IF15・日常


346 名前:Classical名無しさん :04/10/23 01:32 ID:qm3Ns6kQ
「全く……息子一人に押し付けるとは、なんという親だ……」
 何が入っているのかよくわからない、古びたダンボールを両手でしっかりと抱え、石段を一歩
一歩進んでいく。もう秋とはいえ、正午を回ったばかりのこの時間帯は、動けばじっとりと首筋
に汗がにじむ……。神社までは、もう少し。
「私も手伝ってるだろ?」
美琴は、憤慨する花井の少し後から、その背中を笑いながら見上げる。それにつられるように、
木立の葉もざわわ、と風に揺れた。
「むう、そういう問題でもないと思うが……」
納得いかん、という風に苦い顔をするが、不意にその足が止まる。
「ほう……」
「どうした?……へえ……」
何事かと、早足で花井に追いついた美琴も、感嘆の声を上げる。木々の切れた一角から、矢神市
の住宅街、そしてその先には、深みのある青い海の広がりが一望できる。緑の額縁に納められた
その風景を、二人はしばらくぼけっと、眺めていた。緩やかな暖気をふくむ真っ青な空を、ジャ
ンボジェットが悠々と飛んでいく。
「絶景、というやつだな。」
「これはもうけもんだなー。昼飯、ここで食おうぜ」
何やら感慨深げに呟く花井と、うれしそうに顔を輝かせる美琴、しばらくして、どちらからとも
無く再び石段を登り始める。なんとなく、先ほどより足が軽い。


347 名前:Classical名無しさん :04/10/23 01:33 ID:qm3Ns6kQ
「ふう……やっと付いた」
鎮守の森に包まれた、結構な広さのある境内の奥に、落ち着いた雰囲気の社が佇んでいる。二人は、社ま
で歩いていくと、どっかりとダンボールを敷石の上に置く。
「ふう、どこにおいておくかな」
一息ついて、額の汗を袖で拭う。
「奥の目立たないところに置いといたほうが良いんじゃないか?結構ここ人くるし」
狛犬を見上げながら、美琴は呟く。花井が、社の奥まで、箱詰めされた祭事用の道具を運んでいる間、美
琴はこの狛犬は笑っているんだろうか、それとも怒っているんだろうか?そんなことを考えながら、境内
をのんびりと歩き回る。
「ふう、終わったぞ、周防」
「お疲れさん、さっ、飯にしようぜ」
そう言って、小ぶりなコンビニ袋を持ち上げると、花井は少しうれしそうに表情を緩めた。
「まったく、地区の倉庫からかなりあったな」
「筋トレ筋トレ」
そんな言葉を境内に残しつつ、先ほどの、絶景ポイントまで戻っていく。
「シャケとオカカどっちにする?」
「どっちでも構わん」
「じゃあ、はいオカカ」
斜面の淵に座り込み、お茶をのどに流し込む。なんでもないペットボトルのお茶も、やけに美味しく感じ
られる。食も進む。二人はあっという間に一つ目のオニギリを平らげた。


348 名前:Classical名無しさん :04/10/23 01:35 ID:qm3Ns6kQ
「これだけか?周防」
「うんにゃ、シーマヨがあと一個づつ。」
ガサゴソとコンビ二袋から新たなオニギリを取り出し、花井に渡そうとするが、ポロリ、とオニギリは
二人の手から離れ、斜面を転がり落ちようとする。
「ぬっ!?」
慌てて手を伸ばしたものの、花井のては空を切り、勢い余って、その体を斜面に投げ出してしまう。
「!!」
とっさに美琴が花井の服を掴み、一時的に踏みとどまったものの、双方かなり無理のある姿勢。このま
までは二人とも斜面を転げ落ちるのは時間の問題であろう……。
「花井……何とかなりそうか?」
「……すまん、だめだ……」
「わかった。一二の三で離すから、キッチリ受身とってすべろ」
「ん……一」
「二の」
「三!」
「三!」
美琴が手を離し、花井はいっ回転した後、きれいに受身を取って、滑り降りていく。その様子を美琴は
、息を飲んで見守っていたが、どうやら、木にもぶつからずに、無事降りれた様子。安堵の溜息を吐き
、ゴミを片付けて、花井の落下地点へと降りていく。


349 名前:Classical名無しさん :04/10/23 01:36 ID:qm3Ns6kQ
「おーい、怪我無いか……ってしつこいなお前も……」
降りてみれば、花井は元気に草の茂みを掻き分けている。どうやらオニギリを探しているようだ。
「こんな目にあった上に、見つからなかったじゃ、完全に負けだろうが」
「なんの勝負だよ……」
呆れ顔で呟くが、ただ待つのもなんなので、手伝おうと一歩踏み出す。
「しかたねえなぁ………へ?」
ぐに、と足の下にヘンな感触。見下ろせば、そこには無残な死に様を晒すオニギリ……。
「……あはは」
「……帰るか」
はあ、と溜息をつき、花井は、頭に引っかかった葉っぱを払う。
「くそう、擦り傷だらけだ」
「これくらいなんでもないって」
「イタッ、何をするか周防!全く、乱暴なやつめ!それに比べて八雲くんは……」
「あーはいはい、どうせ塚本の妹ほどおしとやかじゃないですよ」
色惚けをジト目で睨みつけながら、石段を下っていく。前にもこんなことがあったような。そして
この先もこんなことがあるんだろうな、そんなことを考えて、美琴は青い空を見上げる。すっ、と
一本の飛行機雲が伸びていた……。
  • 了-
2007年04月11日(水) 12:45:35 Modified by ID:Pflr4iBBsw




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