IF2・Black_or_white

395 名前:Black_or_white :04/01/05 19:59 ID:ElScPe5m



 こんな夢を見た。





 俺の名は播磨3世。一部で名高きハリー・マッケンジーに名前が似ている男だ。
 世界中の俺達が俺に血眼。ところがこれがままならないんだなぁ。






396 名前:Black_or_white :04/01/05 20:00 ID:ElScPe5m

 がばっ
 真っ黒な闇の中から真っ白な光に向かって昇っていくような目覚めのさなか、
沢近愛理は夢を見たと思った瞬間に飛び起きた。夢の内容からして無理もないが。
「なんて夢見てんのよ私ったら」
 自分に呆れてため息をつく。しかもあのヒゲの夢なんて、と唸るように呟く。
 安っぽい窓から射しこむ朝日に目を細めながら枕もとのベルを探す。中村に
眠気覚ましの紅茶を頼もう。
「・・・安っぽい窓?」
 変だ。豪華絢爛とまでは行かないが自室の調度はそんな酷い物を使っていない。
 訳がわからないままベルを探そうと伸ばしていた手元を見る。漫画雑誌と
週刊誌。ひびの入った目覚し時計と、茶渋でくすんだマグカップと、薄っぺらい
財布。どれも自分のものではない。
「・・・えーと」


397 名前:Black_or_white :04/01/05 20:01 ID:ElScPe5m

 部屋を見回す。長く使っていないらしく埃の浮いた学習机、その上に放り出された
潰れた学生鞄、壁に貼られた三匹が斬られるのポスター。開けっ放しの押入れから
覗くガラクタの山。床に放り出された、べたべたに濡れている男物の学生服と、
同じく濡れている恐らくは自分のものらしい女物の学生服。
「え?」
 自分の身体を見下ろす。下着しか身に着けていない。
 朝。知らない部屋。下着姿。
「これって、まさか。この状況って・・・」
 絶望的な気持ちで呟いたその瞬間。

 のそ
 沢近のすぐ隣で何かがうごめいた。ううぅ、とうめきながら起き上がる。
「だ、誰?」
「うるせぇなぁ。なんだってんだよ朝っぱらから」


398 名前:Black_or_white :04/01/05 20:02 ID:ElScPe5m

 その覚えのある声を聞いた瞬間、沢近は硬直した。頭が真っ白になる。
 頭をかきむしりながら起き上がったトランクス一丁のその男は、
掛けっぱなしだったサングラス越しに沢近を見て硬直した。
「・・・」
「・・・」
 たっぷり30秒程見つめ合ってから
「なにいぃぃぃぃぃぃ!?」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」
 ごん めき ぐしゃ
 向こう三軒両隣に響くような大声で叫びあった。


   ・  ・  ・


『ジョンデース』
『チョッパーデース』
『大塩平八郎で御座います』
 ぱんぱーん


399 名前:Black_or_white :04/01/05 20:02 ID:ElScPe5m

『いったいなぁ毎回毎回』
『お約束お約束』
『しかしこれ露骨にパクり過ぎとちゃうか?』
『パクり言うな! パクりと言うてはいかん。マージュと言え』
『マージュ?』
『そう。おフランス語でお上品に言うならおマージュだ』
『ネタ的に無理がありすぎるような』
『それに語尾はザマスだろその場合』
 ・・・
 点けっぱなしのテレビから流れる漫才が虚しく部屋にこだまする。
 ガラステーブルに向かい合って座り、古い小説で泥水と評されそうな
安物のコーヒーをすすっている播磨拳児と沢近愛理。
 播磨は黒ジーンズを穿いて殴られた個所をさすっている。
 沢近はそんな播磨を威嚇するように睨んでいる。
 あの時床に散らばっていた学生服はやはり二人のもので、酒でべたべたに
濡れていた。ので沢近は播磨のワイシャツを分捕って着ていた。
「・・・」
「・・・」


400 名前:Black_or_white :04/01/05 20:03 ID:ElScPe5m


 二人とも口を開かない。射し込む朝日が部屋を漂う埃を白く浮き上がらせ、
掛け時計がかちこちと音を立てる。
 コーヒーが飲み干され漫才が終わりを告げる程度の静寂が過ぎたころ。
「それで、そこのヒゲ」
「だれがヒゲ・・・あいや何で御座いましょう沢近サン」
「これってどういう事?」
「ああ、こいつら最近出てきた若手の芸人でな。毎回有名な漫才師を
パクってコントやってんだ」
「播磨君?」
「いえワタクシめの事などヒゲとお呼びください沢近サン」
 爽やかで明るい、しかし凄まじい恐怖を呼び起こす素敵な笑顔で微笑まれ、
がくがく震えながら卑屈な言葉を口走ってしまう播磨。それでも不良か。
 誤魔化すのを諦め、まじめに考える。
「・・・ええと、これは、なんと言うかその・・・夢?」


