IF23・ただ一緒に


 平穏な日々と争乱の日々。
 そのどちらがいいか、と訊かれると実はなかなか難しい。一見すると前者が正しいようにも
思えるけれど、世の中には待っているだけでは得られないものもまた多い。果敢な、ときに
愚かとも評されるような挑戦も必要だ。石橋は渡るものであって叩くものではない、とは
ある友人の言葉だけれど、あながち間違ってはいない、と思う。橋がなくても渡っちゃうのは
どうかと思うけど。
 さておき、この問。本当はそもそも前提に問題ありだったりもする。なんとなれば、この世に
生き方がたった二つだけ、なんてことはないからだ。平穏も争乱も、どちらかだけでは成り立たない。
その両者が、そしてここに挙げていないいくつものことが絡み合い、日常は作り上げられる。いわば、
複雑怪奇にして精巧緻密なタペストリー。
 だから、というわけではないと思うけれど、そう訊かれたならば大抵の人はこう答える。普通が一番、と。
やっかいごとに巻き込まれるのはごめんだけど、なにもないのはそれはそれでつまらない。適度に
騒がしく、度を越したバカ騒ぎは望まず、総じて平均の取れた平々凡々たる日常。そんなものを求める人は
意外に――かどうかはともかく――多いのだ。
 さて。
 唐突にそんな前置きを長々として、結局なにが言いたかったかといえば。

「うん、決めた」
 一体なにを決めたんだろうと、私こと結城つむぎがその疑問を口にする前に。
「よろしくね、マネージャー」
 まったくもっていつも通りに、理不尽な友人は理不尽にそう言ってのけ、そしてこちらもやっぱり
まったくもっていつも通りに、私はそれを断り切れなかったのだった。

 と、そういう次第。
 ごく当たり前の日常を望む人が多いのは、裏を返せばそれがなかなか得られない、というただそれだけの
ことだと言いたかったわけで――


246 :Classical名無しさん:05/05/05 10:09 ID:eeAzTRh2
 かくして、私の目の前ではバスケの練習が行われている。意外に、なんて言ったら悪いんだけど、急造の
メンバーにしてはレベルが高い、というのが素人目にも分かる。それはもちろん、集ったメンバーがメンバーだ、
っていうこともある――正直反則じゃないかと思わないこともない――んだけど、要は違う。
 俵屋さつき。
 彼女が中心にいるからだと私は思う。ともすればバスケに向いてないんじゃ、そう思わせる小柄な身体が、
一度ボールを手にすると、目まぐるしく動き回る。そのテクニックももちろんだけど、なにより『バスケが
好きだ』という気持ち、そこに嘘も気負いも、一点の曇りもない。小さいけれど大きな背中、それが中心に
あるからこそ、なのだ。きっと。
 それとなく訊いてみたところ、その辺りのことはみんなも同じような認識らしい。あのララさんでさえ認めて
いるんだから、推して知るべし、といったところだろう。実際、そういう精神的なところ以外でも、練習の
計画やらなにやら、実務的な部分でも彼女の果たしている役割は大きい。
 さて、そうなると。マネージャーとは名ばかりで、そんなにバスケに詳しいわけでもない私は当然ながら
手持ちぶさたになってしまう。細々とやることはあるものの、ありがたいやら申し訳ないやらの複雑な心境。
 とはいうものの。その状況が分かっている上で、なおあの嵯峨野が頼んできた、ということは、どう考えても
私にやってほしい、やらせたいことがあるに違いない。この二、三日でその見当もだいたいついたので、最後に
無駄だろうなとは思いつつ、一応当人に訊いてみると。
「それで?」
「ん? なにが?」
「なにが、って……どうして私なのか、ってこと」
「結城なら分かると思うんだけど?」
 んじゃ、と意味深な笑顔だけを残して去っていく。それが単なる無責任なのか、それとも。
「全部分かってて言ってるのかが問題なんだよね……」
 そのどちらもありえるから厄介なのだ。見てないようで見ているし、カマかけからブラフまでなんでも
ござれ。これで引き際の見極めが出来ていないならただのどうしようもない相手なのに、一線はちゃんと
弁えている。まったく、厄介なことこの上のない――そして、代えなんて絶対に利かない友人だ。


