チャングムの誓いエロパロSS保管庫 - チャングム×ハン尚宮 済州島日記〔2〕
   チャングム×ハン尚宮  済州島日記〔2〕       見習尚宮様


「チャンドク様、ただいま戻りました」
使いに出ていたチャングムが薬房に帰ってきた。ハン尚宮とチャングムが済州島に流刑に
なってから既に二年余の年月が経とうとしていた。ハン尚宮は済州牧使の屋敷で使用人として
勤めを果たしており、チャングムはチャンドクの下で医女の修行を続けていた。自身も非常に優れた
医女であるチャンドクは、チャングムの非凡な才能を見抜き、医女になって宮中へ戻るという
チャングムの願いを叶えさせようと厳しい修練を課したが、チャングムはひたむきに努力して
実力を蓄えていった。そんなチャングムを、想い慕う気持ちを押さえきれなかったミン・ジョンホは、
宮中の職を投げ打って済州島に追いかけて来ると、陰になり日向となって彼女を見守っていた。
薬房の中では、ハン尚宮と同じ屋敷で働くチャヒョンがチャンドクと話していたが、
患者もいなくて暇だったのか、チャンドクはチャヒョンの噂話に付き合ってやっていた。
チャヒョンは中に入って来たチャングムを目迎えながら、夢中になって話し続けていた。

「それでね、ドンジュン様は絶対にペギョンさんのことがお好きだと思うのよね。だって、
私にあれこれペギョンさんの事をお尋ねになるんですもの。でもペギョンさんは迷惑そうで、
私がその話をするとどこかへ行ってしまうのよ。こんないい話はないのに。ドンジュン様は
男前だし、お人柄も良いお方だから、女だったら好かれて悪い気なんてしないわ。
私だったら喜んでお側にいるっていうのに」
「ドンジュン様にも好みがあると思うけど」 チャンドクが茶々を入れる。
「チャンドクさんたら失礼ね。そりゃあペギョンさんは私と違って美人で品があるからね。
チャングム。あんたもペギョンさんが立派な方と幸せになってくれたら嬉しいだろ?」
「全くチャヒョンさんは、話が飛躍しすぎてついていけないわ」 チャンドクは呆れて肩を
すくめた。チャングムは、いきなりそんな話をされても訳がわからず戸惑ったが、ハン尚宮に
何かあったのだろうかと気になった。胸の奥がざわざわと波立つのを感じながら、
思い切ってチャヒョンに尋ねた。
「ドンジュン様とは、どのようなお方ですか……」

チャン・ドンジュンは済州水軍の上官で昨年漢陽から着任した。元は宮中の武官で、人柄も
仕事ぶりも申し分なく将来を嘱望されていたが、妻を流行り病で亡くしてからというもの
宮中での生活に虚しさを感じて、自ら済州島での勤務を願い出た。十歳になる息子と二人で
暮らしていたが、男所帯で食事の支度などの家事もままならなかったため、牧使が自分の屋敷の
使用人を交代で寄越しては、世話をさせていた。従ってハン尚宮も、当番の時はドンジュンの
屋敷で食事を作り、雑用をこなしていたのである。ドンジュンはハン尚宮が用意する食事の
美味しさに感嘆し、口数こそ少ないが細やかな心配りをしてくれることに感謝していた。
そして何よりその美しさと気品がある佇まいに、次第に心惹かれていきハン尚宮が訪ねて来る日が
待ち遠しかった。彼女のことをもっと知りたいと思って、チャヒョンにあれこれ尋ねていたのだが、
勘の鋭いチャヒョンはドンジュンがハン尚宮に好意を持っていると察した。
チャヒョンにからかわれたり、他の使用人の間でも噂になっているのが鬱陶しかったハン尚宮は、
新しく入った使用人に料理を教えることを口実に、ドンジュンの屋敷を訪ねる当番から外してもらった。


チャヒョンが帰った後、考え込んでいたチャングムにチャンドクが声を掛けた。
「お前に良い知らせがあるの。三ヵ月後に医女試験が行なわれるそうよ。この試験に受かって、
更に修練所で優秀な成績を修めれば宮中に配属される。お前の願いに一歩近づくわ」
「三ヶ月後ですか……」
もっと喜ぶかと思っていたチャンドクは、チャングムの意外な反応にやや戸惑った。
「どうしたの?お前のお母様やペギョンさんを貶めた者達に復讐ができるじゃない」

チャングムは曖昧に返事をした。奴婢に落とされ済州島に流刑にされた時、
必ずや宮中に戻って母やハン尚宮様、そして自分を罠にかけたチェ一族に仕返しをすると誓ったはずだ。
だから宮中の医女になることに希望を見出し、チャンドク様の厳しい指導にも耐えられたのではなかったか。
しかし医女試験に受かったら、ハン尚宮様を一人この島に残して行かなければならない。
自分は尚宮様をお守りしたいのに、離れ離れになるのは耐えられない。ここでチャンドク様の手伝いをしながら、
島の人と生きていくのも人生ではないか。復讐は遂げられなくとも、ハン尚宮様のお側にいて支えになれるのだから、
母もきっと許してくれるのではないか。時が来て宮中での権力争いの風向きが変われば、無実が証明され
身分が回復される日が来るかもしれない。
チャングムはそう考えたが、チャンドクに自分の気持ちを話すことはできなかった。

数日後、使いから帰ってきたチャングムを薬房の近くで待っていたハン尚宮が呼び止めた。
「チャングム」
「ハン尚宮様。どうかなさったのですか」 チャングムが嬉しそうに走り寄ってきた。
「お前と話をしたいと思ってね」 ハン尚宮はチャングムを木の陰に誘った。
「チャンドクさんから聞いたのだけれど、三ヵ月後に医女試験があるのに、
お前は受けると言わなかったそうね。お前の実力なら自信を持って
受けられるはずだと仰っていたわ。医女になって、宮中へ戻ると
あれほど言っていたお前がどうして?一体何があったの」

