IF13・Lost Child 〜 the Present 〜 第1話


420 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:16 ID:k3vacvXM
                  『Lost Child 〜 the Present 〜』

 ドドドドドドド……
「ん? バイク?」
 どうやらバイクが近づいてきているらしい。
 彼女はそう思って音のする方に顔を向けた。
「え?」
 バイクに乗っている人間はよく知っている男だった。
「あん? お嬢?」
 相手も気づいたらしく愛理の目の前でバイクを止め彼女を呼んだ。
 バイクに乗っていた人間は播磨拳児だった。
「なんでこんなとこいるの? ヒゲ」
 感情は一気に絶対零度、じろっと彼を睨んだ。
 当然だろう。自分がこんな状況に陥ったのは全部このヒゲ、播磨の所為なのだから、
と愛理は八つ当たりに近い感情を持った。
「なんだよ、いちゃ悪いか?」
「……別に」
 彼女はふんっと播磨から視線を逸らした。
「たく、可愛くねえ女だなぁ、相変わらず」
「うっさいわよ、ヒゲ」
「もうヒゲじゃねえよ」
 憮然とした表情で播磨は答えた。
「あら、そう言えばそうだったわね」
「こ、このアマ……」
 愛理の態度に播磨はこめかみを引くつかせた。
「ふんっ」
 もう貸し借りはないのだから悪びれる必要はないと彼女は考えていた。
「たっく、で、こんな場所で何してんだ?」
 不意に播磨は辺りを見渡しながら疑問を口にした。
 まぁ、当然だろう。これと言って何かあるわけでもない場所に愛理がいる理由が見当つかなかったのだから。
「うっ、それは……」
 播磨の指摘に思わず愛理は口篭ってしまった。


421 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:18 ID:k3vacvXM
「あん? ……もしかして迷子とか?」
 播磨はからかい気味に訊いた。見当がつかなかったら適当なことを口にしたつもりだったが。
「な、なんでそれを……」
「……図星かよ、おい」
 愛理の返答に思いっきり播磨は呆れてしまった。
「う、うっさい」
 顔を赤くして怒る愛理に播磨は再度溜め息をついた。
「で、どうすんだ、おめぇ」
「どうするって?」
「当てはあるのか?」
 どこに向かって歩いているのか気になって播磨は訊ねた。
「……別に、歩いてればどっかに着くでしょう」
「……お嬢、それは無謀すぎるぞ」
 愛理の言葉に心底呆れたように播磨は言った。
「いいでしょ。私の勝手じゃないっ」
 愛理の言葉はどこまでも刺々しかった。
 前までならもう少し柔らかい対応も出来たかもしれないが、今の彼女は少し情緒が不安定だった。
 ……それに。
「あんたには関係ないでしょ……」
 播磨と言う存在自体が彼女の心を酷くざわつかせていた。
「関係、ないもの……」
 それが酷く悲しかった。
 そしてそのこと自体がショックで愛理は目を伏せてしまった。
 ガリガリ
 しばらく彼女の様子を見たあと頭を掻き毟り、播磨は彼女を呼んだ。
「なぁ、お嬢」
「なによ」
「連れてってやるから乗ってけ」
 自分の後ろを親指で指差しながら彼は言った。
「……え?」


