BBSPINKちゃんねる内で発表されたチャングムの誓いのSS(二次小説)を収集した保管庫です

   チャングム×チョンホ  漢拏山 (前編)       第一部364様


早朝から淀んだままの灰色の空が広がる……昨夜の嵐の余波が残っているのか……海から吹く風が強い……。
酷い雨風だった。よく、無事で一晩過ごせたものだわ。
そんな事を思いながら、チャングムは、風が吹き荒ぶ中、人通りの少ない道をハルラ山の方向へ歩いて行った。

ふと、道の向こう側から、チャングムがよく知るひとりの男が歩いて来た。
「ミン・ジョンホ様!」「チャングムさん?こんな天気の中、どちらへ?」
「私ですか?お師匠様の云いつけで、ハルラ山へ行く途中でございます」
「あの、険しいハルラ山へ?この強風の中をですか?」
「ハルラ山にしか自生しないという、薬草を採りに参ります。患者さんにどうしてもそれが必要な方がいるのです。
 店には置いていません。それで、お師匠様が私に採りに行くようにと……」
「夕べの騒ぎを知らないのですか?」「夕べ?あの嵐の事ですか?」

ミン・ジョンホは、深刻な表情を浮かべて、チャングムの顔を見つめた―――
「夕べ、倭寇の船が一隻、この島の近くで嵐に遭い沈没したのです。見張りの者が一部始終見ていたのですが、倭寇共は大概の者が
 海の藻屑と消えた様です……しかし、幾人かの者がこの島に泳ぎ着く事が出来た様だと……それで、夕べから手分けをして
 捜しているのですが、まだ、見つかっていません。危険です、チャングムさん。チャンドクさんに理由を話して戻った方がいい」
「いいえ、チョンホ様。患者さんには、その薬草が必要なのです。戻る訳には参りません」
「チャングムさん……」――ミン・ジョンホは、誰よりも意思の強いチャングムの性質をよく知っている。

(困ったな……説得して言う事を聞く様な人では無い……)

ミン・ジョンホは、暫く思案した末、チャングムに言った。
「チャングムさん。それでは、私がハルラ山まで一緒に行きましょう。あなたひとりを行かせる訳にはいかない」
「そんな!チョンホ様……倭寇を捜さなくて良いのでございますか?」
「平地を捜していないのなら、山へ隠れたとも考えられます。そんな所へ行くあなたを見過ごす訳にはいきません。
 大丈夫です。捜すつもりで一緒に行きましょう。但し、薬草を手に入れたら、すぐに帰ると約束して下さい」
「チョンホ様……」――『倭寇』と聞いて、少し怖れを感じていたチャングムは、ミン・ジョンホの力強い申し出に安堵した。
「申し訳ありません、チョンホ様……私の我侭の所為で……」
「気にしないで下さい、チャングムさん。患者さんの事を思うあなたの気持ちは、十分に理解出来ます」

本当は……(私の大事なあなたを危険な目に遭わせる事など、絶対に出来ない)―――ミン・ジョンホは、そう言いたかった。
しかし、医女の修行中であるチャングムにその言葉を告げるのは、彼女の心配事を一つ増やすだけなのだ。
そう思い悩みながらも、自分の本当の気持ちを胸の奥底へそっとしまった。

チョンホはハルラ山の方へ歩みを進め、そして、その僅か後ろにチャングムは従った。
夫婦でも無い二人……そして、奴婢である女が並んで歩く事など許されない。

(チョンホ様は、いつも私に優しくしてくれる……それが時々、戸惑いになる事もあるのだけど……)

二人は僅かな距離を保ちつつ、ハルラ山へ急ぎ歩いた。

済州島で一番高い山である、ハルラ山への道は険しい。
昨夜の風雨で崩れた道を避けながら、二人は山を登った。
二人が山道を進んで行くと、昨夜の嵐の吹き返しなのか、灰色の雲間から小雨が落ちてきた。
始めは小降りであったものの、それはやがて少しずつ強さを増していく……
「雨が降ってきましたね……急ぎましょうか」「はい……申し訳ありません」

まだ、雨宿りが必要な程の雨では無かった―――歩みを早め、ハルラの森の中へ足を踏み入れた二人の前に、不吉な影が近づいた。
不吉な影は二人の行く手を阻み、驚いたチャングムは、ミン・ジョンホの背中にしがみついた。
その姿は明らかに土地の者達とは違う―――(倭寇!倭寇だわ!!これが夕べ沈没した船に居た者達?)
倭寇の残党は、5、6人程いる。ざんばらに解けた髷に、倭の刀を手にし、薄汚れた出で立ちで、眼光だけが不気味に光っている。
男達はそれぞれ刀を抜くと、一番体の大きな男が二人の前に歩み出た。

