IF17・Love Survivor 前編

151 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:05 ID:R2BqtztQ
「ん〜、最っ高!」
 一つ、大きく伸びをする。
 少しひんやりとした秋の風は、気力を根こそぎ奪い取っていった夏のそれと比べ、格段に心地良い。
「夏は暑すぎるほうが良いわね。秋の恩恵を存分に味わえるって感じ?」
 先頭を歩いていた愛理は、振り返りながら言った。
「ったく、はしゃぎすぎだっつーの」
「あら、せっかく遠出したんだから、楽しまなきゃソンでしょ? ねえ、天満」
 肩をすくめて見せる美琴を尻目に、あっちに行ったりこっちを見たり、愛理と同じく秋の山道を満喫している天満に振る。
「そうだよー、美琴ちゃん」
「ああ、そうだな。楽しむべきだよな。私だって楽しみたいけど……」
 背後に異質な気配を感じ、タイミングを合わせて裏拳を一つ。見事に顔面を捕らえた手の甲から、
飛びついてきた今鳥恭介が崩れ落ちていった。
「何でこいつがいるんだ!」
「……花井君を引っ張って来たのは美琴さん」
「そ、それはそうだがな、高野。私が誘ったのはアイツが元気になればと思って、
 ……とにかく、播磨はともかく、こいつがいるとおちおち安心していられないんだよ!」



152 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:10 ID:R2BqtztQ
 彼女たちは、連休を利用して秋の紅葉を楽しみに来ていた。メンバーはいつもの四人に、気分転換にと美琴が連れてきた花井。
本当は来るはずだった八雲のためにと、これまた天満が誘った播磨。そして、誰も誘っていないのに、お約束のようにここにいる今鳥。
要するに、いつぞやキャンプに行ったときのメンバーから、八雲を除いた面子である。
 文化祭を前に、本来ならば休日返上で準備に追われていてもおかしくは無い時期であったが、如何せん二年C組は準備以前の問題、
つまり出し物の内容を決める段階で延々と議論を繰り返していた。そのため、わざわざ休日に招集をかける必要も無く、それならば
空いた時間を有効に使おうと、旅行を発案したのが愛理だった。
 愛理自身、数週後に迫るイベントへの不安が無いわけではない。しかし、晶曰く「うちのクラスは追い込まれた方が底力が出るんだよ」
との言は妙な説得力があった。それに、何か考えがあるらしい晶の不敵な笑みを見ていると、平行線を辿る出し物の決定についても、
水掛け論が終わるのももうすぐかな、と思ってしまうのも事実である。
 
――だったら、もっと思い出を詰め込みたい。
 愛理は渇望していた。自分の生誕のルーツの半分を占めながらも、近くて遠かった国。遠い英国の大地に立ちながら、
憧憬の念を抱かずにはいられなかった日本にやってきて初めて出来た、自らの全てを預けることが出来る大切な人たち。
そして、彼女たちと過ごす、舞い上がってしまいそうなほど楽しい時間を。



153 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:14 ID:R2BqtztQ
「……ったくよー」
私は今鳥のサービス係じゃないんだぞ、と独りごちる美琴の肩をポンと叩くと、愛理は僅かに歩むスピードを緩めた。
周りを歩く友人たちに気付かれないように、最小限の首の動きで最後尾に目を向ける。
視界の端が一人の男の姿を捉える所まで回転すると、半ば反射的に戻してしまった。

愛理の心を浮つかせる存在はもう一つ、その男が参加していることにもあった。

――播磨拳児
少し近づいてみようと決心したのは体育祭の頃だったか。多くの男性と接してきた中で、形成されかけていた男性観を、
見事に壊してくれた男。普段は本当にバカで、何を考えているか分からなくて……それでも、たまに見せてくれる見返りを
全く求めない優しさがなんだかくすぐったくて、気が付くと、まるで網膜自体が意識を持っているかのように、探してしまう。

これが「好き」という感情なのか。愛理は答えを見出せないでいた。



154 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:19 ID:R2BqtztQ
 ――塚本八雲と付き合っている。自分が流したような噂は、既に事実として学内の公然としたもの
にまで昇華されている。今にして思えば、きっかけは些細なことだったのかもしれない。しかし、
想いに翻弄された経験が乏しい愛理にとって、一歩を踏み出そうとした矢先に遭遇してしまった
八雲がジャージの名札を縫い直している場面は、彼女のプライドを、自らが望まない方向へと
刺激するのには十分だった。