チャングムは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げてハン尚宮に答えた。
「尚宮様。医女試験に合格したら、私は尚宮様のお側を離れなければなりません。
私はチョン尚宮様に、何があってもハン尚宮様をお守りすると約束したのです。
私の手で、母や尚宮様の名誉を回復して差し上げられないのは申し訳ないのですが、
きっと母もわかってくれると思います。
それに尚宮様、牢屋で私が言った言葉を覚えていらっしゃいますか?
私は母に出来なかったことを、これから全て尚宮様にして差し上げたいのです。
誰にも邪魔されないこの島で……」
チャングムは言い終わると、甘えるようにハン尚宮に身体を寄せた。
ドンジュンという武官のことが一瞬頭をよぎったのだが、
ほんの噂にすぎないのだからと言い聞かせた。
ハン尚宮はチャングムを抱き締めてやりながら、こんなにも自分を想ってくれる
チャングムが愛しくてたまらなかったが、この愛しい子が自分を越えて、
新しい道を歩んでいかなければならないことを誰よりもよくわかっていた。


ハン尚宮が考え込みながら屋敷へ帰る途中、男に名前を呼ばれたので振り向いたら、ドン
ジュンが立っていた。ハン尚宮の顔が一瞬強張ったが、悟られないように黙って頭を下げ挨拶
した。
「こんな時間にどうなさったのですか」
「奥様のお具合が悪いので、薬房に薬を買いに参りました」
「薄暗い道を女性が一人で歩くのは物騒ですから、屋敷までお送りしましょう」
ドンジュンの申し出にハン尚宮は困惑して断ったのだが、頑として送ると聞かないので根負けし、
少し距離を置きながら、無言で屋敷に向かって歩き始めるとドンジュンが話し掛けてきた。
「最近、家に来て下さらないのですね」
「屋敷での仕事が増えたものですから、申し訳ありません」
「私もですが、息子もあなたの料理が食べられなくなり寂しがっています」
「私のような者に、そのように仰っていただきありがとうございます。今度何か
作って差し上げて、チャヒョンさんにでも届けてもらいますから」
「私はペギョンさんに来ていただきたいのです」 ドンジュンは、思わずハン尚宮の手を取って言った。
驚いたハン尚宮は、手を振りほどくと挨拶もそこそこに、逃げるように走り去った。
男に手を握られることなど初めてとはいえ、毅然とした態度を取れずに、動揺してしまった
自分が情けなく思えた。
その後ろ姿を見送りながらドンジュンは、これまで王の女として生きてきた、無垢な少女の
ように慎ましやかな人への想いが一層募るのであった。

それから数週間たち、チャンドクは相変わらず何も言わないチャングムに気を揉みつつも、
きっと何か思うところがあるのだろうと問い正したりはせず、今まで通りに修業を続けさせ
ていた。チャングムもチャンドクに申し訳なく思う気持ちがあるのだが、さりとて試験を
受ける気にもならず悩んでいた。気分転換でもしようと海辺にやって来て、寄せては返す波を
見つめていたら、そこへ丁度仕事を終えたミン・ジョンホが通りかかった。

「チャングムさん、深刻な顔をして一体どうしたのですか? 役所で耳にしたのですが、
医女試験があるそうですね。チャングムさんなら大丈夫、絶対合格します。修練所に入る頃には、
私も都に戻りお力になるつもりです」
「私は試験を受けるつもりはありません」 チャングムの返事にミン・ジョンホは驚いた。
「医女になって宮中に戻り、母上やハン尚宮殿の復讐をすると言っていたではありませんか。
その志はどうしたのですか」
「立ちはだかる山が、あまりにも高すぎて越えられるか不安です。それにハン尚宮様を島に
残して私だけ行くことはできません」
「ハン尚宮殿だって、チャングムさんが宮中に戻ることを誰よりも望まれているでしょう」
「そうかもしれませんが私にはできません。尚宮様は、私の命を救うために有りもしない罪を
背負われ、それは酷い責めを受けられました。お身体だけでなく、誇りもどれだけ傷ついたことか。
済州島への船着場まで歩けないぐらい衰弱され、背負った私の背中で母が亡くなった時のように、
遠のく意識の中で何度も私の名を呼ばれました。私はもうあのような思いを二度としたくはありません。
尚宮様のお側にいて、離れることなく生きていきたいのです」
涙を流して語るチャングムに、ミン・ジョンホは掛けるべき言葉が見つからず、
そして目の前に居ながらもチャングムの瞳に自分は映っていないのかと、一抹の寂しさを覚えたのであった。


ハン尚宮は折を見て薬房に立ち寄っては、チャングムを説得しようとしたのだが、泣かれたり、そんなに自分と離れたいのかと強く反論されたりして取りつくしまがなかった。
「苦戦していらっしゃるようですね」 往診から戻って来たチャンドクが声を掛けた。
「はい。あの子は子どもの頃から頑固なところがありまして」 
ハン尚宮は思わず嘆息をつきながら答えた。
「誰かに言われたからではなく、自分から立ち上がって歩き出さなければ。どんなに才能が
あってもこの先の道は険しくて、特に女官だったあの子には辛いことも多いでしょう」

ハン尚宮とチャンドク。 
― チャングムの二人の師匠が弟子を思う心は、共に深いものであった。

ある日ハン尚宮が庭で洗濯をしていると、ドンジュンが厳しい顔をして母屋から出て来た。
すぐ側にいたのにも関わらず気づかなかったようで、ハン尚宮に挨拶もせずそのまま屋敷から
出て行った。牧使様に呼ばれたのだろうか?ハン尚宮はやや訝しく思った。次の日の朝、
ハン尚宮は牧使の妻から、ドンジュンの屋敷で食事の支度をしてくるように言い付けられた。
手を振り切って帰ったこともあって、あまり気が進まなかったが、料理で詫びの気持ちを伝え
ようと、ハン尚宮はドンジュンの屋敷へ赴くと黙々と、しかし精一杯心を込めて料理を作った。
並んだ料理を、ドンジュンや息子が嬉しそうに平らげるのを見ると、ハン尚宮の心も
ふと温かくなった。後片付けが終り、息子が外に遊びに行ってしまったので、ハン尚宮も
身支度を整えてそろそろ帰ろうとした時、ドンジュンが厨房に入って来た。

