目覚めの裏仕様
「全く、緊急招集なんてかけるんだから、一体何事かと思ったら……まさか幽霊騒ぎだとわね」
落胆を全く隠さない色で。
「私たちＳＴＴの任務は、全ての逸脱行為の観察、および調査です。貴方のように、自由勝手に来訪者達と接触することなんかじゃありません」
なんだか不機嫌な様子の女性の声。
３６０°全周囲をモニターが埋め尽くす空間の中で、女性と子供が差し向かい。
そのモニターの半分近くが、ズヴァール城を移している。
「それに、今回のようなケースは今まで類を見ません。早急に調査を開始すべきだと思ったんです」
「ま…確かに、誰も居ないはずのズヴァール城になぜか存在する、名前すらない謎のキャラデータ……まさに幽霊、って感じだね」
宙をぷかりぷかりと彷徨っている子供が、お手上げといった様子で諸手を挙げる。
フェイト達の調査機関の一つ、ＳＴＴのオペレーションルーム。
ヴァナ・ディールの中に内包される１エリア。それでありながら仕様から逸脱した場所。
「上は今回の件をケース「ゴースト」として、ステルス仕様のＳＴＴ隊員を現地に派遣、調査を開始しています……なのに、なぜ貴方はまだこんな所に居るんですかっ！」
そう、この場所は本来彼女一人の仕事場なのだ。そこに先程からぷかりぷかりと浮かんでいる不埒な乱入者。命令は出ているはずなのだが、動こうともしない。
「だってさー……つまんないじゃん、あんな殺風景なところで延々と調査してろ、だなんてさ」
「貴方って人は……本当にやる気あるんですか？……何でこんな人が私たちの上司なんでしょうね」
不満を隠そうともせずに言う。少なくともこの彼女は、自分たちの上司がつまらない愚痴にいちいち目くじらを立てるほど小さい人間ではないことは知っている。
「まあ、気にしない気にしない…さて、それじゃ僕も調査に戻るかな。丁度面白いサンプルを見つけたところだったしね」
「また来訪者に接触するんですか……くれぐれも、証拠は残さないようにして下さいね」
これももう毎度のことである。今更止めもしない、止められた試しもない。
「大丈夫、いつも通り上手くやるって……っ！？」
突如として鳴り響くアラーム、灯る赤色灯。
「え……何これ…？」
すぐさま事態の把握のため、コンソールに手を走らせていたその女性が、呆然と呟く。
そこに示されていたのは、あるエリアの状態を示す数字の群れ。
東アルテパ砂漠。
そのエリアの、純粋にそのエリアに存在するデータ量が、明らかに異常な勢いで増加を始めたのだった。
「この増加スピード……このままじゃ、エリアが保ちませんっ！」
「……システムメッセージを、緊急メンテとでも言って、とりあえず体裁は整えないとね。それから、実行部隊に連絡。多分今度のは早急な対応が必要になるはずだからね」
先程までとは打って変わって冷静沈着な声。
「り、了解ですっ！」
慌ただしく動き始めた女性を尻目に、コンソールの画面が、無数のモニターのいくつかが光を消す。エリアが、落ちたのだ。
話は少しだけ遡る。
「やっと、やっと着いた……ラバオーっ！」
洞窟を抜け、また砂漠を抜け、そして洞窟を抜け。
目の前に涼しげな湖の姿が見えてきたとき、私は走り出していた。
あの暑い砂漠の強行軍でもう喉はカラカラだったし、汗だって沢山かいた。
冷たい水が飲みたい。早く水浴びがしたい。とにかく、頭の中はそんなことで一杯だ。
走る、走る、走る。
自然と顔がにやけてくる。
「みーず、だーっ！！」
色々と面倒だったから、水に向かって跳んでみた。
それも、とっておきのスーパージャンプで。
昇っていく、昇っていく。
この世界にも存在する、重力という名の鎖をその足で振り切って。
私という存在が、雲の一欠片になったような感覚。
空気の流れが心地よい。蒼穹の空は美しい。
視線を降ろせば澄んだ湖、からからと廻る風車。そして広がる白砂。
空気の流れが、ふい、と止む。
落ちていく、落ちていく。
解き放ったはずの鎖に、今一度縛られて。
空が遠ざかる。ほぼ本能的に、手を伸ばす。
掴んだはずの手の中には、やっぱり何もなくて。
鳥が飛んでいるのが見えて、とても羨ましくなって。
空に向けていた意識を、大地に還す。
とてもとても大きな、水飛沫が上がった。
「っあー、気持ちいいー…」
