IF16・National Culture Day
177 名前:National Culture Day :04/11/03 06:19 ID:j67BUYyY
11月 3日
文化の日(National Culture Day)
1946(昭和21)年、平和と文化を重視した日本国憲法が公布されたことを記念して、
1948(昭和23)年公布・制定の祝日法で「自由と平和を愛し、文化をすすめる」国民の祝日に定められた。
戦前は、明治天皇の誕生日であることから、「明治節」という祝日だった
178 名前:National Culture Day :04/11/03 06:21 ID:j67BUYyY
暇つぶしに持ってきた『毎日が記念日』という文庫本を読むと
なるほど、そういえば今日は文化の日だったな、と思い出す。
毎月の休日が楽しみの学生の頃とくらべ、休みの日が文字通り『休むだけ』の日の社会人と
なってからは、休日が何の日かまでは気にしなくなっていたらしい。そんな自分に、少々驚く。
……というか、そういえば来週末は文化祭ではないか? いやはやボケるにはまだ若いはずなんだが――
季節はすでに秋から冬へと衣替えに忙しらしく、ほんの少し前までは青々とした木々が夏の深緑から
秋の紅葉へと自身の色を変えていた。あと少し経てば。今度は寒くないのかと心配に思うほど自信の衣を
ひらりひらりと落としていくだろう。
あるいは、少し肌寒い11月にせめて少しでもと、我々に陽の光を当ててくれるために、自身が作る影を
減らしてくれているのかもしれない。
刑部絃子がいる場所は、都会よりも秋から冬の進み具合が速い、少々郊外にあるバス亭である。
何ゆえ彼女がこんな場所にいるかというと、休日を利用して高校時代の友人の家を尋ねたためであった。
自分と同い年のはずの彼女は、初々しかった新妻を経て、やはり初々しい母親へとなっていた。
娘を見に来て欲しいといわれたときは、半分冗談かと思ったほどだが、一緒に送られた幸せそうな笑みと
おそらく、彼女の幸せが具現化された小さな命が、彼女の腕の中で気持ち良さそうに眠っている写真を見れば
信じざる得ない。それに、旧友からのお誘いで、祝い事があるならば断る理由もない。
179 名前:National Culture Day :04/11/03 06:23 ID:j67BUYyY
とりあえず、手土産に赤ちゃん用品を持って出かけたのが午前10時、電車とバスを乗り継いで、
家へとたどり着いたのがちょうど太陽が南に昇りきったころだった。
友人との久しぶりの邂逅は、概ね良好だった。ただ、自分の旦那への愚痴と、子育ての大変さを熱く
語られるても、やれやれといった感じである。話してるほうはどうか知らないが、聞いているほうは
壮大な『のろけ話』でしかないわけで、聞いているうちにお腹がいっぱいになってしまう。とはいえ、
不快という感覚は毛ほどもなかったわけではあるのだが。
さて、友人との談話も終わり、夕日が傾くまえに家に着きたいと思っていた絃子は、まだ帰したくない
と言って、せがむ友人をなんとか振りほどき、家から徒歩で20分ほどのバス亭で、時刻表を見ながら
のんびりと文庫本を読んでいたわけである。
ちなみに、彼女が文庫本を読み出してから、駅前行きのバスはすでに3本ほど発車しており、今しがた
4本目のバスの運転手に、自分は乗らないと伝えたばかりである。
まあ、理由としてはありきたりだが、刑部絃子とあろうものがお金が足りなくなってしまったのだ。
確かにどの駅で降りるかとと、どのバスに乗りどこで降りるかは聞いていたが、その料金を聞かなかったのが
彼女の痛恨の一撃だった。まさか、バスの料金だけで四桁いくとはさすがの絃子様も予想だにしていなかった。
それにしても、最大の失敗はご丁寧に電車の切符は往復で買ってしまっていたことだ。駅からなら、
まだどうとでもなったものを。往復切符で特急券を買わなければ、帰りのバス代は払えた計算である。
まあ、今更悔やんでも換金所は遠く離れた場所にあり、そこに行くには切符を換金したお金がいるという
パラドクス。自分自身の力ではどうしょうもないので、絃子はあまり頼りたくはないが、同じ職場で同僚の、
自称カワイイ後輩にメールにて向かいに来てくれるよう頼んだのである。待ち合わせ場所は、分かりやすいように
ここのバス亭にした。
180 名前:National Culture Day :04/11/03 06:24 ID:j67BUYyY
メールを送ってから43分、返信がきてから40分、彼女の家からなら高速を使わなくてもあと30分ほど