422 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:18 ID:k3vacvXM
 その言葉に一瞬呆然とした後、愛理は恐る恐る訊ねた。
「あんた……なに言ってんの?」
「なにってそのまんまだよ。目的地まで連れて行ってやるから乗せてってやるって言ってんだ」
「ど、どうしてよ。そんなことする理由ないでしょ」
 愛理は酷く面食らっていた。播磨からそんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。
「別に。ただ困ってるみたいだからな。そんくらい手間でもなんでもねぇし」
 事も無げに言う播磨にただただ愛理は呆然としてしまった。
「……あんた、底なしのお人好しね」
「は? 別にそんなんじゃねえよ。ただ困っている女を見捨てるやつは男じゃねえって思ってるだけだ」
「ふぅ、前時代的ね」
 播磨の言葉に愛理は苦笑を漏らした。
「いいだろ、別に」
「まあね。………けど、誤解されるわよ、天満の妹に」
 一瞬心を許しそうになったけれど播磨は八雲の彼氏なのだと思い出し、そう口にしてしまった。
 本心では誘われて嬉しかったと言うのに。
「おい、なんで妹さんがそこで出るんだよ」
「なんでって、付き合ってんでしょ、彼女と」
 その事実を口にするのも嫌だった。けれど播磨は愛理の言葉に焦り出した。
「ま、待て、お嬢。それは誤解だ」
「誤解?」
「そうだ。俺は妹さんとは全くこれっぽっちもそう言う関係じゃねぇ」
「え? ……う、嘘言わないでよ。あんたら仲いいでしょ」
 それは事実のはずだ。
「そりゃ仲いいが、ともかく誤解だ、誤解。妹さんだってきっと迷惑してるはずだし、俺としては
この問題はさっさと解決したいんだっ」
 播磨の真剣な口調に愛理はまじまじと彼の顔を見つめた。
 もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしていたのでは? と愛理は思い始めていた。
「でも……」
 けれど自分の目で八雲が播磨のジャージの名札を繕っているのを見たのだ。
 なんでもない男の服を繕ったりなどするだろうか。
「……あ、もしかしてそういうこと?」
 そこで彼女はある考えに思い至った。


423 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:19 ID:k3vacvXM
 先ほども考えたとおり播磨は誤解を生むような行動をしがちなようだ。
 ならば八雲に誤解をさせるような行動を取ったと言う可能性もある。
 八雲は男に疎そうだから優しくされたりなどすれば簡単に好意を持つのではないか?
「つまり……」
 播磨は八雲に対して何の感情も抱いていないが、八雲自身は好意を抱いている、そう考え方も
出来るかもしれない。いや、その可能性は高いと愛理は結論付けた。
「なんだ?」
「ううん、なんでもないわ」
 播磨の不思議そうな表情に愛理は首を振って答えた。
「ともかく誤解だから、天……塚本とかにもちゃんと説明しといてくれ」
「ええ」
 確かに付き合ってるのは誤解かもしれない、八雲の性格上彼に付きまとっているとも考えにくいから
自分は勘違いをしていた可能性は高い。
 ……けど。
「まっ、見極めさせてもらってからね」
 まだ結論は出せなかった。
「おい、お嬢……」
 播磨は疲れたような表情を浮かべてしまった。
「ふんっ」
 そもそも播磨が誰と付き合っていようと自分には関係ないのだからホッとするのは
おかしい、と愛理は意識的に悪態をついた。
「たっく……はぁ〜」
 諦めたかのように溜め息をつくと思い出したかのように愛理に問いかけた。
「……で、乗るのか? 乗らないのか? はっきりしてくれ」
「乗らないわよ、そんなことされる義理ないし」
 プイッと首を彼から逸らしてしまった。
「チッ、人がせっかく親切で言ってやってんのに」
「誰も頼んでないわよ」
 意地っ張りな自分が出てきたと、彼女は思った。
 例え播磨と八雲の関係が誤解だったとしても、自分が好意を受ける理由なんてないのだからと彼女は考えていたからだ。
 もっともその考え自体がおかしいのだが。


424 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:19 ID:k3vacvXM
「わーったよ、もういい。1人で勝手にそこにいろ」
「え?」
 播磨の言葉に愛理は現状を再認識した。そうだった、自分は今1人きりだったのだと。
「じゃあな」
 ドルンッ……ドドドドッ
「あ、うん……」
 播磨は彼女の様子を横目で確認しながらバイクを発進させた。
 ペタンッ
「なに、やってんだろ、私」
 播磨の気配がなくなったのを見計らって彼女はその場に座り込んだ。
「頼ればいいのに、なんで意地張っちゃうんだろう」
 本当は分かっている、自分は彼に甘えるのが怖いのだと言うことが。
 甘えて彼に好意を抱くことを愛理は本能的に怖がっていた。
「なんなんだろう」
 そんな自分が愛理は分からなかった。
 気持ちに答えてもらえないのが怖いと言う感覚が彼女には理解できていなかった。
「でも……あいつと話すんじゃなかった」
 彼が去ってしまった瞬間、耐えようも無い寂しさが彼女を襲った。
「1人は、嫌ね」
 寂しがり屋な自分が顔を出してしまい、愛理はギュッと己が体を抱き締めた。



