IF21・「…雪」

351 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:31 ID:sTzj4su6

入稿が終えたオレが建物の外へ出ると、ずいぶんと暗くなっていた。
時計を見ればまだ五時にもなっていないのに、本当に日が暮れるのは早い。

まあ、もう今年も終わるんだから当然か。
明後日が終業式だっけか? それくらいはサボらずに出席しねーとなー…。

寒さに制服の襟元を寄せ集め、オレは繁華街を歩く。
チカチカと点滅するライトとなんだか派手な金色の飾り付けに、そろそろクリスマスが近いことに気づいた。
別に予定はなく暇だ。だからといって、去年みたいにケンカして暴れまくるつもりもねえ。
今のオレには漫画がある。

次回作のネームでもきるべ、と思いぶらぶらと駅前に来たとき、オレは見知った顔を見つけた。
このクソ寒い中でも表情一つ変えず突っ立ていやがる、烏丸のヤロー。
待ち合わせでもしているのか? まったく表情がよめねえ。いっそ募金箱でも抱えていろってんだ。

そんな風に眺めていたもんだから、ギリリと首を回してきたアイツと目があった。
無視したり視線を逸らすのは負けだ。
仕方ねぇから、オレは声をかけることにする。

「おう。オメー、待ち合わせか?」

コクンと頷く烏丸。
相手は? と聞きかけてオレは止めた。
これで天満ちゃんが待ち合わせ相手だなんて答えられたら、せっかくの入稿を済ませさっぱりした気分が台無しだ。



352 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:32 ID:sTzj4su6
「じゃあな」

さっさと別れることにする。
またも烏丸はコクンと頷いた。つくづく不気味なヤローだ。

駅の構内へ足を踏み入れ、反対の出口から外へ出る。絃子のマンションはこっちなんだから仕方ねえ。
飯でも食って帰るか、と駅前を見回したオレは、またも見知った顔を見つけた。

黄色と白のシマシマの上下に緑色のコート。チャームポイントのお下げ髪が、寒いのかプルプル震えている。
くうっ、その私服も可愛いぜ、天満ちゃん!
オレを見つけてくれたのか、天満ちゃんの方から声をかけてくれたのには、それこそ天にも昇る気持ちだった。

「あ、播磨くん! 買い物の帰り?」

「お、おう、塚本」

オレは出来るだけさりげなく近づいて、

「ちっと、そこの出版社までな。原稿を置きに」

オレが漫画を描いているのは、もはや高校で知らないものはいない。
いまだにちっとばっか気恥ずかしいが、妹さんとの誤解も解けたし、すっきりした方が大きい。
…まあ、だからといって天満ちゃんにオレの気持ちは相変わらず届いていねーみたいだが。




353 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:33 ID:sTzj4su6
「へえ〜、エライよね、播磨くんは。早く有名になってね! クラスメートが漫画家なんてあたし自慢しちゃうよ!」

「…お、おう」

コイツ、烏丸も漫画家だって知ったらどうなるんだろうな。
嫌な想像を振り払い、オレは訊ねた。

「そういう塚本はどうなんだ? 待ち合わせか?」

迂闊に訊ねて、オレはすぐに後悔した。

「うん、烏丸くんと待ち合わせしてるの。…でも、すっぽかされたみたい」

そういって少し悲しそうにてへへと笑う顔は本当に可愛くて……。

……。

…。

じゃなくて、このオンナはー!! 

オレの予感は的中。

天満ちゃん、待ち合わせの場所を間違えたに違いない。駅の東口と西口。つくづく天然だ。




354 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:35 ID:sTzj4su6
しょうがねえ、あっちで烏丸が待っていることを教えてやるか、と考えたオレに悪魔がささやきかけた。

何も馬鹿正直に教えてやる必要があるのか?

もし、教えなければ、誤解したままあえなければ、二人の関係を壊してやることができる。
むしろ、オレが違う言葉をかけてやれば…。

「なあ、塚本」

「うん?」

「そ、その、すっぽかされたんなら、オ、オレと飯でも喰いにいかねーか…?」

天満ちゃんは驚いたあとちょっと笑って、

「うん。…でも、もう少し待っていたいの。だから、それからでいいかな?」

おうよ、と答える以外、オレに何が出来る?
というわけで、オレは天満ちゃんのすぐ横に電柱みたいに突っ立った。
はたから見たら間抜けだ。
それでも、なんか嬉しかった。
だって、惚れた相手と一緒にいるんだぜ?

