IF13・Lost Child 〜 the Present 〜 第3話


447 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:36 ID:k3vacvXM

                       〜えぴろ〜ぐ〜

 ――翌日、学校にて
「はぁ〜」
 播磨は深い溜め息をついた。
 結局あのあと天満に会うことが出来ず落ち込んでいたのだ。
 もっとも会ったら会ったで非常に拙い展開になったと思うが。
「なんで上手くいかねえかなぁ」
 播磨は天を呪った。
 きっと神様は俺を天満ちゃんに近づけたくないんだ、などと現実離れした妄想を抱き始めていた。
 キーンコーンカーンコン
 そんなこんなで4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「しゃあねぇ。落ち込んでても仕方ないし行くか」
 播磨はそう呟いて立ち上がった。
 向かう場所は屋上。あれだけ噂になっても八雲に屋上で漫画の批評をしてもらうのを止めていはいなかった。
「よっこらせっと」
 鞄から原稿が入った封筒を取り出すと屋上に向かって歩き出そうとした。
「あっ、ヒゲ」
 いきなり呼びかけられて播磨は首を動かした。もっとも彼をそう呼ぶ人間は1人だけだが。
「あん? なんだお嬢か。なんのようだ? ……それとヒゲじゃねえよ」
 さりげなく呼び名を注意することは忘れなかった。
「あ、じゃあ播磨君。今から暇?」
「え? いや、用事あるが……なんだ?」
「そうなの。えっと……昨日のお礼にお弁当作ってきたんだけど……いらない?」
「へ?」
「ちなみにカレーライス」
「なに?」
 愛理の言葉に播磨は激しく反応した。
 万年金欠気味の播磨にとって昼食代を浮かせられる弁当と言う単語はひどく心地よく、
また好物のカレーライスと言う言葉が嬉しさを倍増させていた。


448 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:36 ID:k3vacvXM
 けれど……。
「さ、沢近?」
「愛理ちゃん?」
「……愛理?」
 美琴たち他、クラスにいた全員、特に天満の視線が自分に向いていることに気づき慌てて首を振った。
「い、いや、今は遠慮しとく」
「そう……」
 愛理は少し残念そうな顔をした。
「えっと、あとでもらうから」
 けれどカレーを諦め切れなかった播磨はそう小声で愛理に言った。
 愛理の表情の変化にはまるで気づかずに。
「あっ、ええ、待ってるわ」
「じゃ、じゃあ俺は行くな」
 愛理の態度に怪訝な表情を浮かべつつ播磨は教室を出、屋上にへと向かった。



449 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:37 ID:k3vacvXM
「え、愛理ちゃん。今のなに?」
 播磨が完全にいなくなるのを見計らって天満が話しかけてきた。
「別に。ただお弁当を作ってきてあげただけよ」
「ふーん。……って、ええーっ!?」
 愛理の発言に天満はのげぞってしまった。
 いや、クラスにいた全員、大小の差はあるが衝撃を受けていた。
「ところで彼ってどこ行ったか知ってる?」
 ここ数日、意識的に播磨の行動を見ないようにしていたので愛理は全く予想がつかないでいた。
「あ、えっと、屋上だが」
「へー、なにしに行ってるの?」
 笑顔で愛理は訊ねてきた。
「え、えっと、それは……」
 当然の質問に美琴は言葉を濁してしまった。
 言えるわけないよなぁ、塚本の妹と会ってるだなんて、と美琴は心の中で呟いた。
「八雲に会いによ」
「お、おい、高野っ?」
 さらりと告げた晶にビックリして美琴は振り返った。
「だってそっちの方が面白そうだし」
「だ、だからってなぁ……」
 なおも文句を言おうとしたが。
「八雲に……あの子に会いに、か。ふーん」
 愛理の周囲の気温が見る見るうち下がった気がして口をつぐんでしまった。
「へー、そうなんだ……」
 酷く冷めた口調で愛理は呟いた。
「お、おい、沢近?」
「なるほど……上等じゃない」
 その顔に不敵な笑みを浮かべるとお弁当を持って愛理は歩き出した。
「ね、ねぇ、愛理ちゃん。どこ行く気?」
 少しばかり怯えた声で訊ねる天満に。
「決まってるわ、屋上よ」
 満面の笑みを持って愛理は答えた。

