IF23・芋煮会


837 :702:05/06/02 02:07 ID:CL4O1wzY
―――土曜、朝
「うーん……っ、はぁっ」

伸びを一つ、まだ眠ったままの体に喝を入れる。
今日は土曜日、学校は休みだ。
起きたばかりなのに疲れている、まあ先週はいろいろとあったしね、と思い返してみる。

文化祭の出し物で演劇派と出店派が真っ二つに分かれて決まらなかったこと、
決着を付けるためにサバイバルゲーム行ったこと、
決着は付いたが結局両方ともすることになってしまったこと、

そこまで思い出したところで軽い頭痛を覚える。
文化祭までいくらも無い、一つだけならなんとかなるだろう、
しかし、いくらなんでも二つは無理だ、準備期間が短すぎる。
必ずどちらかが、最悪の場合は両方とも失敗する。
そうは言っても演劇の方は大丈夫だろう、シナリオを高野さんに依頼した(押し付けた)のでそれほど心配していない。
特に根拠は無いのだが彼女に任せておけば大丈夫、そんな気にさせる空気を彼女は持っている。
問題は喫茶店の方だ、幸いウチのクラスは美人が多い。
沢近さんを筆頭に周防さん、一条に冴ちゃんまでいる、塚本さん…は美人、よりもかわいい、と言う方が適切だろうか。
ビジュアル面でははっきり言って校内最強だ、黙っていても客は入る。
問題となるのはメニュー、つまりは料理。
いくら嵯峨野が料理が上手いからといっても一人に負担を集中させる訳にはいかない。




838 :702:05/06/02 02:11 ID:CL4O1wzY

「あと一人…」

誰か、いないかな?
まあ、一人で考えていても埒があかない、こう言う時の為に友達がいるのだ。
時計を見る、九時半、この時間なら大丈夫だろう。
携帯を取り出し今回の件の一番の被害者と思われるに人間に電話をする。

「もしもーし、舞ちゃん?」
「もしもし、結城?おはよー」
「おはよー」
「で、どうしたの?こんな朝から」

用件を伝えると共に誰か心当たりが無いか聞いてみる。

「で、誰かいい人いないかな?」
「ごめん、思いつかないや」

彼女も心当たりは無いようだ
ちっ役に立たない奴
そう言いたいがぐっと抑える

「そっかぁ、ごめんねー変なこと聞いて」
「でもさぁ、休みの日までそんな事考えてるなんてねー」

私だって好きでしている訳じゃない、どう考えてもコレはあんたの仕事だろう
これも言えない

「じゃ、また来週学校でね」
「またね」



839 :702:05/06/02 02:13 ID:CL4O1wzY
電話を切る。
まあ、彼女の言うことにも一理ある。
なにも休みの日までこんな事を考えることは無い。

ふと窓から外を見る。
天気は上々、雲ひとつ無い見事な秋晴れ、ついでに予定も真っ白だ。
こんな日に家の中でくすぶっているのは勿体無い。

「よし、出かけよう」

服を着替えて顔を洗う、化粧水を叩き込み髪を整えて家を出る。
化粧はしない。出来ないのではない、しないのだ。
朝食はどこかのコンビニで買うことにしよう。
自転車にまたがり走り出す、目的地は特に決めない。
途中で何処か思いつくだろう。

しばらくの間朝の清清しい空気と景色を楽しみながら走る。
どこからか賑やかしい声が聞こえてきた、何かしらいい匂いもしてくる。
何処かでお祭りでもやってるのかな?




