IF1・Silent birthday.
510 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:04 ID:gMzn1PTL
「…む」
刑部絃子は職員室のいっかくで、突然うでを降り始めた。
その行動に疑問を持った隣に座っている古典教師の一坂がたずねる。
「どうしましたか、刑部センセイ」
「ああ、いえ、ちょっとこのごろ、腕時計が止まるんですよ」
そう言って、振った腕にはめられた時計を見る。現時刻は5時47分、
しかし、長針は6と7の数字の間を指している。都合、15分も止まっていたことになる。
「はあ、そうですか。ちょっと貸してもらえますか?」
「ええ、どうぞ」
銀色にコーティングされた腕時計をはずし、一坂に渡す。一坂は老眼をはめ、
まじまじと見つめたり、耳に近づけたりする。
「ふむ、どうやら中の歯車が欠けたかなんかしましたな」
この発言に、絃子は怪訝な顔をする。その顔に気づいた一坂が、
私はこれでも時計に詳しくてね、よくバラすんですよ、と続けた。
「知り合いに腕のいい修理工を知っていますが、ご紹介しましょうか」
しばらく考えた末、絃子はお願いすることに決めた。
511 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:05 ID:gMzn1PTL
「「せんせー、さようならー」」
「もう暗い、気をつけて帰りなさい」
はーい、と元気よく女子生徒達は駆けていき、その後を笑い声が続く。
時刻はすでに7時過ぎ、まだ学校に残っているのはブラスバンド部ぐらいだろうか、
校舎の中から「宝島」の軽快な演奏が止まずに響いてくる。
結局おそくなってしまった。ほんとうは5時上がりだったのだが、
文化祭のプログラム作りを手伝うはめになってしまったのが誤算だった。
担当の西脇教諭にお願いされたのだ。今日は結婚記念日で早く帰らないと
嫁にドヤされる、代わってくれないか、と。その後、刑部先生にご予定がなければ…と言われ
「まあ、これといった予定はありませんが」
と言った瞬間、彼は大量のプリントを渡し、颯爽と帰ってしまった。まだ了承もしていないのに、である。
「…」
結果、予想以上に時間がかかり、この時間になってしまった、というわけだ。
512 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:07 ID:gMzn1PTL
帰り道を歩くと、前方からカップルが腕を組んで歩いてきた。なんともなしに視線を送ると、
自分と同年代だろうか。いまさらうらやましがる歳でもないのだが、それ以上眺めるのはやめた。
そのあと、酔っ払いにからまれるも一撃で撃退し、うっとおしい呼び込みも一眼で黙らせる。
そのうち、まわりには誰もいなくなっていた。
閉店セールに賑わう大型スーパーの前に着いたとき、なにかを思いついた絃子は、
しずかに中に入り、目当てのものを買うと、やはり静かに家路についた。
「…ただいま」
返事はない。分かっていることだった。播磨拳児はこの頃バイトにせいをだしているようだったし、
ほかにこの家に自分を待つ人などいないのだ。
無言で服を脱ぎ、シャツにショートパンツという軽装に着替える。少し寒いので、
ヒーターのスイッチも入れた。
席についてテレビをつける。無駄な知識を放送する番組が流れてきた。最初は黙ってみていたが、
絃子はつまらなさそうにチャンネルを国民放送のニュースに変える。番組で偉そうに披露されていた知識は、
絃子にとって、半分は知っていることであり、もう半分はどうでもよかった。
無意味な時間が過ぎる中、絃子は無言でバッグから手帳を取り出す。今日の日付には
「部予算の会議」という言葉の下に2桁の数字と「誕生日」という言葉が書かれていた。
513 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:08 ID:gMzn1PTL
帰りに寄ったスーパーの袋から、ケーキとシャンパンを取り出す。我ながら女々しい、いや――
たぶん、同僚や友人、茶道部のコたちにこの事実を伝えれば、彼女らはプレゼントをくれたり、
ケーキを作ってくれたり、もしかしたら誕生日パーティーなんかを催してくれたかもしれない。
しかし、なんともなしに絃子はそれを伝えなかった。理由は…分からない。なんとなく、
そう、本当になんとなく伝えなかったのだ。
そのくせ、いま少しだけ、自分は寂しさを感じている気がする。自分でも、わがままな子供か、
と言いたくなる。
ケーキを一口食べたが、甘くなかった。シャンパンは開ける気にならなかった。ケーキはゴミにすて、
シャンパンは冷蔵庫に適当に放り込んだ。
そういえば、ここにはいない人物だけは、間違いなく自分の誕生日を知っているはずであることを思い出した。