ガラにもなく緊張したオレは、何を話しかけたかよく覚えていない。
でも、天満ちゃんが笑ったりしてくれたのは覚えている。
どれくらい待っただろうか。
天満ちゃんがくしゅん、と可愛らしいクシャミをした。




355 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:36 ID:sTzj4su6
「お、おい、大丈夫か? 寒くねーか?」

「ううん、大丈夫…」

答えた天満ちゃんの視線は、上を向いている。

「…雪」

つられて空を見上げたオレも、小さな白いものがヒラヒラと舞い降りてくるのを見た。

「どうりで冷えるわけだぜ」

嬉しそうに手を広げて雪を受け止めている天満ちゃんの姿に、オレは出来るだけ渋くいった。
さすがに雪相手にはしゃぐのはオレのキャラじゃねえ。

そうやってしばらくはしゃいでいた天満ちゃんだけど、不意に顔を伏せた。
どうしたんだ? と訊ねようとして、オレは固まっちまった。
ポロポロと天満ちゃんの顔から、ちいさなしずくが掌に落ち続けている。

「…塚本…」

オレの声に弾かれたように顔を上げ、天満ちゃんは慌てて涙を拭って笑った。

「ごめんね。烏丸くんが来ないと思ったら涙が出てきちゃって…」

「……」

「おかしいよね。別にフラれたわけじゃないのに。なにか事情があって来られないだけかも知れないのに…」



356 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:37 ID:sTzj4su6
その時になって、大バカ野郎のオレは気づく。
天満ちゃんが大事に抱えている紙袋。袋の口があいて、毛糸の袋が覗いている。
手編みの手袋。烏丸への贈り物だろう。だって、もうすぐクリスマスだ。

…これをアイツにプレゼントするんだろうか。

カッと身体じゅうの血が燃えた。
気がついたら、質問していた。

「なあ、塚本。おめー烏丸のことが好きなんだろう…?」

「え、ええっ?」

天満ちゃんは顔を真っ赤にして伏せてしまう。それが答えだ。
なのにオレはシツコク食い下がっている。

「だけど、アイツ、春にはアメリカにいっちまうんだぜ…?」

自分で質問しておいて、ウカツさに死にたくなった。

なのに、

「…うん、分かってるよ」

顔を上げた天満ちゃんの表情は、不思議と晴れ晴れとしたものだった。




357 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:39 ID:sTzj4su6
「春になったら、烏丸くんは行ってしまうの。でも、本当は、今年の春のうちに行く予定だったの…」

そういって彼女は語った。

生まれて初めて書いたラブレター。名前を書き忘れたラブレターだったけど、烏丸くんはアメリカ行きを一年延ばしてくれた。
その横顔は、妙に誇らしげで眩しかった。

反対に、オレの心はますます曇って行く。
ああ、天満ちゃんは、本当にアイツのことが好きなのかも知れない。
分かっていた。分かっていたのに、烏丸がアメリカに行ってしまえば事情は変わるだろうと、勝手に希望を持っていた。

「確かに時間はないけど、あたしの気持ちは変わらない。あたしの気持ちを知ってもらいたい。たとえ烏丸くんの気持ちがどうだって…」

もはやオレは何も言えなくなった。

「あ、あれ? あたしなんでこんなこと播磨くんに話しちゃったんだろ…?」

てへへと小首を傾げるその姿を、可愛いと思う余裕すらなかった。
ただ、オレは、血を絞り出すように最後の質問を口にした。

「なあ、塚本、もしもの話だぜ? お前のことを好きで仕方ないヤツがいるとしてだ。
 そして、もし、烏丸がお前のことを断ってアメリカにいっちまった後なら…つき合えるか?」

本当にバカな質問だ。でも、嫌われても良かった。それくらいの覚悟を決めて、訊いた。


358 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:39 ID:sTzj4su6
「…そんな人、いるのかな?」

