IF24・私も私でいたいんです


538 :Classical名無しさん:05/07/18 19:13 ID:.3b962O2
「今日は一日、ありがとうございました」
「別に構わないといつも言ってるだろう? それに」
 と、そこで一息ついて視線をずらす。その先にはうずたかく積まれた荷物の山。
「君と買物に行くのはなかなかスリリングだからね」
 いい加減その癖、どうにかならないのかな――嘆息した絃子に。
「なんのことですか?」
 おかしなことはしてませんよ――ふわりとした微笑みで返す葉子。
「……ま、いいけどさ」
 そう口にする絃子の顔は、とうの昔に諦めた様子。仕方がないとでもいうように、冗談めかした
言葉が続く。
「しかし、これじゃ君と付き合う男も大変だな」
「大丈夫です、その辺はちゃんと考えてます」
「ふうん。それは結構」
 少しだけ驚いた表情の絃子に、買物にはですね、と葉子はびしっと人差し指を立てる。
「絃子さんに付き合ってもらえばいいことですから」
「……いや、そういう問題じゃないだろう」
「そういう問題です」
 きっぱりと言い放つ姿は、冗談を言っているようには見えない。苦笑とともに、やれやれという
呟きが絃子の口からもれる。


539 :Classical名無しさん:05/07/18 19:13 ID:.3b962O2
「でも絃子さんだってそうじゃないですか」
「ん? なにがだ?」
 そんな彼女の態度に反抗するように、口をとがらせる葉子。絃子さんと付き合う人だって大変です、
ときっぱり言い切る。
「まずガードが堅いから付き合うまでが大変だし、そこを越えても要求高そうだし……」
「あーいや、ちょっと待て葉子」
「違います?」
 まっすぐな眼差し。その射るような視線を浴びながら、ほんの少しだけ考えて。
「違わない、かもな」
「ほら、やっぱり」
 してやったりの葉子。が、でもさ、と絃子は言う。
「要求が高いってのはさ、誰に対してもそうだと思うよ、私の場合。きっとね、そういう融通の
 利かないところが私らしさなんだよ」
 あまり褒められたもんじゃないかな、そんな苦笑いの横顔に、けれど葉子は頷く。
「絃子さんはそれでいいんですよ、きっと……いえ、絶対」
 ずっと見てきたから分かるんです、静かな確信に満ちた言葉が続く。
「刑部絃子、っていう人は、他人にも自分にも妥協しない人です。迷うことはあっても、いつだって
 まっすぐで、絶対にぶれたりしない、そんな人です。だから私も」
 再びまっすぐな視線で絃子を捉える葉子。
「絃子さんが絃子さんであるみたいに、私も私でいたいんです」
「葉子……」
 その言葉に息を止める絃子――が。


540 :Classical名無しさん:05/07/18 19:14 ID:.3b962O2
「あいた」
 葉子の頭を軽くはたいた手のひらが、ぺし、という乾いた音を響かせる。
「そんな恰好良いことを言っても、カードで無駄遣いの言い訳にはならないよ」
「ばれましたか」
「そりゃばれるさ」
 イタズラを仕掛けた者、それに気づいた者、双方がそれぞれの笑みを浮かべ。
「でもね、葉子。そう言ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
 先の言葉が冗談ではないと、少なくとも、笹倉葉子はその手の冗談を言うタイプではないと知っている絃子は
素直にその言葉を口にする。ありがとう、と。
「ふふ」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「いえ、絃子さんはやっぱり絃子さんだな、って。なかなか素直に言えませんよ、そういうの」
「……褒めたって今日はもうなにも出ないよ」
 少しだけ照れくさそうに言って、それじゃいい加減そろそろ乾杯にしようか、とグラスを掲げる。
「ええと……刑部絃子の輝かしい未来に?」
「……あのな。ここで冗談言ってどうする。それともまさか、今日の主旨を忘れたなんて言わせないからな」
「分かってますよ、冗談ですってば、冗談。怒らないで下さい」
「怒ってないよ、まったく……」
 それじゃ、と気を取り直し、絃子が告げる。
「笹倉葉子の誕生日を祝して――」

「「乾杯」」

 りぃん、とグラスの重ねられた音が小さく響き、そして。
「さ、それじゃじゃんじゃん飲みましょうね」
「……明日は休みじゃないんだから、ほどほどに頼むよ」
 その癖もどうにかならないのかな、そんな絃子の今日二回目の呟きも飲み込んで。
 ゆっくりと更けていく夜は、まだ長い――
2007年10月02日(火) 14:11:18 Modified by ID:Pflr4iBBsw




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