「おまえ、水軍の武官だな。食い物は持っていないか?」
ミン・ジョンホは、武官らしく落ち着いた物腰で剣を抜くと、男に向って口を開いた。
「賊に施す様な物は持っていない。大人しく引けば見逃してやろう。引かねば、ただでは済まないぞ」
「フン、女連れで動きが取れないものと見える。食い物を持たねば、女を置いていけ。言う事を聞かねば、殺す―――。
 水軍の者が無事に帰れると思うなよ」

「チャングムさん……私の側を離れないように……」――チョンホは、そっとチャングムに囁いた。
 チャングムは恐怖の余り、ただ頷く事しか出来なかった。そして、チョンホの背中を強く握った。

「無事に帰れないのはどちらの方かな?手を出せば、後悔する事になるぞ」
「黙れ!水軍の分際で何を言う!俺達は、いつもおまえ達に酷い目に遭わされている。仇打ちには良い機会だ。覚悟しろ!」
「それでは、仕方無いな……」

倭寇達は、二人を円陣に取り囲み、刃を向けた。
ミン・ジョンホは、右手で剣を構え、左手でチャングムの体を庇い、倭寇達の動きに視線を走らせた。
チャングムは、なるべくチョンホの動きを邪魔せぬ様に、心を静めて、チョンホと同じく倭寇の動きを見張った。
ミン・ジョンホの構えに、只者では無い事を悟った倭寇達は、誰もチョンホに先陣をきる者はいなかった。
ただ、ジリジリと二人を円陣の内側に追い詰める動きを見せ、チョンホは、全く隙を見せずに剣を構え、倭寇達を見回していた。
そのまま数分の時が流れ、我慢出来なくなった倭寇の一人が、奇声を発しながらチョンホの頭目掛けて刀を振り下ろした。

「きゃああぁぁ!!!」――恐怖の余り、チャングムはチョンホの背中を離れ、耳を塞いでその場にしゃがんでしまった。
ミン・ジョンホの剣は倭寇の刀を簡単に受け止め、それを撃ち返すと、そのまま倭寇の頭を砕いてしまった。
血飛沫が雨粒と共に、チョンホとチャングムの衣に散った。
ミン・ジョンホの剣の勢いに、倭寇達は一瞬怯んだものの、すぐに二番手がチョンホを襲った。

チョンホは、二番手の男の刃先をかわすと、相手の喉笛を突き刺した。
三番手は、チャングムめがけて背後から刀を振り下ろす!―――「きゃぁああーーー!!!」
チョンホは、チャングムの悲鳴に直ぐ反応すると、身を翻すと同時に男を切って捨てた。
息つく間もなく、二人の男が、左右同時にチョンホ目掛けて飛び掛かる!
チョンホは鮮やかに跳躍すると、左手の男の頭蓋を足で割り、その勢いに乗って右手の男の刀を剣で払い、袈裟懸けに切って捨てた。

残るは一人―――― 一番対格も風貌も良い、最初に二人に脅しをかけた倭寇だった。
「やるな……こうも簡単に切って捨てるとは……名のある武官と見える」
倭寇は正面に刀を構えると、目を見開き、ミン・ジョンホを睨みつけた。
その構えは、男がかなりの手練で有る事を物語っていた。

(まずい……今までの雑魚共と、この男は違うようだ……なんとかしなければ……彼女を無事に……)

「おまえこそ、元は名のある武士ではないのか?何故、倭寇などに落ちぶれる……」
「おまえの知った事か!……確かに……元は俺も、由緒正しい身であった事もある」
「ならば、私の頼みを聞け」
「おまえの頼みだと?フフフ……笑止。何を聞けと言うのだ?」
「女は何も関係無い。命は見逃せ」
「見逃せだと?フン、まあいい……俺とおまえの勝負に女は何も関係無い。おまえの腕に免じて願いを聞くとしよう」

チョンホは、目を伏せたまま、しゃがみ込むチャングムに視線を向け言った。
「チャングムさん。さあ、立ち上がって!このまま、里まで逃げるのです!」
「そんな……チョンホ様……あなたを置いて逃げるなど……出来ません!」
「早く!奴の気が変わらぬうちに!」「いいえ、チョンホ様!嫌でございます!!」

「私の言う事が聞けないのか!」―――チョンホが初めて見せた怒りの表情に、チャングムの身は竦んでしまった。

「何をぐずぐずしている。行かぬのなら、女も一緒に切り捨てるぞ!」
「チャングムさん!さあ、早く行くのです!」
 チョンホの言葉に促され、チャングムは、仕方なく立ち上がった。
 そして、背中を向けて元来た道へと走り去った。

