Kiesel ◆nu123wJPbk ２５．５スレ目本編��
439 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/05(金) 02:06:51.52 ID:NbJ1vHzB
レストランを出る頃にはすっかり日が暮れていた。見上げると木々の間から、砂粒をまいたような星空が見える。
ウィンダスは星に守られた国。こんなにたくさんの星が守っているのかぁ。
キーゼルとミガイフォングは話すことがあるからとまだお店に残り、私は一旦モグハウスに戻ろうとした。
と。
「キース？」
不意に肩が叩かれ、頭上から声が降ってくる。
「えっ・・・」
「やっぱりキースだ！久しぶり〜元気にしてた？」
慌てて声の主を見ると、綺麗な銀髪を伸ばしたエルヴァーンの男の人が、嬉しそうににこにこしながら私に言う。
フレだっけ？違う。覚えがない。大体私をキースなんて呼ぶ人は、もういないはず。
「レティシア、キーゼルが困っているだろう。わきまえろ」
いさめると言うよりはあきれた声が言って、先の人の襟首をつかんで引き離す。
背の高いその人も銀髪で、伸ばした髪をきっちりと撫でつけて後ろでまとめていた。ちょっと表情が・・・と言うか、顔が怖い。
多分普通にしているだけなんだろうけど、睨まれているような気がする。気のせいだよね？
「・・・リュシアン閣下」
自然とこぼれた言葉に、彼は人懐っこい笑みでひらひらと手を振る。
「『閣下』なんて呼ばなくていいってば。何でキースは、カインたちみたいに名前で呼んでくれないかなぁ？」
「形式上でも目上の者を名で呼ぶのは礼を失しているだろうが」
「兄さんは堅物だなぁ〜・・・だから眉間にシワが寄るんだよ？」
こんなカンジ、とやってみせる弟に、彼はまったくそのとおりに眉をひそめた。
440 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/05(金) 02:13:12.58 ID:NbJ1vHzB
「・・・え、と」
銀髪の兄弟をどう払おうか。このままだと、間違いなくボロを出しかねない。適当に話して離れるしかないか。
さて、どんな話題を振ろう。『キーゼル』は今まで旅に出ていたのだから、その関係の話を振られたらまずい。
『キーゼル』はこの世界を知っていても、私はこの世界の住人をだますことはできない。
そんな私の思惑をよそに、
「そうそう、キース。伯爵から聞いたよ。爵位を継いだんだって？」
「・・・えっ？」
唐突な言葉にその意味が理解できない。伯爵が・・・なに？
困惑を知らず、嬉しそうに両手を打ち合わせてレティシアが言う。
「キーゼル・ソルニエは、猶予期間を経過したため、本人不在ながら爵位を継承したものとする。伯爵が仰っていたよ？」
「・・・おばあ様が！？」
何でそんな・・・ああ、だからキーゼルはわざわざ分けたのか！
貴族としてのキーゼルと、冒険者としてのキーゼル・・・彼はそれを既に知っていたのか。まったく、本当にあいつは手回しが早い。
あれ？とレティシアは首を傾げ、
「キースは知らなかった？サンドリアでは大騒ぎだったんだよ。本人不在で爵位継承なんて、って。しかも養子でヒュームだしね」
そう、しかも伯爵には血のつながりのある、生粋のエルヴァーンの娘がいる。だからこそ、その衝撃は計り知れないものだったろう。
サンドリア生まれでもないヒュームを後継者として指名した時点でそれは既に問題視されていたが、・・・いやはや、まったく。
しかし、これで動き方が決まったようなものだな。あいつは大々的に騎士家として振る舞い、代わりに彼女は
「・・・ちょっと黙って」
聞こえないように口にすると、その『思考』は言葉を切る。
441 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/05(金) 02:19:18.18 ID:NbJ1vHzB
［はいはい、了解］
脳裏に、私と・・・今の私とまったく同じ声が聞こえた。
今までずっと聞いてきた声。そうだ。キーゼルと違う。隣にいたキーゼルとは別の、もうひとりの"キーゼル"。
内部から私をサポートしてきた、もうひとり。
［それにしても、厄介なことになったな。キーゼルはどうするつもりなんだろ？］
知らないよ。大体、あなただって『キーゼル』じゃないか。
［まあ、それは。でも俺は、むしろきみに近いよ？］
嬉しくない。ちっとも嬉しくない。
大体、私の思考がすべて読み取られていて、彼と共有しているということ自体が嬉しくない。
［そんなに嫌わなくても。別に着替えとか見たって、元々俺の体なんだし］
そうですよね、もちろんそういうとこもしっかりばっちり見てますよねー・・・orz
［いや、鏡を見てかっこよく見える角度を研究してたのはさすがにどうかと思うけどね？］
嫌あああああああ、そんなこと言わないでぇええええええええ！！！！
「キース？」
不思議そうな声が向けられ、私は慌てて応えた。
「では、後ほどおばあ様に連絡します。命は惜しいですが」
535 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:07:01.87 ID:/p6nTO3h
「・・・早く帰りたい」
［いきなりだな］
「突然ヴァナに来たかと思ったら、男になるは村人Aだはついでに多重人格になるは・・・帰りたーい」
［・・・帰るって、どうやって？］
最大の問題はそこだった。
水の区の片隅、誰も来ない場所に腰をおろし、ついでに靴も脱いで素足を水にひたしながら、私は『彼』と言葉を交わしていた。
［大体、きみはどうやってここに来たかも分からないのに、どうやって帰るなんて言うんだ？］
「うぅ・・・」
［まあ、気持ちは分かるけどね］
ぱしゃんと水を蹴りあげる。水面に映る青い月がにじんでぼやけた。
誰も来ないのをいいことに、ごろりと寝転がる。意外と冷たい草が頬に触れ、目を閉じると水枕に頭を乗せているようだった。
「何でこんなことになっちゃったんだろ」
［来訪者はみんな同じことを言うな。でも誰も分からない。分かったって誰も言わない］
「どうして？」
［知らないよ。俺が一番よく知ってる来訪者は、絶対に自分の話をしないんだ］
その来訪者は、何か知っているんだろうか。・・・彼が言ったじゃないか。分かったって言わないって。
