IF20・A Better Tomorrow
659 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:47 ID:y/ZDjkeU
話があるんだ、と。
そう言われたとき、不思議と播磨は冷静だった。
いつかはそんなことがあるかもしれない、そう思っていたわけではないはずなのに。
――俺は。
何かを言おうとして、けれどそれは言葉にならず。
「いいぜ、聞いてやるよ」
結局それだけを口にして、播磨は彼のあとに続いた。
烏丸大路のあとに。
A Better Tomorrow -男たちの挽歌-
「ここで君と初めて話したんだったね」
烏丸が足を止めたのは、校舎の裏にある水飲み場だった。播磨の中では『どうでも
いいこと』に分類されているそんな出来事も、彼の中では記憶に刻まれているらしい。
「あれからいろんなことがあった」
相変わらずどこを見ているのかよく分からない、そんな眼差しで呟く烏丸に、やっぱり
コイツは分からねぇ、と思う播磨。何を考え、何を思い生きているのか。その欠片さえも
感じ取ることが出来ない。
けれど、それと同時に。
――コイツは俺と違う世界を見てるのかもしれねぇ。
そんなこともまた、ふと思った。
660 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:47 ID:y/ZDjkeU
同じものを見ても、人によって感じ方が異なる――そんなこととは比較にならない次元
で、まったく違うものを見ているのかもしれない、と。
お前はいったい何を見てるんだ。無意味な問を放とうとしたとき、普段と変わらぬ淡々
とした声で、烏丸が告げた。
「僕は、塚本さんのことが好きなんだと思う」
そうか、と播磨は答えた。
だからどうした、と思い。
ああそうなのか、と思い。
それだけを答えた。
いつかはそんなことがあるかもしれない、そう思っていたわけではないはずなのに、
不思議と心は穏やかだった。
――分かっちゃいたんだろうな、それでも。
誰が何をどう思おうと、彼自身の気持ちに揺らぎはない。
だとしても。
塚本天満は烏丸大路のことが好きで。
烏丸大路も塚本天満のことが好きならば。
嘘偽りない気持ちだからこそ、それは行き場を失い沈んでいく。
言い表しようのない虚脱感。
だが。
だがまだだ、と播磨は思う。
コイツの話はまだ終わっていないと本能が告げている。
「播磨君は塚本さんのこと、好きなんだよね」
そして次に投げられたのは、ストレートだった。精密機械のようにコントロールされた、
わずかのずれもない、正真正銘の。
661 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:48 ID:y/ZDjkeU
「ああ、そうだ」
いつか交わした、『行ってあげるんだ』、という言葉にも似たそれに、播磨は応えた。
そこに、あのときとは違う意味がこめられていることを理解した上で、確認するように
してそう言った。
俺は天満ちゃんのことが好きだ、と。
それを聞いた烏丸は小さく頷き、君は知らないかもしれないけど、そう口を開く。
「僕はもうすぐ転校しなくちゃいけない」
そんな話をどこかで聞いた気もする、記憶の隅を掘り返しながらも、何故そんなことを
自分に言うのかと疑問に思う播磨。そんな彼の様子には構わず、烏丸は言葉を続ける。
「――塚本さんと一緒にいることは出来ない」
その瞬間、播磨の心に鈍い痛みが走る。鋭利な刃物に貫かれた激しいそれとは違う、
じわりじわりと浸透していくようでいて、死に至ることだけは確定している、痛み。
目の前のこの男は、何を言おうとしているのか。
「おい烏丸!テメェ――」
制止の声は届かない。
だから。
「だからそのときは、君が」
だから烏丸の言葉は最後まで紡がれるはずだった。
押し止めたのは、播磨の拳だ。
自らの腹部に埋められたそれを見下ろしてから、烏丸は膝を落とす。
662 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:48 ID:y/ZDjkeU
「痛ぇか?痛ぇよな?」
これでも手加減してやってんだから感謝しろよ。吐き捨てるようにそう言ってから、静かに
問いかける播磨。
「お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
「僕は、塚本さんに、幸せに、」
「じゃあそうじゃねぇだろ!?」
吼えた。
生まれてこの方、不良と呼ばれる生き方をしていたころさえ出したことのないような声で。
「テメェにな、置いてかれた天満ちゃんの気持ちが分かるのか!?おまけに俺にその後釜に
座れって言ってんのか!?」
舐めてんのか、そう叫んだ。
腹が立っていたのだ、好きだと言っていながらそれを裏切る烏丸と、そして今まで何もする
ことが出来なかった自分自身に。
「誰かを好きになるって気持ちは、そんなに簡単に埋められるもんじゃねぇんだよ。だいたいな、
お前はそれでいいのか?」
「僕は……」
「よくねぇよな?そうに決まってる。普段何考えてんだか分かんねぇヤツが、わざわざ人呼び出し
てまでこんなことやってんだからな」
どうでもいいのなら、黙ってただいなくなればいい。
けれど、烏丸はそうしなかった。
それはつまり。
――コイツの気持ちも本物だってことだ。
663 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:49 ID:y/ZDjkeU
「俺はな、天満ちゃんと一緒にお前の誕生日プレゼントまで買いに行ったんだ。あんときな、ずっと
笑ってたんだよ、天満ちゃん。テメェのために何か出来るのが、楽しくて仕方がないって感じにな」
そこにあったのは、間違いなく自分に向けられるのとは違った種類の笑顔だった。そう思い返し
ながら、分かるか、分かるよな、と問を重ねる。
「おら、さっさと立てよ。何のために手加減してやったと思ってんだよ。今すぐテメェの気持ちを
伝えてきやがれ」
その言葉に、ゆっくりと、けれど確かに立ち上がる烏丸。歩き出そうと足を踏みだしたその先に、
播磨は身体を割り込ませる。
「……?」
「……分かってねぇな。今目の前にいるのは誰だ?テメェに一発ぶちかましたムカツク野郎だぜ?
