Kiesel ◆nu123wJPbk ２５．５スレ目保守
ほんの気まぐれで始めた保守用の、あの兄弟の話です。
メ欄はその時々のツッコミとかだったり。
投下する際、トリとコテははずしています。
19 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/13(木) 18:31:15.28 ID:OBcwVlHs
眠い。
「・・・寝るな」
机に突っ伏しかけた黒髪の兄弟の額を平手で叩き、しかし自身も欠伸をかみころす。
だらだらと続く、長く長い会議というより利権の主張大会はまだまだ終わるようには思えず、幾人かは考え込む振りをして寝ていた。
黒髪の兄弟は表情だけは真面目に、
「昨日は市井の民との交流をだな」
「難しい言葉を使おうとすんな。要はガキどもと釣りでもしてたんだろ」
「いや、ミスラの冒険者だったんだが、フナがあと9700匹だというから」
「太公望かよ・・・」
つーかもう買って済ませろよそんなの。先長すぎ。
会議資料の隅に『保守』と落書きをしながら溜息をついた矢先に、名を呼ばれる。
「この件について、何か意見があるだろうかね」
威厳だけはある老貴族の言葉を受け、しかし銀髪の兄弟をとどめたのは黒髪の彼だった。
「ポーションがまずいと」
「・・・は？」
一同が呆気にとられる。
勿論彼は気にせず、立て板に水とばかりに滔々と論じあげた。
「栄養剤であるはずのポーションの味がまずいのは、士気に関わります。あまりのまずさにダメージを受け、体調を崩す者すらおりました。
中にはそれがショックで寝込んだ者もおり、曰く『実は自分はアンデッドではないのか』と」
語り出した兄弟の言葉を丁寧に聞き流すことにし、彼は不貞寝を決め込むことにした。
119 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/20(木) 04:21:55.29 ID:2SMhwqJl
眠るのが恐ろしいと、彼は言った。
目覚めた時に、現実を否応なしに叩き付けられるから、と。
保守のための修練を終えて、私用を済ませる。明日の行動を確認して、後は眠るだけ。
あつらえのよいベッドに潜り込み、けれど眠らぬようにとしっかり意識を維持させんと抗う。
無駄な抵抗だとは分かっていた。
夢を見た、と彼は言った。
そこはここではない場所で、しかし不思議と懐かしい場所だったと。
どんな場所だったかなどは覚えていない。ただ、懐かしさだけはあった。
だが、なぜか不安を抱く場所だった。
分からないんだ。
ここが現実なのか、それとも違うのか。
もし現実だとしたら、それは何によって証明される？
現実でないとしたら、ならばここはどこなのだろう。
結局、現実も夢幻も、紙一重なんだろうか。
143 名前： 既にその名前は使われています [おなかすいたー・・・] 投稿日： 2007/09/21(金) 23:22:44.53 ID:kgFYhVBv
とろとろと。大きなボウルに何やら作っている。
一見とろみのあるスープに見えたが、しかし小麦粉を水で溶いたものをそのまま飲んでうまいものか。
「で、これを、と」
鉄板が激しい音を立てる。次いで小麦粉が焼ける香ばしい匂い。
水に溶いた小麦粉に細かく刻んだキャベツや羊の肉やロブスターなどを混ぜ込んだそれを焼き上げ、門外不出のレシピによるソースを塗ったそれは、
「お好み焼きｖ」
嬉しそうな声で名を呼ぶ。
来訪者の料理センスは、およそ想像しがたいものがある。でなくばどうしてこのような料理を作ろうか。
これで不味ければ文句のひとつも叩きつけるが、存外に美味いのだから世の中は分からない。
普段からの保守任務に対する慰労のための食事会に出されたその料理は、『異国の料理』として供された。
「もうちょっとゆるくして作る、もんじゃ焼きっていうのもあるんですけど」
「・・・やめておけ、あれは別の意味で惨劇になる」
金髪の青年の言葉に、銀髪の騎士が唸った。そうは言われても、その場のほとんどが理解できない。
少し濃いめの味のソースをたっぷりと塗ったそれを、みな一様に銀食器で食す。
箸はないのか、と言った者がいたかどうかは、また別の話。
171 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/24(月) 02:39:38.23 ID:dxNUGUut
兄弟に、競売の前で出会った。
手にするそれを見て、いつもの通りの溜息をつく。
「・・・なんだ、そりゃ」
「箸、というのだそうだ。東方伝来の武器だという」
「いや、箸って武器じゃねぇだろ・・・」