247 :Classical名無しさん:05/05/05 10:10 ID:eeAzTRh2
「さて、と」
 その彼女が任せてくれたのだから、当然裏切るわけにはいかない。乗せられてるなあ、なんて毎度の感想を
抱きつつ、私は歩き出す。
 こんな関係にも慣れてしまったせいか、不思議と気分は悪くない。それがいいか悪いかは、また別として。



「ちょっといいかな」
「え? あ、はい」
 練習の合間、休憩に出てきた彼女――俵屋さんに声をかける。一瞬きょとんとした顔を見せたものの、すぐに
普段通りのあの人のよさそうな笑顔に戻って返事をしてくる。そんなところにもお世辞抜きで好感が持てたりして、
なんだかこちらまで嬉しくなってきてしまう……と、違う違う。
 そう、本題はここから、なのだ。
 私の『マネージャー』としての仕事であり、嵯峨野が意図していただろうことであり、そしてなにより、
ようやく見つけた私に出来ること。
「……あの、結城先輩?」
 と、そんな私自身のことに気を取られていたせいで、当の俵屋さんから意識が離れていたらしい。小首を傾げる彼女に、
ちょっと考えごとしてて、と慌てて取り繕う。いけないいけない。
「どう? 練習の方」
「すっごく順調です!」
 軌道修正のために訊いたその一言に、ぎゅっと拳を握って答える俵屋さん。そこにあるのは、やっぱり掛け値なしに
熱意と呼べるものだ。もちろん、そうじゃなきゃゼロから部活動を始めよう、なんて思いもしないし、ましてそれを
実現させるなんて夢のまた夢だ。
「皆さん飲み込みも早いですし、それに一生懸命やって下さってますし……本当にありがとうございます」
 言葉に続いて深々と下げられる頭。その気持ちは十分すぎるくらいに伝わってくるけれど、それほど貢献している
自信のない私としてはちょっとこそばゆい。苦笑い気味にそう口にしてみると。
「そんなことありません」
 意外にも、否定の言葉が返ってきた。
「結城先輩は全体をしっかり見てるし、ちゃんとみなさんのこと分かってくれてます。そういうのってやっぱり
大事なことです」
「そう、かな」
「そうです」


248 :Classical名無しさん:05/05/05 10:10 ID:eeAzTRh2
 そもそもメンバーのほとんどが同じクラスの上、一条と嵯峨野にいたってはそれ以前からの付き合い。私としては
なにも特別なことをしている、という意識はほとんどなし。最低限の出来ることを、と考えているんだけど……まあ、
彼女はお世辞を言うタイプでもなさそうだし、褒められたことは素直に嬉しく思って受け取っておく。だから
返すのは、ありがとうの言葉と笑顔だ。
「でも、本当によかったです」
 それに安心したのか、ほう、と小さく息をつきながら、空を見上げて呟く俵屋さん。
「私一人じゃなにも出来なかったけど、みなさんにこんなによくしていただいて。……それに」
 一人じゃなにも出来ない――それはむしろ事実の正反対で、彼女がいるからこそ全部がうまく動いてる……んだけど、
あえてそこには触れず、わずかに言い淀んだその言葉尻を繋ぐ。
「麻生君もいるし、ね」
 途端、びくんと分かりやす過ぎるほどに分かりやすく彼女の全身が震え、かと思ったらすぐさまなんでもなかったかの
ように、素知らぬ態度を取る。
「そうですね。麻生先輩もです」
 必要以上にそっけない口調が、かえってなにより雄弁にその気持ちを代弁していたりする。端から見れば微笑ましい、
そして本人にとっては笑いごとなんかじゃない恋心――それこそが、ことの本題だ。
 別に、今すぐ諦めろだとかその逆だとか、極端な結果を求める、なんてことじゃない。むしろそれだったら簡単だ、
この場で諭してしまうなり、すぐさま彼の前にでも連れて行けばすむ。でも、それじゃきっとなにも変わらない。
問題にするべきは、彼女が抱えているもの。
 不安、だ。
 手が届くくらいに近くにいる相手と、でも届けられない想い。加えて、第三者には知られたくないという気持ち。
その三つが形作るのは、小さな棘のような不安。一応断っておくならば、世の中なにもかもが思い通りにうまく
いくわけもなくて、そんな不安は多かれ少なかれ誰しも持っている。
 けれど。
 ときに人はそれを自分の内に溜め込んでしまうことがある。ともすれば、自分自身でさえ無意識のうちに。もちろん、
それは私の単なる取り越し苦労で余計なお世話、なのかもしれない。だけど、彼女がいつも前向きで明るいからこそ、
余計に考えてしまうのだ。濁った思いの行く先を。