 ……後悔は、していないといったらウソになるわね……
 最近では満足に話も出来ていない。
 
 一歩先に進むために、愛理は今回の旅行に播磨を誘うかどうか、非常に迷った。結果として
自身が誘うことは出来なかったが、天満の報告を聞いて、素直に喜ぶことが出来たのは、
彼女自身も驚く変化であったと言って良い。勿論、そんなことをおくびにも出す愛理ではなかったが。
 播磨が参加した理由に八雲の存在があるだろうことは、愛理の心を少し震わせずにはいられない。
しかしとにかく、妙な場所に迷い込んでしまったらしい心の出口を模索するためには絶好の機会であると、
愛理は考えていた。
 
 ……問題は一つ。アイツに、いつもの覇気が感じられないことだけ。



155 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:24 ID:R2BqtztQ
 本当に楽しそうにはしゃぐ女性陣プラス一名の後方で、同じように足元を見つめながら歩く男が二人。
肩を並べて歩くという表現が似つかわしいほど接近しながら、一言も口を利かず、黙々と歩き続ける姿は異様である。
 播磨拳児と花井春樹。お互いに強引に連れてこられたクチとはいえ、元来お祭り好きで仕切り屋の花井と、
天満絡みの事柄にはとことん没頭する播磨が、ただ静かに歩いているだけというのは、実に不自然極まりない。

「播磨……」
 本当に久方ぶりに花井が口を開く。
「何だよ?」
「折角の機会だ。満足のいく説明をしてもらうぞ」
「だからそれがワケわかんねーんだって」
播磨はかぶりを振る。
「まだ逃げるのか? 八雲君とのことだ」
「なっ、だからそれはただ手伝いをしてもらってるだけで……」
「何のだ?」
「……」
「言えないのか。やはりウソなんだな」
 花井はそう言うと立ち止まり、播磨の目を睨んだ。
「やましいことがあるから言えないのだろう? お前は本当は八雲君のことをどう思っているんだ?」
 
 




156 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:26 ID:R2BqtztQ
 播磨は考える。ここまで噂が広がってしまったのは、面倒くさがって否定を怠った自分の責任である。
あまつさえ、自らの独善によって、それからも半ば強引に妹さんを付き合わせてしまった。口には出さないが、
迷惑しているかもしれない。

「……そろそろ潮時かもな」
 思わず口にしたその言葉を、花井は聞き漏らさなかった。
「潮時だと? 貴様、やはり遊びだったんだな!」
 憤怒の形相で胸倉を掴んでくる花井。播磨は何のことか分からず、思わず振り払うと反射的に構えを取った。
 一触即発の、危険な空気が流れる。

「おーい、何やってんだ。もう帰るぞ!」
 遠くから、大分離されてしまった二人を促す声が届く。
 それによって、張り詰めていた緊張感はあっさりと拭われた。
「ふん、まあいい。逃げられやしないからな」
 そう言って先に歩き出す花井。その後姿を見ながら播磨は、思わず呟いた。
「馬鹿野郎。俺だって悩んでんだよ」

 ふと、脳裏によぎる一人の笑顔。いつしかそれは、嘗て播磨が不変のものだろうと予想していた人物とは別の顔になっていた。 




157 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:29 ID:R2BqtztQ
 誤解。人が社会的な関係の中で生きていく上で、必ず幾度かはおとずれる局面。何もせずとも自然と解ける誤解もあれば、
ずるずると深みに嵌っていくものもある。
 播磨拳児が直面しているものは、明らかに後者である。
 元来の周りの目を気にしない性格と、所詮噂だと思って軽視し、誤解を解く努力をしなかったことから、八雲との関係を
否定するタイミングを逸してしまった。

「妹さんも迷惑してるだろうな……」
 最初はただ、想い人である塚本天満に誤解を解き、あわよくば自分の本心を伝えたい。その一心で、外野の声は無視していた。
しかし、頭を冷やしたとき、自分がどれだけ己のことしか考えていなかったか。一番の被害者である八雲の人格が、
自分などと付き合っているという噂を流されたことによって、どれだけ汚されているかを考えるに至った。
本当に慙愧の念に耐えない。
 
 播磨が以前には考えられない思慮を行うようになった変化は、自身の想いに揺らぎを感じたことに端を発する。
 想いを疑わず、天満だけを追いかけてきた日々。それが間違いだとも、無駄であったとも思わない。
ただ、他の女性と親しくなって初めて気付いた彼女たちの魅力が、天満に対する想いを薄れさせているのは事実である。
 
 ……俺は、簡単に心変わりしちまうような、薄っぺらいヤローだったのかよ……
 播磨は悩んでいた。



158 名前:Classical名無しさん :04/11/19 11:30 ID:guiOlORc
支援?



