でも、なるほど!という感を強く抱いた。
・ 写真は、仲上君とのスパーでの3ショット。2枚目は、腕取り(ツー・オン・ワン)を仕掛けているところ。3枚目は、レスリング部HPのNEWS・「2013/09/20 練習の質」のところにも出ています。

【2013年9月20日記】

◎ 2013年9月18日(水) 「連載第15回」
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年10月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第15回「二つの時間原理(1)」。
・ 今回は、(前回までの)MAについての相貌転換を踏まえて、時間原理Iと時間原理IIを取り出す。どちらの原理に基づいても(未来を特別視しなくても特別視しても)、「未来」は運命論的な傾きを持つことを論じる。

【2013年9月18日記】

◎ 2013年9月16日(月) 「記憶の伝播」
・ 台風も過ぎ去ったので、夕方から妻の実家(川崎)に私・妻・長男夫妻・次男で集まって夕食(三男は、自動車免許合宿中@長野なので不在)。
・ 「入不二」姓のルーツについて、次男が、バイト先の歴史に詳しいおじさん(?)から、「維摩経」由来の姓であること、南北朝の頃の天皇家との関係云々に至るまで聞かされたという。
・ その次男の話がきっかけとなって、普段ほとんど話したことのない、私の父方のルーツ(大分のお寺関係)や、父親とその親族間で生じた根深い確執などについて、息子二人と長男の嫁さん相手に比較的詳しく語ることになる。
・ その確執ゆえ、息子たちが会っていて記憶にあるのは、私の母方の親戚のみであり、父方の親戚は「空白地帯」。お寺そのものも訪れたことはない。
・ そんな話をしていて改めて気づかされるのは、「記憶は個人の水準で完結することなく伝播していく」という感覚である。
・ そもそも、その確執自体が一世代で閉じる単発的なものではなく、世代をまたいだ養子縁組問題や、東京・地方問題(父親はお寺を継ぐのが嫌で東京に出てきた)や、子どもを通しての親同士の鞘当てや張り合い、そして田舎コミュニティにおけるお寺というポジションの問題や「入不二」姓が珍しいゆえに抱え込む問題等々が絡み合っている。そういう世代をまたいだ確執が、私というバイアスを通しつつ、息子たちの記憶の中にもぼんやりと残っていくことになる。
・ おもしろかったのは、次男が、大学卒業までに(春に卒業予定)その「お寺」を訪ねてみようかな、と言い出したこと。
・ 記憶は伝播するが、しかしその流れを変えてしまうのも、記憶の薄れた次世代だろう。
・ 写真は、昭和35年11月13日、私が2歳、父親が35歳のもの。

【2013年9月17日記】

◎ 2013年9月16日(月)「あまちゃん」の終わり方
・ 先日の懇親会での話として、「時間学会会長の辻先生(社会学)と、時間学研究所専任の右田さん(社会学)とは、「あまちゃん」「半沢直樹」などの最近のドラマについて、それぞれの見方をぶつけ合う。「あまちゃん」の終わり方については、意見が分かれる。二週間後には、その「終わり方」も判明するのだが」と書いた。
・ また本日、mixiでのやり取りの中で、永井さんから「ところで、最後はユイちゃんの方がアイドル再挑戦を決意して終わるというお話なのですか?」とも聞かれた。
・ 意見が分かれた点にも関係するが、私のリプライは、以下の通り。
・ ユイちゃんの「復活」は間違いなくある(というか今週のテーマでもある)と思うのですが、分からないのは、アイドルになるために東京へ出て行く終わり方のなるのだろうか、という点です。東京へ初めて出て行くという終わり方は、「きれい」かもしれないけれど、このドラマには、当たり前すぎて、そぐわない気もします。
・ むしろ、あのお座敷列車的な、出て行かない頂点を示す終わり方を、私は期待している部分がちょっとあります。クドカンならば、復活(アイドルになる)ことと、東京へと出て行くことを直結させないやり方を見せてくれるのではないか、という期待があるのです。もちろん、私の勝手な妄想ですが。
・ そのように思っていたということを、最終回を迎える前にメモしておこう。
【2013年9月16日記】

◎ 2013年9月14日(土)・9月15日(日) 「連日のレスリング練習」
・ 先週は東大駒場での集中講義があって練習ができなかったし、来週から後期が始まり土曜日練習には(授業があるので)参加できなくなるため、ここは頑張って土日とも、skアカデミーのレスリング練習に参加。
・ 土曜日は17:00〜19:00 今泉コーチの担当、日曜日は8:30〜10:30 野村コーチの担当。日曜日は、台風接近に伴う大雨のため、少人数。
・ 二枚目の写真を見ると分かるように、写真向かって左の格闘家・今泉堅太郎さん(今泉コーチの親戚)の次男が、「座敷童」のように写り込んでいて、かわいい!撮影したのは、長男。


・ 土曜日には、「打ち込み」を何段階かに分けて、「スパーリング」に接近するところまで強度を連続的に上げていくという考え方に基づいての練習をする。
・ この連続的でシームレスな段階性や、それを可能にするお互いの阿吽の呼吸(うまくできない場合は、お互いに言葉で「ここからは・・・」みたいに確認することになる)には、レスリング行為の特徴が表れていると思う。いわば、ふつうのレスリング行為の中に「プロレスを可能にするもの」が既に内包されている、とも言える。このあたりの話題も、『哲学者、51歳でレスリングをはじめる』(仮題、ぷねうま舎)の中で書きたいと思う。
・ 土曜日の技術練習とドリルでは、片足を取られたあとの防御とがぶりからの攻撃を何種類か。
・ 片足を低い位置で取られて、後へと回り込まれた場合の対処としての二つ:「体重をかけての乗っかり」と「またいでからのひっくり返し」のうち、後者がうまくできなかったが、胴に回した側とマットにつく側の手の位置等を指導してもらうと、きれいにきまった。
・ 「逆回転」のがぶり返しの練習というのを、私は初めてやった。両方向を組み合わせてフェイント等で使えると有効。
・ さらに、縦回転のがぶり返しもあるわけだし、パンケーキでの表返しや、バックへの回り方の差異を数え上げたりすると、「がぶり」からの展開だけでも「点」から無数の「線」が放射されるようなイメージになる。
・ 5年前までレスリング経験があったという27歳の若者とのスパーリングが楽しかった。彼の巻きのレスリングに途惑う場面やがぶり返しでポイントを奪われる場面もあったが、私のほうはフォールまでもっていけたし、3分終わって息がより上がっていたのは彼のほうだったので、今日の収穫と言えよう。

・ 日曜日の朝は、台風接近に伴う大雨のため、電車も遅延したり運行変更したりだったので、人が集まらないのではないかと危惧されたが、野村コーチ+3人(富川一八さん・今泉堅太郎さん・私)で練習。
・ 打ち込みも技術練習もスパーも、3人で回していくという形で。人数が少ないと、休む暇がなくて大変。
・ ふつうの打ち込みのあと、内側を取ってから押す、内側を取ってから押して(相手が押し返したところで)いなす、内側を取ってから押していなしてタックルに入る、という反復練習もやる。
・ 技術練習では、片足を取ってからのテイクダウンまでと、腕取り(ツー・オン・ワン)からのテイクダウンまでの練習。
・ ハイクラッチ式に片足を取りにいくときに、腕が大回りになって伸びていることを野村コーチに指摘されて、もっとコンパクトに腕が伸びきらないところで取るように修正。野村コーチの説明では「五木ひろし風に」。
・ ツー・オン・ワンからはいくつかの展開を試みるが、相手を前下に引いたあと、相手の足につっかえ棒をする(さらに刈る)ようにして後側に雪崩れ込むように倒す技は、きまると気持ちがいい。
・ 寝技練習では、打ち込みでアンクルホールドの練習をしたあと、寝技のスパー。技をかける前の、相手の腰への体重のかけ方を意識して練習。
・ スパーの最後で、今泉堅太郎さんに相手をしていただいて、ほとんどふらふらになるところまでやり切ることが出来て、満足感が大きかった。
・ 補強は、壁に対して両足を膝90度でかけて(上げて)、腰を上げる運動、さらにその状態から片足ずつ上げ伸ばしする運動。
・ 三枚目の写真は、かなり前のプロフェッショナル修斗公式戦で、今泉堅太郎さんがTKOで勝った試合のものから、片足タックルのシーン。このあと、倒してパンチでボコボコにしてのTKO。
・ 今泉堅太郎さんは、プロフェッショナル修斗、パンクラス、ZSTで活躍された総合格闘家(サンボ、レスリング等)です。

【2013年9月15日記】

◎ 2013年9月13日(金) 「時間学会主催の時計研修と交流会」
・ 日本時間学会の会員研修プログラムで、SEIKOミュージアムの見学会と交流会に参加。
・ 以下のようなスケジュール。実際には、懇親会は(ミュージアムでの質疑応答が長引いたので)18:30ぐらいに開始して、22時くらいまで続いたが。

【スケジュール】
13:30 集合 浅草駅2F改札口(東向島までの切符@140円を購入して集合)
13:40 乗車
14:00 SEIKOミュージアム到着
    SEIKOミュージアム館長渡邉淳氏よりVTR解説
    「クオーツ技術のポイント、歴史、日本の時計産業の特徴」  
    「最新時計技術」
15:00 館内の見学
16:00 全体の質疑応答
    「時計のCM集」VTRと解説で時計の社会的価値の変遷を説明
17:00 移動
18:00 懇親会 浅草アサヒビール本社ビル22F「ラ・ラナリータ」
個室でスカイツリーを含む東京下町のパノラマ夜景を満喫しながら、おいしいイタリア料理とお酒で「時間学」情報交換を楽しみましょう。
    会費(2時間飲み放題@8,000円)当日徴収します。
20:00 解散

・ 私は、以前から疑問に思っていた「10時10分問題」について、展示説明者にたずねてみた。
・ それは、「アナログ時計を10時10分くらいに設定して展示するのは、おそらく見栄えの問題からなのでしょうが、いつごろどういう経緯を経て決まったのでしょうか?」という質問。
・ 明確な答が得られた。昭和40年代に色々テストした結果、(ロゴがあることの多い)12の数字のところが隠れないことを基本にして、止まっていても時計の動性を感じ取れる位置を比較検証したそうである。
・ 各社において微妙な設定の違いもあるそうで、セイコーの場合は「10時8分42秒」(だったかな)だそうである。秒針が30秒の位置(長針・短針・秒針のバランスがとれている)という案もあったそうだが、「先へと進んでいる」という動性をさらに出すために秒針の位置を現在のものにしたそうだ。

・ 展示の中には、「体験コーナー」のようなものもあった。水泳競技のゴールでタッチしたタイムを計る計測器があって、その計測器をスタートさせたあと、(ボルトの世界記録である)9.58のところでパネルをタッチして止めるというゲームを、見学していた全員が体験した。
・ 9秒までは「1,2,3,・・・・」と表示されるようになっているので、それを見ながら「1秒」というタイミングをつかみつつ、「9秒」が表示された後に自らの判断でパネルをタッチする。
・ 「9.8」くらいになってしまうに人が多く、逆に急ぎすぎて「9.3」くらいになってしまったり、さらに慌てて(9秒までは見ていればできるのに)「8.56」で叩いてしまう人もいた。
・ 「最高接近記録」は私で、「9.50」だった。惜しかった!わずか「0.08」の誤差。なかなかの反射神経だとほめられた(^o^)

・ 懇親会は、(予約を取ることが難しい)「個室」で、光で演出された夜のスカイツリーを真正面に見ながらの豪華で楽しいひとときでだった。
・ 時間学会会長の辻先生(社会学)と、時間学研究所専任の右田さん(社会学)とは、「あまちゃん」「半沢直樹」などの最近のドラマについて、それぞれの見方をぶつけ合う。「あまちゃん」の終わり方については、意見が分かれる。二週間後には、その「終わり方」も判明するのだが。
 
【2013年9月14日記】

◎ 2013年9月11日(水) 「水木しげる漫画大全集001/048」
・ 今月配本の『水木しげる漫画集大全集』は、001「貸本漫画集1 ロケットマン 他」と048「悪魔くん」。
・ 001「貸本漫画集1 ロケットマン 他」は「記念すべきデビュー作とプレデビュー作を同時収録」。おそらく私は初めて読むもの。絵柄も雰囲気もその後の水木しげると全然違う。
・ 048「悪魔くん」は、マガジン版「悪魔くん」の完全版。私は、実写化もされた「悪魔くん」よりも、より原型的でラディカル?な「千年王国」の方が好き。
 
【2013年9月11日記】

◎ 2013年9月11日(水) 「哲学者志望」
・ 昨日までの集中講義でお世話になった野矢茂樹さんからメールをいただいた。
・ その中に昨日記した『子どもの難問 ―哲学者の先生、教えてください』(中央公論新社)のリード文のことが書いてあった。
・ 以下その部分の引用

入不二さんが哲学者志望の小学生であったことを知り、そんな児童もいるんだなあと感じ入るとともに、
『子どもの難問』の私の文章を少し変えておきました。
いまは「将来の希望を聞かれて「哲学者」と答える子はいないだろう」ですが、
「答える子などいそうにない」にしておきました。

・ さすが「厳密」な訂正だ。
【2013年9月11日記】

◎ 2013年9月10日(火) 「集中講義四日目」
・ 東大駒場での集中講義四日目終了(無事に全日程を終了)。
・ 予定通りの範囲を終了し、さらに、まだ原稿を書いていない部分もいくらか「アドリブ」で喋ることができたので上出来。
・ 私もかなり疲れたが、受講した学生たちも、私の「妄想世界」(俗に言う「入不二ワールド」)の中を4日間引きずり回されて、頭脳がかなり疲れたであろう。

・ 『子どもの難問 ―哲学者の先生、教えてください』(野矢茂樹編、中央公論新社)の初校ゲラ刷りが届く。
・ 私が執筆したうちの一つ「哲学者って、何をする人なの?」のパートの始めにも、野矢さんによるリード文があって、「将来の希望を聞かれて「哲学者」と答える子はいないだろう」と始まっている。
・ しかし、小学校の卒業文集内の「将来なりたいもの」のところに、私の場合しっかり「哲学者」と記されている(正確に言うと「哲学者か数学者」と書いてある)。当時、ピタゴラスに凝っていたのだ。
・ その私のエピソードを、集中講義一日目が始まる前に(この初校ゲラが送られてくる前に)野矢さんに話したところ、野矢さんは「しまった、哲学者になりたいと答える子はいないと書いちゃった。まぁ、いいか」と言ってた。
・ それは、このリード文のことだったんだ。
・ 追記: 当時(小6の頃)、卒業前に6年生のお兄さん・お姉さんとの昼食(給食)会というのがあって、その場でも、下級生の前で「将来なりたいもの」を話すという場面がありました。私が「哲学者になります」と言ったら(もちろん聞いている下級生たちの反応は「??」だったでしょうが)、その下級生のクラス担任が、ひとことポロッと皆に向けて「哲学なんてやったらキチガイになります」と言ったんですよ。今なら、かなり問題になるかも。私は、その教師を「こいつアホか」と思って眺めていたことを、鮮明に覚えています。
【2013年9月10日記】

◎ 2013年9月9日(月) 「集中講義三日目」
・ 東大駒場での集中講義三日目終了。
・ 受講生の発言を聞いていると、東大の学生・院生の優秀さは健在だなと思う。
・ こちらの言おうとしたことを、別の方向からアプローチして明瞭にしてくれるし、学生「それはスピノザ的ですね」私「その点ではスピノザが古代的なんだとも言える」という会話だけで、多くのことが通じる「楽さ」がある。
・ 難を言えば、教室がモノトーンということかな。ふだん本務校では、女性が7割というのに慣れているので、受講者が「男だけ」というのがことのほか気になる。これは哲学分野自体の「アンバランス」を、そのまま反映しているのだが。
・ 昼休みに控室で、久しぶりに(山口大から東大駒場へ異動した)古荘真敬さんに会って、山口のことなどをお喋り。
【2013年9月9日記】

◎ 2013年9月7日(土) 「集中講義二日目」
・ 東大駒場での集中講義二日目終了。
・ 土曜日であるため、教室のある一号館(時計台)の扉が全て閉まっていて入れない。守衛のおじさんに頼みに行って、開けてもらうしかなかった。
・ ポロシャツ・短パンという軽装で授業をしたが、それでも汗だくになることに変わりはなかった。授業というより(サウナに入って)減量をしているかのようだ。
・ 通常学期は、非ー哲学専門の学生たちを相手にしているので、このように哲学専門の学生たちを相手にするのは新鮮だが、独特の仕方で疲れもする。
・ 講義の途中で、的確に突っ込みを入れる学生たちもいるし、終了後に(質問というよりも)「議論」を挑んでくる学生たちもいて、テツガクらしい風景が展開する。
・ 今日は、3コマ目終了後に1時間以上、そういう「議論」につき合ったので、もう一コマやった感じで疲労困憊。
・ 明日はレスリング練習に行こうと思っていたけれども、この疲労度では無理。すみませんが、お休みします。
【2013年9月7日記】

◎ 2013年9月6日(金) 「集中講義一日目」
・ 東大駒場での集中講義一日目終了。
・ 授業前は、野矢茂樹さんとお喋りして過ごす。『〜の教室』のシリーズ化とか、『相貌論』の本の執筆の話とか、旺盛な哲学意欲を感じた。
・ 講義の部屋は、28度設定から下げられないようになっていて、暑くて汗だく。苦行のような授業環境。明日から「短パン」で行こう!
・ ほんとうは、レスリングの試合着(シングレット)で授業をすれば、だいぶ涼しいはず!
【2013年9月6日記】
 
◎ 2013年9月4日(水) 「感謝/時計」
・ 今週より、大学レスリング部の学生たちが「解散」から戻ってきて、練習を再開。私も本日朝8時から参加させてもらう。
・ 学生たちは、朝7時からサッカー練習、そして8時からはグループに分かれて「筋トレ」。
・ つまり、本日はマット練習はない朝練であったにもかかわらず、仲上君が相手をつとめてくれて、打ち込み→スパー(1P3分をあいだをあけて3本)→技術練習(片足を取ってテイクダウンからアンクルに繋ぐところの練習)という流れで特別にマット練習をさせてもらう。
・ 仲上君と太田監督には、深く感謝である。にもかかわらず、私の方はいつも以上に動きが鈍くて疲れるのが早く(先週土曜日からずっと続いている模様)、そのご厚意に応えられなくて情けない。
・ 私は、8時からのマット練習に備えて、7時半に行って一人でアップ。その時に、(今日はマット練習がないからということで)青木君と松田君が二人で気迫あふれるスパー中だった。
・ 「朝早くから、激しいね」と私が言うと、打ち込みのつもりで始めたのに、だんだん激しくなってこうなった、ということだった。彼ら二人は、結局一時間近くそのようなスパーを続けていたことになる。嗚呼!

・ 亡くなった友人・川村達彦君宅を訪れたときに、お母さまからいただいた形見の時計(彼は時計のコレクターでもあって300個ほど収集していたそうだ)を、昨日身につけて外出。
・ 時計を身につけていると、高校時代によくつるんでお喋りした時の感覚が蘇ってきて懐かしかった。
【2013年9月4日記】


◎ 2013年9月2日(月) 「岡田准一さんのCMを観ながら」
・ 日本生命のCMで、20代・30代・40代・50代の岡田准一さんが、一堂に会して会話するCM「みらいのカタチ 20´s自分問答 結婚相手篇」がある。

・ 20代の岡田准一「オレ、結婚するよね?」→40代の自分「そりゃまぁ、するだろうね」→20代の自分「誰と?」→50代の自分「そりゃ、知らないほうが楽しいだろう」→20代の岡田准一「でも、今の彼女?」→・・・と続く。
・ 岡田准一さんが好きな俳優ということもあって、このCMは気に入っている。そして、観るたびに、つい考えてしまう。
・ 10代後半の私が、後に誰といっしょに住み始め、結婚して、その後もずっといっしょに暮らすことになるかを、50代の自分からあらかじめ教えてもらっていたら・・・。
・ CM通り「そりゃ、知らないほうが楽しいだろう」とも言えるが、しかし、もしその後を知っていたら、10代後半をもっと「穏やかに」もっと「高校生や大学生らしく」過ごせていただろうなとも思う。
・ 10代後半の荒んだ生活の「中心」には、彼女との不安定な恋愛関係が位置していた。
・ 当時の私の関心は、その「中心」にしかなく(したがって学校や勉強は疎かになり)、そして「中心」に翻弄されればされるほど、その「中心」への破壊衝動も大きくなり、その衝動は自分自身へも向かうことになる。
・ いちばん大切に思っているものを、いちばん壊したくもなり、この関係は終わってしまうのではないかと常に喪失不安につきまとわれて、そのことがさらに関係を不安定にするという悪循環を繰り返していた。
・ もし「ずっと続いて、失われることはない」と50代の自分から伝えられていたら、私は悪循環から抜け出せて、もっと進学校の高校生らしく勉強に励み、自殺未遂や危うい同棲生活へとは進んでいかなかったのかもしれない。
・ でも、その「穏やかな」10代後半の実現が、こんどは違った未来(彼女と過ごさない未来)の実現へと繋がるのだったら、元も子もなくなるのだが・・・。
・ どちらも(荒んだ10代後半も穏やかな10代後半も)、同じ今の状態に繋がっているのならば、だんぜん「穏やかな」方がいい。
・ しかし、前者しか今の状態に繋がっていないならば、もう一度やり直すとしても「荒んだ10代後半」の方を選ぶだろう。
追記:
・ 各世代の岡田准一君たちが「何を」「どう」話しているかは実は「幸せ」には関係なくて、このように一堂に会して、ケンカ別れになることもなく、話しているという事実それ自体が、その一堂に会する<今>の「幸せ」を表している。
・ そして、それと同様に、私が上記のような妄想をできること自体が、そのように妄想できる<今>の幸せを表している。これは、「幸せ」というのがメタ的なあり方をしている証拠でもある。
【2013年9月2日記, 9月3日追記】

◎ 2013年8月31日(土) 「疲労度大」
・ skアカデミーのレスリング土曜日練習(17:00〜19:00)に参加(担当:人見コーチ)。
・ いったん涼しくなって暑さが戻ってきたこととも関係があるのか、あるいは木曜日の友人宅・母校への訪問が影響しているのか、疲労度が大きい。
・ 空手をやっている大学4年生の若者が、組み技格闘技もやりたいということで参加。スパーリングで一度お相手をする。
・ 元気な若者とはいえ、さすがに初心者相手なので、ポイントを取られることなく、こちらの思い通りに技がかかり、三度ほどフォールに持っていけてしまう。
・ しかし、3分動き回って疲れているのは、私の方。彼は、もう次のスパーをやる気満々だが、私の方はもう今日はこれで終わりだという感じ。
・ 写真の後列(向かって)左が、その若者。

【2013年9月1日記】


◎ 2013年8月29日(木) 「亡くなった友人宅を訪ねる/湘南高校歴史館に立ち寄る」
・ 3年前に51歳で亡くなった友人・川村達彦君の実家に、焼香に行ってきた。80歳を超えたお母様はとてもお元気で、一時間ほど川村君の昔話や闘病生活のことなどについてお喋りした。
・ 彼とは、特に高校時代から大学時代にかけて、濃いつき合いが続いた。
・ 同級になったことはなく、同じクラブに所属していたわけでもないのに(私は文芸部、彼は生物部)、なぜだか出会って、主に文学関連の話を延々と二人で続ける仲だった(彼も詩や小説を書いていた)。当時つき合っていたそれぞれの彼女の話などもよくした。
・ 高校卒業後の、私が(自殺未遂や同棲生活で)もっとも荒んでいた時期を、もっとも身近で見守ってくれた友人の一人が、彼である。いっしょに同人誌を作成したのも、その頃だった(『破れ傘のノベラ』『螺旋区』)。
・ 彼は、小説や詩だけでなく、生き物や様々な物に対しても審美的な眼差しを向ける高踏的な趣味人で、部屋には何匹もの蜘蛛を飼育し愛でていたし、不思議な小物が溢れていた。その「偏愛」は、後には骨董品(焼き物)の収集へと向かい、実際かなりの目利きだった。
・ 私の知る川村君は、ひとことで言うならば「美の世界の住人」だったと思う。しかし、大学時代の彼だけは例外的だった。極左的政治活動にのめり込んで、精神を病む結果となった。今度は私が身近で見守る番だった。
・ 闘病生活を経て彼は無事「帰還」したが、その間の壮絶な闘いのために、すでに身体の方がかなり蝕まれていた。
・ しかし、彼は再び「美の世界の住人」に戻ることができて、その世界を堪能しつつ最期を迎えることができたのだということが、今日の訪問でよく分かった。ご冥福をお祈りしたい。

・ 彼の実家である大磯まで足を運んだので、帰りがけに母校の湘南高校に行って、私の名も載っている「湘南大樹」を見ておくために、歴史館に寄った。
・ 「湘南大樹」とは、1枚1枚の葉っぱに各界で活躍している(した)卒業生の略歴が書かれたもので、さらに詳しい経歴等をパソコンで閲覧できるようになっている。
 
【2013年8月29日記】


◎ 2013年8月25日(日) 「故・久保元彦先生から頂いた手紙」
・ 8月24日の「旧・川崎大宮団地」「東大哲学科の頃の写真」で「思い出話」が続いたので、もう一つ。
・ 故・久保元彦先生から私が大学生の頃に頂いた30年ほど前の手紙の中から、二通を画像ファイルにしてみた。「資料的な価値」がそれなりにあると思われるし、プライベートなことが書かれているわけではないので、公開してみたい。
・ 私が駒場の学生(東京大学の一・二年生)だった頃、久保元彦先生は都立大学(当時)の助教授で、非常勤講師として駒場で「哲学史」の授業を担当していた。先生は、当時『理想』に「内的経験」を連載中で、講義ではその内容がリアルタイムで語られた。
・ 私は、先生がその授業で展開する思考の濃密さに痺れた。大胆にも(まだ大学院生でもないのに)、本務校である都立大学の大学院の授業にも出席させてもらった。先生の御自宅へ妻も一緒にお邪魔したり、喫茶店で会っていただいてお話ししたり、個人的なおつき合いもあった。
・ そのような哲学的な交流は、ずっと長く続いていくものだと思われていたが、先生は、その極度に緊張感を伴う思考が、脳へと負担をかけたかのように、43歳で急逝する。
・ 画像でアップした一通は、久保先生が連載中の「内的経験」のコピーを送ってくれたときに同封されていたもので、「助走路をどんどん逆に走っていくような感じです」というのが、印象的である。
・ もう一通は、私の卒業論文『独我論考 −ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の独我論』を読んでもらった後に頂いたものである。若い頃から御友人関係にあった故・奧雅博先生や、当時都立大での同僚であった丹治信春先生や守屋唱進先生の名前が記されている。


【2013年8月25日記】

◎ 2013年8月24日(土)・25日(日) 「連日の練習」
・ skアカデミーのレスリング練習に連日参加(土曜日17:00〜19:00 担当:人見コーチ、日曜日8:30〜10;30 担当:野村コーチ)。
・ 二日連続でレスリング練習をするのは、いつ以来だろう。前日夜と翌日朝という連続でレスリングをするのは、私の体力では荷が重い。
・ それでも、何とか無事について行けたということは、それだけ右足首骨折後の状態もよくなったということであろう。
 
・ 土曜日の練習で一番きつかったのは、3分間スピードを重視しながらタックルに入り続けるという打ち込み。私の相手だった中学生女子もへばっていた。
・ 私が初めてやった技の練習があった。タックルに入ったあと、相手が尻もち状態でこちらの胴に腕を回してきたときに、その腕を巻いて回転するという「巻き技」。
・ 動画で見たことはあったが、自分で実際にやるのは初めて。にもかかわらず、けっこううまくできたし、気持ちがよかった。
・ 人見コーチからは、「あの巻き、極めれば入不二さんの武器になる技だと個人的に感じました。多分ですが、入不二さん自身練習であの巻き技はシックリきたんじゃないですかね?是非とも極めて下さい!」というお言葉をメールで頂いた。
・ 日曜日の練習では、片足を取られた状態からの技術練習とドリルが充実していた。
・ 一つは、片足を取った相手が膝をついていて、自分がそれを切りにいこうとするところからの「クオーター・ネルソン」の練習。
・ 私は何度か使ったことのある技で、うまく極まったこともある。ただ実際に極まることは、強い人が相手だと耐えられてしまうし、かなり難しい。
・ でも、相手をひっくり返せないまでも、取られた足を切るために有効(そのあとバックに回ればいい)と考えればいいのだと教わって、技の「成功・失敗」は、単線的な決定ではなくて、複線的な流れの中での動的に変化するものなのだなぁと、改めて思う。
・ もう一つは、立った状態で片足を取られているところから、相手の頭よりの下に自分の頭をもぐり込ませて相手の胸に当て、相手の腕を押しながら切る練習。切り終わったあとに、相手の正面に来ないで小手を取った状態にならないと、相手に抱えられて相手有利になる点が注意だった。
・ 日曜日の練習で一番きつかったのは、スパーリング後の補強運動。今日のテーマ(あみだくじで決めている)は「腕」。
・ 二人一組になって後から脚を抱えてもらい、柏手を打つタイプの腕立て伏せをした後、前に置いたトレーニング用のベンチに腕だけではい上がって、降りてまた一回拍手+腕立て伏せの繰り返し。さらに、そのベンチを使ってのディップス運動も。終わったあとは、腕がパンパン。
【2013年8月25日記】

