IF19・奈良の受難の旅
910 :Classical名無しさん :05/02/25 01:28 ID:qKY2pcMg
その日は、奈良健太郎が塚本天満の部屋を訪ねる番だった。
二人はかわりばんこに、お互いの部屋を訪ねあっていた。
恋人の家に向かう足は、何でこんなに軽いんだろう。
歩くステップの中にダンスを取り入れ、くるくると回りながら塚本天満の家の前まで来ると、
塚本天満の家は消えてなくなっていた。
念のため、もう一度くるっと回転してから、見直したが、やはりなかった。
混乱のあまり寄り目になっている奈良健太郎に、隣の家のおばさんが教えてくれた。
「播磨拳児とその一味が塚本天満の家を破壊し尽くし、塚本天満をさらっていったよ。
塚本天満はかぷかぷ言ってたよ」
そして奈良健太郎は塚本天満救出の旅に出た。
奈良健太郎はタッタカタッタカと歩き続けた。
やがて、道が二手に分かれる場所に出た。
右の道は蛇行しながら上っている。
左は下り勾配の道がまっすぐ続いている。
911 :Classical名無しさん :05/02/25 01:28 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は右の道を選んだ。
しばらく行くと、向こうから播磨拳児の手下の花井春樹がやってきた。
何やらやけにむくむくしていると思ったら、ひどく厚着をしているのだ。
口には大きなマスク、頭にはニットキャップ、手袋、耳あてまで付けている。
「やい、奈良健太郎!この花井春樹様と勝負しやがれ!」
「いや、風邪ひいてるんじゃないの?僕はかまわないけど…花井春樹は本当にいいの、
そんな身体で?」
「勝負するのか、しないのか!はっきり答えろ!」
「じゃあ、するよ。どうなったって恨みっこなしだよ?」
その瞬間、花井春樹は、にちゃ〜っと笑った。
「な、何その笑顔?汚いよ!?」
「勝負を受けやがったな…よーし、いくぜ!あワン!あツー!あワン!ツー!スリー!
フォー!」
花井春樹はむくむくした身体で軽快に踊り始めた。
「野〜球〜♪す〜るなら〜♪こういう具合にしやしゃんせ〜♪」
「野球拳かよ!ず、ずるいぞ!」
「フン、誘いに乗ったお前が悪いんだ!アウト♪セーフ♪ヨヨイのヨイ!」
奈良健太郎はとっさにチョキを出した。…勝ち。
しかし花井春樹はこともなげに耳あてをはずして、地面に投げ捨てた。
「フン、こっちにはまだまだ余裕があるんだ。いくぜ第二試合!野〜球〜♪す〜るなら〜♪」
しかし、花井春樹の余裕の表情も、長くは続かなかった。
奈良健太郎は鬼神に憑かれたかのごとく勝ちまくり、奇跡の80連勝を遂げたのである。
花井春樹はブルブルと震えながら靴下を脱ぎ、服の山にそれをファサリと重ねた。
これで花井春樹は生まれたままの姿だった。もう脱ぐものは何も残ってはいない。
「お…お…覚えてらっしゃい!」
花井春樹は身体のあちこちを隠しながら逃げていった。
「待て、花井春樹!」
奈良健太郎が引きとめようとしたが、花井春樹は振り返りもせずに駆けていってしまった。
「武士の情けで、この葉っぱをあげようと思ったのに…」
奈良健太郎は花井春樹が脱いでいった服の山に葉っぱを載せて、先に進んでいった。
912 :Classical名無しさん :05/02/25 01:30 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は晴れ渡った空を見上げながら歩いていった。
やがて、地面にたくさんの穴があいた、奇妙な場所に出た。
穴の中には、煙がもわもわとうずまいている。
煙には、穴ごとに違った色が付いていた。
奈良健太郎は色とりどりの穴を眺めているうち、どれかひとつの穴に無性に飛び込みたくなってきた。
「なめとんかコラー!」と叫びながら、奈良健太郎は青い煙の穴に飛び込んでいった。
とたんに、奈良健太郎の身体がぐるぐると回り出した。
穴の中は洗濯機のように渦を巻いていた。
それは大きな「流れ」だった。時間も空間も、思い出も悲しみも一緒になって渦を
巻いていて、全体的には桃色だった。
よく見ると渦の中には、色々なものがあった。
赤ちゃんの時の奈良健太郎が、手足をのばして笑いながら、遠くの方を流れているかと
思うと、いつか波にさらわれていった麦わら帽子が、すぐそばを通り過ぎていった。
ちぢれた短い毛が、目の前を横切った。「こんなものまでかよ?」その瞬間、奈良健太郎は
渦の遠心力により、穴の外に勢いよく放り出された。どすん!
