IF2・I_just_can't_stop_loving_you

197 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:38 ID:+2ixxsss

 申年の元旦。午前一時。ちょっと過ぎ。
 普段は不埒なカップルが酒飲んでたり、動物がかくまわれてたり、
『とんでもねアタシャ神様だよ』とばかりに播磨が出てきたりするくらいで閑散としている
矢神神社も、盆暮れ正月は人いきれに包まれる。
 出店があれば、踊りも奉ずる。神主唸れば巫女走る。
 おめでとーございますありがとーございますギャラはひとりじめでございます。
 やかましくって楽しげで、騒々しくて華々しくて。
 なにやら名状しがたいが、とにかくお祭り騒ぎな訳で、そんな所に出かけてみれば
「あ」
「お」
 珍しい顔に会うこともある。沢近愛理と播磨拳児。


198 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:38 ID:+2ixxsss

「何であんたがこんなとこにいるのよ」
「何でとはなんだ。初詣に決まってんじゃねえか」
「えーと、不良の集会?」
「あるかそんなの!初詣だっつってんだろ」
「じゃあ、お祈りとかしたの?」
「そりゃするだろ」
「おみくじも引いたりなんかしちゃったりなんかしたりして?」
「そりゃ引くよ。つーか誰のマネだそれ?」
「よもやと思うけど破魔矢なんか買わないわよね?」
「俺が手に持ってるの見ながら言うかそれを」
 腕を組んで唸る。うぅむ。
「何で?」
「さっきも聞いただろそれ。俺がここにいるのがそんな不思議かよ?」
「不思議って言うか、来ちゃ駄目でしょアナタ」
「何でいきなり駄目とかいう話になるんだよっ!」


199 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:39 ID:+2ixxsss

「だって初詣って真っ当な人用のイベントだもの。アナタ違うでしょ?」
「さり気にレイシスト発言かよ!KKKかテメェは!」
「女の子になんてこというのよ!大体厚かましいわよ本来なら
放送禁止用語で罵られるべき不確定名ヒゲグラサンの癖に!」
「不確定名ってなんだよ名前知ってんだろが!つーかこないだのこと根に持ってるだろオマエ!」
「当ったり前でしょそんなのっ!口聞いてもらえるだけありがたうわひゃっ」
 今日の沢近愛理は和服だ。
 赤の晴れ着と銀のかんざし。髪は纏めてうなじを見せる。
 鏡に向かって「よし」と頷くほど気合を入れてめかしこんだ。
 で、もちろん下駄履きだ。バカボンのパパじゃあるまいし和服に靴なんか履かない。
 慣れてない上に言い争いながら歩いてるもんだからけっつまづいた。
 可愛げな悲鳴をあげて転ぶ。
「・・・」
「・・・」


200 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:39 ID:+2ixxsss

 もとい、転ばなかった。播磨が肘をつかんで支えている。
「・・・で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・アリガト」
 悔しげに礼を言う愛理。播磨は得意げに鼻を鳴らして
「ま、あれだ。人をどうこう言う前にテメェの足元をおおおおおぉぉぉぉおぅおぅ
おぅおぅいだだだだだだいてぇいてぇいてぇいてぇいてぇーーーーーーーーーっ」
 足を踏み外して神社の長い階段を転がり落ちていく播磨。
 はぁ。呆れ果てた、という風なため息をついて、でも少し楽しそうに
「夜なのにサングラスなんか掛けてるからよ。馬鹿ね」
 転ばないように気をつけて、でも急いで播磨を追う。手当てくらいはしてやろう。

「・・・で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・アリガトヨ」
 悔しげに礼を言う播磨。ばつの悪さをごまかすように伸びをして首を回す。
 ぎしぎしぎしぎし。痛む身体を無理に抑えて歩き出す。


201 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:40 ID:+2ixxsss

「じゃあな。気ぃつけて帰れよ」
「え? あ。ちょっと待ってよ」
 しまった。つい追いかけてしまった。いきなり別れの言葉を聞いたから。
 どうしよう。まあいいや。ついていこう。予定があるわけでもないし。
「アナタ、これからどうするの?」
「行くとこがあんだよ」
「・・・不良の集会?」
「あるかそんなの! 動物園だよ!」
「ものすごく意外・・・でもないか。動物占いしてたしね。元旦から開園してるの?」
「やってねぇ」
「不法侵入・・・」
「するかっ!」
「珍しい動物をさらってきて売り払うのね。なんてこと。動物に好かれてるのを
逆手に取るなんてとんでもない外道だわ。鬼畜の所業よ」
「聞けよいいから俺の話をっ! バイトしてんだそこでっ!これから挨拶に
顔出すんだよ! 判ったか!? つーか判れ! 人聞き悪ぃこと口走んな!」


202 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:40 ID:+2ixxsss

「そんなの最初から判ってるわよ。軽い冗談も解しないなんて、面白味のない男ね」
「この女・・・」
「にしても、動物園か。うん、いいわねそれ」
「・・・ついて来る気か?」
「行った事ないんだもの。別にいいでしょ?」
「やれやれだぜ」
「あ、なによその態度。元旦に女の子が一緒にいてくれるんだから嬉しそうになさい」
「うわあいやったあー」
「心がこもってなーい! やり直し!」
「リテイクかよ!? 2回もやるかっ」
 なぜだろう、楽しい。
 いやな男のはずなのに、ものすごく楽しい。
 動物園に、行くからじゃない。それもあるけど、それだけじゃない。楽しい。
 デートだって、初めてじゃない。なのになんだろ、すごく楽しみ。


