IF1・無題533

533 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 17:56 ID:PLlQlZGb
播磨拳児という男はどういった人間か。
殆どの生徒は、怖くて乱暴な不良というイメージを持っているだろう。
だが、「殆ど」ということは、そう思っていない例外の生徒も中にはいるということである。
そんな例外の一人が存在しているのが、2−C、つまり、播磨拳児本人がいるクラスである。
本来、播磨拳児は優しい性分である。
ただ、それ以上に喧嘩っ早く粗野で馬鹿なため、よくよく誤解を受けてしまっているだけだ。
よくよく考えると誤解じゃないかもしれないが、少なくとも、「筋は通す」男であり、無闇な暴力はふるわないのだ。
そんなことにいち早く気付いたのは、日ごろから播磨の身近にいることの多い、隣の席の女の子だった。


「でも、あんたも災難よねー
 よりによって、あの播磨君の隣の席になっちゃったんだもの」

時は昼放課。
クラスではいくつかグループが出来、昼食を取っている時間帯である。
そんな折、そのグループの中の一人が言い放った言葉に、微苦笑しながら彼女は答えた。

「そうでもないよ。
 私、播磨君の隣の席になれて結構よかったと思うよ」

先程の発言に同意し、彼女も同様に答えると思ったグループの面々は、鳩が豆鉄砲を食らったような
顔をして驚いた。

「ええー!!
 だって、あの播磨君だよ。
 もう既にヤクザから引き抜きの依頼がきてたりとか、一度声をかければ近所一帯の暴走族が集まるとか……
 この前まで学校を休んでたのだって、何処かの組の抗争に巻き込まれたどころか、
わざわざそれを潰しに行ったって話じゃない!」

到底信じられる話ではないのだが、言った本人も、それを聞いている皆も、不審に思う様子はない。
そんな皆を無責任だと思いながらも、心の片隅で皆が知ろうとしない播磨の一面を知っている、
そんな優越感を心の片隅で感じながら、彼女はそれ以上播磨に拘ろうとせず、新しい話題を振っていった。


534 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 17:58 ID:PLlQlZGb
彼女が播磨を意識するようになったのはいつからだろうか?
席が決まった当初から意識はしていたが、それは好意とは程遠く、むしろ正反対に位置するものであった。
しかし、「好き」と「嫌い」は似たもの同士。
ベクトルが正であれ負であれ、それは大きな力。
意識し続けた結果、播磨が真面目だったり、ちょっと抜けていたり、
美術が上手、運動が得意などといった意外な一面を発見したのだ。
それは、彼女にとって、まさしく人間ルネサンス。
もっといろんな面を知りたい、そんな思いが徐々に強くなり、何時の間にか、
それが「好き」という感情に摩り替わっていったのだった。


「でも、どうやって播磨君に好きになってもらえるんだろう」

昼放課が終わり、席に座って次の授業が始まるのを待つ中、吐息混じりの疑問を、心の中で呟いた。
どうやったって、自分は不利だ。
このクラスには、キレイどころがたくさん集まっている。
それも、ただキレイなだけではなく、頭脳明晰、運動神経抜群、さらには、性格だって悪いわけではない。
彼女達が集まっていると、それだけで華がある。
それに反して自分はどうだろう?
容姿は、悪いとは言わないし、自分でも結構可愛い方だとは思っていたりするが、
どうやったって彼女達にはかなわない。
運動神経も発達しているわけでもないし、勉強の方だっていたって普通だ。
唯一の利点は、そう、隣の席にいるということだけ。
それだって、2学期に入れば失われていくかもしれないものだ。
そこまで思考が進むと、彼女は意識せずにため息を出していた。

「はぁ……」

と、そこで、ふと彼女が視線を隣りへと向けると、こちらを見ている播磨と目が合った。
が、何もなかったかのように、播磨はすぐにふいと、顔を反らしてしまう。
まるで、自分には興味がない、自分なんて気に留める価値もない。
そう言われたような気がして、それがどうしようもなくショックで、彼女の目から涙が零れ落ちた。
それに気付いた近くの席にいた女の子が、慌てて駆け寄ってくる。