◎ 2013年8月24日(土) 「東大哲学科の頃の写真」
・ アルバムをひっくり返していたので、こんな写真も出てきた。
・ 卒業記念で集まった東大哲学科の教授陣と助手と同学年メンバーの集合写真と研究室での飲み会シーン(当時、卒業式というものはなかった)。
・ 写真前列に、今は亡き教授陣として、(左から)坂部恵先生・黒田亘先生・渡邊二郎先生。
 

・ 次の写真は、昭和59年の7月・学士会館での(ゼミ後の?)ビールタイム写真で、故・山本信先生と先輩達と。

【2013年8月24日記】

◎ 2013年8月24日(土) 「旧・川崎大宮団地」
・ アニメ「団地ともお」を観たら、自分が中学校時代まで住んでいた「川崎大宮団地」のことを思い出して、検索+アルバム探索。
・ 私が住んでいたのは、JR川崎駅から徒歩5分(駅に接していると言ってもいいくらいの線路沿い)で、その中でも一番線路側の5号棟の4F(5階建て)だった。南武線・京浜東北線・東海道線・横須賀線・・・の電車の音と共に生活していた。エレベーターなどは無く、毎日4階まで駆け上がり駆け下りていた。
・ 左が空からの全景写真。右が、昭和40年代に撮影された父親との(団地入り口・2号棟?付近での)ツーショット。
 
・ この団地は、現在では再開発のあと「アーベインビオ川崎」となって、まったくの「別世界」になっている。

【2013年8月24日記】

◎ 2013年8月19日(月) 「久しぶりの朝カル」
・ 3月以来の朝日カルチャーセンター「哲学の読書会」。新規の会員さんも4人ほど。
・ これほどスロー・リーディングで、(普通はするすると読んでしまうところを)「抵抗」を感じ取りつつ読むという経験は、なかなか無いはず。
・ 終了後に、いつものように数名で「お茶会」。
・ 私のこの日記を読んでくれている会員もいて、この何ヶ月かの間に書いたことが話題になって、お喋りに花が咲く。
・ あとは、最近特に私がはまっていることもあって、「あまちゃん」などのドラマの話題にもなる。
・ 楽しい「あまちゃん」とシリアスな「Woman」に共通しているのは、「女(母娘)」を軸にして回っている世界の中で、「男」はみんな頼りなく・不甲斐なく、あるいは滑稽な仕方で配置されているという話を、私は披露。
・ さらに言えば、「名もなき毒」においても、これまでの回で「毒」を持って登場するのは女性ばかりである。「世界は女でできている」というのが、基本文法か。
【2013年8月20日記】

◎ 2013年8月17日(土) 「まだまだダメだ」
・ skアカデミーのレスリング練習(17:00〜19:00)に参加(担当:人見コーチ)。
・ 復帰後初めて、いつもやっていたアップでのジャンプ2種と大の字ステップをやるが、やはり足首の調子が良くなくて、柔らかくジャンプできない。終わった後、足全体が不自然につっぱている。
・ 若い橋本さんとのスパーリングでは、前半ではフォールを奪えたのに、後半になって失速して逆にフォールされてしまう。息が上がったというよりも、足もとが踏ん張れなくなって動けなくなる感じ。
・ 帰宅後、案の定右足首が疼くように痛くなってきたので、翌日の練習に連日参加することはあきらめる。

・ その代わり、翌朝早く起きる必要がなくなったので、NHKの「7年ごとの記録 28歳になりました」(前0:05〜1:35)を観る。英国TV局が開発した「7歳の子どもを7年ごとに取材する」という長期ドキュメンタリー。
・ 13人のうち多くの子供たちが、7歳から14歳になったところで、それぞれに反抗期的な「離反」を表明する(家業を継ぐのは嫌だとか)。それとあまりに対照的に、歌舞伎役者の子だけがまったく「ぶれない」。それどころか、35歳になった将来の自分を語る最後のシーンでは、すでに28歳にして「次世代」のことを考えている。
・ 13人のなかで一番印象に残ったのは、英国での幼少期を過ごして日本の学校に馴染めなかった少女のその後。歌舞伎役者とはまた違った意味で「ぶれていなくて」妙に清々しい。
・ 「35歳になったときに何をやっていますか?」の問いに対しては、「猫を飼っているでしょう」。イイね!
【2013年8月18日記】

◎ 2013年8月17日(土) 「連載第14回」
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年9月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第14回「マスター・アーギュメント(3)」。
・ 今回は、ディオドロス・クロノスの「マスター・アーギュメント」(MA)のテーゼ2の読み換えを踏まえて、MA全体に対する相貌転換をもたらす。
・ 最終回までの「手筋」がようやく見えてきたので、書籍化するときのタイトル候補もはっきりとしてきた。
・ 候補タイトルの一つは、『メタ運命論 ―あるようにあり、なるようになる』(仮題)
  
【2013年8月17日記】

◎ 2013年8月15日(木) 「さっそくvibram five fingers KSOを使ってみた」
・ 昨日購入した5本指シューズを履いて、ジムで各種トレーニングとランニングをしてみた。これはイイ!
・ 路面ではなくトレッドミル上での30分間のランニングではあるけれども、それでも通常のシューズで走る時との違いが、はっきりと感じられた。
・ まず、トレッドミル上でさえ、これほど硬い感触があるのかと思わされた。通常のシューズの時には、「足に優しいソフトな道」を走っているかのような感じがあったのとは違う。
・ 通常の「踵側から着地する」ような走り方から、少々前のめり気味に、足裏の前面部(母指球)あたりに体重がかかる走り方にシフトする。
・ 短距離走的な走り方に近くなる気もするが、かといって、より疲れてしまうということはなくて、むしろ快適。
・ 足が地面をとらえるときに、5本の足指で摑もうとするかのような感触があって、指が走ることに参加している感じがあることが、通常のシューズの場合との大きな違いである。
・ 通常のシューズの場合は、足部全体を一塊にしてクッション等で保護している感じがするのに対して、ソールが薄い5本指シューズの場合は、足部の各部位の独立性を尊重して、保護しない代わりに自由を与えている感じの気持ちよさがある。
・ とはいえ、30分走っただけなのに、靴擦れにより右親指付け根あたりに水ぶくれができてしまった。慣らすか、または同箇所にバンドエイドをはって履くようにするかしないといけないかもしれない。

・ そういえば、小学校の低学年の頃(?)に、一度だけ(?)運動会が「足袋履き」で行われたことがあった。校庭を裸足に近い状態で走り回ることが、とても気持ちよかった記憶がある。
・ そのような運動会は、小学校の6年間のあいだに、ただ一度か二度だったことを思うと、その時に「そういう方針」を唱えて実行した教師がいた、ということなのだろうか。その後は、通常の運動靴に戻ってしまったのだから。
・ 当時の思い出ついでに言うと、父親の足の指が、大きく柔軟に開閉して、手と同様に自由自在に使えることに対して、小学生の私は畏敬の念を持っていた。その足指で抓られると、もの凄く痛かった。
・ それと比べると、私の足指なんて「退化」しているのに等しい。しかし、今回の足首骨折後のリハビリで、足指の運動をやったことによってちょっとだけ「改善」された気がする。このリハビリは今後も続けようかと思っている。そのリハビリと5本指シューズの使用は連動する。

【2013年8月15日記】

◎ 2013年8月14日(水) 「闘犬と飼い犬の差/vibram five fingers KSO」
・ 午前10時からの大学レスリング部の練習に参加させてもらう。
・ 通常の学期中の水曜日は、学生たちは朝7時からサッカー練習をしていて、その後8時に始まるマット練習から私は参加させてもらっている。そのため、8時前に行って自主的にアップしなくてはいけない。
・ しかし今日は、久しぶりに学生達と一緒にマットをジョグすることから始めて、ダッシュやマット運動もいっしょにやって、息上げをすることができた。
・ 打ち込み2本の後、1分スパーリングが45本続く。いつも通り仲上君に相手をしてもらって、私はそのうちの数本のみ参加。
・ エアコンなど無い地下のマット場は暑くて、打ち込み2本の後は、私は一休止入れないと着いていけなかった。
・ 本日は、OB会長の佐々木さんも練習に参加。10何年(?)ぶりのレスリング練習だそうである。また、日体大の学生が「出稽古」に来ていた。
・ 彼ら学生達は、連続で次々スパーリングをしていくが、私や佐々木OB会長は、それを遠巻きに観戦している時間の方が長い。
・ 彼らは、先週は強化合宿で、また来週は全日本学生選手権(インカレ)が控えていることもあってか、いつも以上にぶつかり合いに熱が籠もっている感じがした。
・ その闘争的な熱気は、闘犬どうしの戦いが帯びる熱量に等しく、私から発する「熱」なんて、飼い犬が散歩道でケンカする程度の熱量であって、比べものにならない。

・ 夕方、銀座へ出かけていた妻と新宿で待ち合わせて、私の買い物につき合ってもらう。
・ かねてより買おうと思っていたが、足首の骨折のために延期していた「5本指シューズ」購入を実行。
・ 二店をまわって、履き比べてみた結果、vibram five fingersのKSOにきめた。
・ vibram five fingersのシリーズのうちで、ソールが一番薄くて、裸足感覚に近いようだ。
・ ベアフットランニングに興味が湧いて、「5本指シューズ」を購入したくなったのは、クリストファー・マクドゥーガル 著『BORN TO RUN 走るために生まれた』(日本放送出版協会)を何年か前に読んでからだ。

【2013年8月14日記】

◎ 2013年8月11日(日) 「色々と久しぶりに」
・ 昨日は、skレスリングの土曜日練習(17:00〜19:00、担当:人見コーチ)に久しぶりに参加。
・ 準備運動・アップの後に、久しぶりに差し合いと引き合いを3セットずつやる。
・ スパーは、1.タックル無しで太ももを叩くもの→2.立ち技のみのもの→3.全部ありという三段階で。2.と3.の間で、寝技のみのスパーも。
・ 技術練習・ドリルでは、がぶりからの何通りかの展開を練習。相手の脇へ自分の頭を差し込むやり方に関して、私は薮井さんに質問。「もっと相手にキスをするようなつもりで近づける」という、アメリカの大学出身の薮井さんらしい助言。
・ 旧トラック・現不動産(?)キムラさんと久しぶりに会うことができて、がぶりの練習とスパーの相手をしてもらう。
・ 本日の私的なハイライト(ひらめき)は、キムラさんとのスパーの中で、2-on-1からの小手投げ気味の崩しがうまく行ったところ。
・ 大げさに言えば(レベルの違いを無視して言えば)、あの白鵬の小手投げの感触が分かったような気さえした。つまり、力をそんなに使わずに、小手の入り方とタイミングと身体の捌きだけで、だいぶ身体の大きくなったキムラさんの重さをまったく感じずに、崩して落とすことができた。気持ちのいい一瞬だった。
・ ほんとうは、本日日曜日の朝の練習にも出たいと考えていたが、練習終了後に骨折が治ったばかりの足首が痛くなってきたので、断念。完治には未だ至らない。

・ 「あまちゃん」を除き、最近のテレビドラマはフォローしていなかったが、採点などの業務が一段落したので、いくつかのドラマの第1回から第5・6回をまとめて見る。
・ ドラマ漬けになるのは、久しぶり。「激流」「Woman」「名もなき毒」「半沢直樹」を観賞。その前には、1月〜3月にやっていた「最高の離婚」もDVDを借りて観賞。

・ 8月8日付けで、長年通ったトレーニングジムを解約して、新たに自宅近くのトレーニングジムに登録換え。
・ 一番のポイントは、自宅から徒歩10分の近さという点。あと、月会費は少し安く、設備は少し上。
・ 旧ジムでは3フロアに分かれていたロッカールーム・トレーニング場・スタジオが、新ジムでは全部1フロアにまとまっている。それくらいに「広い」敷地面積の建物であることが、使いやすさ感に影響を与えている。
【2013年8月11日記】

◎ 2013年8月6日(火) 「次男の彼女」
・ 昨夕は、次男が「彼女」を家に連れてきて、私と妻と4人でお茶をしながらお喋り。その後、二人は夕食と花火に出かける。
・ 次男の子供の頃(特にアメリカに一年滞在した頃)の話や、スポーツ系の話などが多かった印象。
・ (周囲にバランスボールやダンベルやウェイトが置いてあったので)居間での自宅筋トレの話にもなり、男3人(私・次男・三男)の筋トレが重なって、汗臭くなったり順番待ちになったりする話なども。
・ iPadで、私のwiki上の写真を見てもらいながら、亡くなった愛猫キドや愛犬カイロスの話や、長男の中国での結婚式などの話もする。
・ 中国での結婚式に話が及んだので、私と嫁さんのお父さんとの上半身裸の腕相撲対決の写真も見てもらった(cf.2012年の身辺雑記(メモ)2012年5月2日(水)・3日(木)・4日(金)「中国滞在記」)。
・ 彼氏の家への初めての訪問で、その父親の裸の写真を見るなんて、稀ではないかな。
【2013年8月6日記】

◎ 2013年8月4日(日) 「あぶない、あぶない」
・ skアカデミーのレスリング練習(8:30〜10:30)に参加(担当:野村コーチ)。
・ 普通の打ち込みのあとに、ハイクラッチに特化した打ち込み練習も。
・ 両足タックルを取られたところから守って脱出する練習と、逆に攻める側が取り切る練習。
・ 四つに組んだところからの外無双の練習。
・ 寝技の打ち込みのあと、スパーリングは5本(そのうち私は3本)。
・ 小野寺さんとのスパーでは、「得意技」がきまってよかったのだが、最後の「ジャイアント」北さんから申し込まれたスパーでは、骨折がようやく治ってきた右足首を痛める。
・ 痛みが走ったので、申し訳なかったが途中でリタイアさせてもらう。帰宅後にずっとアイシングしていたが、夜になってもまだ痛い。あぶない、あぶない。逆戻りしてしまっては、元も子もない。
・ 今日の補強運動は、先週やった「きつい」腹筋20と腕立て60(ふつう30+広い10+狭い10+引き10)。
・ 久しぶりに中学生女子が加わって、集合写真にも「華」がある。レスリングによって10坩幣紊離瀬ぅ┘奪箸棒功した橋本さんのお腹には、たしかに「腹筋」がうっすらと写っている。

【2013年8月4日記】

◎ 2013年8月3日(土) 「小学生の頃の不思議な思い出」
・ 大田俊寛著『現代オカルトの根源 ―霊性進化論の光と闇』(ちくま新書)を読んでいたら、p.209に私が小学校生だった頃に一時期「交流」のあった方のお名前が出てきた。
・ 心霊研究家で菊花会の創始者であった小田秀人氏のお名前である。
・ 小田氏は大本教や世界紅卍字会などにも関与したことがあり、自ら創始した菊花会には、旧制一高の後輩である芹沢光治郎氏(作家)や大嶋豊氏(当時の東洋大学学長)などがメンバーとして参加していたらしい(ということを、小学校時代には知る由もなかったが、後に知った)。
・ そのような「不思議な人物」と小学4〜5年生(?)の私の間に、ほんの一時期とはいえ「交流」があった。
・ 小学生の頃の私は「心霊少年」だったので、その種の本を大量に読んでいて、その中に小田氏の著書があったのだと思われる。
・ 私の方から連絡を取って会いに行って、小田氏が主催していた降霊会(交霊会)に誘われて出かけたこともあった。また手紙でのやり取りもあって、「菊花会の定期刊行物を作るお手伝いをしませんか、そうしたらもっとお話ができますから」と誘われたこともあった。こうして思い出しても不思議な「交流」である。
・ 自分の本の読者とはいえ、当時(60歳くらい?)の小田氏は、なぜ小学生の私に興味を持ってつき合ってくれたのだろうか、というのが謎。
・ もっと「謎」なのは、その「つき合い」を許していた、私の父親の寛大さ(?)。
・ 夕刻〜夜に小田氏のところへ出かけていくときには、父親が連れて行ってくれたわけだし、まだ小学生の息子が、一般の眼には怪しいと映るはずの人物と「つき合う」のを、特に禁止もせずに許していたのが不思議である。
・ 当時の私は、単に「心霊少年」であるだけでなく、実際に「霊的な体質(?)」も発揮していて、原因不明の病気にかかり霊媒師(みたいな人)のところに連れて行かれもしていた。そういう事情も関係があったのだろうか。
・ 今となっては、父親も(もちろん小田氏も)亡くなっているし、確かめる術はない。

・ 今月配本の『水木しげる漫画大全集』は、054「貸本版 河童の三平 下」と066「戦記短編集 幽霊艦長 他」の二冊。

【2013年8月3日記】

◎ 2013年8月1日(木) 「東大駒場1号館101教室」
・ 一ヶ月後くらいに集中講義があるので、教室について検索していたら、こんなページを見つけた。東大駒場の教室の大小について解説している。
・ 私の講義には駒場の時計台(1号館)にある教室が割り当てられていたから、古い教室なのかなぁと思っていたが、リニューアルされているようだ。適度な大きさの教室でよかった。

【2013年8月1日】
◎ 2013年7月31日(水) 「胸を張れ・顔を上げろ」
・ 今日で7月も終わり。まだ今週いっぱい試験期間なので、夏休みではない。今年の前期授業は、松葉杖で始まって、ようやくほぼ回復して終了という感じ。
・ 大学レスリング部の朝練に8時から参加。試験期間のため、先週より少なくて数名で練習。
・ 今日は、打ち込みと技術練習を集中して行う。
・ 前半では、猪口君が打ち込みの相手とハイクラッチの練習相手をしてくれて、ハイクラッチの練習の時には境君がアドバイスをしてくれた。
・ 後半では、平嶋君を相手にハイクラッチやツー・オン・ワン等を反復したあと、寝技の打ち込みも。その際、松田君にチェックしてもらって指導してもらう。優秀な家庭教師による個人指導みたいで「贅沢」な時間だった。
・ いくつも指摘してもらったポイントのうち、技は違えども(立ち技でも寝技でも)共通して出てきたのが、「胸部を(相手に)密着させる」というポイント。
・ 当然のことながら、密着せずに隙間があると、相手へ十分には力が伝わらず、技が効かない。所作としての「胸を張る・胸を突き出す」ことは、その相手への密着を促すことになる。
・ 「胸を張る」という言い方は、自信や得意げといったメンタルな「力」の意味合いも持つが、そもそもフィジカルな「力」を生み出すレスリングの基本所作でもあるということだ。
・ これと同様のことが「頭・顔を上げる」( "chin up" )にも言える。「元気を出す」等の意味も持つが、レスリングの基本所作として色々な場面で頻出する。
・ ついでに言えば、別の(日本的な?)文脈では、「顎(chin)」に関しては、むしろ「顎が上がる」は力の衰弱を示唆し、「あごを引け」と発破をかける場面もあるな。
【2013年7月31日】

◎ 2013年7月28日(日) 「熱中症?」
・ skアカデミーのレスリング練習(8:30〜10:30)に、復帰後三回目の参加(担当:野村コーチ)。
・ アップ時に、久しぶりに1分×5のサーキットをやる。まだジャンプが高くできない。
・ 技術練習では、(1) underhookから、もう一方の手で相手の頭を押さえつけて引き落としてがぶり状態まで、さらにバックへ回るまでと、(2)ローシングル、あるいは低めのタックルの練習。
・ (1)は、このあいだの水曜日に青木君相手に練習させてもらった技なので、こうして同じことを反復して練習できる機会が間をおかずにあると、身につく感じがする。
・ しかも、野村コーチが見抜いてくれているように、(1)から「牛殺し」的に相手を表返す動作へと繋げる動きは、私の好きな技の一つで、かつ(他の動きよりは)力を発揮できる動きなので、反復が楽しい。
・ 小野寺さんとのスパーは互いに攻防があってよかったが、最後に「大きな」北さん相手のスパーでは、ぼろ雑巾のように引きづり回されて、3分のうちに数回もフォールされて、疲労困憊して終了。
・ さらに、その後に補強運動でやった腹筋運動がきつかった。こんなやり方の腹筋運動もあるんだということを知る。
・ よくあるのは、二人一組になって、寝た方が相手の足首をつかんで、足の上下・左右をするタイプ。その足の上下運動に加える形で、足を引き上げたあとにさらに、立っている相手の股の間に(後転をするかのように)自分の一方の足を差し入れて、両足で相手の足を挟み込むという動作が加わるという腹筋運動。10回までは順調にできたのだが、最後のほうは足を引き上げて相手の股の間に入れることが自力ではできなくなり、パートナーの今井さんに補助してもらう。
・ 帰りの電車の中で、ただ眠いだけでなく頭がボォーとしてきて、駅から自宅までは徒歩を諦めてタクシーを利用した。熱中症のような症状だったので、帰宅して昼食後は、2時間以上睡眠をとった。

【2013年7月28日記】

◎ 2013年7月25日(木) 「キレる」
・ 10数年前に、山口の友人宅での食事会の席で「キレた」ことがあった。
・ 仲の良かった友人をけんか腰に罵倒し、一触即発となった。それを境に、彼との(少なくともそれ以前と同じような)友人関係は終わった。
・ そうなった経緯や理由は、いくらでも述べることはできたし、その言説を集積すれば、自分だけでなく他人にもある程度「理解可能」にはなる。
・ しかし、結局は自分の行動は自分にも不可解であり、「その日は疲れていたせいで、どす黒いものが(制御できずに)吹き出してしまった」としか言えないところがある。
・ 昨日の夜7時すぎまで続いた会議の席で、10数年ぶりに似たような状態になった。今回は、(友人ではなく)特定の同僚2人に向けて苛立ちや怒りをぶつけた。止められなかった。
・ これまた、そうなった理屈はいろいろ述べることはできるが、私にも分かっていない私のせいだという気がする。あるいは、朝練で疲れた後に、夜まで会議が続いたから。
・ 今回も何かが「終わった」だろうが、それもそれで仕方がないかな。

【追記】
・ ある友人から「きっと嫌なことをずっと我慢していたのでしょう」と気遣っていただいた。それに対する私のリプライ。
・ それは、ありますね。ただ単純ではないのは、山口ケースも青学ケースも、ふだんは、そこまで「我慢している」という自覚はないことで、むしろ「気楽に受け流している」という自覚すらあること(あったこと)。しかし、実は無意識的な身体のほうは、そう「気楽に受け流していない」ということなのでしょう。知らない間に、溜まってしまうということかも。
・ 総括すると、ストレスなんだと思います。心理学という異分野の中に常時いるという状況が。意識的にストレスとして感じられているわけではなくて、むしろ哲学者集団内にいるより気楽だと感じている。でも、細かなパンチを常時浴びている方が、大きなパンチを一発もらうよりダメージあるように、澱のようなものが蓄積していって、閾値に達して爆発するということだと思います。
・ 誰がこう言ったから、私がこう言って諍いになったというのは、現象面にすぎないでしょう。
【2013年7月25日記, 7月26日追記】

◎ 2013年7月24日(水) 「鋼と朽ち木/長男とヒッチハイカー」
・ 大学レスリング部の朝練に8時から参加。
・ 試験のため人数がいつもより少なめ。仲上君は体調不良で練習ができないため、青木君に打ち込みとスパーの相手をしてもらう。
・ 青木君は、これまでその練習風景を見ているだけでも、その体幹の強さが印象的で、猛者たちの中でさえ抜きん出ていることが分かるほどだった。そんな青木君に相手をしてもらうことは、光栄以外の何ものでもない。
・ 実際に接して・いなされて・跳ね返されて・投げ捨てられると、その身体が「鋼(はがね)」のように感じられた。それと比べると、こちらの身体は「朽ち木」のようだ。澎湃たるエネルギーと残り火くらいの差であり、年齢の差に、鍛え方の差と持って生まれた身体能力の差を掛け合わせたような「大差」を思い知らされる。
・ さらに青木君からは、underhook から頭を押さえて引き倒して、がぶりに行く技を指導してもらう。underhook の下方向への力のかけ方、「引きずり回すのではなくて落とす」という点を教わった。

・ 私の愛車RX-8は、私よりも長男の方が、よく運転している。
・ 先日の会社の休日も車を借りに来訪し、一日で500�以上走ってきたようだ(メーターを見ると)。
・ その時に、ヒッチハイカーを乗せたという話をしていた。千葉方面から出発していて、鳥取から大陸へ渡り、シベリア鉄道で西に向かってフィンランドまでヒッチハイクするという「遠大なヒッチハイク」中の大学生だったそうだ。イイね!こういう大学生。
・ そのヒッチハイカーのブログを見つけたら、長男のことが書いてあった(→http://tabibito814.blog.fc2.com/blog-entry-21.html)。
・ 以下引用。

2013.7.22

柔道2人組と別れたあと、ブログを書いて、海老名のパーキングのベンチで寝たのが3時。
起きたら4時半。
全然寝れてない。

仕方ないので、水道で体を洗い、清潔な服に着替えた。
高橋君がくれたコーラを飲んで、煙草を一本吸って、そうそうに出口でヒッチハイク。
三十分くらいでかっこいいスポーツカーが近寄ってきてくれた。
若い!
同い年か?

「どちらまでですか?」
明瞭で、丁寧な口調。
一発で信じた。

乗せてくれた人は入不二さんという方で、今日は仕事が休みだという。
ドライブが好きで、箱根まで行こうかなぁ、と気の向くまま車を走らせているらしい。
なんと27歳で、結婚もしているという。
最初見た時は完全に学生かと思いました。

さすがはスポーツカー。
運転するのが楽しそうだ。
助手席に座っても、景色がすごい迫力で通り過ぎていく。
とはいっても、別に速度はそこまで出していない。
なのに、臨場感が半端ない車だった。
入不二さんは車が好きで、ドライブも好きだが、俗に言う走り屋ではない。
俺の知り合いの「車好き」はどっちもドリフトとか、山とかのキーワードが出てくるからなぁ…。

入不二さん「温泉とかに行っても、行く過程を楽しんでますね。
着いたらもう帰りの運転を考えてます」

や、やっぱヒッチハイクは面白いぜ…(笑)

入不二さん「あ、でもなんかエンジンランプが出ちゃってて、次止まったら発車できないかもな」

マジで頼んますよ、入不二さん…。

俺の旅のことをよく聞いてくれた。
まだまだ先は長いからね、現実にしていくぞ。

入不二さんの目的地は箱根だが、ご好意で箱根を過ぎてずっと奥の牧之原パーキングまで乗せてくれた。

入不二さん「走らせるのが好きだからねー。箱根が目的ってわけじゃないんで」

さわやかイケメンやわ、この人。

パーキングで入不二さんも少し休憩して、LINEを交換して別れた。

入不二さん!
本当にありがたかったです!
すごい進めた!


