609 ◆dWeYTO/GKY第7話09
蝙蝠のねぐら亭に帰り着いた頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
通りは閑散としている。よほど治安が悪いのだろう。
ここへの道中、追剥にしか見えない集団が裏路地でしゃがみ込んでこちらを見ているという場面があったが、こちらが武装しているのに気づいて手出しはして来なかった。
いや、もちろん、単にちょっと強面の若い衆が深夜のコンビニ前みたいな感覚でたむろしていただけかもしれないんだけど。
女主人のどこか下卑た笑顔に見送られて、マルトの部屋に入る。
全然そういうんじゃないんだが、説明するのも面倒だったので、取り込み中だから何かあっても部屋に来るなと言っておいた。
それを聞いてマルトが数歩離れたが、それはそれでまぁ仕方ないと思うことにしよう。
マルトが、受付で受け取った荷物をほどく。
おれはその後姿を見ながら、所在無くドアのところで突っ立っていた。
大きな背嚢から出てきたのは赤い木箱。ちょうどプレステを二つ重ねたくらいの大きさだろうか。それが二つ。
それなりの重さの物が入っているようだが、それにしても丁重すぎる扱いで備え付けの粗末なテーブルに置く。
続いて細長い包みを解く。中から現れたのは、散弾銃みたいな前握りの、でかいライフルだった。それも二挺。
合点がいった。さっきの木箱は弾薬入れだ。続けて彼女が取り出したガンベルトにも、びっしりとでかい弾丸が挿さっていて、おそらくあれと同じものが入っているのだろう。
おれが感心して、ほう、と漏らすと、マルトは慌ててスカートの後ろに手で押さえ、親の仇でも見るような目でおれを睨む。いや、そういう感心はしてないんだ。許してくれ。
彼女はレバーを操作して薬室を開けると中を確認し、弾を一発込めて、人心地ついたという風に椅子に腰掛けた。
｢状況の説明をします、楽にして聞いて下さい｣
｢分かった｣
おれは答えて、手近にあった寝台に腰掛けようとすると、マルトに留められた。
｢そこに座らないで下さい｣
｢え、なんでだよ……｣
不平を述べるおれにぴしゃりと、
｢わたしがそこで寝るんです｣
｢今は寝ないんだろ｣
返答代わりに、恐ろしい目で睨まれた。それに気圧されて、結局元の扉の前に戻る。
ライフルをお守り代わりに抱いたまま、マルトが状況の説明をする。
エルリッドが何か細工をされてルーファスを仇と思い込んでいる件は、既に彼の方でも認識しているようだ。
今回の領事赴任の一件は、赤鎧の側がボロを出すのに期待する作戦らしい。
エルリッドがファーロスという人間の赴任を知れば何らかの反応を示すだろう。それを赤鎧側が放置するにしても、対策するにしても、必ず何かしらあるはずだ。
まったく大した策士だな。半分呆れて、半分感心する。
それにしても、こちらばかりカードを切らされて、相手の手札はまるで見えてこない。
元々歯が立つ相手じゃない。それを敵に回しているのだから、骨を切らせる覚悟がなければ何も出来はしないだろう。だけど、何か手はないのだろうか。
歯がゆさに、顎に当てた手の指をグローブごしに噛んだ。
ルーファスは、何か掴んでいるのだろうか。
それから、これを。そう言って、マルトが何かを床に転がした。
リンクパールだった。
｢あのな、自意識過剰にもほどがあるぞ｣
かがみ込んでパールを拾う。
｢ご主人様の許可なく、貴方みたいな雄に触れられては困ります｣
あぁ、そう。相槌を打ちながらパールを確認する。ナナコのシグナルパールとも、アオツキのパールとも違うタイプだ。
｢ご主人様ならいいんだ？｣
売り言葉に買い言葉みたいな意図で放った台詞だけど、地雷だったらしい。
マルトは真っ赤になって俯いてしまう。もてもてだな、あいつ。
｢ま、応援するよ｣
適当な事を言って、パールを起動してみる。しなくていいです！ と怒鳴られた。
｢おいルーファス、マルトがあんたの事好きだってよ｣
パールに向かって言い終えるのを待たず、視界一杯を何か黒いものが多い、次の瞬間、重くて硬くてものが顔面を強打した。