159 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:34 ID:R2BqtztQ
「げ。何だよ。ムチャクチャ部屋遠いじゃん。階も違うし」
 今鳥があからさまに不満気な声を上げる。
 半日かけて山道を踏破し、予約した宿に着いたときには、午後六時を回っていた。
 宿は二階建ての旅館。観光客がそれほど多くない穴場だからか、ホテルと呼べるほどの
立派なものではない。しかし、昔ながらの家屋を思わせるその佇まいは、豊かな自然の
景観を損なうことは勿論無く、寧ろ、旅行の実感をより強固なものにするためには最適だった。

「お前の近くでおちおち眠れるか!」
美琴が声を荒げる。
「つまんねーよ。あ、そうだ、くじで部屋割りしようぜ」
「却下」
「ミコチンかてーよ」
「ミコチンゆうな! ……どうせ海のときみたいに何か企んでるくせによ」
「……ひょっとして、あん時起きてた?」
 



160 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:37 ID:R2BqtztQ
 食事を終え、各々が部屋に引き上げようとしていた。
 傍から見れば夫婦漫才のようなやり取りを横目に、愛理は思案する。

 ――とりあえず、事実を確かめてからよね。アイツと八雲が本当に付き合ってるんだったら、
   私がどうこう言う問題じゃないんだし――

「えーと、播磨君?」
 意を決して話しかける。
 振り向いた播磨の顔を見るやいなや、愛理の頭の中は意図せずに真っ白に塗りつぶされてしまった。
 しどろもどろになる愛理に、怪訝そうな表情で播磨が返す。
「……変な奴だな。用が無いなら行くぞ」
 そう言うと、荷物を抱えてさっさと階段を上っていってしまう。
「あ……」
 追いかけるように伸ばされた手が空中で静止する。思わず愛理は、ため息を吐いた。

――避けられてるのかしら――
 無理も無いわね、と自嘲気味に呟く。意図したことにせよ、そうでないにせよ、今まで自分が彼に対して
したことを思い出すと、中々酷いものもある。

 愛理は、播磨が視界から消えた後も、階段をじっと見つめていた。



161 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 11:40 ID:R2BqtztQ
 思考の渦に意識が飲まれている間というのは、何故こんなにも早く過ぎ去るのだろう。
時計の短針が目盛り二つ分進んでいるのを、信じられない気持ちで見詰めた。
「何だよ。言い出しっぺが元気ないんじゃ、本末転倒だ」
 部屋の隅で呆けた表情をしている愛理を見かねて、美琴が声を掛けた。
「……ちょっと考え事をね」
「ふーん」
 飲みなよ、と差し出された烏龍茶を受け取りながら、愛理は視線を外す。
「播磨のことか?」
「なっ……」
 突然核心を突いてきた美琴の言葉を、受け流す余裕は無かった。
「隠していたつもりだったのか?」
 何か言おうとするものの、言葉にならない。金魚のようにパクパクと口を動かしていたものの、
やがて愛理は俯いてしまった。

「……分かんないのよ」
 正直な告白。隠匿も、誇張もしていない、愛理自身の偽らざる本音。
 そっか。美琴はそう言うと、黙ってコップのジュースを煽った。
 決して不快ではないが、ただ永遠に終わらないように思えてしまう沈黙が続く。



162 名前:Classical名無しさん :04/11/19 11:53 ID:3Za8UEew
shien


163 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:04 ID:NwNTdeig
「後悔は何も生まないわ」
「晶……」
声の発せられた方向を探す。部屋の対面で、窓から外を眺めていた晶が、振り向きもせずに言った。
「自分の気持ちに気付いていない振りをするのは簡単よ。一番楽で、傷つかないもの。だけど愛理、
あなたはもう、分かっているんじゃないの?」
 
どうして私の友達は皆、背中を押そうとするのだろう。
 愛理は思わず苦笑する。
「まだ分かっていないわ。……確かめるのが怖いだけ」
晶は分かっているんじゃないかと訊く。自身もそう思わないことも無い。けれども、
口をつくのは素直になりきれない否定の言葉。
否。否定ではない。迷っているのだ。この想いを認めてしまって良いものか。出口を目の前にしながら、
嘗て一度も抱いたことの無い感情を受け入れることを拒み、また、想いを拒まれることを恐れている。