それはつまり、分からないってこと。
ぼんやり光る草木のあるこの場所も、目を閉じてしまえば闇の中。
536 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:10:35.47 ID:/p6nTO3h
ほんの少し手を伸ばすだけで触れられる。しかし差し伸べかけた手を戻し、彼女をちょうど覗き込むように身を屈める。
［戻りたい？］
問いに彼女は、即答をしなかった。
その間が何を意味するのかは明白で、しかし俺はそれを口にはしない。
「もどり・・・たい」
嘘だ。
迷いはすぐに分かった。彼女は戻りたいと、戻れると思っていない。・・・当然か。戻ることができない来訪者を、彼女は見聞きしそして目にしている。その末路も。
彼女もまた、いつかあの騎士のように自我を失うだろうか。あの男のように、ぎこちない笑みを浮かべるのだろうか。
『キーゼル』になってしまうのか。
［初めて倒した敵のこと、覚えてる？］
「うさぎだったよ。ミミズはなんかイヤだったな」
［そう、それにオークを見かけた］
「初めて見た時は驚いたなぁ。ぜんぜん攻撃が当たらなくてさ、よく逃げ回ったっけ］
戦う力も、守る力も。彼女には必要なものだ。そしてあいつはそうだった。それこそが『キーゼル』だった。
きっと彼女は拒否するだろう。それでも、この世界では必要だ。せめて己の身を守るくらいは。
［スパタを覚えてる？］
「覚えてる。私の、初めての」
ほら、覚えていた。
537 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:13:27.98 ID:/p6nTO3h
「ずっと使ってたよ。大切だもん。今は収納の中にしまってるけど」
それは、あいつにはない記憶だ。冒険者であるキーゼル、俺の記憶。
いつからか、俺とあいつは分かれていた。同じ『キーゼル』なのに。
俺は冒険者としてあちこちを見て回った。アルタナ同盟国、トゥー・リア、タブナジア。アトルガン皇国には行かなかった。
彼女が来てそれどころじゃなかったな。時間があれば行ってみたいとは思ったんだけど。
待て。それは、俺の記憶と合致しない・・・？
もうひとつ、いや、ふたつある。それならこの記憶は、誰のものだ？誰の記憶を持っている？
と、不意に。
「どうしてるのかな」
ぽつりと彼女が口にした。誰がとは言わなかった。家族、友人、あるいは別の存在だろうか。
［また会えるさ。だから戻らないと］
「・・・うん」
奴らは何故来訪者を呼び寄せたのか。目的は何だと言うのか。『リアル』への扉を開く、それは何を意味するのか。
それを知るのは俺じゃない。俺の役目じゃない。知らなければならないのは、彼女だ。
知るためには、力を持つべきだ。
［何があっても迷うなよ。必ず戻るんだ］
まったく同じはずのその顔は、あいつのものでも、俺のものでもない。
だから俺をあげよう。『リアル』では持ち得ないアビリティも魔法も、それから、知識と経験も。
538 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:16:52.91 ID:/p6nTO3h
俺たちは何故彼女に肩入れするのだろう。
何故俺たち『アバター』は『来訪者』を守るのだろう。
『来訪者』は世界のバランスを崩す。だとしても、手を出さなければただの冒険者のはずだ。
エルウィンたちの報告では、『来訪者』を狩る者がいるらしい。カインたちの報告では、『来訪者』の持つ力を利用しようとする者がいると。
同じものかもしれないが、別の可能性もある。安易に断定はできない。しかしどちらも『来訪者』を狙っている。
何故命を懸けてまで守るのだろう。出会うまでは、まったくの他人でしかないのに。
違う。
『アバター』と『来訪者』は同じなんだ。だから出会い、そして守る。
それなら俺たちは何なんだ。『来訪者』は『リアル』という異世界から迷い込んだ存在だ。では、この世界に暮らす俺たち『アバター』は？
彼らにとって『異世界の住人』であり、・・・分身。いつかケインが話したじゃないか。本の中の物語の登場人物は、そこに住む存在ではないのかと。
まるで、劇のように。
俺たちという役を、彼らが演じている？
539 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:19:34.11 ID:/p6nTO3h
だとすれば、俺たちは何なのだろう。こうして考え、疑問を持ち、悩んでいる俺は。
『役』だ。
演じている役者にとって、言葉は台詞であり、行動は筋書きだ。しかし劇において言葉は言葉で、行動は行動だ。
つまり彼ら『来訪者』は、劇の世界に迷い込んだのだ。そして演じている『役』そのものになってしまった。
まったく、互いにとって厄介な話だ。
だから早く、『役』を返すべきなんだろうな。それが互いのためだ。
なあ、キーゼル。お前は演じきれるか？
来訪者である、『キーゼル』という役を。
やっぱり、彼らにしか演じきれないんじゃないかな。
真の演者たる彼ら、作家であり役者である彼らにしか。
597 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/11(木) 17:15:44.04 ID:sem8rRFf
まどろみのような感覚から目を開けると、小さなタルタルが私のそばにいた。いや、タルタルってもともと小さいけど。
彼は気難しげに唸りながら私のそばで行ったり来たりし、それから私に気付くと眉をひそめた。
「お前か、サンドリアの新しい来訪者は」
「・・・え？」
「立て。それからにしてやる」
つっけんどんな言葉に私は慌てて足をあげて立ちあがり、その拍子に、
「わっ」
濡れた足で草を踏み、滑らせ勢いよく水に落ちた。たぱーんっていい音がした気がする。
幸いあまり深くなかったらしく、全身が濡れただけで溺れはしない。でも、思いっきり腰を打った。
「い、いったぁ・・・」
「これが、これでも来訪者か」
呆れた声が嘆くように降り、顔をあげると赤い光が視界に入る。
違う。光じゃない。あれは炎だ。・・・炎の魔法！？
意識するよりも早く身を転がす。最前までいた場所に大きな熱が叩きつけられ、爆発にも似た蒸発する音がいっそ心地よくあがる。
濡れた服が体に張り付き動きを阻害しようとするのを気にかける余裕もなく、せめて立ちあがり身構えた。
