IF11・Ritalin 202



653 名前:Ritalin 202 :04/08/05 02:47 ID:LdPcornU
「……とゆーワケで、コレは新作の下書きなんだ。毎度悪いがよろしく頼む!」
「わかりました……では…」
「うん? 妹さん、なんか顔色良くねえな。大丈夫か?」
「え……そうですか?」
「無理はいけねえよ。なんなら今日はやめても──」
「いえ……大丈夫です。……原稿、いいですか?」
「あ、ああ。……それじゃせめて座ろうや。立ちんぼよりかマシだろ」

そう言って、播磨拳児はガクランを脱いで床に敷き、
困惑する女子生徒──塚本八雲を、そこへなかば強引に座らせた。
播磨はその隣に直に腰を下ろす。秋の屋上のコンクリート床は、予想以上に冷えていた。
無言で原稿を読み進める八雲をちらちらと盗み見しながら、

(フッ……今回はギャグマンガに初挑戦してみたが、我ながら会心の出来だ。
 ページをめくる度に腹を抱えて笑い転げる妹さんの姿が目に浮かぶぜ……)

などと相も変わらず勝手な妄想に浸っていた播磨だったが、ふと異変に気づいた。
いつのまにかページをめくる音がやんでいる。いつもなら読み終わるとすぐに意見を出してくれるのだが───
何かつまらないミスでもやっちまったんだろうか……?

「……えっと、妹さん?」

恐る恐る横を向いた播磨が見たものは───原稿を持ったまま、静かに寝息を立てている八雲の姿だった。

「な!? か、完全熟睡!? ま…まさか……このマンガ、寝るほどつまらねえってコトなのか!?」


654 名前:Ritalin 202 :04/08/05 02:52 ID:LdPcornU
自信作をまるごとスルーされた衝撃に、播磨は完膚なきまでに打ちのめされた。
なんだ?ナニがいけなかったんだ?徹夜で生み出したギャグがことごとく滑るなんてあり
えねえいやしかし最初に見てもらったときもやっぱり自信のあったぺーじがかんぜんスル
ーされたしだんこうしゃのたんとうにはダメだしされたしやっぱりおれみてえなはんぱもの

「────っ!いやちょっと待て!」

無限ループに落ちかけた意識を引き戻したのは、八雲が腰を下ろしている自分のガクランだった。

「そういえば今日の妹さんは調子悪そうだったじゃねえか!
 大丈夫なんて言ってたが、それは俺に気をつかって……くっ、すまねえ妹さん!」

またしても自分の中で事態を都合よく完結させる播磨。
もっとも、彼は八雲の癖───『いつでもどこでも寝てしまう』癖など知る由もなかった。

「そうと判ればこうしちゃいられねえ。妹さん!起きてくれ!保健室に行くぞ!」

播磨は八雲の肩をゆすった。が、起きる気配は全くない。
仕方なしに、頬を軽く叩いてみる。やはり反応はなく、八雲の寝息は規則正しいままだった。

「参ったな……こうなりゃ抱えていくしかねえか。妹さん、ちっとガマンしててくれよ」

八雲の肩と膝を抱え、抱き上げようとした、その時。

「!?」

視界が180度回転した。かつて想い人に投げられた時のような、宙に浮く感覚。
実戦で鍛えた反射神経が、腕に後頭部を庇わせる動作を命じたが───
右腕は手首を抑えられ、左腕は奥襟を取った相手の腕に邪魔された。
播磨は瞬間的に顎を引き───ほぼ同時に背中が床に叩きつけられた。衝撃で瞬時、呼吸が止まる。

「な……なァにィィィ!?」


655 名前:Ritalin 202 :04/08/05 02:59 ID:LdPcornU
まさに一瞬だった。抱き上げようとした次の瞬間、播磨は八雲の袈裟固めで完璧に押さえ込まれていた。

「い…妹さん、コレは一体どういう……って寝てるよオイ!」

八雲は先ほどと全く様子が変わることなく、静かに寝息を立てていた。
言うまでもなく彼は八雲のもうひとつの癖───『寝てる間に近寄った者を投げ飛ばす』癖など知る由もなかった。

「と、とにかくこの体勢を何とかしねえと……ム、ムネが……ってあれ?……外れねえ……」

寝技が完璧にきまってしまえば、脱出は極めて困難になる。おまけに八雲の両腕からは何故か力が抜けていなかった。
目と鼻の先にある顔は実に安らかな寝顔であるのに。そう、文字通り目と鼻のすぐ近くに…!?

「う、うわっ!やべえ!いっ妹さん、起きてくれーっ!」
「う……んん……」

播磨は自由になる左腕で八雲の上着を掴み、何とか顔を離そうとした。
が、上着がずれて肩口まで脱げた状態になってしまい、八雲の首が下に少し傾いた。
吐息が頬に直接かかり、播磨の唇のすぐ横には八雲の小さな唇が───

「そっそれはマズイ!いくらなんでもマズイ!こうなったらムリヤリにでも外し───!?」


656 名前:Ritalin 202 :04/08/05 03:01 ID:LdPcornU
ひたすら暴れる播磨の耳に、その音は唐突に飛び込んできた。
ドアの向こうから響くのは、複数人と思しき足音と、聞き覚えのある声また声。

「……八雲君が屋上にいるというのは本当かね?」
「ええ、用事があるからってお昼を早めに切り上げてましたから」
「ホント懲りねえ色ボケだよ、まったく」
「そろそろ1-Dも花井禁止にすべきかしら…」
「エリちゃんも八雲に何か用事?」
「私はヒゲに話があるのよ……って何よその笑い!」

播磨の脳はかつてないほどのスピードで回転し、現在の状況を正確に把握した。

床に敷かれたガクラン。
その上で折り重なる、着衣の乱れた二人の男女。
男の腕は女の背中に回され、女の腕は男の首に巻きついている。
互いの顔と顔はくっつきそうなほど接近して……

自分の顔から血の気が引いていく音を、播磨は確かに耳にした。        

ガゴン

金属製の重い扉がゆっくりと開く。
秋のやわらかい日差しが天満たちの目を一瞬眩ませた後、皆の視界に映ったものは───

(了)
2007年02月18日(日) 00:43:17 Modified by aile_irise




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