ひんやりとした水の中にいると、今までの苦痛や疲労がまとめて癒されていくような気もする。
ぼんやりと水の中に身をたゆとわせながら、これからの事を考えてみる。
少なくとも、今こうしている状態自体が異常なのだということはわかる。
わかるんだけど……それが、具体的な行動に繋がらない。
どうしたら良いんだろうなぁ……ホント。
「おーい、アンタ、大丈夫かーっ？」
岸の方で、誰かの声が聞こえる。
遠目に見ても目立つのは、明らかに趣味の悪そうなとんがり帽子と、どう見ても暑そうな黒装束。
とどのつまりは、忍者な誰か。それも結構レベル高そう。
「大丈夫ー、泳いでるだけだよーっ！」
手を振ってみる、どうやら相手にも伝わったようで、何やら頷いてる。
「ところで、話があるんだ、アンタ来訪者なんだろーっ？」
……どうやら、思っていたよりはずっと早く、事態は動いてくれそうだ。
「そうみたいなんだ、今、そっちに行くねっ！」
「来訪者」 そう呼ばれる存在を定義する言葉は一つ。
外の世界から、このヴァナ・ディールへとやってきたもの。
彼らを大別すると、二つ。
あくまでも元の世界に還ることを求めるもの。この世界に適合し、この世界の存在として生きるもの。
そして、この世界の存在として生きるもののはまた、多くの種類に分けられる。
現実からの逃避者。果てなき強さの探求者。何らかの目的の遂行者。
……そして、現実では満たされぬ欲求を満たそうとする者。
例えば、殺人の快楽に目覚め、それを容易に行える場所を求めてこの世界と適合した者。
それは、確かに存在した。
私は今、西アルテパ砂漠の中央に存在する巨大な岩。
オーストラリアにある似たようなものをもじって、エアーズロックなんて呼ばれたりもする、そんな場所に来ている。
ラバオで出会った彼に、導かれるままに。
そこに仲間を待たせているから、と。そこでこの世界に起こっていることを説明するから、と。
その言葉を信じて、というより、他に縋るものもなくて、私はそこに来た。
「遅いぞ、どんだけ待たせんだよ」
「まったくだ、もう少し遅かったら帰るところだったぜ、俺ら」
エアーズロックの中心付近、確か、サンドリアのミッションで前に来たことがある気がする。
ラバオと同じように湖があるその場所で、彼とよく似た男が２人、多分彼らも忍者なのだろう。
「いやぁ、悪い悪い、彼女拾ってたら遅くなっちゃってさ」
軽く頭をかきながら、彼も湖に分け入っていく。
「アンタも来なよ、そこじゃ暑いだろ？」
確かに、まだ日は高く、砂漠は暑い。さっきラバオで水浴びしたが、実際まだまだし足りない。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
というわけで、再び浸かった水はやっぱり冷たくて気持ちよかった。
「それで、そろそろ話を聞かせてほしいんだけど……」
確かに水浴びは気持ちがいい、だが、いつまでもこうしているわけにも行かないわけだから。
「ん〜……ちょっと早いような気もするけど、どうする？」
「いいんじゃね？俺たちも最近ご無沙汰だったしさ」
「じゃ、やろっか」
何やらやりとりが交わされて。何やら奇妙な詠唱が聞こえて。
私の目の前は真っ暗になった。
それだけじゃない。
（身体が、動かない……？）
振り向こうとした身体が、酷く重い。その上に、上手く動かない。
「何……何なの、これっ！？」
突然、背中に衝撃があって。冷たい水に叩き付けられた。
多分、蹴られたんだ。
「ほんと、あっさり引っかかるよな、こいつら」
「まったくだ、ちょっとこっちが事情知ってる風なところ見せると、あっさり信じ込んで着いてくる」
「ま、お陰でこうして楽しめてるわけだし、いいんじゃない？」
「違いない」
せせら笑う、声。風を切る……音？
「うわっ！なんだこいつ、何しやがるっ！」
「くそっ、こいつ火ぃ吐きやがった！」
ドタバタという足音、何かの破裂音、羽音、鳴き声。
視界が全く晴れないから、音で全てを判断するしかない。
多分、いやきっと、これは……オボロが、戦ってる。
私を護ろうとしている。
私は竜騎士なんだ。オボロだけに、戦わせるわけにはいかないんだ。
怖がっていても、どうにもならない。抗おう、せめてこの命ある限り。