放り出される寸前、奈良健太郎は老人になった自分を、渦の中に見た気がした…。
しばらく行くと、地面を揺るがす轟音があたりに響いた。
奈良健太郎は何事かと身構えて、あたりをすばやく見回した。
炎に包まれた巨大な隕石が、奈良健太郎目がけて降ってきていた。
奈良健太郎は轟音を響かせて迫り来る隕石を、間一髪のところで避けた。
一瞬前まで自分が立っていた場所に、深い穴がぽっかりと開いていた。
見下ろすと、隕石は穴の底で、白い煙をシューシューとさかんに吐き出していた。
奈良健太郎は妖怪めいた速さで走って行った。
やがて、大きなほら穴のある斜面に出た。
ほら穴は深く、奥は見えないが、風が吹いてくるところを見ると、
どこかに抜けられるのかもしれない。
913 :Classical名無しさん :05/02/25 01:31 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は思い切ってほら穴に入ってみた。住民のコウモリが一斉に
奈良健太郎をぎょろりと見た。
無数の丸い目が、天井でぎらりと光る。
奈良健太郎は胸をどきどきさせながら蛇行した道をずんずんと進んだ。
出口はあるのかと不安になりかけた頃、小さな光が向こうに見えた。
奈良健太郎は外に出て、風のにおいをかいだ。
奈良健太郎がしばらく歩いていくと、道の左右に巨木の生えた場所に出た。
直感でなにかありそうだと気づいて、奈良健太郎は歩調をゆるめる。
それは賢明な判断だった。
その巨木には、鋭いトゲのついた大きな鉄球が仕かけられていたのだ。
しかもトゲつきの鉄球は、ひとつだけではなかった。
右側からの一撃はよけることができたものの、左側からも鉄球が迫って来た。
奈良健太郎はうなりをあげて襲いかかってくる鉄球を、素早くブリッジの体勢をしてよけた。
奈良健太郎は第3の鉄球がないことを確認して、再び道を進みはじめた。
奈良健太郎はアン・ドゥ・トロワ♪アン・ドゥ・トロワ♪と進み続けた。
なんだか段々、まわりの温度が上がってきたようだ。
それもそのはずで、道は、真っ赤な溶岩がどろどろと流れる川につきあたった。
川の上には、何とも頼りない二本の吊り橋が並んでいた。
奈良健太郎は右の吊り橋を選んだ。一歩進むたびに、吊り橋は心臓に悪い音を立てる。
中程まで渡った時、上昇気流に突き上げられて、隣の吊り橋が落下した。
橋は流れる溶岩に落ちる前に、熱であっという間に燃え尽きてしまった。
奈良健太郎は震える足を一歩一歩進めて、何とか無事に渡りきることが出来た。
しばらく進んだところで、妙な気配を感じて、奈良健太郎はふと天を仰いだ。
空に、小鳥の大群が集まっていた。
奈良健太郎が見ると、小鳥たちはピーチク鳴きながら飛び回って、文字を作り出した。
「なになに…『塚本天満お、あきらぬろ。そうしたら、かわりに、いいものおやる。播磨拳児』…」
914 :Classical名無しさん :05/02/25 01:32 ID:qKY2pcMg
「そんな手に乗るわけ、ないだろ!」
奈良健太郎は足下に落ちていた石をさっと拾って、小鳥たちに向かって投げた。
小鳥たちはちりぢりになってよけて、再び集まってメッセージを作った。
『はずね』
「それを言うなら『はずれ』だろ!この鳥あたま!お前らなんて鳥あたまだ、ばーかばーか!」
そんな大人げないことをわめきながら、奈良健太郎は進んでいった。
奈良健太郎はずんずんと歩いていった。
やがて、三叉路に出た。
奈良健太郎は右の道を選んだ。
しばらく行くと、道ばたにベンチがあった。
よく磨かれた生木で組まれた、座り心地の良さそうな素敵なベンチだった。
奈良健太郎は座り心地のいいベンチに座って、ぼんやりと空を眺めた。
まるい雲が東に流れていく。
(地上で何が起こってても…空はいつも平和そうだなあ…)
そんなことをぼんやり考えていると、向かいのきりかぶに、クマの着ぐるみが
座っているのが見えた。
(ん?)
