609 ◆dWeYTO/GKY第9話08
ナーバスになってるんだろうが、付き合う義理はない。手近にあった椅子に腰を下ろし、ほこりっぽくなった鼻を鳴らしてルーファスの様子を窺う。
ルーファスはちらりとこちらに視線を投げてから、卓上に広げていた地図に再び目を落とした。
地図はバストゥーク旧港区の一角、例の天晶堂倉庫群の地図だった。それにあちこち書き加えてある。ざっと見る限り、おれが調べた事と、ルーファスが知っていた事についての追記だった。
｢いつ、こんなものを？｣
フルキフェルは地図とルーファスの顔を交互に見比べると、ぽつりと漏らした。
｢昨日から、あることはあった。事を起こすのはまだ先だと思って見せてなかっただけだ｣
彼の言葉が意味するところを悟って、思わず腰が浮いた。
その音に驚いたようにフルキフェルが一瞬こちらに視線を泳がせる。
｢……なんだ、聞いてなかったのか｣
この男はこんな冷たい顔も出来るんだな、などと関係ない事で少し感心する。
｢今夜、やるぞ｣
短く、異論を差し挟む余地を許さない言葉だった。
｢冗談だろ、作戦はどうするんだよ？｣
ここで彼がこうして地図を見ている事。そしてその地図に書かれた事。これらから類推するに、結局こいつが選んだのは、天晶堂を相手に喧嘩する事だ。
赤鎧が客人だからとか、嫌われ者だからとか屁理屈をこねたところで、相手は天晶堂の牙城に立て篭もっていて、おれ達が同意なしにその牙城を攻めれば城にいる奴らを敵に回す事になるのは明白だ。
ルーファスは武術を身に着けているかもしれないが、武道家じゃない。戦いを嫌わずとも、無意味に敵を作ろうとするような連中とは違う。
その彼がそう結論したのだから、それしかないのだろう。そしてその結論に至るまでに、どれほど神経をすり減らした事だろう。分かってはいたが、黙っていられるほどおれは人間が出来ていなかった。
｢作戦？ 虎口に飛び込んで今更ナンセンスだな。俺たちが乗り込んだ時点で、もう罠の中なんだ｣
ルーファスは嘲笑うように鼻を鳴らした。あまり腹が立たなかったのは、その嘲笑がおれに向いていない気がしたからだろう。
なら誰だ？ 自嘲だろうか、それとも、どうしようもない状況そのものを嘲笑ったのだろうか？
｢とは言え、市民に被害を出せば俺達や領事の立場が危うい。だから、陽動も含め炸薬入りの特製カノンシェルを旧港区の湾に打ち込んで、例の時間を止めるのをやってもらう｣
おれは心が冷えていくのを感じた。
｢わざわざ、こちらの動きを報せると……？｣
フルキフェルの目は虚ろだ。本調子とは程遠い今、性急に事を進めるような事態は避けたかったのだろう。
マルトが不恰好な長銃を示し、ルーファスが黙って頷いた。
｢時間を止めてこなかったら？｣
｢止めてくるさ。それが都合が良い状況だと、少なくともそう思ってるはずだから｣
ルーファスの話は、おれ達に内容を理解させようとするものではなく、おれ達の反論を叩き潰すためのそれだった。
｢俺達と同じで、人目を憚らなきゃならないって事だよ｣
周囲を和ませるような柔らかい口調。しかしおれの腹は、少しも暖まらなかった。
何を隠してるんだ、ルーファス？
おれがジタバタしたところで、それは全く余計な事で、結局全部一人で解決するつもりなのか？
｢予測できない事が必ず起こる。それは俺達にとってもそうだし、黒髪の赤鎧にしても同じ事だ｣
ルーファスはおれ達の動きについてこまごまと指示を出し、最後にそう締めくくった。
みるも無残にお粗末な作戦だ。でも、お前だけが知ってる事を加味すれば、それで充分な内容なんだろうな。
だったら、好きにしろよ。
せいぜい後に控えていて、不測の事態に備えてやるよ。
半ばへそを曲げて椅子に戻り、背もたれに深く身を預けたところで、ふと気がつく。
｢そういえば、アオツキは？｣
｢……お前、一緒じゃなかったのか？｣
言ってから、しまったと後悔した。指摘の通りだ。だったのに、宿でマルトに監視を頼んで、あとは安心してしまっていた。
｢知らねぇよ、あんな奴｣
言ってから、あまりにも子供じみた物言いに辟易する。
｢目ぇ離すなっつったろうが！｣
ルーファスが怒鳴って立ち上がる。その時叩いた机が大きく音を立てて、思わず尻尾が逆立った。
｢あの… アオツキさんなら、大工房までは私と一緒に来ましたが……｣
