IF16・播磨奮闘記 2

323 名前:Classical名無しさん :04/11/08 20:52 ID:XG/ttTVA
 自分の予測通りに物事が動くのは快感である。正しそれは良い方向のみで悪い方に
事態が動くのは好ましくない。ただ、先のことが予測できれば将来のマイナスを減ら
すことはできる。
「拳児君、君は私の予想通り帰ってこなかったね」
 刑部絃子は同居人に顔を合わせた早々に強烈な嫌味をかましてやる。今回の件で同
僚に貸しを作ってしまった。元はと言えばこの男が勝手に出ていったのが悪い。後で
この仮を返してもらおうと思っている。
「君の出席状態はチョッとした細工しておいた。ただし今回だけだぞ」
 播磨は留年の危機に晒されていて、授業を欠席するのは許されなかった。絃子は
本来なら欠席のところを出席と書いておいた。同僚の笹倉にも頼み込んで欠席を出
席と記入するように差し向けておいた。
 絃子があれこれ言っても暖簾に腕押しで何の反応も無い。当人の播磨は壊れた人形
の様に「天満ちゃんが…天満ちゃんがよぉ…」と力なく呟くだけ。
 こんな播磨は何度も何度も見たことがある。想いの人天満にアプローチを果敢にか
けるも見事に失敗、そしてしばらく落ち込み翌日には何事も無かったかのように復活
する。が、今回は違うようだった。





324 名前:Classical名無しさん :04/11/08 20:56 ID:XG/ttTVA
「まさかとは思うが、塚本君は重態なのか?」
 姉ヶ崎に天満の容態を聞いみたが、風邪とのことだった。播磨も「いや、そうじゃ
ねぇ」と即否定する。
「すまねぇ…人を呼んどいてくれてよ。助かったぜ、俺一人でどうしようって途方
に暮れてたんだ?」
 絃子は播磨がようやくまともな事を口にしてくれたので、色々と言ってやろうと
思ったが思いとどまる。コレが復活するには時間が掛かる。今アレコレ言ってヘコ
マスのは愚策と判断した。
「気にするな。妹の八雲君は私が受け持っててね。様子見を兼ねて行かせたのさ」
 絃子は自分の受け持っている八雲の現状を知りたかった。どうするかと思案して
いた所、普段から八雲と仲のいい生徒が様子を見に行くと言ってくれたので、渡り
に船とその生徒に任せることにした。一応、播磨もいるだろうから、上手く使って
やってくれと言付けておいた。幸いなことにその娘は播磨と面識があったので疑念
もなく納得してくれた。
「俺は何も考えちゃいなかった。勢いだけで突っ走っただけだ…」
 絃子は冷蔵庫からビールを取り出して「飲むか?少しは気が晴れるぞ」と尋ねたが
播磨は「いらねぇ」と言って拒否した。 
「まぁ、その辺りをじっくり聞こうか」
 播磨は素直に頷き学校を飛び出した後の事をポツリポツリと語り出した。



325 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:01 ID:XG/ttTVA
 閑散としていた病院の待合室にポツポツと患者が増えてくる、ニュー
スで今年の風邪のウィルスは厄介だと扱っていたのを思い出す。辺りを見
渡すと咳き込んでる人、顔が熱で真っ赤な人、色々な人がいる。
 播磨拳児は椅子に深く腰を降ろし項垂れていた。塚本天満は自宅に着い
て早々に体調が更に悪化していった。自宅に着いて緊張が途切れたとか、
色々な理由が考えられるが正確なことは分からない。
 播磨は天満を抱えて病院まで走った。バイクを使いたかったが、衰弱して
いる天満を後ろに乗せるのは無理と判断し天満を抱えて病院に行くことにし
た、その時はタクシーという選択肢は頭から消えていた。
 幸いな事に午後の診察時間が始まったばかりで、待つことなく天満に診断を
受けさせることができた。播磨は診察が終わるまでの間、備え付けの雑誌や漫
画を読んだりして、時間を潰そうと思ったが、内容は心にまったく入ってこな
い。かえってイライラするので読むのを止めてしまった。
 天満が診察室に入っていって1時間以上が経過していた。便りがないのは
元気な証拠というけれど、今の播磨には天満の現状が一刻も早く知りたかっ
た。時の流れは恐ろしく長かった。
(天満ちゃん、もしかしたらひでぇ病気なのかな…それでもし死んじまったら、
俺は、俺は!)
 待ち時間が経過していく中、播磨の中の不安はドンドン大きくなってい
く。事態を悪い方向に悪い方向にと考えてしまう。播磨は『診察時間が長い
ということは重病なのだ』と考えている



