IF11・水族館へ行こう!


13 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:34 ID:Y8vyDweI
「あ……」
 一人の男が視界に入り、塚本八雲は歩みを止めた。
 がっしりとした長身、サングラス、最近トレンドマークになりつつあるベレー帽。無く子も黙る
矢上高校の魔王、播磨拳児。しかし、ベンチにしょんぼりと座って地面を見つめているその姿から
は、魔王の威厳を感じることは出来なかった。
「……播磨……さん?」
話し掛けて良いものかどうかためらわれたが、八雲は思い切って声をかけてみた。
一瞬わずらわしそうに眉間に皺を寄せた播磨であったが、すぐに声の主の正体に気付き、一変して
柔和な顔になる。
「おお、妹さんか。どうした?」
「いえ、用事があるわけではないんですけど……」
元気が無いように見えて心配だったから。という事がなかなか言えず、もじもじしていると、唐突
に播磨が声をあげた。
「おっ!」
「……!?」
播磨は、不意打ちに驚いて少し後ずさった八雲に近づくと、その手に二枚の紙片を握らせた。
「?」
そっと拳を開いてみると、それは水族館の入場チケットだった。
「いやな、知り合いがくれたんだけどよ、一緒に行くつもりだった奴が用事があるみたいでな、先
行公開だから、日程もずらせねえし、どうしようか迷ってたところなんだ。金髪の友達と一緒に行
きな」
「これ…くれるんですか?」
「おお、妹さんにゃ日頃お世話になってるからな、こんくれーはしねーとな。」
 そんじゃな。そう言い残すと、播磨は八雲に背を向けて、ゆっくりと歩いていった。
一人取り残された八雲は、先ほどまで播磨が座っていたベンチに腰をかけると、手元に残った二枚
のチケットををしげしげと眺めた。チケットには、「ぷちうみ」と大きく印刷されており、その横
で蝶ネクタイを締めたペンギンが手をふっていた。
「今度の日曜日か……」
しばらく考え込んだ後、ポケットから携帯を取り出し。友人であるサラにコールする。程なくして
聞きなれた声が耳に飛び込んできた。


14 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:37 ID:Y8vyDweI
どうしたの?八雲」
「あの……今度の日曜日、一緒に水族館にいかない?」
「え、水族館って今度新しく出来たぷちうみ?」
「うん、播磨さんが特別招待券を二枚くれたから、一緒にどうかなって思って……」
「うーん、ごめん」
受話器から聞こえてきたサラの言葉に、八雲の顔は暗くなった。
「……そうなんだ」
「ホントにごめんねー」
「ううん」
「けど八雲なら一緒に言ってくれる人すぐ見つかると思うよ」
「そう……かな」
「もちろん!」
それじゃあと挨拶を交わし、通話を切ると、八雲は大きな溜息を一つついた。
「どうしよう……。」
サラはああいってくれたが、はっきり行って、サラ以外に二人で一緒に遊びに行ってくれるような
人は思いつかない。
「姉さんも今度の日曜は烏丸さんとプロレス観戦に行くって言ってたし……」
 頼みの綱である姉の線も消え、孤独感に打ちひしがれながら八雲はとぼとぼと、家に続く道を歩
いていった。
「一緒に言ってくれる人、一緒に言ってくれる人……」
しばらくして、唐突に八雲の脳裏に花井の顔が浮かんだ。必死に頭を振って花井のイメージを払い
飛ばす。
「悪い人じゃないんだけど……」
花井が一緒ではゆっくり魚を眺めることなど出来ないだろう。
 再び溜息をつき、右手に握った二枚のチケットに視線を落とす。ふとタキシードを着たペンギン
と目が合ったような気がした。
「見たかったな……ペンギンさん」
播磨の動物たちがいる動物園には、ペンギンやラッコなどはいない。八雲はまだ、テレビでしかペ
ンギンを見たことが無かった。