・ 長男の写真も載っていた。この引用箇所のあとには、次に乗せてもらったおじさんのことが書かれている。
・ ヒッチハイカーの彼に、幸あれ!
【2013年7月24日記】

◎ 2013年7月21日(日) 「cradle技が決まったのに・・・/上野さんと哲学対話」
・ skアカデミーのレスリング練習(8:30〜10:30)に、復帰後二回目の参加(担当:野村コーチ)。
・ 先週よりも骨折した右足首に痛みがあって(この二日ほどじんわりと痛みが続いている)、どうなることかと心配気味に練習を開始する。
・ しかし、ジャンプ系の準備運動・アップは適度に流した他は、一通りこなしてみて大丈夫そうだったので、そのまま継続して最後まで。
・ 打ち込み→技術練習(すかしてのタックル)→立ち技のみのスパーリング→寝技(「餌」をまいてのネルソンの練習/スパー)→スパーリング→補強運動(腹筋)というメニュー。
・ スパーリング中に、2つの「アクシデント」。
(1)
・ 小野寺さんが左足に片足タックルに入ってきたのを、私がsprawlして切ったときに衝突したのか、小野寺さんの肩に「電気が走る」。
・ sprawl後、私はすぐにバックに回って腕を固めてローリングを一回転かけていたが、そこで小野寺さんがタップして、スパーはストップ。
・ まだ残り時間がかなりあったので、その時間を使ってチビッコ少女レスラー・宝瑠ちゃんとスパーリング。
(2)
・ 富川さんとのスパーリング中、(1)と同様に左足に片足タックルに入られた場面があった。こんどは切りきれずに入られた状態だったが、これまで使ったことのない技が無意識に出た。
・ 相手のもう一方の腕(私の足に巻き付けていない方の腕)をネルソン気味に取って固めた状態から、私自身がでんぐり返るようにすることで相手の身体をでんぐり返してパッケージするような技。いわゆる「cradle(ゆりかご)系」の技。
・ 相手の富川さんも「え?何なのこの技?」という感じだったし、周囲から「お〜」という声が聞こえた。そして、ほぼフォールという所まで。
・ しかししかし、相手をほぼフォールしている状態で、私の左ふくらはぎが痙ってしまう。「いててて」という感じで、自ら技を解くしかなくなる。スパーを中断して、富川さんに応急処置をしてもらったあと、残り30秒のスパーを再開するが、その後もふくらはぎがしばらく痛かった。
・ やったことのない技なんてやるから、足の方がびっくりして悲鳴を上げたのか、骨折した右足を庇っていて左足に負担がかかっていたのか・・・。いずれにしても、途中までカッコヨク技が決まったのに、最後がカッコワルイ。
・ 練習終了後の集合写真は、宝瑠ちゃんが私にスリーパーホールド(チョーク・スリーパー)をかけているところ。この技は、ちびっ子がかけていても、入るとけっこう効く。


・ ふだんは、練習後すぐ帰宅して、昼食をとってお昼寝というパターン。というか、練習疲れのせいで、食後に眠気が襲ってきて寝てしまうというパターン。
・ しかし今日は、大阪から友人の上野修さんが仕事のため上京していたので、12時に新宿で待ち合わせて、いっしょに昼食とお茶を16時過ぎまで。
・ 久しぶりなので、つもる話はたくさんあるが、私と上野さんが話すと8〜9割が哲学の議論になって、「久しぶだね」という時間要因はほとんど効いてこない。いつもの哲学話が、いつものように進む。
・ おかげで、連載中の「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」の先の方の(終わりの方の)議論構成を聞いてもらう機会になった。
・ 上野さんとの対話の感触から、この終わり方で行ってもよさそうだという「確信」を得ることができた。
・ 帰宅後、夕飯前に近所の中学校へ行って、投票を済ませる。
【2013年7月21日記】

◎ 2013年7月20日(土) 「はまってます」
・ 予約しました!天野春子(小泉今日子)が歌う「あまちゃん」挿入歌『潮騒のメモリー』が遂に待望のCDリリース→http://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A024526.html
・ 一日に3回観るときもある「あまちゃん」。はまってます。
(「潮騒のメモリー」は、コミカルなのに、哀愁も懐かしさもあって素晴らしい。若い頃のKyon2よりも、「あまちゃん」や最近のドラマの中で存在感を醸し出している小泉今日子が好きです!でも、何よりもドラマが素晴らしいので、そのストーリーを背負った天野春子(小泉今日子)が歌う「潮騒のメモリー」がたまりません。)

【2013年7月20日記】

◎ 2013年7月18日(木) 「後ろに回された」
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年8月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第13回「マスター・アーギュメント(2)」。
・ 編集長の交代により、掲載位置が終わりから二番目へ移動。
・ 今月号は、ディオドロス・クロノスの「マスター・アーギュメント」のテーゼ2に対して、「不可能な未来」を導入することによって前回と異なる相貌を与える。
  
・ 講談社PR誌・読書人の雑誌『本』2013年8月号には、友人の森岡正博さんの新刊『まんが 哲学入門』(講談社現代新書)についての著者エッセイも載っていて、しかも「絵つき」!
【2013年7月18日記】

◎ 2013年7月17日(水) 「乖離」
・ 大学レスリング部の朝練に朝8時から参加。
・ まぶたの抜糸も終わり傷もきれいに治ったので、仲上君がいつものように打ち込み・スパー・技術練習の相手をしてくれた。
・ 「ほどほど」の度合いでではあるが、ようやく3分のスパーを2本できるところまで回復。しかし、練習終了後は、再び捻挫したような痛みで歩きづらくなる。
・ スパーの最中にダメだったところを、松田君が指摘してくれて、それをその後の技術練習の中で再現・反復。
・ 片足タックルに入ったあと、押さえつけられて膠着した状態になったところから、自分の身体をずらして立ち上がってunderhookへと移行して、さらに新たにタックル等へとつなぐという練習。
・ ケガ後だからではなくて前からそうなのだが、上記のような「第一弾」がうまく行かなかった後の「第二弾」「第三弾」への連続・移行というのが、できない。どうも「第一弾」で単発的に止まってしまう。
・ イメージの中では「第一弾」→「第二弾」→「第三弾」・・・という連鎖する動きを妄想するのだが、実際にやろうとすると身体がついていかなくて、第一弾の技のところでストップしてしまう。イメージ内の身体動作と実際の身体動作の乖離は、40歳くらいから始まった記憶があって(イメージほど速く走れなくなっていて、足がもつれて転倒したことがあった)、それがだいぶ大きくなったなぁという感じ。
・ 寝技では、上半身をまともに攻めたのでは、仲上君の首や腕はびくともしない。下半身への攻めを組み合わせないとダメ。今回効果的にかかったのは、足を折りたたんでからの股裂き攻撃のみ。

・ 夜7時から青学会館にて、「体育会OB・OG連合会」(懇親会)へ副部長として参加する仕事があるので、(午後からの会議は全部終了したが)研究室に残ってこの「身辺雑記(メモ)」を書いているところ。
【2013年7月17日記】

◎ 2013年7月14日(日) 「skの練習にも復帰」
・ skアカデミーのレスリング練習(8:30〜10:30)に、3ヶ月ぶりに参加(担当:野村コーチ)。
・ この3週間ほどのあいだ、身体を徐々にレスリング行為にさらしつつ足への運動負荷も上げていって、大丈夫そうだという感触があったので、本日からskの練習にも復帰。
・ リハビリにはまだ通っているわけだし、レントゲン写真では骨折線が消えていないので、「もう始めていいですか」と医師に聞けば「まだダメです」と言うだろうから、医者には聞かないことにして自己判断。
・ 準備運動・アップ・柔軟・打ち込み・技術練習・寝技・スパーリング・補強のすべてに一通り参加して、なんとか無事に終了。
・ できなかったのは、準備運動での「うさぎ歩き」。これは足首への負担が大きそうだったのでスルー。あと「ジャンプ」や「ダッシュ」が、まだ思いっきりはできない。
・ また、練習が進むにつれて、右足首に痛みが出てきて、最後の方は捻挫したような痛みになった(帰宅後数時間して、痛みはだいぶ弱まった)。しばらくは、これを繰り返すのかな。
・ 技術練習の一つとしてやった、「バックを取られた状態から、相手の手首を取りヘソを突き出すようにして切って正対する」「バックを取った状態から、持ち上げて崩すor後に倒す」という練習は、私は初めてかも。
・ 全体行為をガチでやるスパーリングも魅力的だが、技術練習や寝技のように、部分行為(分解行為)の確認作業やドリルも私はとても好きだ。今後もっと年をとって、前者をやるのはきつくなっても、後者だけをやることによってレスリングの魅力の一部は味わえるように思う。
・ スパーリングまでできるかどうか、ちょっと迷ったが、小野寺さんに相手をしてもらって、3分1Pだけ参加。途中、寝技状態で均衡するのがケガで休む前と同じ展開で、なんだか懐かしささえ感じてしまった。
・ 補強は、壁に片足・両足を90度で上げてつけた状態から腰を上げる運動。

・ 集合写真は、チビッコレスラー・宝瑠ちゃんが私に片足タックルをしている図。孫がおじいちゃんに何かおねだりしているところに見えるというのが、周囲の弁。
【2013年7月14日記】

◎ 2013年7月11日(木) 「告知」
・『Dream Navi(ドリームナビ)』に連載していた「子どもの難問ー哲学者の先生、答えてください!」が、9月か10月に中央公論新社から、単行本化(四六判のハードカ バー200ページ程度)予定。編者は野矢茂樹氏。私も「なぜ生きているんだろう?」と「哲学者って、何をする人なの?」の二テーマで執筆。
【2013年7月11日記】

◎ 2013年7月9日(火)・10日(水) 「霜さんと会食/ようやく打ち込みまで」
・ 火曜日の夜は、霜栄さん(駿台現代文科講師)と私と私の妻の3人で、和食OTAKI(おおたき)にて会食。
・ 霜さんと私は同じ年度(1985年)に駿台で教え始め、仙台に夏期講習でいっしょに派遣されたのがきっかけで友達づきあいが始まってから、もう30年近くが経つ。
・ その30年のあいだを、私の方は三分の一を駿台で三分の一を山口大で三分の一を青学大で、ここまでほぼ均等に過ごしてきたことになる。
・ 友人ながら感心するのは、彼が30年間トップ講師であり続けていることではなくて(もちろん、それも希有なことだが)、独特の野望・嫉妬・僻みなどが渦巻く予備校という場では困難を極める「よき組織運営」を「楽しそうに」実現していることである。
・ その楽しそうな集団から、「霜以後」の駿台現代文科をリードして行くであろう魅力的で優秀な若い講師が育ちつつあるという流れ(連続性)は、予備校史的に考えても希有なことだろう。というのも、前世代が次世代を潰しにかかったり、次世代が前世代を駆逐したり、その手の「抗争」「革命」によって主導権が移動してきたというのが私の知る「予備校の歴史」だからである。
・ 今年の現代文科には、東大(社会心理)卒の「ゴスロリ」女性講師が誕生したそうだ。その新人講師の優秀さを、かの「大御所」飯田満寿男先生(2013年2月16日(土)・17日(日)参照)に重ねて考察する霜さんの弁は、この日の話の中でも格別面白かった。

・ 水曜日は朝8時から、青学レスリング部の朝練に参加させてもらう。
・ 仲上君は、まぶたをカットして6針縫っていてまだ抜糸していないため、本日は石川君にずっと相手をしてもらう。
・ 少し怖々ではあったが、形を確認するようなレベルで、「打ち込み」を久しぶりにやってみる。なんとか大丈夫そうだった。
・ そのあとは、組み手のみのスパーリングという設定で石川君に相手をしてもらうが、やっているうちにグレコローマンっぽくなってきたので、いい機会なのでグレコ式にしてもらう。
・ ここ何週か少しずつ強度を上げつつ練習に参加していて、まだフルにやっているわけではないのに、3分を動き回るのがとてもきつい。
・ 練習後の石川君との会話で、彼がゼミ発表でウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を扱うことや、ゼミの友人が私の著書を扱うことを知る。彼は、総合文化政策学部で茂牧人さんのゼミ所属なのだそうだ。
【2013年7月11日記】

◎ 2013年7月6日(土) 「久しぶりの夜哲の会」
・ 午後から院ゼミ(大学院生の研究発表に全教員が出席してコメント・質問をする授業)と哲学演習のあと、夜は久しぶりに演習メンバーによる飲み会(通称:夜哲の会)。
・ 院生の発表を10年間聴いてくると、心理学素人の私にも、見えてくることが色々ある。
・ 昨日の院ゼミでは、私が自ら提示した見方のうち、(attachment theory の内的作業モデルにおける表象化・象徴化という方向性に対比しての)「身体性の回帰」という観点や、ステレオタイプは(偏見・差別の形成要因になるだけでなく)隠蔽要因・防衛反応としても働くという観点などは、同僚のその方面の専門の先生にもそれなりに「刺激的」だったようで、あとでお礼を言われた。
・ 異分野・素人なのに、私の発言が一番多いかも。

・ 5限の哲学演習は、心理学科生のみ登録可能な授業であるが、毎年他学部や他大学の学生・院生の自主的な参加者が一人・二人いる。今年は、国際政治経済学部の4年生女子と3年生男子の二人がそう。
・ 土曜日の5限という時間帯で、しかも単位無しでも受講したいというくらいだから、そういう学生はとても優秀で哲学への興味も深い。心理学科の学生にとっても、異分野の学生と議論や話をするとてもいい機会になっている。
・ 飲み会やその後の(渋谷「羽當」での)お茶会において、国政経と心理では、学科の在り方や雰囲気や教員間関係性の全てが大きく違うということを、お互いに話をつき合わせながら確かめて、(私も含めて)みんなビックリだった。
【2013年7月7日記】

◎ 2013年7月4日(木) 「水木しげるの弱点?」
・ 7月になって予約しておいた第2回配本のうち、『世界怪奇シリーズ〔全〕/サラリーマン死神〔全〕他 (水木しげる漫画大全集)』は届いたが、もう一冊の『貸本版河童の三平(上) (水木しげる漫画大全集) 』は、一緒に届かない。どうしたのかな?

・ 小学校時代から思っていた「水木しけるの弱点?」を思い出す。
・ それは、あんなに豊かで多彩なキャラクター群の中において、「美人」だけがほとんど皆同じ顔で、バリエーションが無いに等しいということ。
・ もちろん、一般的に言って「美人」キャラはそういうものなんでしょうけれど、水木しげるの「エキゾチック系お目々の麗しい美人」は、妖怪的キャラクターの中を「横断的に」かつ「無関係に」わりと頻出する(まるで、諸可能世界を貫く「同一人物」であるがごとく)ので、特に気になるんです。
・ いや、これは「弱点」ではなくて、水木先生の「こだわり」「妄執に近い好み」なのかな、とも思う。
【2013年7月4日記】

◎ 2013年7月3日(水) 「限定的練習」
・ 青学レスリング部の朝練に8時から参加。
・ 仲上君に相手をしてもらって、今回は「普通に立って動いての組み手争い(ただしタックル等へ入らずに)」へと、(前回・前々回の「膝をついた状態の組み手争い」と比べると)レベルアップ。
・ こうした限定的な動きでも、3分間動き続けてそれを2P連続すると、かなり汗をかいて息があがる。この感覚は久しぶり。
・ 途中、一度だけ強く踏み込んでしまって「イテっ」という場面があり、練習が終わってからしばらくは「捻挫が悪くなったような」感じの痛みがあったが、会議で何時間も座っていたら、痛みは弱まった。
・ 練習の終わり近くで、技研と私が勝手に称して、寝技における足の持ち上げ方に対して、どう守るかを仲上君に色々やってもらって、どのようなやり方がありうるのか・いいのかを研究させてもらう。
・ 「ほとんどプロレスごっごのようだね」と私が言ったのに対して、仲上君は「楽しむことも重要です」と大人の返答。
【2013年7月3日記】

◎ 2013年7月2日 「途中経過10 まだ不完全」
・ 久しぶりにレントゲン撮影。
・ まだ骨折した箇所には「線」が残っているのが見えて、「順調ではあるが、完全ではないね」と医師から言われる。いわゆる「骨折線」か。
・ 「線」の入ったレントゲン写真を見せられて、ちょっとビビる。まだ無理しちゃいけないのだな。
・ 来週で、3ヶ月が経過する。
【2013年7月2日記】

◎ 2013年6月29日(土) 「青山学院大学レスリング部の副部長になりました」
・ 夕方の演習の授業後、青学会館でのレスリング部OB総会(の最後)と懇親会に出席。
・ OB総会の承認を経て、副部長に就任して、レスリング部の正式メンバーということになった。
・ これまではプライベートな恋愛関係だったのが、入籍して婚姻関係に移行したような感じ。
・ 部長の宋先生は、「私ももうすぐ定年なので次の人を探さないと、と思っていたところに、優良な鴨が葱を背負ってやって来ました」と挨拶。
・ まったく経験の無かった「体育会」の世界に、50歳を過ぎてからここまで深く関わることになるとは、不思議なものである。

・ 懇親会では、小宮山君と新人戦初勝利の試合について話し、原田君とはケガ・トーク(ちょうど同時期に、彼は靱帯断裂をして、やはり練習をお休み中)。
・ 写真は、レスリング部HPのニュース「平成25年度OB総会」より、原田君とトーク中の写真。

・ 執筆予定の『哲学者、51歳でレスリングをはじめる』についてスピーチの中でふれたところ、複数のOBの方々から「協力しますよ」という心強いお言葉を頂く。
・ スピーチでは、ケガの現状も報告。こういう治りかけの状態だからこそ、痛みの質の違いに敏感になるという話をする。
・ 今、右足首に(少なくとも)三種類の質の違う痛みを区別して感じている。
(1)長く歩いていると感じる痛みで、軽い捻挫をしたときのような痛み(足もとの不安定さに繋がる「ふにゃ」とした感じを伴う痛み)。
(2)右足首を捻るリハビリの運動中、何度かに一回走る痛みで、引っかかる感じと共に「こきっ」「ぐきっ」という音がして訪れる瞬間的な痛み。
(3)骨折した箇所を中心に周辺をさすっているときに感じる、二次元的に広がっている感じの、うっすらした痛み。
・ 治ってしまったら忘れてしまうであろう、微妙な区別である。こんな風に「痛み」を感じているときには、身体が発している暗号的なメッセージに耳を澄ませているような気がすることもある。
【2013年6月29日記】

◎ 2013年6月27日(木) 「弟の来訪」
・ 久しぶりに弟(52歳)が私の自宅へ来訪。写真の左が弟(右は、横浜銀蝿 翔さん)。

・ 彼の発言から、子ども時代のことを思い出した。
・ 2013年5月23日(木)の「夏目漱石の隣」で書いたように、高校の国語教科書に私の文章が掲載されたので、その教科書を弟に見せた。
・ 弟は、「教科書に掲載された」という事実には興味を示さなかったが、意外なことに、その場で私の文章「「ものさし」の恍惚と不安」を読み始めた(その姿は、亡くなった父親に似ていた)。
・ そして一言、「お兄ちゃんは、小学校の頃から、こんなことばかり言っていたよね」。やはり、小学校時代の私は「こんなことばかり」言っている子どもだったんだ。
・ その後、弟が小学校以来集めていたモデルガンの話になった。
・ 彼は、「男の子」の定番であるモデルガンやプラモデルや、その他の玩具や収集物に(一通り)凝った「健全な」小学生だったし、仲間内ではいつも「ボス」的な慕われる存在だった。
・ 一方、私はというと、それと対極的な小学生だったなということを思い出した。
・ 私は、その一切にまったく興味を示さなかった(というより、買って欲しいおもちゃというものが全くなかった)。
・ しかも、親が(兄弟を平等に扱おうとして)「何か欲しいものはないの?」と言ってくるタイミングで、まったく興味を示さないと親が怪しんだり心配するだろうと忖度して、いちおう弟と同じようなものを欲しいと答えていた(ほんとうは、そんなもの欲しくないのにと思いながら)。
・ その「偽装」の感覚を、弟との会話で思い出した。
・ もちろん、私は「慕われるボス的な存在」からはほど遠い小学生で、いつも異端(気取り)だった。
・ ちなみに、弟が収集していたモデルガンはすべて、ある日突然無くなっていたそうだ。弟が「ぐれた」時代に、父親が(危険を察知して?)捨ててしまったらしい。
【2013年6月28日記】

◎ 2013年6月26日(水) 「昨日と今日/skコーチへの伝言」
・ 昨日は久しぶりにkizuカイロプラクティックに行って、右足首の状態について相談し施術をしてもらう。
・ 夕刻蔦珈琲店にて、講談社の上田哲之さんと中村勝行さんに会い、PR誌『本』のリニューアルについての説明を受ける。
・ 永井均〜大澤真幸〜野矢茂樹〜上野修〜私と9年間続いてきた哲学系文章が巻頭という「伝統」は、編集長交代と共に終わり、今後の巻頭は別の企画用に使われることになる。

・ 本日26日朝は、まだ見学主体ではあるが、青学レスリング部の朝練に参加。
・ 仲上君は体調不良でお休みだったので、高木君に相手をしてもらって、膝をついての組み手と差し合いの練習。差し合いの時には、金沢君の指導を受ける。
・ 練習終了後しばらく、石川君や松田君とおしゃべり。松田君は、この間の全日本選抜選手権に出場していて、初めて新ルールで戦った難しさについても話してくれた。
・ 「3分×2Pは、ぼくらでも大変なんだから、先生にはきついだろうと思いますよ」と言われたが、まったくその通りで、今後いちおうレスリングはできるように回復したとしても、この間の休みで低下した体力をそのレベルにまで持って行けるのは、いつになることか。先は長い長すぎる。

・ 大学の練習にはもう顔を出しているのに、skの方はまだ来ないのか?とskのコーチに思われそうなのでひと言。
・ まだ打ち込みすらできない(踏み込むと痛い)状態ですが、大学のマット場は比較的広いので、端っこの方で「別運動」ができます。
・ skのマットではこういうわけにはいかないでしょうから、走ったりジャンプができてタックルに入れる程度に足首が回復してから、つまり他の皆さんといっしょのメニューで(少なくともその一部分で)練習ができるようになってから、参加しようと考えています。よろしくお願いします。
【2013年6月26日記】

◎ 2013年6月22日(土) 「久しぶりのレスリング場」
・ まだ右足首のリハビリ中なので(小走り程度でもまだ痛い)、レスリング自体はできないが、レスリング場が恋しくて(?)2ヶ月ぶりに青学レスリング部の朝練に参加させてもらう。
・ 見学を主体にするつもりだったが、はじめに「専属コーチ」仲上君が、足首が悪くてもできるメニューを考えてくれて、試してみるといくつかできることがあることが判明。
・ 差し合い・引き合い・押し合い、そして(互いの足を絡めて)座っての組み手争い、膝をついての組み手争いは、今の状態でも可能。膝をついての組み手争いを主に、仲上君に相手をしてもらう。
・ 仲上君がスパーリングをしている間は、マットの端っこでスクワットと腕立て伏せをしたり、スパーリングを見学したりしながら待つ。
・ 写真は、その「膝をついての組み手争い」を、仲上君(左)と青木君(右)がやっているところ。

・ 最後の方は、筋トレをいっしょにやる。本日は「腹筋尽くし」のメニュー。筋持久力を必要とする静的な腹筋トレーニングがきつかった。
・ 寝っ転がって、90度に曲げた膝を上げたままにして、その膝に両肘をつけるように上半身を引き上げて、静止してその状態を保つ。そして、二人ひと組になっているもう一人が、相手の上げている足を少しずつ引いたり押したりして、ダンゴ虫のように丸まった身体を「起き上がり小法師」のように、ゆっくりゆっくりと寝かせたり起きあがらせたりすることで、腹筋に持続的な負荷をかける。腹筋が痙攣しそうな感じ。
・ しばらくは、こういう形で練習に参加させていただこうと考えている。
【2013年6月22日記】

◎ 2013年6月19日(水) 「もしも私が就職活動をしていたら・・・」
・ 教授会が早めに終了したので、心理学科の同僚の女性2人といっしょに蔦珈琲店でお茶しながら、1時間ほどおしゃべり。
・ 知覚心理学の先生が、最近のTOTO株式会社(トートー)のCMが錯視を利用していて面白いという話をした。それがきっかけで、私はTOTOがらみの昔話をした。
・ 私が東大文学部の学生だった頃は、(文学部の学生であっても)企業の方から「うちに来ませんか」的な資料が大量に送られてきて、「引く手あまた」の時代だった。私は、(はじめから大学院に進学することしか考えていなかったので)就職するつもりは全然なかった。そんな私でも、TOTOから送られてきた資料だけは、なぜかとても興味を持って読んだ。もしも自分が一般企業を目指す学生だったら、こんな会社にアプライしたいなと強く思ったことを、今でも鮮明に覚えている。もしかしたら、その私が読んだ資料の魅力と今のCMの面白さは、遠く繋がっているのかもしれないね、という話になった。
・ そういうわけで、私にはいわゆる「就活」の経験がない。ところが、お二人は当時(大学院進学前)、研究者の道を選ぶか一般企業・公務員を選ぶかを悩んだ時期があり、しかも、考えただけでなく実際「就活」もして入社試験を受けたそうだ。「テレビ局や市役所で働いていたら・・・・」というもう一つのありえた人生の話を聞きながら、驚きだった。というのも、哲学関係の友人たちの中には、そういう選択肢の中で、研究者の道を選んだというやつが、まったくいないからである。心理学と哲学の分野の違いとも言える。
・ あとで、二人がそれぞれテレビ局や市役所で働いている姿を想像してみたら、それはそれでとても似合っている気がした。
【2013年6月19日記】

◎ 2013年6月18日(火) 「今月号で・・・」
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年7月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第12回「マスター・アーギュメント(1)」。
・ 前回までの考察によって到達した結論を、「あるようにある」(タイトルの前半)という表現に縮約した後、時間原理の問題へと考察を移す。そのための思考素材として、ディオドロス・クロノスの「マスター・アーギュメント」(MA)を導入するのが、今回の後半。

・ ところで、講談社の6月1日付けの人事異動で、『本』の編集長が交代することになった(これまでは上田哲之さんが編集長を兼務していた)。
・ そのため、次の号からは誌面が変わることになり、私の連載の掲載順も変わってしまう。
・ 新編集長が自分の新方針でやるのは当たり前のことなので、順序変更も受け入れるしかないけれど、読者には、人気がないので私の連載は「降格」されて後に回されたのだと、思われてしまうだろうな(^^)
・ 長年続いてきた『本』の「哲学系の巻頭連載」がこれで終わりを迎え、私がその「アンカー」かと思うと寂しい。
  
【2013年6月18日記】

◎ 2013年6月15日(土) 「ベルトレスリングってご存知ですか」
・ まだリハビリ中なので練習はできないが、skアカデミー・レスリングクラスの飲み会のみ出席。
・ 飲み会前の練習を見学して、集合写真には入れてもらう(向かって左端)。

・ 田中元コーチも大阪から来訪して、練習見学・飲み会参加(写真中央の中腰の人)。
・ 田中さんは、7月にロシア・カザンで開催される第27回夏季ユニバーシアード(学生たちのオリンピック)に派遣される、ベルトレスリングの日本代表団のコーチである。
・ 飲み会では、田中さんからベルトレスリングの解説をたっぷりとしていただく。
・ 日本格闘技連盟の解説は、以下のように始まっている。

ベルトレスリングはロシアにあるボルガ川中流域の都市カザンを中心とした、ボルガ地域・ウラル地域で発達した数百年の歴史を持つ民族格闘技が競技化されたものです。

ルールを簡単に説明すると、腰に巻いた帯をお互いに持ち合い相手を投げて背中から落とす競技になります。東アジアから中東にかけてのシルクロード付近の国ではよく似た民族格闘技が数多く存在しております。日本人に身近なところで言えば、大相撲、韓国相撲、モンゴル相撲も同じ系統の民族格闘技と言われており、これらの格闘技はもともと同じルーツであったという説もあります。

・ 同ページには、田中さんにも言及があって、

2009年にはアジアオリンピック評議会(OCA)主催の第3回アジアインドアゲームズに「柔術競技&ベルトレスリング」(デモンストレーション競技)として採用され、日本選手団からは、ベルトレスリングの第一人者でもある田中弘済選手が74kg級で銀メダルを獲得しました。

・ 動画を見ても分かるように、ベルトからいっさい手を離さずに投げ合い・倒し合いをするので、豪快な投げ技が魅力的である。

【2013年6月16日記】

◎ 2013年6月14日(金) 「小宮山君、おめでとう!」
・ 一日(午前・午後)相模原キャンパス(淵野辺)で授業。昨日・今日と松葉杖なしで歩行しているが、長い距離を歩くと、骨折した部分の足首が痛くなる。
・ 帰りがけに整骨院に寄ってリハビリ。骨折した足首横や脛の右横の筋肉を使うために、足先を捻った状態から戻しつつ、補助者の抵抗を横へと押し返す運動。力が十分に入らなくてきついし痛い。
・ 帰宅して、青学レスリング部のホームページで、大学に入ってレスリングを始めた小宮山君の快挙を知る。
・ 以下、青山学院大学レスリングHPより引用

小宮山剛 見事3位入賞!東日本学生レスリング春季新人選手権結果 【 2013/06/14 12:04 】

(Bグループ60kg級   小宮山 剛与志(経営学部)1年 3位※ Bグループとは大学からレスリングを始めたものだけを対象とした1.2年生の選手が出場できる)

駒沢体育館にて行われております東日本学生レスリング春季新人戦の結果速報でございます。
尚、今大会では、入部して僅か2か月もたたないうちに、一般新入生部員の小宮山剛が初勝利及び3位に入賞するという快挙を成し遂げました。日頃の真面目に打ち込む姿勢・努力が生んだ結果でございます。

・ 2ヶ月前には(私の骨折をした日の練習でも)、まだ低く構える練習(のみ)をしていた小宮山君だが、あれからもの凄い成長である。あっという間に追い抜かれてしまった感じ。


左:60kg 田中 勇気 君(2年 経営学部) グレコローマン 3位
真ん中:120kg 金子 乾太郎 君 (2年 経済学部)  フリー・グレコローマン 3位
右:Bグループ 60kg級  小宮山 剛与志 君(経営学部)1年 3位
【2013年6月14日記】

