IF19・真っ白のアルバム
839 名前:アキ ◆cCHARES0Tg [sage] 投稿日:05/02/21 17:16 ID:aYrRqdbw
がちゃり、と音を立てて鍵を回す。緊張する自分を抑えながら、ゆっくりとノブを回す。ドアが開いた。陽
光が差し込む光景は、これからの自分たちを祝福しているように思える。
「どうしたんです?」
立ち止まっていた俺に、背後の彼女が声をかけてくる。
「あ、いや、あの」
何故だかわからないけど、少し気恥ずかしい。狼狽してしまう。それを見て彼女がくすりと笑うもんだから、
よけいだ。
「ちょっと、どいてくれます?」
「え、あ、うん」
だからだろうか。素直に彼女の言う通りにしてしまう。しかし、慌てて動いたもんだから、少し足がもつれて
しまった。彼女がまた笑う。
「な、なんだよ」
低い声。脅そうと思ったわけじゃない。ただ、俺はこんな風にしか出来ないだけ。それがわかっている彼女
は「さあ?」と言うだけで、どこも怯える様子はない。何も気にすることなく、俺がどいたスペースから、彼女
は目の前の部屋へと足を踏み入れる。
「あ!!」
気付いた時にはもう遅い。俺が声をあげた時には、彼女はもう部屋の中でこちらを待ち受けている。そし
て、両手を抱きいれるように広げながら、こういったのだ。
「おかえりなさい、拳児さん」
「……ただいま、八雲」
自分がやろうとしていたことを先にやられた悔しさみたいなものはある。でも、これはしょうがない。白旗だ。
降参だ。両手を挙げて万歳をしてやってもいい。だって、彼女がしてやったりと浮かべている笑顔を見てしまっては、こっちの方がよかったとすら思えてしまうのだから。
840 名前:ここの部分は無視してつかーさい OTL[sage] 投稿日:05/02/21 17:18 ID:aYrRqdbw
なあ、これはどこにおけばいい?」
「あ、それは、こっちに」
「じゃあ、これは」
「あ、それはもうちょっと後で整理します」
言いながら少しずつ荷解きをしていく。俺としては、どうしても必要なものは漫画用の道具や画材程度
だったし、八雲のほうも、元から物を多く持っているわけでもなかった。だから、かかる手間としてはそう
大したものではない。はずだったのだが、なぜか未だに終わらない。
お互いさえいればそれで良い。最初の内は、そんな思いで同棲をはじめようとしたのだが、俺は絃子や
メガネ達に、彼女は姉やその友人達に色々と忠告をされた結果、こうしていろいろなものを持ち込むこと
になったからだ。それでだいぶ荷物が増えたのだが、それでも皆は不満な様子だった。
まったく、勘弁して欲しい。なんだって、ベビーベッドなんて物をプレゼントされにゃならんのだ。あの時
八雲が「まだ早い」なんて言ってしまったものだから、いっそうからかわれてしまった。あの時を思い出す
と、今でも顔が赤くなる心地がする。
「っと、いけねえ」
手が止まっていた。彼女にばかり荷解きをさせてしまうわけにはいかない。これからは二人で暮らすの
だ。今までのように、彼女に頼りっきりというのは、いくらなんでもまずい。いや、前は前で、男としてどうか
と思うことがなかったわけではないのだが。
「ん?」
思わず手を止める。見れば八雲が、手を止めているではないか。
彼女がこうして、やらなければならないことを中断しているのは珍しい。そういうときの理由は大別して二
つ。急に眠たくなった時か、あるいは、何か考え事があるときか。
どちらなのかは、一目瞭然だ。アルバムを手にしたまま、それにじっと目を注いでいるのだ。少なくとも、
目を開いたまま寝ている八雲の姿など見たことがない。
そのアルバムに何か思い入れでもあるのだろうか。だが、どうみても新品同様で、中に何か大事な写真が
入っているとは思えない。
まあ、どちらでもいい。理由など、聞けばいいだけのことなのだから。
841 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:05/02/21 17:19 ID:aYrRqdbw
「そのアルバムが、どうかしたのか?」
「あ……」
思わず、といった様子で彼女が顔を見上げる。
「や、なんかすごいじっと見入ってたからさ。何かあるのかと思ったんだが」
「そう、ですね。何かあると言えば、あるのかもしれません」
「どういうことだ?」
彼女の言い回しが、よくわからない。
八雲の喋り方は、結構端的だ。時々口篭ることが多いのは、他の言い回しが見つからないということで、つまりは口下手なのだ。だから、実はストレートに物を言っていることが多い。
そういったところが、馬鹿な俺にもわかりやすかったりする。するのだが、今回はちょっとばかし、俺の
理解力を超えた台詞のようだ。彼女の言わんとしている事が、まるでわからない。
「えーっと、ちょっと確認なんだが」
「はい」
「そのアルバム、ほとんど新品だよな?」
「はい。ほとんど、じゃなくて、全くの新品ですけど」
「それじゃ、中に写真なんてほとんど、というか、一枚も入ってないわけだ」
「ええ、その通りです」
「だって言うのに、そのアルバムには、何かがある、と」