249 :Classical名無しさん:05/05/05 10:11 ID:eeAzTRh2
 ――とんでもなく限定してしまうなら、たとえば。
 そう、まったく関係のないゲームに乗じて、八つ当たりめいた行為をしてしまうだとか、そんな。
「私もね、」
 だから、私は。
「好きな人がいるんだ」
「……え?」
 自分でも驚くほどすんなりと、その言葉を口にしていた。恐らくは、嵯峨野が私に言わせたかった言葉を。
「その人はね、私が言うのもなんだけどすっごく変な人で、かっこいいところなんて全然ないの」
 きっと嵯峨野は気づいていたんだと思う。じゃなきゃ、やり方はともかく面倒見のいい彼女のことだ、
俵屋さんを放っておくはずもない。それを任せたということは。
「おまけに好きな人がいて、私よりずっとお似合いの人までいる」
 私にも自覚してほしい、ということだ。
 私自身の思いを。
「それでも……それでもね。やっぱり私は――」
 だから、私はそれを言葉にし続ける。一見するとなんの意味もないこの行為は、けれど確かに意味を持っている。
形のないものに名を付け、音にしてつむぐ。ただそれだけで、そこには『なにか』が生まれる。言霊、というのは
嘘じゃない。
「好きなんだ、その人のこと」
 そんなことを考えながら、告げた。ずいぶん長い時間がかかったような気がしたけれど、実際のところは数十秒。
辺りの景色は変わっておらず、ただこちらを見上げるようにしている俵屋さんの姿があるだけ。
 さて、これで私自身についてのことはおしまいだ。あとは本来やるべき、彼女についての事柄のみ。
「……なんて言ってもね、私はいつも見てるだけ。なんにも出来ない意気地なし」
「先輩……」
「そんな私から見るとね、俵屋さんはすっごくがんばってると思う」
 そう、彼女はいつだって一生懸命で、まっすぐだ。決して逃げてるわけじゃない。だから必要なのは。
「だから、大丈夫。もっと自信持っていいと思うよ」
 ほんの少し、軽く背中を支えてあげるだけの言葉。それだけで十分。どうかな、と軽く首を傾げて見せた私に、
ありがとうございます、とやっぱり深々と頭を下げる彼女。その声のトーンが、ほんのわずかだけさっきより明るい
ことに、安堵を覚える。