「何するんだよ！？」
期待せずに言うけどもちろん応えはなく、代わりに炎が舞う。こちらは避けるだけで手一杯なのに。
首筋に張り付いた髪が鬱陶しい。大体盾もないのに、避ける以外にどうやって対抗しろって言うんだ？
あるじゃないか。手に持つだけが盾じゃない。それはいつも使っているもの。使えるだろう？
598 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/11(木) 17:21:41.05 ID:sem8rRFf
紡ぐのは世界の理。
無意識が理を統べる。
理は無意識に従い、
従わせているのは、私。
599 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/11(木) 17:26:03.03 ID:sem8rRFf
炎が散る。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
分かるのはただ、タルタルが驚いて私をまじまじと見つめている。
彼は魔法を唱え終えた姿勢のまま呆然と立ち尽くし、それから叫んだ。
「ティア、ティア！！どういうことだ！？こいつはまともに魔法も使えず戦えもしないんだろう！？」
「"キーゼル"が力を与えたんだから、何もできないはずないじゃないか」
楽しそうな声が言って、す、とタルタルと私の間に現れる。わずかにも水面は揺れず、水音もあがらない。水の上に立っているのに。
黒いエラントウプランドを着た金髪のエルヴァーン。優しそうな、楽しそうな、そんな笑みを浮かべている。
彼はにっこり私に微笑み、腰にはいた剣の柄を手持ち無沙汰に叩く。
「残念だなぁ。せっかくだから、戦士として覚醒すると面白かったのに。まあいいや。これではっきりした」
ひとりで納得しながら、頭に乗せたワーロックシャポーを取る。
その表情はひどく優しくて、その声も優しくて、言葉さえ違っていれば睦言にすら聞こえただろう。
「もう、"キーゼル"はいない。ここにいるのは"キーゼル"じゃない」
キーゼルじゃない。
じゃあ、キーゼルは？
冷たいものが胃の腑に落ちていく感覚。氷を飲み込んだような。
「嘘だ。ケインは、私はキーゼルだって」
「キーゼル。うん、お前はキーゼルだな。でも違う。その力は、"キーゼル"の『器』に入った『キーゼルじゃない誰か』だ」
誰か。誰かって誰だろう。キーゼルじゃないのは確かだ。じゃあ、私は？
違う。キーゼルは魔法なんて覚えなかった。だけど私は今何をした？
600 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/11(木) 17:27:36.34 ID:sem8rRFf
そうだ。私は、
「赤魔道士じゃないか」
793 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/20(土) 16:14:23.67 ID:ks+Tg743
ガラスが割れるような音を幻に聞いた。
その音はとても繊細で鋭く、まるでよく研ぎ澄まされた刃のように冷たい。
「シオン。忘れたのかい？お前は赤魔道士じゃないか」
薄く微笑む彼のエラントウプランドが白く変わっていく。紫がかった黒のワーロックシャポーは真紅に。
金髪の、エルヴァーンの赤魔道士。・・・ああ、この人は。
「兄さん・・・？」
別に、実際に兄弟ってわけじゃない。FFXIで世話になった人で、赤魔道士の師匠で、リアルでも多少付き合いのあった人だ。
忙しいからってずっとログインしていなかった人。・・・ティア兄さん。メインやセカンドその他含めて色々いじり倒してくれた人。
兄さんは笑みを変えず、つん、と私の額をつつく。
「ようやく思い出した？」
今なんて呼んだ？シオン。そう呼んだ。その名前を聞いたことがある。フェルシオン。彼女の名前。
でもそれは彼女の本当の名前じゃなくて、つまり、そうだ。私は
「分かれたアバターの『記憶』を忘れてたみたいだな」
アバターって何だろう。
ずっと昔、インターネットが普及しだした頃に、仮想空間での生活を売りにしたコミュニケーションネットワークがあった。
アバターとは、仮想空間における自分。もうひとりの。つまりユーザの所有するキャラクター。
FinalFantasyXI。シリーズ初のMMORPG。プレイヤーはヴァナ・ディールという世界にキャラクターを作成し、その世界で生きる。
この世界のキャラクターもまた、私。そしてそのキャラクターはアカウントごとに管理され、・・・そうだ。
794 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/20(土) 16:24:11.31 ID:ks+Tg743
「・・・キーゼルじゃない」
最初に作ったキーゼルのアカウントは、ずっと前、ジラートがまだ発表されたばかりの頃に消した。だからキーゼルはもういない。
だけど他のアカウントは生きている。シオンのアカウントは。
彼女のアカウントもまた、私の保有するアカウントだ。復帰した時に作り直した、新しいアカウント。
「でも、それならどうしてシオンは私を、来訪者としての私を知らなかった？」
私の問いに、さあ？と肩をすくめ、兄さんはくすりと笑う。
「だって、シオンとキーゼルは、FFXIの中で直接に会ったことはあるか？」
「・・・ない」
キーゼルのアカウントを削除して以来、しばらくはヴァナ・ディールから遠ざかっていた。シオンのアカウントは、ジラート導入後に登録している。
だから、キーゼルとシオンに関係はない。でもシオンはキーゼルを知らず、キーゼルはシオンを知っていた。
同じプレイヤーなのに。
そもそもキーゼル自身が『ソルニエ』と『ランクス』に分かれている。その違いは何だろう。ソルニエは騎士の家門、ランクスは・・・よく分からない。
でも確か、キーゼルは言った。ランクスを名乗る奴は自分かシオンしかいないと。そしてシオンは名乗り、私にもまた名乗らせた。
キーゼルと同じであってはいけない理由。シオンと同じでなければならない理由。他にも気付かなければならないものがある気がする。
奇妙な息苦しさに黙った私の頭をくしゃくしゃと撫でて、兄さんが笑う。
「キーゼルは、何でも自分で背負い込もうとするからなぁ。お前の中の『それ』も、どうにか自分で片付けたいんだろうな」
