IF21・自転車

723 :652 :05/04/03 00:10 ID:Ga1NM1Js
「630円になりまーす」
「おう」
古ぼけた愛用のがま口を開き代金を支払うと、キャップ帽を被った播磨拳児は残り僅かとなった財布の中身に内心ため息をついた。
冷凍食品とビーフジャーキーの入った白いビニール袋を受け取り肩にひっかける。
荷物カゴを返し、出口へと向かおうとする途中、ふと他のレジを横目にすると、
耳元の髪の毛をゴムで纏めて左右に整えた長くつややかな黒髪の女の子が、
ちょうど沢山の食材の入ったカゴをカートから持ち上げようとしているところだった。
「て……塚本」
「あ、播磨君?珍しいね、学校以外で会うなんて」
「あ、ああ」
天満はふんっと力を込めて荷物置きにカゴを下ろす。
「ふ、ふふふふーん♪」
鼻歌を歌いながらビニール袋に牛乳やら野菜やらを詰め込んでいく天満。そこで播磨が天満の隣へと動いた。
「て、手伝うぜ」
「え、」
「ひ、人手は多いほうが良いだろ?」


724 :652 :05/04/03 00:12 ID:Ga1NM1Js
「う、うんそうだね。じゃあこっちのほうをお願い」
天満の了承を得ると、播磨は自分の荷物を横に置いて、天満から手渡されたもう一つのビニール袋にてきぱきと肉やお菓子を詰め込んでいく。
肉や魚類は肉汁や水分で周りを汚さないように袋に入れて整理し、重いものから順番にいれて行く。
チョコ、グミ、バナナ大福………肉に比べて、お菓子はかなりの量がある。
割れやすいビスケットやチップス類は後にして、チョコやグミなどを肉の横に立てて配置する。
「お、播磨君結構こーゆうの手馴れてるんだね。もしかして自炊とか出来たりする?」
「飯と味噌汁くらいなら最近なんとか作れるようになったんだが、ほとんどはこんなもんさ」
そう言って播磨は先ほど置いた自分の袋から冷凍食品を取り出して見せる。
「へー」
「うちは塚本みてえに生活力がねえからよ」
「え、そうなの?」
「ああ、なんてったって冷蔵庫の中身の半分は酒だからな。アイツはあんまり飯用意してくれねえし」
「でも播磨君、まだ未成年なんだからあんまりお酒ばかり飲んじゃあだめだぞっ。それに大人になる前にお酒を飲みすぎると体を壊すって聞くし」
「お、おう」
しゃべりながらも二人の手はテキパキと動いている。


725 :652 :05/04/03 00:13 ID:Ga1NM1Js
少し訂正個所が見つかったので、遅れます。

728 :652 :05/04/03 00:23 ID:Ga1NM1Js
「そういや塚本はなんでこっちのほうまで来たんだ?」
「へへーん。なんと今日はバナナ大福の大安売りなのだー」
「だから、こんなとこまでやってきたのか」
二人のいるスーパーは刑部宅には近いのだが、天満の家からだと自転車でも20分はかかる場所にあった。
「塚本って、本当に甘いものが好きなんだな」
「え?なんで知ってるの?」
「い、いや」
(まさかメルカドでしょっちゅう見るなんて言えねえ。それじゃまるでストーカーじゃねえか)
妙に口篭もる播磨を横に天満は最後に残ったたまごパックを入れると、空になったカゴとカートを返却場所に返しに行った。
「おーわったっ!ありがとう播磨君」
だが播磨は何も言わずに二つの袋を持ち上げた。
「へ?」
「これも何かの縁だ。自転車まで持っていってやる」
そう言って歩き出そうとする播磨。
「い、いいよ。私、今日は歩きだから。それに持てないってほどの重さじゃないし」
そんな彼を引きとめるように天満は言う。その言葉に、少し考えるように播磨は雲の立ち込み始めた星空を見上げる。
「それなら……俺の自転車を貸してやるから、それに乗っていきな。」