奈良健太郎が見つめていると、着ぐるみはてくてくとそばの木の方に歩いていった。
(木にロープをかけて…何の遊びかな?…台を持ってきて…ロープで輪を作って
…それに首を入れて…)「って死ぬ気じゃん!」
915 :Classical名無しさん :05/02/25 01:33 ID:qKY2pcMg
次の瞬間、奈良健太郎は走り出していた。
「ば、バカヤロー!」
奈良健太郎は着ぐるみにタックルをした。
二人はもつれあって地面に倒れた。
「死なせてくんろ!もう死なせてくんろ!」
着ぐるみの頭が取れていた。叫んでいるのは、播磨拳児の手下の今鳥恭介だった。
奈良健太郎の顔を見て、今鳥恭介はわんわん泣きだした。
「どうしたんだよ。いってみ?僕に聞かせてみ?」と奈良健太郎は言った。
「おら…おら…播磨拳児様が棚に隠していたドーナツ食べちまって…。ばれたら魔法でクッキーにされちまうだ!今頃とっくにばれてるだ!」
「それで着ぐるみを?」
「播磨拳児様はからすの目を通して世界中を見ることができるだ…だからこれかぶって
逃げてただよ…でも無駄だ。播磨拳児様の目から逃れることなんてできねえだ…だから
死ぬだ!死なせてくんろ!首つらせてくんろ!」
「ま、まてまて!はやまるな!」
奈良健太郎が必死に今鳥恭介を止めていた時だった。
どこからか、シャボン玉がふわふわと近づいてきた。
「う、うわあっ!来ただ!ふーっ!ふーっ!」
今鳥恭介はシャボン玉を息で吹き飛ばそうとしたが、シャボン玉はまっすぐ今鳥恭介に
近づき、パチン!
今鳥恭介は、ボン!煙と共にクッキーになってしまった。
クマのクッキーで、顔の部分だけが今鳥恭介だった。
「うむう、ひどいことをする…」
奈良健太郎はクッキーを地面に埋めてお墓を作り、打倒播磨拳児の決意を新たに、
冒険を再開した。
奈良健太郎は軽快に歩き続ける。
ぽっかりと口を開けている古いトンネルを見つけた。
汽車のレールが暗闇の中に続いているが、なかば雑草に埋もれているのを見ると、
廃線になってから長いのだろう。
このトンネルをくぐっていけば、山を登っていくよりも近道になるかもしれない。
しかしトンネルは、入るのをためらうほど長く、暗い。
916 :Classical名無しさん :05/02/25 01:34 ID:qKY2pcMg
トンネルを通りぬけるなんて、死体を探しに行く時くらいだろう。
奈良健太郎は元気に山を登っていった。
気分が乗ってきて、「やっほー」と叫んだ。
数秒後、向こうの山から『ババンババンバンバン、宿題やったかー』とこだまが返ってきた。
しばらく行くと、道ぞいに小さな福引き所があった。
「お客さん、ちょっと引いていきませんか?」
カラフルなハッピを着た塚本八雲が呼びかけてきた。
「でも、僕、福引き券持ってないし…」
「かまいやしませんよ。どうぞ、どうぞ」
「本当に?いやー、なんか悪いなぁ」
奈良健太郎は張り切って抽選器に手をかけた。
奈良健太郎は抽選器をゆっくり心を込めて回した。
ガラガラ、ガラガラ、プリュッ。
白い玉だった。
「出たよー!一等!お客さんツイてるねー!はい、往復ビンタ!」
「ぶべら!」
奈良健太郎は不意打ちを食らってぶっ倒れた。
「な…何をする!?」
「これが賞品ですが、何か?」
「そ、そんな賞品いるか!」
「人の心をもてあそびやがって!くらえ、逆襲ラリアート!」