◎ 2013年6月12日(水) 「途中経過9 松葉杖から解放される」
・ 整形外科に行ってレントゲン撮影・診断・リハビリ。
・ ようやく、松葉杖を返却して、完全二足歩行へと復帰することができました\(^o^)/
・ 骨折してから、まる二ヶ月。長かったなというのが正直なところですが、リハビリとマッサージをしてくれた柔道のお兄さんからは「通常より治りがはやいです。ふだん運動をしているからでしょう」と言われる。そういうものか。
・ とはいえ、ようやく普通に歩くことができるようになっただけ。まだ走ることはできないし(昨日表参道にて、目の前でエレベーターが閉まりそうになったので、思わず小走りに走ってしまったら、痛みが走った)、ちゃんと正座をすることもできない(ふだんストレッチでは、正座したまま寝ることもやっていたのに・・・)。要するに、足首まわりの筋肉・腱などが十分には回復していないということ。リハビリはまだまだ続く。
・ それでも、松葉杖から解放されたことで、ジムに行って筋トレもできる(松葉杖状態ではさすがに行けなかったのでお休みしていた)。まずは、普通に走ることができるようにすることが、目標である。

・ まだ先ではあるが書くことが決まったレスリング本のタイトルですが、やはり「年齢」を入れるべきだろうということで、以下のものにちょっと修正。
・ 『哲学者、51歳でレスリングをはじめる』
【2013年6月12日記】

◎ 2013年6月10日(月) 「再会」
・ 夕方の授業後、青学正門前で待ち合わせて、筑摩書房の増田健史さんとNAPOLIMANIAにて夕食、その後はCafe Maduにて閉店までお茶。

NAPOLIMANIA

Cafe Madu
・ 増田さんと会うのは、2011年の7月以来なので2年ぶり。ちくま新書の編集長から、ちくま学芸文庫の編集長へ異動した名刺を頂く。
・ もちろん、学生同士の飲み会ではないので仕事の話も込みになるわけであるが、私たちくらいになると(?)、その仕事の話<で>自由自在に遊べるので、どんな話をしても楽しい。
・ 編集者の視点から、私の連載に対するコメントや助言ももらえて、楽しいだけでなく有益でもある。
【2013年6月11日記】


◎ 2013年6月8日(土) 「水木しげる漫画大全集」
・ 『水木しげる漫画大全集』(講談社)の第1期33巻の刊行が6月3日から始まった。完全収録のためには、100巻を超えるのでは?
・ 6月は3冊で、『忍法秘話』掲載作品(全)ゲゲゲの鬼太郎�不思議シリーズ(全)
  
・ 購入した3冊が本日午前中に届く。これらか毎月2冊ずつ、全巻を購入予定。
・ 小学校時代の私を形作った水木漫画を、人生の後半期になってもう一度熟読する愉楽は、何にも代え難い。

・水木プロダクション ‏@mizukipro のツイートでは、次のように言われています。
【水木しげる全集】見てください。この美しい2色。40年以上前の少年マガジン以来、鬼太郎の単行本では初めて復刻です!中でも大海獣の復刻ページは京極さん渾身の「デジタルリマスター」作業のたまものです。(狸)

【2013年6月8日記】

◎ 2013年6月5日(水) 「途中経過8 まだ・・・」
・ 午前中に整形外科に寄ってリハビリ。まだ、松葉杖を手放してもいいとは言ってもらえなくて、ちょっとがっかり。家の中では、ほぼ普通の二足歩行に戻っているのだが。
・ 完全に左足と同じ状態とまではいかないが、ようやく相撲の蹲踞の姿勢やスクワットがある程度できるようところまでは回復。
・ 大学キャンパス内を松葉杖で歩いていると、レスリング部の境君と遭遇。「復帰はまだですか」と発破をかけられる。
・ 彼のレスラー体躯を目の前にしたら、なんだか組み合ってスパーリングしたい欲求が突然こみ上げてきた。
・ 「松葉杖とおさらばした後、トレーニングして元に戻してから、またお世話になるから。そのときはよろしく」と答えた。
【2013年6月5日記】

 2013年6月4日(火) 「レスリング本担当編集者のことば」
・ 昨日ここで報告した『哲学者、レスリングをはじめる』を担当していただくぷねうま舎の中川和夫さんから、次のようなメールをいただいた。
・ ご本人から許可をいただいたので、引用します。

哲学とレスリング、このミスマッチな感じがたまらなく好きです。

本来、一つ屋根の下にはいられるはずもないものの共在、それは
とりもなおさず人としての奥行きであり、またもし思想の可能性
などを言うとしたら、そういうところにしかないとも思っており
ます。

お話をうかがっておりますと、どこからか古武士の匂いのような
ものが漂ってきて、大森荘蔵先生の「狂気」とダンディズム、坂
部恵先生のはにかみとテコでも動かない芯の強さなどを思い出し
ておりました。

・ 長きにわたって岩波書店で哲学・思想系の担当をしてきた方だから言われてみれば当然なのですが、私としても「先生」にあたる故・大森先生や故・坂部先生たちと接してきた編集者であり、その先生方の人となりを鋭い観察眼で見つめてきたのだなぁ、という感慨がありました。私のことはともかくとしても、大森先生と坂部先生をひとことで表したうまい表現だと思った次第です。
・ そして、前半で書いてくれているような思いを持っていただける方に、このレスリング本を担当していただけることは、とても幸運なことだと思いました。
【2013年6月4日記】

◎ 2013年6月3日(月) 「レスリングの本、書くことになりました!」
・ 骨折をした直後(4/13)に、「この散々な三日間のあいだに、一つだけ「朗報」と呼べるものがあった。(・・・)ある出版社の方から、私のレスリング哲学(?)の話に興味があるので、会って話したいという内容のメールが送られてきた」と書いたのを覚えていますでしょうか。
・ 本日、授業前に私の個人研究室にて、その出版社・ぷねうま舎の中川和夫さんとお会いして、一時間ほど話しました。
・ 「ぷねうま舎」は、岩波書店を2009年3月末で定年退職した編集者の中川和夫さんが、同じく岩波書店を2011年に定年退職した営業担当の方といっしょに始めた出版社だそうです。
・ ぷねうま舎から出版された最近の哲学本では、永井均さんの『哲学の密かな闘い』があります。

・ ガチガチの哲学の本ではなくて、私のレスリング体験記・ルポとレスリングについての考察を織り交ぜた本を書きたいという私の提案を、中川さんは面白いと言ってくれました。
・ 題して(ワーキングタイトルとして)、『哲学者、レスリングをはじめる』
・ さらに、本の中に「対談」を加えてもいいし、イラストと写真を併用したり、せっかくレスリングを扱うのだから「動画」が活用できないか(電子書籍化やDVD添付などどんな形であれ)、という話にも発展した。
・ 実際に書き始めるのは、今やっている『本』の連載が終了して、さらに単行本化した後なので、まだまだ先であるが、この「身辺雑記(メモ)」に書きためているレスリング日記が素材となる。
・ その意味でも、練習に復帰できるように、リハビリとトレーニングをがんばらないと。
【2013年6月3日記】

◎ 2013年6月1日(土) 「途中経過7 恩知らず」
・ 昨日は、相模原キャンパスでの授業のため、自宅〜町田〜淵野辺まで、久しぶりに(というのはケガ以降、町田〜大学正門までタクシーを利用していたので)、電車以外すべて徒歩で往復。
・ 帰宅途中で、整形外科によってリハビリと診察。新たにやるべきリハビリ種目(足首の回転運動とつま先立ち踵立ちの交代運動)を指示される。
・ 松葉杖をまだ手放せないとはいえ、久しぶりの長距離徒歩のため、帰宅後疲労困憊。

・ この二ヶ月間お世話になっている「松葉杖さん」に対して、色々と思いが巡る。
・ そのシンプルな構造において、形態進化の頂点に達していると思われる点は、自転車とよく似ている。
・ レスリング部の仲上君に教えてもらってやった、タオル巻きがとても有効だった。これをやらなかったら使い心地が雲泥の差だろう。
・ 最初は使いづらかったのが、だんだん身体の一部と化すかのように慣れ親しんで、その振り子運動的な前進が心地よくさえなっていった。
・ その後、(家の中での)二足歩行に復帰して赤ちゃん歩き(ペンギン歩き)を始めると、足もとがとても心細い。松葉杖さんの有り難さをしみじみ感じて、でも頼ってばかりでは治らないよなと思った。
・ 通勤時の混んだ駅や電車では、松葉杖さんといっしょの方が、避けてもらえたり席を譲ってもらえたりするので、まだ歩くのが心許ない段階においては、象徴的な仕方でも助けてくれることが分かった。
・ それほど、慣れ親んで有り難みを感じていた松葉杖さんであるが、このところ、二足歩行が少しずつ安定してきて、かつ(外出時はまだ)松葉杖を安全のために使用していると、「松葉杖、じゃまくさい」に変わってきている。なんと恩知らずで罰当たりのことか!
・ 松葉杖さんは、その本性上「違和感→親しみ・慣れ→依存・有り難み→鬱陶しさ→放捨→忘却」と進まざるを得ないことを考えると、ちょっともの悲しい道具である。
【2013年6月1日記】

◎ 2013年5月29日(水) 「途中経過6」
・ 整形外科にて、レントゲン撮影・診察・リハビリ。
・ 家の中では「30�制限」を外して、歩いてもいいという許可がおりた。ただし、外出時は(安全のために)まだ松葉杖を使用する。完全な二足歩行には、まだもう一歩。
・ 実はこの数日は、すでに家の中では、二足歩行で歩いていて、階段の昇降も手すりにつかまりながら、やってしまっていた。フライングだ。
・ でも、まだ足首の可動範囲が狭いので、外出時は松葉杖がある方が安心できる。松葉杖が与えてくれる「安心感」は大きい。それゆえ、頼りすぎると二足歩行が遠のく気がする。
【2013年5月29日記】

◎ 2013年5月28日(火) 「今泉さんの連載より」
・ 月刊『ゴング格闘技』(イースト・プレス)には、お世話になっているコーチ・今泉朝雄さんのレスリングについてのコラムが連載されていて、毎号愛読している。
・ 今月号の文章は次のように始まっている。
> 
 レスリングの競技特性とは何か。格闘技として考えれば「相手を傷付けずにコントロールしながら制圧する技術」という面が、その本質として挙げられるだろう。殴る、蹴る、首を絞める、関節を極めるなど致命傷に至るような技術は全て排除したことで、組み技格闘技のベーシックとして独自の地位を築き上げた。しかしそのことは、結果として見た目の地味さも生み出してしまった。これこそがレスリングの、近代オリンピック競技としての決定的なネックであるとさえいえる。

・ そのあと、今回のオリンピック問題(除外競技の候補問題)の話が続く。米満選手のことばを引用しての、プロレスとレスリングの比較(二重の意味での変容という話)も面白い。
・ また、競技的面白さを増すためのルール改正について触れている中で、今泉さんにお伝えした話(周りのレスリング未経験者のオリンピック・テレビ観戦談)も出てくる。
・ それは、意外にも(レスリング関係者は、レスリングは地味だし、ルールが分かりにくいと考えているにもかかわらず)、他の競技以上に見ていて面白かったという感想が複数あったという情報である。もちろん、私の友人・知人の談だったので、レスリング素人とはいっても、「入不二バイアス」がかかっていた可能性はあるけれども。
・ 「ルール改正」と言えば、今やっているリハビリ・トレーニングがうまく進んで(一ヶ月後くらい?)、レスリングに復帰できたときには「新ルール」なんだよね。何と言っても、1ピリオド「2分」が「3分」になるのが恐ろしくもあり、ワクワクもする。ケガ前に、2分×3ピリオドのスパーリングが、ようやくできるようになった段階だったので・・・。
・ 今泉さんの連載の話に戻ると、欄外にちょこっとだけ、ロゴ入りで「アメリカでは2005年にレスリングをそのままプロ化した『Real Pro Wrestling』という興行が存在したが、やはり早々に頓挫してしまった」と書かれている。
・ この事象についても、連載でぜひ「拡大して」書いて欲しい。一読者の希望です。

【2013年5月28日記】

◎ 2013年5月26日(日) 「途中経過5 メニュー」
・ 補助器具(松葉杖)使用での(外出時)二足歩行にだいぶ慣れたので、家の中だけ、補助器具無しでの赤ちゃん的(あるいはペンギン的)二足歩行を試している。
・ 備忘録として、今自宅でやっているリハビリおよびトレーニングを書き記しておこう。
・ リハビリ:
1.膝より上部・大腿部の筋肉のリハビリとして、浅く椅子に座って片脚を伸ばし、膝を押し下げつつ膝上部の筋肉に力を入れるアイソメトリック・トレーニングを、片足ずつ5〜10秒×10回を朝・晩。
2.弱くなった大腿部の表側と裏側のリハビリとして、両足を足首あたりで交差させて、上になった足を手前に引き、下になった足を向う側へと押して、互いの抵抗を利用してレッグ・カールやレッグ・エクステンションをやる。上下を入れ換えて、各足10回×3セットを朝・晩。
3.整形外科では、バブルジェット付き小バスタブ内で足首の運動と、アシストされての足首運動とマッサージ。足首の運動は、自宅の風呂でも(朝晩二回風呂に入ってやっている)。
・ トレーニング:
1.プッシュアップバーを使用した腕立て伏せを、普通・幅広・幅狭を各20回ずつで60回。
2.腹筋を、正面・左右の斜め・脚の上下を50回ずつで200回。
3.背筋を、50回×2で100回。
4.懸垂を、幅広or普通で10回×3で30回。
5.補助的にダンベルの上げ下ろしを任意に追加。
・ ちなみに、2ヶ月ほどの松葉杖使用によって「鍛えられた」のは、手首と上腕三頭筋(上腕の裏側=力こぶではない側)。上腕三頭筋の盛り上がりは、ケガ前以上になっている。
【2013年5月26日記】

◎ 2013年5月25日(土) 「土曜日の仕事」
・ 午後から、心理学科の大学院生の発表ゼミと、哲学演習の授業。
・ ポジティヴなフィードバックについての研究発表を聞きながら、「運がいい」と言われるのと「頭がいい」と言われることの差異(原因帰属方式の違い)は、それほど固定的・確定的ではないかもしれない、と思った。
・ 子どものいない中年期女性の発達についての研究発表を聞きながら、喪失や獲得というタームで語ること自体が、すでに何かを取り逃す原因となって、人生物語を過度に定型化するように感じた。
・ 門外漢として心理学の研究発表を聞いていると、そこで使われる概念や分類等の「装置」の素朴さ故に、常識やイデオロギーの再生産になってしまっていると思うことがある。そのあたりを「混ぜっ返して」、多少なりとも刺激を与えることが、私の役割であろう。
・ 哲学演習の方は、ちょうど「逆向き」の感じで解毒剤的かな。一つの概念装置を、こっちから見たらこう見えて、あちらから見たらこんな風に見えるという考察を、(すでに6回目の授業で)学生自身がやり始めていて頼もしい。

・ 講談社の上田さんから、「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」の第12回(来月7月号掲載)の初稿ゲラが届いていたので、3行オーバーを訂正するために、読み直して修正。
・ 第12回は、ここまでの議論を「あるようにある」という表現に縮約してまとめ、時間原理の考察へと進むために、ディオドロス・クロノスのマスター・アーギュメントを導入するところまで。
【2013年5月26日記】

◎ 2013年5月23日(木) 「夏目漱石の隣」
・ この春刊行された高等学校用国語教科書『精選 国語総合 現代文編』(筑摩書房)に、私の文章「「ものさし」の恍惚と不安」が掲載されている。本日、筑摩書房より、現物が送られてきた。
・ 久しぶりに、高校の教科書を目にした。かつて自分の高校生の頃にも載っていた芥川龍之介や夏目漱石と並んで、自分の文章が載っているところを見ると、妙な感じ(もう死んだ人?歴史上の人物?という感じ)。
・ 昔も今も、著者紹介が写真入りなので、いたずら書きをされそう。
・ 思ったよりも多く哲学系の文章が載っている。



【2013年5月23日記】

◎ 2013年5月22日(水) 「途中経過4 30�制限」
・ 整形外科にて、レントゲン撮影・診察・リハビリ。ようやく2足歩行への復帰「第一歩」が許可される。
・ 「第一歩」というのは、まだ松葉杖による補助あり歩行で、荷重30�制限がかかっているため(自宅でも体重計に片足をのせて、どれくらいの荷重かの感覚を何度か確かめてみた)。
・ ちょうど、つかまり立ちを始めた赤ん坊のように、あるいは出来の悪い二足歩行ロボットのように、二足歩行の初期段階を一週間続ける予定。
・ それでもなお、松葉杖+一本足よりは、ずっと楽だ。
・ リハビリでは、バブルジェット付きの小さなバスタブのような所に右足を入れて、足先の引き伸ばしと足指の開閉の繰り返し。その後、マッサージと抵抗を加えての足先の引き伸ばし。
・ マッサージをしてくれた柔道家のお兄さんが、私の右足を見ながら「何かやっているのですか?」ときかれる。細くなっていても、それでも分かるそうだ。それをきっかけに、マッサージの間レスリング談義。
・ 今回の怪我で分かったことの一つが、「全治6週間」という言い方について。
・ 「全治」というのは、「折れた骨が元どおりくっつきました」ということであって、「原状回復」ではなかったのだということ。
・ ここから、普通に歩けるようになり、走れるようになり、レッグプレスで140�を上げられるようになり・・・・、レスリングの練習に復帰という「原状回復」までは、まだまだ遠いなぁ。
【2013年5月22日記】

◎ 2013年5月18日(土) 「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺 連載第11回 現実性と様相(2)」
・ ギブスは外したが、まだ右足をついてはいけなくて松葉杖状態は変わらないので、むしろ「ギブス無し」が心許なく少しこわい。踵から脚の裏側に補助器具をあて包帯を巻いているだけなので、無防備な感じがして。
・ 風呂に入ったときなどに、右足首を動かして可動域を回復するトレーニング中。大腿部の裏表の筋肉を回復するための筋トレはできることがあるけれど、ふくらはぎだけは、立つことができないとやれることがない。

・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年6月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第11回「現実性と様相(2)」。
・ 前回は、現実性が、様相のネットワークから外れた「孤島」であり、外から差し込むしかない「光」であることを考察したが、今回は、現実性が様相のネットワーク内に埋め込まれるときに生じる「様相の潰れ」や「必然性と偶然性の交錯」について考察する。
  
【2013年5月18日記】

◎ 2013年5月15日(水) 「途中経過3」
・ ようやく「全治6週間」の6週間が経過。
・ 本日午後、整形外科に行って、レントゲン撮影をして、ギブスを外す。
・ 先週土曜日、総研ビル(研究室のある建物)の廊下が雨水で濡れていたために松葉杖の先が滑ってしまい、意志に反して右足をついて身体を支えてしまい、その瞬間「電気が走った」。その後微妙に痛みもあったので心配だったが、大丈夫だった模様。
・ ギブスから、「固定具+包帯」に変わって、松葉杖はそのまま。まだ右足をついてはいけない。これからリハビリが始まる。
・ まず体重の1/3をかけることからはじめて、徐々に足をつきという風に進むらしいので、普通に歩けるようになるには、まだまだかかりそうだ。
・ 家で、よく足首と足の指を動かすように言われる。固まってしまって、可動域が最小限になってしまっている。
・ 動かなくなっているだけでなく、ふくらはぎの筋肉がごっそり落ちて、細くなっている。左足と比べると、別の人の足のようだ。筋肉って、こんなに簡単に早く衰えてしまうものなんですね。
・ 普通に動くようにして、歩けるようにした先に、ケガ前の筋肉量・筋力にまで戻すことをしないと、レスリングには戻れない。どれくらいかかるのだろうか?
【2013年5月15日記】

◎ 2013年5月8日(水) 「途中経過2」
・ 骨折から一ヶ月経過。本日午後、整形外科に行って、レントゲン撮影と診察。
・ レントゲン撮影によると、きれいに(ズレたりせずに)そのまま骨が再生されてくっついてきている模様。
・ 右足を全く地面につかない状態を保っている(外では松葉杖、家の中では片足ケンケンか、右足をつかないカニ歩きとかクマ歩き)ことが、治りをきれにしている、と言われた。
・ あと二週間は、この状態(ギブス・松葉杖)。
・ 松葉杖使用でもっとも「鍛えられる」のは、手首かもしれない。
・ 脚に関しては、一つだけ「リハビリ」をするように言われている。両膝の上部・大腿部の筋肉の衰えに対抗するためのリハビリ。浅く椅子に座って片脚を伸ばし、足首を90度に引き上げつつ、膝を押し下げつつ膝上部の筋肉に力を入れる(アイソメトリック・トレーニングの要領ですな)。朝・昼・晩に、5秒/一回×10回ずつを左右。少し多めにやっている。
・ この状態だとジムに行くわけにもいかないので、自宅で、片足での腕立て伏せ・腹筋・背筋・懸垂などの自重トレーニング程度。懸垂は、部屋の入り口に取り付けてやる器具があって、役に立っている。
・ 腹筋は50回×4セット(正面・左右の斜め・脚の上下)やっているけれども、それでも運動不足は防げず、お腹の横に贅肉がついてくる。
【2013年5月8日記】

◎ 2013年5月5日(日) 「小見出し情報の追加」
・ 各回の小見出しを書き出してみました。

「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」(読書人の雑誌『本』(講談社)連載)
各回のタイトルと小見出し一覧(変更の可能性あり)

既刊
第1回(2012年8月号) 神秘としての運命
運命論者/神秘と数奇/空虚すなわち充実
第2回(2012年9月号) 解釈・因果・論理
巻き込まれること/解釈的運命論と因果的決定論/論理的運命論
第3回(2012年10月号) 排中律と現実
排中律が指し示す「全体」/排中律から透かし見えること(1) ―現実の全一性―/排中律から透かし見えること(2) ―現実の唯一性―
第4回(2012年11月号) 排中律と無
「欠如」と「空白」/無の「厚み」
第5回(2012年12月号) 現実は横溢する
現実の「反対物包摂」/現実の「反対物浸透」/現実性は現実感ではない
第6回(2013年1月号) アリストテレスの議論(1)
運命論の主張/運命論の証明【タイプ1】/運命論の証明【タイプ2】
第7回(2013年2月号) アリストテレスの議論(2)
未来の特別視/必然性についての誤謬/排中律についての誤謬/未来言明は真理値を持つか/運命論批判と運命論側の行方
第8回(2013年3月号) 運命論批判の失敗
どのような必然性か/現実的な必然性/時間原理Iと現実の未来/アリストテレスの失敗
第9回(2013年4月号) 運命論側の不完全さ
様相の潰れ/矛盾律の未活用/現実と必然の乖離
第10回(2013年5月号) 現実性と様相(1)
様相のネットワーク/現実性という孤島/現実は無様相である

これから
第11回(2013年6月号) 現実性と様相(2)
絶対現実/現実の相対化(様相化)/様相の乱れ・歪み/現実性と様相の潰れ
第12回(2013年7月号) マスター・アーギュメント(1)
あるようにある/時間原理Iだけで十分か/ディオドロス・クロノスのマスター・アーギュメント
第13回(2013年8月号) マスター・アーギュメント(2)
MA再掲/テーゼ2の読み方/テーゼ2を読み換える/未来の不可能性
第14回(2013年9月号) マスター・アーギュメント(3)
MA再掲/過去から未来への断絶/新解釈を否定できるか/テーゼ4の読み換え/MA自体を読み換える
第15回(2013年10月号) 二つの時間原理(1)
時間についての二つの見方/時間原理Iと時間原理II/時間原理と運命論
第16回(2013年11月号) 二つの時間原理(2)
運命論的な「未来」/なるようになる/シーソー関係/ジャンケン関係
第17回(2013年12月号) 過去の深さ
五分前世界創造説/想起過去と想起逸脱過去/想起阻却過去/無力さの深まり
第18回(2014年1月号) 「海戦」版の議論(1)
「海戦」版の論証1/「海戦」版の論証2/いくつかの前提/問題点
第19回(2014年2月号) 「海戦」版の議論(2)
論証の失敗、その理由と背景/現在についての運命論
第20回(2014年3月号) 「オズモの物語」版の議論(1)
オズモの物語/真なる命題の集合がただ一つだけ存在する可能性/三種類の「現在」/「進化」した運命論
第21回(2014年4月号) 「オズモの物語」版の議論(2)
「現在」の三重性/現在と現実の相同性/物語としての限界/排中律・矛盾律・同一律
第22回(2014年5月号) 「ロンドン空襲」の議論
「ロンドン空襲」の運命論/ダメットの診断/因果の解除/因果の充満/解除と充満のあいだ
第23回(2014年6月号) 「遡及的な祈り」の議論
「ロンドン空襲」の運命論の不完全さ/「遡及的な祈り」の話/「遡及的な祈り」は遡及しない/「祈り」と運命論

つづく

【2013年5月5日記】

◎ 2013年5月5日(日) 「ここまで来た」
・ 骨折のおかげで、レスリングができないどころか、どこにも遊びに出かけることができないので、この連休中ずっと原稿書き。こういうのは「怪我の功名」とは言わないかもしれないが、なんと原稿が進むことか!
・ 今月の末に出るのは、第11回「現実性と様相(2)」であるが、第23回「「遡及的な祈り」の議論」まで、ひととおり書き上げることができた。
・ 連載終了回数(24回以上で最大30回まで)に近づいてきた。いったん原稿書きはここで休止しておいて、しばらくはエンディングへ向けての「考想の時」を過ごすことにする。
・ ちなみに、すでに活字になった回と、これから活字になる回のタイトル(仮を含む)は、以下の通り。

既刊
第1回(8月号) 神秘としての運命
第2回(9月号) 解釈・因果・論理
第3回(10月号) 排中律と現実
第4回(11月号) 排中律と無
第5回(12月号) 現実は横溢する
第6回(1月号) アリストテレスの議論(1)
第7回(2月号) アリストテレスの議論(2)
第8回(3月号) 運命論批判の失敗
第9回(4月号) 運命論側の不完全さ
第10回(5月号) 現実性と様相(1)

これから
第11回(6月号) 現実性と様相(2)
第12回(7月号) ディオドロス・クロノスの議論(1)
第13回(8月号) ディオドロス・クロノスの議論(2)
第14回(9月号) ディオドロス・クロノスの議論(3)
第15回(10月号) 二つの時間原理(1)
第16回(11月号) 二つの時間原理(2)
第17回(12月号) 過去の深さ
第18回(1月号) 「海戦」版の議論(1)
第19回(2月号) 「海戦」版の議論(2)
第20回(3月号) 「オズモの物語」版の議論(1)
第21回(4月号) 「オズモの物語」版の議論(2)
第22回(5月号) 「ロンドン空襲」の議論
第23回(6月号) 「遡及的な祈り」の議論
つづく
【2013年5月5日記】

◎ 2013年4月29日 「休日なのに授業/仲上君との会話」
・ Twitterより再録。

入不二 基義 ‏@irifuji
祭日だけど、通常どおりの授業があります。土曜日も授業だったし、明日も授業があるし、ぜんぜん「大型連休」にならないな。そこに脚の骨折が加わっているので、大学まで行くのがたいへん。

仲上拓輝 ‏@JPSway0102
@irifuji 怪我の経過はどうですか?

入不二 基義 ‏@irifuji
@JPSway0102 どうもありがとう。一週間ごとにレントゲンを撮ってまして、それによると少しずつ回復に向かっているようです。でも、まだ右足をついてはいけないし、ギブス・松葉杖が続いています。全治6週間と言われているので、ちょうど半分くらいのところに来てますね。

仲上拓輝 ‏@JPSway0102
@irifuji そうですか。早く復帰するのをお待ちしております!またお会いするときには片足だけモビルスーツになってそうですね!笑お大事ににしてください。

入不二 基義 ‏@irifuji
@JPSway0102 はやくレスリングの練習に復帰したいです!でも、焦らずにちゃんとリハビリして、元の状態まで戻さないといけませんな。復帰できたときには、またよろしくお願いします。

仲上拓輝 ‏@JPSway0102
@irifuji そうですね!またよろしくお願いいたします!