潰れた鼻先に思わず伸びた手の上に、ぶつかった何かが落ちる。
マルトのカルバリンだった。
｢…っ痛ぇ…… なんだよ、いきなり……｣
｢それは私の台詞です！ なんなんですか、貴方は！｣
ずかずかと歩み寄って、おれの手から銃を引ったくり、憤懣遣る方ナシといった風情で床をドカドカ踏みながら再び椅子まで戻る。いやお前、今思い切りおれに怒りをぶつけてただろ。
再び床に転げたパールを拾い上げてみるが、何も反応はない。
｢あれ…… 壊れてないか、これ｣
｢それは旧式のパールですから、近くでしか通信出来ません｣
マルトは本気で怒ったらしい。おれと目を合わせようともしないで答える。
｢それって意味あるのか？ リンクシェルくらい、その辺で買えばいいだろ｣
パールを掌で弄びながら、半笑いで問う。
｢現行のリンクシェルによる交信は全て、ログ記録を取られています。奴らめの関心を引いてしまったら、リアルタイムでの盗聴もありえるでしょう。それを避ける為の策にございます｣
途中から口調がマティエールのそれになる。意味が分からず、丸暗記しているのだろう。
パールでの通話は今までほとんどして来なかったけど、万一それを多用していたら、今頃困った事態になっていたのかもしれない。
と、そこでアオツキとのやり取りを思い出して、恥ずかしくなる。まったく下らないメロドラマを上映しちまったもんだ。今頃ズヴァールだか天晶堂だかでは、爆笑の渦かもな。
｢ルーファス様達が到着したら、それを使用して下さい。くれぐれも、無くしたり奪われたりしないように｣
……との事です。と最後に付け足す。
｢他に何かあるか？｣
パールを襟元に括り付けながら尋ねる。
｢いいえ｣
おれは頷き、扉に手をかけて、
｢それじゃおれは戻る。お前もパールあるんだろ、つけとくから、何かあったらそれで｣ そう言うと、宿を後にした。
｢振られたみたいだねぇ｣
ニヤニヤしながら言うおかみに黙れと釘をさし、苛立ちをそのまま床に叩きつけながら、おれは宿を後にした。
609 ◆dWeYTO/GKY まとめ
通りは閑散としている。よほど治安が悪いのだろう。
ここへの道中、追剥にしか見えない集団が裏路地でしゃがみ込んでこちらを見ているという場面があったが、こちらが武装しているのに気づいて手出しはして来なかった。
いや、もちろん、単にちょっと強面の若い衆が深夜のコンビニ前みたいな感覚でたむろしていただけかもしれないんだけど。
女主人のどこか下卑た笑顔に見送られて、マルトの部屋に入る。
全然そういうんじゃないんだが、説明するのも面倒だったので、取り込み中だから何かあっても部屋に来るなと言っておいた。
それを聞いてマルトが数歩離れたが、それはそれでまぁ仕方ないと思うことにしよう。
マルトが、受付で受け取った荷物をほどく。
おれはその後姿を見ながら、所在無くドアのところで突っ立っていた。
大きな背嚢から出てきたのは赤い木箱。ちょうどプレステを二つ重ねたくらいの大きさだろうか。それが二つ。
それなりの重さの物が入っているようだが、それにしても丁重すぎる扱いで備え付けの粗末なテーブルに置く。
続いて細長い包みを解く。中から現れたのは、散弾銃みたいな前握りの、でかいライフルだった。それも二挺。
合点がいった。さっきの木箱は弾薬入れだ。続けて彼女が取り出したガンベルトにも、びっしりとでかい弾丸が挿さっていて、おそらくあれと同じものが入っているのだろう。
おれが感心して、ほう、と漏らすと、マルトは慌ててスカートの後ろに手で押さえ、親の仇でも見るような目でおれを睨む。いや、そういう感心はしてないんだ。許してくれ。
彼女はレバーを操作して薬室を開けると中を確認し、弾を一発込めて、人心地ついたという風に椅子に腰掛けた。
｢状況の説明をします、楽にして聞いて下さい｣
｢分かった｣
おれは答えて、手近にあった寝台に腰掛けようとすると、マルトに留められた。
｢そこに座らないで下さい｣
｢え、なんでだよ……｣
不平を述べるおれにぴしゃりと、
｢わたしがそこで寝るんです｣
