IF1・Not Logic, But Magic.

909 名前:Not Logic, But Magic. :03/12/25 23:05 ID:ydAGmTPF
「恋愛というのはだな、いいか周防、ロジックじゃなくて――」


 シュン、と風を切る音が道場に響く。花井春樹、今日も朝から稽古である。
クリスマス、という祝祭のせいか、普段はちらほらと人影の見えるその場所も今日は彼一人である。
「……ふう」
 一通りの型を終え、息をついたその矢先。
「あれ?いたんだ」
「周防か」
 胴衣姿の美琴が入り口に立っていた。目的はどうやら同じらしい。
「お前も暇だなぁ、せっかくのクリスマスだろ?誰かとどっかに行きゃいいのに」
「その言葉をそのまま返してやろう」
 それにな、と無駄に胸を張る花井。
「僕には八雲君とデート、という素晴らしい予定があったのだ!」
「……どーせ断られたんだろ」
「甘いな。彼女は『また今度……』と言ったのだ。いささか消極的ではあるが肯定には違いあるまい」
「あたしにゃ消極的否定に聞こえるけどね……」
 そう言い合いつつも、自然と試合の間合いを取る二人。別にけんかをしようというわけではない。
 二人がいてここが道場であるのなら、幾度となく拳を交えた仲である、当然の結果だ。
「こりないね、まったく」
「僕が八雲君を想う気持ちにやましいところなど一つもない。何を恥じる必要がある?」
 向かい合って言う。
 次の瞬間、美琴は動いた。
「――怖くないの?」
 何が、とは言わない。
 その問いかけと同時に、流れるような動作で拳を突き込む。
 が。
(ふむ。迷い、か)
 らしくないな、と思いつつ、花井はその腕をあっさりと捌ききる。
「……っ」
 体勢を崩す美琴の無防備な姿。一撃で勝負は決する。しかし、花井はそうしなかった。
「知っていると思うが、八雲君は姉の塚本君と違ってすこぶる消極的だ」
 まあ彼女も彼女で問題なしとは言えないが、と付け足す。
「……それが?」
 へたり込んだ恰好のまま聞き返す美琴。
「それ自体は決して悪いことではない。むしろその奥ゆかしさがだな……いやそれはいい。
ともかく、だ。もう一度言うが、それは悪いことではない。だがな」
「それだけじゃ、ダメ?」
 うむ、と頷く花井。


910 名前:Not Logic, But Magic. :03/12/25 23:07 ID:ydAGmTPF
「時間をかければ誰しも彼女がそういう人間であると分かるだろう。しかし、世の中には
その時間さえ惜しむような連中が存在する」
 残念ながら、な。それは自分をも戒める言葉のように美琴には聞こえた。
「だから僕は彼女の答を聞きたいと思っている。例えそれが否定でも、だ。彼女が誰かのことを
想っているというのであれば、協力もしよう」
 それがあの男だとしても、というのはさすがに口には出さない。
「……花井はさ、いいの?それでも」
 心なしか震えているその声に気がつかない振りをして、花井は続ける。
「もちろん肯定にこしたことはない。だがな、それ以上に僕は彼女に答を出して欲しい。
ひどく些細なことかもしれないが、変わってもらいたいと思っているんだ、彼女に」
 美琴の目を見つめて言う。
「恋愛というのはだな、いいか周防、ロジックじゃなくて――」
 一呼吸。
「――マジックなんだ」
 人は誰でも変われるんだ、自分の意思で。
 そう締めくくった。
「……」
 肩を振るわせてうつむいている美琴。
「どうした?まさか……」
「く、は、あははははは!」
「お前な、人がせっかく人生の教訓をだな」
「あー、悪い悪い。いや、お前がそういうこと言うなんて全然思ってなかったからさ」
 涙目で笑いつつも、そこにはいつもの美琴の姿があった。
「前から思っていたんだがな、一体僕のことを何だと思っているんだ」
「だから悪かったって言ってるだろ」
 と、そう言ってから、そうだ、と手をポンと打つ美琴。
「ためになる話を聞かせてもらったお礼。今日一日付き合ってあげるよ」
「何?だいたいお前、稽古をしに来たんじゃ……」
「いーからいーからそんなの。ホラ行くよ!」
 先ほどの弱気はどこへやら、完全復活の美琴の姿。
(単純と言うか、まったく……)
 苦笑混じりにそんなことを思う花井。
「分かった。今行くから待ってろ」
 着替え終わって表に出る頃には、既に時刻はお昼前。
「さ、半日しかないからね。遊ぶぞ!」
「ほどほどにな」
 まあこんなクリスマスも悪くはないかな。
 そう思う二人の姿がそこにあった。

おしまい。
2007年11月02日(金) 10:50:59 Modified by ID:aljxXPLtNA




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