「どうしたの。なにかあったの?どこか痛いの?」

心配そうに問い掛けてくるが、涙で息がつまり、彼女は何も言えなかった。
例え何か言葉を発することが出来ても、何も言うことは出来なかったろう。
「好きな播磨君に目を逸らされたから泣きました」などと、言える筈もない。
クラスは俄かに騒然となり、次の授業が始まるどころではなくなった。
そんな中、カッカッと綺麗な足音を響かせながら彼女達へと向かってくる人影が一つ。
金髪のツインテールがチャームポイントの、沢近愛理だ。
沢近は真っ直ぐに播磨の席の前へと進み、厳しい表情をしながら播磨へと問い掛けた。

「あんた、彼女になにしたのよ」

「な、なにもしてねーよ」

自分が目をそらしたせいで泣いたとは夢にも思わず、わけがわからないといった様子で播磨が答える。

「嘘、何もないのに、いきなり泣く子がいるわけないでしょう。
 あんたが何かしたに決まってるじゃない」


535 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 17:59 ID:PLlQlZGb
拙い、これはとてつもなく拙い。
彼女の心の内は、今焦りでいっぱいだった。
播磨は何もしていない、自分がただ勝手に泣いただけだ。
ただ、そういえば良いだけなのだ。
このままでは、播磨の自分に対する印象はどんどんと悪くなっていく。
でも、その言葉が喉に引っかかって出てこない。
何とか声にしようと努力しても、ただ嗚咽となって出て来るだけで、いっこうに意味をなさない。
そして、それを尻目にみるように、播磨と沢近の舌戦はどんどんとヒートアップする。
それが、さらに彼女の涙を流させ、事態はより悪化していく。
悪循環だ。

だが、二人が言い争う最中、そんな悪循環を断ち切る切っ掛けが訪れた。

「おい、お前も泣いてないで、俺が何にもしてないって言え」

播磨が、彼女へと助けを求めたのだ。
が、助けを求めるといっても、たった先程まで沢近と口げんかを繰り広げていた、
いや、今も続いている最中で言い放ったその口調は、お世辞にも丁寧とは言えず、かなり乱暴な調子だった。
そのせいで、つい、彼女は体をビクっとすくませてしまった。

「ちょっと、泣いてる女の子に向かってなんて言い方するのよ。
 あんたがそんな風に言うから、彼女が怯えちゃってるじゃない」

何も言えない彼女の様子、そして沢近の言葉にカチンときたのか、播磨は大きく舌打ちをし、机を蹴り上げる。

ああ、もうダメだ。
完全に嫌われてしまった。
そう思った瞬間、彼女は席を立ち、勢いよく教室を飛び出していってしまった。

「ちょっ、あんたなにすんのよ」

「お、お、お、俺だって知るか」

予想だにしなかった反応に、口喧嘩をしながらも狼狽する二人。
挙句の果てには、お互いにどうしようと相談し始める始末だ。
だが、そんな二人を見ていられなくなったのか、播磨のもう一つの隣の席に座っている
塚本天満が立ち上がった。


536 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 18:01 ID:PLlQlZGb
「どうしようとか相談する前に、追いかけなよ。
 彼女、泣いてたんだよ。
 それなのにほうっておくなんて可哀相じゃない」