326 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:02 ID:XG/ttTVA
「塚本さんの付き添いの方、塚本さんの付き添いの方、診察室までどうぞ」
 項垂れていた播磨を呼ぶ声がする、播磨はゆっくりと顔をあげる。どんな
現状も受け入れる覚悟をしなくてはならない、足取りは重く診察室に向う。
 診察室に入ると独特の臭いが入ってきて違和感を感じる。播磨は薬の臭い
が嫌いだった。喧嘩で怪我をしてもあまり使ったことはない。
 医師に「座ってください」と言われは椅子に腰を下す。播磨はさっそく
「先生…塚本さんはどうなんですか?」
 サングラスと髭を蓄えた体躯のいい男に詰め寄られ、若い女性の医師は少し
たじろいだ。真剣な播磨の態度は威圧感を放つには充分、本人に到って真剣な
のだが、風貌がそれを感じさせない。播磨は静かに尋ねているのだが、相手に
はドスを含んでいるように聞こえてしまう。
 医師は播磨に落ち着くようにと言ってから、容態の説明を始めた。天満は風
邪でかなり酷い状態だったらしく診察の時間が長かったのは点滴を使ったため
とのこと。だが、点滴はあくまで栄養補給のためであって決して過信してはい
けないこと、暖かくしてちゃんと食事を摂らせて休ませる、薬を出すからしっ
かり飲ませるようにと言われた。
 播磨はそれを聞いて胸をなでおろした。どうやら俺の考えすぎのようだった
と安心する。後は天満を引きとってさっさと退散するにかぎる。



327 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:06 ID:XG/ttTVA
 中年の女性看護士の案内で天満の寝ている部屋に連れていってもらう。診察室
を出て階段を昇って2階へ、一番手前の質素な個室で天満は寝かされていた。す
でに点滴は外されていて後は迎えの来るのを待つだけだったようで。播磨の姿を
確認すると「播磨君、やっぱり待っててくれたんだ」と言って優しく微笑む。無理
をしてるのはすぐに分かった。
(天満ちゃん…無理しやがって、今はそんな時じゃねぇのに気を使わせてんだな
…なんか情けねぇな。俺って) 
 播磨はそんな天満を見て思う、暴漢や変な輩に絡まれているなら己の腕力で助
けることができる。しかし病人の女の子とどうやって接していいかは分からなか
った。できる限りの助けをしようと、とりあえず「歩けるか?」と聞いてみる。 
 天満は上半身を起こして「うん、多分平気だと思う」
 播磨は天満に手を貸して起こしてあげる。本来なら看護士の仕事だが、播磨の
放つ独特の威圧感に気押されて立ち尽くすだけだった、『天満ちゃんは俺が助け
る』播磨の補助で天満は立ちあがってみたものの、足取りは生まれた直後の鹿の
赤ちゃんのようにフラフラっとして今にも倒れそうだった。
「しょうがねぇな」
 播磨は天満の右手を自分の肩にかけさせる。左手で腰の辺りを掴んで倒れない
ように体を支えてあげる。播磨は「もう少し寝ておいた方がいいんじゃねぇか?」
と言ったが首を横に振られて「八雲を家で一人にしておけないの」と言って播磨に
懇願する。
「播磨君、お願い。家まで連れていって」 
 播磨は天満を説得しようと思ったが、天満の目に強い意思を感じ諦めた。