一対の細い棒を手にどこか満足そうな黒髪の兄弟に、彼は力なくツッコミを入れる。
「大体そんなもん、作ろうと思えばいくらでも作れるだろうがよ」
「作るより買ったほうが早い」
「・・・・・・・・・・・・。」
駄目だこりゃ。
反論するのを諦めて、何となく、競売の落札記録を眺める。
どうやら落札者は彼だけのようだった。
「・・・ひーふーみー・・・おいこら、お前それいくらで買ったよ」
「履歴がなかったから、とりあえず入札してみたんだが」
「どこのバカが箸に百万も突っ込むか！！」
後日彼の財布は取り上げられ、買い物の際には何を買うのか申告し必要なだけの額を渡されるということになったのは、ここで話すことでもないだろう。
て言うか、無駄遣いも程々に。
179 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/24(月) 14:21:44.90 ID:dxNUGUut
執務室の扉を開けると、奇妙な音が聞こえた。
ずるずると、何かをすするような。だが、そんな音を立てる行為などあるだろうか。
まさか、何かモンスターでもいるのではないだろうか・・・
「・・・あの、兄様・・・？」
奥に進む勇気が出せずに戸口からそっと声をかける。
と、不安も懸念もまったく無用の明るい声が返ってきた。
「ウドン・・・ですか？」
褐色のスープに浸された、白くて太いパスタを眺め、それから顔をあげて銀髪の騎士を見た。
彼は先日兄弟から取り上げた『箸』というもので、それを食していたのだと言う。
「うどんとかそばってのはさ、勢いよく一息にすするものなんだよ。それが礼儀ってもんだ」
「へぇ・・・」
箸を掲げて言う男の言葉にこっくりと頷く。
生粋のサンドリア人で他国に行ったことのない金髪の従者にとって、すするなど礼儀知らずの行為と教えられてきた。
だが、そういう文化もあるのだろう。現にこのサンドリアにも、東方やアトルガンの文化が少しずつ浸透している。
冒険者が行き来するということは、異国の文化が伝えられてくることでもある。
「それになぁ・・・」
ふと、何かを思うように言う。
「パスタとか、正直フォークよか箸のほうが食いやすかったりするんだよなぁ・・・」
普段から礼儀や立居振舞を注視される騎士とは思えぬ発言だった。
185 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/25(火) 02:28:18.16 ID:q44TQxq1
それは、まだ兆候すら見えなかった頃のことだった。
「これを」
小さな小箱を差し出され、彼は黙って受け取った。
無造作に開けると、中には黒い、小さなコンパクトのようなものが入っている。
「・・・これは」
「伯爵が発見されたものです。必ず人目に触れずに閣下へお渡しせよと」
恐らく彼女も、これが何なのかは分かっていないだろう。だが、何らかの特殊なものであることは察したようだ。
彼は箱を閉じ、壊れ物を扱うように大切そうに両手で持つ。
「口外は無用だ。・・・伯爵の期待を裏切るなよ」
「御旗と伯爵の名に懸けて」
硬い表情で言葉を返した騎士は、しかし事の重大さに声が震えていた。
『着信あり 3件』
表示されている文字に、眉を寄せる。
黒いコンパクトは、上部にアトルガン皇国の風景を映していた。下部には数字や記号の羅列。
「あいつも、か・・・あとふたつは何だろうな」
ぱたりとコンパクトを閉じて呟く。
そもそもこの着信は、『こちら』に来てからのものだろうか。それ以前のものか。それだけでも分かればいいんだが。
考えても詮無いことだと溜息をつき、書類の隅に『要保守要項』と記した。
412 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/04(木) 03:43:49.80 ID:FzayNvPL
きゅ、と。
この世界には存在しない素材を使用して編みこまれた綱を、硬く締め付ける。
「・・・どこからの呪いだ、こいつは」
銀髪の騎士が唸りながら足蹴にしたのは、ガルカの子供の死体だった。
いや、こう見えて、彼らにとっては敵だった。
「こんな姿で来るとは・・・逆に敵意を増幅するだけだが」
黒髪の騎士は疲れたように溜息をつく。
「子ミスラだったらためらわず殺されてやったんだが」
「おーい、そこの犯罪者。不穏なことを言うな」
うんざりと兄弟に言い、それから言葉を紡ぐ。
最前まで生きて動いていた『それ』が、暗い光を放ち粒子となっていく。
紅茶の中に落とした角砂糖がゆっくりと溶けていくように『それ』は形を失っていき、