【2013年4月29日記】

◎ 2013年4月24日(水) 「途中経過」
・ 整形外科で、三度目のレントゲン撮影。画像を見ながら、経過はまぁ順調ですねと言われる。骨の亀裂した部分が小さくなったように見える。でも、まだ片足・松葉杖状態はしばらく続けなくてはならない。
・ おかげで(?)、(レスリングから離れて)連載の執筆だけに、頭が向かっている感じ。
・ 手前味噌になるが、この連載の文章・考察は、自分でもかなりいい手応えがあって、楽しい。はやく最後まで書ききって、連載を終えて、書籍化したい。
・ これから先の回で、「あるようにある」と「なるようになる」という表現に籠められた意味内容を分析・展開する箇所がある。
・ まだ活字化されていないこの先の原稿を、(第一読者として)読んでもらった方から、

個人的には第12回「あるようにある」と第16回「なるようになる」の考察における文章表現にシビレました。

と言ってもらえたのは、嬉しかった。
【2013年4月24日記】

◎ 2013年4月18日(木) 「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺 連載第10回 現実性と様相(1)」
・ 昨日整形外科に行って、再びレントゲンを撮ってギブスを交換。骨の方はわずかに良くなっているそうだが、足の腫れがひかないね、と言われる。時間の経過を待つしかないとのこと。これからしばらくは、水曜日と土曜日の週二回の通院になる。
・ 講談社PR誌 読書人の雑誌『本』2013年5月号が届く。
・ 私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第10回「現実性と様相(1)」。現実の現実性が、様相のネットワークから外れた「孤島」であり、外から差し込むしかない「光」であることを考察する。
  
【2013年4月18日記】

◎ 2013年4月13日(土) 「片足トレーニング?」
・ 水曜日の午後からギブス装着・松葉杖での歩行になり、その週がひとまず終わる。
・ まだ木・金・土の三日経っただけなのに、ものすごい疲労度。これは新種のトレーニングか、というくらいである。普通に歩くことが、どれほど楽なことだったかを思い知らされる。
・ (まだ夏でもないのに)自宅から大学へ行くまでに汗びっしょり、また大学から自宅へ帰るまでに汗びっしょりである。着替え用の下着が必要なくらい。金曜日の淵野辺の相模原キャンパスへの行き帰りが、一番大変だった。(エスカレーター・エレベーターが見つからずに)途中の階段を左足のケンケンで昇ったりもした。
・ 行き帰りだけでも疲労度が大きいのに、そこに授業が加わる。教室に行くまでがまた一苦労だし、ふだんの授業の倍ぐらいの疲労度がある。ほとんど座った状態で「喋り」中心の授業にならざるを得ないが、その座しての「喋り」は、いつもの立ちながら・黒板に書きながらの「喋り」とは、違う感触になる。板書するときの「空間性」を、「喋り」の中で再現しようとしているせいか、喋りの速度や間合いが変わってくる感じ。
・ まったく黒板を使わないわけにもいかないので、時々立ち上がって左足でケンケンしながら移動して、バランスをとりながら板書するのも、まるでトレーニングをやっているかのよう。そのせいで、座って・片足で立っての反復の方が、立って授業をするより、むしろ疲れる。
・ 家の中では、(三階建てだから)狭いし階段も多いので、松葉杖は使わずに左足ケンケンと、(階段は)カニ歩き的に手足を使って上り下りしているので、これもこれでトレーニングのよう。
・ 骨折した方の右足は、ギブスで固めてまったく使わないので、これから筋肉もおちて弱るだろうが、逆の左足や(松葉杖で多用する)両腕は、むしろ鍛えられるだろう。

・ この散々な三日間のあいだに、一つだけ「朗報」と呼べるものがあった。
・ まだこれからのどうなるか分からない話しなので、名前は控えるが、ある出版社の方から、私のレスリング哲学(?)の話に興味があるので、会って話したいという内容のメールが送られてきた。
・ 私の方は、今やっている連載を終えてそれを書籍化したあと、その次の仕事として、レスリングを題材にして本を書きたいと考えている所だったので、大歓迎のお誘いである。ただ、この骨折状態なので、会うのはそれが治ってからにして欲しいと返信した。
・ 実は、もう一件、別の出版社の方からの今年の年賀状に「レスリングの話を聞かせて下さい」という一言が添えてあったし、「私の野望(=レスリング・ネタで本を書く)」が、少しずつ浸透(?)して、現実化もありうる感じになってきた!
【2013年4月13日記】

◎ 2013年4月11日(木) 「ギブス写真」
・ 右足はこんな状態です。

【2013年4月11日記】

◎ 2013年4月10日(水) 「腓骨骨折」
・ 朝8時から、レスリング部朝練に参加。
・ いつものように、仲上君に相手をしてもらって、打ち込みのあと、2分のスパーリングをやっている最中に、右足首を痛める。
・ 捻挫したような感触であったが、(以前に左膝の内側側副靭帯損傷をやったときと似たような)グキッという音がしたので、また靱帯をやっちゃったかなと思っていた。
・ 靭帯損傷のときと違うのは、音がより大きかったのと、すぐにボールのように腫れてきて痛みが酷かったこと。靭帯損傷のときは、直後はそれほど痛くなくて、一日経ってから腫れあがった。
・ 仲上君がアイシングの氷を持ってきてくれて、冷やしながらしばらく学生達の練習を見学するが、この後に心理学科の会議が入っていたので、早めに退散。
・ 右足を地面につくだけで痛いので、亀のように(いや亀よりももっと遅く)そろそろ歩きながら、いちおう会議等に出席した後、午後に整形外科へ。
・ レントゲン写真を撮った結果、今回は骨折だった。捻った力による右足首の腓骨骨折だった。ギブスを装着され、松葉杖を使用しないと歩けない状態になってしまった。
・ 全治6週間ということで、そのあとリハビリもしなくていけないので、当分レスリングどころか、運動そのものができなくなった。
・ 松葉杖を使うのは初めての経験で、病院から自宅に帰るのに普段の歩きの倍以上の時間がかかり、しかも使い方が下手なのか掌の皮が剝けてしまった。家が三階建てなので階段が多く、移動に四苦八苦している。

・ レスリング関係の方々や練習仲間のみなさん、すみませんが、またしばらくお休みさせてもらいます。ちゃんと治してから、復帰させてもらいます。
・ その分時間ができたと考えて、今一番重要な仕事(「あるようにあり、なるようになる 運命論とその周辺」の原稿執筆)の重要な段階に差し掛かっているので、そちらに時間を当てることにします。
【2013年4月10日記】

◎ 2013年4月9日(火) 「レスリング部HPより転載」
・ 青山学院大学レスリング部HPに、先日の新入生歓迎会の報告と写真が載っていましたので、こちらにも転載させていただきます。


幹事会・新入生歓迎会のご報告 【 2013/04/08 16:40 】
 4/6(土)・17:00より青学会館におきまして、今年度最初の幹事会が行われました。今後の強化方針やOB総会の日程・学生の支援など様々な議題を約1時間にわたりまして話し合われました。その後は場所を移しまして、南青山・うすけぼーにて18時30分より新1年生6人を迎えまして、歓迎会が行われました。

 宋部長より文武両道の元、4年間がんばってレスリング部を支えてくださいとの激勵のお言葉をいただきました。続きまして、入不二先生(本学教授&現役レスリング選手)より高校性から大学生になることの
意味・意義をお話しいただき、一生懸命がんばってくださいとの激勵のお言葉をいただきまして、乾杯のご発声をいただきました。
緊張する新入生も次第に緊張がほぐれていき、会は楽しく終わることができました。

 今年1年、青山学院大学体育会レスリング部をご指導・応援の程、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 幹事会・歓迎会出席者

 宋部長 入不二先生
 
 佐々木OB会長 中条OB 三谷OB 吉住OB 吉田OB 佐藤OB 樋口OB 太田監督(夫妻)
 
 長谷川OB(ロンドンオリンピック日本代表) 植村(前年度主将)

歓迎会の様子でございます。(尚、新1年生は未成年のためジュースとお茶です)

【2013年4月9日記】

◎ 2013年4月7日(日) 「畏友・阿部嘉昭氏のコメント」
・ 湘南高校文芸部以来の友人で、評論家・詩作者・北海道大学大学院文学研究科准教授(映像・表現文化論講座)の阿部嘉昭くんが、私の連載「あるようにあり、なるようになる 運命論とその周辺」(講談社『本』に掲載)の第1回〜第9回を読んでくれて、詳細なコメントを書いてくれたので、本人の許可を得て、こちらにも、以下で全文転載させていただく(ご本人のサイト、ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ
でも読むことができます)。
・ そもそも、ここまで読み込んでくれる読者はそうはいないし、しかもその貴重な読者が高校以来の友人であるということに、幸せを感じる。
・ さらに、阿部くんのコメントを介して行われたFBあるいはMixiでのやりとりで、「入不二くんの書くもの(思考)はいつも詩心を刺戟する。そんなふうにおもっている詩作者はすくなからずいるはず・・・」と言ってもらったのも、ありがたい。
・ もちろん哲学の友人に評価してもらえることも嬉しいが、詩を書く人間にインスピレーションを与えることができているのだとすると、それは一番嬉しいことかもしれない。
・ いずれにしても、まったく予想しなかった方向へと自分のテキストを開いて拡大してくれるような阿部君のコメントは、ありがたい。
・ コメント内で言及されている「ひるまごえ」も、ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ
で読むことができます。
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【阿部嘉昭氏の「あるようにあり、なるようになる 運命論とその周辺」へのコメント】
昨日は入不二基義くんから送られてきたコピー、講談社『本』掲載の「あるようにしてあり、なるようになる ――運命論とその周辺」の連載第九回分までを読んでいた。読むと気づく。これは入不二くんとぼくが高校以来の再会を果たした、数年前の立教大学での入不二くんの講演を、さらに緻密に書きついだものだった。「仮定」→「反証」→「《真》の提起」と論理が進展するうち、思考がどんどん精密化・微分化・厳格化・執拗化してゆく、いつもの入不二くん的な流儀が、なにかおそろしい成熟を迎えているとおもった。

国木田独歩の「運命論者」を最初の話題にして、入不二くんは、運命をめぐるトリアーデ(三者関係)=「人間の因果(社会)−自然の因果(自然)−運命(形而上)」を摘出する。その第三項めが、いわばその自体性によって神秘(最大の思考困難性)をつくりあげることを、ウィトゲンシュタインを援用して語りだす。ところがその第三項めは、それを批判しようとしたり同調しようとしたりした途端、みずからもそこにまきこまれるという意味では、自己と世界の分離不能性、その結び目に定位されている対象設定上の困難なのだ。

入不二くんの論理の懐刀は「排中律」だ。Pを措定すれば、論理的に非Pも追措定でき、Pと非Pの集合的な加算が「全」になる、というギリシャ論理学における思考の一道具を、アリストテレスにならって運命論にまつわる省察に「まず」適用して、そのきしみを算出するのだ。

もともと排中律は抽象性と「議論領域」の閉鎖性を前提している。P=黒色とすれば、P+非Pはむろん「全色彩」となるが、たとえばぼく自身の設問をしてみよう――Pを「愛している」としたらどうか。「愛している」と「愛していることはない」を加算しても全存在にはならない気がする。経験的には、そのどちらでもない中間項のほうが世界に充実していて、この充実によって、逆に最初の措定である「愛している」が感情の恣意的な極点だということがあかしされ、排中律ではなにか世界内を移動してゆく通常の人間のいとなみが消失してしまうような感触になる。

むろん「愛しているもの」は、意識を研ぎ澄ませばひとつの全一的な集合をつくることができる。ところがそのかたわらにはたとえば「生理的に拒否できないもの」「ふとおもいだしてしまうもの」「思考になんとなく使用してしまうもの」「性的に執着をおぼえるもの」などなどが、非「愛している」とは別の系で世界内部に無秩序に潜在していて、それらは「愛しているか否か」という一回一回の審問によって、眼前に同一系として、あるいは隣接系としてひらけてゆくものだといえるだろう。問題は隣接系のほうで、世界は仮定それ自体ではなく、仮定の重ならない(ズレる)範囲のほうが潜在的であり、また潜在的であるゆえに実在的なのだと、ぼくならいいかえる。これがいわばぼくの換喩詩学の根幹にある世界把握だ。さて入不二くんの意見をきこう。

《排中律を介して透かし見える、この「全一的で潜在的でもある全体」とは、何なのだろうか。それは、「現実」である。というのも、現実こそ、その外部が原理的にありえない「それが全てでそれしかない」ものであり、現実こそ、ありありと現れているもの(現前するもの)だけではなく、現に働いているが顕わにならないものまで含む全体だからである》(連載第三回、傍点省略)。

入不二くんは、排中律を現実認識の根幹に置くことに以下のように疑義も呈する。《この「Pではない」という「欠如」は、二重の欠落によって成り立っている。一つは「Pの欠落」であり、もう一つはP以外のものによる充実をカッコに入れて無視する「関心の欠落」である。「Pの欠落」とは、「P」が成立していない(欠けている)ことであり、実は「QまたはRまたはSまたは……」によって欠落は埋まっているにもかかわらず、その充実を棚上げにして関心の外に置くこと(無関心)である》(連載第四回、傍点省略)。

ひとは排中律的な思考方法をとることもあれば、なにか厳密な抽象性をかんじそれを忌避することも経験的にはあるだろう。たとえば措定Pを「私」としたとき、非Pは私を減算した「全」空間となり、P+非Pの「全」と、非Pの暫定的な「全」の差異が、卑小な「私」でしかないことを同一律のもつバカらしさともわらうからだ。むろん「全」空間は、刻々と移動してしか実際は把握できない「なにか」にすぎない。

ところがそのような未踏領域は、それを「欠如」というか「空白」というかで、意味合いをかえる。入不二くんが例にだすのはリング型のドーナツ。みためにドーナツは穴状の欠落をもっているが、それは、「ドーナツがない」という欠如型の認識もうめば、「穴がある」という空白型の認識もうむ。ぼくのメランコリー論でいうなら、「喪失」とは同時に「喪失を獲得すること」であり、結局は「喪失」と「獲得」が相互溶融して心の容積をつくってしまうことがメランコリーの原資となるということがあるし、また詩的にいえばドーナツを食べることの本義は、ドーナツそれ自体ではなく、ドーナツの内側の欠落を食べることでもある。

入不二くんの立論のすごいところは、世界の潜勢態(可能性)はそれが主観にとって未経験であるかぎり、《「欠如」と「空白」という二種類の「無」が互いに異なりつつ協働することを、排中律は教えてくれる》(連載第四回)とすることだ。それ自体が「まだない」ことと、無関心によって対象化されていないことは相互に織り込まれて、これら「欠如」と「空白」がかさなったときに、ある「厚み」を形成するといっているのだ。つまり一見すると、「無」+「無」の足し算が「有」になる逆転があるとおもえる。次に引く第四回の最後の入不二くんの文章は、おそろしい透徹に達している。とりわけ最終段落の詩性は只事ではない。



観念論側から、実在論側へとはみ出るものが一つある。それは、空白についての「思考」である。「空白は経験することができない」とは、経験の範囲内に登場しないものとして、「空白」を思考できているから言えることである。この「思考」自体は、見たり聞いたり等の「経験」からは、はみ出さざるをえない。そうでないと「空白」もまた「思考=経験できる」ものになってしまう。この「思考」は、観念論的な「経験」の範囲からはみ出して、実在論側へと接近する。

しかし、その「思考」は、実在論側からすると、むしろ逆に観念論側に一歩接近したものに見える。というのも、現実は端的にベタであって、「空白」をいったん思考したうえで無いものとするという「思考の手順」自体が、余計なものだからである。現実は、そのような「思考」からも無縁なのである。こうして、「思考」は、実在論側からも、余計なものとしてはみ出して、観念論側へと接近する。

空白についての「思考」は、どちら側から見てもあちら側に見えるという「中間性」を帯びている。これが、「空白の非存在」をめぐる「厚み」の発生である。

(改行単位を、行空白を挟んだ段落単位とした。傍点省略)



こうして「中間性」が登場した。ぼくなら中間性を組成上の混淆や溶融にみとめて物質としてあつかうところだが、入不二くんのそれは位相学的で、定義の回転性であり、空白のいわば活性材料なのだった。もうここでわかる。たぶん中間性が経験を分岐する場に参入することがいわば「運命」の産出であって、このとき主観と対象(場)に本質的な弁別ができず、主観も場もそれ自体だというしかなくなるのではないか。それが、排中律がぎりぎりまで諸関係を研ぎながら、ついにそれが失効することで、能動が生ずる非「議論領域」へと転じてゆく。それで世界の潜在性の肯定が、「運命論」をたちあげることと同時的になってゆく。もんだいは、世界の潜在性と「運命」がおなじ場をかさねていて、そのおなじ場とはさらに隣接関係の束だということではないか。

連載第六回以降から、とうぜん入不二くんの主フィールド「時間論」が導入されてきて、過去は変改できないという宿命論の硬直から離れるために、「時間の等質的な推移」と「時制的な視点移動」が相互によって規定されてゆくような「中間性」が掘り起こされはじめる。偶然と必然との差異はなにか。アリストテレスの運命論批判はそこに排中律を導入し、「現実的な必然性」が他の偶然性を廃棄したことに負っている様相に照明をあてるが、もんだいはそれを未来時制にも導入できるかどうかだ。ここで満を持して、「海戦が明日あるだろう/あるいは明日あらぬだろう」の二項は(それが「全」をなすゆえに)「必然」である、というアリストテレスのかんがえが審問に付される。海戦は明日、「ある」か「ない」のどちらかだということは明日に判明するのだから、適用されている排中律も意義をもっているが、もんだいは、海戦があることの「真」と、海戦がないことの「真」が、海戦の生起の事実以外に「排中律」をつくりあげている点に「偽」があるということだ――と。

この点を入不二くんがどのように捉えているだろうか。《しかし、この運命論批判は、ほんとうに成功しているのだろうか。批判は成功していないだろうと、私は考えている。失敗の原因は、必然性・排中律が「論理」だけではなく「現実」をも巻き込んで働くことを、十分に捉え切れていないことにある。また運命論側の「時間の等質的な推移」+「時制的な視点移動」という考え方に対して、批判的な視線を投げかけていないことも、原因であると考えられる》(第七回)。

以後の展開は、そのさきの連載での、入不二くんの文章に注視することにしよう。入不二くんは高度に抽象的な哲学者だが、この連載が「われわれがわるいから罰をうけた」といった心理的な因果論から、世界を再起動させるものとして運命論を分離したいという意図をもっている点は第一回連載の行間ににじんでいて、むろんそこには東日本大震災と原発事故にたいする想起があるにちがいない。このとき連載タイトル、「あるようになり、なるようになる」がぼくには不思議なひびきをもっているようにみえる。親鸞的にいえば「あるようにある」とは「自然〔じねん〕」であり、「なるようになる」とは「他力」だからだ。連載は総計数を何回に設定しているのかわからないが、仏教思想のほうにやがて肉薄してゆく目算があるのだろうか。

昨日アップしたぼくの詩篇「ひるまごえ」は、中間域をわたるときの「厚み」の感覚が、身体にどのように「充実」するかを主題にしたもので、むろんこの入不二くんの連載を読んでの感銘が化身したものだった(第六回めまでを読んだとき、中断して詩作した)。そこに赤尾兜子の超絶句《野蒜摘み八岐〔やまた〕に別れゆきし日も》をかさね、全体をさらに「中間化」した。中間に参入して、「べつの」中間を分泌してゆくのはいわば詩的書記の「運命」で、そのとき記述と心情が等分に曖昧化することで、心情がみたことのないものになるのではないかを賭けてみたのだった。
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【2013年4月7日記】

◎ 2013年4月7日(日) 「新入生歓迎会/skレスリング練習」
・ 昨日の土曜日から新年度の授業開始。
・ 授業後の夕刻6時半より、うすけぼー南青山店での青学レスリング部新入生歓迎会に呼んでいただいて出席。新一年生6人をOBたちが激励し迎え入れる、楽しい会。
・ 先日ここに記した(スポーツ推薦ではない)一般学生で、レスリング初心者の新入部員である小宮山君とも、話すことができた。金曜日の初回の練習では、アップだけで吐きそうになったと彼は語っていた。しかし、かなりの総合格闘技ファンで、(受験が終わったら大好きな格闘技をやるぞという)満を持してのレスリング部入部だと語っていて、この先が楽しみである。OBたちのあいだでは、「入不二先生の初勝利と、小宮山君の初勝利とどっちが先になるか・・・」なんていう話題も話されていた。答は、当然「小宮山君」だと思われるが、彼の成長に抜かれる日を、なるべく延ばすべく私も頑張りたい。

・ 本日の朝、8:30〜10:30はskレスリングの日曜朝練習に参加。

・ アップでやった、(反復横跳びの拡大バージョンのように)両端の壁の間をサイドステップで左右移動する運動と、それを前後移動でやる運動と、さらにその後のダッシュがきつかった。
・ アップ後に少々調子が悪くなって、その後の打ち込みのあいだ半分くらい休憩する。
・ 打ち込み後、組み手争いの練習の中で習った技が、「一方の手で相手の手首を取り、もう一方の手で首の後を取って(要するに collar tie)、手首を引いて落とし気味に崩して(首の方は押さえたまま)手首を取っていた方の手で、相手の足首をピックして相手を転倒させる」というもの。こういう技は、手が長いと有利だなぁ。
・ もう一つ技の練習でやったのが、「タックル切りからのクォーター・ネルソン」。こちらは、私の得意技(?)なので、けっこううまくできる。クラッチを組んだ後、首を押さえた方の手を伸ばして相手の顎にかけて、横を向かせるように力を加えると、さらに効果的になる。
・ スパーリングは、富川さん・北さん(でかい!)・小野寺さんと。最後の補強運動は、今日は「腹筋」。
・ 「腹筋」といえば、ジムの腹筋台で、足を90度に曲げて上げたままのスタイルで、正面50回×2セット、左右斜め50回×2セット、さらに足の上下運動で50回×1セットを先日やった。合わせてだけど、250回!
【2013年4月7日記】

◎ 2013年4月4日(木) 「楽しみが一つ増えた」
・ 以下、青学レスリング部3年の河本君との、ツイッターでの会話。

(河本君):どーせ一般で入ってきた生徒がレスリングなんて過酷で辛いスポーツやるわけないわなと、募集すらかけてなかった我が部ですが、『レスリングかっこいいんでやりたいです!』という奇跡の新入生がまさかまさかの即決で入部!(笑)すげー。
(入不二):おっー!イイね。
(河本君):わざわざきてくれて、即決でした。入る気で来てくれたようです。ちょうど入不ニ先生と体重は同じくらいなので、一緒に切磋琢磨してあげてください!
(入不二):わぁお!それは楽しみだなぁ。来週はまた参加したいので、その彼にもよろしくお伝えください。
(河本君):了解致しました。それまでに構えとタックルくらいは教えておきます。お待ちしております。

・ これは、楽しみが一つ増えた。新入部員の彼には、ぜひ頑張って続けてもらいたいなぁ。対戦する機会もありそうだし。
・ 青学レスリング部にも、今までにない新たな刺激になって、いいことではないだろうか。
・ 2年の高木君も、「レスリング部に新しい子入ってきた。初心者だって。大学から始めるってすごいな♪」とつぶやいている。
【2013年4月4日記】

◎ 2013年4月2日(火) 「希少姓」
・ 新年度の始めは何かと自己紹介することが多いわけだが、私の自己紹介における「定番」は、当然(?)「入不二」という名字ネタである。
・ この名字ネタを、もっとも長くすると「「さとり」と「おおぼけ」は紙一重」(『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収)という話しになって、90分の授業ができる。
・ この名字ネタの最も短いバージョンは、「入り口の「入」、不思議や不可能の「不」、漢数字の「二」の三文字で入不二です。検索サイト(全国の名字)によると、入不二という姓は、世帯数5で、順位が64300位という稀少姓です」というもの。
・ この検索サイトで、「世帯数1」で「順位が90200」という、最高に(?)珍しい姓を見つけた。それは、「十(もぎき)」という姓。
・ 正確には、「十」ではなくて、二画目の縦棒がはねたらしい。
・ 「木」の字から、その払いの部分が取れた「もげた木」からの読みのようで、神が宿る聖なる神木を表すという説もあるそうだ。
・ 上には上があるというか、すごい名字である。
【2013年4月2日記】

◎ 2013年3月31日(日) 「cogito研究会」
・ 久しぶりのcogito研究会を、学士会館にて午後1時から6時まで。
・ 1時〜2時半は、植村恒一郎さんの発表「存在論的証明におけるアンセルムスとガウニロの論争」で、2時40分〜6時は、著者参加で永井均著『ウィトゲンシュタインの誤診――『青色本』を掘り崩す』(ナカニシヤ出版)の合評会。
・ 植村さんの発表では、二種類のレジュメ「永井均:なぜ世界は存在するのか」と「デカルトの先駆・「コギト」の前哨戦―アンセルムスにおける神の「存在論的証明」」が配布される。後者は植村さんの授業で配布されるものらしく、簡潔かつ適切なレジュメで、授業の面白さを予想させてくれる。
・ 永井本の合評会の質問者は、以下の通り(発表順)。壁谷彰慶さん・本多肇さん・石田恵理さん・野村智清さん・荒武裕一郎さん。
・ 私自身は司会者であったが、W=Nの「論理的」と同様に「同一律(トートロジー)」を形而上学よりに読む可能性についてや、野村さんの「独他」の話を<私>における「私」消去の方向で読めることについて等をコメント。
・ 研究会終了後は、6時〜8時半:いつもの中華料理のお店で夕食。そのあと数名にて10時半まで山の上ホテルのバーで雑談を継続。
・ 永井均さん・青山拓央さんと私の3人の話での中心的話題は「瞑想修業」のことで、その他としては(永井的思考実験を更に進めた先で見えてくる)統覚無きリアリティ・アクチュアリティ=汎神論的な神という話(とその哀しみ)について等。
・ 塩谷賢さんと私の2人の話の中では、レスリングと性行為の比較になって、突然の偶然の出会いとは違った、反復の中でそのつど醸成される新しさの継続という点でのアナロジー等について話す。
【2013年4月1日記】

◎ 2013年3月30日(土) 「少人数での練習」
・ 17:00〜19:00のskアカデミーレスリング練習に参加。指導は人見コーチ。
・ 本日は、参加者が少なめで、最初は人見コーチ・私・中一女子の3名で、そのあと木村コーチ・丸山さん・薮井さんが加わって6名。
・ 人数が少ないおかげで、打ち込み→組み手を中心とした更なる打ち込み→スタンディングのみのスパー→寝技→スパーリングというメニューにおいて、すべてにわたって人見コーチに相手をしてもらえたのがよかった。
・ しかし、人数が少ないと、すぐに順番が回ってきて休む暇がないので疲れる。
・ 人見コーチとのスタンディングのみのスパーの後に、それを見ていた木村コーチから、片足を取って尻餅をつかせたあとの処理の仕方と、相手のアンダーフックにオーバーフックで対応している時にもう一方の手で相手の手首を取ることの大切さを、実地で復習指導してもらった。
・ レスリングを始めて比較的日の浅い、丸山さん(32歳)が相手の時は、私でも2分のあいだに複数回フォールを奪うことができるが、相手が人見コーチだとその立場がちょうど「逆」になって簡単にフォールされてしまう。
・ 撮影者の人見コーチとすでに着替えに行っていた丸山さんは写っていないので、写真は4名のみ。

【2013年3月31日記】

◎ 2013年3月29日(金) 「20年前」
・ ツイッターで、「10年前の駿台3号館にて 入不二先生(手前)と霜先生(奥) この霜先生の若さねw」という発言とともに、この写真がリツイートされていた(現役の駿台生たち?)。

・「(10年前ではなくて)20年前ね!」と私が訂正を入れて流したら、まさにこの写真の最終講義セレモニーの教室にいた、昔の駿台生・中田さんから返信をもらった。
・ 以下、そのやりとり。
(中田さん)「この現場にいました! 先生方お世話になりました!」
(入不二)「中田さん、こんにちは。あの頃駿台で教えた経験は、私の宝物です。」
(中田さん)「ご無沙汰しております。私にも宝物です! 先生に教わった皆がそうだと思います。お世話になりました。来年のマスターズは応援に行きます!」
・ 嬉しかった。もう彼ら・彼女らも40歳になる(なった)頃なんだなぁ。
【2013年3月29日記】

◎ 2013年3月27日(水) 「朝練/お別れのデート」
・ 大学レスリング部の朝練に参加。
・ 自主的にアップ→打ち込み(5分X2)→スパーリング(私は2分×3を間をおいて2セット)→自由練習。いつものように、仲上君がすべて相手をしてくれた。
・ スパーで、相手の飛行機投げをうまく堪えて、さらに潰して仰向けにできそうになってしめたと思ったら、仲上君はその仰向けに近い状態のままで、どんどん足を使った前進(仲上君自身にとっては後進)で、逆に私が押されてひっくり返されてしまった。
・ その姿―すなわち、後に反っくり返ったまま足の運びによってすばやく後進し、私を押し返す姿―は、まるで「虫」か何かがザザザザ・・・と地面をすばやく這う姿を連想させるようで、その見事な所作に、私はやられながらも「ホーッ」と感心してしまった。
・ スパーの後の自由練習では、組み手争いをしながら、右足に低い片足タックルに入ってもらって、それに対応する練習を繰り返す。回り込もうとする相手に対して、正面で対応できるように反応することが大事だなと教えられた。
・ 練習終了後、30分ほど筋トレをして、10時半頃に終了。

・ 午後15:00〜16:30は、オープン・カレッジの最終回。大学の授業と同じ水準のことを手加減しないで話したのだが、みなさん満足していただけたようだった。
・ 17:00〜19時すぎまで、cafe Madu(カフェ マディ)で、加藤美沙さんとお茶(お別れのデート)。
・ かつて私の哲学演習にも出席していた(つまり教え子でもある)加藤さんは、3年間心理学科で副手を務めたが、めでたく目標としていた道に進むことになり、今年度で退職。
・ 教え子であることに加えて、彼女は、大学レスリング部で練習している私の姿を参観しに来た「ただ一人」でもある。
・ 私と加藤さんの共通点ゆえ、二人で話すといつもそうなるのだが、普通はなかなかしないレベルの「突っ込んだ話」を2時間たっぷりと。
・ 彼女のいいところは、ナチュラルな美人であることをベースとして、そこに「おじさん的要素」と「体育会系女子の風味」とその「一歩踏み込んだ話ができる」という点が加わることでできている、という話しを私の加藤評として伝える。
・ 写真は、カフェマディから見える桜と加藤さんとのツーショット。
 