455 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
 所変わって屋上にて。
「おお、悪いな、妹さん」
「い、いえ」
 何も知らずに播磨は八雲に会っていた。
「で、早速だが原稿見てもらいたいんだが。あっ、あとアシのお願いも……」
「あ、はい……いいですけど……その……」
「ん? どうかしたのか?」
 八雲がなにか言いたそうなのを見て播磨は不思議そうに訊ねた。
「あ、いえ、なんでもないです……」
 そう答えて八雲は播磨に気づかれないように小さく嘆息した。
 何故だろう。最近、こうやって会う度に落ち込みそうになってしまうのは、と八雲は考えていた。
「なら良いんだが……えっとだな、このシーンなんだが……」
「はい……」
 こうやって播磨さんの漫画を見るのは嫌いじゃない、ううん、寧ろ好きなのに何故?
 播磨の言葉に相槌を打ちながら八雲はずっと考えていた。
「で、ここでバイクに乗せようとと思うんだが、どうかな?」
「あ、それでしたら……その……まずこの辺りにそれなりの伏線を出した方がいいかと……」
「おお、なるほど。確かにその方がいいな」
 こうやって意見を交わし、播磨さんが頷き、また次に見せてくれる漫画でそれが反映されているのを
見るのは楽しいのに……何故?
「で、ここまで出来てんだが……えっと、この続きを手伝って欲しいんだよ」
「はぁ……この続き、ですか?」
「そうなんだ。妹さんの手を是非借りたいんだ」
 播磨はぺこりと頭を下げてきた。
「あ、はい。私で出来ることでしたらお手伝いします」
「そうか? いやー、ありがたい」
 こうやって播磨さん頼られるのは本当に嬉しいのだけれど……なんでだろうと八雲は思った。
「はぁー」
「ん? ど、どうした? 急に溜め息なんかついて」
「い、いえ、なんでもないです」
 八雲は慌てて首を振った。どうやら知らず知らずのうちに溜め息をついてしまったようだ。


456 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
「そうか? じゃあえっと、手伝ってもらう日なんだけど……」
「はい……」
「今週の土曜日はどうかな?」
「土曜日、ですか?」
 その日は雑誌を買いに行こうかと思っていたけれど……どうしよう。別に無くなりはしないけど
早く読みたい気もするし……と八雲は悩みかけたが。
「あ、バイトかなにかか? なら無理強いしねえよ。また今度の機会に……」
「いえ、大丈夫です」
 播磨が言い終える前に、八雲は彼女には珍しくハッキリとした声で言い切った。
「あっ、す、すみません」
 そして自分の行動に驚き、顔を赤らめて八雲は謝ってしまった。
「い、いや、構わねえよ。じゃあ土曜の10時に家に来てくれ」
「はい」
 そう、雑誌はいつでも買えるのだし、なにより播磨さんのお家に行けるのだから悩む必要などないのだ。
 八雲は柔らかい笑みを持って答えた。
「いやー、ホント妹さんが手伝ってくれ助かるぜ。俺がこうまで頑張れるのは全部妹さんのお陰だぜ」
「そ、そんなこと……」
 八雲は頬を赤らめた。……けれど。
「いやいや、妹さんは俺の漫画の最大の協力者だよ」
「っ!?」
 播磨のその言葉は何故か八雲の心に痛みを与えた。
「……そうだな、なんか頼みでもあったらいつでも言えよ。俺に出来ることならなんでもしてやるぞ」
「は、はい……」
 最近いつもそうだ。嬉しいのに、楽しいのに……なのに悲しいと感じてしまう。
(必要とされているのに、何故?)
 八雲は心の中で呟いた。


457 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
「じゃあ俺はそろそろ飯食いに戻るな。妹さんも早く食わねえと昼休み終わっちまうから急げよ」
「はい……」
「まっ、呼び出してる俺が言えた義理じゃねぇけどな。それじゃっ」
 播磨は手を振って屋上のドアを開けようとした。
「あっ…………ふぅ……」
 何か言いたい。何か言わなくては。
 そう思うのだが結局何も言葉にならず、今日もまた八雲は無言で播磨を見送った。
「え?」
 いや、違った。ドアを開けた瞬間播磨は立ち尽くしていた。
「なにが……え?」
 そう思った瞬間ドアから人の影が見えた。