「『それ』？」
私の反芻に兄さんは、優しくて甘い声でその名を呼んだ。
795 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/20(土) 16:29:07.85 ID:ks+Tg743
「"凶鳥"」
988 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:34:59.60 ID:0UVSr/2q
一瞬。
空気が震え、ぞくりとする。
目の前の存在は変わらない。変わらないはずなのに。
「おはよう、"凶鳥"」
幼子へ語りかけるかに優しくティアが言う。"彼"はわずかに眉をひそめ、す、と手を動かす。
軽く振られた手の中にひと振りの剣が現れ、"彼"はそれをしっかりと握り締めた。
「誰だ、あんたは」
低く落とした声には感情がなく、どこか唸りにも似ていた。
長身のエルヴァーンは小柄なヒュームに、貴婦人の手を取るかのようにその手を差し出す。
「今のところは敵じゃあない。味方になるかはお前次第だ。こっちとしては、そのほうが助かるんだけどな。
どうせこのままいたって、お前は『器』の中で眠るだけだろ？それなら、おれの話を聞くだけ聞いたって損はない」
その言葉に、わずかに表情を変える。それはどこか、仔犬が見慣れぬものに興味を示すかに似た仕草で。
「その『器』・・・"海鳥"？」
「違う。あのバカ、勝手に呑まれやがった」
「"蜂"は？・・・"星"は？」
「だから、おれはお前の仲間じゃないって。『器』のフェイスパターンが同じなだけ」
「・・・・・・？」
理解していない。
埒があかないと思ったかティアは手を戻して舌打ちし、そしてあることに気付き、改めて言った。
989 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:37:27.26 ID:0UVSr/2q
「いいか。他の奴らは、お前を置いていったんだ。覚えているだろう？バストゥークでのことを」
「バストゥーク・・・」
「大切な"鍵"を手に入れたお前を、あいつらはどうした？」
「"鍵"を手に入れた私を、あの人たちは・・・」
ゆっくりと語る言葉を、彼は幼子が知らぬ言葉をそうするように、繰り返して反芻する。
あんなにほしがっていた"鍵"を手に入れたのに、
ふっと、表情が浮かぶ。
「・・・・・・いない？」
泣き出しそうな、迷子の表情。
持つ力、得た力に比べて何と脆いのか。だからこそ、手に入れれば優位に立てる。
来訪者は世界へ干渉する。その力をもってすれば、世界を弄ぶのも容易だ。
「だから探していた」
不意に別の声が降った。
ティアがはっと表情を改め、それまでの余裕を押しやり身構える。
彼と同じエラントウプランドを着たエルヴァーンが中空に佇む。後ろ手に持つ両手杖の宝珠は、わずかに暗い色を放っていた。
「ああ、まったく。お前はいつも迷子になるな。『器』を得ても変わらないか」
種族は同じでも、その表情も声音も違う。銀髪をきっちりと撫でつけ、険しい表情を張り付けた男は、厳格な教師のように言う。
聞く者に畏敬と警戒を抱かせるその声を受け、"彼"はわずかに表情を変えた。
ふとティアを見、それから、手の中の剣をしっかりと握り直す。
990 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:52:34.91 ID:0UVSr/2q
「あなたは、違う」
一言。
男はその言葉を予想もしなかったか、ぐ、と眉を寄せる。まさか、このような言葉を向けられるとは、と。
同じくティアも顔をしかめ、しかし口を開かずに黙したまま不安げに"彼"を見た。
「"凶鳥"。何を」
「違う。私は違う」
黒に似た茶の瞳をまっすぐに向け、言った。
「"私"、は、"兄さん"、といる。"姉貴"が、また、暇にしてる。から、"ジン"、と一緒、に"姉貴"の、暇つぶし、に付き合う」
たどたどしくも平坦で抑揚のない声にティアが目を見開き、名を呼ぶ。
"彼女"の名前を。
「シオン」
"彼"は彼女の記憶をなぞっているのか。知るはずのない名前を口にした。
「"あなた"、は、『終わり』。"ネージュ"は、『引退』した。最後、に『証取り』をして、"私"と『釣り』をしてくれた。『終わり』は、ない」
ぎこちなく語るそれは『アバター』ではなく、『プレイヤー』との記憶。語る言葉のその意味は、理解しているのか。
不安と不穏の入り混じった視線を受け、それでも"彼"はすと剣を掲げ、男へ言う。
「何故、だ。どうして"私"を狙う？あんたたちは何が目的なんだ。"私"はただ早く帰りたいだけなのに、いい加減にしろよ」
はっきりと嫌悪を浮かべ、叩きつけるような言葉を口にする。その表情も、仕草も、そう、確かに"彼女"のもの。
"彼"ならば『戻る』という概念を理解しない。単語以上の意味を理解し得ない。
つまり"彼"は、"彼女"なのだ。
男は険しい表情のまま少年を見、そして唇を引き結ぶ。
991 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 19:01:45.37 ID:0UVSr/2q
「言ったな。ならばお前は、我が"末弟"にして世に災い為す怪鳥の名を冠する者、"凶鳥"ではない。
お前を連れ戻せと"星"の命であったが、我らに刃向けるならば容赦はせん。その『器』ごと滅せよ」
男が掲げたダークスタッフの宝珠が鈍い光を抱く。低く地を這うかの詠唱に、剣を構え"彼"は不機嫌そうに視線を落とす。
まるで子供がわがままを通したくて駄々をこねるような。そんな、ひどく幼い表情で何事かを呟き。
ふ、と。小さく息を吐き、構えを解いた。いや、それは無型。詠唱であろうとも地を蹴り、眼前に生まれた光球を避けようともせず、ただ軽く剣を振る。
音なき音と共に光が弾け、男と"彼"のシルエットが確かに重なった。
「"ネージュ"ぅ・・・遊びたいな」
にっと笑い、剣を深く突き通す。
吐息が触れそうなほどに近く、彼はまるで愛し人に添うようにして、男を朱に染めた。
あまりにも無邪気で幼いその笑みを見て、ティアはぐっと歯を噛みしめる。
何だ、これは。底知れぬ闇が、ここにある。敵だとか味方だとか、そんなものは関係がない。ただ、深い闇・・・