425 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
「おいっ、お嬢」
「え?」
 名前を呼ばれて顔を上げるといきなり腕を引っ張られた。
「ちょ、なに? ってぇ、播磨君?」
 腕を掴んでいたのは播磨だった。
「ちょっと、どこ連れてく気よ」
 痛みを伴うほど腕をぐいぐいと引っ張り、播磨は愛理をどこかにへと連れて行こうとしていた。
「うっせい。強引にでも連れてくんだよ」
「ど、どこによ」
「お前の目的の場所だ」
「え?」
 その言葉に一瞬呆けてしまったが、すぐに正気を取り戻し怒鳴った。
「なんであんたがそんなことするのよっ。お節介も大概にしなさいよっ」
「分かってるって、んなこたぁ。そう言うことするのも柄じゃねぇってこともな」
「だったら……」
「だからって泣きそうな女を放っておけるかよっ」
 ビクッ
 播磨の怒鳴り声に愛理は身を震えさせてしまった。
 けれどある事実に思い至り愛理は叫び返した。
「って、あんた見てたのっ?」
「お、おう」
「さ、サイテーっ!! わざわざどっかに行った振りして覗き見てるなんて卑怯よっ」
「ぐっ……」
 愛理の言葉に一瞬言葉に詰まったが、すぐに播磨は言い返した。
「仕方ねえだろ。別れ際にあんな顔されたんじゃ気になって引き返すのは当然だろ」
「え? あんな顔?」
「ああ、寂しそうな顔してたぜ、おめえ」
 カッ
 播磨の指摘に愛理は恥ずかしさのため頬を紅潮させてしまった。
「だから強引にでも連れてこうって思ったんだよ」
 そう言って彼はバイクを止めてあるところに歩き続けた。


426 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
「だからって……」
 なおも愛理は言い募ろうとしたが。
「分かってるよ、わりぃとは思ってるさ。こんな強引な方法なんてな」
「え?」
「けど放っておけなかったんだから仕方ねえだろ」
 サングラスで表情はいまいち読み取れなかったが、確かに播磨は自分の行動に罪悪感を感じているようだった。
「……馬鹿ね、本当に」
 ポツリと愛理は零した。
「言われなくても分かってんだから言うな」
「違うわよ」
「あん?」
 そう、違った。
 こんな風に優しくされたら勘違いしそうになる。そのことを分かっていないことに対して彼女は言ったのだ。
「にしても……」
 素でこういう事をしているとなると他にも好意を持ってる人間はいるだろう。
 そして勘違いしている女の子もいるに違いないなと愛理は思った。
「よく分からねぇが、ともかく行くぞ」
 更に播磨は愛理の腕を引っ張った。


427 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
「……待って」
 キュッ
「え?」
 愛理は播磨の服の裾を掴んだ。
「自分で歩くからいいわ」
「そうか?」
「ええ。……ごめんなさい、迷惑掛けて」
 ぺこりと愛理は頭を下げた。
「い、いいって別に」
「そう?」
「ああ。……たく、いきなり素直になりやがって、調子狂うぜ」
 頭を掻きながらそう言う播磨を見て、ああ、自分は本当に素直じゃない人間なんだなと愛理は自覚したのだった。
「じゃあ行きましょ」
「ああ」
 そして二人は播磨のバイクにへと向かった。