マルトが小さく挙手をして、恐縮しきった様子で述べる。大統領府の辺りで知り合いに呼ばれて行ったのだそうだ。
さすがにそれはどうなんだよ。おれは呆れると同時に、自分の迂闊さを呪った。射撃の腕前がどれほどかは知らないが、間違いなくマルトはプロじゃないんだ。
｢ちょっと見てくる！ 近くで呼び止められたのにヒロもフルキフェルも見てないなんて、おかしいわよ！｣
ラディールが金切り声を上げる。よく覚えていないが、あいつはバストゥーク人だったろうか。特に意識していなくても、ミッションを進めていたなら国でそれなりに知られた人間になる。
立ち話ですまない内容なら、それこそ大統領府にでも入って話す方が自然だ。それはおかしな事ではないが……
飛び出していくルーファスとラディールを見送りながら、おれはそれでも、めまいがするような不安と虚脱感を感じた。
｢参ったな……｣
覚えず、口から出た。何がどう参ったのか自分でも整理できていないが、ここまで陰鬱な気分は久しぶりだ。
その様子にマルトが何か言いかけたが、｢勘弁してくれ｣と手を振ると、それ以上追及される事はなかった。
おれも探しに行った方がいいんだろうか。その結論が出るよりも早く、アオツキが入ってきた。続いて、ルーファスとラディールが戻る。
説明会はやり直しになった。
｢……結局、あなたもカラミヤ君と同じようなことを言うんですね｣
不意におれの名前が出て、からっぽの世界を漂っていた思考が呼び戻される。
今夜危ない事になるから、ジュノに逃げろ。そんな話をしていたはずだが、どういう流れだとおれの名前が出てくるんだ？
｢あなた達だけでなんでも出来る気になって、他の事に目を向けない。同じですよね｣
確かにそんなような事をルーファスに言った気もするが、どうにも話が読めない。誰か三行で説明してくれ。ＡＡつきで。
ルーファスが口ごもる。趨勢を見極めるべくおれも黙っていると、領事館に来訪者の気配があった。騎士が出迎えている。ああ、パレーデ総領事か。そういえばいないな。
総領事はまっすぐこの会議室にやってくると、挨拶もなしに、
｢紋章、何処に仕舞った？｣
子供が見たら夢に見そうな顔で言った。
一番最初に正気に戻ったマティエールが、外に飛び出していく。
それを追って出かける年増に、
｢銃士への手配は、総領事が？｣
おれの問いに、彼女は要領を得ないという顔をした。
｢あぁ、いや。変な顔はされたけど、普通にここに入れたからさ｣
｢モーグリへの傷害事件なら君は完全に嫌疑が晴れている。ゴーレムの件なら、わたしが手を回したのは事実だ。が、何もせずともさして問題にはならなかったろう。ここではよくある事だ｣
｢よくあるのかよ、あんな事が｣
言いながら、なんとなく納得する。ゴーレムなんて兵器を広間の真ん中で動かしてたのに、専用の警備も何もなかった。
日本じゃなくても、駅前で実弾積んだ戦車をデモで動かしたりすれば、とんでもない数の警備がつくはずだ。それがなかったって言う事は、あれも大した事ではないのだろう。
せいぜい大型トラクターとかハイブリッドカーの新車とか、その程度のレベルのものがトラブルを起こしてそれを止めただけ。街を滅ぼす大怪獣を退治した英雄のつもりでいたが、当てが外れたな。
｢他に何か、大工房に入れなくなるような心当たりでもあるのか？｣
｢いや、全く｣
総領事は昨晩モグハウスで起きた一件を知らないらしい。少なくとも他のニュースに対し特に重要視してはいないのだろう。となればおれが今大手を振ってバストゥークを歩けるのは、ひとえにアヤメのおかげという事か。
まったく、港区山の手には足を向けて眠れないな。
｢白銀銃士殺害の一件か。貴様も一枚噛んでいるのか？｣
｢滅相もございません｣
わたくしはただの旅のじじいでございます、と言いかけてやめた。不機嫌な相手をからかうのは楽しいが、暴力沙汰になった時味方をしてくれそうな奴がここにはいない。
やがて爺さんが何か高価そうな木箱を持ってきてパレーデ総領事の関心がそちらに移ったので、おれは安堵の溜息をついた。
どうもこの国の大臣とやりあって、何やら啖呵を切りに戻ったのだそうだ。木箱の中には決闘用の手袋でも入っているのだろう。
去り際、アオツキの事で二、三ルーファスと言葉を交わすと、総領事は来た時と同じように大股で出て行った。