でここにたどり着くだろう。
文庫本のページをぱらぱらと捲り、今日が文化の日ということを思い出したのは、そんな時間を持て余した
時だった。
文化の日…ねぇ
となれば、思い出すのは高校時代の文化祭。そして一番ハシャイでだ二年生のとき、個人ではライブを演ったが
クラスでは演劇をした。白雪姫とシンデレラと眠れる森の美女を足して3をかけたような演劇をした記憶がある。
そして、その演劇に自分も主演として、なぜかクラスどころか学年すら違う後輩も主演として出演していた。
言わなくても十分に想像は難くなく、自分はお姫様を助ける王子役で、彼女は助けられ、幸せにされるお姫様。
たしか二人の主演という事で、かなりの観客が集まり、結果としてその年のグランプリになった。そして、男性姿の
自分の写真も飛ぶように売れ、あまつさえ○○年度のミスターコンテストで特別賞を受賞などしてしまった。
あまり思い出したくもなく、また話されたくもない話題であった。やはり、自分の学生時代の思い出などは
コンクリートに固めてどこぞの湾に捨てたほうがいい気がする。まあ、それでも色々と思い出してくる自分の
少々出来のいい頭がうれしいやら悲しいやら。
そして、ある情景が一つ思い浮かんできた……あれは、たしか衣装の仮縫いができた時である。お姫様の
ドレスは、『お姫様!』というイメージそのままを服にしたようなデザインだった。そしてさらに、それを着た
後輩は、彼女自身の風貌、雰囲気のせいもあって、まさに完全無欠のお姫様へと変身した。
一方、自分はえらく男前になっていた。周りからは「カッコいいー」だの「抱いてー」だの、およそ同姓に
言われてもたいして貫禄を受けない黄色い声の雨あられ。まあ、自分でも驚くほど似合っていたので、悪い気は
しなかったが、だからといって嬉しいと感じるのは少し違うだろう、いろいろと、主に女の子として。
181 名前:National Culture Day :04/11/03 06:25 ID:j67BUYyY
まあ、それでれ別段イヤというわけでもなく練習は頑張ったし、若さというか、まさに青い春というか、
それなりにノリノリになっていったのだから、概ね問題は起きなかった。
ただ、そこらへんについて鮮明に思い出として残っていることが二つほどある。
一つは、何度も後輩が『本当にお姫様役を自分でやっていいのか』と聞いてきたことである。こいつは、
自分から他のクラスに遊びに来ておいて、よくぞまあそんなことを、と思ったが。おそらくは、彼女にも
常識とか、それに類似したものが多少はあったのだろう、ということで納得した。
納得はしたのに、イヤに覚えているのが本気で彼女が自分に何度も尋ねて来たからである。それも珍しく
真摯な表情で。
もう一つ、何の気まぐれか、ふと更衣室にポツンと置いてあった、お姫様役の衣装を手に取った。恐ろしく
ふわふわとしたその衣装を、少し自分の体とあわせてみた。そして、鏡の前に立つ。
……驚くほどサイズがあってない。たしか、この衣装はそんなに小さいわけではなく、一般的な女子高生
の身長に合うはずである。しかし、自分の手足や肩幅は、ものの見事に衣装からはみ出している。つまり
自分は『女の子』の着る服が着れないし、来てもおそらく似合わない。分かっていても、ため息が出てしまった。
そして目測ではあるが、多分これを着たらサイズが大きくて余ってしまう部分がありそうである。
腰から下と、両腕の間にあるのふくらみは、自分の持ち物では、おそらく悲しい空洞ができてしまうだろう。
新たなる追い討ちに、なんとなくため息が出るものの、将来に期待することで自分をなぐさめた。
思い出とは、つくづく思い出したくないものばかりを思い出してしまうものである。そして、その例に漏れず
勝手に不機嫌になった絃子は、後輩へと八つ当たりのメールを送った。
182 名前:National Culture Day :04/11/03 06:26 ID:j67BUYyY
Title まだ?
本文:速く来い、こっちは高校時代の文化祭の思い出を思い出して、機嫌が悪い。
よって可及的速やかにやって来ること
Title re:まだ?
本文:予想だと、おそらくもう少しのはずです。
それと、文化祭の思い出って、私がお姫様で、絃子さんが王子様役をしたやつですか?
アハハハ、すいません、私がお姫様役をやっちゃって。ホントは絃子さんがお姫様をやりたかったのに。
……彼女からの返信は、色々と予想外であった。まず『予想では』?『はずです』?
そして、さらに言うならば、その後の内容はどういう意味だ? 自分がお姫様役をやりたかった?