思わずオレがズッコけていると、照れたように天満ちゃんは夜空を見上げ、言った。

「たぶん、無理だろうな…。きっと烏丸くんに断られたとしても、あたしはずっと彼のことが好きだと思う…」

それで決まりだった。

なお照れたように頭を掻く天満ちゃんの空いた手の方を、オレはひっつかむ。

「ちょ、ちょっと播磨くん…?」

驚く天満ちゃんを引きずって、オレは駅の中へ足を踏み出す。

つくづく最低だな、オレは。
他人の恋路を邪魔して、自分の願いを叶えようとしていた。
まったく最悪なヤツだぜ。

播磨くん? と連呼してくる天満ちゃんの声を無視して、オレはひたすら足を動かす。

途中で、彼女のと違う声で名前を呼ばれたと思ったが、きっと気のせいだろう。


359 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:40 ID:sTzj4su6
反対側の駅の出口には烏丸の野郎が――――いた。
頭に雪が積もって白くなっていやがる。
コイツも律儀にまっていたのだ。この寒い中を。

「あ、え、烏丸くん!?」

驚く天満ちゃんの様子に、喉の奥が苦くなる。
くそ、オレはなんてことしたんだ、情けねえ。
しかも、これからもっと情けないことをしようとしている。
こっちはますます止められそうもねえ。

「くっ…!!」

いまだ驚いている天満ちゃんを掴んだ手はそのままに、空いた手で烏丸のヤローの腕をひっつかむ。

「おい、悪いがちょっとつき合え…!!」

そのまま二人を人気のない公園まで引きずっていった。

「…播磨くん…?」

不可思議そうな天満ちゃんの視線。
へっ、これで確実に嫌われたな。でも、これからもっと嫌われることも確実だ。

「おい、烏丸!!」

天満ちゃんの手を離し、代わりに烏丸の胸ぐらを掴み上げた。
誰もいない公園の街灯の下。妙に白々しい光の下で詰め寄る。



360 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:41 ID:sTzj4su6
「やめなよ、播磨くん!!」

悪いが、ここは無視だ。オレはあくまで烏丸だけを睨み付ける。

「おまえは、塚本のことが好きなのか!?」

すぐ側まできた天満ちゃんが硬直する気配。
構わず、オレは言い募る。

「だったら、アメリカなんぞいくな! 好きな女の側にいてやれよっ!!」

静まりかえった公園で、烏丸はやっぱり無表情でいった。

「僕は…塚本さんのことが嫌いなわけじゃないよ。でも…」

「でも?」

胸ぐらを掴む力に手を込めるオレ。

烏丸は、チラリと視線を横に向ける。視線の先にはきっと天満ちゃんがいる。

「一体、僕のどこを彼女が好きになってくれたのか、分からない。だから、彼女の気持ちに答えられる自信がない…」

「ばっかやろうがあっ!!」

オレは叫んでいた。自分でも耳が痛くなるような大声だった。



361 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:43 ID:sTzj4su6
「惚れたはれたに理由なんてねーんだよ!! なんだかわかんねーけど好きで好きでたまらねーってことなんだ!
 側にいるだけで息が苦しくなったり、側にいるだけで幸せなのが惚れているってんだよ!
 気持ちに答えるとかそーゆーんじゃねーんだよ!! 好きなら、側にいてくれればそれだけでいいんだよ!!」

ギリギリと胸ぐらを締め上げ、オレは最後の台詞を吐き出す。

今まで積み上げてきた気持ちを。募らせていた気持ちを。

「いつまで誤魔化してんだよ!! ホントはテメェも塚本が気になってるんだろうが!!
 テメェが…テメェがハッキリしねぇと、いつまでもオレの気持ちにケリがつかねーんだよ!!」

突き飛ばすように烏丸から手を離す。
この期に及んでまだ無表情な烏丸に、パンチの一発も食らわせてやりたいところだったが、そっけなく背を向けた。

「播磨くん…?」

横から天満ちゃんの声。

彼女の顔を見られなかった。
だってサングラス越しでも分かってしまうだろう。オレが泣いていることが。
惚れた女相手に、泣き顔なんぞ見せられるか。男の意地だ。

「じゃあな、二人とも。うまくやれよ」

背を向けたまま、片手を振ってみせる。もう片方の手はズボンのポケットの中。小刻みに震えていた。



362 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:44 ID:sTzj4su6
そのまま振り返らず、オレはゆっくりと歩く。
どれだけ歩いたのか。烏丸も天満ちゃんもずっと後ろだろう。
未練たらしく、オレは背後を振り返る。