「ペギョンさん。先日は無礼な真似をして申し訳ありませんでした」
「いいえ。私の方こそ驚いたとはいえ、ご挨拶もせずに失礼して大変申し訳ありません」
「今日はどうしてもあなたに来て頂きたくて、牧使様に無理矢理お願いしてしまいました。
実は先日役所から辞令が出まして、私は明国に赴任することになりました。任期は三年、
いやそれ以上になるかもしれません。息子には苦労をかけてしまいますが、幼い頃から色々な
土地を知るのもきっと良い経験になると思っています。しかし…… 一つだけ心残りがあるのです」
牧使の屋敷から厳しい顔で出て来たのは、明国への辞令が出たからだったのかとハン尚宮は合点がいった。

「ペギョンさん。私と一緒に来ていただけませんか」ドンジュンが真剣な眼差しで告げた。
思いもよらぬ言葉にハン尚宮は驚いて、返す言葉がすぐには見つからなかった。
「牧使様のお許しも得ました。官婢の身であるあなたを、正式な妻に迎えられないのは大変
心苦しいのですが、そんな事は世の中の形式的なことにすぎません。ご存知の通り私は妻を
亡くした身です。しかし、あなたと新しい地で新しい人生を始めたいのです。私の一生を賭けて
お守りすることを誓いますので、これからはどうか私と一緒に生きて下さい」

突然のドンジュンの告白に驚いたハン尚宮ではあったが、気を取り直すと静かに答えた。
「私のような料理しか取柄がない女に、そのようなことを言っていただいて感謝の言葉が
見つかりません。有り難くて申し訳ないぐらいです。しかし私はここを離れることはできません。
やらなくてはいけないことがあるのです。ドンジュン様のような、素晴らしいお方に
出会えたことは一生忘れません」
「ペギョンさん。島を離れる日まで、私は諦めずにあなたを待ち続けます」
ハン尚宮は無言で頭を下げると屋敷を後にした。ドンジュンの気持ちに応えることはできない。
自分の心の中にはチャングムが住んでいるのだから……


ある晩のこと、寝付けないまま、何度も寝返りを打つハン尚宮に気づいたチャヒョンは、
きっとチャングムの事で悩んでいるのだろうと、気の毒に思った。

「ペギョンさんも大変だね。でもあなたは幸せ者だよ。チャングムはいつもあなたのこと
ばかり心配していて、実の娘でもそこまでできないよ。この島に来た時もあなたの身体が
気がかりだから、くれぐれも無理をさせないでくれと頼まれてね。いじらしい子じゃないの。
そこまで大事に思うあなたと、離れろという方が無理かもしれないね……」

チャヒョンの言葉はハン尚宮の胸に深く染み入ったが、同時に静かに切り裂かれるような
痛みも覚えた。私はチャングムに何をしてやれるのだろう……。一睡も出来ぬまま寝床を
抜けると、夜明けの海辺に立って、ハン尚宮は空の上のミョンイに語りかけた。

「チャングムを私に遣わせてくれて本当にありがとう。あなたを失ってから、自分の殻に閉じ
こもって生きてきた私に宝物を授けてくれた。あの子と過ごしてきた日々は、どんな宝石
よりも輝いているわ。師匠として導いてきたつもりだったけれど、実は私の方があの子に甘えて
頼ってきたのね。今だって、あの子に医女試験を受けて宮中に戻って欲しいのだけれど、
心のどこかにこのまま私と離れずに、この島で一緒に居て欲しいと願う自分がいるの。
ミョンイ、私はどうすればいいの? 私のことを心から慕ってくれるあの子が愛しくて
たまらない。でも本当にあの子が好きで、大切に想うなら前へ進ませてやらなければ
ならないのよね。あの子を私から自由にしてあげなければいけないのよね。ミョンイ…… 」

ハン尚宮は打ち寄せる波をじっと見つめながら、一つの決意をした。


ハン尚宮が、明国への赴任が決まったドンジュンについて行くと、チャンドクから
聞かされた時、チャングムの頭の中は真っ白になり、身体の震えが止まらなかった。
当然知っているとばかり思っていたチャンドクは驚いたのだが、チャングムにすぐ
には話しにくかったのかもしれないと、ハン尚宮の心中を慮った。チャングムは薬
房を飛び出し、牧使の屋敷に向かうと、居合わせたチャヒョンにハン尚宮を呼んで
くれるように頼んだ。ハン尚宮がゆっくりとチャングムに向かって歩いて来た。

「尚宮様。明国に行かれるというのは本当ですか? きっと何かの間違いですよね」
「いいえ、本当よ。私はドンジュン様と明国に行くことにした」
「どうして、どうしてですか? 噂は本当だったのですか?だから私に医女試験を受
けて島を出ろと仰るのですか」
「お前には関係のないことよ」
「私のことなどはお忘れになって、ドンジュン様を選ばれるのですか」
「話が済んだのだったら、私は仕事があるので戻るわ。お前も薬房に帰りなさい」
ハン尚宮は踵を返して歩き始めたが、背中越しにチャングムの嗚咽が聞こえて胸が
張り裂けそうだった。泣きながら走り去っていくチャングムの足音が消えた時、
ハン尚宮は溢れる涙を拭おうともせずに、その場にしゃがみ込んでしまった。

ハン尚宮に裏切られたような恨めしく思う気持ちと、離れ離れになってしまう寂し
さで、チャングムの心は砕けてしまっていた。誰に聞いてもドンジュンを悪く言う
者はいないのだが、実際はどうだかわかるものではない。武官という地位を振りか
ざして、抵抗できないハン尚宮を、無理に連れて行こうとしているのではないかと
信じようとさえした。自分の目で彼がどのような人物か確かめて、場合によっては
ミン・ジョンホに頼んで、ドンジュンを告発することも辞さないと覚悟を決めた。

