IF2・WHEN HARRY MET SALLY…

608 :○播磨 拳児、センチメンタル。○ :04/01/09 01:58 ID:at3mwqp8

播磨 拳児は今日もバイクを走らせる。
またここに来ちまった──。
半ば身を隠すようにして、切なげな視線を送る。
見つめる先にいるのは…かつて共に暮らし、心を通わせた相手。
今はもう、互いの間には大きな隔たりがある。
越えようのない壁が。深く暗い堀が。
それは決して望んだ別れではなかった。
固く、きつく抱きしめ、最後の刻まで離れ離れになるのを拒んだ。
それでも、周りがそれを許さなかった。
身を切るような辛さ。
一緒にいたいと思う。ささやかな願い。それが、心をこんなにも傷つけるなんて。
苦しむ相手を想い、別れを選んだ。
サングラスを外す。レンズ1枚の壁ぐらい、せめて取り去りたい。
向こうも気付いている。
つぶらな瞳に憂いを漂わせ、視線を絡ませる。
もう、別々の道を進まねばならぬ。
それぞれの生活が、日常が、既にある。
それでも。
会いたい。姿を見たい。無事を確認したい。
幸せを見届けたい。俺が与えられなかった…幸せを。
口に出してはいけないのかも知れない。
言葉を投げてはいけないのかも知れない。
それでも。
そうせずにはいられない。
──呼び慣れた、その名を口にする。



609 :○塚本 八雲、今日は天満のセコンド。○ :04/01/09 01:59 ID:at3mwqp8

「ピョートル──。」
芸達者なキリンの周りには、今日も結構な数の子供たちが群がる。
無事でいるみたいだな。よかった…。

「播磨先輩!」 弾んだ声に振り向く。
亜麻色の髪の少女がこちらに手を振りながら近づいてくるところだった。
「あんた……塚本の妹さんの友達の」
「サラです。サラ=アディエマス。」
これまでも何度か同じ場所で顔を合わせたことはあったが、今日はいつもと違うところがあった。
「今日は、妹さんと一緒じゃないんだ?」
「八雲は、急にお姉さんと出掛ける用事ができたみたいで。今日は私一人です。」
「…そうか。」
ガッカリしました?と茶化すように聞いてみる。別にい?そうじゃねえけどな。
「いつも二人一緒でいるだろ?なんかミョーな感じがしてよ。」
全くうろたえた素振りを見せない。なーんだ、つまんないの。

「─そういえば、八雲ぬきで先輩とお話するのって、初めてかしら。」
「と言っても、妹さんとはあんまりしゃべってないけどな。」
クスッと笑う。そういえばそうだ。三人でいても、八雲はあまり言葉を発してはいない。
「妹さん、俺のこと何か言ってた? 怖いとか、…おっかないとか。」
「いいえ。播磨先輩─怖いなんてことありませんよ。」
動物に接する姿を通し、八雲とサラは彼の優しさを目にしている。ほら、今も。
「そうか?なんだか避けられてるっていうか、嫌われてんじゃねえかって気がすんだよな。」
「気のせいですよお。…あのコはもともと口数の多い方じゃないんです。
それに、男の人が苦手っていうか…すごく引っ込み思案なところがありますから。」
「あ、そう…。」



610 :○播磨 拳児、天満の「ヒゲ、ステキ」発言に勘違い中。○ :04/01/09 02:00 ID:at3mwqp8

しばし無言。どことなく気まずい沈黙。
突然─ゴクリという大きな音が聞こえ、驚く。ツバを飲み込んだ音。先輩、緊張してる?
「じゃ…じゃあ、妹さんのお姉さんが、何か言ってたとか、聞いてない?」
「え? いえ、特に何も…。」
「そ、そうか……。」
「──何かあったんですか?八雲のお姉さんと。」
「い、いや、何でもないんだ。何でも…。」
ちょっと凹んだように見える。なんだかわからないけど、そっとしておいた方がよさそうだ。