401 名前:Black_or_white :04/01/05 20:04 ID:ElScPe5m

 ぶんっ ごわしゃ
 笑顔のままマグカップをぶん投げる。播磨の顔に命中したそれは朝日に
照らされながらぱらぱらと美しく散っていった。
「目は覚めた?」
「ハイ。夢じゃありませんでしタ」
「全く・・・なんだってこんなことにならなきゃいけないのよ」
「それだ」
「なにが『それだ』なのよ」
「だからよ、何でこんなことになったんだ? つーか昨日何してたんだっけ俺ら」
「えぇと・・・昨日は・・・」
 二人して頭をひねり考え出す。
 沢近はとある男子(もう名前も覚えていないが)に誘われて学校帰りにデートをしていた。
 もっとも、男子の払いなのをいい事に好き放題に飲み食いした挙句、
相手に『愛理ちゃん』と馴れ馴れしい呼び方をされたのに気を悪くして
思い切り飲ませて酔い潰させた上、そのまま置いて帰るようなのをデート
と呼んでいいのかどうかは微妙だが。


402 名前:Black_or_white :04/01/05 20:05 ID:ElScPe5m

「・・・それで、それから・・・」
 帰り道で偶然播磨を見かけた。
 播磨は年上らしい女性・・・『あの時のお姉さん』とはまた違う人と一緒に歩いていて、
もの凄く頭に来て、一言言ってやろうと二人を追いかけて・・・
「・・・」
 なぜ頭に来たりするのよ。なぜ一言言ってやろうと思うのよ。
なぜ追いかけたりするのよ。・・・酔ってたのよ。私は酔ってたの。そうよそうに決まってる。
そうでなくちゃあんな真似する訳がない。

 眉をひそめて不機嫌そうにしている沢近の向かいで播磨も懸命に記憶をたどっていた。
 播磨は、めでたくバイト代が出たという事で、絃子と連れ立って外食に出ていた。
 今日くらいは贅沢をしようと思い、ラーメンとチャーハンとギョーザとカラアゲを食って・・・


403 名前:Black_or_white :04/01/05 20:05 ID:ElScPe5m

「・・・そんで、そっから・・・」
 生中を飲んで紹興酒を飲んであんずサワーを飲んだ辺りで天満ちゃんとあったような・・・
「・・・」
 そうだ、そうだよ。天満ちゃんに会って、一緒に飲んだんだ。
跳ねたように両サイドで止めた髪の房がいつもより大きかったり、なんか
いつもより吊り目がちだったり、いつのまにか脱色して金髪になってたけど
やっぱり天満ちゃんは可愛くて・・・あれ?
 播磨はゆっくりと顔を上げて沢近を見た。
 ツインテールで、吊り目がちで、金髪の沢近愛理。
「なあ、おい」
「なによ」
「もしかして俺ってもの凄く馬鹿なのか?」
「もしかしなくてもアナタはもの凄く馬鹿よ」
 お互いいらん記憶を掘り出してしまい鬱が入る。しかも、肝心なその後
の記憶はさっぱり思い出せない。


404 名前:Black_or_white :04/01/05 20:06 ID:ElScPe5m

「・・・うぅ」
「・・・ぬぅ」
 唸ってみても思い出せない。手詰まりになりかけたその時、救いをもたらす
感情薄めの女神が帰ってきた。
「ふむ? 二人とも起きていたかね。まあ、よい目覚めではなかったようだな」
「刑部先生!?」
「絃子! どこいってたんだよ!?」
「薬局だよ。二日酔いの薬がいるかと思ってな。だが、様子を見るに二日酔い
どころではなかったようだが?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どういう事? 何で刑部先生がここにいるのよ」
「ここは私の借りている部屋だからな」
「え? ええ? じゃ、じゃあ隣の汚い部屋は?」
「悪かったな汚くて。俺の部屋だよ」
「端的にいうと私の同居人なのだよ。拳児君は」
「な、なん、なんで。なんで?」
「あー、つまり。俺の従姉弟だよ。ガッコじゃ秘密にしてるけどな」


405 名前:Black_or_white :04/01/05 20:06 ID:ElScPe5m

「その縁で彼に頼まれてね。一部屋提供しているんだ。出来れば内密に
してくれると有り難いね。沢近さん」
 沢近は突然の、しかも予想外の乱入者に混乱していたが、絃子の何かを
含んだような笑顔に一つの記憶が不意に思い出された。

  − 播磨と一緒に歩いていたのは刑部先生だ −

「・・・なるほどね。『俺の絃子』か。なるほどね」
 うつむいて、食いしばった歯の隙間から言葉を漏らす。
「おい?」
「馬鹿みたい。私ってば、まるで馬鹿みたい」
「あー、沢近サン?」
「とんでもないことになったなんて思って。少しだけ、それでもいいかななんて思って。
少しだけ、ほんの少しだけ嬉しいなんて思って。まるきり道化みたいだわ」