428 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
「ほら、お嬢」
 播磨はポンとヘルメットを愛理に投げて寄越すと、自身もヘルメットを被った。
「不良なのになんでヘルメット持ってるの?」
 まぁ、当然の疑問だろう。確か前は被っていなかったはずだ。
「誰かさんのお陰でノーヘルでバイクに乗ると帽子が飛んでえらいことになるんだよ」
 暗に髪を剃られたことを播磨は指していた。
「あ、ご、ごめんなさい」
 気づいて愛理は素直に謝った。
「い、いや、別に怒ってる訳じゃないんだが……」
 愛理に素直に謝られて播磨は本当に調子が狂いそうだった。
「まっ、そう言うことで買ったんだよ」
「けど、今は必要ないでしょ?」
 髪はもう伸びたのだから風を気にする必要などないはずなのに、と愛理は疑問に思った。
「まぁ、そりゃそうだがせっかく買ったのに使わねえのは勿体無いだろ」
「なるほどね。……こっちは?」
 愛理は自分が受け取ったヘルメットを掲げて訊いた。
 今の話ならこっちを買う理由にはならないはずだがと愛理は思った。
「あ、ああ、それは絃子に勧められてな。どうせ買うなら人を乗せられるようにもう一個買っとけとか言って……」
 そのくせ自分は金を出さなかったってのにと播磨は心の中で悪態をついた。
「従姉妹? あんた近くに親戚いるの?」
「え? なんでだ?」
「へ? だってあんた今、従姉妹に勧められてって言ったでしょ」
「あ、あー、そうだな。おお、近くに住んでんだ」
「へー」
 愛理は納得したように頷いた。
「そ、それよりも聞きたいことがあるんだが、いいか?」
 これ以上絃子の話が続くのは避けたいと考え、播磨は強引に話を変えた。


429 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
「なに?」
「さすがに手がかりがなんにもねぇんじゃ連れて行こうにも行けねぇからな。目的地の名前とか教えてくれねえか?」
「いいけど、言って分かる?」
「一応言ってみろよ」
「ええ」
 そして愛理は店の名前を告げたのだが。
「あー、やっぱ女の行く店は分からねえな」
 播磨は頭を掻きながら答えた。
「ほら、やっぱり」
「ぐっ……じゃあ最寄の駅の名前はなんだ?」
「え? そんなの聞いてどうすんのよ。私はそこから降りてここまで来たのよ」
「そりゃそうだが一応な」
「……分かったわよ」
 愛理は播磨の言葉に渋々最寄の駅の名前を告げたのだが。
「……おい」
 何故かその名を聞いた途端、播磨は半眼で睨んできた。
「なによ」
「お前なんでその駅で降りてこんな場所にいるんだ?」
「へ?」
 播磨の言葉に愛理は面食らってしまった。
「その駅はこっからだいぶあるぜ。女の足じゃまずここまで来るのは不可能だ」
「……え、えっと……」
 つまりどう言う事なのだろうと愛理は考え始めた。
「お嬢。お前もしかして降りる駅、間違えたんじゃねえか?」
 ビクッ
 播磨の指摘に愛理は思い切り動揺を見せた。
「で、でも確か降りた駅は合ってたはず……」
 形ばかりの抵抗を試みるが。
「確かこの辺に似たような駅名の駅があったはずだぞ」
「……へ? そ、そうなの?」
「ああ」
 がくりと愛理は肩を落とした。


430 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
「まっ、目的地が分かったんなら話は早い。早く乗りな」
「え、ええ。……けどいいの?」
「あん?」
「あんたが言うには遠いんでしょ、ここから」
 そんな迷惑を掛けるわけにはと愛理は暗に続けた。
「ああ、構わねぇよ。てか寧ろ好都合だ」
「え? なんでよ?」
「俺もそこの近くに用事があったからな」
「そうなの?」
「ああ」
 頷いて播磨はバイクのエンジンをかけた。
「でも、ならなんであんたここにいるの?」
「別に。ただの通り道だ」
「あっそ」
 播磨の答えに虫の良いことを考えすぎたなと反省しつつ、愛理はバイクの後部シートに座った。
「じゃあ行くぞ。しっかり掴まっとけ」
「ええ」
 愛理は播磨の腰辺りに手を回し、それを確認して播磨はバイクを発進させた。