そして、何もなかったかのように静寂が満ちた。
「まったく・・・こいつも報告しておくべきかねぇ」
「もう消してしまったものを報告するか？」
「データのバックアップは取ったさ。既存のGMのデータとは合致しなかったが」
「・・・ふん」
鼻を鳴らし、背を向ける。
「厄介事は嫌いだ。お前が報告書を書け」
「どうせそうだろうと思ったよ・・・」
417 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/04(木) 12:26:35.78 ID:Upx2Fs4A
書類を睨み、それから顔をあげる。
と言っても、小さなタルタルと相手のエルヴァーンでは身長差があるので、ほとんど見上げるに近い。
「この方は、要保護対象者ですか？」
「キャラと中の人の不一致から来る人格への影響と、暴行によるアイデンティティ障害が起きている。
来訪者としても、普通の人間としても、非常に危うい状態だ。即時の治療が必要と判断している」
「分かりました。では、我々が保護します」
言って、ノーブルチュニックの懐に書類をしまいこむ。
特殊な魔法がかかっているこの装備は、一般的に出回っているものよりも強度が高く、また魔力を高めやすくしてある。
潜在魔力。冒険者が常に多くのジョブに変えられるシステム上の処理は、内部(つまり、ヴァナ・ディール)においてそう呼ばれる。
人は誰も、わずかでも魔力を持っている。それを使いこなせるか否かで、その人のジョブが決まる、と言えば分かりやすいか。
それにしても、と、思う。
男性だった人が女性になるって、どんな感じなんだろう？
こっくりと首をかしげる。
俺は中も外も男だからよく分からないや。他の人に聞いてみれば分かるかなぁ？答えてくれそうにないけど。
「『狩人』に狙われないうちに、早く保護しますね」
「頼んだ」
黒髪のエルヴァーンが短く言い、ふいと姿を消した。
後に残されたタルタルは、ノーブルで行くか白AFで行くか、どちらにしようかな。と考えながら部屋を後にする。
その前に、間に合えばいいんだけど。
810 名前： 名無しさん＠LR改訂議論中 投稿日： 2007/10/21(日) 23:36:18.25 ID:cpX2XBbd
この世界に、自分でなければならないことがあるだろうか。
必ず、自分でなければならないこと。
もしないとするならば、自分が存在する理由など必要だろうか。
力も、意志も、存在理由も、自分には必要がないならば、誰かに渡してしまってもかまわないのではないか。
自分の存在に疑問を持つ時点で、存在の放棄とは見なされないだろうか。
「駄目だよ」
無感情の声が言う。
その声は高くもなく低くもなく、若くも聞こえ歳経ったようにも聞こえ、男とも女とも聞こえた。
「自分を見失っては駄目だよ。自分は自分と、はっきり意識しないと」
紫紺の闇の中で、そっと囁く。
「でないと、システムに呑み込まれてしまう。あなたはあなたでなくなってしまう」
闇にうっすらと浮かぶ生成色のウィンドウを見つめ、それに触れる。音もなく、ウィンドウに波が立った。
それは誰であったのか。
誰でもないのだろう。
確立されない自己なのだから。
936 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/31(水) 02:40:56.08 ID:bbgvtprz
リストに目を通し、溜息をつく。
「何なんだろうな、これ」
独白に見ると、銀髪の兄弟はかりかりと頭をかきながら唸った。
「同人誌、漫画本、チャリ・・・訳の分からんものばっかりだ」
それは、来訪者が持ち込み広まりつつあると思われる品々のリストだった。
確かにこれらの品々は、こちらでも有意義なものもあるだろう。だが、だからと言ってそうそう広まっては『世界観』が破壊されてしまう。
『世界観』が破壊されれば、『リアル』にも影響を与えてしまう。それだけは避けなければならない。
「誰かが意図的に持ち込んでいる・・・？」
「・・・だが、どうやって？」
今までの報告では、来訪者が『リアル』からこちらに来る時だけに、『リアル』のものを持ち込んでいる。
もし何らかの方法である程度自由に『リアル』に干渉できるなら、こちらから『リアル』に干渉できないだろうか。
「・・・いや、無理だな。誰がどうやってそうしているかも分からないし、方法も分からない。期待するだけ無駄か」
呟き、ペンを取る。
目下の目標は、これらを回収し『処分』すること。
最悪には、持ち込んでいる来訪者自身を処罰することも考えておかなければ。
「厄介事は勘弁だぜ」