あれは、たしか自分がまだ子供で、アレはもっと子供のころの話だ。
514 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:10 ID:gMzn1PTL
「イトコ姉ちゃん!」
「…なにかな、ケンジ君」
「これやる!」
少年は、自分の顔を赤くして、右斜め下を向き、大声で叫んだ。
「これは?」
彼が差し出したのは、白い花だった。しかし、それは花束でなく一本だけが、
むき出して少年の手に握られていた。
「今日って誕生日だろ? だからやる!」
「…ありがと」
「へへへ、これはただの花じゃないんだぜ!」
そう言うと、少年は どんな花か知りたい? という表情でこちらを見てきた。苦笑しつつも、
絃子は尋ねた。
「そう、どんな花なのかな」
「これは、空き地の原っぱで一番でかくて、一番きれいな花なんだぜ!」
そう言った少年の顔は、自信と達成感であふれていた。見れば、服がかなり汚れており、
頭にははっぱがついている。かなり一生懸命探したことが、みてとれた。
「そうか…ありがとう」
また、少年は恥ずかしそうに笑った。自分も、知らずに笑っていた。
515 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:11 ID:gMzn1PTL
「…おや?」
絃子はテーブルの上にうずくまって寝ていたようだ。テレビからはニュースが淡々と流れている。
知らず知らずのうちに寝入ってしまったらしい。
それにしても、ずいぶん懐かしい夢をみた。こんな夢を見るとなると、ますます自分が子供っぽいと思う。
しかし――
しかし、それ以上に播磨の過去に笑ってしまった。そうか、ケンジ君にも純情な少年時代があったのだな、と。
「…なんだよ、やっと起きたのかよ」
突然、目の前に今の播磨拳児が現れた。すこし、驚く。しかし、時間を見れば自分が帰ってから
大分経っている。これぐらいな驚くことでもない。
「気もち悪いな、なんだよ笑ったり、ボケっとしたり」
「…君の顔よりはマシだ」
あのころにくらべて、現実の彼の人の、なんと可愛げがないことか。いや、それは自分も同じか。
「私はシャワーを浴びてもう寝るよ。後はよろしく」
すっ、と立ち上がり、着替えを取りに自室へと向かう。そのとき、播磨が声をかけた。
「あ、イトコ」
「…さんをつけろ」
その言葉を無視して、播磨はゴソゴソとポケットをまさぐり始めた。何かを出すかと思いきや、
あれー? などと言いながら、全てのポケットを調べはじめた。
怪訝な顔で、なにをしているんだい、と尋ねようとした瞬間
「お、あったあった」
516 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:13 ID:gMzn1PTL
播磨はポイッとラッピングされた箱を投げてよこした。それを上手にキャッチした絃子。
あまり大きいものではない。
「…なんだい、これは」
「まあ、いわゆる誕生日プレゼントってやつだな」
「…」
「イヤーまーなんつーかな! そのお世話になってると言えばなってるしよ!」
恥ずかしいのか、年甲斐もなく顔を赤くしてまくしたてる。顔は右斜め下向き、そして大声。
それはまったく変わっていない、あのころと同じ癖だった。
「プ…ククク…アッハッハッハッハ!」
我慢できずに笑ってしまった。そうかそうか、結局変わっていないのだ。
見た目は変わっても、内面はまったく変わっていない。それが嬉しくもあり、可笑しかった。
「なんだよ! 笑ってんじゃねえよ!」
「アハハハハ…はあ、いや、スマナイ、スマナイ」
ひとしきり笑い終わると、絃子は時計を見た。
「それじゃあ、これからディナーにでも行こうか」
「なにぃ! 俺はそんなもんまで払えねえぞ!」
「心配するな、プレゼントのお礼みたいなものだ、私がもつ」
その言葉に、播磨はほっと息をつく。それなら行くぜ、と言い播磨は準備のために自室へと向かった。
絃子も準備のために自室に向かった。
517 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:14 ID:gMzn1PTL
「…珍しいじゃねえか、化粧にドレスなんて」
「まあ、たまにはな」
玄関を出ると、少し寒い。秋の夜と寒風で体が震えた。
「薄着なんだろ、上着もってここいよ」
「フム…」
絃子はしばし考えた後、スルリと播磨の腕に自分の腕をからませた。
「これでよし、まあ我慢できる」
「………よしじゃねえ!」
「なんだい、恥ずかしいのかい。こんな美人に腕を組まれて幸せだろう?」
「あのなー、てめえ今日はなんかおかしい…」
「今日は私の誕生日だ、文句を言うな」
そう言われれば播磨はぐうの音もでない。仕方なく、このまもの状況で歩き出した。
しかし、マンションを出たところでふと気づく、確か俺が帰ってきたのは12時過ぎではなかったか?
