IF13・Mr Summer Time 前編
128 名前:たれはんだ :04/09/01 00:42 ID:L6imRLAw
Mr Summer Time
チリーン。 チリーン。
風鈴の音。
サー。 サー。
カーテンの音。
(ん・ア・サ・?)
目を覚ますと、いつもの部屋。
私は普段通り、机の前に座って受験のための勉強をして、そのまま
眠ってしまったらしい。
風でカーテンが少しだけ開き、太陽の日差しが入ってくる。昨日、
机の前に座ったのが午後6時ごろで、10時に姉さんが来て・・・
(また、眠ってしまったみたい)
昨日は久しぶりに良く眠れた気がする。ほんの少しだけだけど。
(あ)
ふと、壁にかかったカレンダーに目をやると、今日の日付にほん
の小さな黒丸と同じくらい小さな文字で『『あの人』と出逢った日』
書かれていた。
129 名前:たれはんだ :04/09/01 00:43 ID:L6imRLAw
(もう、2年・・・)
今から2年前のこの日、私は『あの人』に出逢った。『あの人』は
クーラーの修理のために家にやって来て、そして伊織を助けてくれた。
伊織は家で買っている猫の名前。『あの人』は動物の気持ちがとても
分かる人。あの時はとてもうらやましかった。私にはわからなかった
から。
コンコン。
「ねぇ。八雲、起きてる?」
いつもの髪を覗かせたあと、姉さんがドアから少しだけ、部屋の中
を覗き込んだ。
「起きてる、八雲。あっ、起きてるねっ、うんっ!」
姉さんはあの頃と変わらず、とても元気がいいみたい。でも、少し
だけ、大人っぽくなったような気がする。
「うん、起きてる。 そういえば、朝ご飯を」
「だいじょうぶ。朝ご飯はきちんと食べたし、伊織にもあげたから」
姉さんはニコっと綺麗な笑顔を見せて、Vサインを突き出した。
「それくらい自分でやらなきゃ、ね? 八雲も受験だし迷惑かけられ
ないもんね」
「・・・うん」
130 名前:たれはんだ :04/09/01 00:44 ID:L6imRLAw
「じゃあ、私出かけるね。朝食は作ってあるからちゃんと食べるんだ
よ。八雲はすぐ忘れちゃうんだから。気分転換もすること! いい?」
「・・・うん」
「じゃ、いってくるね」
姉さんはいつものお姉ちゃんパワーを発揮して出かけてしまった。
(姉さんがうらやましい)
姉さんは憧れの烏丸さんに告白した後、今でもメールでやり取りをし
ているらしい。本当は一緒に大学に行きたかったそうだけど、烏丸さん
は就職し、姉さんは第一志望の大学に落ちてしまった。今は唯一合格し
た大学で保育士になるために勉強している。
(私は・・・)
あの事故の後、私はただ他人事のように日々を過ごし、具体的な目的
もないまま、周りが勧めるままに大学を受験するための勉強をしている。
出来る事なら、『あの人』とたった一度だけでも、一緒に大学に通いた
かったけど。
(ムリ、だから。ムリ、だから)
何度も心の中で言いつづけてきた言葉。カナウコトノナイコトバ。
どう考えても、何度願っても絶対にできないのだから。
(『あの人』に逢いたい)
131 名前:たれはんだ :04/09/01 00:46 ID:L6imRLAw
***
久しぶりに鏡を覗いてみた。あの頃から伸ばした髪を首元で結わえ、
前に垂らしてはいるものの、変わらない顔。少しだけ、顔が青白い気が
する。少しだけ無理をしすぎたかも知れない。
(姉さんにまた、心配させてしまう)
少しだけでも、姉さんに心配させないようにと思いつつ、台所へ向か
う。
(あっ)
台所のテーブルの上には、少しだけ不恰好なおにぎりとおしんこ、そ
して、マジック大きく書かれた、「ファイト! 八雲」の文字。
(ありがとう、姉さん)
心の中で小さく、姉さんに感謝しながら、私は独りおにぎりを食べた
(塩、入ってない)
料理をほとんどすることがなかった姉さんも、烏丸さんのために必死