チョンホは、チャングムの姿が見えなくなるまで彼女の姿を追った。
無事にチャングムが逃げ延びた事を確かめると、再び、ミン・ジョンホは倭寇と視線を合わせた。
雨は益々激しくなり、共に刃先を向けて対峙する二人の体を強く打った。
遠雷は轟き、森は二人の息遣いを奥深くに包み、ただ激しい雨音だけが聞こえていた。

チャングムは、息が切れるまで走り続けた―――そして、チョンホの姿が見えなくなった所で走る事を止めた。
そのまま踵を返すと、道から横へ逸れ、再びハルラの森の中へ戻って行った。

(チョンホ様!!必ず、必ず、無事でいて下さい。私はあなたを置いて一人だけ逃げる事など、やはり出来ません!!)

深い草木の中を掻き分けて、道無き道を進むチャングムの胸は、今にも張り裂けそうだった。
それは、あの幼い日に母と共に追手を逃れた時の様に、恐ろしい程の焦りを感じていた。
自分の大切な者を再び失うかもしれない恐怖―――母を失った様に、ハン尚宮を失った様に、ミン・ジョンホを失う………
それが恐ろしい現実になれば、最早、自分の生きる意味など無きに等しい。
親切な人、自分への理解者―――昨日までは、唯の好ましい人としか感じていない筈だった。
チョンホが死ねば、私は、母や尚宮の復讐よりも死を選ぶかもしれない………あの人を死なせたくは無い……母や尚宮の様に。
夢中で元の場所に向うチャングムは、チョンホを思うその気持ちを、何と呼ぶのかさえ解らぬままに、前へ前へと進んで行った。

灰色の空に広がる黒雲は雷鳴と雨を呼び、時折、雲間を割る様に稲妻が煌く。
ミン・ジョンホと倭寇は、あれから永い事対峙したまま、お互いに一瞬の隙を突こうと機会を窺っていた。
均衡を破る機会は訪れぬまま、更に永い時が過ぎていった―――

チャングムは、漸く元の場所に近づくと、二人に気づかれぬ様にチョンホの背後にある草叢に身を潜めた。
二人の様子を窺うチャングムは、自分では何もする事が出来ずに、ただひたすらチョンホの無事を祈るしかなかった。

激しい雨に打たれ、息詰まる沈黙の時は流れ、向かい合うチョンホと倭寇――――――。

一瞬、―――雲間からの閃光が、ハルラの森の均衡を崩した。
近くの古木への落雷が、二人の沈黙を破った―――――――

ミン・ジョンホは、宙を舞う水鳥の如く空(くう)を切り、
チョンホの跳躍と同時に、倭寇はその刃を空中のチョンホへ向け、自分も僅かに跳躍し、弧を描きながら斬りつけた。
そして、直ぐに体勢を整え、背後に着地したチョンホの方を向いた。
チョンホの片袖は倭寇の刃にやられ、はらりと解けた衣の内側に血を滲ませていた。
寸暇を置かず、チョンホは倭寇が振り返るその瞬間を狙って、剣の切っ先を倭寇に突き立てた。
チョンホの剣に心臓を一突きにされた倭寇は、その一撃に断末魔を上げ、体はぬかるむ土の上に沈んだ。
そして、倭寇は雨に打たれたまま、二度と立ち上がる事は無かった―――。
チョンホが斬られた肩に手を置くと、その指の隙間からは夥しい血が流れ、雨と共に、チョンホの足下に血溜りを作った。

「チョンホ様ああぁっ!!!」―――肩から流れる血を見たチャングムは、彼の名を叫びながら、必死でチョンホの許に駆け寄った。

行ってしまった筈のチャングムが目の前に現れ、チョンホは驚いた。
「チャングムさん!何故?……」「チョンホ様!肩から血が……」
「何故、戻って来たのです……私の気持ちが解らないのですか?」「チョンホ様……」
「あなたを危険な目に遭わせる事など……耐えられない……私は、あなたの無事を……」
「いいえ、いいえ……チョンホ様……もう、何も仰らないで……私……私は、あなたを失う事が…一人で逃げるなどとても……」
「チャングムさん―――」「あなたを失う事など……とても、考えられません!」

チョンホを見つめるチャングムの瞳から、一筋の涙が流れた……そして、それはすぐに降り続く雨に流されてしまった。
チョンホの瞳はチャングムを見つめ、昂る気持ちに堪らなくなったチョンホは、チャングムを強く抱きしめた。
激しく降る雨は二人の体を濡らし、ただ抱き合ったまま、二人は雨の中に佇んだ―――