あれだろうか、天然ボケだとは常々思っていたが、ついに天然が取れてボケてしまったのだろうか。
183 名前:National Culture Day :04/11/03 06:37 ID:j67BUYyY
Titl 何を言ってるのかよく分からんぞ
本文:予想とか、はずとかどういう意味だ。それに、別にわたしはお姫様役をやりたかったワケではない
Title re:何を言ってるのかよく分からんぞ
本文:まあ、気にしないでください。とにかくもうすぐですから。
あれー? 私はずっと絃子さんはお姫様を演りたいと思ってると思ってましたよ
だから、私がしちゃっていいのかなー? と
私がお姫様役? しかもやりたかった?
彼女自身も鼻で笑ってしまうようなことである。やれやれ、とそのことを完膚なまでに否定する文章を
入力する。しばらくして間断なく動く指の動きがピタリと止まった。
そういえば……彼女の主演が決まる前までは、確か自分がお姫様役候補だった。まあ、自分で言ったら自慢
で嫌味にしかならないが、クラスの投票でブッチギリの一位票で当選したところまでは覚えている。
そして、彼女が来てからは、あれよあれよと話しが進み、気が付いたらも自分は、もととはまったく逆の役柄で
ある、剣を振りかざし、眠っているお姫様のもとへとはせ参じる王子さま役。
……なんだかさらに思い出してきた、いや、思い出してきてしまったと言うべきか。お姫様役が
半場決まったときに家で、恥ずかしさと、それに比例するかのように、なんとも言えない高揚感を感じた。
それをごまかす為に、布団でぐるぐる丸くなったり、ギターを弾いたりしていた気がする。
……思い出したくなかった、甘酸っぱい青春の一ページというヤツである。その当時の自分の若さに
恥ずかしさと、わずかだが残っていた「女の子」の部分に軽い憧憬と哀愁をが入り混じった、複雑な心境になる。
返信のメールの大部分を削除し、簡潔な内容を送った。別に、どうしてもやりたかったわけじゃない、と
184 名前:National Culture Day :04/11/03 06:38 ID:j67BUYyY
ふう、とため息を出すと、呼応するかのように木枯らしが吹き抜けた。もはや空は夕陽で視界を朱色に染め
はじめ、一刻ごとに夜の闇が気温と共に体温を連れ去りっていく。歩くから、と薄着してたのが災いして、
少々肌寒い。そろそろ本気で向かえの車が来て欲しくなった
腰のポケットから、振動が伝わる。それが待ちわびている後輩からのメールの到着を教えてくれた。
Titl またまた
本文:女の子は、いつだって自分がお姫様で、白馬に乗った王子様がやってくるのを夢見るんですよ。
それは、絃子さんだって同じハズですよ☆
はいはい分かったから、白馬に乗った王子様よりも暖房の効いてる車を速くもってこい、というメールを打つ。
そして、右手が送信ボタンに手がかかった時だった。聞き覚えのあるエンジン音と、やはり聞き覚えのありすぎる
声が聞こえたのは。
「やっと見つけたぞコンチクショーがっ!」
いきなりやって来た、自分のマンションに寄生している居候の従姉が、偉そうにバイクから自分を見ながら
そう叫んだ。あまりの突然の人物と出来事に、目を点にしてしまう絃子。
……なぜ、コイツがこんな所にいる?
185 名前:National Culture Day :04/11/03 06:39 ID:j67BUYyY
当然の疑問であるこの質問を居候に投げかけたところ、なんともトンチンカンな返答だった。
なんでも、彼の携帯電話にこんなメールが来たとのことである。
Titl ピンチだって〜
本文:絃子さんが、××市の○○っていうバス停留所で、キミを待っている!
