IF11・一緒に行かない?


551 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:21 ID:8RdXldk6
 行楽日和となったある秋の日曜日、播磨拳児は動物園にいた。かつて共に過ごした仲間達に会う為に。
たまに動物園で会う事がある彼の想い人、塚本天満の妹、八雲は今日は来ていないようだ。
その代わり、行楽日和とあってたくさんの家族連れで賑わっている。
 かつて彼が世話をしていた動物達は、皆すっかりこちらの生活に適応していた。
愛想良く振る舞い芸までこなす彼らに、子供達は沸き、たくさんのご褒美を与える。
彼はそれを少し離れたところで見ながら、一人笑う。それは安心故の自然な口元の緩み。
 やがて彼はキリンのコーナーに着いたが、着いた途端彼は一匹のキリンの歓迎を受ける。
ピョートルだ。彼はその長い首をさらに長くして播磨が来るのを待っていたらしい。
丁度お昼時なので辺りに人はいない。播磨は安心してピョートルと話が出来た。
 たくさん話をして、そろそろ彼が帰ろうとした時、ピョートルはプレゼントがある、と播磨を引き止めた。
ピョートルがすぐ裏にある崖から何かを咥え、播磨に手渡した。何かの手の骨のようだ。
「ま、蛇の皮だってお守りになるんだから、これも持ってりゃいい事あるかもな、ありがとよ。」
そういって彼は別れを告げた。誉められたピョートルは嬉しそうに見送った。
骨をハンカチで包む。彼は、裏山の猿の骨とくらいに思っていた。
だがそれは、人骨だった。



552 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:22 ID:8RdXldk6
 帰りに寄ったファミレスで、彼は黙々と漫画を描き始めた。突然話を思いついたのだ。
いつもより数倍手が進む。これは早速お守りの力なのだろうかと、彼はピョートルに感謝した。
いつにもない自信作。まだトーンなど全く手をつけていなかったが、早速見てもらいたかった。
もちろん、八雲にである。彼にとってただ一人、漫画を見てもらえる人。
 メールで呼び出してから15分後、八雲は少々息を切らしながらやってきた。
同じ頃播磨は、このファミレスでは彼女の家から少々遠かった事を思い出しており、申し訳なさそうな顔をしていた。
彼女に詫び、そしてとりあえず彼女の分のコーヒーを頼む。
「こんな遠い所に申し訳ねえ。妹さん、お詫びと言っちゃなんだが、何でも好きなもの頼んでくれよ。」
播磨はそう言うが、彼がそんなに金銭的にゆとりがないのを八雲は知っている。
八雲は一番安いランチを注文した。

 「…妹さん、もしかして怒ってる?」
少し心配そうに播磨に尋ねられ、見ていた漫画を下に置き、八雲は慌てて否定した。
だが、彼女の雰囲気はいつもと違った。妙にそわそわしているのだ。
彼女の様子が変な理由が思いつかず、彼もだんだん不安になってきた。
 八雲はここに来たときから、違和感を感じていた。
いつもなら聞こえない思念…播磨からの思念が聞こえるのだ。
彼女は困惑した。今までは聞こえる事はなかったというのに。
だが、コーヒーをすすり落ち着いて聞くと、それは彼のものではないことが分かった。もっと、幼いような…。
だったら、誰なのだろう。確かに播磨の位置からそれは聞こえるのだ。
「…で、妹さん、このページなんだが…」
不意に、播磨の声が届く。一瞬どきっとしながら八雲は答えた。
「…どう、思う?」
彼が続ける。よほど彼にとって自信があったページなのだろうか。
それでも彼女はいつものように冷静につっこんだ。
彼はあからさまに肩を落としつつも、それでも八雲の話に真剣に耳を傾けていた。



553 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:23 ID:8RdXldk6
 大体漫画を見終わった頃。時間は1時間程経過していた。
「そういえば妹さん、今日ピョートルからプレゼントを貰ってさ」
播磨は今日ここに来てから初めて漫画以外の話題をもってきた。
「多分…猿の骨と思うんだけど…」
そう言うと彼はバッグを開け、ハンカチを取り出した。一段と思念が強まる。
「これこれ。あいつが裏山で見つけたらしくてさ」
ハンカチを開けると、手のものだとはっきり分かる、小さい骨がころがっていた。
あ、あの、これ…言いかけた所で八雲は止めた。この思念…猿のものでない事は明白だ。明らかに人のものなのだ。
だが彼女にはそれが言えなかった。思念と言って伝わるはずがないし、人骨と言われれば驚くだけだ。
そして、この骨の持ち主は、生前彼女に好意を抱いていた人物。それが何故骨に?
彼女はだんだん混乱してきた。播磨がそれを見て慌てている。何か食べたいものはないかと聞いてくる。
もういいです、大丈夫です…。彼女はそう言って帰った。播磨はそれを心配そうに見送るほかなかった。