431 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
 ドドドドドドドッ
「……」
「……」
 2人はしばらくの間、無言だった。
 当然と言えば当然だったが共通の話題などが何もなかったからだ。
「……」
「……」
「……」
「……なぁ」
 重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、播磨が口を開いた。
「なによ」
「……お前、何しに行く気なんだ?」
「え? ああ、服買いに行くだけよ」
「ほーお、1人でか」
「なわけないでしょ。友達とよ」
「友達? なら連絡したのか、遅れるって」
 クンッ
 ハンドルを切りバイクを右折させた。
「してないわ。……携帯、充電し忘れたのよ」
「……らしくないな」
「ええ」
 そこで会話が途切れてしまった。
 播磨は次の話題を探したがなかなか思いつかなかった。
「ふぅー」
「あん? なんだ?」
「……いえね、迷子になるなんて子供の時以来だなって」
「子供の時?」
「そっ。これでもまだ迷子になったのは二回目なのよ」
「……いまいち信じられねえな」
 播磨の言葉に愛理はむっとした表情を作った。
「なんでよ」
「今日のおめえの態度見てたらな。意地張って闇雲にどっか行って余計に迷ったりしてそうだ」


432 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
「……大丈夫よ。いつもは1人じゃないし……」
「つーことは1人なら迷子になんのか?」
「っ、たまたまよ。今日はたまたまなのよ」
 播磨の冷静なツッコミを愛理は慌てて否定した。
「まぁ、いいけどさ」
 信じてないと言うのがありありと見えて愛理は不機嫌になってしまった。
「ともかく、今まで迷子になったのなんて子供の時に一回だけなのよ」
「ふーん。子供んときねぇ。きっとそんときのお前って生意気ながきんちょだったんだろうな」
 ベシッ
 愛理は無言で播磨の頭をはたいた。
「キャッ」
 その瞬間バイクは一瞬バランスを崩しかけた。
「のわっ!! あ、アブねえだろうがっ。バイク走らせてる最中に叩くか、普通」
「あ、あんたが悪いんでしょっ。私の少女時代は純真で可憐な美少女だったんだから。失礼な想像するんじゃないわよ」
「ほー、そりゃまた」
 播磨は気のない返事をした。
「……あんた信じてないでしょ」
「信じてるぞ」
 棒読み口調で答える播磨に一瞬キレそうになったが、そうしたら今度こそ事故を起こしそうで愛理は必死に自制した。
「まぁ、今のお前からは想像できねえけどな」
「こっ……」
 危なく愛理はチョークスリーパーをかけそうになってしまった。まぁ、そんなことをすれば大事故決定だが。
「あ、あのねぇ。私、これでも学年一の美少女って有名なのよ」
「そうなのか? だが天……塚本とか他にもいるだろ?」
 本気で驚いた声で問い返す播磨に呆れたように愛理は続けた。
「本当よ。まっ、あんたが言うとおり天満や美琴、晶もかなりの人気を誇ってるわね。
天満とかは男連中には話しやすいしその手の相手にはかなりの人気があるけど総数で言ったら私がトップかしら」
「な、なるほど……」
 そう答えたが播磨が気になったのは天満の人気がかなりあるということで、それ以外は半ば聞き流していた。
「どう? 分かったかしら」
「ああ……」
 天満ちゃんがそんなに人気あるとは、やはり何かしら対策を取らねばと播磨は心の中で決心した。