速く来ないとお仕置きだそうだよ、さびしがってるからはやく迎えに行ってあげてね〜♪
勢いあまって、人の携帯を地面に投げつけて、鉄とプラスチックとその他諸々のゴミにしてしまうところだった。
まあ、なんとかそんな最悪の事態は免れたが、携帯電話の持ち主は、わずかだがミシリと言って自分の携帯が
破壊されそうだったのを見逃さなかったりする。
己の中の葛藤を、無理やり封じ込めて、それでも這い出て来そうなのを上から踏みつけることで、ようやく
絃子は冷静な判断を下した。ここで怒っても仕方がないし、なによりいつまでもここにいるわけにはいかない。
とっとと家に帰ってお風呂に入って、温かいご飯を食べて、暖かいお布団で眠ろうじゃないか。
一方、迎えに来て感謝されるはずである播磨は、まあ、言いたいことも色々あったのだが、賢明にも
というか、あまりにも絃子の発するオーラにビビって、小さな声でグチグチ言うだけであった。
186 名前:National Culture Day :04/11/03 06:42 ID:j67BUYyY
「……ったく、速く乗れよ」
そして、いざ乗らんとした時に絃子はクシャミをひとつ。寒い。そして、この格好でこの気温の中バイクに
乗ったら恐ろしく寒いのではないか? というか、間違いなく冷たい風で凍えてしまう。そこで、解決策として、
運転手が着ている暖かそうなジャケットを説得という名の脅迫と、説明の皮をかぶった理不尽な理論を
駆使して強奪、もとい謙譲してもらうことにした。
しかし、珍しいかな、絃子の作戦は失敗した。しかし、ジャケットは得ることが出来た。
「ホレ、これ着ろよ」
いきなり彼が自分のジャケットを、投げ渡したのだ。いかに彼から衣服を剥ぎ取ろうか算段していた絃子
としては、これはなかなかのカウンターパンチだった。
「……なんだよ、いらねえなら俺が着ていくぞ」
珍しいじゃないか、君にしては、という意味の文章を+300%の嫌味と、気づかれない程度の感謝の気持ちを
込めて、彼の人に投げかけると
「あのな、俺だって寒そうにクシャミされたら、たとえそれが絃子だろうともこれぐらいはする!」
つーか、お前と違っておれは冷血じゃんねえ、というその後の部不相応の発言と『絃子だろうと』の部分に
かなり腹を立てるが、とにもかくにも播磨のジャケットを着ることに成功した。さすがにさっきまで彼が
着ていただけあって、なかなかぬくい。その、大きなサイズのせいか、包み込まれるように感じるジャケット
暖かさのせいだろうか、絃子は上手く反撃が出来ない。仕方がなく、アリガトウとだけ言うと、黙って播磨の
後ろの座席へと座った。
187 名前:National Culture Day :04/11/03 06:44 ID:j67BUYyY
「あ〜クソ寒ぃ、ったく俺がこんな目に…ほんじゃあ行くぞ」
バイクが轟音を立てて疾り出した。播磨の体に晩秋の冷たい風が叩きつけられているのだろう、
本当に寒そうである。まあ、自分のせいだということは間違いないので、仕方がなく、ほんの少しだけ
体を密着させて、両腕で播磨の体をしっかりと抱いてやった。
一瞬、播磨はピクリと反応をしたが別段なにも言わず、相変わらず無茶な運転で、自分のバイクを操り夜の道路を
走らせていく。絃子は体と気持ちを、変な意味ではなくて、それなりに安心できる運転という意味としてだな、
と自分に言ってから、その背中に預けた。そして、そのうち顔を背中にうずめた。本人曰く、寒いから。
道の途中で、駅からの特急券があること思い出す。しばしの思案、数秒の後、絃子はポケットからクシャクシャに
した長方形の厚紙を夜の闇へと投げ捨てた、風が吹いたと思ったら、すでにそれは見えなくなっていた。
突然メールの着信を告げる振動がやってきた、器用にバイクの後ろで内容を見る。
Titl どうですか〜
本文:颯爽とあらわれた、優しい王子様に助けられるお姫様の気分は?
携帯を仕舞い込み、チラリと自分の体を預けている人物に視線を向ける。
後輩が言うところの、颯爽とあらわれて、優しい王子様である
コレが王子様、ねえ…
188 名前:National Culture Day :04/11/03 06:50 ID:j67BUYyY
ちょうど信号で停止する。視線に気づいた播磨が、後ろを向いて、何だよ? と言う。
絃子は、別に、と言ってプイっと横を向く。
眼前の信号は青へと変わり、再びバイクが走り出す。
王子様にしてはヒゲにグラサンで、顔も納得できないし、言葉遣いも悪すぎる
乗ってきたのは白馬どころか、自分があげた中古の単車
というか、助けに来たんじゃなくて、ただ単に迎えに来ただけじゃないのか?
優しさは……それなりにあるようなので、なんとか許せるといったところ
総合評価としては……まあ、激甘の採点でギリギリ、本当にギリギリで及第点にしてやろう
そう播磨を評価すると、自分の顔をポスっと播磨の、いつの間にか自分よりも大きくなっている背中に埋める。
さらに絃子はもう少しだけ、体を密着させる。そうそう、夜風が寒いから。
再び考える
コレが王子様ということに、心の底から納得はいかない、納得はいかないが――
珍しく、邪悪な意思のない笑みを浮かべて、そして小さな声で呟いた。
「まあ、たまにはお姫様というのも………悪くないかな」
目をつぶって、出来損ないで欠陥品の『王子様』に体を任せ、身を預ける。
二人が乗ったバイクは、もうすぐ二人で住んでいるマンションへと着こうとしていた。
fin
2007年04月16日(月) 14:02:38 Modified by ID:Pflr4iBBsw