554 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:24 ID:8RdXldk6
 スーパーに寄って、家に帰り着く頃には、八雲はだんだん骨の持ち主の事を思い出してきていた。
まだ彼女が小さい子供だった頃だ。彼女はいつも姉の天満と一緒だった。
そのころから天満はどこか抜けている所があり、八雲は心配でよく天満と行動を共にした。
活発な天満に対して大人しい八雲。だがある日、彼女は一人の男の子と出会う。
男の子が苦手な彼女が珍しく普通に話せる相手だった。だが不思議な事に、天満にはその少年の姿が見えない様だった。
八雲は毎日その男の子と遊んだ。とても楽しかった。初めての男の子の友達ができて嬉しかった。
 そんなある日…運命の日。
「ねえ、今日の夜、一緒に動物園の裏山に行かない?」
男の子は八雲を誘った。夜の裏山にはカブトムシやクワガタがたくさんいるという話を彼からよく聞かされていた。
だが、彼女は断った。その日は姉とお祭りに行く約束をしていたのだ。
彼女は何度も謝った。そして別の日にはきっと行こう、と言った。
「…そっか。じゃあ、いいや。」
彼は残念そうに話すとそのまま何処へと走り去った。八雲は必死に追いかけたが、ついに見つかる事はなかった。



555 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:24 ID:8RdXldk6
 彼女は台所に立ち、夕食の支度をしていた。
「たっだいまぁー!!」
天満が帰ってきた。また友達と遊んで帰ってきたのだろう。いつものようににこやかだ。
おかえり、と声を掛ける。天満はさっそく今日の夕飯何、と聞いてきた。
カレーだと答えると、天満は歓声を上げて自分の部屋に飛んでいった。
 再び台所が静かになると、彼女はまた骨の持ち主の事を考えていた。
あれから、彼と会うことはなくなってしまった。いや、会えなかったのだ。
彼女はその幼い足をひっきりなしに動かし、彼を探した。
彼と遊んだ場所、近所の小学校、そして裏山も。
だが、彼が見つかる事はなかった。彼女は彼のせっかくの誘いを断ってしまった事を申し訳無く思った。
だが、今日また逢えたのだ。きっとあの時見た彼は、幽霊だったのだろう。ずっと昔にあの裏山で亡くなった子供の。
そして彼は私の事を覚えていてくれた。だからあの手から思念が感じられたのだ、と。
 テーブルにカレーとサラダを並べる。天満が入ってくる。何気ない日常。
だが八雲は、いつもより嬉しそうに姉の話を聞いていた。



556 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:25 ID:8RdXldk6
 同じ頃、播磨は自分の家にいた。リビングでは絃子が新聞を広げている。
「時に拳児クン、またあの裏山で死体が上がったそうじゃないか。」
ふーん、と素っ気無い返事をする播磨。彼は漫画の構想で忙しいのだ。
続ける絃子。
「君が今日も行って来た動物園の裏山だよ。また女の子の死体が見つかったそうだ。
死亡したのが2,3ヶ月ほど前らしい。祭の真っ只中だ。
毎年それくらいの時期に必ず行方不明になる女の子が出るからな、この町は。」
播磨は素っ気無い返事しかよこさない。それでも絃子は続ける。
「警察は猟奇殺人だと考えているようだな…しかし、あの動物園の裏山でなあ。」
これだけ今日行って来た場所の近くで大変な事があったと言う事を強調しても、播磨は大した反応を見せなかった。
あまりにつまらない従姉弟の反応に、絃子は喋るのをやめた。だが彼女の脳裏に、近所のスーパーで聞いた主婦達の噂話が甦っていた。
 毎年祭の1ヶ月程前に、決まって一人の女の子が男の子の幽霊を見るらしい。
そして仲良くなり、祭の日の夜男の子に裏山に誘われるのだそうだ。
だがその男の子は昔祭の日に裏山で崖から転落して死んだ幽霊だそうで、女の子を誘い出しては殺しているのだそうだ。
それが、毎年発生する行方不明事件の真相だ、と。
 
 何故一人しか見えないはずの幽霊の事を主婦達が知り得るというのか。
所詮は噂話だな、と絃子は笑った。
 と、不意に絃子の背筋が凍った。何かの気配を感じ、慌てて後ろを振り向いた。
そこにはぼーっと漫画の事を考える播磨の姿と、無造作に投げ捨てられた彼のバッグが転がっているだけだった。
彼女は播磨に自分はもう寝る事を告げ、布団に入った。
だがその夜、彼女は一晩中悪夢にうなされる事になる。



557 名前:Classical名無しさん :04/08/03 10:25 ID:8RdXldk6
 翌日、まだ朝6時というのに塚本家ではいつものように八雲が弁当を作るため台所に立つ。
今日の目玉は鶏の唐揚げだ。八雲は慣れた手つきで下ごしらえを済ます。
油が十分にあたたまる。肉を入れる。ばちばちと激しい音を立てる。
彼女は揚げた肉を置く為の新聞を用意することを思い出し、手近な新聞を使うことにした。
揚がった肉を新聞に乗せる時、彼女はその新聞が昨日のものだという事を思い出した。
まだ、自分が読んでいなかったという事も。
油が染みる。昨日のテレビ欄に、天気予報に、
少女の死体が出たという記事に。
油が染みる。
2007年02月18日(日) 00:04:22 Modified by aile_irise




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