840 :702:05/06/02 02:15 ID:CL4O1wzY
「ちょっと見てみよっかな」

声のする方へとペダルを漕ぐ。
基本的にお祭りの様な騒ぎは嫌いじゃない、この間のサバゲーの様な余りに度が過ぎるものはどうか、とは思うけど。

「やあ、結城君ではないか」
「へ?」

不意に声を掛けられ、間の抜けた返事をしてしまった。
声の主は花井春樹、クラスメイトであり我がクラスの学級委員である。
周囲を見回し納得する。なるほど、目の前には花井道場と書かれた看板歴史を感じさせる。
ふうん、ここが花井君の家なんだ、と思うと同時に質問が飛んでくる。

「こんなところで何をしているんだ?」
「自転車でそこらを見てただけよ」
「暇なのか?君は」
「……」

以前にも聞かれた覚えのある質問である。
ただし今回はその通りなので何も言えない。

「そうか、ならば君も一緒にどうだ?」
「は?」

なにが「ならば、」なのか、質問の意味がわからない。

「えっ…と、何を?」

質問を質問で返す。



841 :702:05/06/02 02:16 ID:CL4O1wzY

「実はな、今日は家の道場の芋煮会なのだ。それで、暇ならば一緒にどうか?と思ってな。
 それに、こういうことは大人数の方が盛り上がるからな」
「え?でも知らない人ばかりだし…」

暇ならば、という一言も気に入らない。
それに少しお酒臭い、よく見ると彼の顔も赤みが差している。
まさか朝から飲んでいるのだろうか?

「そうでもないぞ、おーい周防、ちょっと来い」

周防さん?確かこの二人は幼馴染だったっけ?以前、誰かが言っていたことを思い出す。
そういえば向かいには周防工務店とある、こちらも立派な構えだ。
「何の用だ?って結城さん?」

彼女の頬も赤みが差している、そのせいだろうか?普段よりも色っぽく見える。

「おはよう。周防さん」
「おはようって何で結城さんが?」
「偶然通りかかったらしくてな、ちょうど暇だと言うので誘っていた、という訳だ」



842 :702:05/06/02 02:18 ID:CL4O1wzY
また暇、って言った。

「ふうん、で、どうすんの?」
「ふむ、僕としては是非参加してほしいのだが」
「アンタにゃ聞いてないよ」
「む…」

二人の掛け合いは傍で見ているとまるで長年連れ添った夫婦の様に見える。
周防さんがこちらを見てもう一度聞いてきた。

「で、結城さんはどうしたい?」

まあ、周防さんもいるしね、

「…ちょっとだけなら」
「よし、決まりだ」

と言うと同時に周防さんは私の手をとって門の中へと突き進む。
私はこの時の返事を後悔することになる。

「まずは皆に紹介しないとな」
「えぇ?いいよ別にそんなことしなくても!」

お酒が入ってるせいか今日の周防さんは強引だ、必死の(周防にとっては小さな)抵抗も空しく皆の前に連れ出された。




843 :702:05/06/02 02:19 ID:CL4O1wzY

「おうミコちゃん、誰だその子?」

周防さんが一見してがっしりした体格の角刈りの男に話しかけられる。

「アタシのクラスメイトだよ、さっきソコで偶然会ってね、結城さんってんだ」
「いやー、前来た金髪のコもかわいかったがこの子もなかなかかわいい子じゃねぇか」
「え…その…ええと…」

かわいいって言われてしまった。

「よっしゃ、じゃあ俺と付き合ってみねえか?」
「はぁ?」
「まだまだ俺だってイケるぜ?な?」

はい?
付き合うって?
この人と?
そういうことはもっとお互いをよく知ってからって、そんなことじゃなくて…
こういうことにはあまり免疫が無い、軽いパニックに陥る。

「え…ス…スミマセン!!」

「「あっはっはっ」」
周囲が一気に盛り上がる。

「テツがまーた振られやがった」
「だーから、アンタにゃ二十年若返っても無理だって前も言ったろ−が」




844 :702:05/06/02 02:20 ID:CL4O1wzY

「金髪の子」って沢近さんだろうか?それに「前にも」ということはこの人は沢近さんにも同じことを言ったのだろうか?
と言うより沢近さんがこの集まりに参加していた、という事の方が驚きだ。

「悪かったね、あいつらも悪気があるわけじゃあないからさ」
「それよりも聞きたいんだけど、沢近さんもこれに参加したことがあるの?」
「うーん、ちっと違うかな?アイツだ来たのはウチの芋鍋ん時だしね。今回は花井ん家の芋煮会だ。
 ま、ウチの連中も参加してっからおんなじようなモンだけどね。」
「ふぅん、そうなんだ」

沢近さんに対するイメージが少し変わってしまった。
ついでにもう一つ聞いてみる。

「周防さんって花井君と付き合ってるの?」

学校中に響いたあの絶叫、あれはつまり、そういう事ではないのか?

