IF17・Interlude

473 名前:Interlude :04/11/26 01:08 ID:cjn3JOl.
「――まあ、こんなものかな」
 やれやれといった口調でそう呟いて、構えていたライフルを下ろす絃子。ゲームの方は校内で
まだ進行中のようだが、アレを撤退させた時点で自身の役目は終わった、という判断である。
「まったく、なんなんだ」
 晶が仕掛けておいたカメラからの映像や、自らのぞいたスコープの中のその人影は、およそ
出来れば関わり合いにはないたくない、という類のものだった。
 それでも。
「多少は感謝するべきなのか……?」
 したくはないんだけど、と心底嫌そうに天を仰ぐ。けれど、彼女からしてみればきっちり勝負
の出来る相手などそうそういるわけでもなし、昔取ったなんとやら、血が騒がなかったかといわれ
れば嘘になる。
「まだまだ若いのかな、私も」
 意味もなく饒舌になっている自分に一人苦笑してから、陣取っていた屋上からひらりと舞うよう
にして階下の教室へと戻る。
 ――と。
「……待ち伏せ、か。参ったね」
 小さく肩をすくめた絃子の目の前には、先刻まで標的にしていた相手の姿。位置は察知されている
だろうと判断していたが、この短時間に詰められるのは彼女にしても少々予想外の出来事。
「現役には勝てないね、やはり。しかし、それだけの腕の持ち主がしゃしゃり出てくるのはいささか
 どうしたものかと思うんだが?」
「主に尽くすのが執事の役目なりますれば。付け加えておけば、私も既に一線を退いた身、現役など
 とは、とても」


474 名前:Interlude :04/11/26 01:09 ID:cjn3JOl.
 既に目的は達し、勝負をするつもりもなかった絃子は早々に白旗を揚げたが、そこは相手――執事、
と名乗ったからにはそうなのだろう。およそそうは見えないが――も同様だったらしい。返ってきた
のはそんな言葉と慇懃な一礼。
「それじゃますます、だな。ロートルに勝てないんじゃ、私もそろそろ火遊びはやめた方がいいらしい」
「何を仰いますか。このような粗忽な作りの銃器を用いたことを思えば、先の銃撃は見事。照準さえ
 完調なら、一撃で勝負は決していた――違いますかな?」
「――ハン。そういうあんたもその気になれば当てられたんだろう? あそこから。レンジも何も関係
 ないような相手とやるのはこれっきりにしたいもんだね」
 仏頂面の絃子に、これは失礼を、と執事はまたもや深々と一礼。しばらくそれに剣呑な視線を送って
いた彼女だったが、らちのあかない相手、と諦める。
「食えないヤツ、というのはこういうときに使う言葉なんだろうね。……で、一応訊いておくんだが、
 そのけったいな恰好は一体なんなのかな」
 嘆息混じりのその問に、それまできっちりと引き締められていた表情が、
「お聞きになりたい、と?」
 にやり、と動いた。
「……いや、いい。どうにも寝覚めが悪くなりそうだ」
「それはそれは」


475 名前:Interlude :04/11/26 01:09 ID:cjn3JOl.
 心の底からげんなりしつつ、『執事』というもののをイメージをあらめる必要があるのかもしれない、
そう思いつつも、それじゃ帰らせてもらうよ、と歩き出す絃子。
「あんたもさっさと帰るんだな。ここに大人の出る幕はないよ」
 すれ違いざまに言い残した彼女に、背後から声がかかる。
「――中村、と申します」
「……刑部、だ。だが――」
 足を止めて答える絃子。
 そして次の瞬間。
「――覚えてもらう必要はない」
 予備動作なしに引き抜いた拳銃を、振り向きざまに突きつける――
「……ふん」
 ――が、既にそこには人の気配など微塵もない、月光に照らされる空間が広がっているのみ。
「やれやれ、だ」
 その日もう幾度目になろうかという溜息をついて、今度こそ歩き出す絃子。古びた木造校舎の床板を、
一度たりとも鳴らすことのないその足取りは、ほどなくして屋外へと至る。そこにあるのは、そろそろと
晩秋を感じさせる夜の空気、そして新校舎を見下ろして空に浮かぶ見事な月の姿。
「これが見られただけでも満足するべき、か」
 ゲームの方は終わりを迎えたか、はたまた膠着状態下、ぽつりと彼女が呟いた、そんな声以外には物音
一つ聞こえてこない。
「ま、若いうちは楽しむものだよ、なんだってね」
 ちらりと校舎を見上げ、誰に向けるわけでもない、あるいは誰もに向けた、そんな言葉を残し、再び
ゆっくりと歩き出す絃子。
 銀色の月だけが、その姿を見下ろしていた――
2007年05月31日(木) 00:59:23 Modified by ID:Q0jlQ7pRPw




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