そのための力は、私にはあるんだから。
思うように動かない体を、何とか起こす。
少しずつ視界も戻ってきた。
まだ少し薄ぼんやりとしている視界に映ったのは……
「鬱陶しいんだ、よっ！」
３つの斬撃音。途切れる羽音。
私が見たのは、丁度その双刃でその身を切り裂かれたオボロの姿だった。
「オボロ……」
その小さな身体が吹き飛ばされて、私の足下に落ちた。
「あ……あぁ…」
どうしようもない喪失感に駆られて、膝から崩れ落ちる。
手が震える。それでも、オボロに手を伸ばす。
まだ、生きている。でも、その鼓動はとても弱まっているのがわかる。
どうしたらいい、と考えたとき、思い出した。
飛竜を癒す技もまた、竜騎士にはあるということを。
「オボロ……死なないで、私の、命。あげるから……」
スピリットリンク。己が命を増幅し、飛竜へと分け与える技。
ここでの命が、本当の命に繋がる私にとっては、多分危険な技なんだと思う。
でも、失いたくなかった。２０分待てばまた呼べるのかもしれなかったけど。
薄れていく視界の中で見たのは、光を纏い舞い上がる、愛しい飛竜の姿だった。
「なんだこいつ、まだ生きてんの？たかだかペットのくせしてしつこいんだっつーの！」
光を纏い再び舞い上がる飛竜に、鬱陶しげに刀を振り下ろす。
その刃は、確実にその身体を捉えていたのだが……
「え…？刀身が、消えた？」
その刃は、まるで削り取られたかのように姿を消していた。
「ていうか、こいつどんどん光、強くなってるんだけど」
「な、なんなんだよこいつ……武器がダメなら魔法だ、ひたすら遁回せっ！」
火水雷土風氷、そしてまた火。無数の属性攻撃が、光にぶつかる。
その度に光は強くなり、そして、はじけた。
「一体、何がどうなってるってんだよ…」
彼らが立っていたのは、色のない砂漠。モノトーンの世界。
その中心にたゆとう、黒き飛竜。
「…裏仕様？」
それは確かに、裏世界と呼ばれる場所に現れる、飛竜の姿そのものだった。
「……我が主を傷つけた報い、受けよ」
一面無色の世界に、悲痛な叫びが響くまで、それほど多くの時間は要しなかった。
落胆を全く隠さない色で。
「私たちＳＴＴの任務は、全ての逸脱行為の観察、および調査です。貴方のように、自由勝手に来訪者達と接触することなんかじゃありません」
なんだか不機嫌な様子の女性の声。
３６０°全周囲をモニターが埋め尽くす空間の中で、女性と子供が差し向かい。
そのモニターの半分近くが、ズヴァール城を移している。
「それに、今回のようなケースは今まで類を見ません。早急に調査を開始すべきだと思ったんです」
「ま…確かに、誰も居ないはずのズヴァール城になぜか存在する、名前すらない謎のキャラデータ……まさに幽霊、って感じだね」
宙をぷかりぷかりと彷徨っている子供が、お手上げといった様子で諸手を挙げる。
フェイト達の調査機関の一つ、ＳＴＴのオペレーションルーム。
ヴァナ・ディールの中に内包される１エリア。それでありながら仕様から逸脱した場所。
「上は今回の件をケース「ゴースト」として、ステルス仕様のＳＴＴ隊員を現地に派遣、調査を開始しています……なのに、なぜ貴方はまだこんな所に居るんですかっ！」
そう、この場所は本来彼女一人の仕事場なのだ。そこに先程からぷかりぷかりと浮かんでいる不埒な乱入者。命令は出ているはずなのだが、動こうともしない。
「だってさー……つまんないじゃん、あんな殺風景なところで延々と調査してろ、だなんてさ」
「貴方って人は……本当にやる気あるんですか？……何でこんな人が私たちの上司なんでしょうね」
不満を隠そうともせずに言う。少なくともこの彼女は、自分たちの上司がつまらない愚痴にいちいち目くじらを立てるほど小さい人間ではないことは知っている。
「まあ、気にしない気にしない…さて、それじゃ僕も調査に戻るかな。丁度面白いサンプルを見つけたところだったしね」
「また来訪者に接触するんですか……くれぐれも、証拠は残さないようにして下さいね」
これももう毎度のことである。今更止めもしない、止められた試しもない。
「大丈夫、いつも通り上手くやるって……っ！？」
突如として鳴り響くアラーム、灯る赤色灯。
「え……何これ…？」
