BBSPINKちゃんねる内で発表されたチャングムの誓いのSS(二次小説)を収集した保管庫です

   ハン尚宮×チャングム   手ほどき?       第一部075様


その夜チャングムは寝付けなかった。
女官として宮中にあがる事を許され、師から大切な包丁を譲りうけた。
ついに、母との約束を果たす第一歩を踏み出したのだ。
父との約束を破り、両親を失ったチャングム。
――――――母が死ぬ前に遺した約束だけは守りたい
チャングムは暗い天井を見ながら、今までにあった様々な事を思い出していた。

すると部屋の外から誰かの足音が聞こえてきた。
その足音はチャングムの部屋の前でとまり、戸の隙間から誰かの影が床に映る。
チャングムが身を起こすと、「チャングム」と戸の向こうより呼びかけられた。
「尚宮様…」
チャングムは布団から出て、戸を開けるとそこには月に照らされた師の姿があった。
「尚宮様、このような時間にどうなさったのですか?」
師は桶と書物を持ち、何故か夜着のままここまで来ている。
チャングムが師の顔を見ると、師は唇に紅をさしていた。
師は普段から化粧などしない。チャングムは夜遅くに自分の部屋を訪ねた上、
化粧をしている師を訝しく思った。
「チャングム、今日からお前は正式に女官として宮中にあがる事になりました。
本当におめでとう。それもお前が日々、努力を怠らなかったからよ。でも」
師の口調と表情はいつものように冷静でつつましやかであった。それなのに、
紅をさした唇に違和感がある。
「私はお前に教えていない大切な事がありました。今からそれを伝えます」

チャングムの瞳が輝いた。師はいつも自分に課題を与え、その中から何かを
伝えようとする。師がいきなり本題を伝えようとするのはめずらしい。
二人が部屋に入る。チャングムは灯りをつけた。
師の持っていた桶には白い絹布が数枚入っている。チャングムが書物の表紙を
見ると、物語のような題が書かれていた。師が伝えようとするのは料理に関わる
事なのか、それとも別の事なのか。
「私達女官には本来の役割があります。それは何?」
師の問に対して、チャングムは桶の中の絹布を見ながら言う。
「それは……私達女官は……」
桶、絹布、書物、紅をさした師、女官の役割。チャングムの頭の中で、これらが
繋がりそうで繋がらない。チャングムは師の顔を見つめた。
師の表情は変わらず穏やかなままであった。
「あの、尚宮様、尚宮様は今、口に紅を…?」
「ええ、そうよ」
「ではそれがこの問の答えに関係があるのですか?」
「そうね。あるわね」
「…………………」
チャングムの顔が曇る。今の自分は水剌間の女官、紅も絹も不要なはず。
紅をさしていれば料理の味をみる時の邪魔になる。
チャングムが答えられずにいると、師は微笑みながら言った。
「いつもは聡明なお前なのに…料理以外のことには興味がないのね」

チャングムは口を少し尖らせた。
「尚宮様、料理の事じゃないんですね?じゃあ、もしかして…」
「言ってごらんなさい」
チャングムは俯いて「私達女官は…王様の女…という事でしょうか…」と言った。
「そうよチャングム。私達女官は全員、王様の女。お前も、私も」
チャングムは顔をあげる。
「王様の女ということは、いつ王様のお情けを受けてもおかしくないこと。
よって、これからお前に」
「え、あの、お情けって…?」
師は目を瞬いてチャングムを見た。チャングムは目を大きくして自分を見ている。
「本当にお前はこういう事がからきし駄目なのね…」
持ってきた書物をチャングムに手渡す。
「私は少ししたら戻ります。それまでこれを読んでいなさい」
師は桶を持って部屋から出ていった。軽いため息をついて。

チャングムは書物をめくった。そこには裸の男女が絡み合う絵が描かれていた。


チャングムは慌てて書物を閉じた。見間違いだと思い、もう一度開いてみたが
やはり裸の男女が絡み合う絵があった。
こういった物を他の女官が読んでいる事は知っているが、師までもが読んでいた
とは思わなかった。むしろ師はこういった物を嫌う人のはずだ。
今夜の師は紅をさしたり、こういった書物を持っていたりとどこかおかしい。
だからと言って読めと言われたものを読まない訳にもいかず、チャングムは書物を
ぺらぺらとめくりうなだれた。
文章を読むと、どうもこの男女は愛し合っているようで二人が結ばれる話なのだが、
チャングムには人を好きになるとか、愛し合うとかそういった経験がない。
チャングムは大きなため息をついて書物を投げ出した。
(お情けって巫山の夢の事なんだ……私は神女じゃないよ…)

(尚宮様が紅をさしていたのは……殿方のため…?でもここには殿方なんていないのに…。
それからあの絹と桶は何のため?もう、訳がわかんない…)
チャングムが膝をかかえていると、戸が開いて師が部屋へと戻ってきた。
あわててチャングムが姿勢を正し、師が桶を机に置いて座った。
「尚宮様、今日の尚宮様は何だかおかしいです」
憮然とした表情でチャングムが言うと、師は口に手をあてて笑った。
「笑うようなことですか?だって、こんな書物を見せるし、いつもはしないお化粧を
してるし…」
「そう……。では、どうして今日の私がおかしいか教えてあげる」
「はい……」
師の持ってきた桶の中には湯が入っていた。どうやら湯を沸かすために部屋を出たようだ。
桶からは花のような香りが漂ってきた。この香りもお情けのためのものなのだろうか。
「チャングム、この世は対になる二つのもので成り立っているわ。
天と地、昼と夜………二つの間に交わりがなければ季節もなく、花も咲かず、命は生まれない。
人間もそう。男と女、交わりがなければ新しい命は生まれてこない」
師はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だから、男と女の交わりはとても大切な事なの。分かるわね」
「でも、私は、巫山の神女じゃありません―――――――それに、この書物に
出てきた二人のように愛し合うような殿方もいません。それよりも、どうして
尚宮様がこんな物持ってるんですか?」
チャングムが俯いたまま言う。部屋に花のような香りが広がっていった。

