IF14・Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo


534 名前:Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo :04/10/08 23:22 ID:NG2facws
今日は日曜。天気は快晴。秋の風はあくまでさわやか。
お出かけには絶好の日和──それなのにその男の顔はどことなく暗く、重苦しかった。

「いつまでぶすったれてるんだ拳児君。いいかげん機嫌をなおしたらどうだ?」
「…別に。もとからこんなツラだっての」
「はあ……さんざん連れてってほしいと駄々をこねてたくせに、
 いざ来てみたらコレだ。まったく君のワガママにはあきれはてたよ」
「なっ……!だ、大体こんなはめになっちまったのは誰のせいだと思ってんだ!」

はたから聞けば、痴話喧嘩に聞こえないこともない言い合いを続ける一組の男女、
播磨拳児と刑部絃子。そもそもの発端は、この日の1週間前のことだった……

538 名前:Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo :04/10/08 23:26 ID:NG2facws
「時に拳児君、来週の日曜は空いてるか?」
「はあ?なんだよ急に」
「実は葉子──笹倉先生は知ってるな?彼女が写生に行きたいと言ってるんだ」
「ふむふむ、それで?」
「写生対象は動物。そこでネックになるのが、この場合対象はあちこち動き回るのでやりにくいことこの上ない。
 こんな時、誰か動物たちにポーズを指示できるような者がいれば──ってどこに行くつもりだ」
「……いやー残念だなー。その日はちょうど用事があってだなー」
「みえみえの嘘はつかないように。
 非モテな君がデートというものを体験できる希少なチャンスを棒に振るつもりか?
 しかも両手に花だぞ?」
「だっ誰が非モテだコンチクショー!!つーかみえみえはどっちだ!
 どうせ今回もクソ重てえイーゼルとかカンバスとかの荷物運びをさせようって腹だろーが!」
「な、なんでバレたんだ……拳児君……さてはエスパーだな?」
「(くぁ〜っムカツク…!!)と、とにかく俺ぁ行かねえったら行かねえ」
「……どうしても?」
「!?」

一瞬の自失。現在何が起こっているのか、播磨には理解できなかった。
ついさっきまで、いやこのような状況では常に余裕を保ちながら
自分を子供(というかパシリ)扱いしている絃子が────
あろうことか、眉を寄せ、肩を落とし、目尻には涙さえ浮かべているではないか。


539 名前:Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo :04/10/08 23:28 ID:NG2facws
(だ…駄目だ!騙されるな俺!そうやって何度も痛い目を見たんだぞ!)

突然押し寄せたわけのわからぬ罪悪感に苛まれながらも、

「ど……どうしてもだ。悪いが今回ばかりは従えねえよ」
「そうか……」

嘆息すると、絃子はおもむろに白い紙の束を取り出した。
サイズはA4くらい、一枚一枚に妙に厚みがある。所々が破けており、それをテープで補修した痕があった。

「!∞!△∂○★!?!そそそそそれはまさか……!!」
「この手だけは使いたくなかった………」
「ちょっ待っ!!!!」
「『来たヤツがついに来たハリマが戻って来たぞ────うおおお────』」(棒読み)
「うぎゃあああああああああああ!!ヤーメーテークーレー!!!!!」
「『ムダだよ塚本さんの心はもう僕のものだうて天満ちゃんそうはいかねえぜ』」(棒読み)
「むぎょ─────────!!!!!ヤメテー!!モウヤメテ───!!!!」
「『う播磨君よかった私ホントはホントは播磨君のこと』」(棒読み)
「……うぅっ……うぇっうっう……や、やめてクダサイ……もうしません、ごめんなさい、
 なんでもいうことききます。だからやめて……」

床に突っ伏し、産まれたての子馬の如く体を震わせ哀願する播磨。
その言葉を聞いた瞬間、播磨を見下ろす絃子の秀麗な顔に、突如亀裂が走った。
それは妖しいまでに美しい微笑みだった。

「そうかそうか。じゃあ来週は私たちと動物園に行きたいか?」
「はい…ずごく行ぎたいでづ……お願いします、ぜび連れてっでください……ひっく…」


540 名前:Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo :04/10/08 23:31 ID:NG2facws
「……そう言えばそんなこともあったような……なかったような……いや、なかったぞ?」
「こっこのクソアマぁ!……さすが年増、ボケんのもお早いようで───」
「『もういいんだ全ておわったこと!!!俺達はこれからを生きればいい!!!好き!!!!俺もだ!!!!』」
「なんで暗記してやがるんですかー!!ていうか拡声器使うのヤメテ────!!!」
「ふん……だったら言うべき事は何かな、拳児君?」
「ごめんなさいごめんなさい若くて美しい絃子サン。次の御用事はナンデショウカ?」
「そうだな、今度はピョートルだ。君は先に行って話をつけとくように。イーゼルも忘れずにな」
「……はい」

イーゼルをかついでとぼとぼとキリン舎に向かう播磨を見送りながら、
絃子は軽くため息をついた。

「はあ……どうも巧くいかんな。これではせっかく────」
「せっかく苦労してデートにこぎつけたのに、
 全然そんな雰囲気にならなくて残念無念、てコトですかあ──??」
「!?よっ…葉子!?」

驚いて振り向いた先には、彼女の後輩にして、同僚の美術教師、
笹倉葉子の極上の笑顔があった。

「か、勝手にセリフを繋げるんじゃない。拳児君は手伝いに来させただけで……」
「まあまあ、先輩落ち着いて。確かに私がいたら二人っきりにはなれませんし……
 そうだ!私がピョートル描いてる間に、食べ物でもジュースでも二人で買いにいくとか」
「こ、こら!人の話を聞け!そんなんじゃないんだったら…!」
「ふふふ、せんぱあ〜い、耳まで真っ赤にして否定しても説得力ってモノがありませんよ〜?」
「!!ひ、人をからかうのもいい加減にしろ、葉子!」
「あはは、怒らない怒らない。せっかく“ダシ”になってあげたんですから、
 今日はバシッ!と決めて下さいね?それじゃ先に行ってますよー!」
「こここっこの……待たんかーっ!葉子ーっ!!」


541 名前:Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo :04/10/08 23:32 ID:NG2facws
「……?何やってんだ、あいつら……」
笑いながら逃げる葉子と、満面を朱に染めて追いかける絃子、
その二人を首をかしげて見つめる播磨。
そして、それをはるか高みから1頭のキリン──ピョートルが、
『皆が幸せでありますように』と言っているかのような、暖かな優しい眼差しで見守っていた
───が、実は何も考えていなかったりするのであった。

(了)
2007年03月18日(日) 19:23:27 Modified by aile_irise




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