458 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:17 ID:Z7bkqto2
「あら? 終わったの?」
「のわっ、お、お嬢?」
 八雲との漫画の相談が終わり屋上のドアを開けた瞬間、目の前に愛理がお弁当を片手に腕を組んで立っていた。
「な、なんでここにいんだよ。い、いや、それより俺らの会話聞いてたのか?」
 もし聞かれてたらどうしよう、そんな恐怖が播磨を支配していた。
「別になにも聞こえてないわよ」
「そ、そうか」
 播磨はあからさまにホッとした。
「で、言ったいオメェはここでなにしてんだ? 俺になにか用事か?」
「別に。あなたに用があってここにいたんじゃないわ。用があるのは彼女よ」
 そう言って目で相手を差した。
 その視線を播磨が辿るとその先にいたのは……塚本八雲だった。
「妹さん? お前、妹さんに何の用事があんだ?」
「ちょっと話したいことがあってね」
 そう言って愛理はドアをくぐり八雲に向かって歩き出した。
「あ、そうそう」
 そう言って一旦愛理は立ち止まった。
「あんた、そこで待ってなさいよ」
「はぁ? なんでそんなこと……」
「い・い・わ・ねっ」
 じろりと愛理は播磨を睨みつけた。
「ハイ。ワカリマシタ、サワチカサン」
 ケンカで無敵を誇る播磨も愛理の剣呑な目つきには勝てなかった。
「よろしい。さてと、はーい」
 愛理は片手を挙げ、極めて友好的に八雲に話しかけながら近づいた。
「あ、こ、こんにちわ」
 八雲は前の喫茶店での一件以来、少しばかり愛理に対して苦手意識を持っていた。
「別に取って食おうとか考えてないから安心しなさい。ちょっと確かめたいことがあったのよ」
「確かめたいこと……ですか?」
「そっ」
 そう言って愛理はポンと八雲の肩に手を置いた。


459 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:17 ID:Z7bkqto2
「あのさ……」
「はい……」
 愛理は八雲にしか聞こえない小さな声で訊ねた。
「あなたって播磨君のこと好きなの?」
「え?」
 愛理の言葉に八雲自身驚くほど動揺した。
「あ、そ、その私は……その……違います」
 けれどすぐにその言葉を否定した。
「そうなの? けど体育祭の前から結構いつも彼と一緒にいるらしいって噂になってるけど……」
 その話はジャージの件の後に人から聞いたものだった。
「え?」
「……それに付き合ってるって噂も公然とあるわね。なのに否定しないし……今も仲良く一緒にいるし……
好意を持っている相手じゃなきゃそんな噂必死になって消そうとするはずよ。少なくとも私はそうするわ」
 そして愛理はゆっくりと八雲の答えとなる言葉を待った。
「そ、それでもその……違いますから」
「え?」
「わ、私は、その……ただ播磨さんといたかっただけですから……」
「……」
「ただ……その……播磨さんと一緒の時間を過ごしたかっただけで……その好きだとかそう言うのは……」
 そこまで言って八雲は目を伏せてしまった。
「あんたねぇ、本気で言ってんの? それとも私を馬鹿にしてる?」
「え?」
 愛理の呆れた声に戸惑いの表情を浮かべて八雲は顔を上げた。
「ああ、マジなのね。あなた、恋愛に関して鈍感だとか言われない?」
「と、時々言われます……」
 八雲はしゅんとなってしまった。
「なら教えてあげるわ。……そう言うのをね、好きって言うの」
「……え? そ、そんなこと……」
 八雲は反論しようとしたが言葉が続かなかった。
「ホント、今まで男の人を好きになったことないのね。……まぁ、そう言う私も本気で男の人を好きになったこと、
今までなかったから強くは言えないけど……」
 苦笑しながら愛理は呟いた。