「いや待てイトコ、もう12時は過ぎてるぜ、もう誕生日じゃねえ」
「おや、しかしこの時計を見たまえ、まだ12時は回っていない」
そう言うと、播磨の前に腕の時計をかざした。確かに12時をまわっていない。
「これで文句はあるまい。それに、男はいつまでも文句を言うもんじゃないだろう」
播磨は、あれぇ? と思いながらも納得し、結局イトコと共に歩き出した。
518 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:18 ID:gMzn1PTL
次の日に職員室で一坂が寒いですなぁ、と絃子に話しかけた。そうですね、
と絃子は笑みで返す。珍しい、と一坂が思っているとふと、絃子の腕に目が行った。
「おや、時計を買ったんですか」
「いえ、まあ、男性からのプレゼントですよ」
「それはそれは、うらやましい」
一坂は笑顔でそう言うと、自分の席についた。そして、おや、と思った。
絃子の机の上に、昨日の壊れた腕時計が置かれている。
「その古い時計は…どうしましたか」
「…ええ、まあ、イロイロですね」
「まだ壊れているようでね、修理工に渡しましょうか?」
「…有難いんですか、遠慮させてもらいます」
やはり笑いながら、絃子は答えた、わけありかな、と一坂は思ったが、変な詮索をせずに、
そうですか、とだけこたえた。そして、目の前の書類整理を始めた。
腕時計の時間ちょうどにチャイムが鳴った。イトコは担当教室に向かう。
新しい時計は確実に時を刻んでくれているようだ。まだ腕に馴染まないが、それも時間の問題だろう。
颯爽と、彼女は職員室をあとにする。
机の上に残された時計の針は、その様子を黙って見送っていた。役目の終え、
最後に主人の役に立ち、静かにたたずむ腕時計。
その針は11時59分で止まっていた――。
fin.
「…む」
刑部絃子は職員室のいっかくで、突然うでを降り始めた。
その行動に疑問を持った隣に座っている古典教師の一坂がたずねる。
「どうしましたか、刑部センセイ」
「ああ、いえ、ちょっとこのごろ、腕時計が止まるんですよ」
そう言って、振った腕にはめられた時計を見る。現時刻は5時47分、
しかし、長針は6と7の数字の間を指している。都合、15分も止まっていたことになる。
「はあ、そうですか。ちょっと貸してもらえますか?」
「ええ、どうぞ」
銀色にコーティングされた腕時計をはずし、一坂に渡す。一坂は老眼をはめ、
まじまじと見つめたり、耳に近づけたりする。
「ふむ、どうやら中の歯車が欠けたかなんかしましたな」
この発言に、絃子は怪訝な顔をする。その顔に気づいた一坂が、
私はこれでも時計に詳しくてね、よくバラすんですよ、と続けた。
「知り合いに腕のいい修理工を知っていますが、ご紹介しましょうか」
しばらく考えた末、絃子はお願いすることに決めた。
511 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:05 ID:gMzn1PTL
「「せんせー、さようならー」」
「もう暗い、気をつけて帰りなさい」
はーい、と元気よく女子生徒達は駆けていき、その後を笑い声が続く。
時刻はすでに7時過ぎ、まだ学校に残っているのはブラスバンド部ぐらいだろうか、
校舎の中から「宝島」の軽快な演奏が止まずに響いてくる。
結局おそくなってしまった。ほんとうは5時上がりだったのだが、
文化祭のプログラム作りを手伝うはめになってしまったのが誤算だった。
担当の西脇教諭にお願いされたのだ。今日は結婚記念日で早く帰らないと
嫁にドヤされる、代わってくれないか、と。その後、刑部先生にご予定がなければ…と言われ
「まあ、これといった予定はありませんが」
と言った瞬間、彼は大量のプリントを渡し、颯爽と帰ってしまった。まだ了承もしていないのに、である。
「…」
結果、予想以上に時間がかかり、この時間になってしまった、というわけだ。
512 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:07 ID:gMzn1PTL
帰り道を歩くと、前方からカップルが腕を組んで歩いてきた。なんともなしに視線を送ると、
自分と同年代だろうか。いまさらうらやましがる歳でもないのだが、それ以上眺めるのはやめた。
そのあと、酔っ払いにからまれるも一撃で撃退し、うっとおしい呼び込みも一眼で黙らせる。