そんなヤツをここでぶちのめさねぇでどうすんだよ」
こいよ、と構えてみせる播磨に、応えるようにして身構える烏丸。刹那、その身体が地に伏せる
ようにして沈み込み、迅った。
「へっ、やるじゃねぇか」
突き上げるような掌底を受けながら、平然とした様子で、行けよ、と道を空ける播磨。
「播磨君、君は……」
「バカ野郎」
それでいいのか、そう言いたげな烏丸に笑ってみせる。
664 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:49 ID:y/ZDjkeU
「誰が諦めるっつったんだよ、順番を先に譲ってやるだけだ。お前が天満ちゃんに気持ちを伝えて
から、そん次は俺の番だ――なんだってな、後ろからブチ抜くのが最高にカッコいいんだよ」
覚えとけ――もう一度笑ってみせた播磨に、うん、と頷いて。
笑ってみせた、烏丸も。
「じゃあな、とっとと行っちまえ」
「ありがとう」
そして走り去る烏丸。
――そういえば、アイツの走るトコなんて見たことねぇなあ。
そんなことを考えながら、その足音が聞こえなくなったのを確認してから前のめりに倒れ込む。
「……くっそ、手加減してこれか。見かけによらずやるじゃねぇか」
しばらく動けねぇと思いつつも、寝返りを打つようにして仰向けに起き直る。
見えるのは空だ。
雲一つない。
その空に向かって。
「俺は諦めねぇからなーっ!!」
神様なんてものがいるなら、ソイツも聞きやがれと。
播磨は、叫んだ――
話があるんだ、と。
そう言われたとき、不思議と播磨は冷静だった。
いつかはそんなことがあるかもしれない、そう思っていたわけではないはずなのに。
――俺は。
何かを言おうとして、けれどそれは言葉にならず。
「いいぜ、聞いてやるよ」
結局それだけを口にして、播磨は彼のあとに続いた。
烏丸大路のあとに。
A Better Tomorrow -男たちの挽歌-
「ここで君と初めて話したんだったね」
烏丸が足を止めたのは、校舎の裏にある水飲み場だった。播磨の中では『どうでも
いいこと』に分類されているそんな出来事も、彼の中では記憶に刻まれているらしい。
「あれからいろんなことがあった」
相変わらずどこを見ているのかよく分からない、そんな眼差しで呟く烏丸に、やっぱり
コイツは分からねぇ、と思う播磨。何を考え、何を思い生きているのか。その欠片さえも
感じ取ることが出来ない。
けれど、それと同時に。
――コイツは俺と違う世界を見てるのかもしれねぇ。
そんなこともまた、ふと思った。
660 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:47 ID:y/ZDjkeU
同じものを見ても、人によって感じ方が異なる――そんなこととは比較にならない次元
で、まったく違うものを見ているのかもしれない、と。
お前はいったい何を見てるんだ。無意味な問を放とうとしたとき、普段と変わらぬ淡々
とした声で、烏丸が告げた。
「僕は、塚本さんのことが好きなんだと思う」
そうか、と播磨は答えた。
だからどうした、と思い。
ああそうなのか、と思い。
それだけを答えた。
いつかはそんなことがあるかもしれない、そう思っていたわけではないはずなのに、
不思議と心は穏やかだった。
――分かっちゃいたんだろうな、それでも。
誰が何をどう思おうと、彼自身の気持ちに揺らぎはない。
だとしても。
塚本天満は烏丸大路のことが好きで。
烏丸大路も塚本天満のことが好きならば。
嘘偽りない気持ちだからこそ、それは行き場を失い沈んでいく。
言い表しようのない虚脱感。
だが。
だがまだだ、と播磨は思う。
コイツの話はまだ終わっていないと本能が告げている。
「播磨君は塚本さんのこと、好きなんだよね」
そして次に投げられたのは、ストレートだった。精密機械のようにコントロールされた、
わずかのずれもない、正真正銘の。
661 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:48 ID:y/ZDjkeU
「ああ、そうだ」
いつか交わした、『行ってあげるんだ』、という言葉にも似たそれに、播磨は応えた。
そこに、あのときとは違う意味がこめられていることを理解した上で、確認するように
してそう言った。
俺は天満ちゃんのことが好きだ、と。
それを聞いた烏丸は小さく頷き、君は知らないかもしれないけど、そう口を開く。
「僕はもうすぐ転校しなくちゃいけない」
そんな話をどこかで聞いた気もする、記憶の隅を掘り返しながらも、何故そんなことを