ある日使いの帰り、回り道をしてドンジュンの屋敷に寄ると、開いていた門から
そっと入って、中を伺うチャングムの胸は緊張で高鳴っていた。子ども達の元気な声
が聞こえてきたので、誘われるように先に進むと庭へと続いていた。
そこには楽しそうに子ども達と相撲を取るドンジュンの姿があった。わざと投げられて、
おどけた仕草をすると子ども達が大喜びし、それを優しい笑顔で見守っていた。その
笑顔に幼い頃別れた父の優しい笑顔が重なり、懐かしいような切ない気分になった。
この人は権力を楯にするような人ではないと、チャングムにはすぐわかった。そしてこの人
なら、ハン尚宮を大切にしてずっと守ってくれるだろうと思った。自分もハン尚宮を慕い、
守りたいと思っていたが、現実は奴婢の自分には何も出来ないのだ。本当にハン尚宮の
幸せを願うなら、身を切られるように辛いことだが、ドンジュンとこの島から送り出して
あげなければと自分に言い聞かせた。チャングムは声をかけずに、静かに屋敷を後にした。

ハン尚宮とドンジュンが一糸纏わぬ姿で見つめ合っている。やがてドンジュンの逞
しい身体がハン尚宮を組み敷いていくと、そのまま二人の身体は絡み合い、ハン尚
宮のすすり泣くような声が聞こえてきた。ハン尚宮の両膝を割って脚を開かせると、
ドンジュンはその白く美しい身体に自らをゆっくりと沈めていった。眉根を寄せ、
小さく呻きながらドンジュンを迎え入れたハン尚宮は、自分の中でドンジュンが動
き出すと堪え切れずに声を洩らしてしまう。ハン尚宮の艶めかしい声に我慢できな
くなったのか、ドンジュンが息を弾ませながら身体を打ちつけると、あまりの激し
さにハン尚宮はもう止めて欲しいと懇願するのだが、言葉とは裏腹に顔は次第に
紅潮し、快感に震える女の表情になっていった。

「尚宮様!」 チャングムは寝床から飛び起きた。全身が汗でびっしょりだった。
今のは夢だったのか。淫らな夢を見てしまった。しかし夢の通りハン尚宮は、
もうすぐ自分の手の届かぬ人になってしまうのだ。あの優しい笑顔の向こうには
ドンジュンが居て、美しい身体は彼に捧げられるのだ。その夜チャングムは、
生まれて初めて知る嫉妬という感情に苛まれながら、声を殺して泣き続けた。


癒やすことの出来ない悲しみを少しでも忘れようと、以来チャングムは毎日医術の
修業に没頭した。そんなチャングムに声を掛けてやることも出来ず、ハン尚宮は
薬房の物陰からそっと見守っていた。
「チャングム。愛しい子。おまえならきっと乗り越えてくれると信じているわ……」
涙を拭いて帰ろうとしたその時に、丁度薬房から出て来たチャンドクと目が合った
ので、ハン尚宮が深々と頭を下げると、チャンドクも頭を下げながら寄って来た。

「この度はよく決心されましたね。チャングムは二、三日塞ぎ込んでいましたが、
少しずつ受け入れようと努力しているようです。母のように想い慕っていたあなたと
離れるのですから、辛いのは私にもよくわかります。でも……」 
チャンドクは言いにくそうに口ごもった。
「こんなことを言ったら気を悪くなさるかもしれませんが、本当にこれでよかったの
ですか?正直に言うと、私には無理をなさっているように思えるのです」

「私はチャングムを自由に羽ばたかせてやりたいのです。あの子の母親や私の復讐と
いうことに縛られることなく、医術の道を究めて欲しいのです。この私にはもう何も
してやることができません。あの子の足手纏いになるばかりです。
チャンドクさん、あなたは信頼できるお方です。どうかチャングムが才能を伸ばせ
るようにお導き下さい。くれぐれも宜しくお願いいたします」

「ですが、ご自分の気持ちを偽ってまで一緒に居てもお辛いだけでしょう」
「若い人のように燃え上がる情熱はなくても、一緒に暮らしながら時間をかけて
育まれる感情もあると思います。それでいいのです」

そう言ってハン尚宮は微笑んだが、その目は泣いていた。
チャンドクもそれ以上何も言えずに、ハン尚宮の気持ちを尊重することにした。


ハン尚宮がドンジュンの屋敷に来て、荷物をまとめるのを手伝っていた。ドンジュンは
時折、眩しそうにハン尚宮を見つめるが、ハン尚宮は視線を避けるように黙々と
作業をしていた。
「ペギョンさん。出発が早まったおかげで、慌しくなって申し訳ありません」
「私には大して持って行く物もありませんし、ご心配なさらないで下さい」
「決心して下さって本当に嬉しく思います。あなたを一生大切にしますから」
ドンジュンは愛おしそうにハン尚宮を抱き寄せた。ハン尚宮は一瞬身を硬くしたが、
諦めてドンジュンの胸に抱かれていた。だがその心の中は虚ろであることを、
ドンジュンが知る由もなかった。

数日がたち、牧使夫妻の計らいでドンジュンとハン尚宮の為に、親しい人々を集めた
内輪だけの宴会が催された。チャングムもチャンドクと共に招待されていたのだが、
急に産気づいた妊婦の診察に出かけたチャンドクに付いて行き、自分だけで大丈夫
だというチャンドクの言葉に従わず、結局宴会には出なかった。自分にとっては、
ハン尚宮との別れを改めて突き付けられる場に、少しの間でも身を置く事など
到底耐えられないと思ったからだ。
「尚宮様、どうかいつまでもお幸せに……」 チャングムは心の中でそっと祈った。