レストランを出る頃にはすっかり日が暮れていた。見上げると木々の間から、砂粒をまいたような星空が見える。
ウィンダスは星に守られた国。こんなにたくさんの星が守っているのかぁ。
キーゼルとミガイフォングは話すことがあるからとまだお店に残り、私は一旦モグハウスに戻ろうとした。
と。
「キース？」
不意に肩が叩かれ、頭上から声が降ってくる。
「えっ・・・」
「やっぱりキースだ！久しぶり〜元気にしてた？」
慌てて声の主を見ると、綺麗な銀髪を伸ばしたエルヴァーンの男の人が、嬉しそうににこにこしながら私に言う。
フレだっけ？違う。覚えがない。大体私をキースなんて呼ぶ人は、もういないはず。
「レティシア、キーゼルが困っているだろう。わきまえろ」
いさめると言うよりはあきれた声が言って、先の人の襟首をつかんで引き離す。
背の高いその人も銀髪で、伸ばした髪をきっちりと撫でつけて後ろでまとめていた。ちょっと表情が・・・と言うか、顔が怖い。
多分普通にしているだけなんだろうけど、睨まれているような気がする。気のせいだよね？
「・・・リュシアン閣下」
自然とこぼれた言葉に、彼は人懐っこい笑みでひらひらと手を振る。
「『閣下』なんて呼ばなくていいってば。何でキースは、カインたちみたいに名前で呼んでくれないかなぁ？」
「形式上でも目上の者を名で呼ぶのは礼を失しているだろうが」
「兄さんは堅物だなぁ〜・・・だから眉間にシワが寄るんだよ？」
こんなカンジ、とやってみせる弟に、彼はまったくそのとおりに眉をひそめた。
440 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/05(金) 02:13:12.58 ID:NbJ1vHzB
「・・・え、と」
銀髪の兄弟をどう払おうか。このままだと、間違いなくボロを出しかねない。適当に話して離れるしかないか。
さて、どんな話題を振ろう。『キーゼル』は今まで旅に出ていたのだから、その関係の話を振られたらまずい。
『キーゼル』はこの世界を知っていても、私はこの世界の住人をだますことはできない。
そんな私の思惑をよそに、
「そうそう、キース。伯爵から聞いたよ。爵位を継いだんだって？」
「・・・えっ？」
唐突な言葉にその意味が理解できない。伯爵が・・・なに？
困惑を知らず、嬉しそうに両手を打ち合わせてレティシアが言う。
「キーゼル・ソルニエは、猶予期間を経過したため、本人不在ながら爵位を継承したものとする。伯爵が仰っていたよ？」
「・・・おばあ様が！？」
何でそんな・・・ああ、だからキーゼルはわざわざ分けたのか！
貴族としてのキーゼルと、冒険者としてのキーゼル・・・彼はそれを既に知っていたのか。まったく、本当にあいつは手回しが早い。
あれ？とレティシアは首を傾げ、
「キースは知らなかった？サンドリアでは大騒ぎだったんだよ。本人不在で爵位継承なんて、って。しかも養子でヒュームだしね」
そう、しかも伯爵には血のつながりのある、生粋のエルヴァーンの娘がいる。だからこそ、その衝撃は計り知れないものだったろう。
サンドリア生まれでもないヒュームを後継者として指名した時点でそれは既に問題視されていたが、・・・いやはや、まったく。
しかし、これで動き方が決まったようなものだな。あいつは大々的に騎士家として振る舞い、代わりに彼女は
「・・・ちょっと黙って」
聞こえないように口にすると、その『思考』は言葉を切る。
441 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/05(金) 02:19:18.18 ID:NbJ1vHzB
［はいはい、了解］
脳裏に、私と・・・今の私とまったく同じ声が聞こえた。
今までずっと聞いてきた声。そうだ。キーゼルと違う。隣にいたキーゼルとは別の、もうひとりの"キーゼル"。
内部から私をサポートしてきた、もうひとり。
［それにしても、厄介なことになったな。キーゼルはどうするつもりなんだろ？］
知らないよ。大体、あなただって『キーゼル』じゃないか。
［まあ、それは。でも俺は、むしろきみに近いよ？］
嬉しくない。ちっとも嬉しくない。
大体、私の思考がすべて読み取られていて、彼と共有しているということ自体が嬉しくない。
［そんなに嫌わなくても。別に着替えとか見たって、元々俺の体なんだし］
そうですよね、もちろんそういうとこもしっかりばっちり見てますよねー・・・orz
［いや、鏡を見てかっこよく見える角度を研究してたのはさすがにどうかと思うけどね？］
嫌あああああああ、そんなこと言わないでぇええええええええ！！！！
「キース？」
不思議そうな声が向けられ、私は慌てて応えた。
「では、後ほどおばあ様に連絡します。命は惜しいですが」
535 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:07:01.87 ID:/p6nTO3h
「・・・早く帰りたい」
［いきなりだな］
「突然ヴァナに来たかと思ったら、男になるは村人Aだはついでに多重人格になるは・・・帰りたーい」
［・・・帰るって、どうやって？］
最大の問題はそこだった。
水の区の片隅、誰も来ない場所に腰をおろし、ついでに靴も脱いで素足を水にひたしながら、私は『彼』と言葉を交わしていた。
［大体、きみはどうやってここに来たかも分からないのに、どうやって帰るなんて言うんだ？］
「うぅ・・・」
［まあ、気持ちは分かるけどね］
ぱしゃんと水を蹴りあげる。水面に映る青い月がにじんでぼやけた。
誰も来ないのをいいことに、ごろりと寝転がる。意外と冷たい草が頬に触れ、目を閉じると水枕に頭を乗せているようだった。
「何でこんなことになっちゃったんだろ」
［来訪者はみんな同じことを言うな。でも誰も分からない。分かったって誰も言わない］
「どうして？」
［知らないよ。俺が一番よく知ってる来訪者は、絶対に自分の話をしないんだ］
その来訪者は、何か知っているんだろうか。・・・彼が言ったじゃないか。分かったって言わないって。
それはつまり、分からないってこと。
ぼんやり光る草木のあるこの場所も、目を閉じてしまえば闇の中。
536 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:10:35.47 ID:/p6nTO3h