【2013年3月27日記】



◎ 2013年3月25日(月) 「思春期の記憶」
・ 昨日叔父さん夫妻と会食しおしゃべりしたために、忘れていた(あるいは知らなかった)思春期の頃のエピソードや家族に関わる記憶が、強烈に戻ってきた。
・ 叔母さん(叔父さんの奥さん)が語ってくれた私の中学生の頃と高校生の頃の二つの話は、前者は忘れていたこと、後者は知らなかったことだった。
・ (1)叔母さんは、まだ中学生なのに私が『波』(新潮社のPR誌)を愛読していることに、当時とても驚いたそうだ。
・ おそらく安部公房の文章(連載)を読むために購読していたことを思い出した。漠然と将来は「物書き」になりたいと思っていた中学生だったので、『波』などに掲載された文章をそういう類の人たちの文章として愛読していた感触も思い出した。
・ 「物書き」にはなれなかったが、いま同系統小冊子の『本』(講談社)の連載を担当しているのだから、その頃の思いはある程度は実現したことになるということか。
・ (2)叔母さんが語ってくれた第二の「知らなかったこと」は、私が高校生だった頃の、母(叔母さんとしては義理の姉)の或る振る舞いに関してだった。
・ あるとき、私の部屋の机の引き出しから、母は或る写真を取り出してきて(高校生の息子の机を勝手に開けるなよ!)、叔母さんに憤慨しつつ見せたそうだ。
・ それは、私と当時つき合っていた彼女(といっても今の妻だが)のツーショット(湘南高校の文化祭にて)で、まったくの「非歓迎」いや「怒り」の雰囲気で「こんなけしからん交際をしている!」と母は叔母さんにその写真を見せたそうだ。だから叔母さんは、私の妻を、実際に会うよりもずっと以前に写真で知っていたことになる。
・ その写真は、↓である可能性大。

・ 私の中学校での「男女交際」に関しても、母は極度に非寛容だった。彼女(これは今の妻とは別の女の子)と二人で記念に買った(一つを二つに分割した)ハート型のペンダントをしているのが(風呂にはいるときに)母に見つかって、引きちぎられたこともあった。
・ たしかに、当時の中学生にしては(今なら大した度合いではないが)、けっこう「進んだ」(というか性的好奇心旺盛な)つき合いをしていて、夜の公園でのデートとかが「補導員」に見つかって学校に連絡されたことなどもあったので、親は私の「男女交際」問題に関して、かなり過敏になっていたのだろう。
・ でも、その中学・高校と続く私の「恋愛体質」あるいは「いささか早熟な性的好奇心」は、明らかに父親の系統から来たものではなく、母親とその父の系統から受け継がれたものだったと思う。いや、だからこそ、母親は私の思春期の恋愛に過敏だったのだとも言える。
・ 昨日は、一人の女性としての母親のエロスや自我の問題を、私がどう捉えているか(どう捉えてきたか)も、叔父さん夫妻に語った。
【2013年3月25日記】

◎ 2013年3月23日(土)・24日(日) 「土曜練習/飲み会/青山クラブ」
・ 23日土曜日17:00〜19:00は、skのレスリング練習。指導は人見コーチ。
・ 打ち込み→タックル切りの練習→スタンドのみのスパー→寝技練習→人見コーチ得意の寝技のレクチャー→技研→スパーリング
・ 人見コーチ得意のあの寝技は、何という名前なのだろう?腹ばいになった相手の右足を取ってリフトアップすることで斜め前方(左肩方向)へプレッシャーをかけ、そのプレッシャーに耐えるために張ってくる相手の腕をとりつつ、相手の左足大腿部に差し込んだ自分のつま先を利用しつつ相手をひっくり返す技。うまく行くと力をあまり使わずにひっくり返すことができて、「お得感のある」技。

・ 練習後は、新宿西口の「元気回復堂」で飲み会。
・ 今回は、練習仲間の木村さんの結婚祝いを兼ねての飲み会で、奥さんの「元プロボクサー」も参加。
・ いつものことながら、コーチどうしのレスリング談義を聞くのは楽しく、酔った木村コーチが熱く語り出した「反復の中でこそ無意識の自己修正が行われて合理的な形へと接近する」という持論が興味深かった。

・ 24日日曜日の夜は、母方の叔父さん夫妻と私と妻の4人で、東京ガス 青山クラブにて夕食。会社の接待などで使う施設で、広々とした個室にて食事とおしゃべりを堪能できた。
・ 叔父さんは、東大紛争の頃に法学部生だったが、もし「いのちき」(大分弁で「食い繋いで行くこと、その為の仕事」)と関係なしに選ぶならば、哲学や文学をやりたかったと語っていた。定年後の今も英語の哲学書なども読み続けていて、だからこそ、私の書いた本にも興味を持ってくれるし、帰りがけに私の個人研究室に寄ったときには書架の本をくまなく点検していた。
・ 叔父さんの定年後の今も発する知的好奇心や欲求は、私自身にとってけっこう古い記憶に属するものである。というのも、私は自分の幼稚園・小学校・中学校・高校の頃を通して、叔父さんの(地方の高校の秀才から東大法学部生になっていく頃の)読書体験の中にあった何冊もの本をもらい受けて、それを「追読書する」という経験をしていたからである。
・ 私が子供の頃から今に至るまで、自分の母・父(叔父さんにとっての姉と義理の兄)に関して、どのような捉え方をしてきたかを、そんな叔父さん夫妻を相手に語る。
・ 自分の親についてそんな角度から俯瞰するように語る私の語りに、叔父さんも違和を感じたかもしれないが、それでもこの種の語りを親戚とできる体験は、なかなか貴重である。


【2013年3月24日記】

◎ 2013年3月23日(土) 「卒業パーティ・謝恩会の写真/自宅前の桜」
・ 卒業パーティ風景


・ 卒業パーティにて、同僚・卒業生と


・ 謝恩会にて、卒業生(哲学演習メンバー)と


・ 自宅玄関前の桜

【2013年3月23日記】


◎ 2013年3月20日(水) 「新一年生とも対面」
・ 一年生歓迎球技大会後のマット練習から、レスリング部の朝練に参加。
・ 5名の新一年生とも、練習後に対面して挨拶。身体はゴツイが、まだ初々しい。
・ 久しぶりに、仲上君にずっと相手をしてもらって、打ち込みと技術練習。
・ 特に、組み手・崩しと、このあいだskアカデミーでやったがぶりからの牛殺しと、股裂きなどの寝技をいくつか。
・ 形を練習した後に、8割程度守ってもらうとなかなか極まらないが、「そういう風に逃げるのか・守るのか」と納得させられて勉強になる。
・ 股裂きのときに、松田君から言われたように「つま先でマットを蹴って(斜め前へ飛ぶ)」というのを意識すると、かなり効く(痛そう)。
・ 松田君は(田中君とともに)一ヶ月間イランへレスリング修業に行って帰ってきたところで、色々と話を聞かせてくれた。素晴らしい体験を積んできたようだ。
【2013年3月20日記】

◎ 2013年3月19日(火) 「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺 連載第9回」
・ 昨日は、青山学院大学心理学科の卒業パーティと謝恩会。
・ 謝恩会でした私のスピーチ内の「何者でもない/何者かである」というネタが、「呪文」のように働いて(遠藤健治先生の表現)、私の後にしゃべった他の教員たちにも「伝染」。
・ 同僚の薬師神玲子先生と話していて、「理系女子」のさらに底に「哲学女子」の顔があることを発見。

・ 講談社PR誌『本』2013年4月号が届く。
・ 私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第9回「運命論側の不完全さ」。
・ 前回アリストテレスによる運命論批判が、どのように「的を外しているか」を考察したのに対して、今回は逆に、運命論側が、いかなる不完全さを抱えているかを考察。
・ 今月号では、川上未映子さんの文章が隣の隣に載っている。

【2013年3月19日記】

◎ 2013年3月17日(日) 「skアカデミー朝練習」
・ 朝8時半〜10時半のレスリング練習に参加。指導は野村コーチ。

・ いつものように、ジョグ(もも上げ・ジャンプ・サイドステップ・棒ジャンプ・棒くぐり等を加えながら)で始まり → 体操 → マット運動(前転後転・開脚前転後転・伸脚前転後転・倒立前転後転・ネックスプリング・ヘッドスプリング・ワニ歩き・横に進むカニ歩き・大うさぎ・片足斜め跳び静止前進) → 馬跳び・股くぐり・相手うつぶせ左右ジャンプ・相手大の字脚部サイドステップ・相手大の字前後ステップ → 柔軟(ストレッチ)。ここまで30分くらいの準備運動。
・ その後、打ち込み → 技術練習(がぶりからの牛殺しとがぶり返し) → がぶりからの攻防のドリル → 30秒ごとに攻守交代制で1分のスタンドのみのスパー → 寝技の打ち込み → 寝技のドリル → スパーリング → 補強運動(腕立て伏せ:普通30・広め10・狭め10・引き10)。これで1時間半強。
・ 「がぶりからの牛殺し」というネーミングは物々しいが、英語だと"Cow catcher - whip - pancake from front head lock"と言っているようだ。どちらにしても「牛」が入っているが。
・ 私がこの種の技(動き)が好きなことを、野村コーチはよくご存知で、練習中に「入不二さん、この技得意でしょ!」と言ってもらう。得意というのはおこがましいにしても、好きなことは確か。
・ 寝技の練習のときに、ハーフネルソン、そしてクロスフェイスからの腕取り・腕引き・表返しについて、インターナショナルスクールコーチの薮井さんからアドバイスをもらってその通りにやってみると、前よりタイトになってよくなる。アドバイスが明晰。
・ 研究室の引っ越し疲れもあるのか、帰宅後の疲労感が大きく、目の下にクマができていてゲッソリしていると妻に言われる。
【2013年3月17日記】

◎ 2013年3月15日(金)・16日(土) 「新研究室」
・ 15日(金)の10時から業者が来て、旧研究室から新研究室への引っ越し。
・ 16日(土)の午前中、残った作業も片づけて、引っ越し完了。
・ 写真が、研究室のある総研ビルとその8階にある私の個人研究室。
・ 研究室の広さは、山口大学時代の半分程度しかないが、表参道駅から5分の立地であることを考えれば、狭いのも仕方がない。
 
【2013年3月16日記】

◎ 2013年3月13日(水) 「レスリング部朝練/カルチャー講座雑感」
・ 5時起床、7時半に大学レスリング場に到着・自主的にアップ、8時〜10時マット練習、終了後30分ほどトレーニングルームで筋トレ。
・ 昼食後、ラックごとパソコンを新しい研究室に運んだりして、明後日の研究室引っ越しの準備。
・ 午後3時〜4時半大学のオープンカレッジの授業。

・ 仲上君が皮膚病で接触できないため、本日も高木君と境君に打ち込みとスパーの相手をしてもらう。
・ 打ち込み(5分×3)の3本目は、30秒攻め続けて攻守を交代するタイプでやる。
・ スパーのときには、横で仲上君に見ていてもらって、後でコメントをしてもらう。「動きが悪いですねぇ〜」と言われてしまう(T_T)
・ 相手のタイプの違いとそれに応じたこちらの戦い方というようなことを、仲上君にも境君にも指摘される。まるで、大学生の家庭教師の高度な教え方に、できの悪い中学生が困惑しているかのような風景だ。
・ スパー後に、寝技の勝ち残り戦と技術練習。
・ 試してみたい寝技の新技(動画で見たもの)があったので、石川君に相手をしてもらって試してみる。石川君には、使えそうですね、と言ってもらえた。

・ 大学の授業はない期間なのに、朝日カルチャーセンターの授業と大学のオープンカレッジの授業があって、切れ目がない感じが年々強まっている。
・ 月曜日夜の朝カル授業後に、いつものように常連さんたちとお茶会。
・ 何年も続いている講座なので、初めて参加する新規の会員とコアな常連会員をいっしょにして演習形式でやるのが、かなり困難(あるいは弊害)になってきている。私の方から、そろそろ講座をやめる潮時かも、という提案もする。
・ 大学の方のオープンカレッジの講座は、今回が初めて。こちらは、平日の昼間なので、朝カルの場合とは違って「勤め人」は参加しづらいはず。青学卒業生が半分くらいいて、圧倒的に女性が多く、しかも50代・60代・70代が多い。
・ 2回の授業が終わって強く感じるのは、中年・老年世代における男性と女性の表情とことばの差。
・ 概ね、その年齢層の男性は無表情に授業を聴いていて、こちらの問いかけにも多くを語らない。
・ 一方、(その年齢層に限らず)女性はこちらと視線が合うと表情を変えるし、話しの内容に応じて頷いたり等のリアクションも多く、語りたそうな雰囲気を醸し出している。
・ 本当はどうかは分からないが、女性達の方が授業を受けていることが楽しそうに見える。
【2013年3月13日記】

◎ 2013年3月10日(日) 「いわゆる“ヘソで投げる”」
・ 朝8:30〜10:30は、skアカデミーのレスリング練習。指導は野村コーチ。

・ アップでは、「馬跳び股くぐりの反復」と「8の字を描く股くぐり」+「大の字に寝た相手の足と腕を跨いでの前後するステップ」をやる。
・ 打ち込みの後の技術練習では、「フェイントを入れてから引き落として、がぶりまで」と「がぶり返し二種類」を集中的に練習。
・ フェイントがうまく入って相手が足を引くと、スペースができるし、いったん下がった足は居着いているし、引き落としやすい。
・ 斜め後方に投げるがぶり返しの注意点を説明する中で、“ヘソで投げる”という懐かしい表現が使われていた。なぜ「懐かしい」かは、プロレスファンだった人には分かるはず。
・ 昔、ルー・テーズのバックドロップを形容するときに“ヘソで投げる”という表現が使われていた。これは、ルー・テーズ自身が言ったのではなくて、日本人が説明用に編み出した表現らしい。
・ 「腕の力で引っこ抜くように投げるのではなく、背筋の力を利用して、ブリッジするように腰のバネで投げる」ということを、力の仮想の集中点をヘソに見い出して縮約表現した、面白い言い回しである。
・ たしかに、縦回転のがぶり返し(斜め後方に投げるタイプ)においても、同じことが言える。しかし、私は後方に返そうとするときに、背中が丸まったままで、うまく反れていない(背筋をうまく使えていない)。
・ 最後は、寝技のスパーリングと通常のスパーリング。
・ スパーリング中、横回転のがぶり返しをきめた時に、両ふくらはぎが痙りそうになるが、なんとか最後まで継続。
・ 疲れてしまって、帰宅後は午睡。
【2013年3月10日記】

◎ 2013年3月9日(土) 「Tutiya fest(土屋俊先生の還暦をお祝いする会)/私のコメント備忘メモ」
・ 会場(如水会館)の入り口で、ちょうど到着した今日の主役・土屋さんと遭遇。メールのやり取りを別にすれば、10年以上ぶりだねというやり取り。
・ 本日のプログラムは以下の通り。

プログラム:(敬称略)
第I部:シンポジウム「土屋学」の航跡と進路:言語・哲学・テクノロジー
15:00 開会、趣旨説明(司会:大谷卓史(吉備国際大学))
15:05 「土屋学」の航跡と進路1:テクノロジーと哲学(各発表15分)
(司会:伝康晴(千葉大学))
認知科学(AIの哲学):橋田浩一(産業技術総合研究所)
対話研究:石崎雅人(東京大学)
インターネット:小野成志(武蔵大学)
図書館:竹内比呂也(千葉大学)
16:05 「土屋学」の航跡と進路2:「約束破りの倫理と論理」の行方
(司会と趣旨説明:村上祐子(東北大学))
登壇者:
土屋俊(大学評価・学位授与機構)
山田友幸(北海道大学)
奥田太郎(南山大学)
16:55 土屋先生御挨拶・コメント
17:00 閉会

第II部:懇親会
開会の辞(司会)
乾杯あいさつ:中島秀之(公立はこだて未来大学)
「写真で振り返る土屋先生の歩み」
時間論・「私」論の観点から土屋先生の歩みにコメント:入不二基義(青山学院大学)
祝辞:鈴木浩之(パナソニック)、尾城孝一(国立情報学研究所)、安東孝二(mohka)、芳賀高洋(岐阜聖徳学園大学)、市村櫻子(国立女性教育会館 )、さんどゆみこ(くろしお出版)ほか。
教え子祝辞:小磯花絵(国立国語研究所)、屋宜克治、武藤健志(トップスタジオ)と仲間たち
土屋先生が採用した「個性的」研究者たちの弁:岡ノ谷一夫、金沢誠、伝康晴、松香敏彦、牛谷智一、塩谷賢、斎藤憲
お祝いの言葉紹介(メールその他のメッセージ紹介)
記念品贈呈
閉会の辞


・ 私のコメントは、(昨日つらつら考えはしたが)原稿を用意したわけではなく、その場で即興に近い形で喋ったので、忘れないうちにここにメモしておこう。

1.スライド内のキャプション「私はあるとき子供だった」「私はあるとき生徒だった」・・・について。
 私が最初に見たスライドでは「私はかつて子供だった」「私はかつて生徒だった」・・・というように「かつて」で書かれていた。
それが最終バージョンでは「あるとき」に変更された。この違いは何だろう?
「かつて」で述べた方が、「今」との情緒的なつながりが強く、物語性が強くなる。
「あるとき」の方が、その辺りが抑制されていて、土屋さんに相応しい。

2. 中立的・非人称的な「私」について
 最初の方の子供の頃・生徒の頃の写真は、いかにも「昭和のガキ・子供」という感じで、それはやはり昭和に子供時代を過ごした「私」の写真であっても全然おかしくない。
また、「私」もあるとき学生だったし、「私」もあるときスタンフォードにいた。
このように写真を見ている場合、「私はあるとき・・・」の「私」は、パースペクティヴの視点(誰でもそこに立てばそう見える)と同じように、中立的・非人称的である。

3. 非B系列
 スライドの後半は、時系列で並んでいない。B系列的な順序が前後逆転するだけでなく、一スライド(B系列的な一項目)の中にツイッターのTLが登場して時間の流れを感じさせたり、
一スライド(B系列的な一項目)の中にカレンダー(B系列の典型)が登場したりして、幼い頃の写真のように「整然」としていない。
この「混乱」「重層」「入れ子」等が生じた非B系列的な時間の形こそ、(まだ「昔」になっていない)比較的直近の時間に相応しいように思える。近いところの時間は、散らかったり混乱したりしている。

4. スライドの最後の「私は今ここにいる」について
 スライド最後の「私は今ここにいる」は、「発話者は発話時点で発話場所にいる」という意味でも、「土屋俊は2013年3月9日に如水会館の3Fにいる」という意味でもない。
むしろ、無限にいろいろな意味に開かれていて、いろいろなことを意味しうる。これまでの歩みの写真を提示した後という文脈に「わざわざ」置かれると、私は次のような意味を読み取ってしまう。
「私は今ここにいる」は、「今」のことよりも、むしろ「過去」や「未来」のことを伝えてしまうように思う。
「私は今ここにいる」は、「これまでの歩みと過去の蓄積」のことを思わせ、「これから、ここではないところへと向かう未来への志向性」を強く感じさせる。
土屋さんは、「今はここにいる」けれども、「これから、また違うところへと向けて進んでいくのだ」というように感じさせる。
70歳、80歳になっていく土屋さんが、どのような違うところへ進んで行くのかを楽しみにしたいと思う。

<言及し忘れたけれども、「私はあるとき(かつて)・・・だった」の「私」の方が中立的・非人称的で、そこに容易に立てる感じがするのに対して、
「私は今ここにいる」とわざわざ言われて、その「私」の過去の堆積と未来への志向性を強く感じさせられると、その「私」には容易に入り込めない。>
<言及し忘れたけれども、スライド内のコメントの「毎年、誕生日を迎えた」と「私は今ここにいる」を比較してみるのも面白い。>

【2013年3月9日】

◎ 2013年3月6日(水) 「朝練→引っ越し作業→オープンカレッジ」
・ 朝7時半過ぎに大学の地下マット場に着いて、自主的にアップをしながら待つ(みんなは7時から体育館でサッカー練習のアップをしているので)。
・ 仲上君が膝を痛打して練習ができないので、主に高木君に相手をしてもらう。高木君に聞いたところ、身長・体重が私とまったく同じ。
・ 打ち込み(5分×3)のあと、1分×3のスパーを3セット(高木君と2セット、境君と1セット)。
・ 技術練習のときに、高木君から「ツーオンワン→変形の飛行機投げ」を習って何度も試してみたが、なかなか難しい。

・ 学科研から台車を借りて、運べるものをいくつか、現研究室(5F)から新研究室(8F)へ運ぶ。
・ 書架は、5連のもの(1連7段)と4連のもの(1連7段)が左右の壁に入り、4連の書架がある側の壁には書類用のキャビネットが2つ置かれる予定。
・ デスクと4人用テーブルの配置は、気分転換も兼ねて現況とは変えるつもり。
・ 現研究室のある5Fには授業用の教室もあったが、8Fは研究室のみの階なので、静粛性は引っ越し先の方がよくなる。

・ 本日の午後は、青学のオープンカレッジの第一回目の授業。
・ 受講者は、24歳から75歳までいて、半分は青学の卒業生。
・ ちなみに、オープンカレッジの講演料は、朝日カルチャーセンターの2倍近いです!いいね!青学。でも大丈夫か?
【2013年3月6日記】

◎ 2013年3月3日(日) 「日曜の朝練習/合同誕生日会」
・ 8:30〜10:30は、skアカデミーでのレスリング練習。本日は、野村コーチの代わりに人見コーチ。

・ 人見コーチのアップの中には、「寝ている相手の足部分を左右にジャンプ、相手の足の開閉に合わせて自分の足を開閉させながらジャンプ、大の字になっている相手の足の間→手と足の間→手と頭の間をステップ前後移動」がほぼ必ず加わって、これがけっこうきつい。
・ 両足タックルの打ち込み(最後の打ち込みは、足から手を離さずにきちんとテイクダウンまで)→片足を取ったところからの攻防→スタンディングのみのスパー→けさ固めの攻防→ローリングのみの寝技→スパーリング。
・ スタンディングのみのスパーで、でかい人たちにも誘われてやってみるが、腕が太すぎて取ることすら困難だったり、腕が長くて片腕を取ろうとしても、もう一方の腕で簡単に突き離されてしまう。
・ けさ固めの攻防では、攻める側のときに腕まで固めるタイプを試してみてうまく行ったのと、守る側のときに一度だけ返すことができたのが収穫。
・ 最後のスパーリングでは、久しぶりに高田コーチにもお相手をしていただく。その肉体自体が「凶器」のような感じがして、二分間対峙するだけで疲労度が大きいが、それでも以前やったときよりも強くなっていると言っていただいた。また、上半身がうまく守れているときに、逆に下半身がお留守になっている場面が二度ほどあったことを指摘していただく。

・ 妻のお母さん・長男・妻の3人の誕生日が、3日・5日・7日と続くので、私・妻・次男と長男夫妻が、妻の実家に集まって合同の誕生日会(お寿司とお義母さんの手料理と長男の嫁が買ってきたケーキで祝う)。
・ 三男は、大学の「無人島研究会」の春合宿で、沖縄のギシップ島(無人島)に行っているので欠席。
・ 写真の背中を向けているのが、三男らしい。

【2013年3月4日記】

◎ 2013年2月28日(木) 「研究室を引っ越さなくてはいけなくなった」
・ 私の個人研究室がある5Fの用途変えのため、急きょ8Fの空いている研究室へ、引っ越さなくてはいけなくなった。
・ 昨日言い渡されて、3月半ばくらいをめどの引っ越し。嗚呼・・・。
・ 面倒だぁ〜〜!でもまぁ、青学に赴任して10年目に入るので、一回リセットという風に考えて、ちらかった本や書類を片付ける機会にするしかない。
・ 今日はこれから、青学会館のレストランフィリアで、心理学科の非常勤の先生たちを招いての「スタッフ懇親会」。
【2013年2月28日記】

◎ 2013年2月26日(火) 「職人技/手で触れつつ守る」
・ 午前中に、なかなか来ないなぁと思っていた、講談社『本』の連載第9回「運命論側の不完全さ」の初校のゲラが届く。
・ 今回は7行オーバー。もちろん、ワープロ上で字数・行数設定をして書いているのだが、それでも様々な要因から「はみ出し」が生じて行数が増えてしまう。
・ 私の場合、毎回1・2行〜3・4行のオーバーが普通で、それを初校で削るというスタイルが定着しつつある。
・ 7行というのは、これまでで最大の行数オーバーかな。内容を変えたり内容を一部削減したりせずに7行削るのが、腕の見せ所。どうやるか?
・ なるべく少ない字数(2字〜5字程度)の「はみ出し」で終わっている行を見つける。 → その行を含む段落内の表現で圧縮できる部分をさがして、はみ出し字数以上の字数を圧縮でかせぐ。 → これを7回繰り返すことで行を削っていって、最終的に7行減を実現する。
・ たとえば、4字(「できる。」)で構成されている行を見つけて、その行を含む段落内の「矛盾律としての読みを使うことができる。」を「矛盾律の読みができる。」に圧縮して8字減らして、一行を減らす。
・ このような作業を繰り返して、すばやく7行減らした初校を妻に見せたら、「職人技ね」と言われた(^_^)v 妻にほめられて喜んでいるようでは・・・・。
・ でも、こういう作業をなるべく短い時間で、しかもうまくこなすことは、「文章修業・トレーニング」の一つにもなりうるのでは?