その夜チャヒョンが薬房にやって来ると、チャングムは裏の小屋で薬草を煎じて
いるところだった。
「チャングム、今日は来られなくて残念だったね。ペギョンさんはそれはもう綺麗
だったよ。あんたにも見せてあげたかったよ」
「ペギョン様はいつでもお美しい方ですもの。今度改めてご挨拶に伺います」
「それがね…… ペギョンさんには固く口止めされていたんだけど、明朝にお二人は
明国へ出発なさるそうだ。あんたには絶対黙っていてくれと頼まれたけど、何も
知らないのは、幾ら何でも可哀想すぎるから教えに来たんだよ」
「明日の朝ですって?お別れも言えぬまま、そんな急に出発なさるなんて薄情です。
まだお屋敷にはいらっしゃるのですか」
「もう出てしまったよ。今夜は船着場の近くの宿に泊まって、明け方一番の船に乗る
らしい。出発した後に、この手紙をあんたに渡してくれと頼まれたよ」 
チャヒョンが懐から手紙を取り出した。
「あんたも辛いと思うし私も寂しいけど、一緒にペギョンさんの幸せを祈ってあげよう
じゃないか」
チャングムに手紙を渡すと、ほっとしたようにチャヒョンは帰って行った。
呆然としたチャングムは、震える手で手紙を開けると、食い入るように読み始めた。


「チャングムへ
お前の顔を見たら辛くて話せなくなってしまうので、手紙を書くことにしました。
このような道を選択した私をお前は恨んでいるかもしれない。でも、お前ならきっと
わかってくれると信じている。親友だったお前のお母様を失ってから、私は人を
信じることができなくなり、親友を見殺しにした自分の勇気のなさを責める毎日だった。
しかしミョンイは、私にお前という素晴らしい贈り物を遣してくれた。お前と
過ごした日々は、楽しい時も辛い時もあったけれど、私にとっては本当に大切な
宝物のように思える。今になって振り返ってみれば、私がお前に助けてもらい、
支えてもらっていたことがどれほど多かったことか。私はお前に頼り甘えていたのね。
それなのに今の私には、お前に何もしてあげることができない。だからもう私の心配は
せずに自由に羽ばたいて、お前自身の人生を歩みなさい。お前はどんな状況にあっても
決して諦めず、いつも前を向いて進んでいけるのだから。
チャングム、どこにいてもお前を想っていることを忘れないで。私の心はお前に置いて行くわ。
お互い生きてさえいればきっとまた会える。どんなに辛いことがあっても生き抜くと約束して
おくれ。
                               

                                     愛しい子へ」

ハン尚宮の溢れる想いが込められた手紙を胸に押し抱いて、チャングムは泣き崩れた。
ハン尚宮と過ごした日々が頭の中を駆け巡り、会いたいと思う気持ちを押さえ
られぬまま泣き続けた。しばらくするとチャングムは立ち上がり、何かを心に
秘めて薬房から出て行った。

ミン・ジョンホの屋敷にやって来たチャングムが、屋敷の門で主への目通りを願うと
しばらく待たされた後にミン・ジョンホが驚いたような面持ちで現れた。
「チョンホ様。夜更けだというのにお邪魔して大変申し訳ありません」
「チャングムさんにはいつも驚かされますが、今度はどうなさったのですか」
「あの…… 馬を出していただきたくてお願いに上がりました」
「こんな時間にどこへ行くと言うのですか?」 
ミン・ジョンホの問いにチャングムは無言のままだった。
「余計な詮索は止めましょう。すぐに馬を連れて来ますので、ここでお待ち下さい」
頭を下げるチャングムを残して、ミン・ジョンホは馬小屋へ急いだ。一体何があった
のだろうか。明国へ行ってしまうハン尚宮殿との別れは辛いだろう。その代わり、
これからは自分がチャングムさんの支えになってあげなければ。ミン・ジョンホは
馬を連れてチャングムの待つ場所へと戻り、チャングムを先に馬に乗せてやると
自分も乗った。手を腰に回して、しっかりと自分にしがみつくチャングムの身体の
柔らかさと温かさに、ミン・ジョンホの心臓は高鳴ったが、そうとは悟られないように
手綱を引くと馬を走らせた。

「チョンホ様。お休みの所に無理なお願いをして、本当に申し訳ありませんでした」
「チャングムさんのお願いならどんなに無理なことでも聞きますよ。それに、私を
頼って来て下さってとても嬉しかったです。さぁ、どこへ行きましょうか」
「あの…… 船着場の方に行きたいのですが……」
「チャンドク殿にひどく叱られたのですか?そういう時は、海辺で夜風に吹かれるのも
気持ちが良いかもしれません。では散歩に出かけるとしましょう」


その頃、ドンジュンとハン尚宮は宿で明朝の出発の支度を整えていた。ドンジュン
が、眠ってしまった息子を抱えて隣りの部屋に行ってしまうと、ハン尚宮は窓辺に
座って静かに海を見つめていた。
「チャングム……」 ハン尚宮は心の中でそっと呟いて、想いを馳せていた。
隣室から自分が戻っても、ハン尚宮は全く気付かぬ様子で海を見つめていたので、
ドンジュンは声を掛けるのを憚られてその場に立ち尽くしていた。代わりに心の中で
ハン尚宮に語り掛けた。

ペギョンさん、どうしてそのような悲しい目をしているのですか?思えば一度も私
を正面から見つめてくれたことはなかったかもしれません。それはあなたの控えめ
な性格が故のことと思っていましたが、違うのですか?王の女としての忠義のため
ですか?それとも心を残してきた人がいるというのですか……
部屋に戻ったドンジュンが、自分を見つめているのにようやく気付くと、
ハン尚宮は慌てて立ち上がった。

「ドンジュン様。何かお飲みになられますか?今すぐ頼んで参ります」 
ハン尚宮は部屋を出て行くそぶりをした。
「いいえ。何も要りませんからここに居て下さい」 
ドンジュンはそう答えると、背後からハン尚宮を強く抱き締めた。
「何故だか、このままあなたが戻って来ない気がするのです」
「そんなことはありません。一体どうなさったのですか」
ドンジュンは何も答えずハン尚宮を抱き締めたままでいたが、襟元からのぞく白い
うなじに、どうしようもなく情欲をかき立てられた。今までどんなに触れたいのを
我慢していたことか。とうとう自分を受け入れることを承諾してくれたのだ。
ハン尚宮を、半ば強引に引き摺るように布団に連れて行くと、そのまま倒れ込んだ。
ハン尚宮は固く目を閉じて抵抗もせず、もはや観念したかのように身を任せて
いたのだが、心の中でチャングムに詫びていた。
「チャングム、私を許しておくれ。心まで差し上げることは出来ないから……」