自分に言うのかと疑問に思う播磨。そんな彼の様子には構わず、烏丸は言葉を続ける。
「――塚本さんと一緒にいることは出来ない」
その瞬間、播磨の心に鈍い痛みが走る。鋭利な刃物に貫かれた激しいそれとは違う、
じわりじわりと浸透していくようでいて、死に至ることだけは確定している、痛み。
目の前のこの男は、何を言おうとしているのか。
「おい烏丸!テメェ――」
制止の声は届かない。
だから。
「だからそのときは、君が」
だから烏丸の言葉は最後まで紡がれるはずだった。
押し止めたのは、播磨の拳だ。
自らの腹部に埋められたそれを見下ろしてから、烏丸は膝を落とす。
662 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:48 ID:y/ZDjkeU
「痛ぇか?痛ぇよな?」
これでも手加減してやってんだから感謝しろよ。吐き捨てるようにそう言ってから、静かに
問いかける播磨。
「お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
「僕は、塚本さんに、幸せに、」
「じゃあそうじゃねぇだろ!?」
吼えた。
生まれてこの方、不良と呼ばれる生き方をしていたころさえ出したことのないような声で。
「テメェにな、置いてかれた天満ちゃんの気持ちが分かるのか!?おまけに俺にその後釜に
座れって言ってんのか!?」
舐めてんのか、そう叫んだ。
腹が立っていたのだ、好きだと言っていながらそれを裏切る烏丸と、そして今まで何もする
ことが出来なかった自分自身に。
「誰かを好きになるって気持ちは、そんなに簡単に埋められるもんじゃねぇんだよ。だいたいな、
お前はそれでいいのか?」
「僕は……」
「よくねぇよな?そうに決まってる。普段何考えてんだか分かんねぇヤツが、わざわざ人呼び出し
てまでこんなことやってんだからな」
どうでもいいのなら、黙ってただいなくなればいい。
けれど、烏丸はそうしなかった。
それはつまり。
――コイツの気持ちも本物だってことだ。
663 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:49 ID:y/ZDjkeU
「俺はな、天満ちゃんと一緒にお前の誕生日プレゼントまで買いに行ったんだ。あんときな、ずっと
笑ってたんだよ、天満ちゃん。テメェのために何か出来るのが、楽しくて仕方がないって感じにな」
そこにあったのは、間違いなく自分に向けられるのとは違った種類の笑顔だった。そう思い返し
ながら、分かるか、分かるよな、と問を重ねる。
「おら、さっさと立てよ。何のために手加減してやったと思ってんだよ。今すぐテメェの気持ちを
伝えてきやがれ」
その言葉に、ゆっくりと、けれど確かに立ち上がる烏丸。歩き出そうと足を踏みだしたその先に、
播磨は身体を割り込ませる。
「……?」
「……分かってねぇな。今目の前にいるのは誰だ?テメェに一発ぶちかましたムカツク野郎だぜ?
そんなヤツをここでぶちのめさねぇでどうすんだよ」
こいよ、と構えてみせる播磨に、応えるようにして身構える烏丸。刹那、その身体が地に伏せる
ようにして沈み込み、迅った。
「へっ、やるじゃねぇか」
突き上げるような掌底を受けながら、平然とした様子で、行けよ、と道を空ける播磨。
「播磨君、君は……」
「バカ野郎」
それでいいのか、そう言いたげな烏丸に笑ってみせる。
664 :A Better Tomorrow :05/03/10 11:49 ID:y/ZDjkeU
「誰が諦めるっつったんだよ、順番を先に譲ってやるだけだ。お前が天満ちゃんに気持ちを伝えて
から、そん次は俺の番だ――なんだってな、後ろからブチ抜くのが最高にカッコいいんだよ」
覚えとけ――もう一度笑ってみせた播磨に、うん、と頷いて。
笑ってみせた、烏丸も。
「じゃあな、とっとと行っちまえ」
「ありがとう」
そして走り去る烏丸。
――そういえば、アイツの走るトコなんて見たことねぇなあ。
そんなことを考えながら、その足音が聞こえなくなったのを確認してから前のめりに倒れ込む。
「……くっそ、手加減してこれか。見かけによらずやるじゃねぇか」
しばらく動けねぇと思いつつも、寝返りを打つようにして仰向けに起き直る。
見えるのは空だ。
雲一つない。
その空に向かって。
「俺は諦めねぇからなーっ!!」
神様なんてものがいるなら、ソイツも聞きやがれと。
播磨は、叫んだ――
2010年11月21日(日) 12:19:57 Modified by ID:/AHkjZedow