15 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:41 ID:Y8vyDweI
 八雲は、暗く沈んだ気分を少しでも払拭しようとお気に入りのガムのCMを思い出した。父親ペン
ギンを見ながらペンギンの母子がおしゃべりを……。
「あ」
 おしゃべり、そうおしゃべりだ。なぜ早く気付かなかったのだろう。数少ない面識のある人物で
、動物のことに詳しく、それどころか話まで出来てしまう!そんな人。一緒に水族館に行くのにこ
れ以上うってつけの人間はいないではないか。八雲の脳裏には、播磨を通して、ペンギンやラッコ
、オットセイなどと話をしている自分の姿が浮かぶ。
 先ほどまでとは一変して、顔を輝かせながら、八雲は播磨にメールを送った。
 ところが、一分、二分、五分。いくら待ってもメールは帰って来ない。そうこうしているうちに
家にたどり着いてしまった。部屋に上がり、私服に着替える。メールは来ない。夕食の準備を始め
る。炊事の合間にちらちらとちらちらと携帯を見るが、全く変化は無い。結局。食卓の上で料理が
湯気を上げる頃になっても、播磨からの返信は無かった。
「どうしたの?八雲」
八雲の様子を心配した天満が声をかける。
「……なんでもない」
「そうは見えないけど……困ったことがあたらちゃんとお姉ちゃんに言うんだよ?」
「……うん、姉さん」
天満の励ましに幾分元気を取り戻し、食事に箸をつける。たわいないコメディー番組が終わり。CM
が流れ出す。それは八雲の好きな、ガムのCMだった。
 箸を休め、八雲はCMに見入った。三十秒ほどのCMはすぐに終わり、変わりに眉間に皺を寄せたニ
ュースキャスターが映し出された。
「……」
視線をテレビの画面からそらし、もう一度溜息をつこうとしたとき、唐突に携帯がメールの着信を
知らせた。
 八雲の反応は迅速だった。箸を置き、膝元においていた携帯の液晶画面を凝視する。
「俺は暇だけど、俺で良いのか?」
八雲はコクコクとうなずきながら播磨に返信した。胸をなでおろしながら再び食卓に向かうと、腕
を組んだ姉が満足そうにうなずいていた。


16 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:42 ID:Y8vyDweI
「姉さん?」
「いやいや、お姉ちゃん安心したよ。そういうことだったんだね。」
「そういうことって、どういう……」
「まあまあ、八雲も恥ずかしいだろうし、詳しくは聞かないよ」
「姉さん、多分それは違……」
 八雲の言葉も聞こえていないらしく、天満はなにやら一人で悦に入っているようだった。姉の誤
解を解くことはあきらめ、八雲は食事を再開した。
 それからの数日間、八雲は楽しみで、それでいてじれったい、そんな至福の時を過ごすことにな
った。
 当日の日曜日、天気は生憎の雨模様となったが、ぷちうみの周囲は家族連れやカップル等でにぎ
わっていた。
「播磨さん、どこかな……」
八雲はきょろきょろと周囲を見渡したが、播磨の姿は見当たらない。人ごみと雨のせいで視界はお
世辞にもいいとは言えず、この中から播磨を見つけ出すことは不可能なように思われた。携帯にメ
ールを送ってみるが反応は無い。八雲はだんだん心細くなってきた。その時、八雲の耳に聞き覚え
のあるバイクのエンジン音が飛び込んできた。
「あ」
 播磨拳児、その人であった。
 急いでバイクのほうへと駆け寄る。
「おう! 妹さんすまねえ、少し遅れちまった」
「いえ、私も今着たばかりですから」
「そうか、んじゃいくか」
「はい」
 窓口でチケットを渡し、手の甲にスタンプを押してもらう。
「なんだこりゃ?」
「特殊な塗料です。今日一日は出入りは自由。手を洗っても落ちませんからご安心ください」
いぶかしむ播磨に受付嬢がマニュアルどうりの笑顔で応対する。
「ふーん」
納得したのかしていないのか微妙な返事を返しながら、播磨は角度を変えながら自分の手の甲をし
げしげと見つめた。


17 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:45 ID:Y8vyDweI
「あの……播磨さん、早く行きませんか?」
 播磨がゲートで立ち止まっているせいで、ただでさえ混雑している入り口付近は、けが人が出て
もおかしくない状況に陥っていた。播磨と八雲でなければ、後ろから文句の一つでも飛んできたこ
とだろう。
「まあまあ、そんなに急がなくても魚は逃げやしねーよ」
そんな状況に気付くことも無く、播磨は鼻歌交じりで館内へと進んでいく。慌てて八雲もその背中
を追った。
「ここは……」
最初は、淡水魚のコーナーだった。
「岩魚に鮎……やけに食欲をそそるコーナーだな」
「そ、そうですか?けどほら、うろこがキラキラ光って綺麗ですよ?」
「そうだな」
たわいも無い会話を続けながら回廊を進んでいく。様々な色形の魚を眺めながらゆっくりと脚を踏
み出してゆく。ゆったりとした時間が流れていった。
 ふと播磨が立ち止まる。
「変なカッコの魚がいるな」
「太刀魚……ですね」
「マジで立ってんな、おい」
刀のような形をした魚たちは、水底に尾を、水面に頭を向けて、スポットライトを浴びて銀色の光
を放ちながら、ゆらゆらと体を揺らめかせていた。
「……レストランで食わせてくれんのかな?」
「それは、ちょっと無理だと思いますけど……」
「けどさっきのクラゲといい、こうやって見ると綺麗なもんだな」
「……そうですね。」
八雲はうっとりと水槽の中の魚たちを眺める。
「そろそろ次行くか」
「はい」
しばらくお互いに無言で水槽を眺めながら歩いていたが、やがて八雲が播磨におずおずと話し掛け
た。