国に迷惑をかけるな。後は好きにしろ。彼女のスタンスはそう言う事らしい。
｢さてはて… あの気風はまったく相変わらずと言うところでございますな……｣
｢年食ってヒスも入ってそうなだけに、もうあの人は嫁に行けないんだろうな……｣
おろおろするアオツキをよそに、酷く疲れたような仕草でルーファスとマティエールが顔を見合わせた。
嫁に行くタマじゃないというのには、全面的に同意だ。もっとも気に入った相手がいたら、取って食うくらいの勢いでものにしそうな女豪傑ではあるが。
｢あー、それでだな。とりあえず、俺たちで何でも出来ると思ってるってのは誤解だ。そんなわきゃない｣
緊張感を殺がれた場の空気を取り繕うように、ルーファスが説明を再開する。
｢俺たちは、というか俺はスジを通しに行くだけなんだよ。だから出来る出来ないじゃなく、やる。いきなり襲われて訳の分からん理屈で殺されかけた挙句妹さらわれたんだ。落とし前つけてもらわない事にはスジが通らねぇ｣
途中から、言葉に感情が篭る。実際これが本音なんだろう。
｢でも、それが天晶堂の仕業だと決まった訳じゃ……｣
｢俺が的に掛けてるのは天晶堂じゃなく、そこに潜り込んだ一人の男だ｣
本気で勘違いしているのか、既に密約でも結んでいるのかは知らないが、ここで理屈のすり替えが入る。
恐らく後者だろう。おれ達に明かせない理由は知らないが、それでおれ達に危害が及ぶ事はないと、少なくとも思っているんだ。
本当ならこんな世の中にした奴に落とし前をつけさせたいが、生きてるかどうかも分からない神様に喧嘩を売る訳にはいかない。だからその代行者を名乗る連中に代わりにつけてもらう。
恐らくは本音であろうルーファスの演説を聞きながら自分をどうにか納得させてみたが、それでも何か欠けてしまったような気持ちは、元には戻らなかった。
しかし、真ん中に一本通った柱には、共感できた。
妹に手を出した馬鹿野郎をぶっ飛ばしに行く。こんな事、恥ずかしくて他人を頼れるか。
まとめると結局、そういう事なのだ。
609 ◆dWeYTO/GKY第9話09
609 ◆dWeYTO/GKY まとめ
ルーファスはちらりとこちらに視線を投げてから、卓上に広げていた地図に再び目を落とした。
地図はバストゥーク旧港区の一角、例の天晶堂倉庫群の地図だった。それにあちこち書き加えてある。ざっと見る限り、おれが調べた事と、ルーファスが知っていた事についての追記だった。
｢いつ、こんなものを？｣
フルキフェルは地図とルーファスの顔を交互に見比べると、ぽつりと漏らした。
｢昨日から、あることはあった。事を起こすのはまだ先だと思って見せてなかっただけだ｣
彼の言葉が意味するところを悟って、思わず腰が浮いた。
その音に驚いたようにフルキフェルが一瞬こちらに視線を泳がせる。
｢……なんだ、聞いてなかったのか｣
この男はこんな冷たい顔も出来るんだな、などと関係ない事で少し感心する。
｢今夜、やるぞ｣
短く、異論を差し挟む余地を許さない言葉だった。
｢冗談だろ、作戦はどうするんだよ？｣
ここで彼がこうして地図を見ている事。そしてその地図に書かれた事。これらから類推するに、結局こいつが選んだのは、天晶堂を相手に喧嘩する事だ。
赤鎧が客人だからとか、嫌われ者だからとか屁理屈をこねたところで、相手は天晶堂の牙城に立て篭もっていて、おれ達が同意なしにその牙城を攻めれば城にいる奴らを敵に回す事になるのは明白だ。
ルーファスは武術を身に着けているかもしれないが、武道家じゃない。戦いを嫌わずとも、無意味に敵を作ろうとするような連中とは違う。
その彼がそう結論したのだから、それしかないのだろう。そしてその結論に至るまでに、どれほど神経をすり減らした事だろう。分かってはいたが、黙っていられるほどおれは人間が出来ていなかった。
｢作戦？ 虎口に飛び込んで今更ナンセンスだな。俺たちが乗り込んだ時点で、もう罠の中なんだ｣
ルーファスは嘲笑うように鼻を鳴らした。あまり腹が立たなかったのは、その嘲笑がおれに向いていない気がしたからだろう。
なら誰だ？ 自嘲だろうか、それとも、どうしようもない状況そのものを嘲笑ったのだろうか？
