IF23・バレンタイン・セレモニー

 2月14日、バレイタインデー。男女ともにチョコを渡す儀式で
浮足立つ日である。
 放課後の校舎のかげに隠れるように坐っている人影があった。
「烏丸くーん。どこー」
 元気な天満の声が響きわたる。この日のために丹精こめてつくっ
たチョコレートを烏丸に渡そうとしているのだが、肝心の烏丸が見
当たらない。放課後すぐに烏丸にチョコを渡すつもりだったのに、
ベルが鳴るやいなや、烏丸の姿は煙のように消え失せてしまった。
バタバタと足音をたてて、校庭を走り回る天満の姿は、隅の植え込
みの陰からも見ることができた。
「あんたを探しているわよ」
植え込みの陰に背を丸めて坐る烏丸を 見下ろしながら、沢近愛理がそう言った。
「出て行ってあげなくっていいの?」
「ぼくは……行くわけにはいかない」
沢近に顔を向けず、抑揚のな い声で烏丸がこたえた。
 やれやれという仕種で沢近が肩をすくめた。
「一年間一緒のクラスにいても、あんたの考えることだけは、いまだにさっぱりね」
長い髪をなであげながら沢近が続ける。
「ちょっと鈍くてトロいところもあるけれど、あんなかわいい子にあれだけ
一途に思われたら、男冥利につきるってものじゃないの?」
「……」
烏丸は無表情のまま沈黙している。


226 :VC2:05/05/03 17:27 ID:MecDAVJU
「でなければ、はっきり言ってあげるべきじゃない? ぼくは君の
気持ちにこたえることはできないって。なんかあなたたちの関係見
てるとちょっとイライラする。どうして出て行ってはっきり言って
あげないの」
「それは……君もじゃないのか」
 烏丸がぽつりとそう言うと、沢近はびくっとした。
「な、なによ、なにが……」
と言いかけて、沢近は、肩からさげて いる小物入れに、チョコレートの包みが顔を覗かせているのに気づいた。

「こ、これは……」
「君は出て行けるの?行って白黒つけられる?」
「わ、私は……」
沢近は目を伏せて口ごもった。
 烏丸がすっと顔の向きを変えた。その先には、肩をいからせて歩いている播磨拳児の姿が見えた。
(ヒゲ……)
 その姿を見て、愛理の心はちくっと痛んだ。
(天満をさがしてるのね……)
(今までいろいろ勘違いしたけど、ヒゲ……)
(結局あなたの好きなのは、天満だったのね……)
 もの思いに沈みかけた愛理の耳に、烏丸の声が響いた。
「渡せるの?」
「わ、私……」
沢近は追い詰められたように、
「だめ、行けない……」
 烏丸は沢近にすっと手をさしのべた。
「なによ、その手は?」
「ぼくで練習すればいい。ぼくがそれをもらう役になってあげよう」
「なによ、あなた。私からチョコもらいたいわけ?」
 その問いに烏丸はこたえず無言のまま、沢近の目を見つめ続ける。


227 :VC3:05/05/03 17:28 ID:MecDAVJU
「いいわよ。ほしければあげる。義理用に持ってきたのがあるから」
そう言って沢近は、小物入れから別のチョコの包みを取り出した。
「はい、これをどうぞ」
「ありがとう」
表情を変えないまま烏丸がそれを受け取る。
「なによ、こんなのちっとも練習にならないじゃない」
「そんなこと、ない。君は一歩進んだ」
「どういうことよ」
「思われるのと、自分が思っているのと、君はどっちがいい?」
「なによそれ?」
「ぼくは、思っている方がいいと思う」
 そう言って烏丸は、静かに立ち上がってすっと背を向けた。
「あ、烏丸く……」
 沢近の呼び止めにも反応せず、烏丸はすたすたと歩き去って行った。
「なによ、あれは?」
 沢近も立ち上がって、戻ろうとしたとき、目の前に人影がいるのに気づいた。
 半分泣きそうで、同時に鬼のような形相をした塚本天満である。
「天満……!?」
「愛理ちゃん、どういうこと?」
「なによ?」
「どうして愛理ちゃんが、烏丸くんにチョコを渡すの!?」
「えっ、あ、あれは……」
 たじろいだ愛理は、とっさに場をつくろう言い訳をさがしたが、うまく言葉にすることができない。
 天満の大きな瞳からポタポタと大粒の涙がこぼれ出る。
「そうだよね、烏丸くん、とっても素敵な人だから、烏丸くんを好きな人って、私だけじゃなかったんだよね……」
 体を震わせながら、途切れ途切れに天満が声をしぼりだす。
「待って。これは誤解……」


