IF1・PARLOR, BEDROOM AND BATH

772 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:07 ID:/V+A6vot
「もー、終わらないよ〜。美琴ちゃん、どうしてこうなっちゃったの〜……」
『あんたが私の注意聞いてないからだろぉ?』
 受話器から呆れ果てた声が返ってくる。
 塚本天満は机に向かって、必死になってペンを動かしていた。頬と肩で受話器を挟んでいる。
「…そう、だけど。でも〜」
 涙声で訴える天満。しかし電話の相手――美琴は取り合おうとしない。
『はいはい。烏丸に見とれたんだろ。自業自得な』
「はぁい……」
 一週間がかりでやる宿題を、提出日の登校中にドブに落とす。「危ねーぞ」という美琴の忠告も忘れて。
(だって、烏丸君がいたんだもん……)
 責任逃れである。
『ってーか、アンタ私とこんな電話してていいのかぁ?まだその様子じゃ』
「うん、半分も終わってないの」
 はあ、と大きな溜め息を吐いて、美琴は言った。
『先生はいつまで待ってくれんだよ?』
「明日……」
『はぁ? きちんと事情話したのか?』
 一週間もかかる宿題を、一日でやれとは。いくら自業自得とは言え、厳しいものがある。
「一応話したよ……でもダメだって」
『そんなにキツイ人だったっけなぁ……まぁいいや、そんじゃがんばりな』
「うん。おやすみ、美琴ちゃん」
『おやすみ』
 受話器を置いて、天満は俯いた。
「……話してないもん」
 烏丸君に、宿題を忘れたところなんて見せられない――と、天満は思い、授業後に先生の許を訪ねて
事情を説明しようとした。しかし、運悪く烏丸が先生に張り付いていたのだ。 
「うう」
 ガチャ――と、ドアが開けられる。
「姉さん、お風呂沸いたけど……姉さん?」
「八雲先入って」
「……わ、わかった」
 機嫌の悪そうな天満に少したじたじになりながら、八雲は返事をした。


773 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:08 ID:/V+A6vot
『おやすみ、美琴ちゃん』
「おやすみ」
 周防美琴は電話を切る。
(まったく、変わらないんだよなぁ天満のヤツ)
 春先からこっち、烏丸との関係は進展しているのかどうかもわからない。
「こっちは色々あるってのに」
 一人、愚痴る。
 憧れの先輩にはフられるし、今鳥にはしつこくされるようになるし、沢近とは……
今更言うまい。思い出すだけ気持ちが沈む。もう今は大丈夫なのだから、わざわざ思い返すこともない。
「ったく」
(いくら高2とはいっても、限度があるだろーがよ、限度が)
 美琴はベッドに転がって、短くしたばかりの髪を手でいじった。
「ま、さっぱり……できたかな」
 頭の後ろで腕を組んで、枕にする。
「ふぁ〜あ……」
 段々と眠気が頭を侵食し始める。それに身をまかせ、意識は段々と落ちてゆく。
「……」
 ゆっくりと目を閉じると、夏の思い出が一気に流れ込んできた。
『美琴ちゃんはDカッ――』
「だぁぁぁ!」
 起き上がって、ワナワナと震える美琴。
「なんであんなモン思い出すんだよ私! あーもうチクショー!!」
 これ以上妙な物を思い出すわけにもいかない。
 美琴はベッドから降りて、バスタオルを手に取った。
「冷や汗出てきたってーの……入りなおしだ入りなおし!」
 ドスドスと足音をたてながら、美琴は風呂場へ向かった。


774 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:10 ID:/V+A6vot
「〜♪」
 サアァァ――という、湯の流れる音。視界は湯気に包まれている。
 沢近愛理はシャワーを浴びていた。
 艶のある長い金髪、張りのある白い肌。愛理は、自分の容姿に自信を持っている。
それだけにケアはいつもしっかりとしなければならない。
(今日も一日ご苦労様)
 と、自分の身体に言い聞かせたりする。
 実際、綺麗なのである。父親譲りの金髪に、やや長身で細身、だがしっかりとつく場所にはついている
質感のある身体。そして顔も、十人に聞けば十人とも絶賛が返ってくるだろう、という程に整っている。
 キュっと蛇口をひねって湯を止め、愛理は浴槽に身を沈めた。
「ん〜〜」
 泳げる程ではないものの、平均からすれば随分と広めの浴槽の中で、愛理は思い切り身体を伸ばす。
「はぁっ……」
 ゆっくりと息を吐いて、顔を半ば湯の中に沈める。まとめられていない髪が、水面に浮いて大きく広がった。
(今日は、何も無かったわね……)
 ぷくぷくと口元から泡を出しながら、物思いにふける愛理。
 平和な一日であった。しいて言うならば、天満がやけに落ち込んでいて、晶がそわそわしていたことぐらいか。
(あと……)
「ぷは」
 息を大きく吸って、愛理は目を瞑る。
「あと……何よ」
 何故かいらいらした声で言う愛理。こめかみがひきつっている。
「あと、何だってのよ。だから……あと! 今日は何も無かったのよ!」
 とうとう青筋を浮かべて、愛理は立ち上がった。身体についた水滴がぽたぽたとしたたる。
女神かと見紛わんばかりの裸体の上には般若の顔。彼女にこんな表情をさせる人物とは。
「あンの、ヒゲ……!!」
 ヒゲと何かあったようだ。
 愛理は身体を隠すことも忘れて、浴室を出て行く。美しさも何もあったものではない。
 蛇口から、水滴がポトン――と落ちた。