｢とは言え、市民に被害を出せば俺達や領事の立場が危うい。だから、陽動も含め炸薬入りの特製カノンシェルを旧港区の湾に打ち込んで、例の時間を止めるのをやってもらう｣
おれは心が冷えていくのを感じた。
｢わざわざ、こちらの動きを報せると……？｣
フルキフェルの目は虚ろだ。本調子とは程遠い今、性急に事を進めるような事態は避けたかったのだろう。
マルトが不恰好な長銃を示し、ルーファスが黙って頷いた。
｢時間を止めてこなかったら？｣
｢止めてくるさ。それが都合が良い状況だと、少なくともそう思ってるはずだから｣
ルーファスの話は、おれ達に内容を理解させようとするものではなく、おれ達の反論を叩き潰すためのそれだった。
｢俺達と同じで、人目を憚らなきゃならないって事だよ｣
周囲を和ませるような柔らかい口調。しかしおれの腹は、少しも暖まらなかった。
何を隠してるんだ、ルーファス？
おれがジタバタしたところで、それは全く余計な事で、結局全部一人で解決するつもりなのか？
｢予測できない事が必ず起こる。それは俺達にとってもそうだし、黒髪の赤鎧にしても同じ事だ｣
ルーファスはおれ達の動きについてこまごまと指示を出し、最後にそう締めくくった。
みるも無残にお粗末な作戦だ。でも、お前だけが知ってる事を加味すれば、それで充分な内容なんだろうな。
だったら、好きにしろよ。
せいぜい後に控えていて、不測の事態に備えてやるよ。
半ばへそを曲げて椅子に戻り、背もたれに深く身を預けたところで、ふと気がつく。
｢そういえば、アオツキは？｣
｢……お前、一緒じゃなかったのか？｣
言ってから、しまったと後悔した。指摘の通りだ。だったのに、宿でマルトに監視を頼んで、あとは安心してしまっていた。
｢知らねぇよ、あんな奴｣
言ってから、あまりにも子供じみた物言いに辟易する。
｢目ぇ離すなっつったろうが！｣
ルーファスが怒鳴って立ち上がる。その時叩いた机が大きく音を立てて、思わず尻尾が逆立った。
｢あの… アオツキさんなら、大工房までは私と一緒に来ましたが……｣
マルトが小さく挙手をして、恐縮しきった様子で述べる。大統領府の辺りで知り合いに呼ばれて行ったのだそうだ。
さすがにそれはどうなんだよ。おれは呆れると同時に、自分の迂闊さを呪った。射撃の腕前がどれほどかは知らないが、間違いなくマルトはプロじゃないんだ。
｢ちょっと見てくる！ 近くで呼び止められたのにヒロもフルキフェルも見てないなんて、おかしいわよ！｣
ラディールが金切り声を上げる。よく覚えていないが、あいつはバストゥーク人だったろうか。特に意識していなくても、ミッションを進めていたなら国でそれなりに知られた人間になる。
立ち話ですまない内容なら、それこそ大統領府にでも入って話す方が自然だ。それはおかしな事ではないが……
飛び出していくルーファスとラディールを見送りながら、おれはそれでも、めまいがするような不安と虚脱感を感じた。
｢参ったな……｣
覚えず、口から出た。何がどう参ったのか自分でも整理できていないが、ここまで陰鬱な気分は久しぶりだ。
その様子にマルトが何か言いかけたが、｢勘弁してくれ｣と手を振ると、それ以上追及される事はなかった。
おれも探しに行った方がいいんだろうか。その結論が出るよりも早く、アオツキが入ってきた。続いて、ルーファスとラディールが戻る。
説明会はやり直しになった。
｢……結局、あなたもカラミヤ君と同じようなことを言うんですね｣
不意におれの名前が出て、からっぽの世界を漂っていた思考が呼び戻される。
今夜危ない事になるから、ジュノに逃げろ。そんな話をしていたはずだが、どういう流れだとおれの名前が出てくるんだ？
｢あなた達だけでなんでも出来る気になって、他の事に目を向けない。同じですよね｣
確かにそんなような事をルーファスに言った気もするが、どうにも話が読めない。誰か三行で説明してくれ。ＡＡつきで。
ルーファスが口ごもる。趨勢を見極めるべくおれも黙っていると、領事館に来訪者の気配があった。騎士が出迎えている。ああ、パレーデ総領事か。そういえばいないな。
総領事はまっすぐこの会議室にやってくると、挨拶もなしに、
｢紋章、何処に仕舞った？｣
子供が見たら夢に見そうな顔で言った。
一番最初に正気に戻ったマティエールが、外に飛び出していく。
それを追って出かける年増に、