「はぁ…」

力なくため息をつきながら答える。

「結城さんの言ってんのはサバゲー時のあれだろ?
 あれから皆にも言ってるけどアタシとあいつは唯の幼馴染だよ、それ以上の関係は全く無い」

彼女もアレ以来苦労しているようだ、と思いながらも何故かほっとしている自分もいる。




845 :702:05/06/02 02:21 ID:CL4O1wzY
「そんなことよりさ、結城さんまだ何にも食べてないだろ?」
「え?うん」

そんなこと、で済まされてしまった。
確かにまだ何も口にしていない、と言うよりは何かを口にする暇も無かった、と言うほうが正しいか。
両親もまだ寝ていたので朝食もとっていなかったことを思い出す。
くぅ、とお腹が鳴ったような気がした。
彼女は一人、鍋に向かって歩みを進める。

「へっへー、今回の鍋は自信作なんだ。とにかく一口食べてみてよ」

器によそった鍋を受け取る、おいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
器に口をつけ、だしをすすって…………イケる、ってゆうか物凄く美味しい。
一気に具を掻き込む、全ての具にだしがの旨みがしみ込んでいてどれもとても美味しい。

「周防さん!コレすっごく美味しい!!
 これ、周防さんが作ったの?」

素直な感想を述べる。いや、これはマジで美味い、ウチの母親より間違いなく腕は上だ。
幸せな料理って言うのはまさにこれの様なもののことをいうのだろう。

「まあね、いや、自信はあったけどそこまで褒められるたぁ思いもしなかったなぁ」

少し照れながらも嬉しそうにしている周防さんを見ながらあることに思い当たる。




846 :702:05/06/02 02:22 ID:CL4O1wzY
「そうだ!周防さん、一つお願いしてもいい?」
「ん?何の事?」
「実はね…」

朝、電話で舞に話した事と同じ事を話す。

「どう?引き受けてくれないかな?」
「よし、引き受けた!」

即答だ。少しは考えるだろうと思っていた私は少し拍子抜けしてしまった。

「え?」
「だから、やってやるよって言ったの」
「あ、ありがとう」

彼女の力があれば喫茶店も成功間違いなしだ。
後の細かい仕事や段取りは花井君が勝手に仕切ってくれるだろう。
これで文化祭への心配は無くなった、実際私には何の責任も無いのだが肩の荷が下りた気分だ。
安心したら何だか喉が渇いてしまった、近くのコップに注がれていた水を飲み干す。

「あっ…結城さんソレ違…」
「っぷはぁ」

そうそう、この喉越し…ってコレお酒じゃない?
やっちまったかぁ…そんな周防さんの視線が少し痛い。

「お?姉ちゃんイケる口だな?」



847 :702:05/06/02 02:22 ID:CL4O1wzY
どこからか一升瓶を持ってテツさんがやってくる
こうなったら一杯も二杯も同じだ、アルコールが入ったせいかだんだんテンションが上がってくる。

「だいたいねー、初対面の人間にいきなり付き合えって人がどこにいるんですかー?」
「はぁ、すんません」

周りは大喜びだ、なにせ大の男が女子高生を前に小さくなってしまっている。
一升瓶もいつの間にか私の手に移動している。
絶好調!! 誰も私を止めることはできない。
周防さんは少し離れた場所で諦めたような表情をしている。
花井君もいつの間にか近くに来ていたようだ、こちらも周防さんと同じような表情だ。