「おかしいですか?」
言って首をかしげる。ちょっと、いや、とても可愛い。
「そんな……恥ずかしいです」
「う」
今度は、顔を赤くして俯いてしまう。こっちだって、似たような心境だ。
いまさら読まれて困るような心ではないが、こうしたふとした拍子に出てきた感情などは、未だに慣れない。
ぶっちゃけ、恥ずかしすぎる。
あれだ、八雲がいけない。だって、あんまりにも可愛すぎるんだ。花だって枯れるし、空は青くなる。ポ
ストまで、赤くなっちまう。全部全部、八雲のせいだ。全く、なんだってこんな可愛い子が、俺の彼女なの
か。しかも、その、あの、け、けけけけけけ、けっこん、そう。結婚なんか約束しちゃったりして――
842 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:05/02/21 17:20 ID:aYrRqdbw
「って、話がずれてる」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか……」
危ない、危ない。さっきみたいなことを考えてるなんてばれたら、とんでもなく恥ずかしい。旅に出ても
まだ足りない。どれくらい恥ずかしいかと言うと、世界の中心でポエムを絶叫するぐらい恥ずかしい。
「それはそれと置いといて――」
またずれ始めた思考を、真ん中に戻す。八雲は、それを不思議そうに眺めてくる。畜生、いらん恥かい
ちまった。
「――置いといて、結局、一枚も写真の入ってないアルバムに、何があるんだ?」
言うと、彼女は、昔の、高校の頃からは連想もできないような思い切った笑顔を浮かべる。その笑顔は、
彼女の姉を連想させたが、すぐに掻き消えた。それぐらい、明るい笑みだった。
「わからないんですか?」
「お、おう」
「わからないなら、教えてあげます」
動揺しているのが、自分でもわかる。ずいぶんと長い付き合いだというのに、胸がバクバクいっている。
彼女はどうなのだろうか。自分だけがこんなふうになっているのは、なんだか不公平な気がする。
「だって――」
「だって?」
そんな俺とは対照的に、彼女はあくまで楽しげな様子だ。畜生、前言撤回。こんなの、気がするんじゃな
くて、実際に不公平でしかない。
「だって――このアルバム全部を、拳児さんとの想い出いっぱいにできるんですから」
白旗どころの騒ぎじゃない。こんなの、どうやって反応すればいいんだ。
何をすればいいのかわからなかったので、とりあえず最初の思い出として、目の前で赤くなりながら笑っ
ている彼女を、思いっきり抱きしめてみることにした――
がちゃり、と音を立てて鍵を回す。緊張する自分を抑えながら、ゆっくりとノブを回す。ドアが開いた。陽
光が差し込む光景は、これからの自分たちを祝福しているように思える。
「どうしたんです?」
立ち止まっていた俺に、背後の彼女が声をかけてくる。
「あ、いや、あの」
何故だかわからないけど、少し気恥ずかしい。狼狽してしまう。それを見て彼女がくすりと笑うもんだから、
よけいだ。
「ちょっと、どいてくれます?」
「え、あ、うん」
だからだろうか。素直に彼女の言う通りにしてしまう。しかし、慌てて動いたもんだから、少し足がもつれて
しまった。彼女がまた笑う。
「な、なんだよ」
低い声。脅そうと思ったわけじゃない。ただ、俺はこんな風にしか出来ないだけ。それがわかっている彼女
は「さあ?」と言うだけで、どこも怯える様子はない。何も気にすることなく、俺がどいたスペースから、彼女
は目の前の部屋へと足を踏み入れる。
「あ!!」
気付いた時にはもう遅い。俺が声をあげた時には、彼女はもう部屋の中でこちらを待ち受けている。そし
て、両手を抱きいれるように広げながら、こういったのだ。
「おかえりなさい、拳児さん」
「……ただいま、八雲」
自分がやろうとしていたことを先にやられた悔しさみたいなものはある。でも、これはしょうがない。白旗だ。
降参だ。両手を挙げて万歳をしてやってもいい。だって、彼女がしてやったりと浮かべている笑顔を見てしまっては、こっちの方がよかったとすら思えてしまうのだから。
840 名前:ここの部分は無視してつかーさい OTL[sage] 投稿日:05/02/21 17:18 ID:aYrRqdbw
なあ、これはどこにおけばいい?」
「あ、それは、こっちに」
「じゃあ、これは」
「あ、それはもうちょっと後で整理します」
言いながら少しずつ荷解きをしていく。俺としては、どうしても必要なものは漫画用の道具や画材程度
だったし、八雲のほうも、元から物を多く持っているわけでもなかった。だから、かかる手間としてはそう
大したものではない。はずだったのだが、なぜか未だに終わらない。
お互いさえいればそれで良い。最初の内は、そんな思いで同棲をはじめようとしたのだが、俺は絃子や
メガネ達に、彼女は姉やその友人達に色々と忠告をされた結果、こうしていろいろなものを持ち込むこと
になったからだ。それでだいぶ荷物が増えたのだが、それでも皆は不満な様子だった。
まったく、勘弁して欲しい。なんだって、ベビーベッドなんて物をプレゼントされにゃならんのだ。あの時