すぐさま事態の把握のため、コンソールに手を走らせていたその女性が、呆然と呟く。
そこに示されていたのは、あるエリアの状態を示す数字の群れ。
東アルテパ砂漠。
そのエリアの、純粋にそのエリアに存在するデータ量が、明らかに異常な勢いで増加を始めたのだった。
「この増加スピード……このままじゃ、エリアが保ちませんっ！」
「……システムメッセージを、緊急メンテとでも言って、とりあえず体裁は整えないとね。それから、実行部隊に連絡。多分今度のは早急な対応が必要になるはずだからね」
先程までとは打って変わって冷静沈着な声。
「り、了解ですっ！」
慌ただしく動き始めた女性を尻目に、コンソールの画面が、無数のモニターのいくつかが光を消す。エリアが、落ちたのだ。
話は少しだけ遡る。
「やっと、やっと着いた……ラバオーっ！」
洞窟を抜け、また砂漠を抜け、そして洞窟を抜け。
目の前に涼しげな湖の姿が見えてきたとき、私は走り出していた。
あの暑い砂漠の強行軍でもう喉はカラカラだったし、汗だって沢山かいた。
冷たい水が飲みたい。早く水浴びがしたい。とにかく、頭の中はそんなことで一杯だ。
走る、走る、走る。
自然と顔がにやけてくる。
「みーず、だーっ！！」
色々と面倒だったから、水に向かって跳んでみた。
それも、とっておきのスーパージャンプで。
昇っていく、昇っていく。
この世界にも存在する、重力という名の鎖をその足で振り切って。
私という存在が、雲の一欠片になったような感覚。
空気の流れが心地よい。蒼穹の空は美しい。
視線を降ろせば澄んだ湖、からからと廻る風車。そして広がる白砂。
空気の流れが、ふい、と止む。
落ちていく、落ちていく。
解き放ったはずの鎖に、今一度縛られて。
空が遠ざかる。ほぼ本能的に、手を伸ばす。
掴んだはずの手の中には、やっぱり何もなくて。
鳥が飛んでいるのが見えて、とても羨ましくなって。
空に向けていた意識を、大地に還す。
とてもとても大きな、水飛沫が上がった。
「っあー、気持ちいいー…」
ひんやりとした水の中にいると、今までの苦痛や疲労がまとめて癒されていくような気もする。
ぼんやりと水の中に身をたゆとわせながら、これからの事を考えてみる。
少なくとも、今こうしている状態自体が異常なのだということはわかる。
わかるんだけど……それが、具体的な行動に繋がらない。
どうしたら良いんだろうなぁ……ホント。
「おーい、アンタ、大丈夫かーっ？」
岸の方で、誰かの声が聞こえる。
遠目に見ても目立つのは、明らかに趣味の悪そうなとんがり帽子と、どう見ても暑そうな黒装束。
とどのつまりは、忍者な誰か。それも結構レベル高そう。
「大丈夫ー、泳いでるだけだよーっ！」
手を振ってみる、どうやら相手にも伝わったようで、何やら頷いてる。
「ところで、話があるんだ、アンタ来訪者なんだろーっ？」
……どうやら、思っていたよりはずっと早く、事態は動いてくれそうだ。
「そうみたいなんだ、今、そっちに行くねっ！」
「来訪者」 そう呼ばれる存在を定義する言葉は一つ。
外の世界から、このヴァナ・ディールへとやってきたもの。
彼らを大別すると、二つ。
あくまでも元の世界に還ることを求めるもの。この世界に適合し、この世界の存在として生きるもの。
そして、この世界の存在として生きるもののはまた、多くの種類に分けられる。
現実からの逃避者。果てなき強さの探求者。何らかの目的の遂行者。
……そして、現実では満たされぬ欲求を満たそうとする者。
例えば、殺人の快楽に目覚め、それを容易に行える場所を求めてこの世界と適合した者。
それは、確かに存在した。
私は今、西アルテパ砂漠の中央に存在する巨大な岩。
オーストラリアにある似たようなものをもじって、エアーズロックなんて呼ばれたりもする、そんな場所に来ている。
ラバオで出会った彼に、導かれるままに。
そこに仲間を待たせているから、と。そこでこの世界に起こっていることを説明するから、と。
その言葉を信じて、というより、他に縋るものもなくて、私はそこに来た。
「遅いぞ、どんだけ待たせんだよ」
「まったくだ、もう少し遅かったら帰るところだったぜ、俺ら」
エアーズロックの中心付近、確か、サンドリアのミッションで前に来たことがある気がする。