18 名前:Classical名無しさん :04/07/20 03:48 ID:Y8vyDweI
「あの、播磨さん」
「ん?」
「播磨さん、お魚たちとも話せるんですか?」
「んー、考えてることは解るんだけど、こっちの、呼びかけには反応鈍いなー。あんまたいした事
考えてるわけでもなさそうだし」
「そうなんですか……」
「マイペースなかんじかなー、芸を教えたりは出来なさそー……でもないみてえだな……」
 二人の進行方向には、人垣が出来ており、その上には、『イシダイの大吾くんショー』と描かれ
た大きな看板が下がっていた。
「マジか……」
「こ、これって凄いことなんじゃないでしょうか……?」
「いったい何やるんだ?」
興味津々で人垣を掻き分けながら水槽に近づいていく。ステージ上の水槽の中には、一匹のイシダ
イと、かごを持った熊のような生き物の人形が入っていた。
「さー大吾くん、はりきっていってみよー!」
 子供向け番組のようなノリの司会が手を振り上げると、人形のもつバスケットから紐のようなも
のがでて来る。それを見たイシダイは人形に近づくと、紐の先端を突っつき出した。
「これのどこが芸だって言うんだ?」
胸元で腕を組んだ播磨があきれたようにぼやく。
「待ってください、ほら!」
 紐の先端を加えた大吾くんは、ゆっくりとバックしていく、やがて、もう一方にくくりつけられ
ていた箱がかごから飛び出した。その箱にも同様に紐がついており、大吾くんは再び紐をひっぱり
はじめた。
 「うーん」
 播磨は、箱から出てきた餌をうれしそうにつっつく大吾くんを見つめながら、複雑そうな面持ち
で首をかしげた。
「あんまパッとしねーよなー」
「けどやっぱり凄いことだと思いますけど……」
「そりゃまあ……な。それにしても広いなーここ、一体今どこら辺なんだ?」
 そう言って播磨は八雲が広げたガイドマップを覗き込んだ。

23 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:04 ID:Y8vyDweI
「えーと、今はこの辺りですね」
「ようやく半分か、いいかげん脚が疲れてきたぜ」
大げさに溜息をつく播磨を見て、八雲の頬がかすかに緩む。
「そうですね、すぐ先に自販機コーナーがありますからそこで少し休みましょうか」
「賛成」

 プシュッ

小気味良い音を立てて炭酸が噴出す。のどを走る心地よい刺激を感じながら、播磨は目の前の巨大
水槽を見上げた。
「八メートルの水槽か……。結構圧迫感あるな」
自販機コーナーの正面に据えられた水槽の中では、様々な色形の魚が勝手気ままに泳ぎまわってい
たが、中でも目に付くのは、大型のエイと、サメであった。
「少し、怖いです……」
八雲はおびえたように、後ずさった。
そんな八雲の様子を見て、播磨はサメに向かって手を振る。八雲には、その時サメがこちらを見た
ように思えた。
「へへっ」
不意に播磨の笑い声が聞こえる。
「どうしたんですか?」
不思議そうに尋ねる八雲に向き直ると、播磨はへらへらと笑いながら親指で水槽の中を悠々と泳ぐ
サメを指差した。
「いやな、こいつが言うに、餌は十分もらえるから何不自由しないんだが、栄養を取りすぎてしま
って運動するのが大変だ。だってよ。可笑しいだろ?」
 そう言って笑う播磨の顔をしばらく見つめ、もう一度水槽の中のサメを見つめる。サメの顔は、
先ほどとはうって変わって、愛嬌があるように思えた。
「そうですね」
そう言って目を細める八雲の顔を見て、播磨は満足げにうなずく。
 「……どうかしましたか?」
「いや、妹さんが楽しんでくれてるみたいだから、良かったなと思って」