で勉強して、今では私のためにお夜食も作ってくれるようになった。け
ど、まだ少しだけ練習は必要だと思う。
「私の受験の時、いろいろ作ってくれたんだから、今度はお姉ちゃ
んががんばらないと、ね(ハート)」
そう言って、腕まくりをしながら姉さんは笑って答えてくれた。私は
ただ一言、「ありがとう」としか言えなかった。本当はとてもうれしい
のに。
132 名前:たれはんだ :04/09/01 00:48 ID:L6imRLAw
「あ、メール」
遅い朝食を終え、食器を片付けて部屋に戻ると、机の上にある携帯電
話から、メールが届いたことを示すメロディが流れてきた。
ピッ、ピッ、ピッ。
流れてきたメロディは確か、ブレッド&バターの「あの頃のまま」。
私にメールを送る人は『あの人』を除くと数えるほどしかいない。その
中でこのメロディだから・・・
「アシ、お願い。 沢近」
たったそれだけの言葉。それだけのメール。でも、今の私にはそれだ
けで分かる。あの頃もそうだったから。こんな感じで、よく呼ばれてい
たから。
「今、行きます」
それだけ書いて送った。姉さんも言っていた事だから、これ以上心配
かけないように、気分転換になるのなら行ってみよう。そう言い聞かせ
て、私は準備をして家を出た。
ミーン、ミーン、ミーン、ミン。
外に出ると、久しぶりにまともに浴びる日差し、そして大きく響くた
くさんのせみの声。少し日差しが強く感じるけれど、長い間家の中にい
たのだから、しばらく我慢しようと思い、帽子はかぶらないことにした。
ふと、玄関前で振り返り、家を見上げるとやはり目にとまるのは、2
階の姉さんの部屋側にあるクーラーの室外機。
133 名前:たれはんだ :04/09/01 00:49 ID:L6imRLAw
(・・・)
どうしても、『あの人』の事が頭の中に浮かんでしまう。今日が『あ
の人』に出逢った日だからかも知れない。そうでなくても浮かんでしま
うのだけれど。
Mr Summer Time
チリーン。 チリーン。
風鈴の音。
サー。 サー。
カーテンの音。
(ん・ア・サ・?)
目を覚ますと、いつもの部屋。
私は普段通り、机の前に座って受験のための勉強をして、そのまま
眠ってしまったらしい。
風でカーテンが少しだけ開き、太陽の日差しが入ってくる。昨日、
机の前に座ったのが午後6時ごろで、10時に姉さんが来て・・・
(また、眠ってしまったみたい)
昨日は久しぶりに良く眠れた気がする。ほんの少しだけだけど。
(あ)
ふと、壁にかかったカレンダーに目をやると、今日の日付にほん
の小さな黒丸と同じくらい小さな文字で『『あの人』と出逢った日』
書かれていた。
129 名前:たれはんだ :04/09/01 00:43 ID:L6imRLAw
(もう、2年・・・)
今から2年前のこの日、私は『あの人』に出逢った。『あの人』は
クーラーの修理のために家にやって来て、そして伊織を助けてくれた。
伊織は家で買っている猫の名前。『あの人』は動物の気持ちがとても
分かる人。あの時はとてもうらやましかった。私にはわからなかった
から。
コンコン。
「ねぇ。八雲、起きてる?」
いつもの髪を覗かせたあと、姉さんがドアから少しだけ、部屋の中
を覗き込んだ。
「起きてる、八雲。あっ、起きてるねっ、うんっ!」
姉さんはあの頃と変わらず、とても元気がいいみたい。でも、少し
だけ、大人っぽくなったような気がする。
「うん、起きてる。 そういえば、朝ご飯を」
「だいじょうぶ。朝ご飯はきちんと食べたし、伊織にもあげたから」
姉さんはニコっと綺麗な笑顔を見せて、Vサインを突き出した。
「それくらい自分でやらなきゃ、ね? 八雲も受験だし迷惑かけられ
ないもんね」
「・・・うん」
130 名前:たれはんだ :04/09/01 00:44 ID:L6imRLAw
「じゃあ、私出かけるね。朝食は作ってあるからちゃんと食べるんだ