｢今は寝ないんだろ｣
返答代わりに、恐ろしい目で睨まれた。それに気圧されて、結局元の扉の前に戻る。
ライフルをお守り代わりに抱いたまま、マルトが状況の説明をする。
エルリッドが何か細工をされてルーファスを仇と思い込んでいる件は、既に彼の方でも認識しているようだ。
今回の領事赴任の一件は、赤鎧の側がボロを出すのに期待する作戦らしい。
エルリッドがファーロスという人間の赴任を知れば何らかの反応を示すだろう。それを赤鎧側が放置するにしても、対策するにしても、必ず何かしらあるはずだ。
まったく大した策士だな。半分呆れて、半分感心する。
それにしても、こちらばかりカードを切らされて、相手の手札はまるで見えてこない。
元々歯が立つ相手じゃない。それを敵に回しているのだから、骨を切らせる覚悟がなければ何も出来はしないだろう。だけど、何か手はないのだろうか。
歯がゆさに、顎に当てた手の指をグローブごしに噛んだ。
ルーファスは、何か掴んでいるのだろうか。
それから、これを。そう言って、マルトが何かを床に転がした。
リンクパールだった。
｢あのな、自意識過剰にもほどがあるぞ｣
かがみ込んでパールを拾う。
｢ご主人様の許可なく、貴方みたいな雄に触れられては困ります｣
あぁ、そう。相槌を打ちながらパールを確認する。ナナコのシグナルパールとも、アオツキのパールとも違うタイプだ。
｢ご主人様ならいいんだ？｣
売り言葉に買い言葉みたいな意図で放った台詞だけど、地雷だったらしい。
マルトは真っ赤になって俯いてしまう。もてもてだな、あいつ。
｢ま、応援するよ｣
適当な事を言って、パールを起動してみる。しなくていいです！ と怒鳴られた。
｢おいルーファス、マルトがあんたの事好きだってよ｣
パールに向かって言い終えるのを待たず、視界一杯を何か黒いものが多い、次の瞬間、重くて硬くてものが顔面を強打した。
潰れた鼻先に思わず伸びた手の上に、ぶつかった何かが落ちる。
マルトのカルバリンだった。
｢…っ痛ぇ…… なんだよ、いきなり……｣
｢それは私の台詞です！ なんなんですか、貴方は！｣
ずかずかと歩み寄って、おれの手から銃を引ったくり、憤懣遣る方ナシといった風情で床をドカドカ踏みながら再び椅子まで戻る。いやお前、今思い切りおれに怒りをぶつけてただろ。
再び床に転げたパールを拾い上げてみるが、何も反応はない。
｢あれ…… 壊れてないか、これ｣
｢それは旧式のパールですから、近くでしか通信出来ません｣
マルトは本気で怒ったらしい。おれと目を合わせようともしないで答える。
｢それって意味あるのか？ リンクシェルくらい、その辺で買えばいいだろ｣
パールを掌で弄びながら、半笑いで問う。
｢現行のリンクシェルによる交信は全て、ログ記録を取られています。奴らめの関心を引いてしまったら、リアルタイムでの盗聴もありえるでしょう。それを避ける為の策にございます｣
途中から口調がマティエールのそれになる。意味が分からず、丸暗記しているのだろう。
パールでの通話は今までほとんどして来なかったけど、万一それを多用していたら、今頃困った事態になっていたのかもしれない。
と、そこでアオツキとのやり取りを思い出して、恥ずかしくなる。まったく下らないメロドラマを上映しちまったもんだ。今頃ズヴァールだか天晶堂だかでは、爆笑の渦かもな。
｢ルーファス様達が到着したら、それを使用して下さい。くれぐれも、無くしたり奪われたりしないように｣
……との事です。と最後に付け足す。
｢他に何かあるか？｣
パールを襟元に括り付けながら尋ねる。
｢いいえ｣
おれは頷き、扉に手をかけて、
｢それじゃおれは戻る。お前もパールあるんだろ、つけとくから、何かあったらそれで｣ そう言うと、宿を後にした。
｢振られたみたいだねぇ｣
ニヤニヤしながら言うおかみに黙れと釘をさし、苛立ちをそのまま床に叩きつけながら、おれは宿を後にした。
609 ◆dWeYTO/GKY まとめ
2006年08月27日(日) 14:32:31 Modified by ID:BGXqaAYZrQ