461 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
「で、でも、その……」
「周りから付き合ってるとか噂されれば普通は意識するものなのに……いえ、意識していたとしてもその感情が
理解出来なかったのかしらね」
「っ!?」
 図星、なのかもしれない。サラや姉さんに誤解され励まされたとき感じた感情を自分は持て余していたのだから。
 八雲はそう考え言葉を失ってしまった。
「ふぅー」
 さてどうしたものか。
 ちょっとした宣戦布告の意味を込めて来たは良いが、これは予定外だと愛理は溜め息をついた。
「ですけど……」
「ん? なによ?」
「播磨さんは……なんとも思ってませんから……」
 そう、播磨の心は今もなお見えなかった。つまりそれはそう言うことだ。
 八雲は何故かそれが可笑しくて微かに笑みを浮かべた。
「あなた……」
 それはたぶん愛理以外は気づかないような小さな笑み。
 いや、八雲自身ですら笑みを浮かべた理由に気づいていないそれは、女の子として傷ついている笑みだった。
「たく、もう」
 お節介だな、そう愛理は思った。少し自嘲の笑みを浮かべたけれどそれが自分なのだから仕方ないと彼女は考えた。
「あんたもあいつの被害者なわけか」
「え?」
 愛理は優しく八雲の頭を撫でた。
「まさか私の想像したとおりだとはね。ホント播磨君て罪作りな男」
「え? あの……」
 八雲はただ愛理にされるがままだった。そして愛理はそのまま言葉を続けた。
「まずは自分の気持ちにちゃんと気づきなさい。で、想いをぶつけなきゃダメよ」
 その顔はとても優しかった。そしてその柔らかい笑顔は姉の天満が自分に向ける笑みにとても似ていた。
「え? あの……」
 そのことに八雲は戸惑ってしまった。


462 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
「はい、私が言えるのはここまで」
 ポンと肩を叩いて愛理は八雲から離れた。
「さすがにこれ以上私が応援するのはおかしいもの」
「あ、あの、それはいったい……」
 八雲は怪訝な顔つきで訊ねたがそれには答えず愛理は八雲に向かって人差し指を突きつけた。
「いいこと。何にもしないならあんたの居場所、私が奪うわよ」
「え?」
「それが嫌なら行動しなさい」
 不敵な、けれど悪戯っ子のような笑みを浮かべて愛理は宣言した。
 そしてそれは明確な挑発だった。やはりどうせ争うなら本気の相手と全力で戦い奪った方がいい。
 脇からかっさらう真似はプライドが許さない、そう考えての行動だった。
「じゃあね、八雲」
 初めて八雲の名前を呼び、愛理はドアの方にへと歩いていった。



463 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
「あー、なに話してたんだ?」
 ドアの近くには播磨が怪訝な顔つきで待っていた。
「秘密よ。女の子同士のお話ってやつ」
「は、はぁ……」
 全く納得できなかったが追及は無駄だと悟り、播磨はそれ以上訊かなかった。
「それよりも、あんたってホント鈍感よね」
「はぁ? いきなりなに言い出してんだよ」
 いきなりの愛理の悪口に播磨は面食らってしまった。
「あら、事実でしょ。知らず知らずのうちに女の子を傷つけてるんだもの。ホント、サイテーね」
「お、おい」
 愛理の言葉にからかいの態度が見出せなくて播磨はうろたえてしまった。
 まさか妹さんからそう相談されたのでは、と要らぬ考えが播磨の脳裏に浮かんできた。
「だからそう言う罪作りなあんたには強引な手段を取ることを決定したわ」
 口元を微妙に歪め愛理はそう宣言した。
「え、えっとなにする気だ?」
 その態度の播磨は及び腰だ。少々情けない。
「いえね、昨日のお礼をちゃんとしようと思ってね」
「……はっ? なに言ってんだ? それと今の話と何の関係があんだよ」
「あっ、そこから動いちゃダメよ」
 けれど愛理はその言葉を無視して話を続けた。
「おい、話聞けよ。たっく、そもそもお礼って、それはその弁当だろ?」
 播磨は愛理が手にぶら下げている弁当を指差して言った。それが昨日播磨がしたことに対するお礼だったはずだ。
「あら。これだけじゃ割に合わないわよ。だからもう1つ追加」
「へ? 割りに合わねえって、いったいなん……え?」
 それはあまりにも自然な仕草だった。
 持っていたお弁当を地面に置き、当然のような仕草で愛理は播磨のサングラスを外し、その首に自分の腕を回した。