775 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:11 ID:/V+A6vot
 パチン、と爪を切るような音が部屋に響いた。
「……」
 高野晶は無言で何かに集中している。
 パチン、パチン、パチン――。
 同じような音が響く。どうやら爪を切っているのではない。
 次に、ザリザリと何かを磨く音。
 そして、カチ、という何かを合わせるような音がした。
「……」
 手に持った物を目線の高さまで持って来る晶。
 様々な角度で眺める。それはプラスチック製のようだ。
「よし」
 満足した様子で、箱の中へ戻す。
 再びパチン、という音が鳴り始めた。
 しばらくして、電話が鳴った。
 晶はパジャマについたクズを払い落としながら立ち上がり、受話器をとった。
「もしもし、高野です」
 クールな声で応答する晶。
「――サラ。どうしたの」
 何度か頷く晶。特に実の無い雑談らしい。
「明日は――何もしない。休み」
 少しそわそわしながら、後ろに置きっぱなしのそれを見る晶。
「そう。それじゃあおやすみなさい、サラ」
 手早く電話を切る晶。
(焦りすぎた)
 サラが気を悪くしたか――と、少しだけ晶は後悔した。
 そして、元の場所へ座り込んで、再び作業を始める。
 ――まだまだ完成は遠そうだ。


776 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:12 ID:/V+A6vot
「……」
 サラ・アディエマスは電話を持ったまま立ち尽くしていた。
「ヘンなの」
 茶道部の部長、晶の態度だ。いつもと何か違う気がする。
「明日聞けばいいか」
 少々の事は気にしない。
 サラはキッチンへいって、紅茶を淹れる。ダージリンのセカンドフラッシュ。
紅茶のシャンパンとさえ呼ばれるもの。
「……ん」
 香りを楽しんだ後、一口飲む。
「おいしい」
 偶然手に入ったものだが、さすが最高級品、とサラは納得した。
(八雲にも薦めれる)
 日本へ来てからのサラの一番の親友、八雲。茶道部にも随分慣れてきた。
(あれで花井先輩が余計な合いの手入れなきゃなぁ)
 八雲と二人きりでもっとゆっくり話ができるのに、と少し残念そうな表情になるサラ。
どこで隙を狙っているのか、気付くと彼はやってくる。
「……まぁ、これも良いかな」
(ハランバンジョーって言うのかな)
 最近覚えたばかりの言葉にぴったりの状況な気がして面白い、とサラは思った。
「あ、八雲に知らせなきゃ」
 紅茶を飲み干して、電話を取る。
 明日は茶道部は休みだ。


777 名前:PARLOR, BEDROOM AND BATH :03/12/24 12:14 ID:/V+A6vot
「ん……」
 うつらうつらとするのをこらえるのも、意外と辛いものがある。
 塚本八雲はそんな睡魔との闘いの真っ最中だった。
「……」
(寝て……しまう)
 TLLLL!
 急に鳴る電話に八雲はビクっとなった。
 素早く受話器を取る。
「はい……塚本です」
『あ、八雲〜〜こんばんわっ』
「サラ」
(どうしたんだろう……こんな時間に)
 何か大変なことでもあったのだろうか、と八雲は気が気でない。
「どうしたの……?」
『眠そう……ごめん、起こしちゃった?』
「ん、そんなことない…」
 良かった、という安心した声が返ってくる。八雲の表情も緩む。
『あのね、明日部活お休みだって』
「え……」
 明日は部長も交えて、ゆっくりと談笑でもするつもりだったのだ。
「そう……」
『あ、でも、私新しい紅茶手に入ったから、二人で飲まない?』
「……いいの?」
『もちろんよ!』
 八雲は微笑んで、頷いた。
「うん」
 と、その時。
「おわった〜〜〜〜!!!」
 家中に、大声が響いた。
『な、何? 今の声』
 八雲は顔を赤くする。
「姉さんみたい……。ごめん、サラ。今日はもう」
『……なんか、その方が良さそうね。遅いし。それじゃあ、おやすみ八雲』
「おやすみ……サラ」
 受話器を置いて、八雲は振り返った。
 姉が風呂場へ走るのが見える。よっぽど早く寝たいのだろう。
(……姉さんが、出てくる、までは)
 閉じそうになる目を下へ向けると、床で伊織が欠伸をしていた。
 それをしばらく見つめていた八雲は口元を緩めて、
「ふぁ……」
 欠伸をした。
(伊織の、真似……)
 夜はふけていった。
2007年11月02日(金) 09:15:48 Modified by ID:aljxXPLtNA




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