729 :652 :05/04/03 00:24 ID:Ga1NM1Js
「え?」
「ちょっと待ってろ」
そして、突如駆け出していく。
店の外に出て、前のカゴに器用に二つのビニール袋を収めると、鍵を開け、手で押しながら帰ってきた。
「ほら、ちょっと大きいが、立って乗れば問題ねえだろ」
緑塗りのママチャリは確かに立って乗れば天満でも問題なく乗れそうに見えた。
「でも、播磨君……悪いよ。今夜の天気予報、雨だって……」
「俺のことは気にしねえで良い……。そいつもガッコで返してもらえればそれで良いから」
「う、うん。判った」
おどおどと自転車に乗る天満。そうしてペダルをこごうとするが、慣れない車輪の大きさのせいかふらふらとして安定しない。
「お、おっとっと、あれ、あれ?」
「落ちつけ、塚本」
パランスをこぐことに夢中になって、ペダルを漕いでいない。そう播磨が言おうとした瞬間、
「え、まって、うわ、……あ」
パニックになった天満がブレーキを強く押したため、不安定だった車体は一気に横転しようと傾いていく。
「!!」
「ヤベエっ!!」


730 :652 :05/04/03 00:26 ID:Ga1NM1Js
天満の危険を察知しすかさず播磨はその敏捷性を遺憾なく発揮して自転車に駆け寄る。
そして駆け寄った左側からハンドルとサドルを掴むと力を込めて車体の横転を阻止した。
だが、そのため半ば横から播磨に抱え込まれたような形になった天満は、ドギマギして固まっていた。
「すまねえ!塚本!」
播磨の声で現実に引き戻された。
「俺のせいで危うく怪我するところだった」
天満は自転車から降りると、播磨は少し傾いたままの車体を元に戻して
「え、いや、でも播磨君のせいじゃないよ」
「それに、荷物も壊しちまうとこだった……もうなんて詫びたらいいかわかんねえ。スマン!塚本!」
播磨は急いでたまごパックを確認したが、卵はなんとか一つも割れる事無く済んだようだ。
「そんなに気を重くしないでよ……播磨君のおかげで何とかなったんだから。ありがとう。播磨君」
「塚本……」
安堵の表情を浮かべる播磨。
「彼女の姉として鼻が高いぞ」
「それなんだが塚本……」
「あ」
パラ……パラ……
「雨、振り出しちゃった」


731 :652 :05/04/03 00:30 ID:Ga1NM1Js
「ゴメンね播磨君。せっかく言ってもらったけど……やっぱり私走って帰―――」
その言葉を言いきる前に、天満の頭に、播磨の被っていた帽子が被せられた。
「えっ」
「乗ってくれ」
いつのまにか自転車に乗っていた播磨が指差したのは後部の荷物置き。
「え、でも……」

「俺のような不良の後ろに乗せようとするなんて、迷惑だってことはわかってる……」
雨に打たれて濡れた播磨と天満の視線が合う。
「けどよ俺、天満ちゃんに風邪ひいて欲しくねえんだ」
つぶやくように播磨の口から紡ぎ出される言葉。
「俺はバカで、最低だからよ……こんなことしか出来ねえ」
それはまるで懺悔のようにも見えて、

「頼むっ!」
最後に彼は、深く、深く頭を下げる。
雨の雫が、彼の下げた頭に降り注ぐ――――――――


732 :652 :05/04/03 00:31 ID:Ga1NM1Js
もっとも大切な人を乗せた自転車が、雨の矢神町を駆けていく。
彼女の足に水がかからぬ様、出来たばかりの水溜りを器用に避けて進んでいく。
播磨の後ろに乗った天満は、あの時の八雲のように、両手で播磨の腰を抱きかかえるようにしていた。
ドクン、ドクン。
雨より高鳴る心臓の鼓動。
(播磨君って、こんなに背が大きいんだ)
霧がかった世界の中、触れ合っている互いの姿だけが確かに感じられて。

「あのよ」
信号待ちになったらしい播磨が、前を向いたまま言う。
「いろいろ勘違いされてるけどよ。俺と妹さんは――――」

(了)

734 :652 :05/04/03 00:33 ID:Ga1NM1Js
ここでおしまいです。読了ありがとうございました。


735 :652 :05/04/03 00:40 ID:Ga1NM1Js
ついでにオチ:
「帰ったぞー絃子」
「どうした拳児君。やけに嬉しそうじゃないか。それに服がびしょびしょだぞ。早めに帰らないからそうなる」
「あ、ああ。すまねえが部屋から替えの服を持ってきてくれねえか」
「それは良いとして、買いに行った筈の食料が無いようだが」
「あ」

「今夜は断食だな。拳児君」
「ア、チョットイトコサンナンデソンナモノヲ取リ出スノカナーオチツコーヨオt」
2010年12月04日(土) 20:42:55 Modified by ID:/AHkjZedow




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