IF12・それぞれの明日へ
98 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 19:56 ID:nG.gcj3Y
播磨拳児と塚本八雲が付き合っているという噂。
それは事実とは関係なくとも、本人や周りの人達へと波紋を広げていく。
迷い、困惑、決意、様々な思いを飲み込みながら。
播磨拳児
「俺と妹さんが付き合ってる……か」
呟き、そして苦笑する。
この前まではお嬢で、今度は妹さんか。
正直周りの意見など関係なかった。自分が本当に好きなのは天満ちゃんただ一人なのだから。
だからといって放っておくわけにもいかない。
妹さんにも迷惑がかかるだろうし、それに天満ちゃんにこれ以上勘違いされるのも困る。
この前本人から直接応援してるぞと言われた時、目の前が暗くなった。
フラれたと思い、絶望の淵に立たされた罪人のような気分だった。
だけど、自分はまだ何も言っていないし、何もしていない。
このままでは当然終われないし、自分自身納得できない。
「俺も、ケジメをつけないといけないのかもな」
自分に言い聞かせるように口に出す。
流されるままになっているだけではいけない。
告白をしたとして、断られたらどうする? という不安ももちろんあるし、
恥ずかしさや怯えから、迷ってしまう事もある。
それでも、立ち止まってはいられない。
想像するだけで震えてしまう手を握り締めて、気持ちを奮い立たせる。
自分自身を見失わずに貫き通す。
99 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 19:59 ID:nG.gcj3Y
単純で、だからこそ難しい。それでもやらなければいけない。
それが選んだ道だから。
「俺は、天満ちゃんが好きだ」
小さく呟きながら自分の気持ちを確認し、心の芯に柱を通す。
先の見えない未来を見据えて、怯えず逃げずに真っ直ぐに。
自分自身の不安の影と立ち向かい、その先にいる彼女の元へと。
塚本八雲
私が播磨さんと付き合っている。
そんなことは誤解でしかない。自分は播磨さんの相談にのっているだけでしかない。
けれど、どこかで否定しきれない。
何度も否定する機会はあったはずなのに、強く言う事ができなかった。
このままでは、播磨さんに迷惑がかかってしまうということは解っているのに。
「私……どうして」
自分の性格もよく解っている。元々はっきりと何かを言える自分では無いという事も。
それでも、自分以外の誰かを巻き込んで迷惑をかけたくはない。
だからはっきり違うと言うべきだった。それなのに結局は言えなかった。
播磨さんは心の声が聞こえてこない男の人。
私の大切な――
そこまで考えて気づいてしまう。
大切な何だというのだろう?
もしかして私は期待しているのじゃないのだろうか?
播磨さんなら友達以上になってもいいかもしれないと。
――私は播磨さんを好きなのかもしれないと。
確信は持てない。今まで異性を好きになった経験のない自分には。
もやもやと定まらない気持ちが自分の中で渦巻いていく。
100 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:00 ID:nG.gcj3Y
「私、どうしたら」
その呟きに答えてくれる人がいる筈もなく。
迷いを抱えたまま迷路に迷い込んだように、出口の見えない答えを捜し求める。
淡い期待と暗い不安を胸に秘めながら。
そしてゆっくりと、けれど確実に、私は答えを求めて動き出す。
その先にあるものを求めて。
沢近愛理
はぁ、と溜息をつきながら枕へと顔を埋める。
一体私は何をやっているんだろう。
ジャージに名札を付けてあげたら、それを八雲が直していて、つい気が立ってしまって、
その後みんなの前で意地悪した挙句に、あいつと八雲が付き合ってるだなんて言ってしまった。
「可愛くないな私……」
言葉と一緒に自己嫌悪で涙が出そうになってくる。
あれから学校もサボってしまっているし、私はいつからこんなに弱くなったんだろう。
体育祭の時もそうだった。
意地を張って、無理をして。
その結果にクラスのみんなに迷惑かけて。
結局はあいつや他の男子がが頑張って勝ってくれたから良かったけど。
「だいたいあいつが悪いのよ」
本当は思ってもいない事を口に出す。
あいつと関わってから自分が空回りしている事もよくわかるし、素直にもなれない。、
だけど、どこかで意識してしまっている。
「やっぱり好きなのかな……」
恋愛はいつも相手からだった自分に、本当の恋というものは解らないのだろうか。
101 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:02 ID:nG.gcj3Y
ただ悶々とした気持ちと、浮かんでは消える相手の顔が焼きついて離れない。
寝返りをうって天井を眺めてみると、いつの間にか西日が部屋を赤く染めていた。
気になってふと窓の外を眺めると、空は赤く、日は地平線の彼方へと沈んでくところだった。
「綺麗」
知らない間に感じるままに言葉が口から滑り出していた
いつかはあいつの前でも素直になれるのだろうか。
沈みゆく太陽を眺めながら私はそんなことを思っていた。
花井春樹
「はっ!」
気合と共に拳を目の前の空間へと繰り出す。
一心不乱に、不安を拭い去るかのように拳打を放つも、拳は何かを捉えることも無く空を切る。
自分を高めるでも、目指すでもなく作業のように繰り出される拳にいつものキレはない。
何に対して自分は拳を突き出している?
何から自分は逃げようとしている?
迷いと不安が入り混じる心で、重圧に負けないように、逃れるように。ただ自分の身体を動かし、
酷使することで振り払おうとしている。
「僕は何をやっている……」
不安の原因など解りきっている。
八雲君と播磨が付き合っているという噂。
ついこの前に本人から誤解だと聞いたばかりだというのに、
どこかで今流れている噂が本当かもしれないと思っている自分がいる。
102 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:04 ID:nG.gcj3Y
「情けない」
動きを止め立ち尽くすと、自分自身に対して思わずそんな言葉が漏れてしまう。
どれだけ身体を動かそうとも心は晴れない。手足は鉛のように重く、汗は纏わり付き体温を奪っていく。
ポツリと道場で立ち尽くし下を向いている今の自分は、さながら雨にうたれ震えている子供のように小さく、
そして滑稽な姿だろう。
「お前何やってんだよ」
「周防か……」
ふいに背後から言葉をかけられ振り向くとそこには見知った幼馴染の姿。
「様子を見にきてみたら無茶しやがって、何悩んでるか知らないけどさ、らしくないぞ」
溜息をつき、タオルを投げてよこしながら見透かしたように言葉を投げかけてくる。
「お前はどうせ器用じゃないんだしさ、それなら自分の思うまま行動すればいいだろ?」
「自分の思うままに……か」
諭すように、そして導くかのようにかけられた言葉を噛み締めるように呟く。
「ま、後悔はしないようにな」
ふっと笑顔を見せながら言う周防。
その笑顔の内に、思い出したかのようなほんの少しの悲しみと寂しさが垣間見えた気がした。
「ありがとう周防」
もう一度構え、拳を繰り出す。
さっきまでの重さはもう感じない、拳は空気を切り裂くように貫く。
もう迷うことは無い。結果など関係ない。後悔のないよう、自分の思うままに。
自分の想いを確かめながら。
渦中の人物達は、自分自身の心を見つめる。
それぞれの想いを確かめながら、今、物語は動き出す。
――to be continued
2007年02月23日(金) 20:06:39 Modified by aile_irise