ほんの少し手を伸ばすだけで触れられる。しかし差し伸べかけた手を戻し、彼女をちょうど覗き込むように身を屈める。
［戻りたい？］
問いに彼女は、即答をしなかった。
その間が何を意味するのかは明白で、しかし俺はそれを口にはしない。
「もどり・・・たい」
嘘だ。
迷いはすぐに分かった。彼女は戻りたいと、戻れると思っていない。・・・当然か。戻ることができない来訪者を、彼女は見聞きしそして目にしている。その末路も。
彼女もまた、いつかあの騎士のように自我を失うだろうか。あの男のように、ぎこちない笑みを浮かべるのだろうか。
『キーゼル』になってしまうのか。
［初めて倒した敵のこと、覚えてる？］
「うさぎだったよ。ミミズはなんかイヤだったな」
［そう、それにオークを見かけた］
「初めて見た時は驚いたなぁ。ぜんぜん攻撃が当たらなくてさ、よく逃げ回ったっけ］
戦う力も、守る力も。彼女には必要なものだ。そしてあいつはそうだった。それこそが『キーゼル』だった。
きっと彼女は拒否するだろう。それでも、この世界では必要だ。せめて己の身を守るくらいは。
［スパタを覚えてる？］
「覚えてる。私の、初めての」
ほら、覚えていた。
537 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:13:27.98 ID:/p6nTO3h
「ずっと使ってたよ。大切だもん。今は収納の中にしまってるけど」
それは、あいつにはない記憶だ。冒険者であるキーゼル、俺の記憶。
いつからか、俺とあいつは分かれていた。同じ『キーゼル』なのに。
俺は冒険者としてあちこちを見て回った。アルタナ同盟国、トゥー・リア、タブナジア。アトルガン皇国には行かなかった。
彼女が来てそれどころじゃなかったな。時間があれば行ってみたいとは思ったんだけど。
待て。それは、俺の記憶と合致しない・・・？
もうひとつ、いや、ふたつある。それならこの記憶は、誰のものだ？誰の記憶を持っている？
と、不意に。
「どうしてるのかな」
ぽつりと彼女が口にした。誰がとは言わなかった。家族、友人、あるいは別の存在だろうか。
［また会えるさ。だから戻らないと］
「・・・うん」
奴らは何故来訪者を呼び寄せたのか。目的は何だと言うのか。『リアル』への扉を開く、それは何を意味するのか。
それを知るのは俺じゃない。俺の役目じゃない。知らなければならないのは、彼女だ。
知るためには、力を持つべきだ。
［何があっても迷うなよ。必ず戻るんだ］
まったく同じはずのその顔は、あいつのものでも、俺のものでもない。
だから俺をあげよう。『リアル』では持ち得ないアビリティも魔法も、それから、知識と経験も。
538 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:16:52.91 ID:/p6nTO3h
俺たちは何故彼女に肩入れするのだろう。
何故俺たち『アバター』は『来訪者』を守るのだろう。
『来訪者』は世界のバランスを崩す。だとしても、手を出さなければただの冒険者のはずだ。
エルウィンたちの報告では、『来訪者』を狩る者がいるらしい。カインたちの報告では、『来訪者』の持つ力を利用しようとする者がいると。
同じものかもしれないが、別の可能性もある。安易に断定はできない。しかしどちらも『来訪者』を狙っている。
何故命を懸けてまで守るのだろう。出会うまでは、まったくの他人でしかないのに。
違う。
『アバター』と『来訪者』は同じなんだ。だから出会い、そして守る。
それなら俺たちは何なんだ。『来訪者』は『リアル』という異世界から迷い込んだ存在だ。では、この世界に暮らす俺たち『アバター』は？
彼らにとって『異世界の住人』であり、・・・分身。いつかケインが話したじゃないか。本の中の物語の登場人物は、そこに住む存在ではないのかと。
まるで、劇のように。
俺たちという役を、彼らが演じている？
539 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Kiesel":Katana◎,Chakra,Kugutsu●] 投稿日： 2007/10/09(火) 01:19:34.11 ID:/p6nTO3h
だとすれば、俺たちは何なのだろう。こうして考え、疑問を持ち、悩んでいる俺は。
『役』だ。
演じている役者にとって、言葉は台詞であり、行動は筋書きだ。しかし劇において言葉は言葉で、行動は行動だ。
つまり彼ら『来訪者』は、劇の世界に迷い込んだのだ。そして演じている『役』そのものになってしまった。
まったく、互いにとって厄介な話だ。
だから早く、『役』を返すべきなんだろうな。それが互いのためだ。
なあ、キーゼル。お前は演じきれるか？
来訪者である、『キーゼル』という役を。
やっぱり、彼らにしか演じきれないんじゃないかな。
真の演者たる彼ら、作家であり役者である彼らにしか。
597 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/11(木) 17:15:44.04 ID:sem8rRFf
まどろみのような感覚から目を開けると、小さなタルタルが私のそばにいた。いや、タルタルってもともと小さいけど。
彼は気難しげに唸りながら私のそばで行ったり来たりし、それから私に気付くと眉をひそめた。
「お前か、サンドリアの新しい来訪者は」
「・・・え？」
「立て。それからにしてやる」
つっけんどんな言葉に私は慌てて足をあげて立ちあがり、その拍子に、
「わっ」
濡れた足で草を踏み、滑らせ勢いよく水に落ちた。たぱーんっていい音がした気がする。
幸いあまり深くなかったらしく、全身が濡れただけで溺れはしない。でも、思いっきり腰を打った。
「い、いったぁ・・・」
「これが、これでも来訪者か」
呆れた声が嘆くように降り、顔をあげると赤い光が視界に入る。
違う。光じゃない。あれは炎だ。・・・炎の魔法！？
意識するよりも早く身を転がす。最前までいた場所に大きな熱が叩きつけられ、爆発にも似た蒸発する音がいっそ心地よくあがる。
濡れた服が体に張り付き動きを阻害しようとするのを気にかける余裕もなく、せめて立ちあがり身構えた。
「何するんだよ！？」
期待せずに言うけどもちろん応えはなく、代わりに炎が舞う。こちらは避けるだけで手一杯なのに。