「ごはっ!」
攻撃は見事に決まった。
奈良健太郎はぷすぷす煙を出して倒れている塚本八雲を残して、先に進んでいった。
917 :Classical名無しさん :05/02/25 01:35 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は右側の木道を歩くことにした。
トコトコと進んでいくと、やがて木道が途切れ、前に進めなくなってしまった。道がないのなら、
しかたがない。奈良健太郎は大きな水たまりにはまらないように注意深く歩いて行った。
やがて、巨大な播磨拳児城が見えてきた。
奈良健太郎は城門に駈け寄り、大声で播磨拳児を呼んだ。
「播磨拳児、出て来い!そこにいることはわかっている!」
「ほう。これはこれは、意外と早かったな」
音を立てて城門が開き、派手なアロハシャツを着込んだ播磨拳児が姿を現す。
奈良健太郎は播磨拳児をキッとにらみつけた。
播磨拳児は首にかけていた花の首かざりをぶちっと引きちぎって構えた。
「塚本天満を取り返したいのなら、かかってこい!」
奈良健太郎は集中力を高め、手のひらに意識を集中した。
「はー、めー、はー、めー、はー、めー…あっ」
奈良健太郎は一回多く「はめ」と言ってしまい、はめはめ波を失敗してしまった。
「ふははは!この馬鹿者め!アー、ロー、波ー!」
播磨拳児から放たれたアロ波の直撃を受け、奈良健太郎は自分の家まで吹っ飛んでいった。
その日は、奈良健太郎が塚本天満の部屋を訪ねる番だった。
二人はかわりばんこに、お互いの部屋を訪ねあっていた。
恋人の家に向かう足は、何でこんなに軽いんだろう。
歩くステップの中にダンスを取り入れ、くるくると回りながら塚本天満の家の前まで来ると、
塚本天満の家は消えてなくなっていた。
念のため、もう一度くるっと回転してから、見直したが、やはりなかった。
混乱のあまり寄り目になっている奈良健太郎に、隣の家のおばさんが教えてくれた。
「播磨拳児とその一味が塚本天満の家を破壊し尽くし、塚本天満をさらっていったよ。
塚本天満はかぷかぷ言ってたよ」
そして奈良健太郎は塚本天満救出の旅に出た。
奈良健太郎はタッタカタッタカと歩き続けた。
やがて、道が二手に分かれる場所に出た。
右の道は蛇行しながら上っている。
左は下り勾配の道がまっすぐ続いている。
911 :Classical名無しさん :05/02/25 01:28 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は右の道を選んだ。
しばらく行くと、向こうから播磨拳児の手下の花井春樹がやってきた。
何やらやけにむくむくしていると思ったら、ひどく厚着をしているのだ。
口には大きなマスク、頭にはニットキャップ、手袋、耳あてまで付けている。
「やい、奈良健太郎!この花井春樹様と勝負しやがれ!」
「いや、風邪ひいてるんじゃないの?僕はかまわないけど…花井春樹は本当にいいの、
そんな身体で?」
「勝負するのか、しないのか!はっきり答えろ!」
「じゃあ、するよ。どうなったって恨みっこなしだよ?」
その瞬間、花井春樹は、にちゃ〜っと笑った。
「な、何その笑顔?汚いよ!?」
「勝負を受けやがったな…よーし、いくぜ!あワン!あツー!あワン!ツー!スリー!