これで天満ちゃんが手を振りながら追いかけて――――来てくれるわけがない。幻想だ。

ただ積もり始めた雪に、オレの足跡だけが転々と続いてきている。
前を向き直り、もうしばらく歩く。すれ違う人もいない。寂しい道だ。
そっと足を止め夜空を見上げた。
白く細かい雪が、ぞろぞろ降ってきやがる。

へっ、まるで涙みてぇだぜ…。

顔で雪を受け止めながら、オレは泣いていた。
たぶん、オレ自身、気づいていたんだろう。分かっていたんだろう。
それでも口にださずにいられない。でないと、涙も止まりそうにない。

悔しいが初めからオレが入り込む余地は無かったんだよな…。

…無駄な…二年間だったな……は…はは……。

乾いた笑い声がひたすら湿っていく。
構わずオレは笑い続けた。

その時。

全く不意に背中への衝撃。
そして温もり。
正直、なんだかわからなかった。
振り向いても、わからなかった。

雪をはらんだ金色のこれは――――?


363 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:48 ID:sTzj4su6
「!!?? お嬢!!??」

なんで、コイツがこんなとこにいるんだ? 
混乱して、とにかく身体をもぎ離そうとするオレだったが、お嬢のヤツしがみついてきて離れねえ。

「おい、お嬢! てめえ、いったい…」

ぎゅっと腰に回された手に力が籠もる。

今更ながら、その、オレって抱きつかれてるんだよな?
つーことは、これがオンナの温もりってヤツか?

急に意識してしまい固まるオレに、お嬢は言った。

「ヒゲ・・・ううん、播磨君・・・・・・私じゃ・・・ダメ・・・かな・・・ 」

はっきりいって、コイツが何をいっているのか分からなかった。
何を言われているのか分からなかった。

「……お嬢」

なおひっついたまま、お嬢は言う。オレの背中に頭を押しつけて。

「私、アンタのことが好きなの。たぶん…ううん、きっと、惚れているの…」



364 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:49 ID:sTzj4su6
オレは言葉は継げない。

お嬢が? オレに? 惚れて?

混乱して、ああ、そういやオレって告られたのは始めてだな、ケンカを申し込まれるのはしょっちゅうなのにな、などとバカなことを考えていた。

「…アンタに間違って告白されたのも知ってた。天満と間違って告白されたことも知ってた…」

めちゃくちゃ胸に痛いことを言ってくるお嬢。

「でも、いつのまにか、アンタが側にいる胸が苦しくなる自分に気づいたの。アンタが学校にいないと不安になる自分に気づいたの…」

そこでお嬢は顔を上げて、

「これって、惚れているってことなんでしょ?」

「…聞いてやがったのか…」

見上げてくる目から視線をそらし、オレは誤魔化すようにどうでもいいことを考える。

一体いつから後をつけていたんだ、お嬢のヤツ?
そもそも、なんでこんなとこにいるんだ、コイツは。

オレの疑問に、あっさりとお嬢は引導を渡した。

「これを…アンタに渡そうと思って。クリスマスにはちょっと早いけど…」



365 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:50 ID:sTzj4su6
お嬢が手に持って差し出してきたものを肩越しに受け取る。
綺麗にラッピングされた包みだった。

「駅で声をかけたのに、まるで気づいてなかったでしょ? 天満をひっぱって、どんどんいっちゃうから、一生懸命追いかけたわよ…」

それで、あの場所までついてきていたのか。
それにしても、まさかこれをオレに渡すために駅まで来たというのか、コイツ…。

すっと、お嬢の身体が背中から外れる。

とりあえずお礼をいったらいいものかと前を向き直ったオレの胸元に、またお嬢が飛び込んできた。

抱きつかれ、抱き返しもせず、オレたちは雪の降りしきる道にたたずむ。
雪が冷たいと感じなくなるほど、オレの胸の中は熱かった。
なんだか心臓の鼓動まで大きく高くなっている。

ピクリともしないお嬢の頭に、だいぶ雪が積もり始めた。
なんとなく、その雪を払ってしまうオレに、弾かれたようにお嬢は身体を離す。




367 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:52 ID:sTzj4su6
「…返事は、今は聞かない」