首筋に張り付いた髪が鬱陶しい。大体盾もないのに、避ける以外にどうやって対抗しろって言うんだ？
あるじゃないか。手に持つだけが盾じゃない。それはいつも使っているもの。使えるだろう？
598 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/11(木) 17:21:41.05 ID:sem8rRFf
紡ぐのは世界の理。
無意識が理を統べる。
理は無意識に従い、
従わせているのは、私。
599 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/11(木) 17:26:03.03 ID:sem8rRFf
炎が散る。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
分かるのはただ、タルタルが驚いて私をまじまじと見つめている。
彼は魔法を唱え終えた姿勢のまま呆然と立ち尽くし、それから叫んだ。
「ティア、ティア！！どういうことだ！？こいつはまともに魔法も使えず戦えもしないんだろう！？」
「"キーゼル"が力を与えたんだから、何もできないはずないじゃないか」
楽しそうな声が言って、す、とタルタルと私の間に現れる。わずかにも水面は揺れず、水音もあがらない。水の上に立っているのに。
黒いエラントウプランドを着た金髪のエルヴァーン。優しそうな、楽しそうな、そんな笑みを浮かべている。
彼はにっこり私に微笑み、腰にはいた剣の柄を手持ち無沙汰に叩く。
「残念だなぁ。せっかくだから、戦士として覚醒すると面白かったのに。まあいいや。これではっきりした」
ひとりで納得しながら、頭に乗せたワーロックシャポーを取る。
その表情はひどく優しくて、その声も優しくて、言葉さえ違っていれば睦言にすら聞こえただろう。
「もう、"キーゼル"はいない。ここにいるのは"キーゼル"じゃない」
キーゼルじゃない。
じゃあ、キーゼルは？
冷たいものが胃の腑に落ちていく感覚。氷を飲み込んだような。
「嘘だ。ケインは、私はキーゼルだって」
「キーゼル。うん、お前はキーゼルだな。でも違う。その力は、"キーゼル"の『器』に入った『キーゼルじゃない誰か』だ」
誰か。誰かって誰だろう。キーゼルじゃないのは確かだ。じゃあ、私は？
違う。キーゼルは魔法なんて覚えなかった。だけど私は今何をした？
600 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/11(木) 17:27:36.34 ID:sem8rRFf
そうだ。私は、
「赤魔道士じゃないか」
793 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/20(土) 16:14:23.67 ID:ks+Tg743
ガラスが割れるような音を幻に聞いた。
その音はとても繊細で鋭く、まるでよく研ぎ澄まされた刃のように冷たい。
「シオン。忘れたのかい？お前は赤魔道士じゃないか」
薄く微笑む彼のエラントウプランドが白く変わっていく。紫がかった黒のワーロックシャポーは真紅に。
金髪の、エルヴァーンの赤魔道士。・・・ああ、この人は。
「兄さん・・・？」
別に、実際に兄弟ってわけじゃない。FFXIで世話になった人で、赤魔道士の師匠で、リアルでも多少付き合いのあった人だ。
忙しいからってずっとログインしていなかった人。・・・ティア兄さん。メインやセカンドその他含めて色々いじり倒してくれた人。
兄さんは笑みを変えず、つん、と私の額をつつく。
「ようやく思い出した？」
今なんて呼んだ？シオン。そう呼んだ。その名前を聞いたことがある。フェルシオン。彼女の名前。
でもそれは彼女の本当の名前じゃなくて、つまり、そうだ。私は
「分かれたアバターの『記憶』を忘れてたみたいだな」
アバターって何だろう。
ずっと昔、インターネットが普及しだした頃に、仮想空間での生活を売りにしたコミュニケーションネットワークがあった。
アバターとは、仮想空間における自分。もうひとりの。つまりユーザの所有するキャラクター。
FinalFantasyXI。シリーズ初のMMORPG。プレイヤーはヴァナ・ディールという世界にキャラクターを作成し、その世界で生きる。
この世界のキャラクターもまた、私。そしてそのキャラクターはアカウントごとに管理され、・・・そうだ。
794 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk ["Me":Manikin◎,Vasara,Hiruko●] 投稿日： 2007/10/20(土) 16:24:11.31 ID:ks+Tg743
「・・・キーゼルじゃない」
最初に作ったキーゼルのアカウントは、ずっと前、ジラートがまだ発表されたばかりの頃に消した。だからキーゼルはもういない。
だけど他のアカウントは生きている。シオンのアカウントは。
彼女のアカウントもまた、私の保有するアカウントだ。復帰した時に作り直した、新しいアカウント。
「でも、それならどうしてシオンは私を、来訪者としての私を知らなかった？」
私の問いに、さあ？と肩をすくめ、兄さんはくすりと笑う。
「だって、シオンとキーゼルは、FFXIの中で直接に会ったことはあるか？」
「・・・ない」
キーゼルのアカウントを削除して以来、しばらくはヴァナ・ディールから遠ざかっていた。シオンのアカウントは、ジラート導入後に登録している。
だから、キーゼルとシオンに関係はない。でもシオンはキーゼルを知らず、キーゼルはシオンを知っていた。
同じプレイヤーなのに。
そもそもキーゼル自身が『ソルニエ』と『ランクス』に分かれている。その違いは何だろう。ソルニエは騎士の家門、ランクスは・・・よく分からない。
でも確か、キーゼルは言った。ランクスを名乗る奴は自分かシオンしかいないと。そしてシオンは名乗り、私にもまた名乗らせた。
キーゼルと同じであってはいけない理由。シオンと同じでなければならない理由。他にも気付かなければならないものがある気がする。
奇妙な息苦しさに黙った私の頭をくしゃくしゃと撫でて、兄さんが笑う。
「キーゼルは、何でも自分で背負い込もうとするからなぁ。お前の中の『それ』も、どうにか自分で片付けたいんだろうな」
「『それ』？」
私の反芻に兄さんは、優しくて甘い声でその名を呼んだ。
