IF11・THE GLASS MENAGERIE


790 名前:Classical名無しさん :04/08/09 23:40 ID:SDfBvCW2
 サラはバイトがあるから来られなかったけど、私は今日も動物園に来た。
夏休みも残りあとわずか。その残り少ない日程を最近は殆ど動物園に通う為に費やしている。
1週間程前まで播磨さんに学校で飼われていた動物達の様子を見る為に。
まだまだ8月の終わりなのでとても暑い。私は園内の広場のベンチで一休みする事にした。
大きな木の下にあるから日を遮っていて涼しい。
私の周りでは小さな子供達の歓声が盛んに聞こえる。
播磨さん仕込みの芸を披露しているのだと思う。

…気のせいか、だんだん頭がぼうっとしてきた。
ああ、こんな所で眠るんだ―――



791 名前:Classical名無しさん :04/08/09 23:41 ID:SDfBvCW2
 動物達が動物園に移される前日。部室に置いた忘れ物を取りに学校へ行った私は、偶然播磨さんに会った。
播磨さんは動物達に餌をあげるようだったので、一緒にさせてもらう事にした。
生徒という主を失った体育館。でも、そこに寂しさはなかった。
キリン、ライオン、パンダ…様々な動物達が播磨さんを迎え入れる。
あっという間に播磨さんが動物達の下敷きになる。でも播磨さんはすぐに抜け出してくる。
そして慣れた手つきで餌をあげる。
獰猛そうなライオンもトラも、巨大なゾウもキリンも、皆播磨さんに懐いている。
私は、それが少し羨ましかった。

 あらかた餌をやり終えると、動物達はあちこちで遊び始めた。播磨さんは嬉しそうに眺めている。
「あの…ライオンとかトラをこの中で飼っていて、大丈夫なんですか?」
ふと頭によぎった質問をした。この中には草食動物もたくさんいたからだ。
「ああ…それなら大丈夫。あいつらちゃんと餌やってりゃ結構大人しいからな。
それに、ちゃんと俺からも言って聞かせてるし」
播磨さんの視線を追うと、ライオンを馬やカンガルーが追いかけている。鬼ごっこでもしているのだろうか。
私はこの環境がとても素敵だ、と播磨さんに言った。肉食動物も草食動物も仲良くいられるからと―――

でも、播磨さんの表情は変わった。つい先ほどまであった笑顔は消えてしまった。



792 名前:Classical名無しさん :04/08/09 23:44 ID:SDfBvCW2
 播磨さんは私を校内の広場に連れていった。途中で彼が買った十七茶を私に投げる。
播磨さんにお礼を言って、蓋を開ける。缶は夕焼けで少し赤く染まっていた。
ベンチに腰掛けていると、播磨さんも隣に座った。
ただ、無言のままお茶を飲む。
 播磨さんが口を開いたのは座ってから3分程経ってからだった。その頃にはお茶は残り半分程になっていた。
播磨さんは体育館の中にいた動物達の話をしてくれた。
どこでどんな風に出会ったか、一匹ずつ。

 ショックだった。密猟者に両親を殺され、日本に連れて来られたトラ。
飼い主に頻繁に暴力を加えられ、逃げ出してきた犬。
経営難の動物園で、毒殺されかかったゾウ―――
皆、とても悲しい過去を持った動物ばかりだった。
 キリンのピョートルみたいに、能天気だからそんな事忘れてる奴もいるけど、と播磨さんは言った。
私はその言葉に少し救われた。
 でも、未だに過去に受けた体や心の傷が癒えていない動物がたくさんいると言われると、再び私は落ち込んだ。



793 名前:Classical名無しさん :04/08/09 23:45 ID:SDfBvCW2
 「動物同士って、実は会話出来るんだよ―――」
ちょっと意外な事実だった。落ち込んだ私を見て、播磨さんは話題を変えてくれたようだった。
「野生とかだったら同じ種類同士とかじゃないと無理らしいけど、ここの連中は皆会話できるんだよ」
動物の気持ちが分かる播磨さんだからこその発見なんだと思う。
「…でも、どんなに頑張っても、人間だけは動物と会話は出来ないみたいなんだよな」

 そう言われて、それは当然なんだろうと私は思った。
責任感も無しにペットを飼う人間。
自分の利益だけの為に必要以上に動物を殺す人間。
虐待のニュースが連日流れるような社会を作った人間。
だから、人間だけは動物達の気持ちが分かる事はないんだと思う。
私が知る限りではただ一人、播磨さんを除いて。

 ひょっとしたら播磨さんも、私と同じように枷をはめられた人なのかもしれない。
私が私に好意を抱いている男の人の心が視えるように…。
私はこの力のせいで、男の人が信じられなくなりかけた事さえあった。
播磨さんだって、動物達の気持ちを理解するうちにそういった考えが浮かんだのかもしれない。
 動物達が動物園に引き取られる日、播磨さんは最後まで抵抗した。
刑部先生は播磨さんに「それはエゴだよ」と言っていたけれど、きっとそれは違うと思う。
人間に傷付けられた動物達を、他の人間に預けるなんて出来ないと思って抵抗したのではないだろうか。
最後まで動物園の人達を信じなかった播磨さんも、引き取られた後動物園に通ううちに落ち着いてきた。
きっと幸せそうに動物園で生きる動物達を見たおかげなのだろう。



794 名前:Classical名無しさん :04/08/09 23:46 ID:SDfBvCW2
 それにしても、私や播磨さんについた枷。何故私達なのだろう。
他の人にはない力。それは持っているからといって幸せになれるとは限らない力。
枷をはめられた私達は、これからどうすればいいのだろうか。
少なくとも今の私に出来る事。それは動物園に行って動物達の様子を見る事。
だから今日もこうして…

――――――あれ?

 肩に軽い振動を感じた。目を開けると、そこには播磨さんが立っていた。
周りを見渡す。もう子供達の姿はなく、閑散としている。
夕焼けが、動物園を照らしている。
不意に不快感に襲われた。体中が蒸したように暑かった。ずっと外で寝ていたせいだろうか。
私はハンカチで額の汗を拭った。
「妹さん、もうすぐ閉園時間らしいんだが…」
播磨さんの言葉を聞いてはっとした。時計を見ると、閉園まであと5分しかなかった。
私は播磨さんと出口へ走った。閉園時間丁度に出口を駆け抜けた。
ますます体が暑くなり、私は汗を拭った。
と、出てすぐに近くの自販機で買い物をしていた播磨さんが私に缶を投げた。
あの時と同じ十七茶。でも播磨さんは笑っている。
私も笑う。汗をかいた顔のままで。
夕焼け空ももうすぐ終わり。セミは鳴き止み、星が瞬く―――
2007年02月19日(月) 21:22:53 Modified by aile_irise




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