「ペギョンさん。乱暴な振舞をして申し訳ありません。しかしこの時をどんなに待ち
望んだことか……」
ドンジュンはハン尚宮の着物の襟元を緩め、白い肌が露になるとその美しさに目を
奪われた。この美しい身体を自分に委ねてくれたのだ。ドンジュンは天にも昇る
気持ちになった。
「ドンジュン様。灯りを消していただけませんか……」
「あなたの全てを見たいのです」
枕元の灯りに手を伸ばしたハン尚宮の手を押さえつけると、ドンジュンは首筋から
鎖骨にかけて唇を押しつけてきた。チャングムの柔らかな身体とは違う、固く締まった
身体に圧し掛かられながら、ハン尚宮は感情のない人形のように横たわり、
嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていた。しかしドンジュンが、上着をはだけさせて
胸に顔を埋めようとした時である。

「お止めください」 
ハン尚宮は思わず叫ぶと強い力で彼を押しのけ、その身体から逃れると部屋の隅に
背中を向けて座り込んだ。
「申し訳ありません。今夜はご容赦下さい」
ハン尚宮はドンジュンに背を向けたまま詫びた。二人の間には暫く沈黙が流れていた。


ミン・ジョンホは海岸に沿って馬を走らせていた。チャングムの温もりを背中に感じ
このまま夜が明けずにこの幸せが続けばいいのにとさえ思ったが、船着場が見えて
きたところでチャングムに声を掛けた。
「もうすぐ船着場ですが、夜の散歩もこれくらいにして、チャンドク殿が心配されると
いけませんから、そろそろ薬房に戻りましょう」
「チョンホ様。船着場の近くの宿屋に連れて行って下さいませんか」
ミン・ジョンホはとても驚いて、危うく馬から落ちるところだった。

「チャ、チャングムさん。そ、それはいけません。いくら何でもまだ早すぎます。
ろくに手も握ったことがないのに、い、いけません」 
ミン・ジョンホは焦る余り、冷静さを欠いて言葉がしどろもどろになっていた。
「チョンホ様にご迷惑はお掛けいたしません。ですからお願いします」
ミン・ジョンホは完全に誤解しているのだが、思い詰めたチャングムはそんなこと
には全く気付かず、とにかく一刻も早くハン尚宮に会いたかったのだ。決意が固そうな
チャングムの様子を見て、ミン・ジョンホは二人の思いを遂げられるなら、
たとえこの後どのような罰を受けることになっても、男としてチャングムを守り抜こうと
腹を決めて、宿屋へと馬を急がせた。

落ち着きを取り戻したドンジュンが、ハン尚宮に優しく声を掛けた。
「ペギョンさん。安心して下さい。あなたの気持ちの整理がつくまで、指一本触れずに
待つと約束します。明日の出発は早いですから、こちらに来てもう休みましょう。
気になるというなら、私は隣りの部屋で息子と寝ても構いません」
力ずくで征服されても文句は言えないのに、そんなドンジュンの思いやりに
彼を信じてせめて隣りで休むぐらいはしようと、ハン尚宮は立ち上がった。

宿屋に到着すると、ミン・ジョンホは先ず自分が馬から降りて、チャングムを用心
深く降ろした。ミン・ジョンホの手は震えていたのだが、ハン尚宮のことで頭が一杯の
チャングムは、ミン・ジョンホの心の動揺には全く気付いていなかった。
「チョンホ様。本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
そう言うとチャングムは、深々と頭を下げて一人で宿屋の中に急いで入って行ってしまった。

「チャングムさん」
走り去る背中に呼びかけたまま、後に一人残されたミン・ジョンホは、全く訳がわからず
呆然としていた。自分はどうやら誤解していたようだが、これからどうすればいいのだろうか?
チャングムはなぜここに来たかったのだろうか?ミン・ジョンホは混乱していたが、
とりあえずチャングムが出て来るのを待とうと、仕方なく馬の側に腰を下ろした。


ハン尚宮が立ち上がった時、誰かが廊下を走って来る音がしたかと思うと、部屋の前から聞こえてきた声に驚いた。
ハン尚宮は信じられない思いで耳を疑った。
「失礼いたします」 
障子を開けたのはチャングムであった。
チャングムは部屋に入ると、驚いて目を見張るハン尚宮の腕を取った。
「ドンジュン様。大変申し訳ありません。私にはこうするしか方法がありません」
チャングムはドンジュンに詫びると、ハン尚宮を連れて部屋から出て行った。
ドンジュンは二人を追おうとはしなかった。チャングムは宿屋の裏口から出て行くと、
無言でハン尚宮の腕を掴んだまま、小走りで海岸沿いを進んだ。誰も追って来ないことを確認すると、
チャングムは歩みを遅くし、掴んだ腕を離すと今度はしっかりとハン尚宮の手を握り締めた。
だが相変わらず無言のままで二人は歩いていた。

チャングムがどこに行こうとしているのか、皆目見当がつかないハン尚宮だったが、
不思議と心は落ち着いていた。夜空には満天の星が輝いており、見上げたハン尚宮は
まるでチャングムの瞳のようだと思った。初めて出会った時は、紅葉のように小さな手をした
子どもだったのに、立派に成長して私を支えてくれる愛しい子。ハン尚宮は一人、思いを巡らせていた。
手を繋いだままどのくらいの時間歩いただろうか。チャングムが浜辺に向かって下りると、
そこには小さな洞窟があり、ハン尚宮を連れて中に入った。

「尚宮様。ここは私がよく一人で勉強する洞窟です」 
チャングムがようやく口を開いた。
手早く流木を並べて火を起こすと、ハン尚宮を座らせて自分も側に腰を下ろした。
歩いている時は暗くて良く見えなかったのだが、火に照らされたハン尚宮の姿は
薄く化粧を施し上等な絹の着物を着てとても美しかった。チャングムは見惚れると同時に、
自分がハン尚宮の人生を壊してしまったのではないかという、猛烈な自責の念に襲われた。