「なーにやってんのよ?すおーさんもはないクンも飲まなきゃでしょ?」
「いや、アタシはいいから…」
「なにぃ?わたしの酒がのめにゃいってゆーの?」
「結城君、ちょっと飲みすぎじゃあないか?」
「なーにいってんおよ、これくらいじゃちっともよいませんよ−だ。
 よーし、分かった。二人ともそこにすわりなさ−い!!」
「花井、ここは黙って言うことをきいたほうが…」
「ウ、ウム…そうしよう」

酔っ払いほど理屈の通じない相手もいない。
二人揃って正座をさせられる。




848 :702:05/06/02 02:24 ID:CL4O1wzY

「だいたいねー、すおーさんもはないクンもはっきりしなさすぎなんだよぉ?
 ただの幼馴染らってふたりは言ってるけどねぇ。まわりはそう見ないじゃない?なんでかーって言うとねぇ?
 例えば今日のこの会もそう、すおーさんも休みの日まではないクンと一緒にいるれしょ?
 そーゆーこととかって誤解されるとかって考えないの?はい、すおーさん答えて!!」

「いや、これは年中行事って言うか習慣みたいなモンだし…」

「しゃらーっぷ!!言い訳はしなーい!!」
「いい訳すんなってそっちが聞いてきたんじゃ…」

―――――酔っ払いは人の話を聞きません―――――

「さーて、はないクン、次はあなたにしつもんれす。こないだのサバゲーの時の学校中に響いた『美コちゃーん』発言、
 アレの説明をしてもらおーじゃないの?」
「あ、それはアタシも聞きたいな…」
「はいはーい!!すおーさんはちょーっと黙っててねー」
「………」
「アレは…僕自身も正直なところはっきりとは覚えてはいないのだが……って結城君?」
「お、おい、結城さん?」

ほへ?ふたりとも顔がゆがんでるよ?
こんどは真っ赤だー
おーけーおーけー、なんでもいーよ
あはははははーーーー



849 :702:05/06/02 02:25 ID:CL4O1wzY
「痛っ…」

目が覚める、頭が痛い。
ここはどこだろう?見たことのない天井だ。

「ここは……?」
「お、目が覚めたみたいだな。大丈夫か?」

ドアが開き、聞き覚えのある声がする。

「周防…さん?ここ?どうして…?」
「ここはアタシの部屋、ったく、なんも覚えてねーのか?」

少しづつ記憶を辿る。
家を出て、
花井君に会って、
周防さんに連れられて、
テツさんを振って、
出店のことを了解してもらって…
ああ、あの料理すごく美味しかったなぁ…
ってちっが−う!!
とにかくその辺りから記憶が定かではない。

「ま、ただの飲み過ぎだから今日明日おとなしくしてれば大丈夫だと思うよ」
「わ、私、何か変なことしなかった?」

周防さんは目を合わせてくれない、何かやらかしてしまった様だ。

「まあ、知らないことがいいって事も世の中にはあるし、ね。
 あ、そういやテツが謝っておいてくれってさ、調子に乗りすぎたって」




850 :702:05/06/02 02:25 ID:CL4O1wzY
ま、アタシからもよく言っといたから、とからからと笑う。
結局何をしたのかは教えてもらえなかった。
それから暫く、二人で文化祭のことや取り留めのない話に花を咲かせる。
少し頭痛も楽になってきた、時計を見ると短針が5の所にさしかかっている。

「じゃあ私、そろそろ帰るね。今日は迷惑掛けて本当にごめんなさい」
「気にしないでいいよ、今日のことは誰にも言わないし」
「……ありがと」

周防さんに見送ってもらって家路へとつく。
周防さんは誰にも言わないって言ってたが、やはり自分のしてしまった事くらいは知っておきたい。
彼女はおそらく口を割らないだろう、しかしもう一人いる。
よし、来週になったら花井君を問い詰めよう。言わない様だったら一升瓶を片手に、
彼は学級委員だし、私は書記だ。理由を付ければ二人きりになる事など造作もない。

「覚悟してなさい」

ちょっぴり歪んだ笑顔を浮かべ、彼女はペダルを漕ぎ出した。


――――了
2007年09月15日(土) 14:10:21 Modified by ID:LOVLpNCrSQ




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