そのうち、まわりには誰もいなくなっていた。
閉店セールに賑わう大型スーパーの前に着いたとき、なにかを思いついた絃子は、
しずかに中に入り、目当てのものを買うと、やはり静かに家路についた。
「…ただいま」
返事はない。分かっていることだった。播磨拳児はこの頃バイトにせいをだしているようだったし、
ほかにこの家に自分を待つ人などいないのだ。
無言で服を脱ぎ、シャツにショートパンツという軽装に着替える。少し寒いので、
ヒーターのスイッチも入れた。
席についてテレビをつける。無駄な知識を放送する番組が流れてきた。最初は黙ってみていたが、
絃子はつまらなさそうにチャンネルを国民放送のニュースに変える。番組で偉そうに披露されていた知識は、
絃子にとって、半分は知っていることであり、もう半分はどうでもよかった。
無意味な時間が過ぎる中、絃子は無言でバッグから手帳を取り出す。今日の日付には
「部予算の会議」という言葉の下に2桁の数字と「誕生日」という言葉が書かれていた。
513 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:08 ID:gMzn1PTL
帰りに寄ったスーパーの袋から、ケーキとシャンパンを取り出す。我ながら女々しい、いや――
たぶん、同僚や友人、茶道部のコたちにこの事実を伝えれば、彼女らはプレゼントをくれたり、
ケーキを作ってくれたり、もしかしたら誕生日パーティーなんかを催してくれたかもしれない。
しかし、なんともなしに絃子はそれを伝えなかった。理由は…分からない。なんとなく、
そう、本当になんとなく伝えなかったのだ。
そのくせ、いま少しだけ、自分は寂しさを感じている気がする。自分でも、わがままな子供か、
と言いたくなる。
ケーキを一口食べたが、甘くなかった。シャンパンは開ける気にならなかった。ケーキはゴミにすて、
シャンパンは冷蔵庫に適当に放り込んだ。
そういえば、ここにはいない人物だけは、間違いなく自分の誕生日を知っているはずであることを思い出した。
あれは、たしか自分がまだ子供で、アレはもっと子供のころの話だ。
514 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:10 ID:gMzn1PTL
「イトコ姉ちゃん!」
「…なにかな、ケンジ君」
「これやる!」
少年は、自分の顔を赤くして、右斜め下を向き、大声で叫んだ。
「これは?」
彼が差し出したのは、白い花だった。しかし、それは花束でなく一本だけが、
むき出して少年の手に握られていた。
「今日って誕生日だろ? だからやる!」
「…ありがと」
「へへへ、これはただの花じゃないんだぜ!」
そう言うと、少年は どんな花か知りたい? という表情でこちらを見てきた。苦笑しつつも、
絃子は尋ねた。
「そう、どんな花なのかな」
「これは、空き地の原っぱで一番でかくて、一番きれいな花なんだぜ!」
そう言った少年の顔は、自信と達成感であふれていた。見れば、服がかなり汚れており、
頭にははっぱがついている。かなり一生懸命探したことが、みてとれた。
「そうか…ありがとう」
また、少年は恥ずかしそうに笑った。自分も、知らずに笑っていた。
515 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:11 ID:gMzn1PTL
「…おや?」
絃子はテーブルの上にうずくまって寝ていたようだ。テレビからはニュースが淡々と流れている。
知らず知らずのうちに寝入ってしまったらしい。
それにしても、ずいぶん懐かしい夢をみた。こんな夢を見るとなると、ますます自分が子供っぽいと思う。
しかし――
しかし、それ以上に播磨の過去に笑ってしまった。そうか、ケンジ君にも純情な少年時代があったのだな、と。
「…なんだよ、やっと起きたのかよ」
突然、目の前に今の播磨拳児が現れた。すこし、驚く。しかし、時間を見れば自分が帰ってから
大分経っている。これぐらいな驚くことでもない。
「気もち悪いな、なんだよ笑ったり、ボケっとしたり」
「…君の顔よりはマシだ」
あのころにくらべて、現実の彼の人の、なんと可愛げがないことか。いや、それは自分も同じか。
「私はシャワーを浴びてもう寝るよ。後はよろしく」
すっ、と立ち上がり、着替えを取りに自室へと向かう。そのとき、播磨が声をかけた。
「あ、イトコ」
「…さんをつけろ」
