BBSPINKちゃんねる内で発表されたチャングムの誓いのSS(二次小説)を収集した保管庫です

   チャングム×チョンホ       第一部281様


「チャングムさん、申し訳ありませんが私を診ていただけませんか」
済州島にてチャンドクの厳しい指導のもと、女医を目指して修行するチャングムの前に
ミン・ジョンホがとぼとぼと現れたのは荒れ模様の冬の日の午後のことであった。

「どうやら風邪をひいたようで…昼食後からだんだん気分が悪くなりまして」
舞い吹雪く雪を背景に、彼はそう言った。目はやや潤み、顔もすこし赤い。
「ああ。お勉強の最中でしたか」
「いいえ、チョンホ様。だいじょうぶです、どうぞこちらに」
チャングムは急いで医術書を片付けた。
勉強のための時間は惜しいが助けを求める人は無視できぬ。
また長年の付き合いのチョンホは別格だ。
「寒いおりですし、兵士たちに移すわけにもいきませんから。どうかお願いします」
チャングムの薦めるまま床几に腰を降ろしたチョンホはチャングムを見上げた。
脈をとり、額に掌をかざし、チャングムは眉を開く。まださほど重い状態ではない。

「早くいらしたからだいじょうぶ。今日はお休みになって。いいお薬を煎じますから、服んでくださいね」
「ありがとうございます、チャングムさん」
薬草の棚に身を翻したチャングムを眺めつつチョンホは呟いた。
「しかし兵士たちより先に風邪をひくとは、お恥ずかしい。わりに丈夫なたちなのですがね」
「チョンホ様は働き過ぎですよ。たまには手をお抜きにならないと」
手早く薬草を選び、火をかきたてて薬鍋に封じる。
「あなたに言われるとは、心外です」
チョンホはすこし笑った。

チャングムが頭を傾げて思案している。
「このお薬ができるまで、ちょっと時間がかかりますけど」
「ああ、わかりました。また出直してきますよ」
チョンホは多少ふらつきながら立ち上がった。チャングムは急いで手を差し伸べた。
「あの、大丈夫ですか、チョンホ様?」
「平気です」
戸を数寸開くと荒れ狂う風がどっと吹き込んできて、チャングムが慌てて閉めた。
「すごい吹雪になってます、チョンホ様。このままここでお待ちになったほうが」
チョンホは一瞬の風で大量の雪が乱れ落ちてまだらになった床を眺めた。
「ではお言葉に甘えます、チャングムさん」

狭い室内は薬鍋の熱気で充分暖かかった。
封のわずかな隙間から湯気が盛んに噴き上がり、滲みるような炭の、音とも言えぬ音だけが周囲にたちこめている。
居心地が悪く、チャングムはやたらに熾を煽いだ。
チョンホと二人きりでいたことは結構あったような気がするが、今日までこれほど気まずい感じはしなかった。
チャングムはいつもいつも極限状態だったから(たぶん一生変わらない)常に他に気を取られていたのである。
だが、今日は(非常に珍しく)差し迫った危機もなく、密室でチョンホのための薬を作っているだけ。
そんないつ終わるともわからない吹雪の中、チョンホの様子がなんだかへんなのだ。

ずーっと彼側の頬に違和感を感じていたチャングムは、ついにたまりかねてさっと顔をあげた。
「あの、わたしの顔、なにかついていますか、チョンホ様」
「いいえ」
チョンホはかぶりをふり、穏やかに微笑した。
「いつもいつもお綺麗ですね、チャングムさんは」

チャングムはうちわを取り落としそうになったが、火の傍なのでぐっと堪え、かわりに口を開けた。
「え?」
「とても綺麗です。いつもそう思っていました。あなたは美しい」
よく見ると、チョンホの目は潤みを増していた。
「きっと、純粋でひたむきで美しい心が見た目にも現れているのでしょう。そうです。そうに違いありません」
「ちょっと、チョンホ様。失礼します!」
チャングムは内心赤くなり、急いでチョンホの額に指をあてた。
普段から浮かれた事を言い始めると恥ずかし気もなく続けるチョンホだが、それにしてもおかしい。
案の定だ。さっきより額が熱いような気がする。
「熱が出始めたんだわ。横になってくださいな、今床をとりますから」
ひっこめようとした指先をまとめて掴まれて、チャングムは目を見張った。
「え、あの……チョンホ様?」
「床など必要ありません、チャングムさん」
チョンホは身を乗り出し、潤んだ瞳を訴えるように向けた。
「この熱は、恋の情熱なのです。あなたを慕う積年の私の想いが我慢できずに溢れ出たのです」