「あ、いや、でも、そのだな、天満ち―――」

「デモもストもないよ。
 早く追いかけに行きなさい」

好きな人にはめっぽう弱い播磨。
思わずしどろもどろになるが、天満はそんな播磨を取り合わずに一喝し、その声に押されるように、
播磨は慌てて教室を走り出して行く。

「ちょ、待ちなさいよっ。
 あんただけに任せたら、どうなるかわかったもんじゃないわ」

そう言いながら、沢近も播磨の後を追っていった。
教室を出たところで、すぐに途方にくれている播磨に追いつく。

「しかし、追いかけるって言っても、あいつどこに行ったんだ?」

「私が知るわけないでしょ。
 とりあえず、昇降口に行って、学校の外に出てないどうか確かめましょう」

そう言いながら階段を下りていく沢近。
それに遅れまいと、慌てて播磨も付いていく。
「なんでこんなことに」
「なんでこんなやつと」
などと、ぶちぶちと愚痴のような言い合いながら、二人は昇降口へと向かっていった。


537 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 18:02 ID:PLlQlZGb
「ちゃんと下履きはあるわね。
 ということは、まだ学校内にはいるってことよね」

「だな。」

「でも、どうしよう。
 校舎内にいるってわかったって、どこにいるかなんてどうすれば……」

飛び出していったとはいえ、まだ校舎内にいると確認できたが、そこから先をどうするべきか思案し、
どうしたものかと悩む沢近。
だが、そんな迷っている沢近を、まるで別の星の生き物みたいに見ている播磨がいた。

「何よ、その表情」

「や、校舎の外に出ないでサボる場所なんてそうないだろ」

その視線にうめいた沢近だが、播磨の返答に、思わずきょとんとした表情を浮かべる。

「え、どういうこと?」

「どういうことも何も、授業サボれる場所っつったら、せいぜい便所か、体育館、
さもなきゃ屋上ぐらいのもんだろ」

そう、播磨拳児は動物達に出会うまでは不良だったのだ。
当然、授業をサボるなんてお手の物。
学校自体をサボることだってざらで、そんな播磨からすれば、自分の経験から推測すれば良いだけのことだった。
そんなことは露知らず、沢近は
「意外とこいつって頭良いんじゃ……」
なんて思っているわけだが、その辺りは割愛させていただく。

「そうね……あんたの言う通りだわ。
 確か体育館は、今の時間は隣のクラスが使ってたはずだから、後はトイレと屋上ね」

「んじゃ、俺は屋上いくから、お前は便所の方を頼むわ」

「うん、わかったわ。
 それじゃあ、よろしく」

そう言い、播磨は階段を駆け上がり、沢近は今いる1階の女子トイレを探し始めようとする。
と、そこでふと気が付くことがあった。

「私、あいつだけに任せられないからわざわざ付いて来たのに、なんで、あいつの言うこときいてるのよ!?」

その問いは、誰にも答えられることなく、ただ風に流され消えていくだけだった。


538 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 18:04 ID:PLlQlZGb
沢近が、ふと自分を見失いかけ困惑している頃、播磨の方はというと、何も考えずに、
ただひたすら屋上へと向かっていた。
いや、何も考えていないと言うのは語弊がある。
今彼の頭の中は、クラスメートの危機を颯爽と片付けた自分に惚れる天満という
妄想一色に染まっていたのだから。
天満ちゃん(;´Д`)ハァハァ
天満ちゃん(;´Д`)ハァハァ
天満ちゃん(;´Д`)ハァハァ
天満ちゃん(;´Д`)ハァハァ
天満にいいところを見せる、ただそれだけのために、名前もわからないクラスメートの行方を捜しているのだ。
ここまで来ると、表彰ものかもしれない。
そんな妄想を抱えながら階段を上っていた播磨だが、ついに屋上に繋がる踊り場へと到着する。
目の前には、屋上と踊り場を隔てる扉。
それが、今の播磨には、甘く切ない天満との恋人ライフの始まりを祝福する運命の扉に見えた。
いざ、行かん!とばかりに、ドアノブを捻り、めくるめくる幸せの世界を夢見ながらゆっくりとドアを開ける。
が、今もなお、今直嗚咽を漏らしながらうずくまる少女の後ろ姿が視界に入り、播磨は思わず固まってしまった。