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

雷鳴と雨を避け、二人は森の中の岩陰にいた―――

チョンホの傷は深く、唇は色を失っていた。
チャングムは出かける時に、チャンドクから、万一に備えて渡された僅かばかりの薬を持っていた。
それは、煎じて飲む必要が無い傷薬と腹痛の薬であった。
激しい雨に打たれ、倭寇達と戦ったチョンホは、出血により体力を失い発熱していた。
直ぐにチャングムが止血した事が幸いし、命に別状は無い様に見えた。
しかし、傷を負い、熱を出したチョンホの体力がどれ位持つのか?―――チャングムは、チョンホの脈を診た。
「いけない……何か熱を冷ます薬草を探さなければ……」
針を持たぬ以上、何か薬草を採取する必要があった。
雨と雷は、先程より幾分収まってきた様な気配がする。倭寇の残党は、あの男達以外にいるかもしれない―――
そう思いながらも、今は倭寇の影に怯えるより、チョンホの命を救う事の方が大事だった。
チャングムは、勇気を出して、岩陰から森の奥へと薬草を採りに出かけた。

半刻ばかりの後、チャングムは、熱を冷ます薬効のある草とチャンドクに云われた薬草を手に岩陰に戻ったきた。
チョンホの額に手を当て、脈を診た―――容態は出かけた時と差ほど変わってはいない。
チャングムは、すぐに、薬草を雨水で洗い流した石の上に置き、それを別の石ですり潰した。
本来は煎じて飲む薬草であったが、そんな場合では無い。どれ程の薬効が期待できるものか?
すり潰した薬草と木の葉に受けた雨水を手にし、チョンホの許へ近づいた。
(雨水などで、薬を飲ませて大丈夫かしら……)
チョンホの口に薬を含ませ、木の葉の水で流し込もうとしたが、チョンホは上手く飲んでくれない……熱にうなされているのだ。
(困ったわ……上手くいかない……どうすればいいの?)

チャングムは、薬と水を自分の口に含むと、そのままチョンホの顔へ近づいた。
チョンホの唇を人差し指でそっと開くと、自分の唇をチョンホの唇に重ねて、そのまま口移しで薬を飲ませた。

「うぅ……」―――苦い草の味と、何か柔らかい感触が自分の唇に触れている?

熱にうなされるチョンホは、薄っすらと目を開くと……それは、確かにチャングムの様だと思った……
だが、熱にうなされ、何も解らぬままに、与えられた薬を喉の奥へと流し込んだ。
チャングムは、残りの薬草をすべてチョンホに口移しで与えると、漸く安心してチョンホの寝顔を見つめた。

(チョンホ様……気づいて無いわよね……こんな事をしたなんて、気づかれると恥ずかしい……)

チャングムは、チョンホの側に座ったまま、岩陰の向こう側に降り続く小雨を見つめた。

(こうしていると、お母様と逃げた幼いあの日を思い出す……あの頃は、まだ人を救う術さえ知らない程、私は子供だったわ)

あの時、母を救う事は出来なかった―――そして、ハン尚宮様も救う事が出来なかった……苦い思い出がチャングムの中に蘇る……
だからこそ、今ここでミン・ジョンホを死なせるわけにはいかなかった
愛する人を失う事は、ここで終わりにしたかった―――。

暫く時を待ったが、与えた薬草がその効能を見せる兆しは、まだ感じられなかった。
チョンホの顔色は益々悪くなり、唇は相変わらす色を失ったままだ。

(ダメだわ……煎じなければ、効き目は無いのかしら?)

脈を診ようと、再びチョンホの手首を握った。その手は氷の様に冷え切っていた。

(冷たい!雨に打たれた所為なのね……体を温める方法を考えなければ……)

チャングムは、チョンホの濡れた衣を脱がせると、白い下衣一枚にさせた。
自分の思いついた方法を試す事に、些かの躊躇いは感じていた……だが、それをやらなければ、チョンホの体は冷え切ったままだろう。
チャングムは、チョンホが眠っている事を確かめた。
チョンホはよく眠っている様だ―――意を決して、チャングムは衣の紐を解き、下衣さえも脱ぎ捨てた。
チョンホの白い下衣の胸元を開くと、露わになったチョンホの厚い胸板に、自分の半裸になった姿を重ねた。
胸元に耳を当てると、微かに彼の心臓の鼓動が聞こえる……(良かった!心の臓は正しく動いてきている……薬が効いてきたのね)
チャングムは、チョンホの体を温める為に、羞恥を感じながらも両腕をチョンホの背中に回した。
そして、白く豊かな二つの乳房をチョンホの胸元に押し付けた。

(どうか、チョンホ様がしばらく目を覚ます事がありません様に……)

つづく


  *(後編)


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