｢銃士への手配は、総領事が？｣
おれの問いに、彼女は要領を得ないという顔をした。
｢あぁ、いや。変な顔はされたけど、普通にここに入れたからさ｣
｢モーグリへの傷害事件なら君は完全に嫌疑が晴れている。ゴーレムの件なら、わたしが手を回したのは事実だ。が、何もせずともさして問題にはならなかったろう。ここではよくある事だ｣
｢よくあるのかよ、あんな事が｣
言いながら、なんとなく納得する。ゴーレムなんて兵器を広間の真ん中で動かしてたのに、専用の警備も何もなかった。
日本じゃなくても、駅前で実弾積んだ戦車をデモで動かしたりすれば、とんでもない数の警備がつくはずだ。それがなかったって言う事は、あれも大した事ではないのだろう。
せいぜい大型トラクターとかハイブリッドカーの新車とか、その程度のレベルのものがトラブルを起こしてそれを止めただけ。街を滅ぼす大怪獣を退治した英雄のつもりでいたが、当てが外れたな。
｢他に何か、大工房に入れなくなるような心当たりでもあるのか？｣
｢いや、全く｣
総領事は昨晩モグハウスで起きた一件を知らないらしい。少なくとも他のニュースに対し特に重要視してはいないのだろう。となればおれが今大手を振ってバストゥークを歩けるのは、ひとえにアヤメのおかげという事か。
まったく、港区山の手には足を向けて眠れないな。
｢白銀銃士殺害の一件か。貴様も一枚噛んでいるのか？｣
｢滅相もございません｣
わたくしはただの旅のじじいでございます、と言いかけてやめた。不機嫌な相手をからかうのは楽しいが、暴力沙汰になった時味方をしてくれそうな奴がここにはいない。
やがて爺さんが何か高価そうな木箱を持ってきてパレーデ総領事の関心がそちらに移ったので、おれは安堵の溜息をついた。
どうもこの国の大臣とやりあって、何やら啖呵を切りに戻ったのだそうだ。木箱の中には決闘用の手袋でも入っているのだろう。
去り際、アオツキの事で二、三ルーファスと言葉を交わすと、総領事は来た時と同じように大股で出て行った。
国に迷惑をかけるな。後は好きにしろ。彼女のスタンスはそう言う事らしい。
｢さてはて… あの気風はまったく相変わらずと言うところでございますな……｣
｢年食ってヒスも入ってそうなだけに、もうあの人は嫁に行けないんだろうな……｣
おろおろするアオツキをよそに、酷く疲れたような仕草でルーファスとマティエールが顔を見合わせた。
嫁に行くタマじゃないというのには、全面的に同意だ。もっとも気に入った相手がいたら、取って食うくらいの勢いでものにしそうな女豪傑ではあるが。
｢あー、それでだな。とりあえず、俺たちで何でも出来ると思ってるってのは誤解だ。そんなわきゃない｣
緊張感を殺がれた場の空気を取り繕うように、ルーファスが説明を再開する。
｢俺たちは、というか俺はスジを通しに行くだけなんだよ。だから出来る出来ないじゃなく、やる。いきなり襲われて訳の分からん理屈で殺されかけた挙句妹さらわれたんだ。落とし前つけてもらわない事にはスジが通らねぇ｣
途中から、言葉に感情が篭る。実際これが本音なんだろう。
｢でも、それが天晶堂の仕業だと決まった訳じゃ……｣
｢俺が的に掛けてるのは天晶堂じゃなく、そこに潜り込んだ一人の男だ｣
本気で勘違いしているのか、既に密約でも結んでいるのかは知らないが、ここで理屈のすり替えが入る。
恐らく後者だろう。おれ達に明かせない理由は知らないが、それでおれ達に危害が及ぶ事はないと、少なくとも思っているんだ。
本当ならこんな世の中にした奴に落とし前をつけさせたいが、生きてるかどうかも分からない神様に喧嘩を売る訳にはいかない。だからその代行者を名乗る連中に代わりにつけてもらう。
恐らくは本音であろうルーファスの演説を聞きながら自分をどうにか納得させてみたが、それでも何か欠けてしまったような気持ちは、元には戻らなかった。
しかし、真ん中に一本通った柱には、共感できた。
妹に手を出した馬鹿野郎をぶっ飛ばしに行く。こんな事、恥ずかしくて他人を頼れるか。
まとめると結局、そういう事なのだ。
609 ◆dWeYTO/GKY第9話09
609 ◆dWeYTO/GKY まとめ
2007年03月20日(火) 07:32:30 Modified by akamanbow