228 :VC4:05/05/03 17:29 ID:MecDAVJU
「愛理ちゃん、愛理ちゃんはお金持ちで、みんながうらやましがる
ほどスタイルがよくって、とっても美人で、学業優秀で、英語もペ
ラペラで、私のないものみんな持ってる! その上……烏丸くんま
で、……私の一番大事な……」
 天満のその言葉に愛理が今度はびくっと反応した。
「なによ!」
甲高い愛理の叫びが響いた。
「そんなもの、私はなにもほしくない! 全然、ちっとも! そんなに言うなら、代わって
あげる! 私をあなたとかえてよ、今すぐ!」
「愛理ちゃん……?」
涙をふかずに天満がきょとんとして訊きかえす。
「私がほしいのは……私がほしいのは……こんなに人が憎らしいと
思ったことはないわ……」
「えっ……?」
「私が一番ほしいのは、天満、あなたに向けられている人の……」
 涙声で言いかけて、うつむいて愛理は駆けだした。

   *


229 :VC5:05/05/03 17:30 ID:MecDAVJU
 肩をいからせて歩いている播磨が、烏丸に気づいて足を止めた。
その手に包みに入ったチョコレートがあるのに気づき、播磨は烏丸に詰め寄った。
「それは……まさか、天……」
 無言で烏丸は、その包みのチョコを播磨に差し出した。
「なんだこれは?」
「君のものだ。君にあげる」
烏丸の声は相変わらず抑揚がない。
「待て、それは天……いや、おまえにあげた女の子の気持ちがこめ
られたものだろう。そんなものを俺がもらえるか」
 烏丸は首を振り、包みの中を見るように、播磨に動作で指示した。
 播磨は不審に思いながらも、烏丸に促されたので、その包みを受
け取り、添えられたメッセージカードを開けた。
そこには「TO 播磨 WITH LOVE」の文字が書かれていた。
「こ……これは……俺にあてられたメッセージ……。これは、俺に
あてられたもの……?」
 烏丸はこくりと頷いた。
「それをなぜおまえが?」
「中途媒介人」
「流通の問屋のようなものか? じゃあ、天……ちゃんが恥ずかし
くて直接渡せないから、おまえにことづけた……そういうことか」
 烏丸は播磨の問いを無視して、つかつかと歩き去った。
「ちょっと待て。烏丸! ちゃんと説明しろ!」
 かげでぞの様子を天満が覗き見ている。
「か……烏丸くんが、播磨くんにチョコを……!? もしかして、烏
丸くんの好きな人って播磨くん……!? もうなにがなんだか……」


   *

 一人きりになって、愛理は、バッグからチョコの包みを取り出し た。
「結局渡せなかった……。自分で食べるか……」
 包みを開けて、愛理は、その中に、同封したはずのメッセージカードが入っていないことに気づいた。
「あれ、なんでないの?」
 愛理ははっとした。あのとき……。
(もしかして烏丸くんに渡した方の中に……!?)
 まーちーがーえーたー。
 沢近愛理は奈落の底に沈んでいった。


 (了)
2007年09月11日(火) 23:51:25 Modified by ID:LOVLpNCrSQ




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