その言葉を無視して、播磨はゴソゴソとポケットをまさぐり始めた。何かを出すかと思いきや、
あれー? などと言いながら、全てのポケットを調べはじめた。
怪訝な顔で、なにをしているんだい、と尋ねようとした瞬間
「お、あったあった」
516 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:13 ID:gMzn1PTL
播磨はポイッとラッピングされた箱を投げてよこした。それを上手にキャッチした絃子。
あまり大きいものではない。
「…なんだい、これは」
「まあ、いわゆる誕生日プレゼントってやつだな」
「…」
「イヤーまーなんつーかな! そのお世話になってると言えばなってるしよ!」
恥ずかしいのか、年甲斐もなく顔を赤くしてまくしたてる。顔は右斜め下向き、そして大声。
それはまったく変わっていない、あのころと同じ癖だった。
「プ…ククク…アッハッハッハッハ!」
我慢できずに笑ってしまった。そうかそうか、結局変わっていないのだ。
見た目は変わっても、内面はまったく変わっていない。それが嬉しくもあり、可笑しかった。
「なんだよ! 笑ってんじゃねえよ!」
「アハハハハ…はあ、いや、スマナイ、スマナイ」
ひとしきり笑い終わると、絃子は時計を見た。
「それじゃあ、これからディナーにでも行こうか」
「なにぃ! 俺はそんなもんまで払えねえぞ!」
「心配するな、プレゼントのお礼みたいなものだ、私がもつ」
その言葉に、播磨はほっと息をつく。それなら行くぜ、と言い播磨は準備のために自室へと向かった。
絃子も準備のために自室に向かった。
517 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:14 ID:gMzn1PTL
「…珍しいじゃねえか、化粧にドレスなんて」
「まあ、たまにはな」
玄関を出ると、少し寒い。秋の夜と寒風で体が震えた。
「薄着なんだろ、上着もってここいよ」
「フム…」
絃子はしばし考えた後、スルリと播磨の腕に自分の腕をからませた。
「これでよし、まあ我慢できる」
「………よしじゃねえ!」
「なんだい、恥ずかしいのかい。こんな美人に腕を組まれて幸せだろう?」
「あのなー、てめえ今日はなんかおかしい…」
「今日は私の誕生日だ、文句を言うな」
そう言われれば播磨はぐうの音もでない。仕方なく、このまもの状況で歩き出した。
しかし、マンションを出たところでふと気づく、確か俺が帰ってきたのは12時過ぎではなかったか?
「いや待てイトコ、もう12時は過ぎてるぜ、もう誕生日じゃねえ」
「おや、しかしこの時計を見たまえ、まだ12時は回っていない」
そう言うと、播磨の前に腕の時計をかざした。確かに12時をまわっていない。
「これで文句はあるまい。それに、男はいつまでも文句を言うもんじゃないだろう」
播磨は、あれぇ? と思いながらも納得し、結局イトコと共に歩き出した。
518 名前:Silent birthday. :03/12/22 14:18 ID:gMzn1PTL
次の日に職員室で一坂が寒いですなぁ、と絃子に話しかけた。そうですね、
と絃子は笑みで返す。珍しい、と一坂が思っているとふと、絃子の腕に目が行った。
「おや、時計を買ったんですか」
「いえ、まあ、男性からのプレゼントですよ」
「それはそれは、うらやましい」
一坂は笑顔でそう言うと、自分の席についた。そして、おや、と思った。
絃子の机の上に、昨日の壊れた腕時計が置かれている。
「その古い時計は…どうしましたか」
「…ええ、まあ、イロイロですね」
「まだ壊れているようでね、修理工に渡しましょうか?」
「…有難いんですか、遠慮させてもらいます」
やはり笑いながら、絃子は答えた、わけありかな、と一坂は思ったが、変な詮索をせずに、
そうですか、とだけこたえた。そして、目の前の書類整理を始めた。
腕時計の時間ちょうどにチャイムが鳴った。イトコは担当教室に向かう。
新しい時計は確実に時を刻んでくれているようだ。まだ腕に馴染まないが、それも時間の問題だろう。
颯爽と、彼女は職員室をあとにする。
机の上に残された時計の針は、その様子を黙って見送っていた。役目の終え、
最後に主人の役に立ち、静かにたたずむ腕時計。
その針は11時59分で止まっていた――。
fin.
2007年10月29日(月) 02:03:03 Modified by ID:aljxXPLtNA