顔を真っ赤にしたお嬢。…もしかして、オレも赤いのだろうか。

「でも、もし断られても、わたしは多分、しばらく播磨くんのこと好きでいると思う…」

片手を胸に当て、お嬢は歌うように宣言した。

そして背筋をピッと伸ばせば、そこにいるのはしおらしいお嬢じゃなくて、いつものお嬢の姿だった。

強気の尖った目でオレを見て、まる湿っぽくない声でいう。

「じゃあ、学校でね」

そのまま小走りで行ってしまった。

後に残されたオレは、まだしばらく茫然とその場にたたずんでいた。

やっぱり、生まれて初めての失恋と、生まれて初めての告白を一日で体験するのは、自分でも相当応えていたらしい。

翌日、オレは丸々寝込む羽目に陥った。


368 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:53 ID:sTzj4su6
更に翌日。つまり、あのクソ気まずい一世一代のイベントから二日目の今日、終業式の日。
雪は幸いにも昨日のうちに消えたので、バイクを引っ張り出したオレはアイドリングを行っていた。

とりあえず、終業式にはでないとな。そう決めていても、烏丸と天満ちゃんの姿を見るのが怖かった。
二人が仲良く登校なんてしていた日にゃあ…。

冷たい風が吹き、毛糸が舞う。
解れた毛糸の一本が、オレの気分をどういうわけか落ち着かせてくれた。

…ったく、お嬢のヤツ、無理しやがって。

首筋に巻かれたそれを押さえながら、思わず苦笑が漏れてしまう。

あの日、お嬢がくれた贈り物は、立派な包装と裏腹に中身は手作り100%。
お世辞にも上手いとはいえない赤い手編みのマフラーだった。

…これがなきゃ、オレは立ち直るのにもっと時間がかかったかもな。

お嬢に感謝の念を捧げたのも束の間、オレは自分の現金さに呆れてしまう。

生涯の恋と決めていたじゃないか。それが破れたから、たちまち違う相手に乗り換える?

愛車にまたがり、アクセルを捻る。
ゆるやかに走り出しながら、考え続ける。

そりゃあ確かに節操がないわな。おまえの想いはその程度かと疑われてもしようがない。


369 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:55 ID:sTzj4su6
だけど、届かなければ想い続けられない。いずれ受け入れて貰えると考えなければ、想い続けられない。

だから、お互いに受け入れられた想いには、もはやオレの想いが入り込む余地はない。

奪っても彼女の想いがオレではない誰かに向けれられていては、きっと耐えられない。

ハンドルをきり、加速する。

生涯の恋にかけて、相手の幸せを遠くから祈る。くそ、それもカッコイイじゃねーか。

無理矢理自分を納得させようと繰り返すさまが、自分でも滑稽だった。
でも、先日よりは幾分マシだ。なんせバイクを運転しながらも考えられる。

信号機でバイクを止める。
かじかむ手を摺り合わせ、ふと赤いマフラーが目に入る。

…もし、お嬢のヤツのも生涯の恋だったとしたら、どうなる?
んなわきゃねーよな、オレ相手に。でも…。

なんだか背筋が寒くなったので、それ以上考えないことにした。


370 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:56 ID:sTzj4su6
学校についてバイクを止めていると、背中から声。

「おはよう!」

「あ、ああ、お嬢…」

勝ち誇る目に、オレはマフラーを外し忘れていたことに気づく。

「あの、これは違うくてな!!」

告白の肯定と取られちゃかなわない。身振り手振りで反論するオレだったが、お嬢は聞いちゃいねえ。

「へ〜…してきてくれたんだ。お返し、期待してるわよ!」

スキップするように行ってしまう。

まったく、やれやれだぜ。















371 :「…雪」by鰰 :05/03/27 10:58 ID:sTzj4su6
てな風に揺れる金髪を見送っていたら、烏丸のヤローが登校してくるところだった。

隣に、見慣れたお下げ髪の頭を見つけたとき、そりゃさすがに胸が痛んだ。
でも、天満ちゃんは凄く嬉しそうだった。

少しだけほっとして、大分悔しい。
あれだけの笑顔を、オレはもたらせたろうか?

……ったく、未練だな。

オレは苦笑を浮かべて、ゆっくりと校舎へと向かう。
きっと、今日一日苦笑しっぱなしだろうな。
まあ、明日から冬休みだし。

それに…泣いているよりはいいだろ?



       〜終わり
2010年12月04日(土) 01:40:55 Modified by ID:/AHkjZedow




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