IF19・晶の誕生日


247 :晶の誕生日 :05/01/29 15:09 ID:kf0QthlE

 なんでもない日常、普段どおりの学校生活。申し分ない昨日と同じ一日……特に何か特
別な用事があるというわけでも無し。しかし……。
「……」
 授業の要点をノートにまとめながら、わずかに首をひねる。おかしい……何か、何か忘
れている気がする。
 キーンコーンカーンコーン
なんとも間延びしたチャイムが思考を中断させる。まぁ、考えても思い出せないモノは思
い出せないもので。ならばたいした事ではないんだろう、と未だ終わらない授業に神経を
集中させる事にした……。
 昼休みもそろそろ終わろうかという頃、未だ妙なわだかまりは消えない。気にしないこ
とにはしているが、やはり何か気になる。
「こういうのって、はがゆい」
ついに言葉になって口を出る。途端に、六つの瞳がこちらを向く。
「どうしたのよ、さっきから」
金髪のツインテールを揺らしながら、古株の友人がいぶかしむように眉をひそめる。他の
二人も、同意するように首を細かく縦に振った。
「いや、何がなんだかわからないからなんだかなぁ、という感じ」
出来の悪い早口言葉のような回答に、三人は訳がわからない、と言ったようにお互いの顔
を見合わせた。そんな友人達を見ながら、体重をちゃちな背もたれに押し付ける。
「何か忘れてるような気がするんだけど、何を忘れているか、が思い出せないのよね」
瞼を降ろし、溜息一つ。納得したような相槌が帰ってくる。
「けど、良くわかったね」
表情には、出していないつもりだったのに……。
「まあ、なんとなく、ね」
そう言って、友人達は笑った。良い友達を、持ったと思う。
「まぁ、思い出せないなら、たいした事じゃないよ」


248 :晶の誕生日 :05/01/29 15:10 ID:kf0QthlE

そう言って、笑う。ほんの少しだけだけど。
 それからすぐに予鈴が鳴って、各々席に戻っていく。そのまま午後の授業も終わり、場
面は放課後。
「よう高野、思い出したか?」
ぱん、背を叩かれ、一歩前に踏み出すと、大して痛くも無い背中をさする。
「ムリ」
まぁ、そのうちきっと思い出すよ、なんて話をしながら、帰途に着く。
 本当は思い出したんだけど……いまさら、ね。
そのまま、たわいない雑談に変わり、帰途につく……けれど。
「あ、ゴメン忘れ物した」
唐突に、足を止める。
「あら、珍しいわね」
「待ってようか?」
「いや、いいよ。」
 うそではない、けれども、別に忘れたら困るというものでもない。ただ少し一人で歩き
たかった。
「誕生日、か」
やけにあっさりと人の引いた静かな廊下を歩きながら、ぽつり、呟く。自分で自分の誕生
日を忘れるなんて。まあ、覚えていたからといって何かが変わるわけじゃ無いのだろうけ
ど、なんだか凄く損をしたような気分だ。
「……」
と、前方から歩いてくる長身の男に目が留まる。いつも笑いを提供してくれるサングラス
の彼。
「彼でいいか……」
校内でも評判の不良?の正面までやや大またに歩いて行き、足を止める。進路をふさがれ
た男は、戸惑うかのように、半歩下がった。


249 :晶の誕生日 :05/01/29 15:12 ID:kf0QthlE

「なんだよ」
「……今日、誕生日なのよ」
「……」
「……」
そのまま、二人とも一切動かない。彼は戸惑っているのだろう、当然だ。
「……オメデトウ」
「ありがとう」
 なんともおざなりな祝福の言葉に、満足そうに頷くと、颯爽と、唖然と立ちすくむ播磨
の脇をすり抜けていく。しばらく、背中に視線を感じていたが、振り返らない。そのまま
教室に入っていく。これで、一応の体裁は整った。来年は、友人たちや後輩に祝福すいて
もらおう。そんなことを考えて、わずかに頬を緩ませた。
  • 了-
2010年11月16日(火) 23:57:26 Modified by ID:/AHkjZedow




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