IF19・おにぎり狂想曲


466 :おにぎり狂想曲 :05/02/06 09:39 ID:ICqMgq6c


 天満たちがが文化祭準備にために学校に泊り込んだ日の翌日
「八雲 たっだいま〜」
 準備のためのお泊りから帰ってみると、居間で眠りこけている八雲の姿があった。その隣には伊織の姿もある。
「…う うん……あ、姉さん。お帰りなさい」
「八雲また寝てたの? 温かくしてないと風邪ひくよー」

 なーお と八雲の代わりに返事を返す伊織。
 まだ目を擦り眠そうな雰囲気の八雲にそう声をかけると、天満は荷物もって二階へ上がっていった。

「うん。ありがとう姉さん」

 私服に着替えた天満が再び二階から降りてくる。時間はすでに六時を回り、普段の塚本家ならすでに八雲が
夕飯の準備を終えているころであるのだが、さっきまで夢の中だった八雲はこれから準備に取り掛かろうと台所
に立ったところだった。
「あ…ごめん姉さん。お夕飯の準備、今からなんだ」
「え〜 そうなの? そうだ!! 今日はお姉ちゃんが作るよ!」
「え? またカレーライス?」
「ううん 昨日ね、夕飯にみんなでおにぎり作ったんだ〜 だから今日は八雲にもおにぎりを作ってあげる」

 突然の姉の申し出。当惑する八雲をよそに、天満はすでにエプロンを身につけつつ八雲を台所から追い出そうとする。

「でも……」
「もー 大丈夫だって心配性だな八雲は。お姉ちゃんだってそれぐらいできるよ。それに味は播磨君のお墨付きだもん」
「え…播磨さんが?」
「うん。美味しいって言って全部食べてくれたよ。だから八雲も安心して ね?」

 姉の料理の腕は熟知している八雲だが、ここ最近の彼女の努力(おもにカレーオンリーだが)と何より播磨という
第三者が認めているのなら大丈夫かもしれないと、この申し出を了承することにした。



467 :おにぎり狂想曲 :05/02/06 09:41 ID:ICqMgq6c


「そうだったの…… うん分かった、じゃあお願いするね」
(みんなで作ったって言ってたし、いくら姉さんでもおにぎりぐらいなら…… それに播磨さんも食べたって言ってたし)
「うんうん お姉ちゃんに任せなさい! じゃ、八雲は居間でテレビでも見ててね」

 天満に台所から締め出されかれこれ一時間経とうとしていた。その間も何度か悲鳴らしき声が聞こえてきては
様子を見に行こうとするが、天満の大丈夫という言葉を信じて居間から出ることはなかった。どうやったらご飯を
炊くだけで悲鳴が出るのかずっと考えてはいたが…。

(……任せるって言ったけど、大丈夫かな。さっきから変な悲鳴が聞こえたりしてたけど…)
(大丈夫だよね…… 播磨さんも美味しいって言ってたぐらいだし)

 どちらかと言えば姉への信頼より、播磨への信頼に支えられ八雲はこの一時間を耐えた。やがて居間に戻ってきた
天満の両手の皿には、おにぎりらしい白と黒のコントラストに赤いポイント、そして明らかにおにぎりらしくない四角い
オブジェが積まれていた。。

「おっ待たせー! さあ出来たぞ八雲。召し上がれ」
「あの…姉さん、この形は?」
「え? 四角だけど?」
「…………そう」

 至極もっともな質問なのだが、それが何か? と素で返される。
 まあ、奇抜な形に関しては姉らしいセンスとこの際割り切り、その中のひとつにゆっくり手を伸ばし……止まる。

(なんでだろう……なんかこれだけは食べちゃいけない気が…… そういえば伊織もいつの間にかいなくなってるし)



468 :おにぎり狂想曲 :05/02/06 09:43 ID:ICqMgq6c


「姉さん その……味見とか…した?」
「ううん? だって八雲の分が減っちゃうでしょ? それに播磨くんが美味しいって言ってたし、八雲だって彼氏が
言ってたんだから安心できるでしょ」
「姉さんそれは……」
「ほらほら早く食べて。冷めちゃったら美味しくないぞ」
「う うん」

 姉の周囲からは、播磨を陥落させたあの「たべてたべてオーラ」が、そして背後に浮かぶ心の声がそれに同調する。

 そうだ、これは播磨さんも食べているはずだ、大丈夫、大丈夫――と警告を発する本能を押さえ込む。それをひとつ
手に取り、おそるおそる口に運ぶ……

 ハグッ

 ………………ブラックアウト

≪ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!≫

 一瞬で覚醒したかと思うと、なぜかその意識はどことも知れない火山のど真ん中に居た。黒い噴煙と赤い溶岩流が
噴き出し、閃光と灼熱が世界を埋め尽くす。

「――!!……$%&@=¥〜〜〜〜!!!」

 発声方法をも忘却の彼方へ吹き飛ばすような衝撃が全身を駆け巡り、全身の汗腺という汗腺から流れ出していくようだ。

「播磨君ってば、汗まで流しながら食べてくれたんだよ。あんなに一生懸命に食べてもらったのって初めてだったから
うれしくなっちゃって。八雲は良い彼を持って幸せ者だね」
「そ……そう」



469 :おにぎり狂想曲 :05/02/06 09:45 ID:ICqMgq6c


 ああ、播磨さんもこんな気分だったんだなと、微妙にずれたことを考えながら、それでも必死に租借を繰り返し飲み込む。

「最後は涙まで流して喜んでくれたんだー。うーんほんとは烏丸君に食べてほしかったんだけど、結局誰も食べてくれな
かったんだよねー」
(それって 多分……)

 泣いたんですね播磨さん。心の中でそっと播磨に憐憫と尊敬の念を送る。おそらくほかの人たちは本能的に避けたのだろうが。

「でも播磨君が残さず食べてくれたおかげでお米が無駄にならなくて良かった♪」
(播磨さん…そんなに姉さんを気遣って……。やっぱり播磨さんは姉さんを………)

 八雲の心の底に沸き起こる不思議な感情。姉を思ってくれていることへの感謝と、それと反するようなモヤモヤした気持ち……
 そのモヤモヤの気持ちを探る間もなく、天満が次のおにぎりを差し出してくる。
「ほら、まだ残ってるよ。私のことはいいからからどんどん食べてね」
「え……えっと………(汗)」

(ごめんなさい播磨さん……今だけは播磨さんを恨みます)

 その後薄れ行く意識の中で八雲は、もう一度播磨におにぎりを作ってあげようと、考えていたとかいなかったとか。

おわり
2010年11月17日(水) 00:29:23 Modified by ID:/AHkjZedow




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