フォー!」
花井春樹はむくむくした身体で軽快に踊り始めた。
「野〜球〜♪す〜るなら〜♪こういう具合にしやしゃんせ〜♪」
「野球拳かよ!ず、ずるいぞ!」
「フン、誘いに乗ったお前が悪いんだ!アウト♪セーフ♪ヨヨイのヨイ!」
奈良健太郎はとっさにチョキを出した。…勝ち。
しかし花井春樹はこともなげに耳あてをはずして、地面に投げ捨てた。
「フン、こっちにはまだまだ余裕があるんだ。いくぜ第二試合!野〜球〜♪す〜るなら〜♪」
しかし、花井春樹の余裕の表情も、長くは続かなかった。
奈良健太郎は鬼神に憑かれたかのごとく勝ちまくり、奇跡の80連勝を遂げたのである。
花井春樹はブルブルと震えながら靴下を脱ぎ、服の山にそれをファサリと重ねた。
これで花井春樹は生まれたままの姿だった。もう脱ぐものは何も残ってはいない。
「お…お…覚えてらっしゃい!」
花井春樹は身体のあちこちを隠しながら逃げていった。
「待て、花井春樹!」
奈良健太郎が引きとめようとしたが、花井春樹は振り返りもせずに駆けていってしまった。
「武士の情けで、この葉っぱをあげようと思ったのに…」
奈良健太郎は花井春樹が脱いでいった服の山に葉っぱを載せて、先に進んでいった。
912 :Classical名無しさん :05/02/25 01:30 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は晴れ渡った空を見上げながら歩いていった。
やがて、地面にたくさんの穴があいた、奇妙な場所に出た。
穴の中には、煙がもわもわとうずまいている。
煙には、穴ごとに違った色が付いていた。
奈良健太郎は色とりどりの穴を眺めているうち、どれかひとつの穴に無性に飛び込みたくなってきた。
「なめとんかコラー!」と叫びながら、奈良健太郎は青い煙の穴に飛び込んでいった。
とたんに、奈良健太郎の身体がぐるぐると回り出した。
穴の中は洗濯機のように渦を巻いていた。
それは大きな「流れ」だった。時間も空間も、思い出も悲しみも一緒になって渦を
巻いていて、全体的には桃色だった。
よく見ると渦の中には、色々なものがあった。
赤ちゃんの時の奈良健太郎が、手足をのばして笑いながら、遠くの方を流れているかと
思うと、いつか波にさらわれていった麦わら帽子が、すぐそばを通り過ぎていった。
ちぢれた短い毛が、目の前を横切った。「こんなものまでかよ?」その瞬間、奈良健太郎は
渦の遠心力により、穴の外に勢いよく放り出された。どすん!
放り出される寸前、奈良健太郎は老人になった自分を、渦の中に見た気がした…。
しばらく行くと、地面を揺るがす轟音があたりに響いた。
奈良健太郎は何事かと身構えて、あたりをすばやく見回した。
炎に包まれた巨大な隕石が、奈良健太郎目がけて降ってきていた。
奈良健太郎は轟音を響かせて迫り来る隕石を、間一髪のところで避けた。
一瞬前まで自分が立っていた場所に、深い穴がぽっかりと開いていた。
見下ろすと、隕石は穴の底で、白い煙をシューシューとさかんに吐き出していた。
奈良健太郎は妖怪めいた速さで走って行った。
やがて、大きなほら穴のある斜面に出た。
ほら穴は深く、奥は見えないが、風が吹いてくるところを見ると、
どこかに抜けられるのかもしれない。
913 :Classical名無しさん :05/02/25 01:31 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は思い切ってほら穴に入ってみた。住民のコウモリが一斉に
奈良健太郎をぎょろりと見た。
無数の丸い目が、天井でぎらりと光る。
奈良健太郎は胸をどきどきさせながら蛇行した道をずんずんと進んだ。
出口はあるのかと不安になりかけた頃、小さな光が向こうに見えた。
奈良健太郎は外に出て、風のにおいをかいだ。
奈良健太郎がしばらく歩いていくと、道の左右に巨木の生えた場所に出た。
直感でなにかありそうだと気づいて、奈良健太郎は歩調をゆるめる。