舌打ちし、『要注意保守要項』と書類に記した。
メ欄はその時々のツッコミとかだったり。
投下する際、トリとコテははずしています。
19 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/13(木) 18:31:15.28 ID:OBcwVlHs
眠い。
「・・・寝るな」
机に突っ伏しかけた黒髪の兄弟の額を平手で叩き、しかし自身も欠伸をかみころす。
だらだらと続く、長く長い会議というより利権の主張大会はまだまだ終わるようには思えず、幾人かは考え込む振りをして寝ていた。
黒髪の兄弟は表情だけは真面目に、
「昨日は市井の民との交流をだな」
「難しい言葉を使おうとすんな。要はガキどもと釣りでもしてたんだろ」
「いや、ミスラの冒険者だったんだが、フナがあと9700匹だというから」
「太公望かよ・・・」
つーかもう買って済ませろよそんなの。先長すぎ。
会議資料の隅に『保守』と落書きをしながら溜息をついた矢先に、名を呼ばれる。
「この件について、何か意見があるだろうかね」
威厳だけはある老貴族の言葉を受け、しかし銀髪の兄弟をとどめたのは黒髪の彼だった。
「ポーションがまずいと」
「・・・は？」
一同が呆気にとられる。
勿論彼は気にせず、立て板に水とばかりに滔々と論じあげた。
「栄養剤であるはずのポーションの味がまずいのは、士気に関わります。あまりのまずさにダメージを受け、体調を崩す者すらおりました。
中にはそれがショックで寝込んだ者もおり、曰く『実は自分はアンデッドではないのか』と」
語り出した兄弟の言葉を丁寧に聞き流すことにし、彼は不貞寝を決め込むことにした。
119 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/20(木) 04:21:55.29 ID:2SMhwqJl
眠るのが恐ろしいと、彼は言った。
目覚めた時に、現実を否応なしに叩き付けられるから、と。
保守のための修練を終えて、私用を済ませる。明日の行動を確認して、後は眠るだけ。
あつらえのよいベッドに潜り込み、けれど眠らぬようにとしっかり意識を維持させんと抗う。
無駄な抵抗だとは分かっていた。
夢を見た、と彼は言った。
そこはここではない場所で、しかし不思議と懐かしい場所だったと。
どんな場所だったかなどは覚えていない。ただ、懐かしさだけはあった。
だが、なぜか不安を抱く場所だった。
分からないんだ。
ここが現実なのか、それとも違うのか。
もし現実だとしたら、それは何によって証明される？
現実でないとしたら、ならばここはどこなのだろう。
結局、現実も夢幻も、紙一重なんだろうか。
143 名前： 既にその名前は使われています [おなかすいたー・・・] 投稿日： 2007/09/21(金) 23:22:44.53 ID:kgFYhVBv
とろとろと。大きなボウルに何やら作っている。
一見とろみのあるスープに見えたが、しかし小麦粉を水で溶いたものをそのまま飲んでうまいものか。
「で、これを、と」
鉄板が激しい音を立てる。次いで小麦粉が焼ける香ばしい匂い。
水に溶いた小麦粉に細かく刻んだキャベツや羊の肉やロブスターなどを混ぜ込んだそれを焼き上げ、門外不出のレシピによるソースを塗ったそれは、
「お好み焼きｖ」
嬉しそうな声で名を呼ぶ。
来訪者の料理センスは、およそ想像しがたいものがある。でなくばどうしてこのような料理を作ろうか。
これで不味ければ文句のひとつも叩きつけるが、存外に美味いのだから世の中は分からない。
普段からの保守任務に対する慰労のための食事会に出されたその料理は、『異国の料理』として供された。
「もうちょっとゆるくして作る、もんじゃ焼きっていうのもあるんですけど」
「・・・やめておけ、あれは別の意味で惨劇になる」
金髪の青年の言葉に、銀髪の騎士が唸った。そうは言われても、その場のほとんどが理解できない。
少し濃いめの味のソースをたっぷりと塗ったそれを、みな一様に銀食器で食す。
箸はないのか、と言った者がいたかどうかは、また別の話。
171 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/24(月) 02:39:38.23 ID:dxNUGUut
兄弟に、競売の前で出会った。
手にするそれを見て、いつもの通りの溜息をつく。
「・・・なんだ、そりゃ」
「箸、というのだそうだ。東方伝来の武器だという」
「いや、箸って武器じゃねぇだろ・・・」
一対の細い棒を手にどこか満足そうな黒髪の兄弟に、彼は力なくツッコミを入れる。