25 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:19 ID:Y8vyDweI
「……はい、すごく、楽しいです」
「まあ、このくらいじゃ、日頃の恩は返せねえけどな」
「いえ、そんな……恩だなんて」
「いや、マジ助かってる。妹さんぐらいなもんなんだよな、気を許して話できるの……
フルフルと首を横に揺らす八雲に言葉を投げかける播磨の表情は、心無しか疲れて見えた。
「さて!次行くか」
 何かをふり払うように体をゆすり、播磨は水槽から離れた。
「はい」
八雲はもう一度水槽を振り返り、サメに向かって小さく手を振った後、少し離れた場所で待つ播磨
の元へと駆けていった。

「ん、なんだぁ?」
 二人の眼前に広がる陸地つきの大きな水槽、ペンギンたちが快適に暮らせる様にと作られたもの
で、岩や岸壁はまるで作り物とは思えないようなできばえであり、まるで本当に南極にいるような
感覚を覚えてしまう。しかし、それらの精巧さも、動くもののいない水槽の空虚さを際立たせるだ
けであった。
「まだ入ってねえのかな?」
八雲の返答を期待しての一言だったが、隣からは何の反応も返ってこない。そのまま二人は何を見
るでもなく、ぼんやりと空の水槽を眺め続けた。
(あー……)
余りにも静かな隣の雰囲気に、いやな予感を覚えつつ、播磨はちらりと、八雲の様子を盗み見た。
 日頃は余り感情を表に出すことのない八雲の顔は、珍しく、はっきりと彼女の心情を物語ってい
た。
しかしそれは、悲しみ、と呼ばれる類のものだったが……。
 慌てて視線を正面に戻し、播磨は心の中で頭を抱えた。
(あー、どうしよう。妹さんペンギン見るのすっげー楽しみにしてたもんなー)
何とか自然に場の雰囲気を変えることは出来ないだろうか、そんなことを考えながら、播磨は、話
題の材料を探すべく、己の五感を研ぎ澄ませた。


26 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:21 ID:Y8vyDweI
(ん?)
その甲斐あってか、播磨は周囲の違和感を感じ取った。通路を見渡してみるが、先ほどまで、あれ
だけたくさんいた他の客が、ほとんどいなくなっていた。
「こりゃあ……」
先に状況を理解したのは八雲の方だった。おもむろに一枚のポスターを指差す。
「ん」
八雲の指先を目で追う播磨であったが、ポスターを確認する前に思い切り服のすそを引っ張られ、
体勢を崩してしまった。
 「ちょ、ちょっと! 妹さん!?」
とりあえず、引っ張られるままに走ってついていくが、播磨にはまったく状況がつかめていない。
「ショーだったんです」
八雲のその言葉を合図にしたように、遠くから歓声が聞こえて来た。それを聞いて八雲は更に加速
する。
いくつかの曲がり角を曲がり、階段を駆け上り、ドアを開ける。その途端、係員のアナウンスと、
子供たちの甲高い歓声が二人の耳に飛び込んできた。
「さー、ペンギンのベン君たちの行進です、みんなー、手を振ってあげて下さいねー」
「わー、こっちこっちー!」
「ベンベーン!」
ペンギン達の、行進コースのふちに群がった子供たちは、大声でペンギンたちに声をかけたり、ペ
ンギンに触ろうとして必死に手を伸ばしたりしていた。そんな子供たちに向けて、ペンギンたちは
ヒラヒラと手を振って答える。
「うわぁ……」
その光景を見て八雲は、感嘆の声を漏らした。しばらくは満足げにペンギンと子供達の様子を眺め
ていたが、そのうち、そわそわしだした。
「どうした?妹さん……」
 不思議に思った播磨が尋ねると、八雲は顔を真っ赤にして顔を横に振った。
「な、何でもありません」
そうは言ったものの、やはり八雲は、落ち着かない様子だった。
 その様子を播磨は首をひねって考えていたが、満足のいく答えを思いつき、ポンと手を打った。
「妹さんもペンギンに触ってみたいってか?」