「尚宮様には大変申し訳ないことをいたしました。ご挨拶だけして帰るつもりが、
お姿を見たら自分を抑えられなくなって……。どんな罰でも受けますので、
どうかお許し下さい」

「いいえ、罰を受けるのは私よ。お前とドンジュン様を傷つけてしまったのだから。
でも心のどこかで、お前が来てくれるのを待っていたのかもしれない……」
「尚宮様は薄情なお方です。全部ご自分で背負われて、私に黙って行こうとなさるなんて」
「チャングム、許しておくれ。お前は私のこの世でたった一つの大切な宝物なの」
ハン尚宮は、大粒の涙をこぼしながら泣いているチャングムを、自分の胸に優しく抱き寄せた。
「尚宮様。私は自分の愚かさがいやになります。いつまでも尚宮様を困らせてばかりいて……」

愚かだからこそ愛しい。私はお前の一途なところが好きなの。ハン尚宮は心の中で呟いた。
チャングムの胸の鼓動が自分のそれと重なっていくのを感じながら、ハン尚宮はチャングムの
身体の温もりが懐かしく、欲しくてたまらなくなった。今までは、自分から求めるのは何となく
はしたないことのように思っていたが、若いチャングムの求めに応えるだけで充分に満たされていた。
しかし今は違った。チャングムの温もりに包まれたい。ハン尚宮は心の底からそう願った。

チャングムを抱き締めたまま、ハン尚宮は首筋にそっと唇を寄せると、チャングムの
チョゴリの紐に手を掛けてゆっくりと解き始めた。ハン尚宮の柔らかい唇を心地よく感じながら、
チャングムもハン尚宮の意図を察し、ハン尚宮の耳たぶから首筋までゆっくり舌を這わせていくと、
感じ始めたハン尚宮の身体が微かに震えて、自然に手の動きが止まった。
チャングムは首筋から唇を離さずに、先に自分が着物を脱ぐと、ハン尚宮の着物を
一枚ずつ剥いでいきながらそっと押し倒した。

波が岩に打ちつけて砕ける音だけが、静かな洞窟の中に響いていた。


もう二度と触れることは叶わないと諦めた、美しい身体が目の前に横たわっているのに、
チャングムは何か躊躇しているかのように手を伸ばすことが出来なかった。
「チャングム。お前はやはり私を許すことができないのね」 
ハン尚宮が掠れた声で問い掛けた。
「いいえ、尚宮様。そうしたことではありません。実はその……」 
チャングムは答えを聞くのが恐かったが、気になっていた事を思い切って尋ねた。

「ドンジュン様とは、その…… 男女の契りを結ばれたのでしょうか」
「お前に心で詫びながら、心と身体は別物と言い聞かせて、求められるままに
応えようとしたけれど、やはり出来なかった。
信じてもらえないかもしれないけれど、
もしそうなっていたら、二度とお前に身を任すことはできなかったわ」
「私は尚宮様を信じています。私のことを想って下さっていたのに、少しでも疑って
しまった私をどうかお許し下さい。尚宮様の指一本たりとも、もう誰にも触らせたくない。
このお身体もお心も、私だけのものにしたいのです」

チャングムはハン尚宮を抱き締めると、懐かしい感触を確めるかのように全身に
唇を押し当て、舌で味わい指でなぞった。感じる部分は巧みに避けて、焦らすかのように
少しずつ火を点けられたハン尚宮は、チャングムの吐息がかかっただけで、腰が
くねってしまうぐらい高まっていた。
もっとお前が欲しいと訴えるような、潤んだ目でハン尚宮に見つめられたチャングムは、
再びハン尚宮を抱き締めると軽く唇を合わせた。しばらくの間、軽くついばんで
柔らかな感触を楽しんでいたが、次第に深く求めるハン尚宮に応えながら、チャングムの手は
ハン尚宮の柔らかな胸のふくらみを包んでいた。

さっきまで触れなかった先端をそっと指で弄り、舌で弾いたり転がしたりすると、
ハン尚宮は思わず甘い吐息を洩らして身体を仰け反らせた。艶かしく切ない吐息に
誘われるように、チャングムはようやくハン尚宮の感じる部分を責め始めた。
ずっと我慢していた想いが弾けるかのような、チャングムの激しい愛撫にハン尚宮は
快感に溺れ、無意識に身体を反転させて逃れようとするのだが、チャングムにしっかりと
抱きかかえられて、更に激しく愛される。こんなに荒々しくチャングムに求められたのは初めてだった。
身体の自由を奪われ、身体中が蕩けてしまうような快感を与え続けられたハン尚宮は、
悲鳴のような喘ぎ声を抑えることが出来ず、洞窟中に響き渡った声は、波の音に吸い込まれていった。
チャングムが自分の腿をハン尚宮の腿に絡ませると、汗だけではないハン尚宮の身体から溢れ出たものが、
内腿まで伝って流れているのがわかった。普段は慎しやかなハン尚宮が、自分によって淫らに乱れていく様に
チャングムの身体も熱く火照った。耳元で囁きながら、チャングムはハン尚宮の脚を開くと、
そのままゆっくりと指を中に沈めていった。
胸の先端を吸いながら奥まで挿し入れた手を動かすと、ハン尚宮の額には玉のような汗が浮かび、
首を大きく反らして快感を訴えた。
その表情を見たチャングムは、もうすぐハン尚宮が絶頂に達するのを察して手の動きを早めた。
「あぁ、チャングム!もう駄目… あぁっ、いく……」
思わず口走ってしまった、はしたない言葉。
「尚宮様」 
チャングムは呼びかけると、身体を投げ出すようにハン尚宮に預けた。
ハン尚宮も答えるようにチャングムの名を叫び、チャングムの身体にしっかりと
しがみつくと、そのまま二人は一つに溶け合った。