329 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:07 ID:XG/ttTVA
「診察料の払いと薬の受け取りは俺が代わりにやる。塚本はここで待ってな」
 天満を待合室の椅子に座らせてあげる、また人が増えたようで、今回は空の席を
探すのにちょっと骨が折れた。2階からここまで来る僅かな距離でも天満にはとて
も辛かったらしく「座ったら立てなくなっちゃうよ」と拒否したくらいだった。
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。播磨は「怒らせちまったかな?強引だったもん
な」とちょっと不安になっていた、天満は俯いたまま動かない。
 それからまたちょっとして受け付けから「塚本さーん」と呼ばれた。診察費の会計
のために呼び出しのようだ。播磨はこの気まずい状態から脱出できる助け舟と感謝
した。天満に「行ってくるぜ」と告げる。天満は播磨の袖をクイクイっと引っ張って
「ごめんね…播磨君に迷惑ばっかりかけちゃって」普段の声質より低くくぐもっていた。
 会計と薬の受け取りを済ませて、外に出る。播磨は天満に肩を貸し、彼女の歩調に
合わせてゆっくり歩く。
 進んではいるものの牛歩のようでいつ家に到着するかまったく見当がつかなかい。
(天満ちゃん、歩くの辛そうだな。これ以上の無理させねぇためには…)
 播磨は考える、このままのペースで行ったら、彼女の家に着くまでには結構な時
間が掛かる。その間に天満が体調をさらに崩しかねない、ならば自分が背負うなり
して天満を運べば相当な時間の短縮が可能。天満の体力の負担もかからずにまさに
一石二鳥の名案だ。



330 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:08 ID:XG/ttTVA
(でも何て言うかな?ストレートに言っちまうか)
 播磨は天満の前では常にクールで頼れる男でありたいと思っている。だからこそ
「天満ちゃんおぶってあげるよ!」とは口がさけても言えない、どうするかと頭を捻
り始める、テーマはどうやって自分のイメージを下げずに伝えるか?
 名案が浮かばないまま塚本家に向ってさらに歩を進める。風は冷たく寒い。風が通
り抜けるたびに天満の体がフルフルと震える。肩を貸している播磨にもそれが直に伝
わってくる。
 寒さに震えている天満を見かねた播磨は何も言わずに着ていた学ランを脱いで天満
に羽織らせる。天満は「播磨君も風邪ひいちゃうよ」と返そうとしたが「俺は風邪なんか
ひかねぇんだ」と強引に押しきった。
 秋風が播磨の体を突き抜けていく、もう冬も近くて寒さが身に染みてくる。天満には
強がってみせたが、このままでは自分も風邪をひいてしまう。お互いの利益のために有
益な打開策を打ち出す。
「塚本、俺にいい考えがあるんだけどよ」
気だるげに天満は「何?」と播磨に返す 
 ゴクリと唾を飲み一息つく。ごく自然にサラリと言わなくては
「オンブしてやるよ。早く家に帰りてーだろ?」
「ちょ、ちょっと播磨君!何てこと言うの?」
 天満が抗議の声をあげる。播磨は「違う!俺はそんなことは考えてねぇ、信じてくれ!」
と否定する。播磨は顔を真っ赤にしながら納得させるための弁解を口にし始める。