27 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:22 ID:Y8vyDweI
 播磨の問いかけに、八雲はビクリと肩を震わせ、少し時間を置いて、恥ずかしそうにコクリとう
なずいた。
「けど、本当はいけないことだろうし、子供達の楽しみを邪魔するわけにも行かないし……」
「まあな……」
うなずきながらも、播磨は何か考えているようだったが、そのうち八雲に向けて満面の笑みを向け
るて
ペンギン達のほうへと向き直った。
「?」
八雲は首をかしげて播磨の横顔をしばらく見上げていたが、視線に気がついた播磨に促され、ペン
ギン達に視線をもどし、そして大きく息を呑んだ。
 なんと、ペンギン達がこちらを向いて手を振っているではないか!
「……っ!?」
八雲は驚きながらも、ペンギン達に挨拶を返した。
「あ、あの、播磨さんが頼んでくれたんですか?」
「ああ、これくらいなら大丈夫だろ?」
おずおずと尋ねる八雲に播磨は得意満面の笑顔で返した。
「ありがとうございます」と播磨に頭を下げ、再びペンギン達に視線を戻す、とその時、八雲は観
客達達の注目を一身に集めている事に気がついた。
「わー、きれいな娘ー」
「お、かわいい子、くっそー、あのごっついやつの彼女かぁー?」
「結構こいつらも面食いなんだな」
周囲から言葉と思念が次々と飛び込んでくる。
子供達にいたっては、ペンギン達と一緒に無邪気にこちらを向いて手を振っていた。
 結局八雲は播磨を引っ張ってあたふたと会場を後にした。
「あーなんだ、もしかして余計なことしちまったかな……」
肩で息を整える八雲に、播磨はすまなそうに頭をかきながら頭を下げた。
「あ、いえそんな…… すごく嬉しかったです」
「そ、そうか?」
八雲の言葉を聞いて、播磨は安心したように胸を撫で下ろした。
「いや、そういってもらえると助かるぜ、それじゃあ、続きを回るか、今なら空いてるし。」
「はい」


28 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:24 ID:Y8vyDweI
 二人は再び、水の回廊を進み始めた。人の指くらい軽く噛み千切れそうな怪獣のような風貌の亀
、海草や葉っぱと見分けがつかない忍者のような魚、変り種ではのそのそと海底をひれを使って歩
きまわるひょうきんな顔をした魚、etc、etc……。それらの全てが八雲に新鮮な驚きと喜びを与え
てくれた。
 売店にもいった、ゆったりとしたスペースのお土産売り場は、かわいらしい海のキャラクター達
のグッズであふれかえっており、ファンシーショップも顔負けといった様子であった。八雲は自分
と姉のために、おそろいのタキシードを着たペンギンのストラップを、播磨は眠たげな目をした海
亀のストラップを買った。
 本当に楽しいひと時だった。しかし、楽しい時にもつらい時にもいつか終わりが訪れる。今、八
雲の目の前には、出口のゲートが立ちはだかっていた。
「あ……」
八雲は呆然としたように、大きなゲートを見上げていた。
「おー、ようやく出口か、広かったなー、ここ……ん、どうした? 妹さん」
「なんだか、少し、残念です……。」
「まあ、また来ればイーじゃねーか。まあ今度は、金髪の子ととか、あとなんだ、そのー、あれだ
姉さん、塚本のやつも一緒にだな……」
後半なぜかしどろもどろになる播磨、心なしか頭身も少し低く見える。
「そうですね、今度はみんなも一緒に……それじゃあ出ましょうか、播磨さん」
「ん?おっおう!」
外は、湿気のせいで少し蒸し暑かった。
「いやあ、喜んでくれたみたいでよかったぜ」
愛車にまたがりながら、播磨は八雲に話しかけた。
「はい、すごく楽しかったです。なんていうか……!?なっなんでもないです!」
八雲は何かを言いかけたが、あわてて頬を紅に染めて俯いた。
「なんだ?そこで止められちゃあ気になってしょうがねえぜ」
「は、はいその……播磨さんみたいな、兄さんがいたら良かったなあって思って……ごっごめんな
さい、変な事いって!」
慌てて八雲は播磨に向かって頭を下げた。
「いっ、いやあ、おっ俺も妹さんみたいな義妹がほしいっていうか、なってもらいたいというか、
あはははは!」


29 名前:Classical名無しさん :04/07/20 07:25 ID:Y8vyDweI
八雲の言葉に答える播磨の顔も、サルのように真っ赤になっていた。
しばし二人の間に気まずい沈黙が流れたが、播磨はそれを振りはらうように、八雲に声をかけた。
「よし、送るぜ、のんな」
そこまでしてもらうのは悪いと断る八雲を急かして後ろに乗せると、播磨は愛車を発進させた。
 風が二人を包み込む、日頃見慣れたはずの風景も、普段とはまったく違う、新鮮なものに感じら
れた。
「……」
八雲はしばらく無言で流れていく景色を眺めていたが、視線を眼前の播磨の大きな背中に移した。
(今度は、播磨さんと、姉さんの三人でどこかに行きたいな……)
目をつぶり、三人で楽しく話している光景を思い浮かべながら、八雲は革ジャンに頬をそっと押し
つけた。

  • 了-
2007年02月16日(金) 21:58:11 Modified by aile_irise




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