795 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/10/20(土) 16:29:07.85 ID:ks+Tg743
「"凶鳥"」
988 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:34:59.60 ID:0UVSr/2q
一瞬。
空気が震え、ぞくりとする。
目の前の存在は変わらない。変わらないはずなのに。
「おはよう、"凶鳥"」
幼子へ語りかけるかに優しくティアが言う。"彼"はわずかに眉をひそめ、す、と手を動かす。
軽く振られた手の中にひと振りの剣が現れ、"彼"はそれをしっかりと握り締めた。
「誰だ、あんたは」
低く落とした声には感情がなく、どこか唸りにも似ていた。
長身のエルヴァーンは小柄なヒュームに、貴婦人の手を取るかのようにその手を差し出す。
「今のところは敵じゃあない。味方になるかはお前次第だ。こっちとしては、そのほうが助かるんだけどな。
どうせこのままいたって、お前は『器』の中で眠るだけだろ？それなら、おれの話を聞くだけ聞いたって損はない」
その言葉に、わずかに表情を変える。それはどこか、仔犬が見慣れぬものに興味を示すかに似た仕草で。
「その『器』・・・"海鳥"？」
「違う。あのバカ、勝手に呑まれやがった」
「"蜂"は？・・・"星"は？」
「だから、おれはお前の仲間じゃないって。『器』のフェイスパターンが同じなだけ」
「・・・・・・？」
理解していない。
埒があかないと思ったかティアは手を戻して舌打ちし、そしてあることに気付き、改めて言った。
989 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:37:27.26 ID:0UVSr/2q
「いいか。他の奴らは、お前を置いていったんだ。覚えているだろう？バストゥークでのことを」
「バストゥーク・・・」
「大切な"鍵"を手に入れたお前を、あいつらはどうした？」
「"鍵"を手に入れた私を、あの人たちは・・・」
ゆっくりと語る言葉を、彼は幼子が知らぬ言葉をそうするように、繰り返して反芻する。
あんなにほしがっていた"鍵"を手に入れたのに、
ふっと、表情が浮かぶ。
「・・・・・・いない？」
泣き出しそうな、迷子の表情。
持つ力、得た力に比べて何と脆いのか。だからこそ、手に入れれば優位に立てる。
来訪者は世界へ干渉する。その力をもってすれば、世界を弄ぶのも容易だ。
「だから探していた」
不意に別の声が降った。
ティアがはっと表情を改め、それまでの余裕を押しやり身構える。
彼と同じエラントウプランドを着たエルヴァーンが中空に佇む。後ろ手に持つ両手杖の宝珠は、わずかに暗い色を放っていた。
「ああ、まったく。お前はいつも迷子になるな。『器』を得ても変わらないか」
種族は同じでも、その表情も声音も違う。銀髪をきっちりと撫でつけ、険しい表情を張り付けた男は、厳格な教師のように言う。
聞く者に畏敬と警戒を抱かせるその声を受け、"彼"はわずかに表情を変えた。
ふとティアを見、それから、手の中の剣をしっかりと握り直す。
990 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 18:52:34.91 ID:0UVSr/2q
「あなたは、違う」
一言。
男はその言葉を予想もしなかったか、ぐ、と眉を寄せる。まさか、このような言葉を向けられるとは、と。
同じくティアも顔をしかめ、しかし口を開かずに黙したまま不安げに"彼"を見た。
「"凶鳥"。何を」
「違う。私は違う」
黒に似た茶の瞳をまっすぐに向け、言った。
「"私"、は、"兄さん"、といる。"姉貴"が、また、暇にしてる。から、"ジン"、と一緒、に"姉貴"の、暇つぶし、に付き合う」
たどたどしくも平坦で抑揚のない声にティアが目を見開き、名を呼ぶ。
"彼女"の名前を。
「シオン」
"彼"は彼女の記憶をなぞっているのか。知るはずのない名前を口にした。
「"あなた"、は、『終わり』。"ネージュ"は、『引退』した。最後、に『証取り』をして、"私"と『釣り』をしてくれた。『終わり』は、ない」
ぎこちなく語るそれは『アバター』ではなく、『プレイヤー』との記憶。語る言葉のその意味は、理解しているのか。
不安と不穏の入り混じった視線を受け、それでも"彼"はすと剣を掲げ、男へ言う。
「何故、だ。どうして"私"を狙う？あんたたちは何が目的なんだ。"私"はただ早く帰りたいだけなのに、いい加減にしろよ」
はっきりと嫌悪を浮かべ、叩きつけるような言葉を口にする。その表情も、仕草も、そう、確かに"彼女"のもの。
"彼"ならば『戻る』という概念を理解しない。単語以上の意味を理解し得ない。
つまり"彼"は、"彼女"なのだ。
男は険しい表情のまま少年を見、そして唇を引き結ぶ。
991 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2007/11/02(金) 19:01:45.37 ID:0UVSr/2q
「言ったな。ならばお前は、我が"末弟"にして世に災い為す怪鳥の名を冠する者、"凶鳥"ではない。
お前を連れ戻せと"星"の命であったが、我らに刃向けるならば容赦はせん。その『器』ごと滅せよ」
男が掲げたダークスタッフの宝珠が鈍い光を抱く。低く地を這うかの詠唱に、剣を構え"彼"は不機嫌そうに視線を落とす。
まるで子供がわがままを通したくて駄々をこねるような。そんな、ひどく幼い表情で何事かを呟き。
ふ、と。小さく息を吐き、構えを解いた。いや、それは無型。詠唱であろうとも地を蹴り、眼前に生まれた光球を避けようともせず、ただ軽く剣を振る。
音なき音と共に光が弾け、男と"彼"のシルエットが確かに重なった。
「"ネージュ"ぅ・・・遊びたいな」
にっと笑い、剣を深く突き通す。
吐息が触れそうなほどに近く、彼はまるで愛し人に添うようにして、男を朱に染めた。
あまりにも無邪気で幼いその笑みを見て、ティアはぐっと歯を噛みしめる。
何だ、これは。底知れぬ闇が、ここにある。敵だとか味方だとか、そんなものは関係がない。ただ、深い闇・・・
2008年01月21日(月) 16:33:18 Modified by feathery_snow