ラバオと同じように湖があるその場所で、彼とよく似た男が２人、多分彼らも忍者なのだろう。
「いやぁ、悪い悪い、彼女拾ってたら遅くなっちゃってさ」
軽く頭をかきながら、彼も湖に分け入っていく。
「アンタも来なよ、そこじゃ暑いだろ？」
確かに、まだ日は高く、砂漠は暑い。さっきラバオで水浴びしたが、実際まだまだし足りない。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
というわけで、再び浸かった水はやっぱり冷たくて気持ちよかった。
「それで、そろそろ話を聞かせてほしいんだけど……」
確かに水浴びは気持ちがいい、だが、いつまでもこうしているわけにも行かないわけだから。
「ん〜……ちょっと早いような気もするけど、どうする？」
「いいんじゃね？俺たちも最近ご無沙汰だったしさ」
「じゃ、やろっか」
何やらやりとりが交わされて。何やら奇妙な詠唱が聞こえて。
私の目の前は真っ暗になった。
それだけじゃない。
（身体が、動かない……？）
振り向こうとした身体が、酷く重い。その上に、上手く動かない。
「何……何なの、これっ！？」
突然、背中に衝撃があって。冷たい水に叩き付けられた。
多分、蹴られたんだ。
「ほんと、あっさり引っかかるよな、こいつら」
「まったくだ、ちょっとこっちが事情知ってる風なところ見せると、あっさり信じ込んで着いてくる」
「ま、お陰でこうして楽しめてるわけだし、いいんじゃない？」
「違いない」
せせら笑う、声。風を切る……音？
「うわっ！なんだこいつ、何しやがるっ！」
「くそっ、こいつ火ぃ吐きやがった！」
ドタバタという足音、何かの破裂音、羽音、鳴き声。
視界が全く晴れないから、音で全てを判断するしかない。
多分、いやきっと、これは……オボロが、戦ってる。
私を護ろうとしている。
私は竜騎士なんだ。オボロだけに、戦わせるわけにはいかないんだ。
怖がっていても、どうにもならない。抗おう、せめてこの命ある限り。
そのための力は、私にはあるんだから。
思うように動かない体を、何とか起こす。
少しずつ視界も戻ってきた。
まだ少し薄ぼんやりとしている視界に映ったのは……
「鬱陶しいんだ、よっ！」
３つの斬撃音。途切れる羽音。
私が見たのは、丁度その双刃でその身を切り裂かれたオボロの姿だった。
「オボロ……」
その小さな身体が吹き飛ばされて、私の足下に落ちた。
「あ……あぁ…」
どうしようもない喪失感に駆られて、膝から崩れ落ちる。
手が震える。それでも、オボロに手を伸ばす。
まだ、生きている。でも、その鼓動はとても弱まっているのがわかる。
どうしたらいい、と考えたとき、思い出した。
飛竜を癒す技もまた、竜騎士にはあるということを。
「オボロ……死なないで、私の、命。あげるから……」
スピリットリンク。己が命を増幅し、飛竜へと分け与える技。
ここでの命が、本当の命に繋がる私にとっては、多分危険な技なんだと思う。
でも、失いたくなかった。２０分待てばまた呼べるのかもしれなかったけど。
薄れていく視界の中で見たのは、光を纏い舞い上がる、愛しい飛竜の姿だった。
「なんだこいつ、まだ生きてんの？たかだかペットのくせしてしつこいんだっつーの！」
光を纏い再び舞い上がる飛竜に、鬱陶しげに刀を振り下ろす。
その刃は、確実にその身体を捉えていたのだが……
「え…？刀身が、消えた？」
その刃は、まるで削り取られたかのように姿を消していた。
「ていうか、こいつどんどん光、強くなってるんだけど」
「な、なんなんだよこいつ……武器がダメなら魔法だ、ひたすら遁回せっ！」
火水雷土風氷、そしてまた火。無数の属性攻撃が、光にぶつかる。
その度に光は強くなり、そして、はじけた。
「一体、何がどうなってるってんだよ…」
彼らが立っていたのは、色のない砂漠。モノトーンの世界。
その中心にたゆとう、黒き飛竜。
「…裏仕様？」
それは確かに、裏世界と呼ばれる場所に現れる、飛竜の姿そのものだった。
「……我が主を傷つけた報い、受けよ」
一面無色の世界に、悲痛な叫びが響くまで、それほど多くの時間は要しなかった。
2008年09月29日(月) 09:15:33 Modified by gungnir18