八雲が「まだ早い」なんて言ってしまったものだから、いっそうからかわれてしまった。あの時を思い出す
と、今でも顔が赤くなる心地がする。
「っと、いけねえ」
手が止まっていた。彼女にばかり荷解きをさせてしまうわけにはいかない。これからは二人で暮らすの
だ。今までのように、彼女に頼りっきりというのは、いくらなんでもまずい。いや、前は前で、男としてどうか
と思うことがなかったわけではないのだが。
「ん?」
思わず手を止める。見れば八雲が、手を止めているではないか。
彼女がこうして、やらなければならないことを中断しているのは珍しい。そういうときの理由は大別して二
つ。急に眠たくなった時か、あるいは、何か考え事があるときか。
どちらなのかは、一目瞭然だ。アルバムを手にしたまま、それにじっと目を注いでいるのだ。少なくとも、
目を開いたまま寝ている八雲の姿など見たことがない。
そのアルバムに何か思い入れでもあるのだろうか。だが、どうみても新品同様で、中に何か大事な写真が
入っているとは思えない。
まあ、どちらでもいい。理由など、聞けばいいだけのことなのだから。
841 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:05/02/21 17:19 ID:aYrRqdbw
「そのアルバムが、どうかしたのか?」
「あ……」
思わず、といった様子で彼女が顔を見上げる。
「や、なんかすごいじっと見入ってたからさ。何かあるのかと思ったんだが」
「そう、ですね。何かあると言えば、あるのかもしれません」
「どういうことだ?」
彼女の言い回しが、よくわからない。
八雲の喋り方は、結構端的だ。時々口篭ることが多いのは、他の言い回しが見つからないということで、つまりは口下手なのだ。だから、実はストレートに物を言っていることが多い。
そういったところが、馬鹿な俺にもわかりやすかったりする。するのだが、今回はちょっとばかし、俺の
理解力を超えた台詞のようだ。彼女の言わんとしている事が、まるでわからない。
「えーっと、ちょっと確認なんだが」
「はい」
「そのアルバム、ほとんど新品だよな?」
「はい。ほとんど、じゃなくて、全くの新品ですけど」
「それじゃ、中に写真なんてほとんど、というか、一枚も入ってないわけだ」
「ええ、その通りです」
「だって言うのに、そのアルバムには、何かがある、と」
「おかしいですか?」
言って首をかしげる。ちょっと、いや、とても可愛い。
「そんな……恥ずかしいです」
「う」
今度は、顔を赤くして俯いてしまう。こっちだって、似たような心境だ。
いまさら読まれて困るような心ではないが、こうしたふとした拍子に出てきた感情などは、未だに慣れない。
ぶっちゃけ、恥ずかしすぎる。
あれだ、八雲がいけない。だって、あんまりにも可愛すぎるんだ。花だって枯れるし、空は青くなる。ポ
ストまで、赤くなっちまう。全部全部、八雲のせいだ。全く、なんだってこんな可愛い子が、俺の彼女なの
か。しかも、その、あの、け、けけけけけけ、けっこん、そう。結婚なんか約束しちゃったりして――
842 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:05/02/21 17:20 ID:aYrRqdbw
「って、話がずれてる」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか……」
危ない、危ない。さっきみたいなことを考えてるなんてばれたら、とんでもなく恥ずかしい。旅に出ても
まだ足りない。どれくらい恥ずかしいかと言うと、世界の中心でポエムを絶叫するぐらい恥ずかしい。
「それはそれと置いといて――」
またずれ始めた思考を、真ん中に戻す。八雲は、それを不思議そうに眺めてくる。畜生、いらん恥かい
ちまった。
「――置いといて、結局、一枚も写真の入ってないアルバムに、何があるんだ?」
言うと、彼女は、昔の、高校の頃からは連想もできないような思い切った笑顔を浮かべる。その笑顔は、
彼女の姉を連想させたが、すぐに掻き消えた。それぐらい、明るい笑みだった。
「わからないんですか?」
「お、おう」
「わからないなら、教えてあげます」
動揺しているのが、自分でもわかる。ずいぶんと長い付き合いだというのに、胸がバクバクいっている。
彼女はどうなのだろうか。自分だけがこんなふうになっているのは、なんだか不公平な気がする。
「だって――」
「だって?」
そんな俺とは対照的に、彼女はあくまで楽しげな様子だ。畜生、前言撤回。こんなの、気がするんじゃな
くて、実際に不公平でしかない。
「だって――このアルバム全部を、拳児さんとの想い出いっぱいにできるんですから」
白旗どころの騒ぎじゃない。こんなの、どうやって反応すればいいんだ。
何をすればいいのかわからなかったので、とりあえず最初の思い出として、目の前で赤くなりながら笑っ
ている彼女を、思いっきり抱きしめてみることにした――
2010年11月18日(木) 02:38:18 Modified by ID:/AHkjZedow