IF21・同棲物語

205 :同棲物語(播磨×沢近) by鰰 :05/03/23 03:32 ID:cWK007Rg
窓から差し込む光は眩しくて目が覚める。
片目を細めながら、カーテンの隙間の空を見上げた。今日も天気がいいみたい。
花柄の新品のカーテンはしっかり窓のサイズを測ってから買いにいったのに、どういうわけか生地が足りなかった。
まったく、私たち二人してバカみたいだわよ。でも結構気に入ってる。
なんせ、初めてお金を出して買いに行ったカーテンだから、ね。

窓から視線を戻し、目をこする。
そうして横を向けば、広い背中があるわけでーーー。
ふと、寝顔を見てみたい衝動に駆られる。
だって、彼ったら、寝るときくらいしかサングラス外さないんだもの。
それに大抵仕事をしてから私より遅く寝るし。
ゆっくりと布団から上体を起こし、彼の頭に覆い被さるようにして顔を覗こうと試みる。
私自慢の金髪でくすぐちゃわないように片手で押さえ、そろそろと。

「ん…っ。…もう朝か?」

結構逞しい上半身が身じろぎして、ぬっと布団から這いだした手が枕元のサングラスを掴んだ。
急いで覗きこむけど、もうサングラスを装着したいつもの顔。
惜しい、あともうちょっとだったのに。

「…あ? お嬢、何してんだ?」

見上げてくる彼を見下ろし、挨拶代わりにぼそっと言ってみる。

「…もうお嬢じゃない」

「は? おめーは立派なお嬢だろ?」

間抜けなサングラス顔に、今度はそっぽを向いてみた。

「もう立派じゃない」


206 :同棲物語(播磨×沢近) by鰰 :05/03/23 03:33 ID:cWK007Rg
ぷいっと頬を膨らませる私に、彼は首を捻った。

「何いってんだ、おめーは!?」

ガバッと布団をはね除け上半身を起こす彼。
私は必然的に身を引くことになるわけで、布団に半分正座する格好になる。
途端に彼は顔を赤くした。サングラスの黒の対比で余計目立つ。

「こ、コラ、てめえなんて格好してるんだっ?」

慌てて視線を逸らす横顔に、私は裸の胸も隠さず唇を尖らせて見せた。

「なによ、アンタが脱がせたんじゃない」

「そ、それはそーだけどよー…」

ゴニョゴニョと口ごもる彼に、そのまま私は抱きついた。
あからさまに動揺している彼の身体に腕を回し、囁く。

「もう、両親も公認の仲なのよ? 今更、何も後ろめたいことないじゃない…」

続きを口にするのがちょっと恥ずかしいのは、彼との付き合いが長いせいだろう。
『ヒゲ』『ハゲ』『ヒゲなし』『サル』。『播磨くん』なんて面向かって呼んであげたことは数えることしかない。
でも、私の心はずっと彼の方を向いていたんだと思う。なにせ私が唯一あだ名を用いた異性だ。
学校一の問題児。不良生徒。学ナシ、品ナシ、地位ナシ、名誉ナシ。
体力バカの乱暴者。そのくせ動物にはやたらと好かれるという、私とはまるっきり反対の彼。
今日はそれに記憶力ゼロも付け加えてあげる。…さっきのやりとりは学生時代に交わしたものだと覚えてないのかしらね?

それを不満に思いながらも、結局、私は少しばかりの勇気を出して続きの台詞を口にした。それは同時に朝の挨拶。

「おはよう、券児…」



207 :同棲物語(播磨×沢近) by鰰 :05/03/23 03:34 ID:cWK007Rg
一応有名な日本の有名私大に入学した私が彼の家に転がり込んだのは、だいたい三ヶ月くらい前かしら?
煮え切らない彼の態度にウンザリしたのもあったし、友人の台詞も思いだしたりしたから。

『やれることはやっておいた方がいいよ。臆病な恋は後悔を招くだけだもの』
又聞きの台詞。その台詞を発した当人は、この間あったとき、彼女にしては珍しく苦笑を浮かべていた。