「大体そんなもん、作ろうと思えばいくらでも作れるだろうがよ」
「作るより買ったほうが早い」
「・・・・・・・・・・・・。」
駄目だこりゃ。
反論するのを諦めて、何となく、競売の落札記録を眺める。
どうやら落札者は彼だけのようだった。
「・・・ひーふーみー・・・おいこら、お前それいくらで買ったよ」
「履歴がなかったから、とりあえず入札してみたんだが」
「どこのバカが箸に百万も突っ込むか！！」
後日彼の財布は取り上げられ、買い物の際には何を買うのか申告し必要なだけの額を渡されるということになったのは、ここで話すことでもないだろう。
て言うか、無駄遣いも程々に。
179 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/24(月) 14:21:44.90 ID:dxNUGUut
執務室の扉を開けると、奇妙な音が聞こえた。
ずるずると、何かをすするような。だが、そんな音を立てる行為などあるだろうか。
まさか、何かモンスターでもいるのではないだろうか・・・
「・・・あの、兄様・・・？」
奥に進む勇気が出せずに戸口からそっと声をかける。
と、不安も懸念もまったく無用の明るい声が返ってきた。
「ウドン・・・ですか？」
褐色のスープに浸された、白くて太いパスタを眺め、それから顔をあげて銀髪の騎士を見た。
彼は先日兄弟から取り上げた『箸』というもので、それを食していたのだと言う。
「うどんとかそばってのはさ、勢いよく一息にすするものなんだよ。それが礼儀ってもんだ」
「へぇ・・・」
箸を掲げて言う男の言葉にこっくりと頷く。
生粋のサンドリア人で他国に行ったことのない金髪の従者にとって、すするなど礼儀知らずの行為と教えられてきた。
だが、そういう文化もあるのだろう。現にこのサンドリアにも、東方やアトルガンの文化が少しずつ浸透している。
冒険者が行き来するということは、異国の文化が伝えられてくることでもある。
「それになぁ・・・」
ふと、何かを思うように言う。
「パスタとか、正直フォークよか箸のほうが食いやすかったりするんだよなぁ・・・」
普段から礼儀や立居振舞を注視される騎士とは思えぬ発言だった。
185 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/09/25(火) 02:28:18.16 ID:q44TQxq1
それは、まだ兆候すら見えなかった頃のことだった。
「これを」
小さな小箱を差し出され、彼は黙って受け取った。
無造作に開けると、中には黒い、小さなコンパクトのようなものが入っている。
「・・・これは」
「伯爵が発見されたものです。必ず人目に触れずに閣下へお渡しせよと」
恐らく彼女も、これが何なのかは分かっていないだろう。だが、何らかの特殊なものであることは察したようだ。
彼は箱を閉じ、壊れ物を扱うように大切そうに両手で持つ。
「口外は無用だ。・・・伯爵の期待を裏切るなよ」
「御旗と伯爵の名に懸けて」
硬い表情で言葉を返した騎士は、しかし事の重大さに声が震えていた。
『着信あり 3件』
表示されている文字に、眉を寄せる。
黒いコンパクトは、上部にアトルガン皇国の風景を映していた。下部には数字や記号の羅列。
「あいつも、か・・・あとふたつは何だろうな」
ぱたりとコンパクトを閉じて呟く。
そもそもこの着信は、『こちら』に来てからのものだろうか。それ以前のものか。それだけでも分かればいいんだが。
考えても詮無いことだと溜息をつき、書類の隅に『要保守要項』と記した。
412 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/04(木) 03:43:49.80 ID:FzayNvPL
きゅ、と。
この世界には存在しない素材を使用して編みこまれた綱を、硬く締め付ける。
「・・・どこからの呪いだ、こいつは」
銀髪の騎士が唸りながら足蹴にしたのは、ガルカの子供の死体だった。
いや、こう見えて、彼らにとっては敵だった。
「こんな姿で来るとは・・・逆に敵意を増幅するだけだが」
黒髪の騎士は疲れたように溜息をつく。
「子ミスラだったらためらわず殺されてやったんだが」
「おーい、そこの犯罪者。不穏なことを言うな」
うんざりと兄弟に言い、それから言葉を紡ぐ。
最前まで生きて動いていた『それ』が、暗い光を放ち粒子となっていく。
紅茶の中に落とした角砂糖がゆっくりと溶けていくように『それ』は形を失っていき、
そして、何もなかったかのように静寂が満ちた。
「まったく・・・こいつも報告しておくべきかねぇ」