469 名前:風光 :04/09/10 18:40 ID:0.z54q3Y
「お、おい、お嬢。なにす……んむぅ!?」
 そして愛理はその唇を播磨のそれに重ね合わせた。まるでそうすることが当然とばかりに自然な流れで。
「ひゅ……」
 その光景を遠くから見ていた八雲は息を呑んだが、そのことを気にした風もなく愛理はキスを続けた。
 ……そして。
「ぷはっ……なっなっなっ……」
 愛理の腕から解放され、播磨はその場にへたり込んでしまった。
「どう? いいお礼でしょ」
 愛理は顔を真っ赤に染めながらも、してやったりと言った表情でそう言い放ち、
奪ったサングラスを元通り播磨の顔にかけたあげた。
「て、てめっ、俺初めてだったんだぞっ」
 俺のファーストキスを返せ、そう怒鳴ろうとしたが次の愛理の言葉になにも言えなくなってしまった。
「あら、奇遇ね。私も初めてなのよ」
「へ? だ、だってお前……」
「あんなにデートしてるのにって? 確かにデートはしてるけど私、唇とかには一切触れさせてないの」
「え?」
「だって、やっぱり初めては特別な、本当に好きな人にあげたいじゃない」
「え、えっと……」
 愛理の言葉に播磨は呆然としてしまった。
 いくら鈍感な播磨でもこの言葉の意味することは痛いほど分かった。
 特別な人に初めてのキスをするつもりでいて、それを自分にしたと言うことは?
「は? え? はぁ?」
 播磨の頭は混乱の極みに陥っていた。
「まっ、他のキスも全部自分の特別な人にするつもりだけどね。ってことでかなり貴重よ、私のファーストキスは。
だからありがたくもらっときなさい。と言うかもらってくれると嬉しいわ」
「えっと……」
 つまりそうなのか? そう言うことなのか? 播磨はあまりのことに頭を抱えたくなった。
「じゃあカレー、ここにおいて置くからちゃんと食べなさいよ。返品は不可だから」
「お、おう」
「それとお弁当箱は洗ってから返してね。……じゃあね」
 片手を挙げ、そう言って愛理は屋上から去っていてしまった。


465 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:31 ID:RDLtv.K2
 ――そして屋上には呆然としている播磨と、同じく驚き固まっている八雲が残された。
 ザッ
 いや、八雲は動き出し、播磨に近寄った。
「あ、あの、播磨さん」
 遠慮がちに八雲は呼びかけた。
「お、おう、なんだ、妹さん」
 酷く動揺していたが、播磨はそれでもなんとか八雲に答えることが出来た。
「え、えっと……その、さっきお願い、なんでも聞いてくれるって言いましたよね?」
「あ、ああ。言ったぞ」
「で、でしたら……その……聞いてほしいお願いがあるのですが……」
「おう、なんでも言ってみな」
 まともな思考能力はほとんど残っていなかったが、それでも残った理性をフル動員してその願いを聞こうとした。
「あの……ふぅー……明日からなんですけど……」
 彼女は行動を始めた。居場所を奪われないために。とても心地いい播磨の傍らの場所を守るために。
「お、おう」
 思いの外強い気迫に圧されながら播磨は頷いた。
「お弁当、作ってきてはダメですか?」
 そして更に一歩進むために行動した。
「はっ? えと、自分の分?」
 恐る恐る八雲を指差して播磨は訊いた。
「いえ、播磨さんの分です」
 その答えを聞いて今度こそ播磨は眩暈を起こしそうになった。
 なんでこんなことになったのか、当の播磨には全く理解不能だったからだ。
「あの……ダメ、でしょうか?」
 酷く不安げな表情で八雲は問い直した。
「いえ、いいです」
 コクコクと馬鹿みたいに頷きながらそう答えるしか播磨に残された道はなかった。
「あっ、ありがとうござます。そ、それでは……」
 顔を赤らめると丁寧にお辞儀をして、八雲は屋上から立ち去った。

 ――そして屋上には呆然と固まっている播磨の姿と、愛理が作ったお弁当がぽつんと残されているだけだった。



466 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:31 ID:RDLtv.K2
 その日の放課後……2−Cでは大規模な会議が行われた。
 参加者は当事者の播磨と愛理、そしていつの間にか姿を消した花井とそれを心配して出て行った美琴、
そして八雲に事実を確認しようとお姉ちゃんパワー全開で出て行った天満を除いた全てのクラスメートだった。
 議題は当然のごとく『沢近愛理と塚本八雲、どちらが播磨拳児の心を射止められるか』であったが一年生と二年生、
それぞれの学年きっての美少女たちと校内一の不良のラブロマンスは話題に話題を呼び、ついには他のクラスや
教師(絃子と葉子と妙)を巻き込み大論争が繰り広げられ日が完全に沈むまで続くこととなった。

 ちなみにその日を境に愛理は他の男と一切デートすることを止め、
八雲は積極的にサラに播磨のことを相談するようになり、
播磨は他人からは幸せな、けれど本人にとっては地獄のような日々が始まったのだが……それはまた別のお話。

                        〜 Fin 〜
2007年03月02日(金) 22:15:55 Modified by aile_irise




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