出口は、はっきりと見えている。

「らしくないな。私の知ってる沢近愛理は、怖いなんて台詞を吐かないと思ったけど」
美琴の笑顔が、心に染み渡る。



164 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:06 ID:NwNTdeig
「そうね」
逃げて、答えを先延ばしにしているのでは、何も変わらない。失うことを恐れるよりも、先に進もうと決意したのは自分ではなかったか。

「ちょっと出てくる」
愛理は立ち上がった。上着を羽織り、ドアのノブに手をかける。
「頑張れよ」
「勘違いしないで」
背後から掛けられた美琴の言葉に、少し過剰に反応する。
「考えを纏めるために、少し風に当たってくるだけよ」

そう言い残すと、愛理はするりと部屋を後にした。

「ねえ、愛理ちゃん顔真っ赤だったよ」
電話を掛けに外に出ていた天満が、すれ違いに出て行った愛理の表情をいぶかしんだ。
 それを聞いて、美琴と晶はわが意を得たりと顔を合わせる。
 ただ一人事情の分からない天満には、納得のいかない光景だった。
 
 と、僅かに感じる違和感に、天満が眉を寄せた。
「あれ、何か変な匂いしない?」



165 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:09 ID:NwNTdeig
見えないものは遷ろいやすく、形あるものはやがて壊れていく。
 嘗て誰かが、こんな言葉を残した。
 しかし、播磨はそうは思わない。例えば人の思いのような、実体のはっきりしないものは、それが必死なものであればあるほどに、
より強固になっていくものだと確信している。決して、儚いものなどではない。
 
 塚本天満に抱いていた想い。現在進行形なのか、そうでないのか。
 彼自身のアイデンティティ、つまりは男の生き様と呼ばれるようなモノからすれば、長きに渡り思い続けていた女性から簡単に
移り気をすることは、あってはならないことだった。
 ……それだけに、播磨は自身の内面の変化に戸惑い、また、苦しみに焼かれる。
 ふと、飲み干したまま空になっているグラスを掲げる。
 淡い光に反射されて朧気に映る自らの顔は、これが自分かと疑ってしまうほどに、弱々しく、頼りない。まるで執行を待つ
死刑囚のようだと、彼は思った。
 
 漫画を手伝ってくれる八雲の整った横顔。包み込んでくれるかのような、姉ヶ崎の優しさ。はじけるような、天満の笑顔。
 胸に去来する数々の表情は、その全てが美しく、故に播磨を更なる自己嫌悪の深みへと追いやる。
 
 そして、全ての映像が消え去った後……
「お嬢……」
 脳裏に浮かんだのは、艶やかな金髪を翻し、小悪魔という表現がいかにも相応しい表情で彼を見つめる、小憎らしいはずの彼女の微笑だった。



166 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:12 ID:NwNTdeig
「お前がな……」
 どのくらいぶりだろう。慣れてしまった沈黙を破って発せられた声に、播磨の意識が急激に現実味を帯びる。

「お前が本気で八雲君を好きだとして……また、八雲君もお前のことを好きだとしたら、だ」
 花井が播磨の目を見ずに零す。
「例え僕がお前よりも彼女を愛している自信があったとしても……何も言わない、と思う」
 語る花井の表情は険しく、また、触れれば切れてしまいそうなほど、鋭い。
「だが、お前は答えをはぐらかす。……本気で彼女のことを愛しているのであれば、胸を張って言えることなんじゃ
 ないのか?」
 
 愛するという意味を、播磨はいまいち理解しきれていない。確かに、焦がされるような恋慕の情は理解できる。
しかし、愛という言葉を用いるには、何かが、分からないけれども何かが、足りないような気がしていた。

「考え方がかてーんだよな。花井はさ」
「む、どういうことだ?」
 布団に横になりながら携帯ゲームをいじっていた今鳥が、そのままの姿勢で口を挟む。
「恋愛なんて、遊びだろ? 想いの強さだとか、考えるだけ馬鹿らしいって」
「遊び人らしい意見だな、今鳥」
花井がにべも無く言う。