「お昼にしましょうか。今日は八雲がいないから、私がお弁当作ってきました。」
「おお!悪いな毎週。気ぃ使わなくていいんだぜ。」
「気にしないでください。先輩の食べっぷりを見てると、なんか嬉しくて。」
「そうかぁ?…実は結構アテにしてたりしてな。」
「それに、ちょっとしたデート気分で楽しくありません?」
「バ…バカ言うなよ!」 照れてる。困ってる。こういうの、慣れてないんだ。

ピョートルに目を移す二人。しばし無言。心地よい沈黙。
「ピョートル…ちょっと元気がないんじゃありません?」
「ああ、やっぱりそう思うか?」
「やっぱり、八雲がいないと寂しいのかな…。」
私だけじゃ、ダメ?物足りない? これってちょっとヒガミかな?
「んなことねーだろ。」
「そうかしら。」
「俺と友達さんが来てるんだ。それで寂しいなんて言ったらバチが当たるぜ。」
「…サラです。サラ=アディエマス。」



611 :○お弁当は、サンドイッチとアップルティー。○ :04/01/09 02:01 ID:at3mwqp8

珍しく八雲がそばにいない。言うなら今だ。彼女の前では言いづらかった─あの事を。
「あのコ…。」
「ん?」
「あのコ…八雲、とっても頑張ってます。男の人に対して、前向きになろうとしています。
だから、播磨先輩……あのコの力になってあげてくれませんか。」
「お、俺が?」
「八雲、播磨先輩にはとっても自然に接してます。他の人よりも心を開いてる。」
釈然としない顔。…あれで…か? と言いたそうな。
「間違いありません!なんてったって、『さん』ですから。」
「サン…? なんだそりゃ。」

播磨「さん」。先輩じゃなくて、「さん」。
八雲自身、意識しないでそう呼んでいる。自覚がないからこそ、本物だと思うのだ。
例え、それがまだ「恋」と呼べるようなものでないとしても。

「彼女、何かに心を縛られているような気がして…私には見えない、何かを見ているような。
それでも前に進もうとしてる。一歩踏み出そうともがいてる。
私、そんな八雲の背中を押してあげられたら…って。
だから播磨さんには、引っ張って欲しい。彼女の手を引いてあげてくれたら、きっと……。」
「友達さん。」
「はい?」
「あんた──いいヤツだな。」
「!」
思わず照れてしまい、うつむく。面と向かってそんなこと言われると、なんだかくすぐったい。



612 :○播磨 拳児、イジられまくり。○ :04/01/09 02:02 ID:at3mwqp8

「さようなら。今日はとっても楽しかった。」
「そう?俺しかいなくて、楽しくなかったんじゃないか?」
「いいえ。すごく得した気分です。播磨さんの目って、意外とカワイイんだ。」
「? お、おおっ!」
慌ててサングラスをかける。
「八雲が聞いたら悔しがるだろうな〜。」
「見せもんじゃねえんだ、んなこと言わなくていいよ!」
「んー…それじゃあ、二人だけの秘密ってことで。」
「秘密って…あやしい言い方すんなって。」
「フフフ。じゃ、また来週!」
「おう!妹さんによろしくな!あと妹さんのお姉さんにも!」
「今度、茶道部にも遊びに来て下さいね。八雲も喜びます。」
「へっ、茶ぁなんてガラじゃねえよ──。」
「意外と似合うと思いますよ。播磨さんとお茶! シブくて。」
「そ…そうかあ?」 まんざらでもない顔。やっぱり、カワイイ。
…ごめんなさい、ウソです。でもこれはナイショ。

帰り道。夕暮れの町を歩く。足取りは軽い。
塚本の妹さんの友達。妹さんのお姉さん。播磨さんの呼び方は、いつも八雲のお姉さんが起点だ。
「頑張れ八雲!ライバルは手強いわよ。姉妹だからって、負けちゃダメよ…!」
グッと拳に力を込める。そうよ。八雲がその気になったら、播磨さんだって──。

あれ?

播磨「さん」。先輩じゃなくて、「さん」。


「……参ったなあ……。」
夕暮れの空を見上げ、つぶやく。


「ねえ八雲。私もライバルよって言ったら…あなた、どうする──?」


 〜fin〜
2008年03月05日(水) 03:51:04 Modified by ID:aljxXPLtNA




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