406 名前:Black_or_white :04/01/05 20:07 ID:ElScPe5m

「えーそのー、聞いてます?」
「聞きたくない。私帰る。さよなら」
「まあ待ちなさい。誤解があるようだし、それは解いておきたいのだがね」
「聞きたくありません。失礼します」
 吐き捨てるように言って、のしのしと玄関に向かって歩いていく沢近。
絃子はその背中に向かって、
「その格好で帰るのかね。正直、お勧めしないな」
 立ち止まる。沢近は下着にワイシャツのままだ。振り向いて、播磨の部屋に
のしのしと歩いていく。
「制服は酒まみれなままだろう。あれを着て帰るのもどうかと思うよ。
よければ私の服を貸すが、そのついでに話を聞いてはくれないかね?」


407 名前:Black_or_white :04/01/05 20:08 ID:ElScPe5m

 また立ち止まる。結局もとの位置に戻った沢近は、絃子を見て、播磨を睨みつけて、
自分の格好を見下ろしてから、大きく息を吐いて座り込んだ。


   ・  ・  ・


 ずず ずずず
 新たに入れなおしたコーヒーを3人ですする。泥水のようだと思っていた
それは、絃子の手によって入れられた途端、嘘のように美味しくなった。
 サングラスの奥から涙を流し、良かった、ホントに良かった。と何度も
呟く播磨の横で、沢近は羞恥に頬を染めながら両手で包み込むように持った
カップを覗き込んで唸り続ける。

 絃子の説明は端的だった。『従姉弟』同士で飲んでいたら、級友(?)であり
教え子である金髪の酔っ払いが闖入してきて播磨と言い争いになり、なぜか
意気投合して三人で飲み始め、そのうち二人が悪酔いしてげらげら笑いながら
酒をぶっ掛けあい始めた。


408 名前:Black_or_white :04/01/05 20:09 ID:ElScPe5m

 あまりの騒ぎを見咎めた店員が三人纏めて店を追い出し(ついでに出禁も
言い渡された)。飲み床を失った酔っ払い共は河岸を変えて飲みなおすべく
絃子のマンションに向かい、着くなり同じベッドで寝入ってしまった。
「と、まあそんな訳だ。ああそう、服を着ていないのはべたべたするから
と言って二人して脱いだからで、一応寝静まるまで見ていたがやましい事は
していなかったように思うよ」
 と、そう絃子は話を締めた。

 ずず。コーヒーをすすりながら絃子の言葉を反芻する。安堵で心が静まり、
今度は先ほど自分が自棄気味に口走った自嘲の言葉を思い出す。

  ほんの少しだけ嬉しいなんて思って。

 うぅ。恥ずかしさにうめく。ちらりと播磨に視線をやると、サングラスを
外して涙をぬぐっていて、その意外なほど整った顔立ちに目を丸くする。


409 名前:Black_or_white :04/01/05 20:10 ID:ElScPe5m

 なんだ、素顔は結構いい男なんじゃない。少し、心が昂ぶる。と、思いきや
「安心したぜ。俺はまだ清い身体のままなんだな」
 むか
 ばしゃ
「どぉわっちゃーっっっっ!!」
「・・・ふん」
 コーヒーを掛けられて熱さにのた打ち回る播磨。怒りもあらわに立ち上がり
びし! と沢近を指差し、
「いきなり何しやがるテメェっ! あっちいだろがっ!」
 沢近もがば、と立ち上がり挑みかかるように播磨を睨み
「何よ! むさっ苦しい男が清い身体だなんて薄ら寒い台詞吐くからじゃない!
大体何よ勘違いとはいえこの私が相手なのよ! むしろ光栄に思いなさい!」
「寝ぼけてんのかテメェは! さっきあんなに嫌がってただろうが!」
「当ったり前でしょそんなの! アンタが相手だなんてぞっとしないわよ!」
「だったらなんで光栄になんぞ思わなきゃいけねぇんだよっ!」
「それとこれとは話が別だって言ってるのよ!」


410 名前:Black_or_white :04/01/05 20:11 ID:ElScPe5m

「・・・!・・・」
「!!・・・!」
「ふむ」
 絃子はどこぞの猫と鼠のように仲良く喧嘩している二人を見ながら実に楽しげに頷いた。


 しかしまぁ、昨日の帰り道で聞こえた、『なんでアンタなんか好きになっちゃったんだろ』
という誰かの台詞は教えない方が良いのだろうかな?




    おわりー
2012年02月22日(水) 14:39:11 Modified by ID:bDtRlwck1w




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