・ 夕方16:00〜18:00は、大学レスリング部の練習に参加。
・ ボール当てのゲームで走り回ってアップの後、ストレッチをして、打ち込み。5分×3の打ち込みを仲上君と。
・ そのあとは、1分×3のスパー → 2分×3のスパー → (両差しを目指しての)差し合い → 補強あるいは技術練習 というメニュー。
・ 今回、4年生の送別会での発言通り(cf.2013年2月16日(土)・17日(日)「宴会2つ/久しぶりの日曜練習)、仲上君と1分×3のスパーをやったあと、2階級くらい大きい1年生の境君に1分×3のスパーの相手をしてもらう。
・ もちろん手加減しつつ相手をしてくれているのだが、それでもスタミナをとても消耗する。これからも機会があったら相手をしてもらうことで、もう少し何とかしたい。
・ 仲上君と2分×3のスパーをやっている最中に、自分の右手の甲側で右目を痛打して、激痛が走る。外れたコンタクトをはめ直した後も、目玉が痛くて見え方が変なので、結局2分スパーは2本でやめておく。
・ (両差しを目指しての)差し合いでは、高木君や亀井君にも相手をしてもらう。
・ 技術練習の時に、タックルの切り方とがぶり返しの際の手のクラッチの組み方について、仲上君と石川君にレクチャーしてもらいつつ試す。
・ その中で気づかされたのは、攻めるときには(組み手を意識して)手を出しているのに、守りになると手を有効に使えていないこと。
・ 「手で触れつつ守る」というアドバイスは、skの木村コーチの「手を触角のように使う」という発言と同じことを表しているのだな。
・ 写真の左、背中は太田監督。

【2013年2月26日記】

◎ 2013年2月25日(月) 「辻先生来訪」
・ 午前中は大学院入試の判定会議。
・ 山口から辻正二先生(山口大学名誉教授、保健医療経営大学教授)が出張のため東京に出てきていたので、青学正門にて待ち合わせて、久しぶりに旧交を温める。
・ お昼で利用したイタリアンのお店「ラ・フェニーチェ ワイワイ Trattoria La FeniceWaiWai」は、土曜日に大学院生の歓送会で利用したお店で、美味しかったしサービスもとてもよかったので、みんなが満足したお店。今度はランチでも利用してみた。お勧めです。骨董通り交差点にあるBerry cafeの地下に位置するお店です。
・ 昼食後、渋谷の羽當でお茶、池袋・東武百貨店レストラン街のお店で夕食、アンデルセンでお茶と移動して、お昼から夜9時までお喋りを続ける。辻先生としか話さないような「形而下的な話題」をたっぷりと堪能(人間関係の織りなす布置構造を描いていくような考察)。
【2013年2月26日記】

◎ 2013年2月24日(日) 「執筆不全/日曜の朝練習」
・ 会議・大学院入試・採点・修士論文発表会・大学院生の歓送会などが続いていて、なかなか執筆に集中できない。もっと書く時間が欲しい。
・ 「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」の、一度は書き上げた第12回以降の原稿を、さらにブラシュアップにするために、もう一度書き直しているところ。
・ 細切れの時間で少しずつ書こうとすると、頭をそこ(書いている箇所)に戻すためだけに時間が取られてしまって、効率が悪い。まとまった時間がないとダメ。
・ この連載、読んでいる人なんてそんなにいないだろうと思っていると、意外な人から「楽しみにしています」「読んでいます」等と言われて、励まされたりもする。
・ 先週は、大学のレスリング部が早稲田大との合同合宿だったので、大学での練習には参加できず。

・ 日曜日の朝(8:30〜10:30)は、skレスリングの練習で、野村コーチの指導。後半には木村コーチ・高田コーチも参加。
・ アップでは、いつも通りのバーを飛び越すジャンプやバーの下くぐり等を加えたジョグから始まり、壁を触りながらの低く構えたサイドステップ、円になっての馬跳びと股くぐりとジャンプ。その後、マット運動とストレッチをして打ち込みへ。
・ 構えに関して、野村コーチは「低く構えて完全に正面を向くのはしんどいし疲れるので、少しうつむき気味に相手の胸当たりを見ている」という話しを、木村さんと私に聞かせてくれて、私は少し励まされる(前々回書いた「根本的な欠陥」のことが念頭にあったので)。
・ 先週に引き続き、片足を取った/取られたところからの攻防と、がぶりの攻防を集中的に練習。片足タックルは、頭を外に出すタイプと内に入れるタイプの両方を試す。
・ 頭を押さえたり・クロスフェイスをしたり・小手を入れたりするのは、あくまで「土台」作りであって、それだけではダメで、足をしっかり引かないとタックルは切れないというのが、野村コーチからの注意。
・ がぶりでは、バックに回るのに、頭を相手の脇の下あたりにつけ(入れ)て、円を描いて回り込み相手の足に手をかけるタイプを練習。さらに、がぶり返し二種類(立ちからの縦返し・落としてからの横回転)の解説をしてもらったが、こちらは時間が足りなくて試すことができず残念。
・ あとで「がぶり返しも、説明を聞いたあと、ドリルとして練習したかったです」とメールで野村コーチに伝えたら、「かしこまりました。また来週やりますのでよろしくお願いいたします」というお返事を頂いた。やったぁー!
・ スパーリングの時に、小野寺さんをニアフォール状態まで持っていったのに、縺れているうちに逆転されて、けさ固めでフォールされたので、練習後にどうやったのかを小野寺さんにレクチャーしてもらう。ポイントは、小野寺さんの足の使い方だった。
・ 練習後の集合写真には、いっしょに練習に来た富川さんの息子さんも写っている。顔の感じがよく似ている。毎回の「キン肉マン」須藤さんは、ご本人が筋肉を「誇示」したいという側面と周りから無理やりやらされている側面と、半々ではないかと思われる。

【2013年2月24日記】

◎ 2013年2月20日(水) 「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺 連載第8回」
・ 講談社PR誌『本』2013年3月号が、昨日届いた。
・ 私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第8回「運命論批判の失敗」。
・ アリストテレスによる運命論批判が、どのように「的を外しているか」を考察。次回は、逆に運命論側が、いかなる不完全さを抱えているかを考察する。
  
【2013年2月20日記】

◎ 2013年2月18日(月) 「根本的な欠陥」
・ 夜7時半〜9時過ぎまで、新宿スポーツセンターの武道場にて、今泉コーチと木村さんの3人で技術練習を中心とした自主練習。終了後は、ファミレスで11時近くまで(オリンピック問題を中心に)レスリング談義。
・ 打ち込みの後、くぐり(Duck Under)で膝をついて、相手を持ち上げて落とすタイプのものを今泉さんに教えてもらって練習。
・ 力を抜く感覚を得るために、脱力した組み手争い・打ち込みをやる。
・ ツー・オン・ワンのよくないやり方のイメージを解除するために、腕を取る前の段階の崩しをきちんと入れる練習。

・ 練習すべきこと、修正すべきことは色々とあるが、そういう「努力」「調整」によっては解決できない問題が私にはあることが、これまでも自分ではうすうすとは気づいてはいたが、今泉コーチとの会話によって明確になった。嗚呼!
・ 以下、今泉コーチの言葉づかいも部分的に拝借しながら、記述しておこう。

          ○
          |
          |
          | 
(○が頭、|が胴体で)これが直立状態を表すとすれば、レスリング(フリースタイル)の基本の体勢は、次のように表記できる。

          ○
          |___
              | 
・ つまり、四つ足の動物に近づいた状態であり、極端な前傾姿勢になっている(攻めるためにも、守るためにもその必然性がある)。
・ 見方を変えると、上記の直立状態(あるいはそれに近い体勢)で闘うときには(柔道など)、重心が「丹田(下腹)」あたりにあるが、下記の体勢で闘うとき(すなわちレスリングでは)むしろ下腹よりも胸に近い辺りに重心がある(かのようなイメージ)で動いている。
・ この疑似四つ足状態で闘うためには、頭部はどうなっていなくてはいけないか?
・ 図でも分かるように、胴体が地面(マット)と平行に近い状態なのだから、しかも闘う相手を見るためには、頭部は胴体部分と「垂直」に近い状態で維持できなくてはならない。
・ 猫や犬(その他の四つ足の哺乳類でも同じ)を思い浮かべれば明らかなように、四つ足の動物は始めから(自然に)この体勢である。
・ しかし、人間は直立二足歩行がデフォルト(自然)であるために、レスリングで闘うときだけ、この「不自然な」体勢になる。とはいえ、この体勢そのものは、やってみようとすれば、ほぼ誰にでもできる。ただ長くそうしたり、それで闘うとなると別問題でも。
・ レスリングでは、この体勢を維持すること、この体勢を維持したまま闘うことが求められる。そうしないと(上図の体勢になってしまうと)、簡単にタックルに入られたりする。

・ しかしながら、私は首の骨格に根本的な問題を抱えている(2011年の4月に整形外科での診断では、先天的と思われる骨の状態を理由にレスリングをすることを止められた)ために、ほぼ誰もができる「(首と胴体の)垂直状態」を作ることができない。
・ それでも、その状態に少しでも近づけようとするので(レスリングをやっているとそうなるので)、私の場合は過剰な負担がかかって、常に首から肩にかけての「だるい痛み」を抱えることになる。今でも、二週間に一回(酷くなったときは一週間に一回)木津先生のカイロプラクティックに通って、欺し欺し続けている。
・ 「垂直状態」に近づけようとすると首・肩が悪化するし、そもそも十分にはできない骨組みなので、顔を上げて前を見るためには、必然的に胴体部分は(床と平行ではなく)斜め立ちにならざるをえない。ということは、上図の直立状態へと近づいてしまうということ。
・ これは、レスラーとしては、かなり根本的な欠陥である。あるいは、レスリングをやっていなければ、顕わにはならなかった私の身体的な根本的欠陥である。
・ 喩えて言えば、「声帯に先天的な欠陥があるのに、歌い続けている」ようなものである。
・ おそらく、私が、この状態のまま、もっと年若い本格的な競技者だったら、かなり悩むだろうと思う。そして、結局はレスリングをやめる、他のジャンルを選択するということまで考えざるをえない所に行くだろう。
・ 幸か不幸か、私はもう若くないし、本格的な競技者でもない。この首の欠陥という「負の状況」を、まぁ仕方ないかと受け入れて、その制約の中で、それこそ「欺し欺し」続けることはできるし、それしかない。
・ 再び喩えて言えば、「声帯に先天的な欠陥があるので、プロの歌手になることはできないが、その欠陥故の声色を根本的な制約として、喉をダメにしてしまわないように自分の好きな歌を歌うしかない」ということに近いかな。
・ 昨日は、個々の練習に加えて、今泉コーチとの対話によって、この点をうすうす気づいていた段階から、明確に言葉にできる段階にすることができたことが、収穫であった。
【2013年2月19日記】

◎ 2013年2月16日(土)・17日(日) 「宴会2つ/久しぶりの日曜練習」
・ 土曜日は夕刻より、青山学院大学レスリング部4年生の送別会。レスリング部では、(たとえまだ卒業には至らなくとも)4年間続けた者はOB入りとなる。
・ スピーチでは、オリンピック競技からレスリングが外されそうになっている件に絡めて、レスリングについて(世間一般に対して)様々な形で伝えるということを、卒業生にはやっていって欲しいという話をする。
・ いつも練習相手をつとめてくれる仲上君は、先輩・同輩から「入不二先生の専属コーチで一心同体!」「入不二先生が次ぎに勝てなかったら、コーチはクビだな」などと言われて、からかわれていた。いやいや、もちろん全責任は私自身にあるので、仲上君には卒業まで「専属コーチ」を続けてもらいたいです。
・ またこれは「真面目な話」だが、体格の同じ仲上君や高木君とだけでなく、階級が一つ・二つ上の大きい人や色々タイプの異なるやつともやった方がいいという話が、河本君や境君と話しているときに出て、強く勧められる。「ハードルを上げられた」感じ(^_^)
・ 写真は、送別会終了後、店の外での集合写真。


・ 日曜日の朝(8:30〜10:30)のskアカデミー・レスリング練習は、野村コーチの指導で総勢12名。
・ 打ち込みの後に、ハイクラッチの入り方と、ハイクラッチに入られたときの守り方の両方を、技術練習・ドリルとしてやる。
・ 守り方のときに、両足に持ちかえられないように押さえた方の手を支点にして、クロスフェイスで顔を横に向かせた方の巻き込みによって相手をひっくり返す技も試してみる。
・ もう一つの技術練習・ドリルは、「がぶり」からポイントを取るところまでの攻防。いつ何度やっても、「がぶり」は攻めるのも守るのも難しいなぁと思う。
・ そのあと、寝技の打ち込みとスパー。終わりの15分くらいで2分のスパーリング。最後の補強は、二人一組の「腕立て伏せ」で、普通の腕立て30回・幅広の腕立て20回・幅狭の腕立て10回・引きの腕立て10回の合計70回(キツイ)。


・ 日曜日は夕方5時から、友人の霜栄さん(駿台現代文科講師)が、彼の新著『生きる 現代文読解語』(駿台文庫)に協力したメンバーを集めての宴会。またこの集まりは、2009年6月14日(日)以来の80歳になられた飯田満寿男先生(元・駿台現代文科講師)を囲む会でもある。
・ その2009年6月14日(日)の身辺雑記(メモ)には、飯田先生について、私は次のように書いている。

飯田先生のように、引退後も下の世代から敬愛され続ける「重鎮」(あるいはチェック機構)が、駿台現代文科の「背後」に控えていることは、組織のあり方に独特の「奥行き」を与えていると思う。しかし、この善き構図も、飯田先生一代限りの「個人芸」の世界なのかもしれない。

・ この飯田先生を尊敬する者たち(駿台現代文科およびその関係者)の集まりの中に、新たに小池君(『英語で読む哲学』(研究社)の著者の一人でもある)が加わる。飯田先生―霜さん―小池君の年齢差が、25歳ずつであり、駿台現代文科の「伝統」の継続を感じさせる。
・ 今回の集まりで一番ビックリしたのは、駿台職員の高田さん(写真一番右)という「体育会系女子」「格闘女子」が、酔った勢いとはいえ、「入不二先生と闘いたい」と言って、私に技(腕取りとかヘッドロックとか)をかけてきたこと!

【2013年2月18日記】

◎ 2013年2月15日(金) 「ニューズウィーク日本版記事より」

レスリングが五輪から「除外?」、アメリカでも広がる困惑 | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

別に「日本のお家芸」だからということで、欧米の委員たちが意地悪をしたわけではないと思います。今回の「レスリングがオリンピック種目から除外される可能性」というニュースは、アメリカでも驚きと共に受け止められています。・・・・

【2013年2月15日記】

◎ 2013年2月13日(水) 「レスリングが中核競技から外れた件」
・ 日本レスリング協会のHPに、以下の記事が載っていました。
・ それに対する、Facebookでのコメントのやり取りをこちらにも転載しておきます。


レスリングは終始最多票、不可解な近代五種の投票過程…IOC理事会
– 2013/02/13
国際オリンピック委員会(IOC)は2020年五輪でレスリングの除外を決めた理事会の投票結果を公表。過半数になるまで投票が続けられ、4回の投票でレスリングが終始最多の票を投じられていたことが分かった。

 最後は近代五種とレスリングの決戦投票とされたが、ホッケーも加えた3競技の投票となり、レスリングが8票、他の2競技が3票ずつだったことも判明した。

 共同通信によると、1回目の投票でレスリングと近代五種が各5票、ホッケーが2票、テコンドーとカヌーが各1票だった。2回目からはこの5競技に絞り、過半数を取る競技が出るまで、最少得票の競技を除きながら繰り返し実施。レスリングは2回目が7票、3回目は6票で全ての投票で最も多かった。

 除外の可能性が高いとみられた近代五種は票数が1回目から5、4、5、3と変動。最後の投票で1回目より2票も減る「不可解な結果だった」と報じている。


・ Facebookより
(Uさん)
レスリングの原型?は、古代ギリシアなのではないでしょうか。『イーリアス』に「すもう」が出てきたような記憶があります。オリンピックには実にふさわしい競技なのにね。
(入不二)
正確には、古代ギリシア起源説自体が、西洋中心主義の産物である可能性が高く、メソポタミア、中央アジア、インドで既に行われていたことが分かっているそうです。それはともかく、プラトン『法律』にその記述がありますが、レスリングはギリシア青年の必須科目でした。プラトンがかなり強かったのは比較的よく知られていますが、ソクラテスもアリストテレスもみんなレスリングをやっていたはずです。
(Kさん)
今朝のニュースで知りました。残念ですね。そのような由緒正しいスポーツを残すと言う発想はないのでしょうか。
(入不二)
もちろん、残して欲しいです。ただ、「由緒正しい」ことを理由として持ち出すと(実際、由緒正しいと思いますが)、ドツボにはまるような気もします。各競技が「由緒正しさ争い」をするという図は、本意ではないでしょう。それよりも、(西ヨーロッパに偏らない)全世界規模での、競技人口の多さ(日本の状況とは違います)や、今後の女性競技者への拡大率を強調するとか、によって争う方が現実的だと思われます。

・ちなみに、The International Olympic Committee: Save Wrestling as an Olympic sport #SaveOlympicWrestling にsignしました。
【2013年2月13日】

◎ 2013年2月12日(火) 「久しぶりに大学で練習/2020年五輪の実施競技からレスリングが外れる」
・ 夕刻(16:00〜18:00)の大学レスリング部マット練習に参加。
・ ジョグやサイドステップ等でマットを周回したあと、ボール当てのゲームでアップ。当たった人の罰ゲームは逆立ち。
・ ストレッチの後、打ち込み5分×2本。続いて1分のスパーを全体で20本。そのうちの10本を、仲上君・高木君と。さらに、2分のスパー連続3本を仲上君と。
・ 写真は、高木君と境君のスパー中のもの(かな)。

・ 最後に仲上君が技術練習の相手をしてくれて(他の部員は筋トレ・ルームへ)、組み手争いをさせてもらう。
・ 仲上君に、新たな組み手を一つ教わる。手刀で相手の上腕部を押し下げつつ前へ踏み出すことで、相手の横へ付こうとする動き。

・ 帰宅後、「2020年五輪の実施競技からレスリングが外れる」というニュースを知ってビックリ。
・ 日刊スポーツの記事スポニチの記事日本レスリング協会のニュースより。
・ レスリング 除外の経緯→NHKニュース
・ 視聴率やスポンサー獲得や政治的な駆け引きなど、様々な要因が考えられるのだろうが、「歴史的・起源的に変である」という感じがどうしても拭えない。古代オリンピック(オリュンピア大祭)以来の伝統は、どうでもいいのだろうか。
・ そんなことを言っていると、大学における「哲学」の状況と、似ている気がしてきた。
【2013年2月12日記】

◎ 2013年2月11日(月) 「病み上がり後初練習」
・ インフルエンザから回復した後、練習で他の人にうつすのを避けるため、また自分の体力の完全回復を待つために、レスリング練習を自粛していた。
・ 昨日の日曜日から再開するつもりでいたが、一昨日の土曜日夜に、心理学科の同窓会があり、さらにその後、心理学科同僚の小俣・薬師神・繁桝各先生とCafe Madu(カフェ・マディ)に寄って長時間おしゃべりをしてから帰宅したので、朝起きることができずに断念。
・ ちょうど本日は祝日練習(18:00〜20:00)だったので、今日から復帰。人見コーチの指導で、今泉コーチも参加して総勢7名での練習。
・ アップ(しばらくぶりに「腹時計」もやる)とふつうの打ち込みの後、タックル切り・片足を取ったところからの攻防・がぶり落としてバックへ回る練習・立ち技のみのスパー・寝技の打ち込みとスパー・最後にスパーリング、イラン体操というメニュー。
・ (私が休んでいる間に始めた?)初心者の人がいて、その練習風景を見ていると、自分が始めた頃と同じことを繰り返しているので、懐かしく感じた。
・ それは、マット運動で目が回って方向感覚を失う点、練習の合間に立って休むのも辛くてぶっ倒れている点、ローリングで肋骨を痛めている点、引き落とされたときにうまく防御できないために膝を痛打している点、等々。初心者の誰もが通る「道」なのかな。
・ さすがに、病み上がり後の初練習ではあっても、もう今の私はそこまでヘトヘトにはならない。
・ 明日は、青学レスリング部の練習にも「復帰」する予定。
・ 写真は、練習後の集合写真(「構え」がテーマ)。妻に写真を見せたら、雰囲気だけで、どの人が初心者か分かるそうだ。

【20113年2月11日記】

◎ 2013年2月2日(土) 「法要に際しての雑感 ー私が寺嫌い・坊さん嫌いになったわけ等」
・ 結局、当日朝4時になって、いちおう熱が36.8に下がっていたので、九州・大分まで父親の十七回忌の法要に朝一番の飛行機で行ってくることにした。
・ 通常ならば、インフルエンザで熱を出した直後ゆえ、しばらく外出や人との接触は避けたいし、避けるべきところであるが、今回を最後の法要にするということなので、少々無理して決行。
・ この3日間で、インフルエンザにも影響を受けない「特異体質(?)」が判明(^^)
・ かかりつけのお医者さんからは、39度の熱があるにもかかわらず「元気そうに見える」と言われ、妻からは「インフルエンザなのに、なぜ食欲が落ちないのか、いつも通りお喋りなのか」と言われ、後輩からは「インフルなのにFacebookを更新できるあたりがタフですね」と言われる。
・ さらに妻によると、私は「タフ」なのではなくて「幼児体質」なのだそうだ。子どもであれば、39度の熱があってもけっこう走り回ったりしているものだし、家に帰ってきて学校であったことをベラベラしゃべるし。
・ 私は、いわゆる「寡黙なお父さん像」とは正反対で、家の中で一番お喋り。私が出張等で家にいないときには「静かだね」ということになるらしい。書くこともそれと似たようなものなので、インフルどころか死にそうなときでも、同じようにぐだぐだと書き続けているかもしれない。

・ 「入不二」姓は「維摩経」由来であり、それは父親の実家が臨済宗の寺だったからという話を私はあちこちでしているので、その法要も(あるいは16年前の葬式も)そのお寺においてなのだろう・・・と思われてしまうのは、ごくごく自然な成り行きである。
・ しかし、実際にはそうではない。それどころか、両者(両家・両親族)は反目関係を経たうえで関係はすでにまったく無くなっている。それは、田舎特有の人間関係を背景とする、多くの出来事を巻き込んだ長年にわたる確執・争いの結果である。
・ 私も、その中身をある程度は知る立場にいるわけであるが、そのことに興味はないし関わる気もない。ただ中身とは関係なく、確実に言えることがある。
・ それは、仏教を生業とすることなど、仏教の持つ哲学的・思想的な真の深みとはまったく無関係であり、そのような形而下的な(骨肉的な)人間模様に対して、何の効力も持たない、いやむしろ、仏教を生業とすること自体が争いの中心を構成しもした、ということである。
・ 出自のせいもあってか、私は比較的幼い頃から、仏教的英知にも興味を抱いていた。と同時に、「寺」を巡る親族間の確執・争いを、そばで長年見続けてきたせいか、「寺」嫌い「坊主」嫌いになってしまった。私が仏教の中に見たいと思っている英知を感じ取れるようなお坊さんに、残念ながら、これまで会ったことがない。

・ 私自身は、寺や坊さんとの関係性の中で葬式や法要等をすること自体をやめたいし、そのつもりだが、田舎の人間関係の中で今でも生きている母親やその周辺の人たちは、そうはいかない。
・ もちろん、16年前の葬式でも今回の法要でも、(父親の実家の寺とは別の寺から)坊さんに来てもらって、「儀式」をとり行い続けている。
・ 母親は、私が坊さんのお説教に対して文句を言ってケンカになるのではないかと、怖れてビクビクしており、私が最後まで黙っていたことで、ものすごくホッとしているようだった。
・ 幸か不幸か、今回はインフルエンザ明けで、私にいまいち元気がなかったので、大人しくしていたのである。
・ それでも、「どうでもいいお説教など早く終われよ」という念を込めて坊さんの顔を凝視し続けた。そのせいもあってか、坊さんは目をつむりながら、余所を見ながらの説教になって、しかも早めに終わった!
【2013年2月3日記】

◎ 2013年2月1日(金) 「まだダメ/エッセイ二編」
・ まだ熱が下がらない。頓服薬を飲んで一時的に下がっても、また38度後半に戻る。明日、九州に行けるかどうか、かなりあやうい状況。
・ 先日医者に行ったときに、いつおかしいと感じたかを聞かれ、それから48時間以内だったら、この治療が効くのだけど・・・ということで吸引治療をしたのだった。それ以上経過していると、この治療は無効なので、どうしようか一時迷ったが、結局やった。
・ やはり、その48時間には間に合わなかったのかな。だとすると、あとは回復するのを時間をかけて待つしかないということだった。
・ このかかりつけの内科医のお医者さんは、医者の態度(専門家的な上から目線)が基本的に嫌いな私としては珍しく、好感を持って通っているお医者さんの一人。その飄々とした「ゆるさ」みたいなのが、好き。
・ 39度の熱があった私を見て話も聞いて、「現象的にインフルエンザだろうけど、それにしては入不二さん、元気に見えるねぇ。熱が39度あるように見えない。我慢強いのかな?」とひとこと。こちらはがっくり来て、「元気じゃないですよ〜、しんどいです」という感じのやりとり。

・ 寝ているしかない中で、友人の石川さんがちょっと嬉しいことをメール教えてくれた。
・ 石川さんは、立教大学の図書館長で、私立大学図書館協会の会長なので、青山学院大の図書館職員の人とも交流がある。その会議で会ったときに「入不二先生が書いてくださったエッセイを読んでいただきたいと思っています」と或る青学職員の方に言われたそうだ。
・ 何が嬉しかったかというと、「図書館の職員の人が、あ、読んでくれているんだ」ということ。図書館報に書いたエッセイのことだと思うが、ほとんど読まれないままの文章なのだろうと私自身は思っていたから。
・ もう書いたことも忘れていたが、石川さんのメールがきっかけになって思い出し調べてみると、ウェブ上で読めることが分かった。

・ 映画『Love Letter』の図書室  
http://www.agulin.aoyama.ac.jp/kanpou/aguli/agulit...

・ 中島敦『山月記』『名人伝』     
http://www.agulin.aoyama.ac.jp/kanpou/aguli/agulit...

・前者は、『足の裏に影はあるか?ないか?』に載せたエッセイの補遺みたいなエッセイで、後者は、野村萬斎らによる芝居「敦ー山月記・名人伝」を観た直後だったので書いたエッセイ。
【2013年2月1日記】

◎ 2013年1月31日(木) 「ダウン」
・ 火曜日あたりから調子が悪くなって、昨日は熱が39度を超える。
・ 本日午前中に医者に行き、インフルエンザA型と診断。吸引型の薬治療をして、解熱剤をもらう。
・ おかげで、水・木・金とすべての仕事をキャンセル。
・ 土曜日には父親の17回忌の法要で九州へ行く予定なのだが、行けるかどうか不透明。
【2013年1月31日記】

◎ 2013年1月26日(土)27日(日) 「土日練習」
・ 試合があり、さらに翌週にはセンター試験の仕事が入っていたために、skアカデミーでのレスリング練習は二週間ぶり。
・ 土曜日は木村コーチ、日曜日は野村コーチの指導。土曜日には人見・今泉の両コーチも、日曜日には佐藤・高田の両コーチも参加。
・ 土曜日には、4種類の組み手の練習をやる。組んだところからやるとだいぶ上手くできるようになったが、その前の段階からやるとまたバラバラになる。
・ 日曜日には、片足を取ったところからのドリルやツーオンワンからのドリルをやる。佐藤コーチから、ツーオンワンを取ったときの手首側の取り方・開き方を修正されて、そういえばそうだったなと思い出す。
・ 最近、「膝の抜き」が気になっていて、自宅で練習したりしていたので、それをレスリングの動きの中でも使えるようになりたい。
・ 連日の練習の中で、一度か二度だけだが、ひょっとすると「膝の抜き」がうまくできたからうまく行ったのかもしれない、という箇所があった。
・ 体重差が10kg以上ある相手の片足タックルを切るときに、大きくタックル切りをしなくても、膝を抜くつもりで沈むと効果的な気がした(気のせいだったかもしれないが)。
・ こういう所作は、レスリングの中で生かせるようになりたいし、レスリングを別にしても、自分の身体のダメな所の修正にもつながるように思う。
・ 写真は、日曜日の練習後の集合写真。お嬢さんがお父さん(佐藤コーチ)を一本背負いで投げようとしているところ。

【2013年1月27日記】

◎ 2013年1月24日(木) 「キド関連・補遺」
・ キド関係の補遺として、少し書き加えておきます。
・ 山口時代にキドを飼い始める前、まだ川崎の生田に住んでいた頃(大学院生・オーバードクターの頃)から飼っていたのが、カイロスという名の雌犬(雑種)だった。ちなみに、その前(19歳で今の妻と住み始めた頃)はトラという名の虎猫を、さらにその前にはニルヴァーナという名のシャム猫を(短い間)飼っていた。
・ カイロスという名は、もちろん「クロノス」と対になる「祝祭的な時」を表すギリシア語に由来している。
・ 彼女は、とても気の優しいおっとりとした女の子で、後に子どもも3匹出産した。まだ長男が幼かったので、いっしょに遊んでいるとお姉さんのようだった。
・ 写真は、カイロスとその子どものうちの一匹を抱く幼き頃の長男。
 
・ 彼女もまた、私が山口大学へ就職がきまったとき、川崎から山口へいっしょに引っ越して、その後山口の地で亡くなった。1995〜1996年に私たち家族がカリフォルニア州パロアルトに住んでいた(私がスタンフォード大学に客員研究員として滞在していた)一年間は、川崎の妻の実家に預けられていた。
・ キドとカイロスはすれ違いだったが、私たち家族の中では、カイロスがお姉さん、キドが弟のような関係が(時を跨いで)感じられていて、実際にいっしょに過ごしていたら、さらに面白かっただろうな、きっといい姉弟の関係になっただろうな、という思いがある。
・ キドのフルネームは、「ガブリエル・ドロ・キド」。その由来(?)については、ガブリエル・ドロ・キドのページに記してあるが、我ながらいいネーミングだったと思う。そういえば、「若き日のキド」の写真をプロフィール写真としても使っていたことがあって、それを見た哲学関係の友人が「ウィトゲンシュタインの写真と「家族的類似性」ありという説あり」と書いてくれたこともあった。
・ まだ、家の中を歩いていると、ふとキドがすり寄ってくる気配だとか、ベッドの上に横になっているという「空目」とかがあって、いなくなったというより、まだいるという感じの方が強い。
【2013年1月24日記】

◎ 2013年1月23日(水) 「昨晩はしんみり、今朝は練習」
・ 連日になるが長男には会社帰りに寄ってもらって全員集合し、昨晩遅くキドを荼毘に付した。お骨にしてもらって壺に収まっているので、しばらくは家の中でいっしょに過ごし、暖かくなったら自宅の庭に葬るつもり。
・ キドの「拾い親」は三男であるが、昨日夕方、彼は大学から帰って来るやいなや、息絶えて冷たく硬くなったキドがベッドに横たわっている自分の部屋にすぐに入って戸を閉めてしまって、しばらく出てこなかった。おそらく、泣いていたのだろう。なんと言っても「拾い親」だし、下の写真のように仲良しだったから。

三男の上で左手を伸ばして眠るキド(2009年)