167 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:16 ID:NwNTdeig
「違ーよ。……なんつーのかさ、そもそも播磨に当たること自体がおかしくね?」
「……どういうことだ?」
 恋愛はゲーム。花井の考え方を根幹から覆す発言に、思わず語気に怒りの色がこもる。
「自分のカッコ良さだとか、そういうステイタスやレベルを上げてくの。んで、最終的に難攻不落のお姫様を攻め落として、ゲームクリアってワケ」
花井は怪訝そうに今鳥を見やる。
「俺に言わせれば、自分の魅力を高めようともしないで、ヒゲに責任転嫁してるだけにしか見えないね」
 まあ、恋愛観なんて人それぞれだけどよー、と頭を掻きながら言う。
 
 今鳥の言葉は、少なからず花井に衝撃を与えた。自分の努力が足りない。考えたことも無かった。
しかし思い起こせば、自分の想いが伝わらないことに苛立つことはあったにせよ、それを鑑みて、
欠点を見つめなおし、改善しようとした記憶は無い。自分に足りないものがあるとも思わず、
ただ、何故彼女が振り向いてくれないのか、憤ることしかしてこなかった。

「お前は……本当に、付き合うとイメージが変わるタイプだな」
今鳥の指摘を受け入れた、花井の本心からくる言葉だった。



168 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:18 ID:NwNTdeig
 ――恋愛観はひとそれぞれ、か――

 播磨は思う。だったら、頑なに信念を守り続けなくても良いという選択肢もあるのだろうか。己の美学を貫徹することが
間違っているとは思わない。しかし、それに固執するあまり、自分の本当の気持ちを殺してしまうのでは、意味が無い。

 ふと、思い起こす。髭を剃られ、挙句に髪まで剃られ。ただ疎ましいだけでしかなかった存在。何時からだろう、
凛とした彼女の強さの中に垣間見える、脆さに、儚さに惹かれていったのは。
 ……決定的だったのは、あん時だよな……
 それは偶然の邂逅。接触したのが彼女の乗る車だったという、余りに馬鹿馬鹿しい喜劇。
 そして、一億分の一の奇跡。
 
 車内に運び込まれ、寝た振りを決め込んでいた。
「寝ているの……?」
 鮮やかに彩られた瀟洒なドレスより、鼻腔を優しく刺激する仄かな甘い香りより……何よりも、少し潤んだ大きな瞳が、
播磨の心を揺さぶった。
 体育祭以降、疎遠になってしまった彼女への想い。自身が気付いていなかった、いや、認めようとしなかった想いが、
その一瞬の邂逅で、溢れた。
 サングラスに触れようとした彼女の指先の感触が、今も播磨には鮮明に残る。



169 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:21 ID:NwNTdeig
 そこで、はっきりと気付く。自らの内に根付く想いが誰に向けられているのかを。
 ずっと追いかけてきた想い人の面影は、そこにはない。
 もう、逃げるべきではないのだろう。己の気持ちから。嘗ての想いへの離別から。
 頑なに否定をすることは容易い。しかしそれは、決して幸せなことではないと思う。
 ……答えは、見えた。

「メガネよぉ」
「む、何だ?」
「少し待ってくんねーか。……やっぱ、こういうのは最初に本人に言うべきだろ」
 播磨の言葉に、花井の表情が柔和になる。
「そうか……八雲君も喜ぶだろう」
「妹さんか……そのことも含めてだな。とにかく、後で説明はするからよ」
 怪訝な表情を浮かべる花井。しかし播磨は敢えて皆まで言わず、満足そうに言葉を切った。



170 名前:Love Surviver 前編 :04/11/19 12:23 ID:NwNTdeig
 恐らく、自分は感謝をしているのだろう。五月蝿いぐらいに背中を突かれないと、自分ひとりではこの結論に辿り着くことは
出来なかった。
 ――人は繋がりが無ければ生きてはいけないのだよ、拳児クン――
 荒んでいた自分に向けられた絃子の言葉が、今なら分かる気がする。

「なあ、知ってるか?」
 思わず口をついた言葉。
「俺は、前まではずっと、天満ちゃんに惚れてたんだぜ」
 他人に素直に話したこと、それ以上に、天満への想いを「過去形」として紡ぐことが出来た事実が、播磨の葛藤を緩やかに溶かしていった。


「なあ……」
ひとしきり騒いだ後、今鳥が周りを見回しながら顔をしかめる。
「何か、変な匂いしなくね?」



171 名前:雪豹 :04/11/19 12:26 ID:NwNTdeig
 ということで、微妙なところでの引きですが、前編はここまで。
 後編はそんなにかからずに投稿できると思います。

 支援をしてくれた方々、ありがとうございました。
2007年05月31日(木) 00:48:45 Modified by ID:Q0jlQ7pRPw




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