433 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
「い、意外に素直ね。と、ともかく、偶然通りかかった男の子に助けられ、
幼い私はその手を取り晴れて家に帰りましたってわけよ」
 播磨が考えてる内容が天満のことだとは露ほども知らず、愛理は少し顔を赤らめながら言葉を続けた。
「へー、なんかえらくシンプルだな。道中駄々こねてそいつ困らせたんじゃねえか?」
「っ!? ば、馬鹿言わないでよ。私ほど素直で聞き分けのいい子供はいなかったわよ」
「ふーん」
 聞き流すように答えて播磨はハンドルのグリップを捻った。
 ビキッ
「あ、あんたねぇ」
 怒りを押し殺すように愛理は播磨を呼んだ。
「な、なんだよ」
 その迫力に圧されてつい及び腰になってしまった。
「あんたこそその男の子みたいに女の子には優しくしないと。今のままじゃもてないわよ」
「なっ! て、テメェ、振り落とすぞっ」
 愛理の言葉に今度は播磨が怒りで紅潮し、どすを利かせた声でそう言った。
「やれるものならやってみたら?」
 男ならいざ知らず女の自分にそう言うことを出来るはずがないと考え愛理はそう言った。
「ぐっ……」
 予想通り播磨は言葉に詰まってしまった。
「ふんっ」
 愛理は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「チッ……ああ、もうっ、ムカつくやつだな、ホント。……やっぱ相性合わねえわ」
「え? ……そう……」
 けれどすぐに播磨の言葉に落ち込んでしまったのだが。


434 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:29 ID:k3vacvXM
 それから少しの間沈黙が続いたが、それを破るように播磨は口を開いた。
「……そういや俺も子供ん頃、迷子のガキを助けたことがあったな」
「あなたが? 信じられないわね」
「別に信じなくてもいいけどな。あんときのやつもテメェと同じ金髪の女だったな」
「へぇ〜」
「まぁ、お嬢と違って幾分素直だったがな」
「悪かったわね」
 憮然とした口調で愛理は答えた。
「フンッ……確かハーフっつってたな。お前と違ってかなり綺麗だったぞ」
「私も十分可愛いと思うけど?」
「あー、そうだなー」
 気のない返事。いい加減愛理は本気で切れそうになっていた。
「でも確かに意地っ張りなとこもあったかな」
「そ、そうなの?」
 けれど愛理は少しばかり播磨の話に興味を引かれ、訊ね返した。
「ああ。そいつ自販機の前に座ってたんだが迷子かって聞いても迷子じゃないって言い張るし、
そのくせ1人にしたら公園のブランコで泣き出してるしさ。さすがに放ってけなくてちょっとばっか
強引な手法で迷子だって認めさせたんだ」
「えっと……」
 何故だろう。どこかで聞いた話のような気がする。愛理は続きが気になった。
「まっ、そしたらあとは素直なもんでな。乗った駅の名前とか聞き出して、電車に乗ってそいつが
泊まっていたホテルまで送り届けたんだ」
「もへ?」
 播磨の言葉に愛理は思わず彼の体に回していた腕を緩めてしまった。
「な、なにやってんだ、バカっ!!」
 キキーッ
 慌てて愛理の腕を掴むと、急ブレーキをかけてその場にバイクを停止させた。
「アホかお前はっ。走行中に手を離すやつがどこにいるっ!!」
「ご、ごめんなさい」
 播磨のあまりの剣幕に愛理はしゅんと項垂れてしまった。
「ごめんなさいじゃねえだろうがっ!! もしあれで落ちでもしたら怪我だけじゃ済まなかったかもしれないんだぞっ」
 播磨は本気で怒っていた。こんな彼を見るのは初めてで、愛理はただただ頭を下げた。


435 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:31 ID:k3vacvXM
「たく、大丈夫だろうなぁ。ダメならこっから歩くぞ」
 播磨は溜め息をつきながらそう言った。
「……大丈夫だから置いてくとか言わないでよ」
 落ち込みながらもそう言わずにはいられなかった。1人にされる、彼女はそれが一番今されたくなかった。
「誰がそんなこと言ったよ。歩くならちゃんと俺も歩いてやるよ」
「……え? 本当?」
「当然だろうが。連れてくっつったんだから責任もって連れてってやるよ」
「そっか……」
 播磨の言葉に僅かに胸が温かくなるのを愛理は感じた。
「で、本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、ごめんなさい。大丈夫よ」
「なら今度はしっかり掴まっとけよ」
 播磨はそれに愛理が頷き自分の腰上辺りにギュッと腕を回したのを確認するとゆっくりとバイクを発進させた。
2007年03月02日(金) 22:03:14 Modified by aile_irise




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