波はすっかり穏やかになり、心地よい音がチャングムの耳に優しく響いていた。
意識を失ってぐったりとしているハン尚宮の身体を、チャングムはいたわるように
そっと抱き締めていた。背中に回した手がハン尚宮の背中の傷跡に触れると、
優しく指でなぞりながら、チャングムは自分に問い掛けていた。

尚宮様は私を生かすため、酷い責めを受けることを承知で偽りの自白をなさった。
尚宮様が牢で私に言われた言葉は、今でもはっきりと覚えている。
― お前は私の子。私の娘なの……
― 私は死んでもお前を守り抜く……

命を賭して私を救おうとなさった、尚宮様の深い愛情をわかろうともせず、私は一体
何を迷っていたのだろう?このまま一緒にこの島に居たところで、尚宮様はちっとも
嬉しくなんてないのだわ。味覚を失った時のように、努力もせずに諦めてしまうことを、
尚宮様は何よりもお嫌いになる。どんなに辛くても前に進まなければ。
私は尚宮様をこんな目に遭わせた人達を断じて許さない。何としてでも宮中に戻り
尚宮様の汚名をそいで差し上げたい。こんなに大きな愛情をかけて育てて下さった尚宮様に、
今度こそご恩返しをしたい。

ハン尚宮の意識が戻ったようだったので、チャングムはそっと身体を離そうとしたのだが、
ハン尚宮はもっとチャングムの温もりを感じていたかったので、
しばらくこのままでいて欲しいと頼んだ。チャングムはハン尚宮を抱き締めながら言った。

「尚宮様、私は医女試験を受けます。そして必ず合格して宮中へ戻り、尚宮様の名誉を
回復して差し上げると誓います。その時お迎えに参りますので待っていて下さい。
寂しくてたまりませんが、尚宮様はいつも私の心の中に居て下さって、私を見守って下さいますよね。
だからもう、尚宮様を困らせるようなことはいたしません」

「チャングム……。わかってくれてありがとう。私はいつもお前のそばに居るから、
そのことは決して忘れないで。辛いことばかりお前に頼んで、
何もしてあげられない私を許しておくれ」
「そのようなことは仰らないで下さい。尚宮様の存在は私の心の支えなのですから。
でも心配なことがあるのです」
「何なの」
「またどこかの殿方が、尚宮様を見初めたら私は嫌です」
「変なことを言わないで。そんなことはもうないわよ」
「尚宮様は私だけのもの。私の側から離れてはいけません……」
「ええ、そうね。 ちょと、チャングム!何をするの、駄目よ。あっ、あぁ……」

チャングムが再びハン尚宮の脚の間に手を伸ばしたのだ。さきほどの愛撫の余韻で、
まだ敏感になっているその部分を探られて、ハン尚宮の口から漏れる声が止まらない。
チャングムは、再び昇り詰めていくハン尚宮の表情に夢中になって、肌を合わせた。


翌朝、二人はどんな罰でも受ける覚悟で戻ったのだが、ドンジュンが船宿の主人に
牧使宛の手紙をことづけていた。自分が無理にハン・ペギョンを明国に連れて行こうとしたが、
自分の不徳の致すところで済州島に残すことにしたこと。今回の件は自分の非であり、
ハン・ペギョンには全く落ち度がない故に、以前と同様に牧使の屋敷で働かせてやって欲しいこと等が
手紙には書かれていた。チャン・ドンジュンほどの人物がここまで言っているのだし、何より素晴らしい料理の腕前を持った
ハン尚宮を、手放すのが惜しかった牧使が拒む理由は何も見つからなかった。
よって二人に特にお咎めはなく、ハン尚宮は今まで通り牧使の屋敷で働けることになった。
ひどいことをしたのに、最後まで自分を庇ってくれたドンジュンに、申し訳なさでいっぱいになったハン尚宮は、
ドンジュンのこれからの人生に幸多きことを心から祈ったのであった。

医女試験の日まで残り僅かとなったが、今まで修業してきたことを全て出せば、
落ちるわけはないとチャンドクに叱咤激励されて、チャングムは最後の追い込みのつもりで、
寝る間も惜しんで勉強していた。もう何も迷いはなく、目標に向かって突き進む
チャングムの姿がそこにはあった。

いよいよ都へ出発する日の前夜、満月が綺麗な夜だった。ハン尚宮は薬房の陰で、
チャングムをずっと抱き締めてやっていた。ハン尚宮は黙って、チャングムの涙を
拭ってやると、愛おしそうに頬を撫でた。もう言葉は何も要らず、こうしているだけで
二人の思いは互いに伝わっていた。

出発当日、船着場にはチャヒョンやチャンドクも揃って見送りに来た。
チャヒョンは涙を浮かべていたが、チャンドクがわざと憎まれ口を叩いた。
「チャングム。お前のような子を相手にするのは大変だから、
二度と島に戻って来るんじゃないわよ」
「チャンドク様、本当に今まで有難うございました。医女になることで
ご恩返しさせていただきます」
「ミン・ジョンホ様。チャングムをくれぐれも宜しくお願い致します」
頭を深々と下げるハン尚宮に、同行するミン・ジョンホは笑顔で頷いた。

いよいよ船が出発した。ゆっくりと岸辺を離れ、見送りの人々が次第に小さくなってゆくと、
ハン尚宮の前では何とか堪えていた涙が溢れてきた。
「尚宮様。私は必ずやり遂げてみせますから、見守っていて下さい」
チャングムは海に向かって、決意を新たにするのだった。

一方、ハン尚宮も溢れる涙を拭おうともせずに、船が見えなくなるまでその場に
立ち尽くしていた。愛しい子が、これから待つ試練の道を乗り越えてくれることを
心から願ってやまなかった。
「ミョンイ。私達のチャングムが出発したわ。あの子にとって、辛い道が待っているかも
しれないけれど、あなたも空から見守っていてあげてね……」
ハン尚宮が空を見上げると、柔らかな風が一瞬吹いたような気がした。

(終)


* 済州島日記〔1〕 済州島物語〔2〕(番外編)


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