「もう消してしまったものを報告するか？」
「データのバックアップは取ったさ。既存のGMのデータとは合致しなかったが」
「・・・ふん」
鼻を鳴らし、背を向ける。
「厄介事は嫌いだ。お前が報告書を書け」
「どうせそうだろうと思ったよ・・・」
417 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/04(木) 12:26:35.78 ID:Upx2Fs4A
書類を睨み、それから顔をあげる。
と言っても、小さなタルタルと相手のエルヴァーンでは身長差があるので、ほとんど見上げるに近い。
「この方は、要保護対象者ですか？」
「キャラと中の人の不一致から来る人格への影響と、暴行によるアイデンティティ障害が起きている。
来訪者としても、普通の人間としても、非常に危うい状態だ。即時の治療が必要と判断している」
「分かりました。では、我々が保護します」
言って、ノーブルチュニックの懐に書類をしまいこむ。
特殊な魔法がかかっているこの装備は、一般的に出回っているものよりも強度が高く、また魔力を高めやすくしてある。
潜在魔力。冒険者が常に多くのジョブに変えられるシステム上の処理は、内部(つまり、ヴァナ・ディール)においてそう呼ばれる。
人は誰も、わずかでも魔力を持っている。それを使いこなせるか否かで、その人のジョブが決まる、と言えば分かりやすいか。
それにしても、と、思う。
男性だった人が女性になるって、どんな感じなんだろう？
こっくりと首をかしげる。
俺は中も外も男だからよく分からないや。他の人に聞いてみれば分かるかなぁ？答えてくれそうにないけど。
「『狩人』に狙われないうちに、早く保護しますね」
「頼んだ」
黒髪のエルヴァーンが短く言い、ふいと姿を消した。
後に残されたタルタルは、ノーブルで行くか白AFで行くか、どちらにしようかな。と考えながら部屋を後にする。
その前に、間に合えばいいんだけど。
810 名前： 名無しさん＠LR改訂議論中 投稿日： 2007/10/21(日) 23:36:18.25 ID:cpX2XBbd
この世界に、自分でなければならないことがあるだろうか。
必ず、自分でなければならないこと。
もしないとするならば、自分が存在する理由など必要だろうか。
力も、意志も、存在理由も、自分には必要がないならば、誰かに渡してしまってもかまわないのではないか。
自分の存在に疑問を持つ時点で、存在の放棄とは見なされないだろうか。
「駄目だよ」
無感情の声が言う。
その声は高くもなく低くもなく、若くも聞こえ歳経ったようにも聞こえ、男とも女とも聞こえた。
「自分を見失っては駄目だよ。自分は自分と、はっきり意識しないと」
紫紺の闇の中で、そっと囁く。
「でないと、システムに呑み込まれてしまう。あなたはあなたでなくなってしまう」
闇にうっすらと浮かぶ生成色のウィンドウを見つめ、それに触れる。音もなく、ウィンドウに波が立った。
それは誰であったのか。
誰でもないのだろう。
確立されない自己なのだから。
936 名前： 既にその名前は使われています 投稿日： 2007/10/31(水) 02:40:56.08 ID:bbgvtprz
リストに目を通し、溜息をつく。
「何なんだろうな、これ」
独白に見ると、銀髪の兄弟はかりかりと頭をかきながら唸った。
「同人誌、漫画本、チャリ・・・訳の分からんものばっかりだ」
それは、来訪者が持ち込み広まりつつあると思われる品々のリストだった。
確かにこれらの品々は、こちらでも有意義なものもあるだろう。だが、だからと言ってそうそう広まっては『世界観』が破壊されてしまう。
『世界観』が破壊されれば、『リアル』にも影響を与えてしまう。それだけは避けなければならない。
「誰かが意図的に持ち込んでいる・・・？」
「・・・だが、どうやって？」
今までの報告では、来訪者が『リアル』からこちらに来る時だけに、『リアル』のものを持ち込んでいる。
もし何らかの方法である程度自由に『リアル』に干渉できるなら、こちらから『リアル』に干渉できないだろうか。
「・・・いや、無理だな。誰がどうやってそうしているかも分からないし、方法も分からない。期待するだけ無駄か」
呟き、ペンを取る。
目下の目標は、これらを回収し『処分』すること。
最悪には、持ち込んでいる来訪者自身を処罰することも考えておかなければ。
「厄介事は勘弁だぜ」
舌打ちし、『要注意保守要項』と書類に記した。
2008年01月21日(月) 19:09:22 Modified by feathery_snow