・ キドのことを色々と思い出してなかなか寝つけなかったけれど、朝5時に起きて7時前には車で自宅を出発。大学レスリング部の朝練に参加。
・ 今日はすべて、石川君に相手をしてもらう。
・ 打ち込みと、その後の技術練習を兼ねた緩めのスパーで、特に組み手を意識しながら、途中で石川君が私の悪い点を指摘してくれるというやり方で進める。
・ 相手から腕を取られたときに、私は力が入って反発してしまうために、それを相手にうまく利用されてしまう。
・ 「先生、もっと力を抜いて、腕だら〜んでいいです。力を入れずに遊んでいるみたいに組み手をやるくらいの感じでいい」と言われる。
・ 理屈では「その通りだ」とよく分かっているし、実際、凄い体つきで力感あふれる彼らの方が、非力な私よりも力が抜けたしなやかな組み手になっているのは、見ていてよく分かる。
・ 私も以前と比べれば、できる割合は高まっているのだろうとは思う。だからこそ、スタミナも保つようになっているのだろうが、それでもやり合っている中で、すぐに元に戻る(力が入る)。
・ 色々な要因が絡み合っていると思うが、身体が相手(との接触)を無意識に恐れているからこそ、力が入るのではないか。そして、力が入ることによって、相手の力やその移動をうまく感じ取れず・・・という悪循環が生じているように思う。
・ こういうのは、レスリングに特化したものではなく、もっと根本的な身体運動・所作の「悪癖」でもあって根が深いのかもしれないが、少しずつ改善していきたい。
【2013年1月23日記】

◎ 2013年1月22日(火) 「キドが亡くなった」
・ キドは、まだ生後一ヶ月くらいの頃に山口の木戸神社に捨てられていた。木戸神社で遊んでいた小学校二年生の三男の後に、必死で鳴きながら着いてきて(生き延びる術はこれしかないと思ったのだろう)、三男が家に連れ帰り飼うことになった。
・ 幼くして親から引き離されたことも関係しているだろうが病弱で、うちの家族のなかでは一番病院通いをしたやつだった。
・ そのため、何でも食べられるわけではないし色々とケアも必要で、すべて妻が面倒を見ていた。息子たち以上に手がかかった息子と言えるかもしれない。
・ それでも野生に溢れたきかん坊で、山口では外に出ては、ヘビに猫パンチを食らわしたり獲物を捕って「どうだ」と言わんばかりに見せに来るし、油断すると私たちの食べ物を強奪するし、気にくわないとけっこう強力に噛みつく。そのくせ甘えん坊でもあり、夜は息子たちのふとんの中でいっしょに寝ていたし、私の膝の上にのって撫でられるのがお気に入りだった。

・ キドの転機は(私たち家族の転機でもあったが)、やはり山口を去り東京に戻ってきたときだろう。
・ 山口の家から空港に連れて行くために入れたカゴを食い破り、初めて東京の自宅に到着したときには、カーテンの中に隠れて出てこなくなり(変化した現実を見たくない!という感じ)、キドにとってあまりに大きな環境の変化だったのだろう。
・ それでも、次第に新居に馴染み、3階建ての家なので縦方向の運動(階段の上り下り)が日常的にできることは、キドにとっては好都合だったようだ。時には脱走して散策し、時には他の猫と決闘し、近所の人にも馴染みになって「キドちゃん」と呼ばれて可愛がられていて、だんだん東京の猫になっていった。
・ 何の根拠もないが、キドが私たち家族に「幸運」を届けに来たような気がしている。山口での生活、そして東京への異動、東京での新しい生活、そのすべてがキドと共にあり、キドこそがこの「流れ」を主導してくれていたようにも感じる。

・ 昨年の夏ぐらいから、めっきり弱ってしまって、昨年終わりの12月25日には、次のように書いていた。
> 2012年12月25日(火) 「老体予想」より
・ 飼い猫のキドが、この夏の暑さに参って以降、めっきり弱ってきている。12歳を越えて(人間で言えば80歳過ぎくらいか?)、腎不全を患っていて薬で進行を遅らせている状態。
・ 甲高い声を出す機会が減り、わずかに小さな声で甘えるように鳴くだけ。じっとしている時間が増え、歩く姿もとぼとぼとして躍動感が無くなり、しょっちゅうトイレに行って長時間座っている。
・ キドの身体を撫でても、あの反発するような筋肉の張りや力の漲りが感じられない。
・ 元気な頃は、キドの方からじゃれて飛びかかってきたり、私の方から仕掛けて「プロレスごっこ」みたいなことをしていたが、今はそんなことをしようものなら壊れてしまいそうで、ただ撫でるばかり。
・ 身体全体に広がる不快感や不全感を受け入れて何とか付き合いつつも、なんでこんなに動けないのだろうと、キド自身も感じているのかもしれない。


・ 獣医さんにも診せていたが、腎不全・心臓の不整脈・腫瘍・腹水等々で、もう手の施しようのない状態だったので、最後はもう食事制限もやめて、好きなマグロの缶詰をあげたりしていた。
・ しかし、それさえ食べられない状態になり、ここ一週間は、坂を転げ落ちるように日ごとに生命の炎が、か細くなってなっていった。一時期7kgほどあった体重は半分以下になり、骨骨しい身体になって、声も出せなくなり、歩けなくなった。
・ 昨晩は、長男も会社帰りに駆けつけ、次男・三男3人がそろって、キドをタオルでくるんで抱っこして、記念撮影をした。
・ この何日かは、まだ息があるのかどうか時々確かめる状態が続き、わずかに息をしつつ三男のベッドで横になっているのを私が確認したのが最後、その1時間後くらいに見に行くと、ベッドから降りて(落ちて)横たわり、もう息がなかった。
・ キドがうちの子になってくれて、いっしょに過ごしてくれたおかげで、私たち家族は楽しく豊かな12年間を過ごすことができた。キド、どうもありがとう。安らかに眠ってください。合掌。

・ 若き日のキド

【2013年1月22日記】

◎ 2013年1月21日(月) 「『英語で読む哲学』裏話」
・ 友人の森岡正博さんが、Twitter上で『英語で読む哲学』(研究社)について言及してくれたので、私は以下のように答えた。

森岡さん:[新刊紹介]英語で書かれた哲学書や論文5編から例文を取り出して、英文読解を指南するという英語参考書(?)風哲学入門。サンデル、ライル、マッキンタイア、ウィリアムズ、アンスコムの5人が選ばれてる。研究社から刊行されている。『英語で読む哲学』
(承前)しかしこの『英語で読む哲学』誰が買うんだろうと少々心配。学部や院で分析哲学をやる学生は必須本になるだろうけど、その他のターゲットはどこに? 入不二さんもよくこんな企画を通してもらったなあ。研究社も太っ腹だ。しかしアンスコムはしぶい選択。

入不二:元々は、私が一人で書く企画として、編集者の方から提案されたものでした。私が忙しいのと、若い研究者にいい機会だと思ったので、ああなりました。

・ 今は、他にやりたいこと、やらなくてはいけないことがあるので無理ですが、いずれ時が来たら、『新・<思考する>英文読解』を書いて(単なる復刊ではなくて!)、そこにはかつて『高校英語研究』(研究社)に連載した「プレ原書講読」も収めるつもりがあります。私が一人で(英語関係ものを)書くのは、その時までとっておこうというわけ。
【2013年1月22日記】

 2013年1月20日(日) 「写真追加」
・ センター試験の仕事おわり。
・ 今年度文学部に着任した新任の准教授の先生(女性)から、挨拶を受ける。駿台3号館(東大クラス)で私に習っていたそうだ。教え子が同僚になるということは、それだけ年月が経ったということ。
・ 青学レスリング部OBの吉住さんが、マスターズ大会で撮った写真を何枚か送ってくれたので、そのうちの3枚をここに追加しておきたい。
・ 試合直後にインタビューを受けているもの・タックルに入ろうとしているもの・2-on-1に行こうとしているもの、の3点。
  
【2013年1月20日記】

◎ 2013年1月19日(土) 「獣医のかない先生、レスリングを語る」
・ 兵庫県姫路市にある動物病院のかない先生が、動物の行動との比較でレスリングについて語っています。興味深いので、ご一読を。
・ 「2013.01.18 Fridayレスリング」のところです。
・ そのブログへのコメントの中で、私は、レックスさんの体験と私自身の体験から、医者の(非全体論的な)医者的観点に不満を吐露しました。それにも、かない先生は、丁寧に答えてくださいました。
【2013年1月19日記】

◎ 2013年1月18日(金) 「講談社PR誌『本』連載第7回/『英語で読む哲学』」
・ 講談社PR誌『本』2013年2月号が届く。私の連載「あるようにあり、なるようになる ―運命論とその周辺」は、第7回「アリストテレスの議論(2)」。


・ 『英語で読む哲学』(研究社)が出来上がって、昨晩到着。来週には店頭に並ぶでしょう。

【2013年1月18日記】

◎ 2013年1月17日(木) 「身体のこと」
・ この身辺雑記(メモ)を続けて読んでいただいている方は覚えていらっしゃると思いますが、レスリングを始めて以後に身体的な「危機」があって、それ以来木津カイロプラクティックに今でも通院しています。
・ その代表院長の木津直昭先生が、ご自身のブログで、私のレスリングと身体のことを取りあげてくれました。「50歳からの挑戦!」というタイトルです。
・ 私と同年齢の人や、似たような症状を抱える人、またレスリングをやっている人などに参考になるかもしれませんので、以下にそのまま引用させていただきます。


今回のブログでは、レスリングの虜になった一人の患者さんにスポットを当ててみました。
その方は、哲学の世界では、著名な入不二基義さんです。
入不二さんは東京大学(文学部哲学科)を卒業し、山口大学を経て現在は青山学院大で哲学の教授として教べんをとっています。
 その入不二さんが来院されたのが、23年4月です。整形外科にてレントゲン検査で、頚椎4−5−6の狭窄による神経圧迫との診断を受け、症状は頚部から肩へのうずく痛みでした。問診すると、1年前からレスリングを始め、3ヶ月前から筋トレ後に腕に力が入らなくなると言う症状を併発していることがわかりました。
 ご本人の治療の目的は、痛みの改善とともにレスリングの再開でした。実は、整形外科では、「首が曲っていて、筋トレなど強い負荷には耐えられないだろうと」言われていたのです。入不二さんは当時52歳、50歳からレスリングを開始して「レスリングの虜」になったのです。
 そこで、とにかくレスリングが再開できるようにメニューを組みながら治療がスタートしたのでした。治療効果は徐々に出始め、2ヵ月後ぐらいから、痛みの軽減とともに腕に力が入るようになり、トレーニングも徐々に開始し、そしてついにレスリングができる身体に回復したのです。しかし、翌年のアマチュアレスリング大会を控える中、厳しい練習に身体のあらゆる部位が悲鳴を上げはじめました。手首、股関節、そしてついには、膝の内側側腹靭帯を損傷してしまったのです。それでも入不二さんは、あくまで前向きです「この膝は、どのようなトレーニングをしていけばいいですか?」とまだまだ諦めていないのです。(その時53歳)彼の目が向いているのは、翌年の大会なのです。
3ヶ月後には、膝も無事回復し、その後は順調にトレーニングを積むこともでき、念願の全日本アマチュアレスリング大会に出場したのです。
50歳を超えてから過酷なレスリングに取り組み、重篤な障害にも関わらず、いつも前向きに捉え、諦めず、精神的にも肉体的にも鍛錬を重ねてきた入不二さんの姿勢に感激しました。入不二さんありがとうございます!

全日本マスターズ選手権WEBサイトでの入不二さんの紹介記事
http://www.japan-wrestling.jp/2013/01/14/25103/
青山学院大レスリング部の太田浩監督は「すばらしいの一言。こんな過酷なスポーツに50歳を超えてから挑戦すること自体が、普通ではありえないし、タックルを入れるまでになったことも素晴らしい。その努力を見習わなければなりません」と話し、これからも部を挙げて応援していくことを宣言した。


・ 「身体」といえば、今回、日本レスリング協会のホームページの記事を見てもらった「レスリング素人」の友人・知人の中の複数の方が、私の「左腕」に言及していました。
・ たとえば、拙著『<思考する>英文読解』(絶版・駿台文庫)を担当してもらった方で、今は医学書院で編集の仕事をしている坂口さんからいただいたメールには、次のような一文がありました。
・ 「掲載されている写真は,2枚とも左腕が印象的でした。なんといいますか,「まるで生き物みたい」でした。」
【2013年1月17日記】

◎ 2013年1月16日(水) 「朝練習、午後会議」
・ 朝8時からのレスリング部のマット練習に参加するため、30分ほど前に着いて自主的にアップ。学生達は、すでに朝7時から上の体育館でサッカー練習。
・ サーキットなどの息をあげる運動って、一人よりもみんなでいっしょにやる方がやりやすいのは、なぜなのだろう。それもあって、学生達が「罰ゲーム」としてやっていた、「(四つん這いになって)足の前後2分」を私もいっしょにやる。
・ 今年になって初の、仲上君との打ち込み・スパー。年末から、連続3ラウンドを2セットというスパーは、完全にクリアした感じ。今日の感じでは、3セット目・4セット目くらいまでは行けそう。
・ 技術練習では、先日の試合でセコンドから私の試合を見ていてくれた赤嶺君が、私の戦い方を振り返りながらポイントを指導してくれて、そのポイントを私が仲上君相手に試し、そして繰り返すというとても有意義な練習。
・ 私が終始こだわってかけ続けたツーオンワンについて、取り方・連係・押し出し方などなど、貴重なレクチャー。試合では、ツーオンワンから場外へ押しだそうとしたところで投げ技をくらっているのだが、その理由がよく分かった。

・ 日本レスリング協会の特集記事に続いて、青山学院大学レスリングのホームページのNEWSにも「2013/01/15 大激戦!入不二先生!全日本マスターズ選手権」の記事が!
・ 実は、対戦相手の亀井さんと対峙しているこの写真の中には、青学レスリング部OBの中條さんと、試合後に実演でアドバイスをくれた水橋コーチが写っているんですよね。

・ 午後から夕刻まで会議が3種類。
・ 心理学科同僚の「お嬢さま的/お姉さま的」な存在である重野先生からは、「一勝するの、そんなに難しいんですかぁ〜」と言われてしまう(T_T) さらに「オリンピックを観ていると、みんなタックルにどんどん入っているじゃないですか」とも(T_T)。<註:「何でそんな簡単なこともできないの?」という高邁で高飛車なお姉さまのノリで(^o^)>
・ たしかに、その「タックルなんて簡単に入れそう」という印象にも表れているように、レスリングは、他の競技・種目以上に、見ているのと実際にやるのとのギャップが大きいとは、言えるかもしれない。つまり、「分かりにくい」のかも。
【2013年1月16日記】

◎ 2013年1月14日(月) 「上野さん・今泉コーチとのやりとり」
・ 下記の「ニュースになった」の関連で、上野恵子さんや今泉コーチとFacebookでやり取りがあったので、ここにも残しておきます。

上野 恵子 良い記事ですね。試合の面白さは勝者だけのものではないですものね。
入不二 基義 ありがとうございます。でも、「弱い」のに「有名」キャラは、いつか返上したいです(^_^)v
上野 恵子 哲学ではかなりの強者だから、それは難題ですね。
入不二 基義 たしかに・・・(T_T) 哲学と同程度に「強く」なるのには、もう一度生まれてこないと無理です!!



今泉 朝雄 練習仲間の入不二さんが遂にレス協ホームページの特集に登場!
入不二 基義 「弱い」のに「有名」キャラが固定するのを恐れます・・・(^o^)
今泉 朝雄 いえいえ決して弱くはないですから!それに、もはやそういう部分を超越しちゃってます!

【2013年1月14日記】

◎ 2013年1月14日(月) 「ニュースになった」
・ 昨日の敗戦後インタビューは、日本レスリング協会HPのニュースで扱われて、記事になってしまった!
・ 「最弱」なのに「有名」になっちゃう現象。
・ 対戦相手と対峙している写真と、青学レスリング部太田監督とのツーショットも。


【2013年1月14日記】

◎ 2012年1月13日(日) 「道遠し」
・ 本日、第12回全日本マスターズレスリング選手権大会のフレッシュマンズの部(社会人からレスリングを始めた者の部)・58kg級に出場してきましたが、1回戦で敗れ(2-0: 1P 0-3, 2P 0-1)、初勝利はなりませんでした。
・ フレッシュマンズの部の中では、今年55歳になる私が最高齢。
・ 対戦相手の亀井さんは、今年39歳になる方で、レスリング歴は私より短いようですが、サーフィンをやっているからか、体幹・足腰がとても強くて、2-on-1から崩しに行くことができず、試みたタックルも防がれて、ポイントを取ることができませんでした。
・ 1Pでは、2-on-1を取ったままの膠着状態のあと、そこから押し出そうとしたところを、小手をさされて振られて投げてひっくり返されて−2点、その後バックに回られて−1点。
・ なんとかバックに回られた後は守りきって、その後ピリオドの最後にタックルを試みるが、届かず。
・ 2Pもまた、2-on-1を取ったままの膠着状態が続く。1分過ぎにタックルに入ったところを防がれて、バックに回られて−1点。その後は守りきるが、再び膠着状態が続き時間切れ。

・ 亀井さんは、私のこのwikiのレスリング練習の記述を読んでビビっていましたと話していたので、警戒してあのような展開になった面もあると思う。その後の彼の試合を見ると、その強さが伝わってきて、私に勝ち目はなかったように思う。
・ その後、準決勝・決勝まで見ると、なんだがフレッシュマンズなのに、レベルが高くなっているのが分かって、「道遠し」を実感した。
・ 一昨年に比べて進歩した点を挙げれば、2Pをふつうに闘えたこと。一昨年の2P目は「這う這うの体(ほうほうのてい)」だったから。

・ またしても1回戦で負けてしまった私であるが、青学レスリング部の監督・学生・OBまでたくさんの方が応援に来てくれて、試合後も励ましてくれた。有り難い限りである。観戦に来ていた妻と三男をみんなに紹介。
・ sKアカデミーの野村コーチや今井さんや田中元コーチとも、もう一人のsK出場者の小野村さんもいっしょに、試合状況について話し合った。いろいろ課題が明確に。
・ まだ完全復帰していない大林さんも応援に来てくれていて、心強かった。心理学科副手の加藤さんには、雄姿を見せることができなくて残念。
・ 公式戦で一勝もできていないにもかかわらず、「有名」にだけはなっていて、広報の方から録音付きのインタビューは受けるし、何人もの方から「入不二先生ですよね?」と話しかけられて、挨拶を交わした。
・ その中で、今年50歳になる長久さんは、ゴング格闘技の記事(今泉さん執筆)に載った私のレスリングについてのコメントがきっかけになって、レスリングを始めたという話を伝えてくれて、こちらが感動。しかも、準決勝まで!
・ マスターズの交流合宿でコーチを務めていた水橋コーチにも遭遇し、私の2-on-1からの展開についてとても貴重なアドバイスを、その場で私の腕をとって実演によって伝えてくれた。
・ そのアドバイスと、後で伝え聞いた(どなたか分からないが、おそらくレスリング玄人)の観客の方が、私の動きを評して言っていたことに共通点があるような気がして、これはレスリングに限定されない、私の身体の根本問題だなぁという気がして、これまた「道遠し」という感じ。
【2013年1月13日深夜記】

◎ 2013年1月12日(土) 「練習・練習・計量」
・ 金曜日は、相模原キャンパスで午前・午後とも授業がある一番疲れる日であるが、試合前なので夜(19:00〜21:00)のレスリング部練習に参加。
・ その時間帯の前は、フェンシング部の練習で部屋が使われているため、マットはめくり上げられた状態になっている。
・ そのマットを元どおりに直した後に、フェンシング部の学生が二人、レスリングシューズを履いている最中だった私のところに来て、「遅れて済みませんでした」と挨拶をした。私をレスリング部の顧問の先生かなにかと勘違いしたようだ。
・ 水曜日と同じく、軽量級の高木君が打ち込み・スパー・技術練習の相手をずっとしてくれる。スパーでは何もできないことは同じだが、水曜日よりは少しは私の動きがよくなっていた気がするが、どうだろう。
・ スパー後の技術練習のときに、松田君がレクチャーしてくれて、私が高木君にやられていた肘取りへの対処の仕方と、寝技でこれを一つ覚えていってくださいということで、arm barへ入るための前段階の技を教えてもらって、練習。
・ 一昨年の初出場のときは、セコンドが見つけられなくて、あたふたした(結局、レスリングのことは何も知らない、撮影に来ていたテレビ関係の方にお願いするしかなかった)。
・ しかし、今回のセコンドは、レスリング部4年の赤嶺君が引き受けてくれて、心強いのはもちろんのこと、セコンドのインパクトだけで相手を圧倒できそう(^o^)。ちなみに、赤嶺君はあの「両津勘吉」に似ていて、卒業して警察官になる。

・ 翌日・土曜日の午前中(9:00〜11:00)の練習にも参加。
・ 試合前日なので、スパーまではやらず、高木君に相手をしてもらって、少し強めの打ち込みまでをやる。
・ もっと軽く終わらそうと思っていたが、実際組み合っていると、だんだんスパーに近づいていく感じ。
・ 新主将の鈴木君と同じ3年生の吉川君が、技術練習のときにレクチャーをしてくれて、ツーオンワンを確認し、前日やったarm barについて、さらに頭部を支点に使うやり方・足の位置なども習う。
・ 練習後に太田監督にも話したが、こうやって大学生に教わっていると、大学生に家庭教師をしてもらって勉強を習っている小・中学生の気分になる。教える・習うという関係は、実際の年齢とは別の「年齢関係」を喚起する。
・ またこれも太田監督に話したことだが、もちろん勝ちたいという気持ちはあるが、それ以上に試合に出られること自体が嬉しい気持ちが強い。何しろ、昨年の今頃は、靱帯損傷で欠場を余儀なくされていたわけだし。

・ これから明日の試合のための前日計量に行ってくる。昨日今日と練習したせいもあるが、57kgを下回るところまで落ちてしまったので、ふつうに昼食を食べた。
【2013年1月12日記】

◎ 2013年1月9日(水) 「はやさ」
・ 8時〜10時のレスリング部朝練に参加。試験前のこともあって、いつもより少人数。
・ ランニング→馬跳び→ジャンプ→サーキット→イラン体操→ストレッチ→打ち込み→回していくスパー→がぶりの練習
・ 私は、一回休みを入れつつ、高木君(1年)と石川君(2年)に複数回相手をしてもらう。
・ 高木君は55kg級で、動きが俊敏。組んでやられる以前に、その動きのはやさに私は翻弄されて、組み手で崩されて、何もできない。
・ 本来なら(?)そのような動きは、私がやってみたかったなぁ、というもの。私も若い頃は「高木君タイプ」で、けっこう俊敏だった(ハズ)なので。
・ 石川君には、スパーだけでなく、がぶりの練習と寝技の練習でもお世話になる。がぶりの練習のときには、田中君(1年)にもレクチャーしてもらう。
・ 今週は、試合前なので、金曜日の夜と土曜日の午前中にも練習に参加するつもり(土曜日は身体を動かす程度にしておくつもり)。
【2013年1月9日記】

◎ 2013年1月7日(月) 「NEWS」
・ 青山学院大学レスリング部のホームページの、NEWS欄「2013/01/07 第12回全日本マスターズレスリング選手権大会」のところに、私の出場のことが以下のように載っていました。

第12回全日本マスターズレスリング選手権大会 【 2013/01/07 09:26 】

 第12回全日本マスターズレスリング選手権大会が下記の日程で行われます。
つきましては、毎週、レスリング部の練習に熱心に参加されておられます、教育人間科学部教授の
入不二先生が出場されます。何卒、応援の程、よろしくお願い申しあげます。

  H25年1月13日(日)
  開会式AM 9:30〜
  試合開始AM10:00〜
  
  会場: 国立オリンピック記念青少年総合センター・スポーツ棟大体育室
        東京都渋谷区代々木神園3−1(小田急線参宮橋駅より徒歩7分)

・ 恐縮してしまいますが、太田監督、掲載していただいて、どうもありがとうございます。
【2013年1月7日記】

◎ 2013年1月5日(土)・6日(日) 「連日の練習」
・ 土曜日(17:00〜19:00)・日曜日(8:30〜10:30)の両日、今年初のレスリング練習。土曜日は人見コーチ、日曜日は野村コーチで、両日とも11名の参加者。
・ 写真は、日曜日練習後の集合写真。

・ 体重は、なぜか翌日には57.4kgまで戻っている。「メンタルなものかもしれない」という意見もあり。つまり、「減量」を意識するあまり、身体が過剰に反応したということかな。
・ 土曜日・日曜日とも、連チャンでのスパーを含めて、富川さんと小野寺さんには複数回スパーの相手をしてもらう。二人との対戦で、土曜日は自信を失い、日曜日に少しだけ回復という感じ。
・ 土曜日は、これまではかかっていた技に対しても、ちゃんと対処法を繰り出されて防がれてしまい、逆にいつもはかかっていなかった技でフォールされてしまう。さらに、もっと強い人が相手だと、かけようとしてもびくともしないし。
・ このままでは「ぺしゃんこ」な気持ちのまま試合に臨むことになるので、翌日は何とか少しは持ち直そうと考えて、再び両者に挑んで、前日よりはマシな結果。
・ 課題点はそのままなので、両日の「差」は、要するに、何とかしようとする気持ちの差だけ。
・ がぶりの練習の時に、うまく自分の肘で相手の肘を引きつけることができると、強烈ながぶりになることが体感できた。
・ スパーの最後で、佐藤コーチが相手をしてくれて、ツーオンワンに入るために取ったあとに振る(引く)点の重要さを指摘してもらう(私は取ったあとに休みがち)。
・ 前日・夜と翌日・朝という組み合わせの連日練習は、私にとってはやはりオーバーワーク気味で、帰宅後昼寝。
【2013年1月6日記】

◎ 2013年1月4日(金) 「あれっ?!」
・ ジムで筋トレ・ランニング・サウナのあと、体重を計ると55.7kg。
・ 落ちすぎでマズイ(>_<)。これでは、下の階級(55kg級)に近づいているではないか!(もう58kg級で登録してあるので、変更はできない。)
・ おかしいなぁ。間食・お菓子断ちはしているが、食事は普通に取っているのに。違いといえば、このところ毎日走っていることくらいである。試合前になって体重へ意識が集中していることも、代謝に影響しているのだろうか。
・ そうかといって、増やそうとするとオーバーしてしまうかもしれず、ぎりぎりで計量通過という「理想」も簡単ではない。
・ しかし、60kg〜56kgの「4kg」の+−は、意識的にやれば比較的容易にできるんだな。
【2013年1月4日記】

◎ 2013年1月3日(木) 「正月三が日」
・ 一日は、長男夫妻ともども妻の実家に全員集合して夕食。二日・三日はTVで箱根駅伝を観戦して、青山学院大を応援。二日夕方に世田谷八幡宮を参拝。
・ 毎日5km強のランニングをして、体重を57.5kgというちょうどよい所で維持。
・ YouTubeのレスリング動画による座学で、自分がやっていた技の名前や正確なフィニッシュへの持って行き方等を勉強。【cross face → cradle】or【cross face → butcher】or【butcher → pancake】の三分岐。
・ 技に関して確かめたいことがあったので、自宅リビングにて、息子にダミーになってもらって研究。「ふむふむ」という納得感。試合が終わらないと、頭が哲学に向かわない。
【2013年1月3日記】

◎ 2013年1月1日(火) 「謹賀新年 新年を迎え皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます」
・ 昨年最大のイベントは、長男・経勝と嫁・晶晶の結婚式(中国・瀋陽にて)でした。次男は英国留学から帰国、三男は大学生になりました。
・ 私は『本』(講談社PR誌)で連載(「あるようにあり、なるようになる」を始め、『哲学の挑戦』(春風社)に「現実の現実性」という論文を書き、日本理論心理学会に招かれて「共感のパラドクスと「かのように」」という発表をしました。もうすぐ『英語で読む哲学』(研究社)という編著も出ます。
・ ここ三年続いているレスリング熱はさらに昂進し、一月十三日に試合に出場します。
【2013年1月1日記】

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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


著書


2017『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(ぷねうま舎)


2017 『現代哲学ラボ 第4号: 永井均の無内包の現実性とは?[Kindle版](哲楽編集部・編)


2016 『現代哲学ラボ 第1号: 入不二基義のあるようにありなるようになるとは? 』[Kindle版](哲楽編集部・編)


(カバー+オビ 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


(カバー+オビ 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(表紙 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


2013『子どもの難問』(野矢茂樹編著、中央公論新社)<私の執筆は二編>


2013『英語で読む哲学』(編著、研究社)


2012『哲学の挑戦』西日本哲学会・編、春風社)


2011『Q〜わたしの思考探究〜 (共著、NHK出版)


2010『<私>の哲学を哲学する』(共著、講談社)


(カバー 帯なし)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)

↑(帯をとると上のようになります)


(カバー+帯)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)



2009 ちくま学芸文庫版『相対主義の極北』(筑摩書房)



2007 『哲学の誤読 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)



2007 『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)



2006 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版, シリーズ・哲学のエッセンス )






2002 『時間は実在するか』(講談社現代新書)




2001  『相対主義の極北』(春秋社)



1993  『<思考する>英文読解』(駿台文庫・絶版)

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