250 :Classical名無しさん:05/05/05 10:11 ID:eeAzTRh2
「それじゃ練習に戻ります」
「ごめんね、変な話で引き留めちゃって」
「そんなことありません」
 ありがとうございます、そうもう一度言ってから、その去り際に。
「あの、先輩」
「ん? なに?」
「その……先輩も、がんばって下さいね!」
 そんな一言と笑顔を残し、勢いよく駆け出していく。リズミカルな足音を残す後ろ姿が、体育館の中に消えるまで見送って
――気を引き締め直す。ここからもう一山、私にはあるのだ。
「――こんなところ、かな」
「さすが結城。期待通り」
 姿は見えないけれど、確実にいるであろう相手に向けて呟いた言葉。それに反応して現れたのは嵯峨野。
お膳立てだけしておいて結果は知らない、なんて性格じゃないからいるんだろうとは思っていたけど、やっぱりだ。
「これで全部うまくいく、なんていうのは都合よすぎるけどね」
「でも悪くはならないでしょ。だったらそれでいいじゃない」
 ぼやきに似た私の言葉を、先のことなんて分かんないしね、と彼女はあっさり笑い飛ばす。なにも考えてないんじゃ
なくて、考えても仕方がないから考えない。前を向いて、私が叩いてからじゃなきゃ渡らない石橋を、颯爽と
渡っていくその姿は、うらやましくもあり、眩しくもある。
「でもさ」
「……ん?」
「あの台詞は私が一番に聞きたかったんだけど」
 俵屋さんの話題はそれですんだのか、今度は一転して拗ねたような口振り。そして口にするのは、先の私の台詞――
『好きな人がいるんだ』。
「ちょっと寂しかったかな」
 そうやって、ほんの一瞬憂いの色を見せてから。
「で、お相手は誰なのかな? つむぎちゃん」
「……嵯峨野」
 思わず脱力してしまった私に、冗談冗談とぱたぱた手を振る。……こういうヤツ、なのだ。嵯峨野恵は。
「まあいいや。それじゃさ」
 ちらとこちらに視線を投げて。


251 :Classical名無しさん:05/05/05 10:15 ID:eeAzTRh2
「がんばってね、結城」
 さらりとそう言い残し、去っていく。残された私はといえば、彼女の姿が見えなくなってから、ずるいなあ、と
呟くのが精一杯。あんなふうに言われたら、そうしなきゃいけないじゃないか。もちろん、私もこのまま諦めようとは
思ってないけれど。
「ありがと、嵯峨野」
 面と向かってはなかなか言いづらいその言葉。おまけにこういう付き合い方に慣れてしまった相手だとなおさら
なんだよね、なんて言い訳じみたことを思いつつそう言ってから。
「もう出てきていいと思うよ」
 さっき嵯峨野が見やった先、私の背後の茂みに声をかける。
「――塚本さん」
 ほんの一拍間を置いて。
「えへへ……」
 ばつが悪そうにしながら彼女が姿を見せた。ばれてた、というその問に、うん、と頷く私。
「嵯峨野も気づいてたみたいだけど……でもなにしてたの? そんなところで」
 みんな練習してるよ、そう言うと何故かうつむいてしまう塚本さん。どうもまずいことを言ってしまったらしい。
「あの、塚本さん?」
「あ、うん。なんでもないよ、なんでも」
 どこからどう見たって、なんでもあります、としか書いていないような顔でそんなことを言われても、
説得力なんてどこにもない。
「私でよかったら話聞くけど……ダメかな」
 ちょっとずるいかなと思いながらも選んだその言い方に、しばらく迷う様子を見せていた塚本さんがゆっくりと口を開く。
「えっとね――」


「……それは」
 話を聞き終えた私は、絶句してしまった。それはあまりにもあんまりな話で、でもあの先生の
ことだから、きっと悪気があったわけじゃないんだろうな、とか、本当にもうなんといっていいやら。
「それでね、コレ八雲が作ってくれたお弁当なんだけど、せっかくだからみんなに渡してくれないかな」
「それはいいけど……」
「ありがとう、つむぎちゃん」
 それじゃ、と寂しげ笑みを見せてどこかに歩き出そうとする塚本さん。彼女のそんな顔を見たのは初めてだった。