それは賢明な判断だった。
その巨木には、鋭いトゲのついた大きな鉄球が仕かけられていたのだ。
しかもトゲつきの鉄球は、ひとつだけではなかった。
右側からの一撃はよけることができたものの、左側からも鉄球が迫って来た。
奈良健太郎はうなりをあげて襲いかかってくる鉄球を、素早くブリッジの体勢をしてよけた。
奈良健太郎は第3の鉄球がないことを確認して、再び道を進みはじめた。
奈良健太郎はアン・ドゥ・トロワ♪アン・ドゥ・トロワ♪と進み続けた。
なんだか段々、まわりの温度が上がってきたようだ。
それもそのはずで、道は、真っ赤な溶岩がどろどろと流れる川につきあたった。
川の上には、何とも頼りない二本の吊り橋が並んでいた。
奈良健太郎は右の吊り橋を選んだ。一歩進むたびに、吊り橋は心臓に悪い音を立てる。
中程まで渡った時、上昇気流に突き上げられて、隣の吊り橋が落下した。
橋は流れる溶岩に落ちる前に、熱であっという間に燃え尽きてしまった。
奈良健太郎は震える足を一歩一歩進めて、何とか無事に渡りきることが出来た。
しばらく進んだところで、妙な気配を感じて、奈良健太郎はふと天を仰いだ。
空に、小鳥の大群が集まっていた。
奈良健太郎が見ると、小鳥たちはピーチク鳴きながら飛び回って、文字を作り出した。
「なになに…『塚本天満お、あきらぬろ。そうしたら、かわりに、いいものおやる。播磨拳児』…」
914 :Classical名無しさん :05/02/25 01:32 ID:qKY2pcMg
「そんな手に乗るわけ、ないだろ!」
奈良健太郎は足下に落ちていた石をさっと拾って、小鳥たちに向かって投げた。
小鳥たちはちりぢりになってよけて、再び集まってメッセージを作った。
『はずね』
「それを言うなら『はずれ』だろ!この鳥あたま!お前らなんて鳥あたまだ、ばーかばーか!」
そんな大人げないことをわめきながら、奈良健太郎は進んでいった。
奈良健太郎はずんずんと歩いていった。
やがて、三叉路に出た。
奈良健太郎は右の道を選んだ。
しばらく行くと、道ばたにベンチがあった。
よく磨かれた生木で組まれた、座り心地の良さそうな素敵なベンチだった。
奈良健太郎は座り心地のいいベンチに座って、ぼんやりと空を眺めた。
まるい雲が東に流れていく。
(地上で何が起こってても…空はいつも平和そうだなあ…)
そんなことをぼんやり考えていると、向かいのきりかぶに、クマの着ぐるみが
座っているのが見えた。
(ん?)
奈良健太郎が見つめていると、着ぐるみはてくてくとそばの木の方に歩いていった。
(木にロープをかけて…何の遊びかな?…台を持ってきて…ロープで輪を作って
…それに首を入れて…)「って死ぬ気じゃん!」
915 :Classical名無しさん :05/02/25 01:33 ID:qKY2pcMg
次の瞬間、奈良健太郎は走り出していた。
「ば、バカヤロー!」
奈良健太郎は着ぐるみにタックルをした。
二人はもつれあって地面に倒れた。
「死なせてくんろ!もう死なせてくんろ!」
着ぐるみの頭が取れていた。叫んでいるのは、播磨拳児の手下の今鳥恭介だった。
奈良健太郎の顔を見て、今鳥恭介はわんわん泣きだした。
「どうしたんだよ。いってみ?僕に聞かせてみ?」と奈良健太郎は言った。
「おら…おら…播磨拳児様が棚に隠していたドーナツ食べちまって…。ばれたら魔法でクッキーにされちまうだ!今頃とっくにばれてるだ!」
「それで着ぐるみを?」
「播磨拳児様はからすの目を通して世界中を見ることができるだ…だからこれかぶって
逃げてただよ…でも無駄だ。播磨拳児様の目から逃れることなんてできねえだ…だから
死ぬだ!死なせてくんろ!首つらせてくんろ!」
「ま、まてまて!はやまるな!」
奈良健太郎が必死に今鳥恭介を止めていた時だった。
どこからか、シャボン玉がふわふわと近づいてきた。
「う、うわあっ!来ただ!ふーっ!ふーっ!」
今鳥恭介はシャボン玉を息で吹き飛ばそうとしたが、シャボン玉はまっすぐ今鳥恭介に
近づき、パチン!