203 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:41 ID:+2ixxsss



   ・  ・  ・


 がこ がこ がこ がこ
 すた すた すた すた
 蹴り付けるように歩くせいで下駄がいやな足音を立てる。うるさいわね。
「なあ、おい」
「なによ」
 播磨が話し掛けてくる。今は聞きたくない。なにを聞かれるかは判ってる。
「なに怒ってんだオマエ」
「怒ってなんかいないわよ。何であたしが怒るのよ」
 ほらみなさい。当たったでしょ。でも嬉しくなんかない。不愉快。


204 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:41 ID:+2ixxsss

「現に怒ってんじゃねぇか。途中まで喜んでたのに」
「えぇ、えぇ、喜んでましたとも。動物達が可愛くて」
 そう、楽しかった。途中まで。動物達は播磨にとてもなついてて、
私に芸も見せてくれた。すごく、すごく、楽しかった。
「それが何で怒り出すんだよ」
「怒ってないって言ってるでしょう。まったくホントにしつっこいわね」
 播磨と一緒に、宿直室に顔を出した。そこには当番の職員さんと、
播磨の弟と、そして塚本八雲がいた。
 彼女はおせちを作って来ていて、それを皆で食べてきた。おいしかった。
「理屈に合わねえだろうがよ。怒る理由がなんかあったか?」
「理屈はちゃんと合ってるわよ。私は怒ってないんだから」
 今は帰り道。播磨に送ってもらっている。いらいらする。
 行きはあんなに楽しかったのに。帰りは腹立たしいばかり。
「だから女は判らねぇ」
「えぇ、えぇ、そうでしょうともよ。アナタに判るはずないわ」
 播磨に判るはずがない。私自身に判らないのに、この鈍感に判るもんか。


205 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:42 ID:+2ixxsss

 そう、怒る理由なんかない。だから怒るはずがない。
 なのに、いらいらする。
 なんか知らんがついて来た。そう言う播磨の言葉と、それを聞いてあからさまにほっとした八雲にむっとした。
 皆でおせちを食べる時、八雲が当たり前の様に播磨の隣に座ったのがなぜか不快だった。
 かいがいしく播磨の世話を焼く八雲がとても幸せそうな顔をしていて、訳もなく癇に障った。
 帰るとき、弟に送っていくと言いだされ、播磨に送って貰いたそうにしている八雲に胸が軋んだ。
 何より腹に据えかねたのは、私が何も知らなかった事。
 播磨に弟がいた事、一緒にいた動物達が今は動物園にいる事、そうなるに至ったいきさつの事、
動物園でバイトをしている事、休日ごとに八雲が動物園に来ている事。何も、何も知らなかった。
 当たり前だ、知らされてないんだから。だって私は何も関わってない。

   私は何の関係もない他人だから、何を知らされる訳もない。


206 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:45 ID:+2ixxsss

「・・・なあ、おい」
「・・・今度は、何よ」
「なんでいきなり泣き出すんだよ」
「泣く? 私が? 馬鹿言わないで。私が泣くわけないじゃない」
「現に泣いてるだろ、今」
「泣いてないわよ。それこそ理由がないじゃない。どうして、私が、泣いたり、なん、か」
 なんで? 悔しい。
 どうして? 悲しい。
 すごく、辛い。
 判らない。でも、嫌。今日知った色んな事が、みんな嫌。
 そんな嫌な事でも、今日偶然知らなければ恐らく一生知ることが出来なかったろう事実が、すごく嫌。
「ひっ うぇっ ぐす・・・」
 どうして、こんな、嫌な思いを。今日はめでたい日のはずなのに。


207 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:46 ID:+2ixxsss

 ぽすっ
「・・・え?」
 播磨の大きな手が、頭の上に載せられている。
「泣くなよ。泣くな」
 さら さら
 優しく撫でてくれている。
「・・・なによ? それ」
「なにって、何がだよ?」
 さら さら
 撫でる手は止まらない。
「こんな、子供みたいな扱い」
「しょうがねぇだろ。泣いてる奴をあやす方法なんてこれしか知らねぇんだから」
 そっぽを向いて、恥ずかしそうに唸っている。
 さら さら
 ずっと、撫でてくれている。
 ・・・気持ちいい。
「もう、これじゃ私、馬鹿みたいじゃない」


208 名前:I_just_can't_stop_loving_you :03/12/31 11:46 ID:+2ixxsss

「お、泣き止んだな。よしよし」
 手が、離れてく。
「・・・あ」
 きゅ
 ・・・
「・・・」
「・・・」
 ・・・どうしよう。袖、掴んじゃった。
「なんで?」
「ええと、その、なんていうか、その」
 なにか、言い訳。なんでもいいから。
 やめないで。違う違う。
 もっと撫でて。そうじゃないでしょ。
 うぅ。ホントにどうしよう。
「・・・勘弁しろよな」
 ぽす
 さら さら
「・・・・・・・・・・・・・・・アリガト」
 さら さら
 なぜだろう、嬉しい。
 いやな男のはずなのに、ものすごく嬉しい。
 子供みたいに、あやされてるのに。恥ずかしいけど、それだけじゃない。嬉しい。
 優しくされるの、初めてじゃない。なのになんだろ、すごく嬉しい。
 さら さら
「・・・・・・・・・・・・・・・アリガト」
「・・・ふん」

 これってもしや。まさか、まさかね。
 この気持ちって。そんな、まさかね。

 ・・・まさか、ね。



    おわりー
2007年11月11日(日) 02:29:11 Modified by ID:aljxXPLtNA




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