「愛理がそこまで積極的だっとはね…」

高野晶。高校時代に得た、私の貴重な友人の一人。

他にも私には親友と呼べる人間が二人いて、その中の一人、周防美琴は最も驚いていた人かもしれない。

「…でも、播磨はやるときはやる男だよ。それに、きっとアンタを大事にしてくれるさ」

私たちのことを応援してくれる貴重な一人が親友と重複しているのは、幸せなことだと思う。

もう一人の親友である塚本天満は、高校卒業後、級友の烏丸くんを追って渡米してしまっていた。
無計画の極みとでも言うべき渡米計画に、妹も苦労していたようだけど、どうやら無事アメリカで彼と再会を果たしたらしい。
今のところ天満だけが、私と播磨拳児の現状を知らない。
積極的に連絡をしないのには、拳児が昔好きだったのが彼女であることに、私自身が拘っているせいだろうか。
でも、今度電話があったときでも報せてみよう。電話口で脳天気に喜ぶ天満の様子があっさり浮かんだ。

半ば無理矢理同棲生活を始めたのには、私なりの理由もある。
未だ定職につかず将来性のない彼に甲斐性などあるわけじゃないんだろうけど、不思議と異性を引きつける力があるのだ。
今は結婚退職しちゃったけど高校の保険医に、天満の妹。
当時の不良とレッテルを貼られていた彼にはもったいないほど不釣り合いな彼女らと、なぜか親密な関係を築いてしまう。
高校を卒業してしまえば、学生だから子供だから、という括りが効果を発揮されなくなる。
つまりは、大人が不純だと諫められなくなること。当たり前よね。私たちは大人になったのだから。
だから、私に焦る気持ちが生まれたのは無理もないことなの。

……よくよく考えてみれば、私が一番彼の力に引きつけられたことになるのかしら?



208 :同棲物語(播磨×沢近) by鰰 :05/03/23 03:36 ID:cWK007Rg
同棲を始めたころの私は、自分でも珍しく将来とかいうものを直視していなかった。
だって、自分でいうのもなんだけど、私は良いところのお嬢様。
対して彼はほとんど無名に近い漫画家。無職に近い青二才。
なんとかって賞をとったはいいけれど、連載デビューはまだ先で、他の漫画家の手伝いでしか現金収入はなかったのだから。

そんな私たちの付き合いが世間的に認められるわけないわよね、普通?
でも、私は、そんな家柄とか関係なかった。どうでもよくなったの。
ただ誰より一緒にいたいと思っただけ。彼を独占したいと思っただけ。

『けえれ、お嬢。気持ちはありがたいけどな…』

『嫌よ。私が決めたんだから。…だいたい、私が来て嬉しいんでしょ? いい加減素直になれば?』

『…っ! いいからけえりな。第一おめーはこんな部屋じゃ暮らせねーよ。凄く狭いし。おまけにフカフカのベッドじゃなくて煎餅布団なんだぜ?』

『あら? 昔みんなで海に旅行した時のこと忘れたの? 天蓋付きのベッドじゃなきゃ眠れないわけじゃないわ』

大きなバック一個だけの荷物で押しかけた私と彼が玄関先で交わした会話。
全く急な来訪に戸惑ってたみたいだけれど、最後には彼は私を受け入れてくれた。
雨が降っている深夜だったんもあるだろうけど、なんだか凄く嬉しくかったと思う。
狭い部屋の一角に荷物を降ろす私をチラリとだけ見て、小さな裸電球の下のちゃぶ台で筆を動かす彼。
コートも脱がずしばらく黙ってその光景を眺める。
高校二年生になってから書き始めたらしい。
色々な誤解を生んだいわくつくの趣味が現在の仕事になっている彼。
学生時代、天満の妹が手伝っていたと聞いた。
だけど、今、ここにいるのは私。
かつてあの子が見ていた風景を独占しているのは私。
彼に一番近いのは、私よ。

仄かな満足感を抱え、私はいつのまにか薄い布団で眠ってしまっていた。
紙に鉛筆を擦る音が、とても気持ちのよい子守歌になると知った初めての夜だった。
2010年11月24日(水) 00:54:31 Modified by ID:/AHkjZedow




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