252 :Classical名無しさん:05/05/05 10:15 ID:eeAzTRh2
私の記憶の中にあるのは、いつだって元気一杯で笑顔を振りまいている姿。そのせいで空回りをすることはあっても、
勢いを保ったままくるりと一回り、気づけば元の場所に戻っている。そんなあっけらかんとした、太陽にも似た輝きが
彼女の魅力だと私は思う。
 だから。
「待って、塚本さん」
 去りかけたその背中を、自然と呼び止めていた。
「行こう、姉ヶ崎先生のところ」
「……え?」
 でも、という顔をしている彼女に、私は手を差し出す。
「大丈夫」
 それは、いつも橋の向こうから嵯峨野が差し出していてくれた手と同じだ。塚本さんにはどんなふうに見えているか
分からないけど。
「俵屋さんもそうだけど、塚本さんだって同じだよ。部員の面倒をみるのがマネージャーの仕事」
 でも、それだけじゃない。
 だって。
「友達だから当然、だよ」
 気恥ずかしさを覚えながら、どうにか最後まで言い切った私に。
「ありがとう、つむぎちゃんっ!」
 さっきの数倍増しの勢いでそう言って、飛びつくように抱きついてくる塚本さん。ちょっとオーバーすぎる
んじゃないか、なんて思ったりしないでもないけれど、こっちの方が断然彼女らしい。うん。
「それじゃ行こっか」
「うん!」
 その笑顔につられるようにして、私までなんとはなしに嬉しくなりながら歩き出す。気分は悪く――じゃない、
こういうときに言うべき言葉は。
「最高、かな」



「――ということなんですけど」
 直談判……なんていうほど大袈裟でもない。ただ単に、塚本さんも部員なんだから練習に参加してもいいですよね、
とそれだけの話を終え、どうですか、と姉ヶ崎先生に伺いを立てる。


253 :Classical名無しさん:05/05/05 10:16 ID:eeAzTRh2
「そうよね。やっぱりそっちの方がいいわよね」
 そして、わりとあっさり下りる許可。サブの
メンバーも必要よね、などと呟くその姿は、思っていた通りあんまりなにも考えてなかった様子。……まあ、詮索した
ところでどうしようもないのでそれはそれ。
「よかったね、塚本さん」
「うん!」
 今大事なのは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶ塚本さんの姿、そっちの方だ。
 本当のところは許可なんて必要なくて、彼女がやってきたならみんな普通に受け入れていたとは思う。でも、
それじゃ塚本さん自身が納得出来なかっただろうし、これはそれなりにベストの結果のはずだ。いずれは誰かが気づいて
解決する問題だった――実際、みんなおかしいとは思っていたのだ――としても、私がやったことにまったく
意味がなかったわけじゃない。
 ともあれ。
「これで一安心、と」
 なんだかいろいろと、妙に張りつめっぱなしの朝だったけど、それももうおしまい。ふう、と一息ついてから、
いつものように雑務に戻ろうと――
「あ、結城さん」
 ――したところを、姉ヶ崎先生に呼び止められた。
「あのね、私もいろいろ考えたんだけど」
 一体なにを考えたんですか、などと失礼極まりない思考が一瞬浮かぶけれど、即座に退場してもらう。いくらなんでも
それはあんまりだ。
「結城さんも参加してみたらどうかしら」
「……はい?」
 一瞬その意味が分からず、思わず訊き返す。
 参加?
 私が?
「だから、練習。見てるばっかりじゃつまらないでしょう?」


254 :Classical名無しさん:05/05/05 10:16 ID:eeAzTRh2
 やっぱりサブのメンバーも必要よね、とついさっき聞いたばかりの台詞を繰り返すその姿に、正直私は面食らって
しまった。とっさに、私はマネージャーですだとか、運動は苦手ですだとか、そんな言いわけが浮かび、助けを
求めるように泳がせた視線の先で。
「あ……」
 嵯峨野が、私を見ていた。
 出来るか出来ないかじゃなくて、ただ一緒にこっちに来ないか、そう問いかけるように。
 ――参った。
 心の底からそう思った。
 まるで、最初から最後まで完璧に彼女に踊らされていたようで……と、ちょっと待て。だとすると、今日まで塚本さんのフォローをしなかったことさえその中に入ってるんじゃないだろうか。
それともこれは単なるイレギュラーで、なにか他の方法で私を巻き込もうとしていたのか。そこのところはちゃんと訊いておかないと、なんて思いながら。
「お願いします」
 そう、私は答えていた――
2007年09月12日(水) 00:47:22 Modified by ID:LOVLpNCrSQ




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