光物を持ったヤクザにすら恐れず喧嘩を吹っ掛ける播磨拳児にも苦手なものがある。
勉強は当然で、貝類だって食べられない。
だが、そんなものが霞んでしまうほどの天敵がある。
それが、女性の涙だ。
天満に惚れた際に見た、あの涙を浮かべた表情をどうしても重ねてしまうのだ。
そうすると、ただでさえ不器用な播磨はどうにも弱くなってしまう。
相手が、例えなんとも思っていない名も知らぬクラスメートであっても。


539 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 18:05 ID:PLlQlZGb
「あのー……」

意を決し、恐る恐る播磨が声をかけると、少女ははっと振り向き、いや、振り向こうとしてバランスを崩し、
尻餅をついてしまった。
ただでさえ泣いて赤くなっていた少女の顔を、さらに羞恥が赤く染める。

「いつまでそうしているつもりだ。ほら、捕まりな」

赤くなったまま立ち上がろうとしない彼女を見かねたのか、播磨が手を差し伸べる。
だが、当の手を差し伸べられた本人は、それを不思議そうに涙で腫れた目で見上げ、固まったままでいる。

「ああっ、もう、面倒くせェ!」

このままでは埒があかないと思ったのか、播磨は強引に腕を取り、無理やり彼女を立たせる。

「な、なんで、ヒック、はっ播磨、君が、こっこに、い、いるの?」

ようやく、思考が状況の一部を理解し始めたのか、涙混じりで少女が播磨へと問い掛ける。

「ああ、そんなの、追いかけてきたからに決まってるだろう。」

追いかけて、の前に「天満に頼まれて」という言葉が省略された播磨の答えに、思わず彼女の顔が綻んだ。

「そんなことよりも、ちゃんと俺が何にもしてないってみんなに説明してくれよ」

今だ。
ここにきて、もう一度謝る機会がやってきた。
今度こそは失敗しまい、と緊張しながら渇いた喉へつばを飲み込み、
先程から後悔とともに頭の中で繰り返された言葉を口にする。

「うん、私のせいで播磨君に迷惑かけて、本当にごめんね」

「ああ、まあ、いいってことよ」

よかった、よかった、よかった。
心の中でその言葉を何十回と噛み締める。
決して好印象を与えたわけではないだろうが、もう2度と話せないと言った様な致命的な事態になるのは
避けられた。
その思いが内側から溢れ、彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。
そして、播磨の優しさを再確認し、さらに播磨のことが好きになっていった。


540 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい :03/12/22 18:06 ID:PLlQlZGb
「ところでなんだが」

「え?」

そんな彼女の内心を遮るかのようにして播磨から声がかけられる。

「お前の名前ってなんだっけ?」

その言葉に、一転して彼女は奈落の底に叩き落される。

「ふ、ふふふふ」

が、それとは逆に彼女の口から笑いが零れ落ちている。
自分のどうしようもない馬鹿らしさがおかしくて、堪えることが出来ずに笑ってしまう。
相手は、播磨は自分のことを本当になんとも思っていなかったのだ。
名前すら覚えてもらえないほど。
それなのに、自分は嫌われてしまう、だの、もう二度と話せない等と悲観して……
本当に馬鹿馬鹿しい。
今回のことがなければ、きっと自分は遠くから播磨を見つめるだけで、嫌われることもないが、
記憶の片隅に残ることもなかっただろう。
そう、これはピンチの後にやってくるチャンス。
播磨に対する自分の印象を良くするも悪くするも、これからの自分の行動次第。
これからが彼女の恋の本当の始まりだ。
恋する乙女は強くなる。
さあ、まずは自己紹介から始めてみようか。

「私の名前は――――――」

ふっと、秋の訪れを告げる涼しげな風に背中を押され、
彼女は目の前に広がる恋路への新たな第一歩を踏み出していった。
2007年10月29日(月) 02:35:06 Modified by ID:aljxXPLtNA




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