つと師が立ち上がり、投げ出された書物を拾う。そしてチャングムの隣に座った。
驚いたチャングムが顔をあげると、師は微笑んだ。
「お前、私がこの書物を持っていたのに驚いたの?」
チャングムは黙って肯いた。すると師はまた微笑んだ。
「私も興味があるから、ではいけない?」
チャングムは大きく目を見開いて師を見つめた。師は微笑んているだけだ。
「…………意外です……」
「軽蔑する?」
「い、いえ。ただちょっと驚いちゃって……」
「私も興味があるのは本当だけど、この書物は私の師だったある尚宮様がくれたものなのよ。
その時尚宮様はこうおっしゃったの。
“男と女の交わりにはもう一つ意味がある。男の『気』と女の『気』を一つにし、
心と体の調和をはかり、お互いの気力を充実させて健やかにする。私達女官は夫である
王様のために、御召しとあらばいつでも寝所に仕えられるように”と」
「……はぁ……」
「私達が王様の御膳を作るのも、王様の寝所にお仕えするのも、すべて王様が
心身共に健やかにあらせられるように、なのよ」
師の言葉にチャングムは肯いたが、その表情はまだ腑に落ちないといったものであった。
「まだ納得できないのなら、そろそろ実践にうつろうかしら」

「じっ、実践?」
実践と聞いてチャングムの脳裏に書物の絵が浮かんだ。
あの絵のような事を師がするのか、と狼狽し、ならば相手が誰なのか、と
考えなくてもいい事を考えて焦る。
師の体が複雑に絡み合う様を想像してしまい、思わず師から距離を
とってしまった。
「あ、あっ、ああ、あの」
「どうしたの?」
「あ、あ、あの、今実践とおっしゃいましたが、尚宮様は…その……
こういった事を…なさった事が……?」
チャングムが俯きながら小さな声で絞り出した。
「…………あると言えばあるわね」
いつものような、静かな口調で師が答える。
「!!
で、ではっ、それはっ、王様の御召しがあったのですか?!」
先ほど自ら距離をとったのに、身を乗り出して師に詰め寄るチャングム。
「お前は言いにくい事を聞く子ね…」
苦笑いを浮かべ、チャングムの肩に片手を置いた。チャングムの顔が
薄い朱に染まる。
「あっ!………申し訳ありません尚宮様」
「昔はね、王様の寝所にお仕えする時の心構えを教える者がいたの。
私もその者やこの書物をくれた尚宮様から教わったのよ。
それに私が王様の御召しを受けたなら、今水剌間に居ないわ」
「そ、そうですよね!早とちりしてしまいました……」
師は穏やかな眼差しで俯く愛弟子を見つめた。
 
愛弟子――チャングムは、明るさと積極性、そして持って生まれた素質で
水剌間の仕事をこなしてきた。
特に未知の物を知ろうとする好奇心の強さは目を見張るものがある。
これが彼女の長所だが、逆に落ちつきがない、後先を考えず行動するといった
欠点もある。
これから男女の交わりについて彼女に説く訳だが、男女の交わりには
体の快楽と欲がついてまわる。
今は顔を朱に染め、うつむく乙女であったとしても体の快楽を知った時、
好奇心の強さ故に暴走し、欲に飲みこまれてしまうのではないか。
その不安を断つかのように、チャングムの肩に置いた手に力をこめた。
「チャングム」
チャングムはゆっくりと顔をあげた。
「チャングム、これから私が言う事をよく聞いてね。
男と女の交わりには体の快楽があります。きっと、お前が今まで味わった
事のないもの…」
師の瞳がチャングムを映し、チャングムの瞳は師の唇を映す。
「その快楽は人の判断を狂わせる…………自分が自分でなくなる、体が
いうことをきかない…………体の快楽を欲する心に負けたものが
どうなるかわかる?」
チャングムは唇をふるわせた。だけど言葉が出てこない。
 
花のような香りが充満する部屋で、師と愛弟子は向かい合っていた。
師は目を伏せている。
「体の快楽を貪るだけの、人の形をした獣になってしまうのよ。
―――――――私はお前を獣に貶めたくはない。」
師の胸の中にチャングムは居た。チャングムの頬に師のぬくもりがあった。
チャングムの背中に師の腕があった。
「私はお前にこう言いました。“料理は食べる人のために作る。食べる人を
思いやる心こそが料理人の基本”だと。
男女の交わりもそれと同じ…………相手の事を思いやる心、それを
忘れないで……。もしその心を忘れたまま交われば、体の快楽を貪るだけの
獣になってしまう―――――――――」
チャングムは抱きしめられたまま師の鼓動を感じていた。師の鼓動と自分の
鼓動が時折共鳴し、やがてずれていく。その繰り返しを感じていた。
きっと尚宮様は私以上に不安なのだろう、そう思っておそるおそる腕を師の
背中へまわした。
師の胸の中で母親に抱かれていた遠い昔を思い出す。父と母もお互いを思いやり、
そして自分が産まれたのだろうか。
チャングムは少しだけ涙をこぼした。
「尚宮様、ありがとうございます。
私、尚宮様が教えて下さった事絶対忘れません」
師の胸の中、チャングムは微笑みながら告げた。


  (参考資料) 『戦国武将の養生訓』山崎光男/新潮新書


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