その指を叩こうとしてチャングムは躊躇した。相手は一応病人である。
「落ち着いてください、チョンホ様。あなたは今熱でちょっと(いつものがもっとひどいわ)」
「あなたに救われた輝けるあの日から、私の心はあなたを想い続けていたのです、チャングムさん!」
「いえ、あの(トックおじさんに言われるまで想像もしてなかったじゃないのよ)」
つっこみをいれているチャングムの内心にはもちろん気付かず、チョンホは握った指を引き寄せた。
「どうしてあなたはそういつもいつもいつもいつも冷静なのですか。私の態度を見てみぬふりをしているとしか思えない」
「あの、そうじゃなくて(ここまで波瀾万丈すぎてそんな暇なんてなかったし)」
ひき寄せられ、チャングムはさらに目を見開いた。ひげ面が迫ってくる。
「そ、そういう事はしちゃいけないんですよ、チョンホ様!」
身をそらすチャングムをチョンホは抱きしめようとした。
「何故ですか。あなたはもう女官ではないし、私も都を捨てた身です」
「とにかく、いけませんってば!な、殴りますよ、チョンホ様っ」
手近の医術書をつかみあげたチャングムに、チョンホは気弱な笑みを見せた。
「…殴られるのはきっと痛いでしょうね」
チャングムは頷く。
「でしょう?わたしも母やおばさんや尚宮様に小枝の鞭で脹ら脛をよく叩かれたけど、とても痛かったわ」
チョンホの顔がぱーっと(熱で)輝いた。
「鞭。チャングムさんの白くて細い指には似合うでしょう。どうせならそれで殴っていただけませんか」
「ちょっと……いえ、チョンホ様。ねえ、お気を確かにお持ちくださいな、あの、ほんとうに大丈夫ですか?」
チャングムは絶句しかけたが、チョンホの息が燃えるようである事に気付いた。
「とにかく鞭は駄目です!いけないわ。早く横にならなければ…」
さきほど診た時にはさほどでもなかったが、病が進行しているのだろうか。
チャングムの思いに関係なく、チョンホの腕に力がこもった。

「チャングムさん…」
耳の近くに声と熱い息が振ってきて、チャングムはびくっとした。
「あの、だ、だめですってば…」
思いとは裏腹に声が小さくなってしまう。なんだか怖い。
チャングムが後ろに足を運ぶので、彼女を抱いたままのチョンホが追って迫ってきた。
背中が壁にぶつかって、チャングムは下がるのを断念した。
「ああ、チャングムさん。あなたの背は、なんて柔らかいんだ」
チョンホがうっとりと呟いている。背に掌の感触が這う。
チャングムは顔を赤らめ、身を捩ったがチョンホの腕はびくともしない。
「チョンホ様、いけませんってば」
腕を押しのけようとして、はっとチャングムは身をこわばらせた。

重ねた双方の衣服越し、腿に奇妙な感触を覚えたのである。
刀の類かと思ったがそうではないことはすぐにわかった。チョンホは丸腰だ。
「チョンホ様、これは?」
チャングムは訊ねた。チョンホの目がわずかに気を取り戻した。彼は口ごもった。
「これは…その…私の…ものです」
「チョンホ様の?なんですか?」
「あー…」
チョンホは考え込み、腕の力が緩んだ。チャングムは頸を曲げて、まじまじと眺めた。
下裳と上衣越しにもわかるほどなにかが盛り上がっている。
「チャングムさん」
チョンホはもじもじした。多少正気に戻って来た様子である。
「ねえ、なんなんですか?」
チャングムは顔をあげ、追求した。

彼女がこうなったら一歩も退かないことを知っているチョンホはますますうろたえて咳払いした。
「あの、その。えへん」
「チョンホ様」
「わかりました。ええと、私のものです。つまり……その、男ならば誰でも持っている器官です」
「ああ、これがそうなんですね」
チャングムは感心したげに頷いた。大きな目が求道者の光を帯びはじめた。
「もちろん医術書で知っていたけど、実際に見るのは初めてです」
「はあ、そうですか…」
実際にって、衣服越しなのである。
こんな場合にも関わらずどこかとんちんかんなチャングムにチョンホは微笑した。
やっぱり熱で彼の知力は鈍っていたに違いない。
正常な状態ならば、当然チャングムの台詞の流れは予測できたはずである。
「でも、おかしいわね。たしかこれは、いつもこんな状態ではないはずだわ」
「それは……」
あなたとやりたくてこうなったのです、とはさすがに言えないチョンホの股間を、チャングムがつんとつついた。
「うっ」
思わず前屈みになったチョンホの目に、驚き、感動するチャングムの姿が映る。
「まあ、すごい反応なんですね!」
「いえあのチャングムさん…」
「あの、ねえ、チョンホ様」
じっと見上げてくるくっきりとした澄んだ瞳。その奥に探求の炎が妖しくも美しく燃えていた。
「普通ならとてもこんなお願いはできませんけど…ねえ、こんな機会は滅多にありませんよね。観察させてくださいな」
「観察?」
チャングムはぱっと身を低くしてチョンホの腕をすり抜け、医術書の山にとびついた。
「たしか、この本…あーっ、あったわ、これね。ええと。えとえと」
本を開いて置き、もう片手で匙やそのへんの布やら綿やら油やらをごたまぜに払いのけて
机の表面を確保したチャングムは満面に興奮を漲らせて叫んだ。
「さあ、チョンホ様!ここに出してくださいな」

「いやです」
チョンホは拒否した。潤みきった目が一層光をたたえており、今にも泣き出しそうだ。
「そんな純粋なきらきらした目をしているチャングムさんに観察されるのは、恥ずかしいです」
「まあ…」
帳面と筆をとりあげたチャングムは眉を寄せた。
「よくも、今さら恥ずかしいだなんて」
「許してください」
チョンホは恥も外聞もなく懇願した。
「熱でつい本、いえ、頭がおかしくなっていたのです、チャングムさん!」
「熱のせいで済むなら左捕盗庁はいらないんですよ、チョンホ様」
チャングムはにっこりと笑った。
「もちろん、鞭とかなんとかのご趣味もクマンさんたちに知られたくなんてないですよね?」



吹雪が去った後、しばらくの間ミン・ジョンホは高熱で寝込むこととなった。
もちろんチャングムは献身的にせっせと看病し、関係者一同を感心させた。
なんでも風邪をこじらせたそうだが、その真の理由を知っているのはこの世に二人きりである。
仲良しな事だ。

クミョンが知ったらさぞかし羨、いや、きっと怒り狂うことだろう。


おしまい



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