331 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:09 ID:XG/ttTVA
「お前フラフラじゃねぇか?早く家に帰って休まねーと良くならねぇ。このまま歩いたら
時間くっちまうしよ…それに俺も寒いんだ」
 天満は少しの間キョトンしていたが播磨の本音を聞いてクスクスと笑い出した「じゃあ
播磨君に甘えちゃおうかな」と言って
「でも変なこと考えちゃ駄目だよ。播磨君、お猿さんになっちゃうよ」
 念を置いて播磨に釘を刺しておいた。
(お猿?なんのことか分かんねーけど、天満ちゃんを失望させるようなことは考えないぜ。
この播磨拳児、君の期待だけは裏切らねぇ)
「おう!俺はそんなことは微塵も考えちゃないぜ」
 播磨は天満の言動の意味を履き違えたまま力強く答える。両者勘違いをしていることは
気づかないままに。
 播磨は天満を背に乗せて歩き出す。急がなくてはいけない。だがわずかな距離でも播磨は
じっくりとかみ締めしめながら歩く、天満には悪いがこの時間は大切にしたいと思う。   
 しばらくして耳にスゥスゥと寝息が入ってくる。寝てるのか眠ろうとしてるのかは分から
なかったが、播磨は気を遣ってあまり揺れないように歩くことにする。
(天満ちゃん…前より女っぽくなったよな) 
 背中越しからでも天満の成長を感じるとることができた。体は前より柔らかくなったし、
出ている所はでるようになっていた、まだ小さいけれど。
 時の流れを播磨は感じていた。



332 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:14 ID:XG/ttTVA
(天満ちゃんは変わったけど、俺はあの時とあんまり変わってねぇのかもしれねぇな)
 自嘲的に笑う、運命とは皮肉なものである、天満と始めて会った時、そして今の自分
達がおかれている状況が似ていることを。また同じ体験をするとは考えても見なかった。
播磨は天満と出会ったあの日のことを思い出していた。
(あの時の俺は天満ちゃんを物程度にしか思っていなかったんだよな)
 チンピラに絡まれていた天満を助け、自分の血を見て卒倒した天満を背負って家に運
んだことを思い出す。思えば恋の始まりはここからだった。
(俺は天満ちゃんにとっての王子様なのかもしれねぇ、いや…天満ちゃんには変態扱いさ
れちまったか)
 播磨は思う、変態扱いした娘を自分が背負っている。天満ちゃんは俺の正体を知らない。
背徳的な笑みがこぼれる、ニヤニヤしつつも今後の対策を考える。
(これで天満ちゃんを無事に家に連れて帰って…その後は、どうするんだ?天満ちゃんは
まだ動けねぇ、妹さんは寝こんじまったらしいし)
 先程、来たメールの内容を思い出す。もしかしたら天満は八雲の風邪が移ってこうな
ってしまったのかもしれない。その八雲に天満を押しつけるのは無責任極まりない。言
えばやるかもしれないが、それは畜生のすること
 誰かが二人の面倒を見る必要がある。
(俺がやるか?し、しかしだ!)
 播磨は女の子の家にも部屋にも入ったことがない。看病と言う言葉は播磨にとっては
対極の言葉であり、何をしていいか、何をしたらいいのか全く分からない。
 播磨の中で不安がドンドン大きくなっていった。


334 名前:Classical名無しさん :04/11/08 21:15 ID:XG/ttTVA
(できるわけがねぇ…この俺に看病なぞできるわけねぇ)
 高揚して熱くなっていた心は冷水をかけられてしまいすっかり冷めてしまった。先程ま
での幸福感はキレイに吹っ飛び、頭の中は今後の不安で支配される。女神を窮地に置き去
りにはできない。だが、その女神を助ける術を自分は知らない。
(どうする、どうする、どうするんだ!)
 頭の中で押し問答を繰り返すが、明確な答えはでてこない。いい案えが浮かばないまま
塚本家の前に到着してしまった。すっかり途方に暮れてしまった播磨にに救いの手が差し
伸べられる。
 戸を引いて玄関に入る、鍵はかかってなかった。播磨が家にあがろうとすると 
「あら、播磨さん」
 一人は八雲と親しい金髪の娘、失礼だが名前は忘れてしまった。
「やっぱり塚本さんと一緒だったね」 
 もう一人はクラスメイトの女子、確か天満の友達で影の薄い女だった。
2007年04月17日(火) 12:46:45 Modified by ID:EBvjy16zhA




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