今鳥恭介は、ボン!煙と共にクッキーになってしまった。
クマのクッキーで、顔の部分だけが今鳥恭介だった。
「うむう、ひどいことをする…」
奈良健太郎はクッキーを地面に埋めてお墓を作り、打倒播磨拳児の決意を新たに、
冒険を再開した。
奈良健太郎は軽快に歩き続ける。
ぽっかりと口を開けている古いトンネルを見つけた。
汽車のレールが暗闇の中に続いているが、なかば雑草に埋もれているのを見ると、
廃線になってから長いのだろう。
このトンネルをくぐっていけば、山を登っていくよりも近道になるかもしれない。
しかしトンネルは、入るのをためらうほど長く、暗い。
916 :Classical名無しさん :05/02/25 01:34 ID:qKY2pcMg
トンネルを通りぬけるなんて、死体を探しに行く時くらいだろう。
奈良健太郎は元気に山を登っていった。
気分が乗ってきて、「やっほー」と叫んだ。
数秒後、向こうの山から『ババンババンバンバン、宿題やったかー』とこだまが返ってきた。
しばらく行くと、道ぞいに小さな福引き所があった。
「お客さん、ちょっと引いていきませんか?」
カラフルなハッピを着た塚本八雲が呼びかけてきた。
「でも、僕、福引き券持ってないし…」
「かまいやしませんよ。どうぞ、どうぞ」
「本当に?いやー、なんか悪いなぁ」
奈良健太郎は張り切って抽選器に手をかけた。
奈良健太郎は抽選器をゆっくり心を込めて回した。
ガラガラ、ガラガラ、プリュッ。
白い玉だった。
「出たよー!一等!お客さんツイてるねー!はい、往復ビンタ!」
「ぶべら!」
奈良健太郎は不意打ちを食らってぶっ倒れた。
「な…何をする!?」
「これが賞品ですが、何か?」
「そ、そんな賞品いるか!」
「人の心をもてあそびやがって!くらえ、逆襲ラリアート!」
「ごはっ!」
攻撃は見事に決まった。
奈良健太郎はぷすぷす煙を出して倒れている塚本八雲を残して、先に進んでいった。
917 :Classical名無しさん :05/02/25 01:35 ID:qKY2pcMg
奈良健太郎は右側の木道を歩くことにした。
トコトコと進んでいくと、やがて木道が途切れ、前に進めなくなってしまった。道がないのなら、
しかたがない。奈良健太郎は大きな水たまりにはまらないように注意深く歩いて行った。
やがて、巨大な播磨拳児城が見えてきた。
奈良健太郎は城門に駈け寄り、大声で播磨拳児を呼んだ。
「播磨拳児、出て来い!そこにいることはわかっている!」
「ほう。これはこれは、意外と早かったな」
音を立てて城門が開き、派手なアロハシャツを着込んだ播磨拳児が姿を現す。
奈良健太郎は播磨拳児をキッとにらみつけた。
播磨拳児は首にかけていた花の首かざりをぶちっと引きちぎって構えた。
「塚本天満を取り返したいのなら、かかってこい!」
奈良健太郎は集中力を高め、手のひらに意識を集中した。
「はー、めー、はー、めー、はー、めー…あっ」
奈良健太郎は一回多く「はめ」と言ってしまい、はめはめ波を失敗してしまった。
「ふははは!この馬鹿者め!アー、ロー、波ー!」
播磨拳児から放たれたアロ波の直撃を受け、奈良健太郎は自分の家まで吹っ飛んでいった。
2010年11月17日(水) 14:17:48 Modified by ID:/AHkjZedow