よ。八雲はすぐ忘れちゃうんだから。気分転換もすること! いい?」
「・・・うん」
「じゃ、いってくるね」
姉さんはいつものお姉ちゃんパワーを発揮して出かけてしまった。
(姉さんがうらやましい)
姉さんは憧れの烏丸さんに告白した後、今でもメールでやり取りをし
ているらしい。本当は一緒に大学に行きたかったそうだけど、烏丸さん
は就職し、姉さんは第一志望の大学に落ちてしまった。今は唯一合格し
た大学で保育士になるために勉強している。
(私は・・・)
あの事故の後、私はただ他人事のように日々を過ごし、具体的な目的
もないまま、周りが勧めるままに大学を受験するための勉強をしている。
出来る事なら、『あの人』とたった一度だけでも、一緒に大学に通いた
かったけど。
(ムリ、だから。ムリ、だから)
何度も心の中で言いつづけてきた言葉。カナウコトノナイコトバ。
どう考えても、何度願っても絶対にできないのだから。
(『あの人』に逢いたい)
131 名前:たれはんだ :04/09/01 00:46 ID:L6imRLAw
***
久しぶりに鏡を覗いてみた。あの頃から伸ばした髪を首元で結わえ、
前に垂らしてはいるものの、変わらない顔。少しだけ、顔が青白い気が
する。少しだけ無理をしすぎたかも知れない。
(姉さんにまた、心配させてしまう)
少しだけでも、姉さんに心配させないようにと思いつつ、台所へ向か
う。
(あっ)
台所のテーブルの上には、少しだけ不恰好なおにぎりとおしんこ、そ
して、マジック大きく書かれた、「ファイト! 八雲」の文字。
(ありがとう、姉さん)
心の中で小さく、姉さんに感謝しながら、私は独りおにぎりを食べた
(塩、入ってない)
料理をほとんどすることがなかった姉さんも、烏丸さんのために必死
で勉強して、今では私のためにお夜食も作ってくれるようになった。け
ど、まだ少しだけ練習は必要だと思う。
「私の受験の時、いろいろ作ってくれたんだから、今度はお姉ちゃ
んががんばらないと、ね(ハート)」
そう言って、腕まくりをしながら姉さんは笑って答えてくれた。私は
ただ一言、「ありがとう」としか言えなかった。本当はとてもうれしい
のに。
132 名前:たれはんだ :04/09/01 00:48 ID:L6imRLAw
「あ、メール」
遅い朝食を終え、食器を片付けて部屋に戻ると、机の上にある携帯電
話から、メールが届いたことを示すメロディが流れてきた。
ピッ、ピッ、ピッ。
流れてきたメロディは確か、ブレッド&バターの「あの頃のまま」。
私にメールを送る人は『あの人』を除くと数えるほどしかいない。その
中でこのメロディだから・・・
「アシ、お願い。 沢近」
たったそれだけの言葉。それだけのメール。でも、今の私にはそれだ
けで分かる。あの頃もそうだったから。こんな感じで、よく呼ばれてい
たから。
「今、行きます」
それだけ書いて送った。姉さんも言っていた事だから、これ以上心配
かけないように、気分転換になるのなら行ってみよう。そう言い聞かせ
て、私は準備をして家を出た。
ミーン、ミーン、ミーン、ミン。
外に出ると、久しぶりにまともに浴びる日差し、そして大きく響くた
くさんのせみの声。少し日差しが強く感じるけれど、長い間家の中にい
たのだから、しばらく我慢しようと思い、帽子はかぶらないことにした。
ふと、玄関前で振り返り、家を見上げるとやはり目にとまるのは、2
階の姉さんの部屋側にあるクーラーの室外機。
133 名前:たれはんだ :04/09/01 00:49 ID:L6imRLAw
(・・・)
どうしても、『あの人』の事が頭の中に浮かんでしまう。今日が『あ
の人』に出逢った日だからかも知れない。そうでなくても浮かんでしま
うのだけれど。
2007年03月02日(金) 00:15:20 Modified by aile_irise